この物語は女性ばかりが目立つ世界にあって、たった一人古き良き時代の
男の魂を受け継ぎ、孤軍奮闘するレスター・クールダラスの日常を描いた
物語である。
生まれる時代を間違えた、青い目のサムライ。その孤高の生き様が、一人
でも多くの眠れる男達の胸に響かんことを……。
(注:この作品はコメディです)
GA男塾
第2話『塾長、辞書に思う』
それはクロノドライブに入ってしばらく経った頃。
「なあレスター、これ見てくれよ」
部屋に戻ると言って出て行ったはずのタクトが、ブリッジに帰って来た。
手には分厚いハードカバーの本。
何の本かと思ったら、ただの辞書だった。
「何だ?」
「ん、これ」
開かれたページ。タクトが指差した所を見てみる。
『 ミルフィーユ(Mille-Feuille):(1)薄い生地を何層にも重ねたパイ菓子。F国の製菓職人・ルージェ作
(2)F国語。Mille=「千」、Feuille=「葉」。直訳「千枚の葉」 』
「な?」
タクトはニコニコしながら俺に言う。
な? って何だ。
俺に何を求めているんだ、こいつは。
「すごいだろ、ミルフィーって辞書にまで載ってるんだぞ」
嬉しそうだ。
嬉しくてたまらない様子である。
なぜこんな事で、そこまで喜べる?
謎だ。
「……水を差すようで悪いが、別にこのミルフィーユは桜葉少尉の事を言っているわけでは……」
控えめに指摘してやろうとすると。
「…………」
不意に、タクトは黙り込んだ。
なにやらひどく驚いている様子。
余りの衝撃に絶句している、という感じだ。
何だ? 何か変な事を言ったか? 俺は。
「どっ……」
やがて奴は、喉から震える声を絞り出した。
「ど?」
ドラ●モン?
「どういうことだ貴様アアアアァァァッッ!!!」
絶叫し、掴みかかってくる。
「怒るな、本当の事だろう」
「ミルフィーを呼び捨てにするとはどういうことだっ!?」
そっちか。
「貴様、俺のミルフィーといつの間にそんな仲にッ!?」
お前のじゃないだろう。
勝手に人を私物化するな。
「落ち着け、俺が言っているのは桜葉少尉の事じゃなくて辞書に載っているミルフィーユという単語の事で……」
「貴様、まだ言うかっ!」
「こら、やめろ、だからそっちのミルフィーユじゃなくてこの辞書のミルフィーユをだな」
「ミルフィーミルフィー連呼するな! 貴様が言うと穢れる!」
「けが……何だと!? ミルフィーユとミルフィーユの区別もつかない様な奴が言えた事か!」
「黙れ黙れ! その口塞いでくれるわ!」
「貴様こそ今まで意味も知らずにミルフィーユミルフィーユ連呼していたわけだろう! ミルフィーユと呼びながらそのミルフィーユの意味も知らんとはな! 愚かな男だ、恥を知れっ!」
「ぬおおおお! お前は俺を怒らせたっ!」
売り言葉に買い言葉。
パンチにキック。組み技に極め技。
格闘技界における永遠の命題、『フィスト・オア・ツイスト(拳か関節技か)』。
互いに死力を尽くし、身をもってそのテーゼを語り合う。
・
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という所で、目が覚めた。
朝日が眩しい。(ホログラフだが)
「…………」
とても不毛な夢だった。
夢は無意識の欲求の顕れだというが、いったい俺は何の欲求不満なのだろう?
なぜだか自己嫌悪に陥ってしまう。
「仕事でもするか……」
とにかく俺は朝の身支度を整え、ブリッジへと向かった。
「なあレスター、これ見てくれよ」
ブリッジに入ると、タクトが待ちかねていたように、すぐさま声をかけてきた。
手には分厚いハードカバーの本。
何の本かと思ったら、ただの辞書だった。
「何だ?」
「ん、これ」
開かれたページ。タクトが指差した所を見てみる。
『 ミルフィーユ(Mille-Feuille):(1)薄い生地を何層にも重ねたパイ菓子。F国の製菓職人・ルージェ作
(2)F国語。Mille=「千」、Feuille=「葉」。直訳「千枚の葉」 』
「な?」
タクトはニコニコしながら俺に言う。
嬉しそうだ。
嬉しくてたまらない様子である。
「すごいだろ、ミルフィーって辞書にまで載ってるんだぞ」
「…………」
驚きだった。
予知夢というものは、現実に存在するらしい。
「……ああ、凄いな。さすがは桜葉少尉だ」
俺はあっさり折れた。
過ちを看過するのは男として不本意だが、来ると分かっている不毛な争いを避けるためなら致し方あるまい。
「うむ、そうだろうそうだろう」
ニヘー、と嬉しそうに笑うタクト。
「しっかし、ミルフィーユって『千枚の葉』って意味だったんだな〜。じゃあミルフィーユ桜葉って」
「……千枚の桜の葉、という意味になるな」
千枚の桜の葉。
何となく、忍者の格好をした桜葉少尉が、木の葉隠れの術をしている姿が思い浮かぶ。
無数の木の葉が渦巻く中で、忍者がドロンと姿を消すアレだ。
我ながら馬鹿な想像だった。
照れ隠しに、俺は違う感想を述べる。
「そこはかとなく、風流な名前だな」
が、タクトは俺の言葉が耳に入っていない様子で何事か考えていた。
やがて呟いた事が。
「なんか、木の葉隠れの術みたいだな」
ぐお、ショックだ。
このバカと同じ想像をしてしまった。
「なあ、そう思わないか? ミルフィーがこう、木の葉隠れの術でドロンと」
「……ああ、そうだな。女忍者だから、くのいちだな」
「くのいち……」
不意に、タクトの動きが止まった。
「ミルフィーが……くのいち……」
何か想像している。
そして。
「うむ、合格」
ご満悦の笑みで大きく肯いた。
そこで拳を握りしめるな。
かわいそうに、桜葉少尉。
いったい何に合格させられてしまったのだろうか。
「よし!」
タクトはいきなり、はりきった様子で声を張り上げた。
「俺はこれからミルフィーのとこに行くぞ!」
「な……?」
鼻息が荒い。
「ちょっと待て、お前何を考えている?」
何を考えている。
何をそんなに興奮しているんだ。
「だってミルフィーだぞ? くのいちだぞ? 悪代官にとっ捕まって、よいではないかよいではないか、だぞ!? あ、ダメだ、もーしんぼうたまらん」
これはいかん。
本当にろくでもないこと考えてやがる。
止めなければ。
「待て、おまえ桜葉少尉に何をする気だ」
「着せるのさ!」
「何を!?」
「どけレスター、ミルフィーのくのいちを邪魔するなら殺す!」
「意味が分からんぞ!」
「うおおおおおお! 誰も俺を止められない!」
「あっ、こら!」
奴は猛然と走り出す。
俺は慌てて、後を追うのだった。
バアン、とドアが蹴破られる。
「ミルフィー!」
「逃げろ桜葉少尉!」
桜葉少尉は部屋に居た。
いきなり転がり込んで来た俺たちに目を丸くする。
「ミルフィー、く、くの、くの……!」
「やめろバカ、言うんじゃない!」
なぜこんな簡単にドアが開く!?
本人以外は開けないというロストテクノロジーの機能はどうしたんだ!?
「えーと……」
最初の一瞬こそ驚いた様子だったが、桜葉少尉はすぐに気を取り直して言った。
「ラグビーですか?」
確かに、そう見えなくもない。
タクトの腰にタックルしたまま引きずられている俺の姿を見れば。
「ラグビー? ミルフィー、何をわけの分からない事を! そんな事よりくのいち!」
「くのいち?」
「お前の方がわけ分からんだろうが! 桜葉少尉、気にするな」
「はあ……」
まったくもって迷惑な乱入者である。
しかし、桜葉少尉はできた娘であった。
「よく分からないですけど、とりあえず上がってください。今、お茶淹れますから」
ニッコリ笑ってそう言うと、パタパタとキッチンに入って行く。
助かった。
「おいタクト」
この隙に俺は、タクトの頭を押さえ込んで小声で言った。
「いいか、落ち着け。みだりに騒ぐな。桜葉少尉に嫌われてもいいのか」
「な、何? ミルフィーに嫌われる? こ、困る、それは困る」
なぜだかあっさりと動揺し、大人しくなる。
なんだ? さっきまでの勢いはどうした。
嫌われる、の一言がそんなに効いたのだろうか?
良い事を知った。
「そうだろう。婦女子の部屋に乱入しただけでも重罪だぞ。礼節をわきまえぬ男は、嫌われて然るべきだ」
「でも、くのいち……」
「諦めろ。気持ちは分かるが、男ならば耐え難きを耐え、忍び難きを忍べ。その姿はきっと桜葉少尉も見ていてくれる。困難に立ち向かうお前の姿を見れば、少しは見直してくれるかも知れないぞ」
「な、なるほど! よし分かった、耐えてみせるぜレスター!」
嘘も方便。
俺にしては珍しく、でたらめなことをスラスラと言うことが出来た。
ふう、とりあえず目下の危機は回避できたか。
「すぐ用意できますから、どうぞ上がってくださーい」
キッチンの奥から桜葉少尉が呼びかけてくる。
そして俺たちは、成り行き上、桜葉少尉の部屋でお茶をいただく事になったのだった。
(第3話に続く)
〜管理人・コメント〜
くのいちですか。
また、ずいぶんとコアな所を……。
タクトが暴走粋に入っているせいでレスターもどんどん冷静沈着キャラから離れていく……そんな感じがします。
もちろん、悪い意味じゃないですよ。
でわでわ……第3話も楽しみにしてます〜。
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