7th


 電車のドアが開き、車内は本来の季節を取り戻した。

 冷房で無理矢理冷やされた車内の空気が我先にとドアから飛び出し、かわりに熱を帯びた外気が次々に電車に乗り込んでくる。

 このような場所に居なければさえ常に私に纏わりついて離れない熱気ではあるが、徐々に冷房に慣れはじめていたこの体には少々辛い。

 車内に僅か残る冷気が恋しくて、このままここで涼みたいという悪魔のささやきが脳裏をよぎる。

 だが悪魔が私を誘惑するその前に、下車せんと乗降口に迫る人の波にのまれ、私は電車から搾り出された。

 睨みつけるような視線をこちらに向けつつ、いかにも“上司にこき使われてストレス溜まってます”な顔つきをしたサラリーマンが私の横をすり抜け、早足でホームを歩いてゆく。

 乗降口の前に居座っているのはさすがに迷惑だったか。

 私は電車から離れるように歩を進める。

 先程出て行った冷気がこの辺をうろついていても良いものだが、あれほど私の身体に馴染んでいた空気は薄情にも私を置いてどこかへ行ってしまったらしい。

 次に会った時は人との関わりを大切にするよう言い聞かせなければ。

「……………」

 頭に浮かんだくだらない思考に苦笑する。

 どこかネジが外れた思考を脳から追い出すように嘆息してみるが、それは蒸すような空気に侵され、不快な風を外界へ送るに過ぎなかった。

 9月。

 夏も終わりだというこの時期に、太陽はこれでもかとばかりに未練がましく光を投げ込んでいる。

 まるで在庫が余った夏物の服を破格で売りさばくような大盤振る舞いだ。

 ………迷惑な事この上ない。

 ホームを守るかのように長く伸びる屋根のおかげで太陽の光を直接浴びる事はないものの、真夏の太陽と風がもたらす熱風は屋根などものともせずに私の身体へと纏わりついている。

 ただその場に立っているだけで、不快な汗が肌を滑っていった。


 私はポケットからハンカチを取り出し、額にあてる。

 ハンカチはみるみるうちに湿り気を帯びていく。

 ちょっとでも絞れば溜まった汗が滴り落ちそうだ。


 ――暑い。

 今さら言うまでもないが、暑い。


 私はすっかりびしょびしょになってしまったハンカチを折りたたみ、ポケットの中に入れる。


 ――が。


「………?」

 ポケットに入れた手に違和感を感じ、その正体を引き抜く。

 私の手にあるのは小刻みに震え続けている携帯電話。

 電車に乗ってからマナーモードに設定したまま解除するのを忘れていた事を思い出した。

 私は折りたたまれた携帯電話を開き、そのディスプレイを見る。

 無機的に並ぶ、11桁の数字。


 私は溜め息を一つ吐き、


 ――ピッ


 電話を切った。








今日は土曜日、バイトも済んだことだし後はこのまま家に帰るだけ・・・・・

・・・なんだけど、正直この暑さの中家まで耐え切る自信がない。

なので、その辺の本屋ででも立ち読みしながら涼もうと思い本屋の入り口まで差し掛かったその時・・・

ちょうど本屋から出るところだったんだろう、ガラス製のドア越し私はにある人物と目が合った。


逃げた!

私はその時何のためらいもなく逃げ出した!!

これこそまさしく『脱兎のごとく』。

この暑さの中走ったりしたら余計暑くなる、そんな事言ってられるほど今の私に余裕はなかった。


ドカッ!!

が、そんな私の必死の努力もむなしく後方から追いかけてきた人物からモロに背中にタックルを受けることになった。

「ひどいよ―――!!茜――――――!!!」

後ろの人物が呼んでいるのは私の名前、當麻 茜(たいま あかね)。

「ごほっ・・・ごほっ・・・・ひ、ひどいのはあんたでしょうが!!いま一瞬だけど呼吸止まったわよ!!?」

「だって茜ったら私からの着信無視するどころかそのまま電源切るんだも――ん!!私たち親友じゃなかったの!?私たちのはその程度のものだったの――――――!!?」

このさっきから頭のネジが5,6本ズレてるんじゃないだろうかという様なセリフを吐いてるのは一応私の親友(?)の朝生 恵(あそう めぐみ)。

赤みがかった茶髪(本人曰く地毛らしい)を右寄りの三つ網にした童顔気味の女、その割りに160cmと私よりでかい。

「あんたから掛かってくる電話は毎回決まって失恋したとかフラれたとかの愚痴話でしょうが!!普通の愚痴ならまだしもあんたの場合最高記録6時間よ!?毎度毎度あんたのせいでどれだけ通話料金とられてると思っんの!!?っていうかとか言うな――――!!しかもこんな町中で―――――!!!」

暑さのせいもあり、私はここで今まで溜まりに溜まっていたうっぷんを全部ぶちまけた。

「茜さぁ・・・・・・」

「ぜぃ・・・・ぜぃ・・・・な、何よ?」

ただでさえこの暑さでのどが渇いてる中であれだけ喋った(叫んだ)せいで私の呼吸はすっかり乱れてしまっていた。

「よくあれだけのセリフを息継ぎなしで言えるもんだねぇ」

「言わしてんのは誰よ!?言わしてんのは!!」




「まぁ、こんな所で会ったのも何かの縁だしさ!とりあえず私の不幸なエピソードを聞いてくれないかな?」

「へぇ、この缶コーヒーのデザイン変わったんだぁ」

「かな?」とか言いながらウィンクなんかしてるけど、生憎こっちはこの娘の愚痴を聞く気なんて毛頭ない。

「ねえ聞いてってば茜――――――――!!!!」

ドカッ!!!

なんとか面倒事から避けようと無視する私にまたこの女は涙目になって抱きついて(タックルして)きた。

「ごほっ・・・いちいち抱きつくな暑苦しい!!っていうか離れろ――――!!!」

この暑い中抱きつかれたりなんかしたら余計暑くなるし、何より周りの視線が痛い。

「離れたら愚痴聞いてくれる?」

いまだにこいつは目をうるませてる、でもどうせ・・・・・・

「分かったわよ・・・とりあえず暑いし視線が痛いから家で話しなさい・・・・」

「わ〜〜い!さすが茜!!それでこそ私の大親友!!!」


やっぱり・・・・・すぐに泣き止むであろうことは容易く予想できていた。

この娘はウソ泣きなんて器用なマネできる娘じゃないけど、とにかく『単純』という言葉が死ぬほど似合う喜怒哀楽(喜と哀だけの様な気もするけど)が激しすぎる単純娘なのだ。

だから例えサイフを落として大泣きしたとしてもその後お金を拾えば暑苦しいほど笑顔になる。




まぁ、そんなこんなで結局勢いに押されてこの娘の愚痴(恐らくまた長ったらしいであろう)を私の家で聞く羽目になってしまった。

とはいってもこの暑さから逃れられる&通話料金が掛からない事を考えれば今までより格段マシである。

週間女性セブン(女性雑誌)でも読みながら適当に聞き流すとしよう。

そんな事を考えながら家に到着すると推理小説らしきものを読みながら家の塀にもたれかかってる男の子がまるで待ち伏せでもしてるかのよう立っていた。

正直見覚えはない。

でも何かしら用があるからこそわざわざ家の前で立ってるんだろう。

もし何の用もないのに人の家で読書なんてしてるんだとしたらそいつは相当常識ないか変人かのどちらかだ。

「ねえ、どういう事よ――――――!?私がフラれた直後だっていうのに茜には家で待ってくれている彼氏がいるってどういう事!!?この裏切り者――――――――!!!」

「勝手に妄想膨らませて人に当たってんじゃないわよ!!っていうかあんな子知らないし、あんたがフラれたのも私のせいじゃないし!!」

またこの暴走女は人の襟元掴んで大泣きし始めた。







「あんたらひょっとしてこの家の関係者か?」

私たちのやり取りに気づいた男の子が私たちに話しかけてきた。

間近で見てみると無愛想だけど結構顔は整ってて肩に掛かる手前ぐらいのド金髪、背丈は恵と同じぐらいで男の子としちゃ小さめ、たぶん年下だ。

その子が推理小説片手に私たちに話しかけてきた。

「私がこの家の娘だけど・・・っていうかあんた誰なのよ!?初対面の年上に向かって馴れ馴れしい!!!」

「いや、同い年だ。俺はあんたの生き別れの双子の兄だからな」

「・・・・・・・はあ?ちょ・・・・ちょっと待ってよ!だってあんた髪はド金髪だし目は青いし、どう見たってあんた外国人(死語)でしょうが!!そんな・・・・・・・嘘でしょう!!?」

さすがに初対面の人間にこんな事言われるとは思ってなかったため私は戸惑った。

そんな訳ないと鼻で笑いたいとこだけど100%ないかと言われればそうとも言い切れない、顔が外人っぽいだけでカラコンに髪染めてるだけかもしれない・・・実は本当の親がどっちか外人なのかも・・・・・・・

そんな考えに頭を悩ませている私にこの少年は一言・・・・

「ああ、嘘だ」

相変わらず無愛想な顔のまま真顔で吐き捨てやがった。

「こ・・・・・こんのガキャ――――!!!年上をからかってそんなに楽しいか!?そんなにお望みなら今ここで私が息の根止めてやるわ―――――――!!!!!」

「茜、落ち着いて!!美少年に手を上げちゃ駄目だって!!!」

微妙に論点はズレてるものの私がこの娘にツッコミを受けたのは初めてかもしれない。

・・・・って美少年じゃなけりゃ止めなかったのか?

「同い年ってのは本当だぞ?それにだ、せっかく人が初対面特有の気まずい空気を紛らわそうとウィットに富んだジョークを披露したっていうのにいくらなんでもその態度はないだろう」

「何がウィットだ!ジョークならジョークらしく笑いながら言え!!そんな無愛想なツラで言われたら本気にするだろうが!!!まじめに悩んだ私が馬鹿みたいじゃないか!!!!」

「まぁ、本題は家の中ででも話すよ。少々込み入った話だし」

「勝手に進行するな!!更に言うなら誰が家に入って良いと言った!!?」

何なんだこの偉そうな少年は?初対面でいきなりタメ口だわ(人の事は言えない)、訳の分からん冗談かますわ、勝手に話を進行するわ・・・・・・

「あんたの両親の許可は取ってあるし、何より家族揃ってないと説明しづらい」

はあ?なんでうちの親が??訳が分からん・・・






「ねえ、君名前は?なんでそんなに日本語上手いの?ひょっとしてハーフ?だから背が低めなの?彼女とかいるの?」

「あんたは黙ってなさい・・・」

何の躊躇もなく同席してきた恵が好奇心の塊のような目をして少年を質問している。

ちなみに私の両親もこの場に同席している。

「俺の名前はEric Fadell(エリック ファデル)・・・・まぁ、単刀直入に言うと借金の取り立てに来た」

は??借金???

「あぁ!!やはりか――――――!!!」

「なんてしつこいのかしらファデル一族!!事もあろうに息子まで使いにつけるなんて!!!」

「エリック君ていうんだ可愛い♪」

恵は歓喜の声を上げ、両親とも頭を抱えて絶叫しだした、っていうかホントに借金してんの!?むしろこっちが絶叫したいわよ!!

「事の経緯は俺たちが生まれる数年前・・・・・・・」

戸惑ってる私を察したのか察してないのか急に語り出した。

「ある日、あんたの両親があるカジノで大負けしたらしくてな、いくら負けても勝負を止めようとせず次から次へと賭けていくもんだから、さすがにそのまま放置しておく訳にもいかず警備員が二人を捕まえようとしたんだが・・・・・・振り切って逃げたらしい。それも何かに取り憑かれたかの様にスロットを破壊しながら・・・・」

「でっ・・・・・・デタラメ言うんじゃないわよ!!そりゃ確かにうちの両親は近所でも有名な変わり者だけど、いくらなんでも・・・・・・」

あまりにも唐突な話に私は必死に両親を弁解しようとした。なのに・・・・

「仕方なかったんだ――――!!あの時わしの中のもう一人のわしが『このまま逃げていいのか?奴らに何のダメージも与えずに』と語りかけてきたんだ!!!」

「あの時のパパの気持ちを少しでも解ってあげて(私もやったけど)―――――――!!」

「きゃ――♪ひょっとして私はとんでもない修羅場の中に!?」

わ・・・・・私は犯罪夫婦の娘・・・・・・?

「後は想像つくだろうが、その時のカジノのオーナーがうちの親父だ」

「カジノのオーナーの息子♪♪?」

「・・・・あんたホントに黙ってなさい・・・・・・」

つまりまとめると、うちの親がカジノでの負け分の借金&破壊したスロット代払えって訳ね・・・・

「・・・事情はだいたい分かったけど、生憎うちはそんなにお金ある方じゃないし、分割払いって訳にはいかないの?」

「そうは言っても今まで1円たりとも返済されてないんだがな、更に言うならそこの二人が今まで何回夜逃げしてきたと思ってる?」

夜逃げ!?あぁ・・・・・なんか次から次へと両親の知りたくもない過去が明らかに・・・・・・・・・

「え〜〜と・・・確か3回は超えてたと思うんだがな〜・・・」

「まあまあ、たかだか6回くらいでそんな大騒ぎしなくてもいいんじゃないかしら?」

私・・・ホントにこの二人の娘なんだろうか・・・・?

「わぁ!夜逃げって楽しそうですね!?今度私も連れてってください!!」

恵よ、ついて行ってどうするつもりだ・・・・・?

あれ?なんかおかしいぞ、この話・・・まぁ根底からおかしいんだけどね。

「ちょっと待って!6回も夜逃げしたって割にはずいぶん間隔あいてない?だって私この15年間夜逃げなんてしたことないし・・・」

ひょっとしてこの矛盾がエリック君を帰らすカギになるかもしれない。

「当時はまだバブルもはじけてなかったからな〜、親父もさすがに6回も夜逃げされた時点で諦めていたらしい。ただ、近頃不景気気味なんで、たまたま思い出したあんたの両親に貸した金を俺が取り立てに来た訳だ」

ならなかった・・・・・・・

エリック君はまだ小説を読みふけりながら今日の天気を当てるかの様な軽い(どうでもいい?)口調だ。どうやら別にやる気がある訳ではないらしい。

「バブルって・・・えらくまたリアルな話してくれるじゃないのよ・・・・・・」

「リアルもなにも事実だからな」

「ふっふっふ、安心したまえエリック君!この當麻 周造(しゅうぞう)に『7th!』7回目の夜逃げはない!!逆に言えば『7th』7度目の正直で今度こそ借金を返済しようじゃないかね!!!」

気合が入ってるのはいいけど、うちにそんなお金があるの?月に3回は朝食にパンのミミが出る我が家だよ!?

「ずばり!古来より時代劇などに使われる『金がないなら娘でもか』!!つまり早い話が、どうかうちの娘をもらっ・・・・・・」

バッカ―――――ン!!!

私は言い終わる前にこのヴァカ親父のあごをアッパーで殴り上げた。

ドコッ!!!

そして私のアッパーにより宙を舞ったヴァカ親父はそのまま下に叩きつけられた。

「ねえお父さん、悪いこと言わないからとりあえず死んどきなさいよ。ね?」

激怒を通り越して呆れ果てる私をよそにエリック君がヴァカ親父に歩み寄る、そして一言。

「ご主人・・・・17年間も借金の件に触れなかった恩を仇で返すつもりですか・・・・・?」

「仇って何よ!?仇って!!別にあんたなんかに嫁ぎたかないけどそれはそれで不愉快だ!!!」

「あんた、どんどん口調が悪くなっていくな。そういうキャラか?」

たび重なるツッコミにより荒れてきた私の口調にエリック君がジト目でこちらを見てきた。

どうにもエリック君は話題の振り方がひたすらマイペースな気がする。

「せめてあと一人くらい私の周りにまともな人がいてくれたらさぞかしおしとやかな喋り方するんでしょうねぇ私も・・・・・」

なんかもう、黄昏たくなっちゃった・・・・

「ちょっと待った――――――!!!」

私が遠い目をしていると唐突に恵が叫びだした。

「いくら美少年のボンボンといえど、そう簡単に茜を渡すわけにはいかないわ!!ここはやっぱり王道中の王道、『茜を賭けて勝負』よエリック君!!!」

「「はあ??」」

当然何を言い出すんだこの女は・・・・・・あえて言うけど、そのいつの間にか身につけてるマントとサングラスは一体どこから出したのよ?っていうかその珍妙な姿で何がしたいのよあんたは?

「あらあら、茜はモテモテね〜」

お母さん、言いたい事はそれだけ?本っ当にそれだけなの・・・・?

「なに、気にすることはない」

エリック君がため息を一つつくと、私に話しかけてきた。

「な、何よその『心中察する』みたいな目は!?」

「俺はそういうのに偏見はもたないタチだ、俺の目の届かないところで十分いそしんでくれ」

私の肩にポンと手を置き、まるで腫れ物にでも触れるような口調で語りかけてくる。

「そういうのって何よ!!いそしむって何を!!?喧嘩売られて真っ先に出る言葉がそれ!?あんたのそのマイペースっぷりにはいい加減腹立ってくるわ!!!」

「・・・あんたよく「『それだけのセリフを息継ぎなしで言えるな』なんて言わせはないわ!!!!」

後ろから聞こえる声の方に振り向いてみると、まだ先ほどのマントとサングラス姿でテーブルの上に立っていた。

「恵!あんた子供じゃないんだから・・・・・」

「とう!!」

私の言葉も聞かずに一昔前のヒーローの様な掛け声と同時に恵は前方三回転宙返り(体育だけは成績5の女)で私とエリック君の前に飛んできた。

華麗にスタっと着地するとエリック君に指を差し・・・・

「今エリック君が言おうとしたセリフは私と茜の愛の結晶!!そう易々と言わせる訳にはいかないわ!!!」

「・・・・・そうだったのか・・・・・」

「そんな訳あるか!!!なんでそこで初めて『悪い事をした』みたいな顔してんのよ!!?そういう表情するべきところが他にあったでしょう!!他に!!」

ちなみに先ほどから恵が不穏当な発言をしてるけど別に恵はエリック君を恨んでる訳でも私との間にがある訳でもなく、単にこの娘はヒーロー的なノリでとか正義とかそういう発言をしたいだけだという事を先に断っておく。

っていうかそう思いたい・・・・・・・・

「さあ勝負よ!エリック君!!」

「ふぅ・・・・最初は・・・・・」

「「グー!」」

じゃ・・・・・ジャンケン!!?

「「ジャンケンポンッ!」」

あっ、恵の負けだ・・・・・ていうか今どきジャンケンオチ・・・・・・?

「・・・・ま、負けた―――!!負けたわ!!あなた達の愛の力に―――!!・・・・・・・・・・・・違う―――――!!!何かが違う―――――!!!」

今更気づくかこの女は・・・・・

「まっ、別に期待はしていなかったがやっぱり借金は返ってこなかったか・・・・・一応親父に報告しとかないとな」

そう言ってエリック君はメンドくさそうなため息を吐きながら携帯を取り出した、というか単にこれ以上恵の相手をするのが疲れたとみた。




Hello, father(もしもし、親父か?)』

Oh! Eric, how did the matter of the debt become?(ああエリックか、借金の件はどうなった?)』

Do you say seriously it(それ、本気で言ってるか?)』

『・・・Still・・・・・Will you meet actually, too why I gave it up been understand well?(・・・やはりな・・・・お前も実際会ってみてなぜ私が諦めたかよく分かったろ?)』

Yes, I understood passing enough・・・(ああ、嫌という程な・・・)』



「その電話もらった―――――!!!『いやいや、お久しぶりですなファデルさん!』」

エリック君が急に流暢な英語でしゃべってる最中にヴァカ親父は何を企んでんのか携帯を取り上げた・・・・しかもベタベタの日本語・・・・・

「お父さん・・・・それ日本語・・・・・」

「大丈夫だ、そもそも俺に日本語教えてくれたのは親父だし」

「え?じゃあ、なんでさっきは英語でしゃべってたわけ?」

私は別に恵ほど成績が悪くはない(それ以前にあの娘は一般常識を知らなさ過ぎる)、とはいえさすがに本場の英語はやはりスピードが違うため学校のリスニングテストの様にはうまく聞き取れなかった。

「なんで身内のプライベートで日本語しゃべらにゃならんのだ」

「あ、そうか」

そんな何気ない会話の最中・・・・・・

「ようし!話が決まったぞ茜!エリック君!!」

「は?なんで私まで?」

「ふっふっふっふ・・・・・・・今どき!今どきこんな一昔前の漫画の様な話がこのご近所にあっただろうか!?いや、ない!!聞いて驚け!!そして驚きで一生使い物にならないくらい腰を抜かしてもかまわん!お父さんが養ってやる!!!」

「きゃ―――♪周造さん素敵―――♪」

どんな前振りの仕方よ・・・・・お母さんも誉めないでよ、つけ上がるから・・・・・いや、誉めなくてもオートでつけ上がるか・・・・

エリック君なんてすでに返してもらった携帯いじくってるし・・・・

「喜べエリック君!君は今日からうちの許婚(いいなずけ)だ――――――――!!」

ぽろっ                                          ガタッ!

その瞬間さっきまで平然としていたエリック君が携帯を落とした。

「あのさ・・・・・・私もどうコメントすればいいのか分かんないけど、とりあえず走馬灯すら見れない様な死に方したくなかったら簡潔に素早く説明を述べなさい」

「いや〜〜・・・実は携帯で話してるうちにすっかり意気投合してしまってなぁ、ちょうどお互いまだ誰ともつき合ってないし、いっそのこと昔懐かし許婚というのをやってみることになった!社会勉強の機会だからしばらくエリック君はうちに住まわすそうだ。仕送りは向こうが送ってくれるそうなのでこちらとしては全く問題ない!!!」

「ちょっと!ちょっと!!ちょっと!!!ちょっと!!!!何考えてんのよ!?何さっき言ってた戯言を具現化してんのよ!!?しまいには親子の縁切るわよ!!?」

エリック君は言葉にならないのか携帯を落としたままゆっくりとヴァカ親父を見つめ、そこからゆっくりと私に視線を移し、盛大なため息をついた。

「申し訳ありませんが、縄か何かありませんか?」

「ごめんね〜、今ちょうど切らしてて・・・・」

縄??で、お母さんはなんでその不可解な質問に普通に応対してるわけ・・・・?

「は〜〜い、私持ってるよ!!」

さっきの珍妙なアイテムといい、恵のポケットは四次元にでも通じているんだろうか?

「悪いな、あとで回収してくれて構わない」

回収?そう言いながら庭まで出て行き、縄で輪を作り屋根につるし始めた・・・・・・・・・・まさか・・・・・・・・

「親父から連絡があったら『旅に出た』と伝えてくれ。もっとも黄泉への旅だがな・・・・・」

「待て―――――――――!!!!だったらそんな目立つ所じゃなくてせめて裏道とかでやれ―――――!!!っていうかなんだそれ!?上手く言ったつもりか!!?」

なんか・・・・・こんな時までツッコんでる私って・・・・・・

「まっ・・・・待ちなさいエリック君!!将来の相手がこんなのになってしまって、死にたい気持ちは痛いほどよく分かるが早まってはいかん!!」

ガコッ!!!

「ぐえっ!!」

「この状況でまだ喧嘩売ってくるかおのれは!!!」

そんな事をしている場合ではないと分かってはいても私の身体は意思とは別に辞書を思いっきり顔面に投げつけていた。

「いや、結構正解に近い」

ブチッ!!!                              その瞬間、私の中の何かが切れた。

「だったら今すぐ死んでしまえ――――――――――――――――――!!!!!!」





あの後、私は正気を失いあやうくエリック君を本気で殺しにかかったらしい。

そんな私を恵が止めて(飛び蹴りで強制的に)くれたそうだ・・・・・・・どうりで目が覚めてから首がズキズキしてる訳だ・・・・・

「それにしても恵ちゃんの飛び蹴りは素晴らしかったわ!綺麗に茜の首筋をピンポイントで狙ってたものね〜、将来が楽しみだわ〜〜」

止めてくれた事には礼を言うけど私は恵がそのうち暴行罪で捕まらないか心配だ。

「えへへ〜〜、あれこそ私が編み出した究極の奥義“ライダーキック”です!!」

そのネーミングはいかがなものかと・・・・・・

「いや〜、まさか冗談のつもりで言ったことがあんな大惨事になるとはな〜〜、人生まだまだ何が起こるか分からんな〜あっはっはっはっは!」

「冗談!?ちょっと待ってよ!そのせいでエリック君はあやうく自殺するところだったのよ!!?」

「「「「最終的に(エリック君)(俺)を殺そうとしたのはどこの誰だっけ……」」」」

うっ・・・・これに関しては何の反論もできない・・・・・

「ちなみにさっきの続きだけど、エリック君をうちに住まわすのは本当だ。ファデルさんも元々そのつもりで社会勉強のために君をこちらに送ったらしい」

「なるほど、何かしら企んでたのは薄々感づいてはいましたが・・・はぁ・・・・」

うちの一家を見回し、空を見上げながらため息をついている、言いたい事は予想つくけどさ・・・・・・何か不愉快だ・・・・

「そっそそそそ・・・・・・それって同棲!!あわわっ・・・・これはもう真っ先に新聞部に伝えなくちゃ!!」

「伝えんでいい!!!」

「俺としても騒がれるのは出来るだけ避けたいが・・・・・多分・・・・・」

エリック君は何かを諦めているような様子だ。なんかこういう一人だけ分かってますっていう態度が妙に腹が立つ。

「安心したまえエリック君!ちゃんと君のお父さんが茜や恵ちゃんと同じ学校への手続きは済ませてるそうだ!!大いに自慢するといい!!」

「まっ・・・・あの親父が何かを企む時に逃げ場を残すようなマネはしないだろうからな・・・・」

お茶を音を立てながら飲み、もはや癖なのかまたひとつため息をつく。

「わ〜〜い!同級生だ〜〜〜!!あさってからよろしくね〜〜♪」

あぁ・・・・・・あさってからが不安だ・・・・・










まぁ、こういう不安な時ほど時間の流れって早かったりするわけで・・・・・早くも月曜日がきてしまった。

「茜!エリック君!いってらっしゃ〜〜い」




「あのさ・・・・」

「ん?」

相変わらずエリック君は何かの本を片手にカラ返事してくる。何の本かと少し気になって横目で見てみると『Delicious way to drink powdered green tea(抹茶のおいしい飲み方)』と書いていた・・・・・・・・あんたホントは日本人でしょ・・・・・・

「もうちょっと離れて歩いてくんない?あんただって妙な噂立てられたくないでしょ?」

「そうは言ってもヘタに意識した方が後々お互い過ごしにくいんじゃないか?それより『たまたま同じ通学路の知り合いがたまたま一緒に登校してる』って方が楽だし、実際そうだしな」

どうやらエリック君は常にマイペース主義らしい、しかも妙に核心ついてる辺り悔しい。




恵がまた学校である事ない事しゃべってないだろうか、そんな不安を抱えながら登校していると――――・・・・・

「あれ〜〜?『鉄仮面の茜ちゃん』じゃな〜い、久しぶりね」

!!!・・・・・・・・・・うちの学校とは違う制服だ、でもこの顔と声には覚えがある・・・・・

「どうしたの〜?あのいっつも一人でいた鉄仮面ちゃんが男の子と一緒にいるなんてさぁ・・・・・ずいぶん良いご身分ね」



ダッ!!!

私はこれ以上その場の空気に耐え切れず逃げ出した・・・・・・・・・さっきの娘は私の小学生時代の同級生、できれば二度と会いたくなかった娘・・・・・






「ハァ・・・・・ハァ・・・・ハァ・・・・」

気がつけば私は人気のない空き地まで逃げて来ていた・・・・・・我ながら情けない・・・・・・昔の事をまだ引きずってここまで取り乱してるんだから・・・・・

スパ―――――ンッ!!

そんな私の後頭部を誰かが全力でどついてきた、振り返ってみるとエリック君が呆れ顔でこっちを見ている。

「あのなぁ・・・いくら高校生から義務教育がないからって登校前からエスケープか?」

「だ・・・・だからって本ので殴るこたないでしょ!!しかも後頭部!!!」

皆さんにはご理解できるだろうか?駐輪場から自分の自転車を取り出そうとしたら見事に横の自転車の列が将棋倒しになちゃって直すべきかそのまま帰るべきかと悩んでる時に急に声を賭けられる様な感覚を・・・・・・あれと同じくらいの驚きだった。

「だいたい10分だな」

「へ?」

「それくらいが学校を遅刻しない時間だ。それ以内なら愚痴を聞くぐらいしてやってもいいぞ?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「私・・・・・・さ、今でこそ普通に笑ったり怒ったりできるけど・・・・・・・」

「いや、普通じゃないだろ」

無視だ・・・・・無視無視・・・・・・

「たまに何があっても何も感じないっていう“無感情”って聞いたことあるでしょ?小学生の時の私は時まさにそれだったんだ・・・・・『勉強で負けた・・・・だから何?』、『運動で勝った・・・・だから何?』、『何々が流行ってる・・・・だから何?』、『私はいつも一人・・・・だから何?』って感じでさ・・・・・よく近所から子供らしくない子ねとか言われてたっけ」

「無愛想はよくないぞ。周りに暗い印象を与えるからな」

・・・・・・あんたがそれを言うか・・・・

「おほんっ、それでそんな私の態度が勘に触ったんだろうなぁ・・・・さっきの子にいじめられててさ・・・・いじめられて生まれて初めて気づいた『一人って寂しいんだ』って・・・・・いじめられて悔しいとかじゃなくてホントにただ一人でいる事が急に寂しくなって・・・・」

「それから結局友達もできないまま中学に入って恵と出会ったんだけど・・・・」





『ねえ!ねえ!!君何って名前?私はね朝生 恵っていうんだ!私ってさぁこの茶髪地毛なんだよね、すごいっしょ!?あ、でも君も微妙に髪赤っぽいよね!?それ天然?ようし決めた!これから私たちは無敵の茶髪’Sだ!よろしくね♪あれ?君名前何だっけ??』

『いや・・・・あの・・・・・』





「初対面にも関わらずこっちの名前もろくに聞かずに一方的にしゃべってきてさ、そんな恵のペースに引っ掻き回されてるうちにすっかりあの娘のフォロー役兼ツッコミ役になっちゃって・・・・・・でも、そのおかげ私は笑ったり怒ったりできるようになったから・・・・・だから恵にはすごい感謝してる」

「ツッコミ役といってもあんたにもツッコむべき点は結構あると思うがな」

あ〜もう、さっきから〜〜・・・・・・・・

「何なのよさっきから!!人がせっかく恥ずかしい過去を真顔で語ってる時に!!!」

「いや、どうにも今までのノリがノリだけにいきなりシリアスな展開になったら読者がついて来れないんじゃないかと思ってな、俺の心ばかりの配慮だ」

「いらんわそんな配慮!!!そもそも登場人物が読者とかいうな!!あんたのせいでシリアスなのかコメディなのか訳の分からない雰囲気になっちゃったじゃないのよ!!!」

え〜〜・・・上での不穏当な会話、真に申し訳ございませんでした・・・・・・ああ!なんで私が謝ってんのよ!!


ん?なんか・・・・さっきから殺気めいたものが・・・・・

「ふぇ〜〜〜〜ん!!茜〜〜〜〜〜〜!!!」

ドカッ!!

デジャヴ・・・・・ってやつなんだろうか・・・・つい最近こんな事が前にもあったような・・・・・

「・・・ごほっ・・・いちいち登場と同時にタックルするの止めなさいよ恵!!また一瞬呼吸が止まったわよ!?」

「ふぇ〜〜ん!さっきの話は聞かせてもらったよ〜〜〜!!つらかったんだね茜〜〜〜〜!!」

つまりあの殺気は恵のタックルする時の殺気だった訳だ・・・・・・・でも、ま

「・・・・・・ありがと」

ガサッ

「あらあら、人の顔見て逃げるなんてずいぶんツレないじゃない。そんなにいじめられるのが怖かった?・・・・・・昔から気に入らなかったのよ!みんなが焦ったり不安がってる中でひとりだけ涼しい顔して器用に何でもこなして、人が必死に努力してやっとあなたに勝っても無関心、その上クールだからとかで男子からはモテるのに気づかない・・・・」

う〜ん・・・・なんかこうして冷静に考えてみるとわざわざついて来たんだっていうツッコミが頭をよぎる・・・・周りが変人だらけのせいで私も感覚がおかしくなってきたんだろうか・・・?

だいたい私そんなにモテてなかったし。

「あ〜〜!お前だな〜茜を悲しませたいじめっ子っていうのは!?ようし!この私が究極秘術、スペシャルマジックでやっつけてやる!!」

「「「はあ??」」」

いじめっ子ねえ・・・・・確かにそうだけど、もうちょっと他に言い方なかったかなあ・・・・・

「マジックボックス!!カモ――――――ン!!!」

恵が叫びながら手を天にかざすとどういう仕掛けなのか棺桶サイズの巨大な箱がひとつ降り注ぎ、いじめっ子(結局命名)の身体を覆いかぶさった。

「1!2!3!・・・・・・ダ・・・・・・じゃなくて、3!2!1!・・・・・・・ファイヤ―――!!!」





ドコォッ!!!!

恵が召喚(?)した棺桶から突如巨大な爆発音が鳴り響いた。

・・・・・・さすがに心配になってゆっくりと棺桶の方へ歩み寄り、ギィと音を鳴らせながら棺桶を開けてみた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



バタッ!!!

そして私はすぐさま扉を閉めた。

見なかった!私は何も見なかった!!ここでは何も起きなかった・・・・・・うん!きっと最近つかれてるんだ!絶対そうだ!!!

「さあて!闇の使者(いじめっ子)も倒したし、学校へ行こう!!」

「そうだな、転校初日で遅刻はごめんだ」





蒸し暑いながらもいつの間にやらセミの鳴き声もすっかり止んでしまった。

落ち葉もわずかに紅色に染まっていく中、私は今後の色んな意味で危険な親友とのつき合い方を本気で改めようと考えていた。

暑い日ざしの中で吹く風が妙にさわやかな、そんな一日だった。