この物語は女性ばかりが目立つ世界にあって、たった一人古き良き時代の男の魂を受け継ぎ、
孤軍奮闘するレスター・クールダラスの日常を描いた物語である。
生まれる時代を間違えた、青い目のサムライ。
その孤高の生き様が、一人でも多くの眠れる男達の胸に響かんことを……。


(注:この作品はコメディです)




GA男塾



第4話 『塾長、怒る』





昼飯時になった。

「というわけで、メシに行くぞレスター」

タクトが誘ってきた。

「腹減ってるのか? なら先に行っていいぞ、俺はまだそうでもないからな。お前が帰ってきてから交代を・・・・・・」
「四の五の言わずについて来いこのやろう」

拉致られた。








「で・・・・・・」

食堂。
それぞれ自分のエサを確保してテーブルに座り、いただきますをした所で、俺は話を切り出した。

「何の相談なんだ」

今まさに割り箸を割って、さあ食おうとしていたタクトは、おあずけを食らった犬のような悲しそうな顔をした。

「・・・・・・食いながらでいいから」
「レスター、お前こそ本当の親友だ!」

お前の親友の基準って何なんだ。
歓喜の表情でラーメンセットに襲い掛かるタクト。どうやら腹が減っていたのも本当らしい。

「で、何の相談なんだ」

俺はランチセットのスープを口にしながら、改めて尋ねた。

「おお、それそれ。俺さぁ、最近悩んでるんだよ。もー夜も眠れない勢いなんだ。聞いてくれよぉ」
「聞いてやるから言ってみろ」

タクトはラーメンを食う手を止めて、言った。

「俺さぁ、ミルフィーが好きなんだ」
「・・・・・・ふむ」

知っている。と言うか耳タコだ。

「しかもタダの好きじゃないぞ? もー可愛くて可愛くて、食べてしまいたいくらいだ」
「・・・・・・ほう」

友よ。犬や猫ならともかく、人間の娘を対象にその比喩はマズいぞ、色々と。

「で、今朝、廊下でバッタリ会ったんで、部屋にお持ち帰りしたんだ」
「ああ・・・・・・ブッ!?」

俺はスープを吹き出してしまった。

「タクト、今・・・・・・何と言った?」

思わず聞き流してしまいそうなくらいサラリとした口調で、何つったこのやろう?

「ん? だから今朝な、廊下でミルフィーに会ったんだよ。ミルフィーってばすっごいニッコリして、『あ、タクトさん。おはようございますっ!』って元気いっぱいに挨拶してくれたんだ。しかもお行儀よく、深々と頭下げちゃって。もーしんぼうたまらん」

「お前のこらえ性など聞いとらん。それでお前、どうしたって?」

「ああ、そのまま部屋にお持ち帰りした」

「お持ち帰りって、桜葉少尉をか!? お前の部屋に!?」

「そう。お姫様抱っこでヒョイってやって。ミルフィーって細身だとは思ってたけど、ホント軽いの」

「んなこたどうでもいい! なぜっ!?」

「しんぼうたまらなかったんだよー。もー可愛くて可愛くて、食べてしまいたいくらいに。て言うか、食べる気満々だった」


ぬけぬけと答えやがってこのやろう。
悪びれた風もないタクトに、俺はテーブルに手をついて詰め寄った。

「お前はアホかっ!」
「落ち着けレスター」
「落ち着いていられるか! いつにもまして遅刻して来たと思っていたら、貴様そんな事をっ!」
「話は最後まで聞けって。何にもしちゃいない。だからこその相談なんだ」

妙に落ち着き払って言う。
その淡々とした態度に、激昂しかけていた俺も少し冷静さを取り戻す。

「・・・・・・どういうことだ?」

椅子に戻り、水を一口飲んで気を静める。

「いや、それがさぁ。部屋まで運んで、ベッドの上に降ろしたまでは良かったんだよ」
「良くはないだろう」
「でも、そこで問題が起きたんだ」
「何だ?」

タクトは自分の胸に手を当て、苦しげな表情を浮かべた。

「ミルフィーがさ、びっくりした顔で俺のこと見上げてるんだよ。『あのぉ〜、タクトさん? 何を・・・・・・』って、すっごい不安そうな声でさ。そんでもって、それでも俺に笑いかけるんだよ」

「・・・・・・・・・・・・」

「ミルフィーだってお年頃だ、分からないはず無いだろ? それでも笑ってるんだよ。そんなはず無い、タクトさんに限ってそんなことあるわけ無い、って目で」

「・・・・・・・・・・・・」

「なんかもう、すっごい健気にさ、俺のこと信じようとしてるんだよ」

今まで見たことも無いような深刻さで、タクトは溜め息をつく。
こいつでもこんな顔をする事があるんだな・・・・・・。バカな奴だが、決して悪い奴じゃないのだ。

「そんなミルフィー見てたらさ・・・・・・立つものも立たなくなっちゃってさ・・・・・・」


どげしっ


俺の鉄拳がタクトの顔面にめり込む。

「滅多な事を口にするな」

前言撤回。悪い奴じゃなくても、やっぱりバカはダメだ。
真剣な顔して何てこと口走りやがる。しかも食堂で。

「うおっ、鼻血がっ! うわあ、ラーメンに入った!? どうしてくれるんだレスター!」
「うるさいだまれバカ」

鼻血の混じったスープをレンゲで必死にすくい出すタクト。

「・・・・・・それで」

俺はお構いなしに言った。

「お前、その後どうしたんだ」
「とっさに布団でぐるぐる巻きにして、『ロールパンごっこー』とか遊んでごまかした。で、ここからが相談なんだが」

タクトはレンゲを置いて表情を改める。俺を真っ直ぐ見据えて、言った。

「俺さ、気付いたんだ。どうやら俺は、本気でミルフィーが好きみたいだ」
「? 今までは違ったのか?」
「いや、今までも本気だったさ。けど何て言うのかな・・・・・・もっと本気になったって言うか。ほら、例えば今朝の一件だって、ミルフィーの気持ちなんてお構いなしに戦闘続行したって良かったわけじゃないか」
「良いわけないだろう」

深刻げに首なんて振っている。
俺のツッコミは黙殺する気らしい。

「けど、出来なかった。立ちもしなかった。俺は初めて知ったよ、食べてしまいたいくらい好きになるって言うけど、もっと好きになると、今度はもったいなくて食べられなくなる・・・・・・って事をさ」

だから、真面目な顔で「立たない」とか「食べる」とか言うな。

「俺、こんな気持ちは初めてなんだ。多分、これが恋ってやつなんだと思う。はは、笑ってくれよレスター、不詳タクト・マイヤーズ、21歳にしてようやくの初恋だ」
「・・・・・・そうか」

お前を笑うより、お前なんかに惚れられた桜葉少尉に同情したい気分だぞ、俺は。
心の中ではそう思うものの、口には出さない。こんな奴でも、いちおう親友だ。

「とりあえず、初恋とやらに関してはおめでとうと言っておこう。で、どうするんだ?」
「それが相談なんだよ、レスター。俺はどうすればいい? こんな気持ち初めてだから、どうしていいのか分からないんだ」
「む・・・・・・」

すがるような目で尋ねてくるタクトに、俺はたちまち苦慮した。
付き合いの長い俺には分かる。どうやらこいつ、今度という今度は本気らしい。
しかし困った。色恋沙汰など、俺は完全に門外漢だ。

『そんなことは人に訊く事じゃない。自分で考えろ』

・・・・・・と、もっともらしい事を言って逃げるのは簡単だ。
しかしこいつは、俺を頼みにして相談を持ちかけて来たのだ。それを面倒だからと突き放すのでは、友人として余りに冷たい。

「そうだな・・・・・・やはり、まずは自分の気持ちを相手に伝える事から始めるべきだと思うぞ」

考えつつ、俺は言った。月並みだが、手順としてはそれが正道だろう。

「告れって事か? そんな、いきなり」
「いきなりも何も、そうしなければ何も始まらんではないか」
「いや、ほら、急がば回れって言うだろ? 性急に動かずに、今は遠くからミルフィーのこと見てるだけで充分幸せだし・・・・・・」

つい今朝がた、いきなり部屋にお持ち帰りした奴が何を言ってるんだか。

「面と向かって告げる決心がつかないのなら、手紙を書くというのはどうだ?」

俺はそう提案してみた。俗に言う、恋文という奴だ。
俺としては男ならば正々堂々、面と向かって告げるべきだと思うし、恋文などと女々しい真似は論外だと思う。
が、こいつの場合、まっとうなうちに行動を起こさせないと駄目だ。「見ているだけでも幸せ」などと初々しいことを言って、明日にもタチの悪いストーカー化しかねないような奴だからな。

「ラブレターか・・・・・・。ずいぶん古くさい手を持ち出してきたな」

タクトは腕組みして、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「・・・・・・古い?」

色恋沙汰と言えばそういうものだと思っていた俺が、少し驚いて尋ねると、奴はうなずいた。

「ああ。けど待てよ、そんな古風な手の方が、逆にインパクトあっていいかもなぁ。お前にしてはナイスアドバイスだぞ、レスター」

・・・・・・ショックだ。俺は、古かったのか・・・・・・。

「う〜ん、でもなぁ。俺、手紙なんて今までロクに書いたこと無いんだよ。レスター、何て書けばいいんだ? 教えてくれよー」
「馬鹿言え。俺だってそんなもの、生まれてこのかた書いたこと無いぞ」
「誰もお前には期待していない。書いたことは無くても、もらった事ならあるだろ?」
「それは・・・・・・まあな」
「どんな文面だった? それを教えてくれよ」
「どんな、と言われてもな・・・・・・。好きですだの、つきあって下さいだの・・・・・・」
「まんまじゃないか。何の参考にもならないぞ」
「恋文というものが、元々そういうものだからだろ」
「役に立たない奴だな」
「なら自分で何とかしろ」

結局この後、休み時間いっぱいをこの話題で潰してしまった。



――――3時間後。



「レスタぁ〜」

某メガネの弱虫少年が某タヌキ型ロボットに泣きつくような声を上げて、タクトはブリッジに戻ってきた。

「ダメだぁ〜、全然うまくいかない〜」
「情けない声を出すな。これだけかかって、少しも書けなかったのか?」
「いや、書けたことは書けたんだよ。けどこんな手紙じゃ、きっとダメだぁ〜」
「・・・・・・どれ、見せてみろ」

俺が手を出すと、奴はポケットから便箋の束を取り出した。
ずいぶんたくさんあるな。軽く100枚以上はありそうだ。
・・・・・・ん? 今こいつ、これだけの紙束をポケットから出したよな? ・・・・・・まあいいか。
気付かなかったことにして、文面に目を通す。


『 ミルフィー、好きだ。しよう 』


グシャリ


俺は1枚目の便箋を握り潰した。
ジロリとタクトを睨む。

「いや、さすがにそれは冗談だって。お前をびっくりさせるためのジョーク。そんなに睨むなよ」
「・・・・・・くだらん事をするな」

本当にくだらない。まったく、こっちが真面目に相談に乗ってやってるというのに。
俺は気を取り直して、2枚目の便箋に目を落とす。


『 親愛なるミルフィーへ

  突然こんな手紙を出して済まない。どうしても君に、俺の気持ちを知って欲しかったんだ。
  ミルフィー、俺は君の事が大好きだ。しよう

                                         タクト・マイヤーズ 』


グシャリ


「変わらんじゃないかっ!」
「いや、ついつい。だから書き直したんだって。次があるだろ、次」
「・・・・・・・・・・・・」

どうも嫌な予感がした俺は、便箋の束を本のようにパラパラとめくってみる。




『 欲望の  やら    との子供がほ  激しく燃え   矢理押し倒し   スしたら次は
 
    もーしんぼうた    たら熱い夜の   に、獣の交   ってる。背徳的な興奮が  

                     (以下略)                        』







「ふんっ」

ベリベリベリッ

俺は100枚からなる便箋の束を、一思いに引き裂いた。
ふう、我ながら惚れ惚れするような握力だ。

「お前は初恋に目覚めたんじゃなかったのかっ!」

立たないだの、もったいなくて食べられないだのと言ってたくせしやがって。

「そのはずだったんだが、なぜか手紙書こうとするとそうなっちゃうんだよ。なんでかなー。さすがにそんな手紙、送るわけにはいかないだろ」

他人事のように頭の後ろで手など組んでボヤくタクト。
・・・・・・まあ、これではマズイと自覚があるだけマシか。
そう思う事で、辛うじて怒りを抑える。

「いいかタクト、よく聞け」

俺は神妙な顔を取り繕い、諭すように言った。

「お前がミルフィーミルフィー気安く呼んでいる桜葉少尉はな、犬や猫じゃないんだ。彼女本人しか見えていないようだが、その後ろには彼女の家族がいる。桜葉家のご両親がいらっしゃる。彼女を手塩にかけて一生懸命育て上げた父親と、母親がいるわけだ」

キョトンとしているタクト。たぶん絶対分かっていない。
ぶん殴りたい衝動を抑えつつ、俺は続けた。

「ご両親が大切に育てられた桜葉さん家のお嬢さんを、軍がお預かりしているんだ。本来俺たちは、そんな自覚と責任を持って彼女に接するべきなんだぞ? それを、お前という奴は・・・・・・! 桜葉家のご両親に、何と申し開きをするつもりだ!」

ビシッと指を突きつけて言い放つ。
――――が、やはりタクトはキョトンとしたままだった。

「ええいっ! もういい!」

親友だからと甘くしていたが、もはや堪忍袋の緒が切れた。
俺は破いた便箋を床に叩きつける。

「交代だタクト、俺にも3時間、休憩をよこせ! こうなれば俺が手本を見せてやる!」

まだ状況を理解していないタクトは、俺の言葉にニヘ〜、と呑気に笑う。

「代筆してくれるのか?」
「ふざけるなっ! 手本を見せてやると言ったんだ、自分の手紙くらい自分で書けっ!」

俺はタクトの返事も待たずにクルリと踵を返し、靴音も荒くブリッジを後にするのだった。



(第5話に続く)









〜管理人コメント〜

ふぅ〜。
本当に18禁方向に行くかと思いましたよ……。
私、18禁関連は苦手なので良かった良かった。
18禁のPCゲームをする時もそういうシーンは意図的に飛ばしてますしね〜。
……とまあ、それは置いといて。
タクトとミルフィーの恋(?)は一体どうなるのか。
しっかりと双方の合意のもとに成り立たせる事ができるのか(オイ)。
いろんな意味で楽しみです……。



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