「C」

 

 

 窓の外。4月の黄色い陽光の下、桜の花びらが舞っている。

 風に乗って踊り、輪を描いて回る桃色の妖精を引き立てるかのように、蝶がヒラヒラと飛んでいた。

 次々に咲き始めた花壇の花を眺めながら、どの花の蜜を吸おうか迷っているのだろうか。

 1匹の蝶が花壇にある赤い花に降りる。

 蝶は花に止まったまま翅をゆっくりと開いたり閉じたり…その様子は、まるで蝶が蜜の味を満喫しているかのようにも見えた。

 

 桃色の桜、黄色や白色の蝶、赤色や橙色の花、緑色の草。

 窓の外にあるのは、誰が何と言おうと暖かな春の情景だった。

 そんな情景を見て、今の私が思う事はただひとつ。

 

 ――眠い。

 

 暖かな4月の陽光も窓の外で踊る桜の花びらも咲き誇る花々も萌える草の緑も、私にとっては自分を心地よい眠りに誘う催眠術でしかなかった。

「ふわぁ…ぁふ」

 情けないくらいの大きな欠伸が出てしまう。

 そこ、はしたないと言うなかれ。

 始業式が終わり、明日から再び学校生活が始まるのだ。

 今のうちにこうやって鋭気を養っておかなければ、こうやって学校に来る事すら止めてしまうかも知れない。

 ……さすがにそれは冗談だけど。

「ふぁ……」

 あらら、油断していたらまた欠伸が…。

 2度目の欠伸はさすがに恥ずかしいので、一応は手で口を隠しておく。

 やれやれ…どうやら今日の睡魔は一段と強力らしい。

 私の精神はことごとく睡魔に侵食されていき、自我は既に3%も残っていない。

 自我が必死に睡魔を押し返そうとしているのが分かる。

 だが、それは無駄だ。

 何故なら、私の体が素直に睡魔を受け入れているから。

 人類が抗う事の出来ない睡魔をもたらす暖かな陽光が、容赦なく私を照らし続けるこの窓際の席が半分悪い。

 残り半分は眠気を助長するような暖色のみで彩られる窓の外の情景が悪い。

 うん、私は悪くない。悪くない。

 ……よし、自己正当化完了。

「ふわあぁ……」

 と同時に、またまた口から漏れる欠伸。

 むむ。これは、休憩時間である今の間に眠っておいた方が良さそうだ。

 ホームルームまで眠っていてはシャレにならない。

 まあ…始業式当日のホームルームなんて、一緒に渡されるプリントを見れば事足りるような連絡事項しか言わないだろうけど。

 私は時計に目を向ける。

 ホームルームが始まるまではあと5分。

 

 …………。

 

 ……5分でどうやって眠れってのよ。

 

 私は誰へともなく毒づく。

 どこぞの漫画にある時間の流れが遅くなる修業部屋じゃあるまいし、5分で十分な睡眠時間などとれるわけが無い。

 逆にそんな短い睡眠時間じゃ、かえって眠くなってしまうこと請け合いだ。

 ……仕方がないか。

「う〜ん…っ」

 私は欠伸を噛み殺しながら両手を頭の上で組み、大きく伸びをした。

 肩の骨がパキパキッと小気味良い音を立てる。

 眠る時間がないと分かれば、今のうちに出来るだけ睡魔を吹き飛ばすしかない。

 睡魔ちゃん、短い付き合いだったね。

 勝負とは常に非情なのだ。

 何の勝負かは知らないけど。

 私は頭の上で組んだ両手を離し、そのまま肩を交互にぐるぐると回す。

「うわ、女の子がそんなはしたない事をしちゃダメだよー」

 私の後ろから、間延びした女の子の声が聞こえた。

 私は上げた腕を下ろす。

「女の子が…っていうのは決めつけだよ。私は女の子らしい“おしとやかさ”っていうのは性に合わないの」

 そして、振り向きざまに一言。

 後ろに誰が居るかは分かっている。

「…そうかなー。理沙ちゃん、可愛いのにー…」

 そこには、私が予想した通りの子が眉をハの字にして首を傾げていた。

 肩まで伸ばしたふわふわの柔らかそうな髪の毛と、それを引き立てるように髪につけられた小さな赤いリボン。

 物静かそうな小さな口と、おだやかさと優しさを兼ね備えたような僅かに垂れた目。

 フリフリのドレスなど着せたなら、お人形として売られていてもおかしくないその外見は、彼女が“可愛い”と言った私なんかよりも数倍可愛らしい。

「……おだてたって何もでないわよ? それよりゆーりん、何か用なの?」

 目の前のお人形…もとい、“ゆーりん”こと野原由利(のはらゆり)に、私は尋ねる。

「あれー…? 私が用事があるって、何で分かったのー?」

 ゆーりんは十分に噛んだガムをビローンと引き伸ばしたような声で不思議そうに問い返した。

 別に用事があると分かって言ったわけじゃないんだけど。

 話しかけてきたからどうしたのかなー、程度で。

「まあ、女の勘ってヤツかな」

 答えようがないので適当に答えておく。

「そうなんだー、女の勘ってすごいねー」

 やけに感心しているゆーりん。

 いつも思うけど、ゆーりんってちょっとだけ浮世離れしてると言うか…ワンテンポ遅れているような、そんな感じがする。

「…それでさ、用事ってなに?」

 私は脱線しかけた話を再び線路に乗せた。

 このままゆーりんを放っておくと、用事とやらを聞く前にホームルームが始まってしまいそうだ。

「あ、そうだよー」

 ゆーりんはポンと両手を合わせる。

「すっかり忘れてたよー」

 ……話しかけた理由を忘れないでよ。

「あのね、理沙ちゃんを呼んでる人が廊下に居るんだよー」

 ゆーりんが廊下を指差す。

 私からは誰の姿も見えなかった。

「その人って、今そこに居るの?」

「今居るんだよー」

 私は再び時計に目を向ける。

 ホームルームまでは僅か3分だ。

「今って…残り3分しかないよ…?」

「でも、呼んでるんだよー…」

 ゆーりんの顔が僅かに曇る。

 そんな顔をされたって、時間が無いんだよー。

 …いけない、ゆーりんの言葉がうつっちゃった。

「…その人、何の用事か言ってた?」

 私は気を取り直して訊いてみる。

「…うーん、分からないよー。ただ“七海理沙さんを呼んで欲しい”って…」

 首をかしげながら、ゆーりん。

 ちなみに七海理沙(ななみりさ)とは正真正銘の私の名前である。

 少なくとも、私に用事があるような人は全く思い浮かばないんだけど…。

「…まあ、そこに居るんならさっさと行って確かめてみましょうか」

 悩んでいても仕方がない。

 私は自分の中でこう結論を出して立ち上がった。

 

「巫女様!」

 私を訪ねてきたらしいその女の子の第一声がそれで。

「……は?」

 突然の一言に呆気に取られた私の第一声がこれだった。

「ご…ごめんだけど…ちょっと聞えなかったから、もう一回いってくれないかなぁ…?」

 完全に引きつった私の顔を見れば、明らかに聞えているのは目に見えているのだが、私はとりあえずもう一度訪ねてみる。

「…え? そ、そうでしたか? それでは…」

 一方、その女の子はどうやら気付いていないらしく、先程の言葉を繰り返す。

「…巫女様!」

 一文字も言い替える事無く、全く律儀に。

 私は唖然とするしかなかった。

「わー。理沙ちゃんが間の抜けた顔をしてるー」

「…ゆーりん」

 ゆーりんの間延びした声ながらも、的確な指摘に少し私はムッとした。

 そりゃまあ、突然見ず知らずの他人から突然予想外な一言を言われてしまったら、大抵の人はこういう反応をしてしまう。

 それは人間として当然の反応だ…と思う。

「…ところで、『巫女様』というのは、誰の事なのかなぁ…?」

 一瞬、異次元の彼方に飛びそうになった私の意識を元に戻し、とりあえず聞き間違いであるかどうかを確かめるために…否、聞き間違いであると信じてもう一度その女の子に訊いてみた。

「はい。七海理沙さん、つまりあなたの事、で間違い無いですよね?」

 その女の子は少しきょとんとしながらも、にこやかな笑顔で答える。

 …そんなにこやかな笑顔でいわれても困るんだけどなぁ。

 ていうか、確かに私は七海理沙だし、確かに私の家は神社だけど…『巫女様』というのはどうゆう事なのかしら…。

 私は困惑するしかなかった。

「わー。あなたって笑ってる顔、可愛いねー」

 一方、困惑している私の隣では、ゆーりんがその女の子の笑顔を見て感心していた。

 …今は感心している時じゃないのよ、ゆーりん。

「え、そうですか? うれしいです〜」

 って、そっちは喜んじゃってるし。

 でも、そう言われてみればそうだった。

 女である私から見ても、その子の笑顔はとてもこの世のものとは思えないほど魅力的だった。

 もし私が男の子だったら、この笑顔を一目見ただけで一目惚れしちゃうかもしれない。

 それから、際立って目を引かせるのは、その顔立ちと服装だった。

 金色の長いセミロングの髪の毛に銀色の瞳。

 それから服装は白い服に白く丈の長いスカート。そして際立って目立ったのは、その女の子の身長ぐらいの長さの白いコートだった。

 何だか天使みたい…って、今はそう言う事はどうでもいいのっ。

 完全に脱線した話の筋を元に戻し、私は改めて話を聞こうとした。

「で? その『巫女様』というのは何の事?」

 私はそう言うと、

「…ああ、それは…」

 その子が何か言おうとした、その時。

 

 

 キーン、コーン、カーン、コーン………――――――。

 

 

 全く見計らったようなタイミングで本鈴の鐘が鳴った。

 …って、本鈴?

「あっ…! まずいわ! ゆーりん、早く教室に向かうわよ!」

 私は内心焦った。

 始業式からいきなり遅刻とかになってしまったらシャレにならない。

 私は急いでゆーりんの手を握ると、ゆーりんを引っ張りながら疾風の如く全速力で駆けて行った。

 ちなみにその時のゆーりんは、後に聞いた話によると、どこぞのギャグ漫画の如くきれいな水平で宙に浮いていた状態だったらしい。

 私は話を聞いていただけなので、真相は定かではないが。

 

 

「あっ、あの…!」

 残された女の子は何かを言っていたみたいだったが、必死だった私は全く聞いていなかった。

 

 

 そのホームルームはたった30分で終わり、その後は下校時刻となった。

 何と言うか、子のホームルームの為に構えていた自分自身がとても情けなく感じた。

 …とは言え、先程の全力疾走のおかげでほとんど眠気も吹き飛んじゃったんだけど。

 そのおかげでホームルームは全く寝ずに済んだ。

 ちなみに、隣の席に座っていたゆーりんはホームルームの間、ずっと眠たそうに目を細めながら、そして時たま欠伸をしながら先生の話を聞いていた。

 …いや、多分あの様子なら先生の話は一切耳に入ってはいないわね…。

 全く、相変わらずマイペースな性格なんだから。

 私は改めてそう思った。

 

 そのホームルーム中の話はこうだった。

 新担任の自己紹介。

 クラスの時間割の説明。

 色々な注意事項。

 

 そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近世界中を騒がせている「国々突然消滅事件」についてなど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから。

 学校第一日目が終わり、私はゆーりんと共にそれぞれの家に帰る途中だった、そんな時。

「ねえ、理沙ちゃん。今日理沙ちゃんの家に行っても良いかなー?」

 ゆーりんが突然こんな事を言い出した。

 多分普通の子だったら「えっ、いきなり何?」とか聞くのだろうが、ゆーりんがこういうことを言うときは大体決まっている。

「学校第一日目終了記念としてさ、なにかお祝いしようよー。理沙ちゃんの家のお饅頭っておいしいんだよねー」

 やっぱり。

 ゆーりんは私の家の饅頭が好きらしく、記念と称して、よく家で饅頭を食べにくるのだ。

 私の家は茶屋じゃないって前々から言ってるのに。

「それはそうと、ゆーりんは小説の方はどうなの? 後一ヶ月後には締め切りなんでしょ?」

 私は一端ゆーりんの話に持ってきた。

 実はゆーりんは将来「とても凄い小説を書く人」になりたいらしく、「創作小説コンクール」という大会に参加しているのだ。

 その大会は、これまで色んな名作を生み出してきて、その大会は今年で50回目を迎えるという、とても凄い大会らしい。

 しかも、50回目を迎えた今回は、優勝者には賞金をもらえるだけでなく、即座にプロとして迎えられ、その優勝作品をデビュー作品としてする事が出来るんだとか。

 そんな競争率の高い、しかも今年は高いなんてもんじゃない大会に参加して大丈夫なのかと聞いたら、「大丈夫、何とかなるよー」という、どこぞの幽霊漫画の主人公のような頼りないユルユルな返事が返ってきた。

 まあ、ゆーりんは人並みに文章力はあるけど、そんな大会で“大丈夫”じゃ済まないと思う。

 というより、確率的には奇跡でも起こらない限り絶対に不可能に近い。

 そんな大会に参加するのだから、それなりの物語は組んでる…と思ったら、執筆どころか、物語の構成すらまだ出来あがっていないのだ。

 そんなこんなで、現在に至る…という訳だ。

 締め切りまで後一ヶ月もない。

 そんな事を思っていると、ゆーりんは満面の笑顔で、こう答えた。

「大丈夫、何とかなるよー」

 だから、今のままじゃ何にもならないってば。

 そう思ったが、口には出せなかった。

 ゆーりんは、昔っからマイペースではあるけど、“こういう”性格でもあるからねぇ…。

 

 

 そうこうしている内に、私達は私の家の前…もとい、神社の前にたどり着いた。

 実はこの神社は、この神社の主で私の父、七海隆聖(ななみりゅうせい)曰く、大昔からこの地に代々伝わる由緒正しい神社らしい。

 何でも、この地方は大昔、ある魔物に襲われた事がある場所で、その魔物によってすべてが失われかけていた。

 そんな時、「聖天神」と呼ばれる神の一族と私の神社の創設者の巫女が現れ、二人の力でその魔物を封印したらしい。

 にわかには信じがたい話だけど、実際にその神社の者が書き残したという古文書があったので、少なからず本当という事だろう。

 それに私もこの神社の跡取娘という事になっているらしいので、「信じていない」という事は全く持って禁句。

 まあ、私もここを受け継ぐのも悪くないと思うし、あの昔話も少なからず信じてはいるので、まあ良いんだけどね。

「理沙ちゃーん、どうしたの? 早く行こうよー」

「あ、うん」

 ゆーりんが私を呼ぶ声で私は我に帰った。

 ていうか、なぜゆーりんが私より先に人の家の敷地に入っているの?

「友達だからだよー」

 にこっという擬音が似合いそうなにこやかな笑顔でゆーりんが言った。

 うっ…私の心が読まれたか…!

 まったく、油断できないわね…。

 ていうか、友達だからって…どんな理由よ。

 

 

 そんなこんなで、私達が神社の隣にある家の扉を開けようとした…と。

 

 

『どうぞ、聖天神様。こちらのお茶と饅頭でも』

『あ…わざわざすみません…』

 

 

 何やら男のような人の声と、幼い女の子のような声が聞えた。

 多分、男の声の人は私のお父さんだと思うけど、女の子の声は誰だろう?

 私のお母さんは、数年前に亡くなっているので、少なくともお母さん以外の人となる。

 …何だかどこかで聞いたような声だけど。

「あれ? あの女の子、どっかで会わなかったー?」

 いつの間にか家の中に入っていったゆーりんが私に声をかける。

 色々突っ込みたい事もあったが、あえて無視しゆーりんの後ろに回る。

「お。理沙、お帰り。由利ちゃんもいらっしゃい」

 私の父、隆聖がにこやかな笑顔で声をかけた。

 ゆーりんもそれに合わせて「お邪魔してますー」と返す。

 私も軽く「ただいま」と返した。

 と、お父さんの隣に何やら人影らしきものが。

 そこには―――。

「あーーーーーーっ!」

 私は思わず大声で叫んでしまった。その声を聞いた父さんとゆーりんは面食らった顔で私を見る。

「あ…あなたは…!」

 その女の子は私を見て驚いた顔をしていた。

 そう、その女の子は、あの時、学校で私を呼んだあの女の子だったのだ。

 なんで、こんなところに…?

「ん…? 理沙、もうこの方とお会いしたのかい?」

 気を取り直した父が私に尋ねてくる。

「え、えっと…」

「実は、学校でこの人に声をかけられたんだよー」

 どう説明すれば良いのか分からない私の代わりにゆーりんが質問に答えた。

 ありがとう、ゆーりん。

 私は心の中で感謝した。

「そうか。もうこの方とお会いしたのか…」

「え、ええ。この人に『巫女様』とか言われて…ええと、名前何?」

 そういえばこの子の名前を聞いていなかった。

「そういえばそうだよー。名前は何なのー?」

 ゆーりんもその事に今気付いたらしく、女の子に尋ねる。

「そういえばそうですね。私はヴァージン・アポカリプスと言います」

 あの時と同じにこやかな笑顔で名乗る。

 ヴァージン・アポカリプス…。

 どっかで聞いたような…。

「気軽に“ばーちゃん”と呼んでください」

 ば、ばーちゃん…!?

 た、確かに、「ヴァージンさん」とか「ヴァージンちゃん」とかは呼びにくいけど、だからって“ばーちゃん”って…!

「わーい、ばーちゃん、ばーちゃん。私は野原由利。ゆーりんって呼んでねー」

 そう言いながら、ばーちゃんとゆーりんは和気藹々と話していた。

 …相変わらず順応が早いわ、ゆーりん。

 そう言いながら私も既に“ばーちゃん”と呼んでいるけど。

「…さて、そろそろ法事の時間だな」

 父さんは家を出て神社の方へ行った。

 …何? この状況? 

 

「…で、話を戻すけど、なんで私の事を『巫女様』って呼んだの?」

 脱線した(しすぎた)話を戻し、とりあえず話を進める。

「…あ、ええ。それはですね…」

 そう言いながら、ばーちゃんは饅頭を食べながらお茶をすすっていた。

 ゆーりんもばーちゃんと同じ行動を取っている。

 本当にそっくりだわ、この二人。

 お茶を規則正しく飲み干したばーちゃんは、真剣な目で私を見る。

「実はですね、私はある魔物を倒すために、こちらの場所に降り立った『聖天神』なんです」

「『聖天神』って?」

「聖天神というのは、神の一族の一つで、主に人間界の治安、災いの元の排除を目的とした一族なのです」

 神って、色んなタイプとかいるんだ…始めて知った。

 …それにしても『聖天神』って、どっかで聞いたような……あっ!

『聖天神』っていったら、確か昔見た古文書にあった…!

 ばーちゃんは私の思っている事が分かったかのように頷き、話を進めた。

「そうです。その時の活躍したという聖天神、それは私のお母様なのです」

 見据えた顔で語り続けるばーちゃん。

 …ん? ここで私はある疑問に気が付く。

「それと私と何の関係が?」

 少なくとも、今の話と私とはいまいち接点が見つからない。

 ばーちゃんは私の顔を見ながら、話を進めた。

「…実は、この地に降り立った時に、この神社に訪れる様にいわれていました。その時にあなたを見つけたのです。あなたの顔立ち、姿は本当にあの方とそっくりで…そして名前が“七海理沙”さんと聞いたとき、確信したんです。あの時の戦いでお母様と一緒に戦ってくれた巫女『罹災(りさい)』様の生まれ変わりなんだって」

「は、はあ!?」

 一瞬、私はばーちゃんの言っていることの意味がわからなかった。

 生まれ変わり? 私が? その『罹災』とかいう巫女の?

 いや、それ以前に…。

「何でその前世とばーちゃんのお母さんが戦っているわけ?」

 その私の質問に、ばーちゃんは自分の頭を撫でながら話した。

「…実はわたしたち聖天神はあなた達人間の数何倍の寿命を持っているんです」

 そんなばーちゃんの漠然とした説明に納得するしかなかった。

 そうでもなければこの子の母親と前世と一緒に戦うという事はまず無いだろう。

「あー! そうか!」

 な、なに、ゆーりん!?

 何かわかったの!?

 いつにもまして強気な表情のゆーりんは力説する。

「だからばーちゃんはばーちゃんという名前なんだね!」

 ズテーン!!!

 私は顔面からまともに畳の上に倒れた。

 だから…そこじゃないって…!

 大体、それが由来なわけないじゃない。

「あ…はい。そうなんです。「ヴァージン」という名前と合わせてという理由で」

 ズテテーン!!!

 私はまたまともに顔面からこけた。

 そ、それが由来なんだ…!

 私は額から流れる汗をハンカチでふいた。

 

 

「…でも、そんな事を言いに、この世界に来たわけじゃありません」

 いつの間にかばーちゃんが脱線した話を元に戻し、話を続ける。

「実は、この世界に来たわけは…」

 ばーちゃんは一瞬間を開ける。

 何を勿体ぶってんの。

 ゆーりんなんか…テレビ見ちゃってるし。

 ばーちゃんは、またあの真剣な目で私を見る。

 

 

「…復活した魔物……「『C』の魔物」を倒す為なのです」

 

 

「…『C』の…魔物…!?」

 私は一瞬、何の事かわからなかった。

 ま、魔物? 一体何の事?

 ばーちゃんはうろたえる私の顔を見ながら、頷く。

「『C』の魔物…。その魔物は数百年前、世が平安時代と呼ばれた頃。その人間たちの欲望が生み出された魔物でした。その魔物は、とにかく当時の世の中の至るものを、残さず食べてしまった、それはもう、恐ろしい魔物でした」

 人間の欲望が…恐ろしい魔物を生み出した…!?

 その魔物が、人間界を荒らしまわったてこと!?

「人々は、それぞれの武器でその魔物に対抗しようとしました。ですが、その巨大に膨れ上がった欲望の塊ともいえる魔物には…全く無力でした」

 む、無力ですって…!?

「そ、それほどまでに凄まじい魔物なの…!?」

 うろたえながら訪ねる私に、ばーちゃんは重々しく頷く。

「そんな中、ある二人の聖天神と巫女が現れました。その二人の力を合わせた力と心で、その魔物を封印する事が出来たのです…己の命と引き換えに」

 その二人が、さっき言っていたばーちゃんの母親『ホーリー・アポカリプス』と私の前世『罹災』らしい。

 …ん? ちょっと待って?

「さっきばーちゃんは“己の命と引き換えに”と言っていたけど、どう言う事?」

 一体、命となぜ引き換えたのか。

 ばーちゃんは話を続ける。

「…実は、その二人が使った術が原因だったのです。その術は、二人の心と体が一心同体状態を最後まで維持しないと、二人のバランスが崩れ、己の体を壊してしまう…ある意味では諸刃の剣とも言える術だったのです。お二人様は魔物を封印されるまでは一心同体状態を保ちつづけました…ですが、最後の最後でお二人様の気が緩み、その瞬間…」

 自分達の体が崩れ去った…という事らしい。

 たった気が緩んだだけで、崩壊してしまったのか。

 そんなにも恐ろしい術だったのか?

 そして、そんなものの血を私は受け継いでいるというのか?

「…冗談じゃないわよ…」

 そんな時だった。

「二人とも、ニュースを見てー」

 間延びした声が聞えた。

 ゆーりんだ。

 だが、その声は、少し焦りも混ざっていた。

 私とばーちゃんは話を中断し、テレビを見る。

 そこには―――。

「『C』の、魔物…!」

 ばーちゃんは、一人で叫ぶ。

 そのニュースには、確かに、都市という都市が跡形もなく無くなっていた。

 まさに「国々突然消滅事件」

 そのニュースキャスターは「この謎の多い事件に、世界中の人々は動揺の色を隠せません」と報道していた。

「普通の人間には、魔物の姿は見えないんです…」

 ばーちゃんが周りの近い者だけが聞える程度に呟く。

 どうやら、私達みたいな特殊な血筋でない人たちには、魔物の姿は一切見えていないらしい。

 魔物騒ぎにならなくて、一安心と言うべきか。

 だが、そのニュースには続きがあった。

「また、その消滅した場所に、何かの暗号のようなものが残されています」

 ニュースキャスターはそう言い、その暗号を画面いっぱいに出す。

“TUGIHAWARENOSYUKUMEINOTI”

 一瞬、私達は首を傾げたが、次の瞬間、私達の顔が蒼白になる。

 その暗号は、こういう意味だった。

 

 

“次は我の宿命の地”

 

 

 我の宿命の地…この場所だ!

 そう思った瞬間、とてつもなく凄まじい音が鳴り響いた。

 まさかと思い、外に出てみると、都市という都市が次々と破壊されていた。

 そこにいたのは、禍々しい、黒い魔物…。

 『C』の…魔物…。

 私は、一瞬、目を疑った。

 とんでもなく大きい。遠目からだから何とも言えないが、何と無くわかる。

「な、何で、何も無いのに、爆発しているのー?」

 ゆーりんはその光景を見ながら言った。

 どうやらゆーりんも魔物の事は見えてはいないようだ。

「行きましょう、巫女様! 今こそ、あの魔物を、永遠に滅ぼさなければ!」

 ばーちゃんが声を張り上げる。

 だが、私は心の中で拒絶していた。

「……冗談じゃないわよ!!」

 拒絶から生み出された、叫び。

 ばーちゃんは呆然としていた。

「何で、私がそんな命を書けた戦いに巻き込まれなくちゃ行けないのよ!? 私はまだただの学生よ! 私はまだ先があるの! この神社の後継ぎとか誰かへの恋とか! そんな私が何で巻き込まれなくちゃならないのよ! 行くならばーちゃん一人で言ってきなさいよ!」

 私は叫んだ、もはや自分が何を言っているのか、全くわからなかった。

 叫び終わり、私は肩で呼吸しながらばーちゃんを睨む。

 ばーちゃんはしばらく黙っていたが、悟りきったように呟き始めた。

「…そうですね。まだ巫女様には先がありますよね。こんな戦いで死ぬわけにはいきませんよね」

 その声は、少し震えていた。

「魔物は…私一人で何とかします。どうなるか分かりませんが、何とかしてみましょう」

 ばーちゃんは呟き終わると、顔を上げ、そして背を向けて走り出し、手を振った。

 

 

「さようなら…理沙様」

 

 

 大粒の涙を流しながら…。

 

 ばーちゃんの姿が見えなくなり、私はその場を立ち去ろうと思った。

 いつまでもこんな所を見てはいられない。

 だが、立ち去ろうとした私を、ゆーりんが手で制する。

 一体何のつもりなの?

「ねえ、理沙ちゃん…本当にこれで良いの…?」

 何だ、さっきの事か。

「決まっているじゃない。何でわざわざ死にに行くようなまねをしなきゃいけないの?」

 そう。

 何でわざわざ戦場に行かなければならないのか。

 あんな、とんでもない魔物のいる場所に。

 しかも、先程言っていた術は、一心同体で無いと死んでしまうと言う曰くツキだ。

 あんな、初めて会う子と一心同体になれる訳が無い。

 これで良かったのだ。

 あの時のばーちゃんの涙を見た時には、確かに心が痛んだ。

 でも、これで良いんだ。

 そう思った時。

 

 ―――パンッ

 

 一瞬、何が起こったか分からなかった。

 何か、当たったような音がした気がした。

 そして、そう思った瞬間、頬に痛みを感じた。

 とてつもなく痛い。

 色んな修行よりも、何よりも―――。

 まさか、ゆーりんが?

「な…何すんのよ!」

 思わず私はゆーりんに反発した。

 なぜ殴られなければならないのか。

「殴ったのよ!」

 分かってるわよ。

 でも、ゆーりんの様子がおかしい。

 いつものようなマイペースのゆーりんではない。

 これは、まさか…。

 ゆーりんは、うろたえる私の肩を掴む。

 その恐ろしい迫力に、私は何も言えない。

「何でそんな友達を見捨てるようなまねをするの!? 理沙ちゃんは、そんな人でなしの性格だったの!?」

 そんな事言ったって…。

 ばーちゃんは、今日会ったばっかりの人でしかない。

 そんな人と一心同体状態になんてなれる訳が無い。

「それに、人でなしって…私はそんなにお人よしじゃ」

「でも! 私の知ってる理沙ちゃんは、とっても優しい人なのよ! こんな、人を捨てるようなまねをするような人じゃない!!」

 ゆーりんは、私の言ってる事を制して力強く話す。

 そうされながら、私は思った。

 この子は、本当に昔から変わらない子だ、と。

 

 

 ゆーりんは、昔っからマイペースで、ワンテンポ遅れていた。

 でも、それと同時に、曲がった事が大っ嫌いな少女でもあった。

 

 

 私がまだ幼稚園にいた頃。

 私はよくいじめられていた。

 私の家は神社で、少し他の子より裕福という事に、他の子はやっかんでいた。

 そんな時だった。ゆーりんと初めて会ったのは。

 

『そんな事をして良いと思ってるの!?』

 

 そう言って、ゆーりんは私をいじめる子供達を、追い払っていった。

 そして、私の顔をゆーりんが持っていたハンカチで吹きながら、眩しい笑顔でこう言った。

 

『もう、大丈夫だよー』

 

 その笑顔に私は救われたような気がした。

 その日から、私とゆーりんは友達になった。

 そして、この日から密かに決意していた。

 

 私はゆーりんのように、正しい事を貫いて行けるような、そんな子になりたい。

 私なりの“正義”を貫いて行きたい、と。

 ――なのに。

 

 私は、そんな“正義”を貫いて行こうとしたばーちゃんを拒絶してしまった。

 私の“正義”に、反してしまった…。

 

 私は思った。

 あの時の、ばーちゃんの涙。

 私は、あの子を泣かせてしまったばかりか、あの子を嫌ってしまった。

 このままでは、絶対に後悔する。

 “守れなかった”、そんな後悔を引きずったまま、生きていく事になる。

 そんなの…御免だわ!

 

「私は…ばーちゃんを助けに行く! 惨めに生きていくぐらいなら、潔く死んだほうがましだから…そうだよね、ゆーりん!」

 私は決心した。

 私は私の“正義”を貫いて行く。

 絶対に。

 私の決意を聞いたゆーりんは、満足したように、手を離した。

「そうだよ、理沙ちゃん! 行こう、友達を助けに!」

 ゆーりんは力強く言う。

 私も頷いた。

 もう、心は決まった。

「理沙、由利ちゃん…行ってくるのかい?」

 私達は驚いた。

 いつの間にか、私の後ろに父、隆聖が立っていた。

 一瞬、私は「いつの間に」と突っ込みそうになりそうになったが、今はそれどころではない。

 友達がピンチなのだ。

「お父さん、私は…自分の“正義”を貫いてくる! 止めたって無駄だからね!」

 私は先程とは違い、喜びに満ちた声で言った。

「ああ、行ってきなさい。きっと、お母さんが見守ってくれるから…な」

 父さんは、満面の笑みで私を見る。

 私も、今の顔はきっと満面に笑っている。

 自分の顔は分からないが、私はそう確信した。

「「じゃあね!」」

 私とゆーりんは、父さんに手を振ると、私達は、あの破壊されている都市に向かった。

 どうなるかは、私でも分からない。

 でも、不思議と恐怖は感じなかった。

 今は、ばーちゃんという“友達”を助けるというので、胸が一杯だった。

「決めたよ、理沙ちゃん。今回のこの出来事を小説にする!」

 走っている途中、ゆーりんがこう言った。

「理沙ちゃんの“正義”を、色んな人に知らせようと思うの!」

 私は頭をポリポリ書きながら、いいよと言った。

 少し照れくさいが、ゆーりんに私の事を―あの時の誓いを―思い出させてくれたのだ。

 そう思うと、小説にされても、別にいいと思った。

 何より、ゆーりんの将来がかかってるものだと思うと、むしろ協力しなきゃと思った。

「じゃあ、ゆーりんの為にも、絶対に勝たないとね!」

 私は改めて、決意を新たにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、私達は都市に到着した。

 だが、私達が到着した時には、その都市は見るも無残な状態になっていた。

 どうやら、この都市の人達は全員避難しているらしく、死体は見当たらなかった。

 あの神社が近くにあるおかげで、ここの所にいた人たちは霊感が強くなっていたらしい。

 いち早く危険を察知して、避難したという訳だ。

「ゆーりん、あなたはこっから眺めていて」

 私は、あの戦いの場所から少し離れた所でゆーりんを止めた。

 ゆーりんもまた、私の指示に従い、ここで足の動きを止めた。

「がんばって来るんだよー」

 …ただ単に、元のゆーりんに戻った、というのが、もっともの説であるが。

 あまり細かい事は気にしないでおこう。

「じゃっ!」

 私はゆーりんに手を振り、全力疾走で走っていった。

 あの場所に…友達が待っている、あの場所に!

 

 

 さらに走る事数分。

 とうとうばーちゃんを見つけた。

 ばーちゃんは、かなりダメージを受けている為か、服がボロボロだった。

 私は大声で叫ぶ。

「ばーーーーーーちゃーーーーーーん!!!!!」

 その私の大声に、ばーちゃんは私の方向を向いた。

「り、理沙様…どうしてここに?」

 ばーちゃんは凄く驚いているようだった。

 まあ、さっきの私の様子からすれば、私がここにいるのは全く予想外だった、ということだろう。

 困惑した表情をしたばーちゃんに、私は満面の笑みを浮かべた。

「決まってるじゃない。私の友達を、あなたを助けに来たのよ」

 その事を言った瞬間、ばーちゃんの目から涙がこぼれた。

「ありがとうございます…理沙様…」

「ああ、もう、泣かない泣かない」

 私は泣きじゃくるばーちゃんの肩に手を置いた。

「ところで、『C』の魔物はどこ? さっきから姿が見えないけど」

 先程からここいら当たりで猛威を振るっていると思っていた『C』の魔物の姿が見えない。

 もう既に倒してしまったのかな?

 そう思っていると、ばーちゃんが手で顔を拭き、顔を引き締める。

「ええ…何とか少しはダメージを与える事は出来たのですが、どこかに姿を消されました…。おそらく、この近くに潜んでいると思います。理沙様、気を付けてください」

「う、うん…」

 私はばーちゃんに忠告されて、周りを伺う。

 伺いながら、私はばーちゃんにずっと疑問だった質問を尋ねる。

「そういえば…その『C』の魔物の『C』って、どういう意味なの?」

 私の率直な疑問だった。

 どうも『C』というのに、何か引っかかるものがあったのだ。

 ばーちゃんも周りを伺いながら、私に顔を向けずに話す。

「『C』というのは、後に魔物につけられた“コードネーム”で、ある英語の頭文字が由来になっています」

 英語の…頭文字!?

「その英語は…“Calamity(カラミティ)”と言って…『疫病神』という意味なのです」

「疫病神…」

 なるほど。まさにその魔物に打って付けの名前というわけね。

 私がそう思った時。

「理沙様、伏せてください!」

「えぇっ!?」

 ばーちゃんにそう言われて、慌てて伏せた。

 それとほぼ同時に、『C』の魔物…『疫病神』が横切っていった。

 一瞬、風が通っていたと思ったが、違う。

 髪が少し切れたらしく、パラパラっと落ちた。

 まるでかまいたちだ。

「ま、まじで…!?」

 全く、こんな所に来るんじゃなかったかなぁ?

 だが、決意してここに来たのだ。後悔などしていない。

 こうなったら、あの手段しかない。

「ねえ…ばーちゃん…あの術を教えてくれる?」

 私はばーちゃんに呟いた。

 その呟きに、ばーちゃんは驚いた顔を見せる。

「あ…あの術は…! 危険です、理沙様! もし万が一の事があったら、あなたの命が…!」

 ばーちゃんはうろたえながら言う。

 私は苦笑した。

 さっきまであんなにも私と行こうと張切っていたくせに…。

 私は苦笑した。

「乗りかかった船、よ。今更躊躇する気も無いわ。それに…約束したの。私の友達と。絶対に私の“正義”を貫くんだ…って!」

 私は力強く言った。

 それが私の決意の証だから。

「理沙様…! わかりました!」

 ばーちゃんは嬉しそうに叫び、そして私の術を教え始めた。

 もちろん、その時も『疫病神』は黙っているはずもなく、容赦なく攻撃を仕掛けてくる。

 その容赦無い攻撃を紙一重でかわしながら、術を教えてもらう。

 全く…学校でもこんな緊迫した教え方はしないわよ。

 私は心の中で突っ込んだ。

 

 

「さあ、これで出来ます!」

 何とか、ばーちゃんから術を教えてもらい、早速構え、そして呪文を唱え始めた。

 その間も『疫病神』の攻撃は終わらない。

 だが、ばーちゃんがその攻撃を防ぐ。

「り、理沙様、早く!」

 ばーちゃんが叫ぶ。

 先程のダメージも会わせて、もう限界が近いようだ。

 その時、やっと呪文を唱え終わった。

 私は、その術を唱えた。

 

 

 

 

 

「神下しッ!!!」

 

 

 

 

 私が大声を出した、その瞬間。

 不思議な光に包まれた。

 見ると、ばーちゃんも光に包まれている。

 だめだ。今集中を解いたら…!

 そして、次の瞬間。

 

 

 光が解けた――――――。

 

 

 私は、一瞬、目を疑った。

 私の今の服は、まさにばーちゃんの服だった。

 白く丈の長いスカートに、白い服。そして、白いコート…。

 そして、何だか内から不思議な力を感じた。

 私は周りを見る。ばーちゃんがいない。

 一体どういう事かと思っていると、ある事を思い出した。

 

 

『二人の心と体が一心同体状態』

 

 

 一心同体状態。

 つまり、合体という事だ。

 なるほど…だから何もかもがシンクロする必要があったわけだ。

 シンクロしていないと、その内の力を制御できずに、そのまま崩壊してしまう、という事だ。

 

「さて、魔物退治と行きましょうか!」

 私は叫んだ。

 そして、それと同時に、『疫病神』が襲ってくる。

 先程まではかまいたちだと思っていた。

 だが、今では『疫病神』の動きが止まって見える。

 そのまま、魔物の攻撃を流し、カウンターの要領で回し蹴りをくらわす。

 そのままの勢いで『疫病神』に飛んでいく。

 軽い。

 どこまでも飛んで行けそう。

 そんな予感さえ感じさせる。

 『疫病神』の上に跳んでいき、体を捻り、そして回転させた勢いのまま裏拳をくらわし下に落とす。

 そのまま『疫病神』は下の地面に付く筈だった。

 だが、それは叶わなかった。

 何故なら、私のほうが先についてしまったからだ。

 私は勢いをつけて『疫病神』にパンチをくらわす。

 今度は上空に吹っ飛んでいく『疫病神』。

 私は、いや、私達は、手に力をこめる。





 

 かつて、前世達が使ったという最終奥義。

 

 それを今、私達は使う―――!

 

 

 

 

 

「「ファイナル・バースト!!!!!」」

 

 

 

 

 

 大型のレーザーとも言えるその攻撃は、そのまま一寸外さず、『疫病神』に向かって、飛んでいき――。

 

 

 

 

 命中した。

 

 

 

 

「ギャアアアアアァァァァァァァァーーーーーー………………」

 

 

 

 

 最終奥義をまともにくらった『疫病神』は、断末魔を残し、跡形もなく、消滅した…。

 

 

 

 

 私は、肩で呼吸していた。

 やった…やっと倒したんだ…。

 でも、最後まで油断しては行けない。

 気を少しでも緩ましたら、また前世の時の二の舞になる。

 そんな時だった。

 上から、何か光が落ちてくる。

「この光は…」

 その光を手で掴んでみる。

 だが、光は私の手に乗らず、そのまま通りぬけた。

 光が地面に落ちた。

 その時、奇跡が起きた。

 なんと、壊された都市の建物が、次々と元通りに直っていく。

「きっと、魔物を倒したから、元通り戻っていくんだ…!」

 私はそう思った。

 この分なら、きっと、壊された世界中は今頃…!

 そう思った時、力尽きたのか。

 それとも、気が緩んだか。

 急に意識が遠くなっていった。

 あ…しまった…。

 結局、前世の二の舞か…。

 それが、私の最後の思考だった。

 そのまま私は倒れた。

 

 

「理沙ちゃん!」

 意識がなくなる直前、ゆーりんの声が聞えたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ちゃん! ……沙ちゃん! 理沙ちゃん!」

「う、うう…ん…ゆーりん?」

 私、生きてるの…?

 でも、確かあの時、私は、意識を失って…。

「ちょうど理沙様の意識が無くなる直前に、ちょうど力を使い果たしたようで、分離したんです」

 ああ…そう言う事だったの。

 まさに、九死に一生を得る…という感じね。

 空を見てみると、もう既に夕方を回っていた。

 どうやら、半日も気を失っていたらしい。

「よくやった、理沙。これで世界中のみんなも救われるぞ」

 私の側に来た父さんが嬉しそうに言った。

 やはり、あの『疫病神』を倒した事で、すべての壊された所が元通りになったらしい。

 よかった…。

 あ…そうだ。

「ばーちゃん、本当にありがとう。あなたがいなかったら、きっと世界は滅んでいたと思う」

 私はばーちゃんに手を差し出した。

「そんな…。私は理沙様に力添えをしただけです。この世界を救ったのは、理沙様です。やはり、あなたは私の思った通りの人物だった…。あなたは本物の『巫女様』だった…』

 ばーちゃんはそう言い、涙を流した。

 もう、結構泣き虫なんだから。

 そう思いながら、みんなで笑いあった。

 その笑い声は、いつまでもいつまでも響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「さて…そろそろ天界に帰ります」

 笑い終わり、ばあ―ちゃんは私の手から自分の手を離すと、そう言った。

 もう、ばーちゃんは役目を終わらした。

 もう、帰らなくてはならないという事だろう。

「一泊ぐらいしていけばいいのに…」

 別に無理に変える必要も無いのでは。

 私はそう思い、ばーちゃんを止めた。

 だが、ばーちゃんは首を振った。

「ありがとうございます。ですが、この喜びを、家族たちに報告したいんです。もう、魔物の事で、恐れる必要が無いという事を」

 そうか。

 早くこの喜びを報告したいのか。

 そう思うと、引き止めるのは何だか野暮に思えた。

「じゃあ、さようなら…」

 その時だった。

 ばーちゃんが眩い光に包まれた。

 そして、ばーちゃんが少しずつ宙に浮かんでいく。

「聖天神様ーーー! また来て下されーーーー!!」

 父さんが叫ぶ。

 そういえば、父さんは最後まで「ばーちゃん」って言わなかったな。

 やっぱり、大人ってそういうものなのかしら。

「また来てねーーー! ばーちゃーーーーーーん! 今度来たら、今回の事を書いた小説を、見せてあげるからねーーー!」

 今度は、ゆーりんが叫ぶ。

 そういえば、ゆーりんと約束しちゃったんだっけ…。

 今度からも大変そうだ…。

「またねーーー、ばーーーーちゃーーーーん!!!」

 最後は、私が大声で叫んだ。

 他の二人に負けないくらい、大きな声で。

「さよーならーーーー!!!」

 最後は、ばーちゃん。

 またもや大粒の涙を流していた。

 ばーちゃん…最後まで泣き虫だったなあ…。

 そして、みんなが手を振るう中、ばーちゃんは、忽然と姿を消した。

 

「ばーちゃんきっと元気でいるよねー…」

 ゆーりんは少し寂しそうに呟く。

「きっといるわよ」

 私は、そんなゆーりんの呟きに笑って返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、そんな出来事から、数年の時が流れた。

 あれから無事に学校を卒業したらしい私は、全くの予想通りに、神社の跡取娘として、今は修行に明け暮れている。

 そんな私は今は境内のお掃除中。

 掃除は別にいいのだが、この巫女のカッコは、相変わらずなれないわ…。

 たまにずっこける時もあるし…。

 と、その時。

「お久しぶりなんだよー」

 後ろから間延びしたような女の人の声が聞えた。

 どしゃっ

 私はその間延びした声に調子を狂わされ、そのまま顔面からずっこけた。

 もう、このカッコはまだ慣れてはいないというのに…!

「大丈夫ー?」

 そんな時でも、全くマイペースな声が聞える。

 あれ? この声、どっかで聞いたような…。

「なっ…!」

 私は瞬時に起き上がり、後ろを見た。

 そこには―――。

「お久しぶりなんだよー」

 ゆーりんだった。

 数年振りの再開だった。

「ゆーりん! 元気だった!?」

 私は驚いた。

 まさかゆーりんがここに訪ねて来るなんて…。

 ゆーりんは、現在は売れっ子の小説家として、その名を世界中に轟かせている。

 あの時の出来事を題材にした小説、「伝説の聖天神」が見事に優勝し、そのままその小説がデビュー作品になった。

 その小説は、今でも何万部も売れるまでのベストセラー作品となり、今では映画化の話も出ているという。

 全く、とんでもないことになったものね。

「それにしても…相変わらず代わり栄えしないわねー…ゆーりん」

 私がそういうと、ゆーりんは「そうかな?」と頭をかく。

 そう。

 全く代わり栄えしていない。

 このマイペース具合といい、この相変わらずの可愛らしさ。

 もっとも、ゆーりんは大人になって、かなりおしとやかな感じになったけど。

 たぶん、この様子じゃ、曲がった事が大っ嫌いな性格も、そのままね…。

 私は一人溜め息をついた。

「ところで、「伝説の聖天神」、見させてもらったわ。何というか…実名は公表しないでくれない?」

 私は一つ駄目押しした。

 その小説は、物語中はもちろん架空の名前だけれども、「はじめに」の所に、私とばーちゃんの名前が載っていた。

 最も、苗字が公表されていなかったので、別に影響は無いのだが。

「えへへー、どうしても載せたくってー」

 ゆーりんは、舌を出しながら、無邪気な子供の如く笑った。

 本当に、相変わらずね…。

 二人で笑い合っていた、その時。

 

 

 後ろで、光が差し込んだ。

 

 

 最初、日の光かと思った。

 だが、こんな強い光は普通はひかれない筈。

 そう思っていると、その光から人の姿が見えた。

「お久しぶりです。理沙様、由利様」

 そういったその女の人は、とてもこの世の者とは思えないほどに美しかった。

 白く丈の長いスカートに白い服。そして、白く大きいコート。

 金色のロングヘアに、銀色の瞳。

 そんな、神々しいその女の人の姿を見て、私達は、口を揃えて言った。

 

 

 

 

 

「「ばー―――――――――」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖天神アポカリプス。

 私達は、そんな凄い神の一族と出会った。

 それは、ただの夢だったのかもしれない。

 それは、ただの幻だったのかもしれない。

 でも、私達にとっては、それだけが真実。

 そうだよね、理沙ちゃん。

 そうだよね、ばーちゃん。

                            野原由利著

                               「伝説の聖天神、はじめに」より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 THE END

 

 Thank you for reading!