この物語は、女性ばかりが目立つ世界にあって、たった一人古き良き時代の男の
魂を受け継ぎ孤軍奮闘する、レスター・クールダラスの日常を描いた物語である。
生まれる時代を間違えた、青い目のサムライ。その孤高の生き様が、一人でも多
くの眠れる男達の胸に響かんことを……。

(注:この作品はコメディです)







GA男塾




第1話 『塾長、登場する』







俺の名はレスター・クールダラス。
この儀礼艦エルシオールの副指令を務めている。
階級は少佐。年齢は22歳だ。趣味、というか特技はフェンシングを少々。

――――自己紹介で言う事といえば、これくらいか。何か質問でもあるか?

・・・・・・ん? 彼女? そういった類の知り合いは居ないな。
居ないし、居たことも無い。そんな相手を必要とする局面が、俺の人生で今まで無かったからな。
俺は無駄な事、無用な物は出来るだけ抱え込まない主義なのだ。



「なぁ、レスター」

隣に座っているタクトが顔を上げて呼びかけてくる。
・・・・・・ああ、忘れていた。こいつはタクト・マイヤーズ。
士官学校の同期で、卒業して軍に配属になってからもなぜか同じ部署で、ずっと一緒につるんでいる。
まあ、腐れ縁というやつだな。

「何だ?」
「ヒマだな」
「・・・・・・まあ、そうだな。で、何だ?」
「ん〜、いやそんだけ」

奴はそれだけ言うと、「はーヒマヒマ」とかブツブツ呟きながら、手にしたカップめんをズルズルすすり始めた。
けっきょく何が言いたかったんだ、こいつは。
どうでもいいが、公の場であるブリッジの艦長席でカップめんを食うな。司令官だろうが、一応。

そう、こいつは司令官である。階級は大佐。つまり俺の上官ということになる。
まあもっとも、階級なんてコンビニのレシートよりどうでもいいものだがな、お互いに。

「なぁ、レスター」

・・・・・・とか考えているうちに、またタクトが話しかけて来た。
いつの間にかカップめんを食い終わり、今はバナナを両手に持って、交互に食っている。
ずいぶん食うの早いな。つい今しがた、カップめんのフタを開けたばかりだと思ったのに。
それはそうと、艦長席でものを食うなと言うのに。

「・・・・・・何だ?」
「ミルフィーって、何であんなに可愛いんだ?」
「知るか」

いきなりノロケ出しやがった。

「顔も可愛けりゃ性格も可愛い。やることなすことみんな可愛い! 昼間に自販機のところで会ってさ、ジュース賭けてジャンケンしたんだ。ミルフィーってば、両手でチョキ出すんだぞ? もーしんぼうたまらん」

両手にバナナ持って小躍りするな。サルかお前は。

「あんまり可愛いから、もー俺がジュース買ってあげちゃったよ」
「勝ったのか?」
「うんにゃ、負けた」
「なら当然だろ」

奴は俺のツッコミなどお構いなしに、「さいしょは♪ グー♪ でジャンケンポン!」とか歌い出す。
いくら俺と2人だけだからって、公の場であるブリッジで歌とか歌うな。司令官だろ、一応。

――――そう、言い忘れていたが、いまブリッジには俺とタクトしか居ない。
時刻は深夜0時。他のクルーは交代で、現在仮眠中。
司令官と副指令がそろって当直になるとは、ムチャクチャなシフトだな。何を考えているんだ、うちの司令官は。

「おいしいごはんで許して〜ね〜♪ うおー!許す!許すぞぉ! 神が許さなくても俺が許すっ!」

たぶん絶対、何も考えていないんだろうなぁ。
こいつの場合、本気でごはんにつられて神に弓引きそうだから嫌なのだ。

「はあああぁぁ、みるふぃ〜」

カレーのスプーンをくわえたまま、タクトは悩ましげな溜め息をもらす。やめろ、気色悪い。

・・・・・・ん? カレー?

目をこすってもう一度隣を見てみる。
間違いない。タクトの手にはいつの間にかカレーが乗っていた(しかも半分は食い終わっていた)。

「タクト、そのカレー・・・・・・」
「やらんぞ」
「いらん。そうじゃなくて・・・・・・どこから出した?」

そして今しがたまで食っていたバナナはどうした?
と言うか、あのバナナもどこから出したんだ? こいつは。

俺の疑問に対し、タクトは爽やか好青年の微笑みで、こう答えた。
「ねがいごとバイキング」

意味が分からん。

「だから、おかわり自由なのだ」

何がどう「だから」なんだ。
そのカレーをどっから出したのかと訊いているんだ、物理的に。

「レスター、知ってるか? 恋をしたいなら追いかけちゃダメなんだぞ」

・・・・・・なんで俺は、こんな奴の下で働いているんだろう?
けだものの様にガフガフとカレーを貪り食う友の姿を見つめながら、俺はしばし人生の岐路について考えていた。



――――閑話休題。



「なぁ、レスター」

タクトは食後のおしるこドリンクを楽しみつつ(もう何も言うまい・・・・・・)、話しかけてきた。

「何だ」
「俺たちってさ、付き合い始めてから長いよな」
「微妙に誤解を招きそうな言い方をするな。・・・・・・まあ、そうだな。それが?」
「ずっとお前見てきたけどさ、お前、本当に女の子に興味無さそうだよな」

何かと思えば、女の話か。俺は素っ気無くうなずいた

「なにを今さら。また同じセリフを聞きたいのか? 考えてもみろ。男の一生で、女をどうしても必要とするような局面が、本当にあると思うか? 俺には思えない。不要なものに時間を使ってどうするんだ。男と生まれたからには、専一に、ひたすらに、己を磨き上げる事に邁進するべきだ。それが男の道だと、俺は信じている」
「ホントに同じセリフだな。一字一句違いなく」
タクトは呆れたような顔で、首を横に振る。

「つーか、よく真顔で言えるよ、そんな恥ずかしいセリフを」
「恥ずべき事など何も無い。そう感じるのは、お前に信念が無いからだ」
「女の子とデートも出来ないような信念なんて嫌だぞ、俺は」
「お前がそう思うのなら、別の道を進めばいい。お前にはお前の考えがあるのだろう、それを否定するつもりは無い」

俺はパネルを操作しながら言った。
通路のセンサーが不審者の存在を感知したので、モニターを開くためだ。
監視カメラは、奇妙な物体が通路を歩いている様をとらえていた。・・・・・・ああ、また例の大福オバケか。
怪しいと言えばかなり怪しいのだが、タクトが「放っておいていい」と言うのでいつも見過ごしている。

・・・・・・何だかんだで俺も、『タクトがそう言うのなら』と考えている節があるのだな・・・・・・。
諦めにも似た思いに、自分で苦笑する。
興味をなくしてカメラを切ったところで、

「心配なんだよ」
背後からタクトが言ってきた。

「このまま放っといたら、お前、平気で一生独身のまま居そうでさ」
「元よりそのつもりだぞ」

振り返り――――ちょっと意表を突かれる。
タクトは、本当に心配げな面持ちで俺を見ていた。

「お前は人生の半分、いや3分の1も楽しんでない。もったいないぞ、せっかくモテるのに。お前見てると不憫でさ・・・・・・」
「心配してくれるのはありがたいが、それはお前の主観だ。俺は自分の生き方に不満など無い。女にモテるモテないなど、俺にとっては無価値な特性だ」
「うわ、すっげえ嫌味に聞こえるぞ」
「そう聞こえたのなら謝ろう。しかし本当にそうなのだ。こんな特性など、やれる物ならそっくりお前にやったって構わんのだが」

タクトは笑った。

「よけい嫌味に聞こえるぞ、レスター」
「そうか? ならどう言えば・・・・・・」
「分かってるって。だけどな、全然女の子とつきあったことが無いってのも、それはそれで問題アリだと思うぞ」
「・・・・・・・・・・・・」
「いや、真面目な話。なんつーか、こう、人としてさ」
「・・・・・・かもな」

俺はタクトから目をそらし、あいまいにうなずいた。
例えばこんな例がある。
社交界において、いい年した男がパーティーで妻なりその他パートナーなりを同伴していなかった場合、いたく敬遠されるそうだ。
それは、成人であるにも関わらず伴侶を得ていないという事が、すなわちその男には何かしら人格に問題がある証拠だ、という評価に繋がるからであるらしい。
だからタクトがこの話を知っているのかどうかは甚だ怪しいが、少なくとも言っている事は間違いではない。

「いいもんだぞ、深く心を分かち合える女の子がいるってのは」
「お前には居るのか? そんな相手が」
「聞くまでも無いだろ、ミルフィーさ」

自信満々で答えるタクトに、俺は少し驚いた。
いつもキ●ガイのようにミルフィーミルフィー言っているのは知っていたが、てっきりこいつが一方的に騒いでいるだけだと思っていた。いつの間にそんな仲になっていたのだろう?

「・・・・・・初耳だぞ?」

尋ねると、奴はパタパタと手を振った。

「ん? ああ、違う違う。これからそうなるんだ」

驚いた俺がバカだった。もっともらしいこと言うから勘違いしたじゃないか。
しかし未来形とは言え、タクトはやる気満々だ。

「一体どうやったら、そんなに女に惚れることが出来るんだ?」

俺にとってはもはや謎である。
そう尋ねると、奴はしまりの無い顔でニヘラ〜と笑いながら答えた。

「えー、だってミルフィーだぞ? 可愛いじゃないか」
「可愛いと惚れるものか?」
「何ィ!? お前、ミルフィーが可愛くないってのか!? いくらお前でも、返答次第によっては許さんぞ!」

にわかに怒り出す。欲求不満のドーベルマンのように、今にも俺に飛びかからんとする勢いだ。
面倒な奴だな。

「そうは言ってない。桜葉少尉だろう、ああ、可愛いな」
「うむ。そうだろうそうだろう」

すぐに機嫌を直し、大儀そうにうなずくタクト。なんでお前が偉そうにするんだ。

「よし、クールダラス少佐、艦長命令だ。もっとミルフィーを誉めろ」

ろくでもないこと言い出しやがる。なんで俺がそんなことせにゃならんのだ。

「誉めろと言われてもな・・・・・・」
「ん? どうしたクールダラス少尉? 切れ者で名の通る君が、まさかそんな簡単な事も出来ないのか? いまどきサブティーンの子供でもやってる事だぞ?」
「む・・・・・・」

こいつに言われると、なんとなく癇に障る。
仕方なく俺は、言われた通りに桜葉少尉を誉めちぎってみる。

「その・・・・・・優秀な人材だ。紋章機の操縦技能はさほどでもないように見えるが、不思議と結果を出す。戦闘における唯一至上の価値は勝利、この一点に尽きる。そういった意味では、彼女は非常に優秀な・・・・・・」
「ストップ。それじゃダメだ、レスター」

タクトが不満気に制止してきた。

「硬い。ちっとも誉めてる感じじゃない。そんな誉め方で喜ぶ女の子なんて居るか」

だから、なんで俺が女を喜ばせなきゃならんのだ。

「やる気あるのか、クールダラス少佐」

あるわけないだろう。
しかし、いつまでもこのバカに馬鹿扱いされるのも面白くない。

「・・・・・・分かった」

ふん、まあいい。要するに、ちょっと軟派な戯言を言ってやればいいだけだろう。造作もない。
気を取り直して、俺は言った。

「桜葉少尉は、そう、非常に家庭的だ。特に料理のスキルに関しては非の打ち所が無く、男として見るに大変女性的で好ましい印象だ」

「ふむ。まだ硬いが、お前にしちゃあ良いぞレスター。続けろ」

「明朗快活な性格も好ましい。個人的には、女性にはもう少し奥ゆかしさを求めたい所なのだが、まあそれは人それぞれだ。彼女のあの明るさが士気高揚の一助となっている事は自明であるし、何と言うのか、彼女を見ていると遊んでいる子犬か子猫でも見ているような、非常に微笑ましい気持ちになる。癒される・・・・・・と言えばいいのか」

「おお、いいぞレスター、やれば出来るじゃないか! それが 『可愛い』 っていうことなんだ! ミルフィーは子犬かな? 子猫かなぁ? うわー、どっちだろ」

「何より彼女について感心させられるのは、常に前向きである点だ。確かに彼女は失敗が多い。それでめげたり、他人に甘えるような女なら願い下げだが、彼女は違う。落ち込むヒマがあるなら努力し、失敗を自ら取り戻そうとする。素晴らしい美点だ。賞賛に値する。まあ要するに――――タクト、お前が桜葉少尉を礼賛する事に、俺は全く異議なしということだ」

万雷の拍手(1人だけだが)が巻き起こった。

「ブラボー、ブラボー! 素晴らしいぞレスター、俺は今、猛烈に感動している!」

タクトは感涙にむせびながら、俺を誉め称えた。

「素晴らしい演説だったぞ、正にお前の言うとおりだ! 俺も心で考えている事は同じだが、そんな風にうまく言葉で言い表せないで居たんだ! 本当によくやってくれた! 今こそ認めよう、レスター・クールダラス少佐、切れ者の2つ名に偽り無しだ!」

いくら相手がこのバカとは言え、ここまで大絶賛されれば悪い気はしない。
どうせ他に誰か居るわけでも無し、俺は調子づいて深々とお辞儀などして見せた。

「ご静聴、真にありがとうございます。麗しき我等が姫君、ミルフィーユ桜葉嬢を称える事など、愚鈍な私には到底及びもつかない事でございますも。せめて一点の混じり無き我が誠意だけでも、ご理解頂ければ幸いでございます」

「うおおおーっ! いいぞレスター、心の友よ!」

――――そう。調子に乗ってこんな事まで言ってしまったのが良くなかった。


カタン


不意に俺達の背後で物音がした。
何だと思って振り返ると。

「あ、あの、ごめんなさい。立ち聞きなんてするつもりじゃなかったんですけど」

2人分のお茶とケーキが乗ったトレイを持って。
耳まで真っ赤になった桜葉少尉が、そこに立っていた。
一瞬、ブリッジの空気が、絶対零度まで下がった気がした。

「さ、桜葉少尉・・・・・・いつからそこに?」
「えっと、副指令が私のこと家庭的だとかおっしゃって下さった辺りから・・・・・・」

ほとんど最初からじゃないか。
背後に、どす黒い殺意のこもった視線を感じる。
まずい。非常にまずい。

「いや、桜葉少尉、違うんだ。いや違うというのは違うが、これはだな・・・・・・」

くっ、何という事だ。こんな時に限ってうまい言葉が思いつかん。
まさか、焦っているというのか? この俺が。馬鹿な・・・・・・。
桜葉少尉は、恥ずかしげにチラリと上目遣いに俺の方を見る。そして俺と目が合うと、慌てて目を伏せる。
背後からの殺気が増す。
チクチクではなく、グサグサと突き刺さってくる。

「いえ! 分かってます。タクトさんと2人で、何か漫才の練習でもなさってたんですよね! あはは、パ―ティーでも企画されているんですか? 楽しみです。大丈夫、内緒にしてますから!」

彼女は早口でまくし立てると、小走りに俺のところへ駆け寄って来て、俺にトレイを押し付けた。

「き、気にしてませんから。これ、差し入れです。お口に合うといいんですけど」

気にしてないなら、頼むからちゃんと目を合わせて話してくれ。
顔を赤らめて、微妙に目をそらさないでくれ。

「それじゃっ! 失礼します!」

そして逃げるように走って出て行かないでくれ。
もう勘弁してください。

「はは・・・・・照れているらしいぞ。初々しいことだ。お前が惚れるのも分かるぞ、タクト」

余裕を見せたかったのだが、乾いた笑いしか出てこなかった。

「レ〜〜〜ス〜〜〜タァ〜〜〜・・・・・・」

地獄の底から響いてくるような、怨念にまみれた低い声。

「お前って奴は、昔からそうだったよな・・・・・・女には興味無いとかほざきつつ、俺の目の前で次々と女の子を落としてきて・・・・・・」
「人聞きの悪い。それよりせっかくの差し入れだ、うまそうなケーキだぞ。ありがたく頂こうじゃないか、心の友よ」

爽やかに言いつつ、俺は潤滑油の枯渇した首を回して振り返る。

「挙句の果てには、ミルフィーまで毒牙にかけやがってえええぇぇぇ!」

――――タクトよ。我が友よ。さっきから言っている事だが。

「許さんぞ、このフェロモンだだ漏れ男めええええぇぇぇっ!!!」

そのチェーンソーは、いったいどこから・・・・・・っ!

俺は回れ右して猛然とダッシュをかける。
深夜のブリッジで唸りを上げるチェーンソー。

ほら見ろ、女に関わるとロクな事が無い・・・・・・。

俺は改めて、男一匹生涯独身を誓うのだった。






第1話・完

















〜管理人・コメント〜

レスターメインのコメディって、こんな感じですか〜。
前半のセリフのテンポの良さ、そしてレスターの突っ込みの鋭さ、的確さがとても良かったです。
タクトが壊れてレスターが突っ込む話…との事ですが、レスターも結構壊れ気味なような気がしないでもないと思うのは私だけでしょうか(笑)。
私はコメディ系を書くのが苦手なので、このような小説は参考になります〜。
第2話もお待ちしてますね。



第2話へ