GAオリジナル長編小説「Courage of Steel 〜守る力、戦う力〜」
筆者・コードネーム「ビスマルク」
「第6話 惨劇の海、哀しみの雫」
覚悟していても、やはり現実は想像を遥かに超えていた。
謎の紋章機の襲撃を受け、少なからずとも言いがたい被害を受けた、サルベージ艦隊。
警戒を厳重にしながらも高速で目標海域に辿り着いた彼らを、辛い現実が待ち構えていた。
誰もが息を呑み、唖然としていた。
若い新人も高年齢の将校も、皆が皆言葉を発することなく、その光景を黙って見ていた。
と言うより、言葉を発するという動作を忘れるほど、目の前の光景に驚愕していた。
辛うじて発せられた言葉でさえ、驚愕を隠しきれないでいた。
「オイオイ……なんだよ……こりゃァ…」
「酷ぇ……酷すぎるぜ……」
そこは、まさに地獄絵図と化していた。
先遣隊の艦影や気配は無く、ただ彼らがいたことを証明する“証拠”だけが残っていた。
艦艇の装甲の破片や、アンテナマストの一部が浮かんでいた。
撃沈された艦艇の燃料に引火したのだろう、海上には火柱が上がっている。
吐き出される黒煙が空を覆い、荒れ狂う炎が海を紅く染める。
そばの海面に、焼け爛れた帽子や制服、そして真っ黒になった“何か”が浮かんでいた。
その“何か”の正体が一体何なのか、分かっていても信じたくなかった。
誰もが悲しみ、悔やみ、大粒の涙を流した。
そして、絶望の後に彼らの心に湧き出したのは……憎しみと恨みの感情だった。
平和という言葉に、慣れすぎていたのかもしれない。
サルベージ艦隊旗艦、空母《ドレッドノート》の一室で、1人の将校がこう独白していた。
彼の名はアレックス・バース、ドレッドノートの艦長を務める海軍大佐である。
先ほどの襲撃時にも冷静さを崩さず命令を下し、エンジェル隊とともに艦隊を守りぬいた。
部下達はそう言っていたが、実際に艦隊を守ったのはエンジェル隊だった。
「……私は、実に無力だ……」
アレックスは、手に持った部下からの報告書を見ながら、自身を貶した。
報告書には、撃沈された艦艇の数と艦種、そして死者、行方不明者の数が記されていた。
生存者は、今のところ1人も発見できていない。
「っ………我々がもっと早く到着していれば……クソオォッ!!」
彼は思いっきり拳を机にたたきつけた。
その衝撃で書類が宙に舞い、置いてあったコーヒーカップが倒れ、コーヒーが床を濡らす。
床に出来たコーヒーの水溜りに、透明な粒がポタポタと落ちて、そこに波紋が広がった。
それは、アレックスの瞳から溢れ出る涙だった。
アレックスはその涙を拭い、何か吹っ切れたような表情をした。
「……私は、もう悲しまぬ!! もう後悔せぬ!! 若き将兵を…私の部下を守る!!」
もう誰も死なせない、もう何も失わない、もう誰も殺させない。
アレックスは、その硬く根強い決意を胸のうちに固く誓った。
ちょうどそのとき、彼の手元にある通信装置のアラームが鳴った。
アレックスは涙を拭うと、何事も無かったかのように通信に出る。
『アレックス艦長、サルベージが開始されましたので、至急ブリッジにお越しください』
「分かった、すぐに行く」
アレックスは置いていた仕官帽を被り、部屋を後にする。
床にこぼれた、涙の混じったコーヒーはそのままだった。
コォン……コォン……コォン……
海中を静かに潜航する巨大な潜水艦。
葉巻型と呼ばれる流線型の艦体が、規則的な音波を発しながらゆっくりと移動する。
その推進音は静かで、その場所に何もいないかのような静けさを与える。
海の王者と言われる海洋兵器が、その威圧感を深海魚に浴びせながら進んでいた。
「………まったく、面倒ぇ任務になっちまいやがったぜ……」
その艦橋で、1人の男が愚痴っていた。
ボサボサの黒髪を掻き、椅子に体を預けて手足を投げ出した。
彼は軍服らしきものを着てはいるが、その服は所々破けていてボロボロだった。
穿いている紺色のジーンズも、ひざや裾の部分などは特に酷かった。
「最初は簡単な任務だと思っていたが、まさかこんな結果になるとは……」
『愚痴っても始まらないでしょう。それに、“あのお方”だってこんなこと、予想できなかったわよ』
「そりゃあ、そうかもしれねェけどよぉ……」
男の目の前にあるモニターには、1人の女性が映し出されていた。
マゼンタ色の短髪をなびかせ、男に少しばかり説教をする。
服装は男と正反対、しわの一つもない軍服を完璧に着こなしていた。
女はさらに話を続ける。
『それにしても、裏社会最強の傭兵集団“告死天使”の1人が倒されるなんて、本当に予想外だわ』
「ああ、どうやら連中の中に厄介な奴がいるみたいだぜ」
そういうと、男はモニターの下にあるスイッチを押した。
すると、女が映っているモニターの右下に、画像が現われた。
その画像は向こうにも届いているらしく、女が画像を見て男に聞いた。
『これは……戦闘機のようだけど、かなり大きいわね』
「こいつが、レイ・エヴァンジェリンを退けた奴だよ」
『これがか……。海軍め、いつの間にこのような新型を……』
「それがちょいと違うんだよなぁ……」
まるで何かを隠し、もったいぶっているような口調の男。
女はそのことに感づき、男に聞く。
『なによ? 隠さずに言いなさい』
「さっき、この画像をデータバンクに照合してみたんだが、どうやらこいつはトランスバール皇国軍の所属らしい」
『なっ!? そういえば、この機体の側面のマークは見覚えが……! まさか!』
「お前も知ってるみてェだなぁ。宇宙最強と謳われる、天下のエンジェル隊をよォ……」
驚く女とは対照的に、男のほうは嬉しそうであった。
『ということは、これが噂に聞く本物の紋章機か……。ということは、海軍が引き上げようとしているのは……』
「ロストテクノロジーってことになる。ま、ヒントが多すぎて簡単だな」
そう言うと男は重い腰を上げ、椅子に深く腰掛け直した。
その表情は瞬時に険しくなり、その瞳には冷酷な輝きが宿っていた。
女はその様子を見て、口元に笑みを浮かべてこう言った。
『フッ……やっと本気モードになったわね』
「敵が強ければ強いほど、戦いは面白味があるってもんだぜ」
『それもそうね。では、我々は予定通りの時間に攻撃を仕掛けるわ。それでいい?』
「ああ、それまでに獲物がいれば、の話だけどな」
『いじわるね。じゃ、健闘を祈ってるわよ』
通信が切られると同時に、男は立ち上がった。
その口元は微笑んでおり、邪悪なオーラを漂わせていた。
男は天井に取り付けられたインカムを手にとって、そのマイク部分に叫んだ。
「野郎ども!! いよいよ俺達が暴れ回る時がやってきたぜ!! 心して聞きやがれ!!
今回の獲物は、なんと海軍の一個艦隊だァ!! 気ィ抜くんじゃねェぞ!!」
「「「「「ウォーーーーーーーーーーー!!!」」」」」
その声は艦内の至る所に響き渡り、その言葉を聞き逃す者などいなかった。
乗員達は声を張り上げ、狂喜乱舞した。
廊下を一気に駆け抜け、自分の持ち場に付く。
男は椅子に座ると、艦橋にいる乗員に司令を出した。
そして、乗員と同じように自らも声を張り上げて叫んだ。
「お前らァ、気合入れていけぇ!! 戦争だァーーーーーー!!!!」
巨大な潜水艦は、その巨体に似合わない超高速で、海面へと浮上していく。
その艦内に、死を告げる天使達を乗せて、獲物の真っ只中へと突入していった。
場所は戻って、サルベージ艦隊旗艦、空母《ドレッドノート》。
その飛行甲板では、甲板要員達が忙しなく走り回っていた。
畳んでいた翼を広げた艦載機の整備をしたり、帰還した早期警戒機の誘導をしている。
彼らの表情からは、悲しみや悔しさ、そして不安という感情が読み取れた。
「たくさんの人が……泣いています……」
そんな彼らの様子を見て、1人の少女が呟いた。
艦橋後部のスペースに固定されている6機の紋章機。
彼女はその中の1機、淡いリーフグリーンの機体《ハーベスター》の傍にいた。
機体と同じ色の髪が風に吹かれて、さらさらと舞っていた。
『ヴァニラさん……』
彼女が抱いている人形が、もっと詳しく言えばその中の人工知能が、彼女に話しかける。
名前を呼ばれた少女、ヴァニラ・H(アッシュ)はその顔を人形に向けた。
ヴァニラに抱かれているピンクの人形、ノーマッドは、彼女の顔を見てとても悲しくなった。
それもそのはず、自分が慕う彼女が、とても辛そうな表情をしているのだから。
ヴァニラは再び顔を上げ、今度は甲板の端から下の海を見下ろした。
そこには、ボロボロになった帽子が浮かんでいた。
「ノーマッド……私は無力です……。たくさんの尊い命を、守れなかった……」
『ちっ……違いますっ!! ヴァニラさんは……ヴァニラさんは無力なんかじゃありません!!』
かつて、ノーマッドがこれほど感情を露にしたことがあっただろうか。
ヴァニラの発した言葉に声を荒げ、強く否定する。
“感情”というものがあるからこそ、ノーマッドはそれが出来た。
ノーマッドは自身がここまで感情を表に出したことに困惑しながらも、言葉を続けた。
『ヴァニラさん、あなたは決して無力ではありません。
だって、ヴァニラさんはみなさんと一緒にこの艦隊を守ったではありませんか!!
誰も、ヴァニラさんを責める人なんてこの星にはいません』
「ノーマッド……」
ヴァニラは、無表情ながら内心少し驚いていた。
ノーマッドとは、初めて会ったときからずっと一緒であるが、こんな励ましを受けたのは初めてだった。
ノーマッドがこのような発言をした原因は自分にあると、ヴァニラは悟った。
「ノーマッド………ありがとう。少し、気が楽になった気がします……」
『いっ……いえいえいえいえ!! そんな、礼を言われることなんて一つもしてませんって!!』
かなり動揺し、早口でしゃべるノーマッド。
その様子を見て、ヴァニラの口元が少し微笑んだ気がした。
気のせいか、頬が少し赤らんで見えた。
アレックスは、ドレッドノートの艦橋でモニターの映像をじっと見ていた。
それは、サルベージ艦から発進し潜航中の潜水艇からの映像だった。
約数時間はずっと暗闇が映り、たまにある変化といえば、カメラの前を深海魚が通り過ぎるぐらいである。
しかし、アレックスはそれをずっと見ていた。
彼は、映像に変化が現われるまで椅子から動かなかった。
そのとき、カメラが激しく揺れた。
そして、カメラの下から泥が煙のように舞い上がった。
「艦長、潜水艇が進度3000に到達しました」
「うむ、すぐに目標の捜索、及び改修準備に取り掛かるよう伝えてくれ」
「はっ!!」
潜水艇がゆっくりと海底を這うように動き出す。
海底の泥はまるで血のように紅く、見ているだけでも気持ち悪かった。
だが、アレックスは決して目を逸らそうとはしなかった。
否、さらに映像を食い入るように見ている。
「…! サルベージ艦より入電、潜水艇のソナーに反応あり。目標物です!!」
「そろそろか……」
艦橋に緊張が走る中、ついにそれは姿を現した。
カメラの映像に映し出された、巨大な船体。
珊瑚が元の物体を見えなくするぐらいびっしりとは生えている。
そして、その船の甲板にあたる場所に、辛うじて四角い物だと判別できる物体があった。
潜水艇が物体に近づくと、それを巣にしていた深海魚達が一斉に逃げていった。
潜水艇はある程度近づいて位置に付くと、下部にあるランチャーから何かを発射した。
それは物体の中央に突き刺さり、先端がパラボラのように開いた。
「特殊位置特定音波装置、目標に命中しました」
「よしっ、作業開始だ!! サルベージ艦に通達せよ!!」
「はっ!!」
乗組員達がせわしなく動く中、オペレーターは“それ”に気付いた。
自分の目の前にあるレーダーモニターに現われた、8つの小さな反応。
それは超高速スピードで、まっすぐドレッドノートに向かってきていた。
《次回予告》
突然、ドレッドノートを襲った雷撃。
浮上する巨大潜水艦、そこから発進した3機の紋章機。
フォルテ達はすぐに迎撃に向かうが、思わぬ事態が彼女達を襲う。
次回、再び激しい戦いが巻き起こる。