『1+1=』

 

 

 

――今日は風が吹いていた。

 

吹き付ける…と表現できるほど強い風でもない。

だが、冬という季節柄、その冷たい風は肌に刺さるような錯覚さえも覚えさせる。

「さむ……っ」

少年、田口雄哉(たぐちゆうや)は冷風に身を強張らせ、思わず呟いた。

太陽が真上に昇る時間だというのに、一向に温かくなる様子は無い。

すぐにでも初雪が降りはじめそうな寒さだ。

彼が踏みしめる、最近舗装されたばかりの無機質なアスファルトの鈍い光沢も、その寒さを一層際立たせているかのようだった。

「あーあ…今日はポカポカ陽気になるんじゃなかったのかよ…」

雄哉は一人ごちる。

昨日の夜に彼が見たテレビの天気予報によると、今日は初秋の気温になる筈だったのだが…実際はこの通りである。

今日の気温は初秋どころか真冬並みだ。

もっとも、吹き付ける風により体感温度がさらに下がっているため、真冬という感覚には多少の誤差があるかもしれないが。

天気予報を信じ、薄着をしてきた事を彼は今さらながら後悔していた。

 

ぶわっ

 

再び風が吹く。

散り落ちて、人や動物に踏みにじられ、原形を失いかけた紅葉が風に踊る。

曇天と、そこに舞う赤い紅葉の不格好な色彩のコントラスト。

空で一通りの舞を披露した紅葉は、風と共に地へと落ちた。

散り残った紅葉が風に吹かれて雄哉の頬に張り付く。

だが、彼は頬に張り付いたままの紅葉を取り去ろうとはしない。

否、出来なかった。

彼の両手には大きなボストンバッグ。

ついでに背中には小さなナップザック。

つまり、彼の両手は完全に塞がっている状態なのだ。

周囲の人間に修学旅行か家出少年と見られてもおかしくは無いだろう。

もちろん修学旅行などではないし、家出をしなければならない程に家庭が荒れているわけでもない。

「俺は…何をやってるんだろうな…」

雄哉は自分の両手を見て呟く。

寒さのためか、思考回路が上手く働かない。

何かがあったはずだ。

そうでなければ、このような馬鹿げた荷物を持って町内を徘徊する事も無いだろう。

俺は………何を……

 

「…………あ」

 

ふと、雄哉は顔を上げる。

(そうだ…俺は……)

 

彼は身を切る寒さに耐えながら、これまでの経緯を思い出していた。

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

「笑顔になれるプレゼントいりませんか?」

 雄哉が少女を見かけたのはその日の朝だった。

 休日の使い道を考えながらなんとなく出てきた商店街。

 その入り口付近で道行く人を捕まえながら少女は繰り返し尋ねていた。

 一体何をやってるんだ? 雄哉はそう思ってその少女に注目した。

 声をかけられた通行人は困ったような顔をして、手を振りながら少女の前から足早に去って行く。

 少女は少しうつむき、はぁっと息を一つつくと、ぐっと握りこぶしを作って、

「がんばっ」

 そして次のターゲットを選定するように視線を巡らせる。

 特徴的なのは少女の格好だ。赤と白の服装が町並みに映える。

 ……サンタクロース。その言葉が雄哉の脳裏に浮かんだ。

 もしかして新手の広告配布か? ただティッシュを配るだけなのも芸が無いしな……。クリスマスにはまだ早いが今の内からキャンペーンでもやってるのかもしれないな。

「笑顔になれるプレゼントいりませんか?」

「うおっ」

 考え事をしている間に少女は雄哉の目の前に移動していた。

「笑顔になれるプレゼント?」

 聞き返しながら少女に視線を落とす。

 赤と白の柔らかそうなコート、これまた赤と白の暖かそうな帽子、赤と白のズボン、長靴……やはりどう見てもサンタクロースの格好だった。ちなみに今はクリスマスではない。ついでに12月ですらない。

「はいっ!」

 先ほどから無視されるか相手にされていなかったせいだろう、嬉しそうに目を輝かせる少女。

「あー、でも俺今はそんなに金を持ってないから……」

 プレゼントを渡されて後から代金を請求されても……と考えたのだが、目の前の少女はとてもそういう事をやりそうには見えない。

「お金なんてとりませんよー」

 想像通りの答えが返ってきた。

「じゃあ、何かの勧誘か? この後どこかに連れて行くのか?」

「そんな事もしませんよー」

 と、少女。

 セールスでもない、勧誘でもない。やはり最初に考えた通り何かのキャンペーンなのだろうか。

 少女の目の輝きはさらに増しているように感じる。

「あの、プレゼント、貰ってくれませんか?」

 これだけ期待されると断りづらいな、と雄哉は思った。

 少しの思考の後、結局プレゼントを貰うことにする。

 ああ、と雄哉が頷くと少女は両手でぐっと握りこぶしを作り、その言葉を口から紡ぎ出した。

「1+1=!」

「………………はあ?」

 たっぷり二呼吸分の沈黙の後、自分でも間の抜けてると思う程の声を出してしまう。

 雄哉の形容しがたい表情と少女の慌てた様な表情が向かい合っている。

 ……一秒、二秒。

「で、ですから! いちたすいちは!」

「……………………」

 今度は完全に沈黙。気まずい沈黙。

 雄哉は少女の言動を思い返し、現在の状況から鑑みて、ようやく一つの結論に到達する。

「な、なあ。もしかして今のが……笑顔になれるプレゼント……なのか?」

 どう考えても違う。どう考えても笑顔になれそうに無い。それなのにそれ以外の結論が出てこないのだ。

「うう……そうですけど……」

「そうなのか……」

 どう反応すれば良いんだ、と雄哉は思う。

 道端でいきなり少女に声をかけられ、笑顔になれるプレゼントをくれるという。そして出てきたプレゼントが「1+1=」

「笑顔になれませんかぁ?」

「なれる訳ないだろっ!」

 考えているところに質問され、反射的に答えてしまう。少女の身体がびくっと震えた。

「うう……」

 しまった、と思うがもう遅い。

 少女の目が揺れる。

 ……やばい、これはやばい。

 少女の目には今にも零れそうな涙

 ここは商店街だ。そして男と少女の組み合わせ。

 少女の頬には零れ落ちた涙が一筋。

 さらに少女はサンタクロースの格好をしているためやたら目立つ。

 少女の頬には次々と流れてくる大粒の涙。

 商店街、雄哉の目の前で泣く少女。しかも注目の的。

(や、やばいいいいいい!)

 これではどう見ても自分が悪者ではないか。気のせいか遠巻きに見ているオバサンのヒソヒソ話が自分に向けられているような気がしてくる。

 これは戦略的撤退が必要だ。そう判断した雄哉は、できる限り優しい声で少女に語りかける。

「な、なあ。場所を変えないか? そうだ! どこかで暖かいものでも飲みながら話がしたいな。もちろん俺のオゴリだ。ええい、ケーキも食べて良いぞ。俺ケーキの美味い店知ってるんだ! な?」

 少女は泣き止まない。が、左手で涙を拭きながらコクコク、とうなずいた。

 雄哉は少女の右手を取ると、その場から逃げるように……実際逃げたのであるが……少女と共に走り去った。

 

 

「わたし、サンタクロースなんです」

 と言っても、まだ新米なんですけどね。と少女はショートケーキのイチゴをフォークで二つに割りながら言った。

「……それはまあ、見れば解るが……」

 少女を連れた雄哉は近くのケーキが美味しいと評判の喫茶店に来ていた。実際に訪れるのはこれが初めてだったりするのだが、少女のケーキを食べているときの表情から察するに評判は間違いではないのだろう。

 少女の格好が目立つため店奥の目立ちにくい場所に席を取り、少女のオレンジジュースとショートケーキ、自分はコーヒーを注文して、ようやく泣き止んだ少女に何をしていたのかを尋ねたところ返ってきた答えが「わたし、サンタクロースなんです」だった。

 正直そんな訳あるかとでも言いたい気分の雄哉だったが先ほどそれで泣かせてしまった事を思い、返答を選ぶ。

「しかし、サンタクロースがなんでまた商店街でプレゼントを配る相手を探しているんだよ?」

「えっと、それはですね、実はわたし今年からこの地区の担当になったサンタクロースなんですよ。ところがですね、張り切ってここに来たまでは良かったんですけれどうっかりプレゼントの出てくる袋を無くしてしまって……でも袋が無くてもプレゼントを配って皆さんを笑顔にすることは出来ると思ったんです。皆さんを笑顔にするのがわたし達サンタクロースの務めですから。それで人通りの多いあそこでプレゼントを配っていた訳なんですよ!」

 はむ、とスポンジ部分を口に運ぶ。

「そ、そうなのか……」

 突っ込みたい部分はいくつもあった。

「なあ、今年からこの地区の担当になったって……サンタクロースって地区担当制なのか?」

「はい、そうですよ」

「いや、そもそもサンタクロースは複数いるものなのか?」

「はい、そうですよ」

「プレゼントが出てくる袋……ってまさか四次元なのか?」

「んー、わたしも詳しい仕組みは良く解ってないんですよー」

「そ、そんなものをうっかりで無くしてしまって大丈夫なのか?」

「まあ、なんとかなりますよ!」

「そ、そうなのか……」

 半ば呆然とする雄哉の目の前で少女は主役のいなくなった皿を名残惜しそうにフォークでつついていた。

 雄哉は一度かぶりを振り、あらためて疑問を口にする。

「それでどうして笑顔になるプレゼントが『1+1=』なんだ?」

 訊くと少女はきょとん、とした顔になる。何故そんな事を訊くのか解らないといった表情だ。

「だって、ここでは笑顔にななれる魔法の言葉はそれなんでしょ? わたし勉強しましたもん! 『1+1=』って聞かれたらブイサインをしながら、にっ! って笑顔になるんですよね! とっても素敵ですよねー」

 雄哉は頭を抱えたくなった。本気だ、この少女は本気で言っている。

 おそらくそれはカメラのシャッターを切るときにやる「お約束」という奴だろう。『ハイ、チーズ』と同じ種類のものだ。

 サンタクロースの教育課程に疑問を投げかける日が来るとは思わなかったが、カメラの前でやるお約束を笑顔になる魔法の言葉とは……あんまりな話ではないか。

 ちなみに雄哉は恥ずかしいので『1+1=にっ』をやった事が無い。自分の周りの人間もやった事のある数の方が少ないだろうとすら思える。

 どうする、間違いを正してやるべきか……。そう考えていたが、

「もしかして、違うんですかぁ……」

 そんな風に涙目で言われると、そんな事はない、と答えてしまう雄哉だった。

「ところで……えっと……」

 オレンジジュースをストローで混ぜながら少女が口を開いたところで雄哉の顔を見ながら言葉に詰まる。雄哉はその理由に思い当たり、

「ああ、雄哉だ。田口雄哉。田口でも雄哉でも好きに呼んでくれ」

 と続けた。

「そうですか。では雄哉さんと。わたしの事は親しみを込めてサンタさん、と呼んでください!」

「で、できれば他の名前を教えてくれないか? その方がより親しみがわくと思うんだ」

 目の前の少女がサンタクロースのイメージと大幅にずれているとは思っていても口に出せない雄哉だった。

「そうですか? それではマリナ、と呼んでください」

 ああ、と答えサンタクロースの少女……マリナに会話の先を促す。

「雄哉さん、もし良かったらプレゼント配りを手伝ってもらえませんか?」

「ぶっ」

 コーヒーを気管に詰まらせむせる雄哉だが、マリナは気にせずに話を続ける。

「わたし今回が初仕事なのにいきなりプレゼント袋無くしちゃうし……でもこの街に詳しい雄哉さんが一緒ならなんとかなると思うんですよ! わたし一人だとなんでか誰もプレゼントを受け取ってくれませんし……あ、雄哉さんが最初の一人だったんですよ、プレゼントを受け取ってくれたのは」

「ゲホッゲホッ」

「ここで出会ったのも何かの縁です! 一緒にプレゼントを配って貰えませんか? お願いします!」

 マリナはテーブルに頭をぶつけるかのような勢いで頭を下げる。

 このままではいけない。マリナのペースに乗せられてしまう。雄哉はなんとか呼吸を整える。

「いや、俺は止めとくよ。プレゼント配りはマリナ一人で……」

 言いかけたところで固まる。マリナがまたしても目に涙をためて、

「ダメ……ですかぁ?」

 と上目遣いに聞く。

 雄哉は自分の不利を悟った。しかしこのまま座して敗北を待つ訳にはいかない。

 卑怯ではないか、ずるいではないか。断れ、ハッキリと断ってしまえ。そう自分に言い聞かせる。全神経を集中してその命令を実行しようとする。しかし……。

「やっぱり、ダメ、ですか……」

 マリナの頭がかくん、と垂れる。

 ……しかし、持ち主の意思とは裏腹に口はあっさりと目の前の少女の味方へと寝返った。

「いや、ダメじゃないさ。もちろん手伝うよ」

 喜ぶマリナ、その向かいで肩を落とす雄哉。

 ……田口雄哉はそういう性格だった。

 

 

 

 

 

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 これまでの経緯を思い返したたところで、雄哉の置かれた状況が変わる訳でもなかった。

「俺は……何をやっているんだろうな……」

 雄哉はもう一度つぶやく。

 こんな筈ではなった。天気の良い休日を街でブラブラしながら過ごす。そんな時間を求めていた筈なのに今の有様はどうか。

 太陽の恵みの代わりに冬風の悪戯が、穏やかな時間の代わりには騒々しい連れと抱えきれない程の荷物とが与えられていた。

 その連れはと言うと、随分と前方を歩いていた。どうやら考え事している間に離されてしまったらしい。

「雄哉さーん! 遅れてますよー! どうしたんですかー!!」

 前を行くサンタクロースの少女……マリナがぶんぶん、と右腕を振り回しながら叫ぶ。放っておくとさらに叫びそうなので小走りでマリナの横に並んだ。

「元気だな……」

「当然ですよー。プレゼントはまだまだありますからね! 雄哉さんももっとシャッキリしないと心にカビが生えちゃいますよ?」

 雄哉の恨めしそうな呟きを気にした風でもなく、元気の良い返答が返ってくる。 

 ……マリナの今まで通り手当たり次第に「プレゼント」を配る作戦を却下したのは雄哉だった。自分があの「魔法の言葉」を言う場面など想像もしたくなかったし、万が一知り合いにそんな姿を見られでもした日には二度と立ち直れないのではないのかとすら思える。

 マリナは不満そうだったが、プレゼントを配る対象を子供に限定し、しかも「魔法の言葉」だけではなくお菓子も配る。それが雄哉の提案だった。

 相手が子供であれば恥ずかしさも多少は紛れるし、サンタクロースの格好をした少女がお菓子を配っていてもそれほどまでには不審に思われないのではないか。そう考えての事だったのだが、お菓子のつまったボストンバッグを両腕に抱えナップザックを背負った自分とサンタクロースの少女の組み合わせは想像以上に恥ずかしいものだった。

「これだけ寒ければ元気もなくなる……」

 言いかけたところで横を歩いているはずのマリナに視線を移すとそこには野良犬とおぼしき老犬がボストンバッグに鼻をこすり付けながら歩いていた。

「うおっ、何故!?」

 辺りを見回すと少し前の曲がり角に入って行く後ろ姿が見える。

「あ、あいつはー!」

 恨み言を言おうにも相手は既に視界から消えていた。ボストンバッグを持ち替え慌てて来た道を引き返す雄哉。

 老犬はわぅ、と一つ鳴くと雄哉とは逆方向に歩み去っていった。

 

 

「ひゃうっ」

 雄哉がマリナの襟首を掴んで引き止める。マリナは雄哉の姿を認めると

「うう、何するんですかぁ」

 恨めしそうな表情で雄哉の手を振り解いた。

「あのなあ……」

 文句を言おうとした雄哉だったが、

「ほらほら! あそこに子供がいるんですよ! 早くプレゼントを渡しに行きましょう!」

 そう満面の笑顔で言われると、結局何も言えずに小さくため息をつき、マリナの横に並んで歩き出すのだった。

 ……子供は女の子だった。これから友達の家にでも遊びに行くのだろうか、小さなバッグを一つ背負っている。

 黄色のスカートに薄桃色のセーター、水色のリボン…女の子らしい女の子、雄哉にそう思わせる容姿だ。

「こんにちは! 笑顔になれるプレゼントはいりませんか?」

 マリナは相変わらずの言葉を女の子にかける。

 女の子は少し驚いた表情だ。

「ぷれぜんと……?」

 首をかしげる女の子。

「はい、プレゼントです! とっても美味しいお菓子もあるんですよー」

 マリナが両手で握りこぶしを作って力説する。

 少女は「お菓子」に心惹かれたようで、一瞬嬉しそうな表情を見せたが、すぐに残念そうな顔に変化して、

「でも、ママから知らない人にものを貰っちゃダメって言われてるの……」

 そう呟いた。

「おお、立派な親御さんと良く出来た娘さんだ」

 雄哉は思わず感心してしまう。

「確かに怪しい人から物を貰うのは良くないな」

「雄哉さんっ、わたしは怪しい人ではありません!」

 マリナが抗議の声を上げる。

「いや、何処からどう見ても立派な不審人物だ」

「なんて事を言うんですかっ。それを言うならわたしよりも雄哉さんの方がよっぽど怪しいです」

「ぐ……」

 言葉に詰まる雄哉。確かに沢山の荷物を抱えた自分は怪しいだろう。しかしそれをやっているのはマリナのためなのだ。

 言い返してやろうか、そう考えるがあまり強く言い返してまた泣かれても……と少しでも思ってしまうと結局は言い返せないのだった。

「フン」

 そっぽを向く雄哉。

「むー」

 頬を膨らませるマリナ。

 二人の硬直を解いたのは小さな笑い声だった。

「アハハ、アハハハハ!」

 傍で見ていた女の子が楽しそうに笑っていた。

 雄哉とマリナはバツが悪そうに顔を見合わせる。

「雄哉さん、笑われてますよ」

「いや、笑われてるのは俺じゃない。マリナだ」

「雄哉さんですっ!」

「俺じゃないっ」

 にらみ合う二人。

 それを見てさらに笑う女の子。

 雄哉とマリナにも自然と笑みが浮かんでくる。

 我慢できずに先に笑い出したのはマリナだった。雄哉もつられて笑う。

 三人はしばらく冬風の吹く路上で笑い続けた。

 

 

「えっとね、わたしはサンタクロースなの」

 ひとしきり笑った後、女の子にマリナが再び話しかけた。

「サンタクロースは知ってるよね?」

 女の子はコクン、とうなずく。

「だったら、わたしは知らない人じゃありません! だから、プレゼンントを貰っても大丈夫です!」

 そう言うものでも無いのでは…雄哉はそう思ったが、この説得は女の子には効果覿面だった。

「だから、プレゼント貰ってくれませんか?」

 マリナが尋ねると今度はブンブン、とうなずいた。

「えへへ、ありがとうございます」

 マリナが雄哉に振り返る。

 雄哉は手に持ったボストンバッグからチョコレート菓子を取り出してマリナに預けてやる。

 マリナが女の子にお菓子を手渡す。

 女の子はチョコレートの描かれた箱を両手で胸に持ってくると、顔を上げにっこりと微笑んだ。

「どうもありがとう」

 お礼を言う女の子にマリナが続く。

「えっとね、実はもうひとつプレゼントがあるの」

「え! ほんとう?」

 嬉しそうに顔を輝かせる女の子。

 対照的に渋い顔になる雄哉。

「なあマリナ……本当にあの魔法の言葉をプレゼントするのか……?」

 雄哉が問う。マリナは勢いよく身体ごと雄哉に向き直る。

「もちろんですよ! きっと喜んでくれるに違いありませんっ」

 マリナは自信たっぷりだ。

「そ、そうか……」

 プレゼントするのをやめておけ、とは言えない雄哉だった。

「それじゃあ、いきますね!」

 向かい合うマリナと女の子。

 ……きっとダメだろうな……いやいやもしかしたら……という思考が雄哉の頭をよぎる。

 雄哉がゴクン、と喉を鳴らすのとマリナの唇が動き始めたのはほぼ同時だった。

「1+1=!」

 …………………

 ……………

 ………

 …

 女の子はちょこんと首をかしげている。頭の上のクエスチョンマークが雄哉には見える気がした。

 マリナがぎぎぎっと音が聞こえてきそうな動きで首を動かす。

「ゆうやさぁん……」

 だから言ったじゃないか、とも言えない雄哉だ。

「ほら、まだ小さいから魔法の言葉を知らないんじゃないか?」

 この台詞はこうなるであろうと予想してあらかじめ用意しておいたものだ。

「なるほど! そうですよね!」

 驚くほどあっさりと立ち直るマリナ。

 女の子に文字通り手取り足取り「魔法の言葉」を教えている。

「こうやってブイサインを作るんです!」

「にーってやってみて下さい。あ! それですそれ! 今の笑顔良いですよー!」

「今度は今のを同時にやってみて下さい」

「あっ! 素敵です、素敵! ほらほら、笑顔になったでしょ?」

 女の子は驚きながらもどこか嬉しそうだ。

「雄哉さん、雄哉さん! 今度こそ大丈夫です!」

 どうやら「魔法の言葉」の授業は終わったらしい。

「もう一回やりますから、今度は雄哉さんも一緒にやりましょう!」

「ちょ、ちょっと待て。なんでそうな……」

 雄哉の抵抗はマリナには届かない。

「それじゃ、いきますよー」

 慌てて両手に持ったボストンバッグを地面に置く。

「1+1=!」

 その瞬間そこにあったのは、女の子の陽だまりのような笑顔とマリナの花が咲いたような笑顔と、雄哉の乾いてひび割れた鏡餅のような笑顔だった。

 

 

「バイバーイ!」

 マリナが大きく腕を振っている。

 女の子は随分遠くに小さく見えるだけで、今にも視界から消えてしまいそうだ。それでもマリナは腕を振るのを止めない。

 女の子が完全に視界から消えたところで、ようやく腕の振りが弱くなってくる。

 やがて開いていた指が閉じられ、ゆっくりと腕が下ろされた。

「喜んでもらえたみたいで良かったです。雄哉さんの提案を採用して大正解でしたねっ」

「ああ、そうだな」

「わたし、嬉しいです。商店街では誰もプレゼントを貰ってくれなかったですし、わたし一人だときっと途方に暮れていたと思います。雄哉さんのお陰でプレゼントも受け取ってもらえるようになりましたし、喜んでももらえます。わたし、雄哉さんに出会えて本当に良かったです」

 そう言って雄哉を見上げる。

 マリナの視線は真っ直ぐに雄哉を捕らえている。

 雄哉は自分の体温が熱くなるのを感じた。気恥ずかしく、思わず目を逸らしてしまう。

「バ、バカな事を言っていないで次行くぞ」

 ボストンバッグを拾い、肩から引っ掛ける。

「バカは酷いですよぅ……」

 不満そうに頬を膨らませたが、すぐにもう一つのボストンバッグに手を伸ばす。

「一つ持ちます。こう見えても力には自信があるんですよー」

 サンタクロースですから、と力こぶを作る動作をする。

「……いや、大丈夫だ。中身がお菓子だし大して重くも無いからな」

 マリナが手を伸ばしたボストンバッグを素早く拾い上げる。

 重い物ではない。雄哉のその言葉は本心だった。実際にはそれ以上に少女に大きな荷物を持たせることに抵抗を感じての事だったのだが、それほど深く考えての事ではなかった。

 だから、それに対するマリナの反応は完全に予想外だった。

 マリナはちょこんと小首をかしげ、にっこりと微笑むと、こう言ったのだ。

「雄哉さん、優しいんですね」

 不意打ちだった。

 先ほどよりも更に大量の血液が首から上に集まってくるのが自覚できる。

 雄哉はさっとマリナに背を向け、足早に歩き出す。

「ほら、さっさと行くぞ。プレゼントはまだまだあるんだからな」

「あ、雄哉さん? まって、まってくださいよー」

 マリナの声が背中から聞こえるが気にしない。

 今、自分の顔が赤いのは寒さのせいだ。

 こうなったらプレゼント配りをもう少し一生懸命やって温まってやる。

 だから自分がプレゼント配りに一生懸命なのはマリナに影響されたからなんかじゃない。そう思う。

 ……田口雄哉はそういう性格だった。

 

 

 

 

 

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 マリナの様子がおかしい。雄哉はその原因に心当たりがあった。

 二人は小さな公園のベンチに並んで座っていた。雄哉の手には開封すらされぬままぬるくなって熱を発しなくなった缶コーヒーが握られている。

 マリナは押し黙ったまま一言も喋らない。その状態が10分以上続いていた。

 時刻は夕刻を過ぎ、辺りはかなり薄暗くなってきている。太陽の姿が消えてゆくにしたがって、寒さはその厳しさを増す。

 傍らに置いてある二つのボストンバッグは空になっていた。二人は半日かけてお菓子を配り切ったのだ。

 雄哉は隣に座っているマリナを見る。マリナはうつむき、何かを考えるようにじっと手の中の缶紅茶をみつめている。

 雄哉の口が酸欠状態であえぐ金魚の様に開いては閉じ、開いては閉じる。

 その状態を何度か繰り返し、ようやく言葉を放つことに成功した。

「あ、あのさ」

 マリナは無言で雄哉に顔を向ける。

「あのさ、もしかしてなんだけど」

 一度言葉を切り、渇いた口から無理やり唾液を搾り出して唇を濡らす。

「もしかして今日がクリスマスじゃないって知らなかったのか?」

 息継ぎ無しの早口で一気に言い切った。

 マリナに反応は無い。

「最後にプレゼントを渡した子供が言ってたろ? クリスマスじゃないのにどうしてサンタさんがいるの? って」

 マリナの体がぴくん、と震えた。

「それからマリナの様子がおかしいからさ、もしかしてそうじゃないかと……」

 そこまで言って雄哉の言葉は途切れる。

 マリナの姿勢は変わらない。表情も変わっていない。しかし、その瞳には大粒の涙が溜まっていた。

 雄哉は続けるべき言葉を失う。

 実際には数秒の沈黙、雄哉にはひどく長く感じられた。

 マリナがうつむいた状態で、コクリ、と首を縦に振る。

「わたしって、あわて者でドジで……いつもいつも失敗ばっかりしてるんですよ」

 マリナがゆっくりと喋り出す。

「見習いの時も、試験の時も、何回も失敗しちゃって怒られてばっかりなんです。それでもわたし頑張って、頑張ったんですよ? これでも。それでやっとプレゼント配りが出来るまでになったんですけど……いきなり大失敗しちゃいました」

 そう言って、笑った。

 しかし、その笑顔はプレゼントを配りながら子供たちに見せた笑顔とは違っていて……。

「ホント、何やってるんでしょうね。クリスマスでも無いのにプレゼントを配りに来て、その上プレゼント袋まで無くしてしまうし……。やっぱりわたし、サンタクロースに向いてないのかなぁ」

 マリナの声はもう殆ど涙声だ。

 駄目だ。雄哉は思った。これ以上マリナに悲しい事を言わせては駄目だ、と思った。

 マリナの悲しい顔は見たく無い、マリナが悲しそうな顔をしてると自分も悲しい、マリナには笑っていて欲しい。そんな気持ちが雄哉に浮かんでくる。

(ああ、そうか。俺は……)

「あわて者でドジなんて、サンタクロースとして致命的ですよね。雄哉さんにも迷惑を……」

「マリナ」

 なおも続けるマリナの台詞を押し留める。

「マリナ、クリスマスをしよう」

「……え?」

「ここで、この公園で。二人でクリスマスをしよう」

「ゆ、雄哉さん? 何を言って……」

「良いじゃないか、今からこの公園の中はクリスマスって事にしよう。なんの不都合もないさ」

 マリナは唖然としている。

 小さな街灯が数回のまばたきの後、目を覚まして辺りを照らし始めた。

「雄哉さん、意外と強引なんですね」

 そう言って表情を緩める。

「今日一日強引なサンタクロースに連れ回されたからな。感化されたのかもしれないぞ?」

「わたしみたいなサンタクロースと二人でクリスマスなんて……雄哉さんも物好きですね」

「そうかも知れないな」

「雄哉さん、そこは否定するところですよ」

「すまん、俺は正直者なんだ」

「今日はクリスマスじゃないんですよ? それでも良いんですか?」

「さっき言ったじゃないか。今からこの公園の中はクリスマスだって。だから問題ない」

「じゃあ……」

「……じゃあ?」

「じゃあ、やりましょう! 二人で、クリスマスを!」

 そう言ったマリナは、笑顔だった。

 

 

「それで、クリスマスって言っても、どうしましょうか?」

「そうだな、ここにはケーキも七面鳥もツリーもキャンドルも無いからな」

 雄哉は辺りを見渡してみる。ごく平凡な小さな公園だ。砂場、滑り台、ブランコ、シーソーをベンチの傍にある街灯が照らしている。

「よし、じゃあ今からそこの街灯がツリーとキャンドル代わりだ」

「はい、わかりました」

「飲み物は……もう冷えたけど今持ってるので良いよな?」

「はい、大丈夫です」

「じゃあ後は食べ物か……確かお菓子がまだ残ってたはずなんだが……」

 そう言ってナップザックの中身をベンチに広げる。

「うめえ棒、だな」

「うめえ棒、ですね」

 細長い棒状の袋に入ったスナック菓子が大量に出てきた。

「ふむ、コーンポタージュ味とサラダ味の2種類があるぞ。マリナはどっちが良い?」

 マリナは人差し指を唇に当てて、うーんと考え込む。

「そうですね、サラダ味にしておきます。コーンポタージュ味はなんだか風変わりな感じがしますし」

「マリナ、それは違うぞ。コーンポタージュ味こそうめえ棒の中のうめえ棒! 通好みの一品だ」

 ほら、とコーンポタージュ味のうめえ棒をマリナに差し出す。

「はい、ありがとうございます」

 と、置いてあるサラダ味を手に取るマリナ。

 雄哉はひとつ肩をすくめると差し出したコーンポタージュ味を開封する。マリナもそれに習ってサラダ味の袋を取り外す。

 ベンチの中心に場所を開け、残りのうめえ棒を積み上げる。

 缶紅茶と缶コーヒーをそれぞれ手に取り、プルタブを起こした。

「それじゃあ、まずは乾杯からだな」

「はい」

 缶を目の高さまで持ち上げ、ゆっくりと傾けた。

「メリークリスマス、マリナ」

「メリークリスマスです、雄哉さん」

 コンッと音を立てて缶がぶつかる。

 雄哉はコーヒーを口に含むと、うめえ棒をかじる。

 サクサク、サクサク。

「おお、美味いな。やっぱりコーンポタージュ味が一番だ」

「そ、そうですか? わたしはサラダ味が美味しいと思いますけど」

 サクサク、サクサク。

「まだまだ沢山あるからな、二つ目はコーンポタージュ味にしたらどうだ?」

 サクサク、サクサク。

「わたしサラダ味が気に入りました。とっても美味しいです」

 サラダ味に手を伸ばすマリナ。

 サクサク、サクサク。

「そうか、こんなに美味いのにな」

 コーンポタージュ味を開封する雄哉。

 サクサク、サクサク。

 サクサク、サクサク。

 二人はうめえ棒を食べ続ける。

 サクサク、サクサク。

 サクサク、サクサク。

 サクサク、サクサク。

 サクサク、サクサク。

 静かな夜の公園にうめえ棒を食べる音が響いていた。

「ゆ、雄哉さん!」

 マリナが声をかけてきたのはうめえ棒の消化本数が丁度二桁になった時だった。

「へ、ヘンテコなクリスマスパーティーですよねっ」

「そうだなぁ、夜の公園でうめえ棒を食べながらのクリスマスパーティーなんて、もしかしたら世界中で俺達だけかもしれないな」

「そ、そうですよね……」

 マリナの声に勢いが無くなる。

「ツリーとキャンドル代わりの街灯があるだけで、豪華な料理もシャンパンも無いしな」

「そ、それはやっぱりわたしのせいで……」

「でもな」

 雄哉はじっとマリナを見つめる。マリナはうつむき、目を合わせようとしない。

「でも、俺は楽しいぞ」

「……え?」

 マリナの顔が上げられる。

「確かにヘンテコなクリスマスパーティーだけど、俺は楽しんでるぞ。マリナは楽しくないか?」

「そんな事ないですっ。楽しいですし、嬉しいです。とっても! でも……」

 ようやく雄哉の視線はマリナの瞳を捕らえる事に成功する。

「今日一日、俺は楽しかったよ」

「あ……」

 マリナの動きが完全に止まった。

「本当の事を言うとな、最初はマリナの事を疑ってたんだ。サンタクロースなんかいるわけが無いって。でも、マリナと一緒にプレゼントを配ってるうちにそんな事すっかり忘れてた」

 立ち上がり、マリナの正面に回る。

「寒かったし、面倒だと思ってたし、恥ずかしかったよ。それでもマリナと一緒にプレゼントを配って歩くのは楽しかった。子供達だって喜んでたじゃないか。プレゼントを貰って嬉しそうに笑ってたじゃないか」

 雄哉の視線はマリナの瞳を放さない。

「だからさ、良いじゃないか。クリスマス前にやって来るような、そんなあわて者でドジなサンタクロースがいたって」

 マリナの視線も、雄哉から離れない。

「きっと、その方が楽しいよ」

 ……マリナの顔が歪む。

 …………マリナの瞳から涙が溢れ出す。

 ……………マリナの額と雄哉の身体がぶつかった。

「う、うえええええええー」

 マリナの帽子に右手をのせながら、今回は周りに他人がいないからこのままで良いよな、と思う雄哉だった。

 

 

 雄哉の右手に白いものが降りてきた。一瞬の後、冷たい感触だけを残してその姿を消す。

「寒いはずだな、雪だ」

 雄哉の言葉に反応したマリナは身体を離し、人差し指で残った涙を拭い空を見上げる。

「本当……。ホワイトクリスマス、ですね」

「ああ」

 街灯の光を反射した雪は風にあおられ、白い妖精の様に公園を舞う。

 マリナは空へ掌を伸ばし妖精を優しく受け止め、呟く。

「綺麗……」

 雄哉はそんなマリナを見て、呟く。

「ああ、綺麗だ……」

 ビュウ、と強い風が公園に吹き込んだ。着地間近の雪が再び空へ飛び立つ。

 舞い上げられた雪が雄哉の頬に張り付いた。その冷たさが火照った身体に心地良く感じられる。

(って、俺は何を言ってるんだっ)

 ブンブン、と頭を振る。

「雄哉さん、どうかしましたか?」

 くりっとした瞳が覗き込む。

「マリナ……」

「はい」

「……うめえ棒のカスが口元に付いてるぞ」

「ええっ、そ、そうですかっ?」

 大げさに驚き。わたわたとあわてて口元を拭うマリナ。

「取れましたか?」

 そう訊いてくる。

「く、くくくくくくっ」

 雄哉は笑いをかみ殺していた。

「ど、どうして笑ってるんですかっ」

「いや、だって。ははははっ」

 むぅ、と頬を膨らませるマリナ。

「ごめんごめん。ただ、マリナらしいなって思ってたんだ」

 言って、ぽんぽんと帽子の上で右手を上下させる。

「わたしらしい、ですか。なんだか良く分かりません」

 くすぐったそうに雄哉の右手から逃れる。

「俺としては褒め言葉のつもりだったんだけどな」

「ちっとも褒められた様な気がしませんけど……」

 そう言いながらも、表情はどこか嬉しそうだ。頬がほんのりと桜色に染まっている。

 雄哉はベンチに座り直し、サラダ味のうめえ棒をマリナに差し出した。

「ほら。パーティーの続きをやろう」

 差し出されたうめえ棒を受け取り、マリナは思案顔になる。

 真剣な表情でベンチを見つめる。その視線は雄哉の隣に置かれたうめえ棒に注がれていた。

「どうした? コーンポタージュ味が食べたいのか?」

「食べません」

 そっけなく答えて、また考え込む。

 そして、うんっ、と一つ頷くとうめえ棒をベンチの端に動かし、持っていたうめえ棒もそこに置いて、空いたスペース……雄哉の隣に座った。

 雄哉は驚いた顔で隣に座ったマリナを見やる。

 マリナは微笑み、

「パーティーの続き、やりましょう」

 雄哉を見上げた。

 雄哉は完全に固まってしまいとっさには反応できない。思考が混乱する。

 しかし、混乱した思考が導き出した行動は賢明なものだった。

 雄哉の左手がぎこちなく、マリナの肩に回される。

 マリナの頭が雄哉の肩に置かれる。その重みが雄哉に安心感を与えた。

 ガチガチに固まっていた左手の力をいったん緩め、今度は優しく添える。

「雄哉さん、少しだけ、このままでいさせてください」

「ああ。幾らでも……」

「ありがとうございます。でも、少しだけ、です……」

 雄哉はその言葉の意味に気づく。

「そうか……。でもクリスマスパーティーが終わるまではこうしていよう」

「……はい」

 目を閉じるマリナ。

 雄哉は左手に力を込める。

 添えられた手から、触れ合った肩から、マリナのぬくもりが伝わってくる。

 雄哉は空を見上げた。

 雪は変わらず降り続いている。

 クリスマスでは無い日に、誰もいない夜の公園で、二人は並んでベンチに座っていた。

 豪華な料理も無く、美しく飾り付けられたツリーも無い。

 誰にもそうは見えなくても、誰もそうだとは信じてくれなくても、二人は知っていた。

 これは、クリスマスパーティーなのだ、と。

 舞い落ちる妖精はその身を宝石のように輝かせ、優しく二人を包み込む。

 二人は動かない。

 鼓動さえ止まったかの様な静寂の中、空から降りてくる雪だけが、時の存在を刻んでいた……。

 

 

 

 

 ……そして、パーティーの終わりが告げられる。

「雄哉さん、わたし、帰りますね」

「……そうか」

 マリナがゆっくりと立ち上がる。

「きっと、帰ったらまずはお説教です」

 公園の中央に向かって歩を進める。

「もしかしたら見習いからやり直しになっちゃうかもしれませんね」

 一歩、二歩。確かめるようにゆっくりと歩く。

「でも、わたし頑張ります」

 雄哉はその後ろ姿を黙って見つめている。

「雄哉さんが励ましてくれましたから」

 公園の中央にたどり着いた所で180度回転し、雄哉と向き合う。

「雄哉さん、本当にありがとうございました。わたし、貴方に会えて本当に良かったです」

 雄哉は目を逸らさず、真っ直ぐにマリナを見つめて、しっかりと頷いた。

「ああ、俺もだ」

 立ち上がり、マリナと向かい合う。

 マリナが腰に結わえられた小さなポシェットに手を差し入れ、目的の物を取り出す。

 それは小さな鐘だった。金色に輝くこぶし大の鐘に茶色の柄が付いている。

 右手に鐘を持ち、ゆっくりと頭上に掲げる。そして、流れる様な動作で振り下ろされた。

 

 リンッ………

 

 澄み切った、良く通る鐘の音が雄哉の耳に届く。公園内に響く。

 雄哉にはマリナが何をしているのか、正確に理解してはいなかった。けれども、マリナがこの場所から去ろうとしている。その事は伝わっていた。

 振り下ろされた鐘が跳ねる様に動き、頭上に掲げられ、また振り下ろされる。

 

 リン……リン………リン…………

 

 舞うように、跳ねるように、流れるように……。マリナは鐘を鳴らす。

 雄哉は視界を埋める雪の量が増えてきている事に気づく。

 マリナが鳴らす鐘の音に呼応するように、純白の妖精達はやって来ていた。

 

 リン……リン………リン…………

 

 マリナの動きが、止まる。

 鐘の動きが、止まる。

 鐘の音は、止まらない。

 

 リン……リン………リン…………

 

 マリナはもう鐘を鳴らしてはいない。雪に覆われた公園内に反響するかの様に鐘の音だけが走り続ける。

「なあ、マリナ」

「はい」

「大事な事を忘れてたよ」

「えっ……?」

「折角クリスマスパーティーをやったのに、プレゼントを渡してないじゃないか」

「あ……そっ、そうですよね! で、でもわたしプレゼント袋を無くしちゃってますし……」

「ああ、俺も突然だったからなんの用意もしていないんだ」

「そうですよね……」

 

 リン……リン………リン…………

 

 雪はさらにその姿を増やす。視界が徐々に白一色に染められてゆく。

「だからマリナ……笑顔になれるプレゼントはいらないか?」

 マリナが息を呑む。

 

 リン……リン………リン…………

 

「俺はマリナの笑顔が……………その、マリナらしいって思うからさ」

「はい、はいっ……。わたしっ、嬉しいですっ……」

 マリナの声が途切れがちになる。おそらくは泣いているのだろう。

 しかし、雪に遮られて雄哉からはマリナの表情は見えない。

「わたしもっ、雄哉さんに、プ、プレゼント……貰って、くれませんか?」

「俺はもうマリナからプレゼントを貰ってるけど、良いのか?」

「雄哉さんだけ……特別、です」

「そうか、それは光栄だな……俺も嬉しいよ」

 

 リン……リン………リン…………

 

 視界はもう雪で覆い尽くされていた。

 ほんの少し先にいる筈のマリナの姿が見えない。

 でも、雄哉はそれを不満には思っていなかった。

 これから渡すプレゼントは、きっと少女を笑顔にするだろうから。それを信じられるから。

 

 

「じゃあ、いきますね」

 

「……ああ」

 

 

 

 それは、サンタクロースがくれた魔法の言葉……。

 

 

 あわて者で、ドジで、泣き虫で……、だけど一生懸命なサンタクロースの贈り物……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『1+1=!』