今さらですが、この物語はゲーム版GAの世界設定に基づいています。
なので、登場人物の設定なども、おおむねこれに基づいています。
……あくまで「おおむね」です。中には多少、性格が違ってたりするかも知れませんが(汗)。
(注:今回は、ほのぼの風味を目指してみました)
GA男塾
第5話 『塾長、手紙を書く』
・・・・・・困った。
非常に困った。
つい勢いであんな事を言ってしまったが、俺も恋文など書いたことが無いのだった。
もらう事は多々あった。どんな内容のことを書けばいいのか、見当はつく。
しかしこの俺に、あんな恥ずかしい言葉を書き綴れと言うのか?
学生時代にもらった恋文を手に取り、開いて見る。
仮にも人様からもらった手紙なので、捨てるわけにもいかずに取っておいたのだ。
『先輩の姿を一目見ただけで、その日一日幸せで。先輩のことを考えるだけでドキドキして、夜も全然
寝付けなくて。先輩に食べてもらいたくて作ったお菓子があったんですけど、渡す勇気が無くて・・・・・・ 』
どきどきって何だ!?
こんな奇妙な擬音語を、この俺の手で書き綴れと言うのかっ!?
ならん、断じてならんぞ! かような真似、クールダラス家末代までの恥!!
――――などとやっているうちに、机上に広げた便箋は真っ白のまま、30分が無駄に過ぎていた。
このままではいかん。
あれほどの啖呵を切ってしまった手前、おめおめと「できませんでした」では済まされない。
何とかしなければ。
「・・・・・・参謀をつけるか」
考えた末、俺は決心した。
独力では状況の打破は絶望的だ。誰かに支援を要請しよう。
誰が適任だろうか?
むろん桜葉少尉に訴えるための手紙なのだから、本人の意見を仰ぐのがもっとも効率的なのだが、それでは本末転倒だ。
で、あれば。
女性に出す手紙なのだから、なるべくなら気持ちの斟酌ができる同じ女性。
言葉遣いに礼を失せず、かつこの試みの真意を正しく理解して、客観的な視座に徹してくれる冷静さと品位、及び思慮深さを併せ持った――――。
「彼女に、頼んでみるか・・・・・・」
それらの条件に該当しそうな人材に、1人だけ心当たりがあった。
さっそく協力を仰ぐべく、俺は部屋を出て行くのだった。
「副司令・・・・・・なんて無謀な・・・・・・」
ティーラウンジ。
ちょうど1人だった彼女に相談を持ちかけたところ、彼女が発した第一声がこれだった。
「自己の力量を見極める事も、武人として大切な資質ですわ。副司令ならその点は大丈夫と信じておりましたのに・・・・・・」
頭にある大きな耳が、悲しそうにペタリと伏せられる。
「面目ない」
他に返す言葉も無く、俺は恐縮するしか無かった。
助力を請いに来たのに、いきなり大幅に見損なわれてしまった様だ。
「おまけに他の女性に出すためのラブレターを手伝えだなんて・・・・・・いくら上官とは言え、無礼千万というものです。私、傷つきましたわ」
協力を申し入れた相手――――ブラマンシュ少尉は、そう言って不愉快そうに目を閉じる。
この反応は予想外だったため、俺は言葉に詰まった。
「それは・・・・・・」
言葉の意味が、よく分からなかった。
どういうことだろう? なぜ俺が桜葉少尉へ恋文(見本だが)を書くと、ブラマンシュ少尉が傷つくのだろう?
戸惑う俺にお構いなしに、ブラマンシュ少尉は言い募る。
「女性に出す手紙なんだから、気持ちの分かる女性のアドバイザーを・・・・・・くらいにしかお考えにならなかったのでしょう」
「・・・・・・その通りだ」
「合理性ばかり追及して、私の気持ちなんて考えて頂けなかったのですね?」
「そうだな・・・・・・そういうことになる」
ますます分からなくなる。
ブラマンシュ少尉の気持ちとは、いったいぜんたいどういうことだ?
――――いや、待てよ。そうか。
俺はひらめいた。
太古の昔より女性というものは、プライドの高いものだと相場が決まっている。
他の女に出すための恋文を手伝うなど、女としてのプライドが傷つく、というわけか。
きっと実験動物も同然の扱いだと感じ、屈辱だと思ったのに違いない。
逆の立場で考えてもみろ、例えば桜葉少尉が俺に向かって、タクトに食べてもらいたいから、と言ってケーキの味見を頼みに来たら?
・・・・・おや? 別に腹は立たないな。俺なら美味い物が食えるなら大歓迎だが・・・・・・???
ブラマンシュ少尉の大きな耳がピクピクと動く。と思ったら、なぜだか深い溜め息をつかれた。
「見当違いもはなはだしいですわ、副司令・・・・・・」
「?」
やっぱり意味がよく分からなかった。
「ええ、ええ、分かって頂けませんでしょうね。殿方は鈍感なものだと、太古の昔から相場が決まっていますもの」
微妙に皮肉を言われたような気がするのは、気のせいだろうか?
ブラマンシュ少尉はそう言ったきり、フイとそっぽを向いてしまう。
「すまない、考えが及ばなかった。このとおり、非礼はお詫びする」
とにかく俺は、テーブルに手をついて頭を下げた。
結局わけが分からないが、とにかく俺の軽率な言動でブラマンシュ少尉が傷ついた事だけは確かなのだ。
ならば、その事実だけで充分である。いかなる理由があれ、女子供を傷つけるは士道不覚悟。誠意をもって謝罪すべきだ。
援軍ハ来タラズ、貴官ノ奮闘ヲ期ス・・・・・・か。
俺も溜め息をつきたい気分だった。
「参考までにお聞きしますけど、私の次はどなたに協力を申し込むおつもりでしたの?」
「・・・・・・考えていなかった。誰に頼んだものか・・・・・・」
「あら、では完全に私をあてになさっていた、と?」
「その通りだ。君以外に適任はあり得んと思っていたからな」
「・・・・・・・・・・・・」
ブラマンシュ少尉は俺を見やり、何事か考え込む素振りをする。
そして、厳しい顔を取り繕って言った。
「副司令。指揮官たるもの、常に作戦は複数立案していなければ」
「フッ、全くだ。君には最後まで無様な姿を晒してしまったな。できることなら忘れてくれ」
潮時だと思った。俺は苦笑しつつ、椅子から立ち上がる。
「茶の邪魔をして悪かった、ブラマンシュ少尉。では、俺はこれで」
早々に立ち去ろうとする。
と――――。
「あら、行ってしまわれるのですか? 私、お申し出をお断りしたわけではございませんのに」
俺は驚いて足を止め、振り返った。
「なに・・・・・・?」
「失礼ながら苦言を呈させて頂きましたが、それはそれ」
先程の険しい顔もどこへやら。
彼女は優雅にティーカップを傾け、ニッコリと微笑んでいた。
「お手伝いします。副司令の面子がかかった大事な時に、私などを頼みにして頂けるなんて、光栄ですわ」
さっそく俺の部屋に招き、作業を再開する。
ブラマンシュ少尉は教師のように、机の周りをゆっくりと回りながら言った。
「よろしいですか副司令。ラブレターを全く書いたことが無いからと言って、何も恐れる事はありません。肝要なのは技術ではなく気持ち、すなわちどれほど誠意が込もっているか、なのです。だから経験の有無など、はっきり申しまして、全く関係が無いんです」
「ふむ」
席について便箋を前にした俺も、生徒よろしく深々とうなずく。言われてみればもっともだ。
「見栄を張らないこと。嘘をつかないこと。誠実に、かつ率直に、相手を好きだという気持ちだけを書き留めること。そうすれば、相手の胸をうつ、良いお手紙になりますわ」
「なるほど。率直に、か」
何だか俺にも出来そうな気がしてきたぞ。
率直な文章ならば自信がある。指令書や報告書を毎日のように作成しているのだからな。
「とにかく書いてみてくださいな。その出来具合を見てアドバイスいたしますから、修正を重ねつつ完成を目指していきましょう」
「分かった。よろしく頼む」
ブラマンシュ少尉の話術は大したものだ。
すっかりやる気になった俺は内心で感心しつつ、ペンを取った。
示された注意点を反芻しながらサラサラと言葉を書き連ねる。
「できたぞ」
これから俺の部屋の調度品でも見物しようと思っていたのか。
棚の方に歩み寄っていたブラマンシュ少尉は、驚いた様子で振り返った。
「もう出来ましたの? 5分と経っていませんが」
「ああ、出来た。採点してくれ」
「ふふふ、テストじゃないんですから。それでは拝見いたしますわね」
俺が差し出す手紙を、微笑みながら受け取るブラマンシュ少尉。
『 ミルフィーユ桜葉殿
貴官ニ報告ス。我、レスター・クールダラス、貴官ニ恋心アリ。速ヤカニ返答請フ 』
「どうだ?」
「・・・・・・どうだ、と言われましても・・・・・・」
ブラマンシュ少尉は途方に暮れたような顔をしていた。
「遠慮しなくていい。0点なら0点と言ってくれ」
「いえ、むしろ採点以前の問題と申しますか・・・・・・。どこのスパイ文書ですか、これは」
俺は腕を組んでうなずく。
「やはり、始めからうまくは行かないものだな。アドバイスを頼む」
「ええと・・・・・・まずは文書の仕様からです。文語調ではなく、口語調で書いてみてください」
「口語で? 無礼ではないか?」
「大昔ならともかく、現代ともなるとラブレターは普通、口語で書くのです」
「なるほど、了解した」
時代の趨勢というものか。いつの間に、手紙を話し言葉で書く時代になったのだろう?
現代の機微をきちんと把握しているとは、やはり彼女に協力を申し込んで正解だったな。
気を取り直して、新しい便箋と向き合う。
「それと、副司令」
と、思いついたようにブラマンシュ少尉は言った。
「何だ?」
「ミルフィーさんにラブレターを出そうとしているのはタクトさんで、副司令はその見本を作成しているだけなのですよね?」
「そうだが?」
「だったら副司令のお名前ではなく、タクトさんの名義で書くべきですわ」
心なしか不愉快そうに、そんなことを言う。
「?・・・・・・了解した」
細かい事を、と一瞬思うが。
いや、その細やかな気配りこそが大切なのだろう、と思い直した。
一瞬たりとも気を緩めるな、隅々まで気を配れという注意喚起に違いない。
さすがはエンジェル隊きっての頭脳派と、呼び声高いブラマンシュ少尉だ。やはり彼女に協力を申し込んで正解だったな。
『 俺は君の事が好きだ。君は俺の事をどう思う? 』
「・・・・・・これだけですの?」
「簡潔で良いと思ったのだが」
「簡潔過ぎですわ。例えば相手のどんな所が好きだとか、ある程度は言葉を重ねないと。いきなり一言だけポンと言われたきりでは、もらった相手は対応に窮することになってしまいます」
「なるほど」
『 この間はお茶とケーキの差し入れをありがとう、とても美味だった。君はいつも、いい折に差し入れをして
くれる。とても感謝している。他人に厚意をもって接することのできる君を、俺は尊敬し、また非常に好ま
しく思っており―――― 』
「あら・・・・・・副司令、甘い物も大丈夫なのですか?」
「ああ、とりたてて好きというわけでも無いがな」
「ではマーブルチョコなんて、嫌いではございませんか?」
「駄菓子屋にあるような奴か? ああ、美味いと思うぞ」
「まあ・・・・・・」
「ブラマンシュ少尉? それよりアドバイスの方は」
「え? あ、そうでしたわね。ええと・・・・・・」
ブラマンシュ少尉のアドバイスを受けつつ、試行錯誤を繰り返して、何枚も手紙をつづる。
彼女は、俺が何度失敗しても微笑みを絶やさず、根気良く的確な助言を与えつづけてくれた。おかげで見る見るうちに、より良い文章に改善されていくのが自分でも分かった。
そうして時は過ぎ――――。
「そうですわね・・・・・・これも良いラブレターであることは間違いないのですが。欲を言えばもう一押しがほしい、という感じですの」
これでラスト、ということで書いた一通。
彼女は微妙な表情でそう感想を述べた。
もうあまり時間もない。これで完成としたい一通だったのだが、どうやら完璧とは成り得なかったらしい。
「すまない、力が及ばなかった。せっかく協力してもらったというのに」
「いえ、そんなこと。あくまで本物ではなく見本なのですから、充分だと思いますわ。80点・・・・・・いいえ、90点は差し上げても良い出来栄えですもの」
始めのスパイ文書みたいな代物に比べたら、と言ってブラマンシュ少尉は笑う。
「さて。後は封筒に入れてシールを貼れば、ラブレターの出来上がりですわ」
「いや、そこまで本格的にしなくても」
俺は言うが、彼女は首を横に振る。
「そうは参りませんよ。見本とは言え、副司令の生まれて初めてのラブレターではありませんか。きちんと、形にしなくては」
「そういうものか?」
「そういうものです。副司令、封筒はお持ちですか?」
「・・・・・・あるにはあるが・・・・・・」
多分これではダメだろうな、と思いつつ引出しを開けて封筒を取り出す。
業務用の茶封筒だ。たちまちブラマンシュ少尉の表情が曇る。
「これでいいか?」
「いいとお思いですか?」
「いや・・・・・・」
やれやれ、という溜め息。
「分かりましたわ。私が買って参りますから、少々お待ち下さいな」
「いや、君にそこまでしてもらうわけには」
俺は慌てて言うが、いたずらっぽい笑みを返される。
「あら。では副司令、ご自分で買いに行かれますか? ラブレター用の封筒を。誰かに見られたら、噂の的ですわね」
「う・・・・・・」
言われてみれば、もっともだ。
ピンクの封筒をレジに出す自分の姿が頭に浮かぶ。
ありえなかった。
「ふふふ、そんな副司令も、一度見てみたい気が」
「やめてくれ。・・・・・・すまないが、頼む」
「承知致しましたわ。行って参りますわね」
ころころと笑いながら、ブラマンシュ少尉は部屋を出て行った。
「かなわんな・・・・・・」
俺は苦笑して、椅子の背もたれに背をあずける。慣れない事をしたせいか、ドッと疲れた感じだ。
しかしおかげで、何とか面目だけは保てそうだ。
「それにしても、ずいぶん世話になってしまったな・・・・・・」
ブラマンシュ少尉の事を考える。
これだけ尽くしてもらって、ただで済ませるわけには行くまい。何か、相応のお礼をしなければ。
何がいいだろう? あまり仰々しいお礼をするのも、逆に慇懃無礼となりかねない。心ばかりのものでいいのだ。
そうだ、彼女は駄菓子が好きだと小耳に挟んだことがあるぞ。さっき話題にのぼった、マーブルチョコなどどうだろう?
天井をボンヤリ見上げて、あれこれ考えているうちに。
「・・・・・・待てよ」
ふと、いいことを思いついた。
そうだ、お礼の手紙を書こう。せっかく手紙の書き方を教えてもらったのだ、その成果をもってお礼の言葉を贈ろうじゃないか。
「名案だな」
俺は身を起こし、再びペンを執った。
俺個人のくだらない都合であったにも関わらず、親身になって協力してくれた彼女への、感謝の気持ちを書き留める。
見栄を張らず。嘘をつかず。誠実に。率直に――――。
「ただいま戻りましたわ」
ちょうど手紙を書き終えて、大きく伸びをしたところでブラマンシュ少尉が戻ってきた。
「丁度良かった。ブラマンシュ少尉、実は」
「あら? 副司令、また書かれたのですか?」
俺が言うよりも早く、彼女は机上の手紙を見つけて言う。
「ああ、時間があったからな。しかしこの手紙は」
君に、と言う間もなく、彼女は手紙を取り上げた。
「少しの時間も無駄になさらないなんて、さすがですわ。せっかくですし、これも拝見いたしますわね」
変わらない微笑みで、さっさと読み始めてしまう。
・・・・・・言いそびれた。まあいいか、どうせ読んでもらう物だったのだし。
「ふんふん・・・・・・あら?」
ニコニコしながら読んでいたブラマンシュ少尉が、ふと顔色を変えた。
真顔になり、食い入るように文面を目で追いかけ始める。
「・・・・・・あら・・・・・・まあ・・・・・・」
時々、溜め息のような呟きを洩らす。
どうしたのだろう? 教えられた通りに書いたし、さほど不出来ではないはずなのだが。
やがて読み終えたのか、彼女は顔を上げた。
「素晴らしいですわ・・・・・・副司令」
「え?」
彼女は顔を上気させ、感嘆まじりの声で言った。
今までに無い反応に、俺の方が間抜けな返事をしてしまう。
「私がいない間に、何かあったんですの? 先程までとは殆ど別格です。真心がひしひしと伝わる、とても良いお手紙です」
「そ、そうか?」
「好きという言葉を、敢えて一切使っていないところなどが心憎いですわね。とにかく素晴らしいですわ、百点満点を差し上げましょう。こんなラブレターをいただける方が、うらやましいですわ・・・・・・」
「いや、うらやましいも何も」
その手紙は君あてなんだが。
言いかけて俺は、ハタと気が付く。
あ。そういえば今までの癖で、つい署名をタクト・マイヤーズで入れてしまった。肝心のブラマンシュ少尉の名前も入れていない。
彼女はこれも見本だと思ってしまったのだ。
「こちらのお手紙を使いましょう。きっとタクトさん、びっくりなさいますよ」
「ああ、そうだな・・・・・・」
まあいいか、お礼は後でマーブルチョコでも贈るとしよう。
俺はそう思いなおし、買ってきてもらった封筒に手紙を入れるのだった。
ちなみに、この手紙を読んだタクトがショックを受け、「山篭りだ」となぜか空手着でどこかへ行ってしまったのは、余談である。
第5話・完
〜管理人コメント〜
今までとは一転、レスター&ミントですか。
そういえばタクト、レスター、ミルフィー以外のキャラは初登場ですね。
ほのぼのですね、はい。
多分、レスターにはミントの気持ちは分からないんでしょうねぇ。
鈍感なのか、何なのか……。
「この二人は結構お似合いなんじゃないか?」だそうですけど、私もそう思いますよ。
まあ、私は同じ作戦参謀タイプとしての組み合わせが多いですけど……。
でも、こういうのも良いですね。
……気持ちは完全な一方通行ですけど(笑)。
第4話へ ― 第6話へ