前回のあらすじ

タクトとレスターがミルフィーユの部屋におしかけ、お茶をご馳走になる事になった。

……うわ、要約するとこれだけだ。


(注:この作品はコメディです)




GA男塾

第3話『塾長、慌てる』





そういえば女性の部屋に上がり込んだ事など、ついぞ無かった気がする。
ふむ、当たり前だが俺の部屋とは全然違うな。
失礼だとは思いつつ、ついキョロキョロと見回してしまう。

「ああ、ミルフィーの匂いがする……」

ふと隣りを見ると、タクトが逝っていた。
コカやヘロイン、最近噂のドライブでもこうはなるまい。
何と言うか、目が危険すぎる。

「寝ろ」

バキッ

「ひでぶっ」

古風な断末魔の声を残して、タクトは昏倒した。
まったく、桜葉少尉に見られたらどうするんだ。嫌われたくないと言っている割に迂闊な奴め。
何だか最近、どんどん危なさに拍車がかかってきているような気がする。
そろそろ何とかしなくてはな。

「あれ? タクトさんどうしたんですか? 寝ちゃったんですか?」

ちょうど桜葉少尉が3人分のお茶を用意してリビングに戻ってきた。
危ないところだったな、タクトよ。感謝しろ。

「気にしなくていい。ちょっとしたコークスクリューだ」
「こーく、すくりゅー……?」

努めてさり気なく言ってやる。
桜葉少尉はキョトンとした様子で俺とタクトを見比べて。

「なら安心ですね」

ニッコリ笑う。
いや、ぜったい分かっていないだろう。
深く追及されるのも面倒なので、敢えてツッコまないが。

「ごめんなさい、お茶菓子、クッキーくらいしかありませんでした。お腹空いてましたら、今から何か作りますけど」
「いや、お構いなく。こちらがいきなり押しかけて来たんだ、お茶だけでも申し訳無いくらいだ」
「でも……」
「大丈夫だ、特に腹が減っているわけでもないからな」

桜葉少尉はそれでもしばらく躊躇していたが、やがて「そうですか」とトレイをテーブルの上に置いた。
まだ若いのに、客人のもてなしに心を砕くことを知っている。
今どき珍しい、しつけの行き届いた娘だな。
桜葉家のご両親は、なかなかの人物であると見た。

テーブルにつき、ありがたくお茶をいただく。
テレビがつけっ放しになっていた。
何の気なしに見る。

『ゲホゲホ……わしがこんな体なばかりに、苦労をかけるな……』
『お父っつぁん、それは言わない約束でしょ』

時代劇だった。
桜葉少尉の方を振り返る。

「なんとなく見ているうちに、ついつい見入っちゃいまして」

照れたように笑って言った。
気持ちは分かる。
時代劇などパターンが決まっていて、この先の展開も読めるのだが、なぜだか見入ってしまうのだ。

『ふっふっふ、越後屋。おぬしも悪よのう』
『いえいえ、お代官様こそ』

む、出たな悪代官。
飽きもせず、今日も悪事を企んでいるようだ。
何だかんだで、まんまと俺も見入っていた。
と――――。

『おや。お代官様、お手が早い。もうあの娘を手篭めになさるおつもりで? いっひっひ』
『手篭めとは人聞きの悪い事を申すな。わしのは花を愛でるようなものよ。あれほどの上玉は久しいからのう、ふふふ』

「…………」

女性と一緒にテレビを見ていて、こういう場面に出くわすと無性に恥ずかしくなるのはなぜなのだろう?
何という事だ、桜葉少尉も見ているというのに。
聞こえよがしに手篭め手篭めと。

「…………」

桜葉少尉も黙っている。彼女は今、どんな顔をしているのだろう?
恥ずかしいやら同じ男として申し訳ないやらで、彼女の方を振り向けない。
子供ではあるまいし、テレビごときで恥じる事は無い、という理屈は分かっている。
しかしこの、如何ともしがたい居心地の悪さときたら。

と、その時だった。

「ふむうううぅぅ」

俺のすぐ向かいから、奇怪な呼吸音が聞こえてきた。
振り向くと、いつからそこに居たのか。
タクトがさも当然のように、テーブルについて一緒にテレビを見ていた。
……いつの間に復活しやがった?

「なあ」

これまたさも当然のように、いつの間にか用意されていた茶を一口すすり、俺の方に振り返る。
そして真顔で言った。

「てごめって何だ?」

バカが居た。
バカだ。もう何と言うかバカ。救いようが無い、と言うか救いたくないバカ。
んな事をでかい声で訊くな。なぜ知らないんだ、いくつだお前。
しかも奴は真顔のまま、桜葉少尉の方にも振り返る。

「ミルフィー、てごめって何だろ?」

訊くな!
桜葉少尉に訊いてどうする!
俺は思わず心の中で絶叫していた。
ああもうダメだ、誰かこいつ何とかしてくれ。裁断でも、焼却でも、土中に埋めるのでもいい。もう手段は問わないから、
とにかく今すぐ処理してくれ。もう嫌だ、帰りたい……。
俺は嘆きのあまり現実逃避に走ろうとしていた。

「う〜ん、実は私も分からなかったんですよ」

聞こえてきたのは桜葉少尉の返事。

「何でしょうね、てごめって」

彼女は堂々たる声量で、そうのたまった。
うわぁい。
桜葉少尉、うら若い娘が平然と口に出しちゃいけない言葉だぞ。

タクトと桜葉少尉はしばし2人して首をひねり、それから俺の方を振り返って訊いてきた。

「そうだ、副司令でしたらご存知ですか?」
「レスター、てごめって何だ?」
「…………」

手篭め:女性の意思を無視して、無理矢理に(中略)すること。

「言えるかっ!!」
「?」
「?」

はっ。
キョトンとしている2人に、俺は我に返った。

「う、ゴホ、ゴホン。いや、その……何だろうな。俺も聞き慣れん言葉だ」

結局、俺は知らない振りをすることにした。
と言うか2人とも、言葉は知らなくても場の雰囲気で見当がつかないのだろうか?

「何でしょうね……」
「何だろうなぁ……」

いや、そこ2人。
真剣に考えなくていいから。
俺の心の声が聞こえるはずもなく、2人は禅問答のように向かい合って考えていた。

「あ、そうだ」

桜葉少尉が何事か思いついたらしい。
パッと表情を明るくして言う。

「ハンバーグの事ですよ、きっと」

なぜハンバーグ?

「レストランとかに行くと、メニューにあるじゃないですか。『シェフのてごめハンバーグ』って」

……おそらく桜葉少尉は、『手ごね』ハンバーグのことを言っているのだと思う。
1文字違いでえらい違いだ。
シェフの手篭めハンバーグ。
どんなハンバーグだ。そのシェフ捕まるぞ。

「なるほどぉ、ハンバーグかぁ」

信じているバカ1名。
テレビでは正義のサムライが乱入して、大立ち回りを演じている所だった。
悪代官も越後屋も、ハンバーグが原因で斬られたのでは、さぞかし無念だろうな。合掌。

「なんかハンバーグと聞くと、急に食べたくなってきたなぁ」
「じゃあ私が、今晩にでも作りましょうか?」

もはや2人は時代劇など忘れて、おしゃべりに夢中になっていた。

「お、本当かい? じゃあご馳走になっちゃおうかな」
「はいっ、今夜はミルフィーユ特製てごめハンバーグぅ」
「おーっ!」

おーっ、じゃない!
桜葉少尉も自分が何を言っているのか分かっているのかっ!
ああそうか、分かってないんだよな、そうだったよな。
知らないって怖い。無知は罪なり、とはよく言ったものである。

タクトと意気投合した桜葉少尉は、続いて俺の方にも振り返って、笑顔で言った。

「副司令も、いかがですか? 一緒に」
「い、一緒に? ……いや、俺は……」

せ、積極的だな、桜葉少尉。

「遠慮しないでください。どうせやるんなら、2人も3人も変わりません」
「3人……? い、いや、残念だが俺は遠慮させてもらう。その……そう、重要な書類を作成せねば……」

くっ、いかん、いかんぞ。
桜葉少尉の言葉が、いちいち卑猥に聞こえてしまう。
彼女は親切で言ってくれているのに、不謹慎だぞレスター・クールダラス!

「そうなんですか? じゃあ、私が後で副司令のお部屋に……」
「結構だっ!」
「馬鹿だなぁレスター、ミルフィーがここまで言ってくれているのに。据え膳食わぬは男の恥、って言うだろ?」
「やかましいこのバカ!」

こんな時に限って絶妙な格言を持ち出しやがって。
くそう、くそう。
なぜ俺1人が、こんなに赤面しなければならんのだっ!?
俺は理不尽な怒りにひたすら耐えねばならなかった。





しばらく経って――――。





「やっぱりケーキも焼いた方が良かったでしょうか」
「いやいや、俺たちの方がいきなり押しかけて来たんだし」
「副司令もそうおっしゃってました。ケーキも焼こうとしたら、いいって……」
「ああ、こいつバカだもんなぁ」

くそ、好き勝手言いやがって……。

反論したいのはやまやまなのだが、タクトと桜葉少尉の(自覚なき)猥談を延々聞かされたせいで、俺は真っ白に燃え尽きて
いた。もはや口を開く気にもなれない。

「うーん、美味い! やっぱりミルフィーの作るお菓子は最高だ!」

タクトの奴は桜葉少尉と事実上、差し向かいでお茶、というシチュエーションに有頂天だ。
ご覧の通り、すでにドロドロにとろけている。

「そう言ってもらえると、作った甲斐があります。あ、お茶のおかわりどうですか?」

桜葉少尉がニコニコしながら、ポットを差し出す。

「うわぁい、いいなあこういうの! ぼかぁ幸せだなあ! もうミルフィー、こうなったら毎朝、俺のためにケーキを焼いてくれ!」

もはやタクトはとろけ過ぎて、ゲル状から液状になりつつある状態だ。
そのまま排水口にでも流れて行ってしまえ。

「あはは、朝からケーキですか?」
「大丈夫。パンの代わりにケーキを食べればいいんだ」

どっかで聞いたようなセリフである。

――――しかし、いまさら認識するまでもない事だが。

こいつは本当に、桜葉少尉が好きなのだな。
奴の表情を見ていると、つくづくそう思う。桜葉少尉さえいればご機嫌なのである。
では、相手の方はどうなのだろう?
俺はさり気なく、桜葉少尉の顔をうかがっていた。

「いやいや、真面目な話。ぶっちゃけて訊くけど、ミルフィーにモテるにはどうすればいいのかなぁ?」
「私がモデル?」
「それもかなり見たいけど違う。どうすれば俺がミルフィーにモテるのかって話。」
「あはは。私にモテたって、良い事ないですよー。爆死とかしちゃいますよー」

彼女も楽しそうだ。
なにやら物騒なことを口走っているが、それはともかく楽しそうである。
しかし、ではこの2人が恋仲になるか? と問われると、大いに疑問の余地が残る。

「爆死すればいいの? よーし、じゃあ明日するぞー、爆死」

だいたい、相手がこいつだぞ?

「そしてミルフィーにモテるんだ」
「違いますってば。死んじゃったら嫌です」

間違ってもこんな奴に惚れる女がいるとは思えん。
いや、中にはこんな奴がいいと言う奇特な女も居るかもしれないが、果たしてこの銀河中に何人いることか。
天文学的確率に違いない。

「まあ、それは冗談だとして」

2人でひとしきり笑った後、タクトは言った。

「実はミルフィーに、相談に乗って欲しい事があるんだ」
「相談ですか? はい、私で良ければ」

桜葉少尉は気さくに肯いた。

「ここだけの話なんだけど……実は俺、最近気になる娘がいてさ」
「ええっ?」

桜葉少尉はたいそう驚いたらしい。手にしていたカップを落としかけ、お手玉する。
お茶をこぼさなかったのが不思議である。

「気になるって……その、す、好きって事ですか? タクトさんが」
「そう」
「……そ、そうなんですか……。どんな女の子ですか? 私も知ってる人ですか?」

――――ん?
ニッコリしながら先をうながす桜葉少尉だが。
心なしか元気が無くなったような……?

「いい娘だよ。可愛くて、気立ても良くて優しくて」
「はい……」
「細かい事にもよく気が付くし。気配りができる、って言うのかな」
「はい……」
「それに、いつも一生懸命ながんばり屋さんで。何と言っても、笑顔がとてもよく似合う娘なんだ」

喜々として話すタクトとは対照的に、桜葉少尉はどんどん沈んでいく。
気のせいに決まっているのだが、頭の花飾りまでもがしおれてきている様に見える。

「そうですか……いい人そうですね。私もお友達になれるかなぁ……」

微笑む彼女だが、それは傍目にも弱々しい笑みであった。

……って、待てオイ。
桜葉少尉のこの様子。それはまるで。
いや待て、憶測で決めつけるのは危険だ。何と言っても、こいつなんだぞ?

「いやぁ、ミルフィーがその娘と友達になるのは、ちょっと無理かもなぁ」
「どうしてですか?」
「どうしてって、そりゃ」
「いえ……やっぱりいいです。私も、お友達にはなれないような気がしてきました……」

まさか、こんなことが。
俺は唖然としていた。

「そうそう、その娘、料理がすごく上手でさ。料理だけじゃなくて家事全般が得意なんだ」
「良かったですね……きっと、いいお嫁さんになれますね、その娘……」

どう聞いても、桜葉少尉のことなのだが。
本人は気付いた風も無く、沈んでいく一方だ。見ていて哀れになってくる。
そろそろ教えてやるか……?

「ふう」

俺は息を吐いた。
やっぱりやめた。
なぜかは自分でも分からない。
ただ2人の様子を見ていると、今はまだ静かに見守っているのが良かろう、と思えたのだ。

「とにかくね、俺はその娘が大好きなわけさ」

タクト、早く気付け。相手は分かっていないぞ。
お前、桜葉少尉を大事にしろよ。
何たって――――。

2人の滑稽な姿を眺めながら。
その時、俺は多分、笑っていたのだと思う。
ついさっき自分で考えていた事を思い出していた。



何たって、天文学的確率の相手なんだからな。






第3話・完









〜管理人コメント〜

前半部はいつものギャグで飛ばしつつ、後半部はちょっとシリアス。
正直、ここでシリアスを持ち込むとは思いませんでした。
次の話ではどのような展開になるのか……。
楽しみです。

この話、逆井さんは面白いかどうか不安だったようですけど、十分面白いですよ。
自信を持ってくださいな。



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