この物語は女性ばかりが目立つ世界にあって、たった一人古き良き時代の男の魂を受け継ぎ、
孤軍奮闘するレスター・クールダラスの日常を描いた物語である。
生まれる時代を間違えた、青い目のサムライ。
その孤高の生き様が、一人でも多くの眠れる男達の胸に響かんことを……。


(注:この作品はコメディです)




GA男塾



第6話 『塾長、探る』





















良い朝だった。
目覚めは爽快。日課のジョギング、フェンシングの基本練習で軽く汗を流す。
シャワーを浴びて朝食。さらに時間があったので、読みかけの戦術書を読み進める。
心身ともに準備万端だった。今日は仕事がはかどりそうだ。
こころもち軽やかな気分で、俺はブリッジへの自動扉をくぐった。









「ああああああぁぁぁぁ〜」


ごろごろごろごろ





タクトが転がっていた。
……いや、だからこう、床を転がっていた。
丸太みたいに。



「どうすればいいんだぁ〜」

ごろごろごろごろ



部屋の端まで転がり、壁に当たる。
はね返って、逆方向に転がり出す。



「死ぬぅ〜。このままでは悩み死んでしまうぅぅ〜」

ごろごろごろごろ



こっちに転がって来た。

「…………」


よける。



「ああああああぁぁぁ〜……」

ごろごろごろごろ……



ブリッジを出て、廊下を転がって行った。
なんか突き当りを曲がった先で、「きゃー」とか悲鳴が聞こえたな。
そりゃいきなり人が転がってきたら、さぞ恐いだろう。

「さぁ、仕事を始めるぞ」

俺はすべてを忘れて、ブリッジのクルー達に呼びかけた。








「ど、どうしようレスター」

30分ぐらいして、タクトは戻ってきた。

「……何がだ」

せっかくの爽快な朝を台無しにされて気分が悪いのだが。
話しかけられたのなら無視するわけにも行かず、俺は振り返って答えた。

「こないだミルフィーに手紙を書いたじゃないか」
「ああ」

手紙というのは、この間一騒動あったラブレターのことだ。
俺が検閲官になって隣に立ち、徹夜で何度も作成した。
3日目の朝にようやくまともなのが出来て、桜葉少尉の部屋に届けたのだが……その後どうなったのかは知らなかった。

「その時に俺、『今度、一緒にピクニックでも行かないか?』って誘っただろ」
「そうだったな。それで?」
「昨日返事もらってさ、OKだって」
「良かったじゃないか」

タクトは泣きそうな顔で、すがりついてきた。

「ど、どうしようレスター、どうしたらいい?」
「行けばいいだろ」

何を慌てているんだ、こいつは。
自分から誘っておいて。
俺は呆れてそう言うが、

「バカ、簡単に言うな! お前は何にも分かっていないっ!」

タクトは逆上して俺に指をつきつけた。
……バカにバカと呼ばれた。

「きっとアレだ。当日、俺は寝坊して20分遅刻して、ミルフィーは1時間前から来てたのにまだ待っててくれて、『ごめん、待った?』『いいえ、私もいま来たところです』ってお約束のセリフを決めて、そしたら急に雨が降り出して、慌てて雨宿りして、俺がどうしようか考えていると、ミルフィーは近くの壁の落書きに気が付いて、そこには『みゆき&ともや』って相々傘が書かれてて、たまたま傘を1本だけ用意してたから、『あの……良かったら一緒にどうですか?』って顔を赤くしながら誘ってくれて、そして俺とミルフィーは1本の傘で寄り添って家路をたどるんだ。うおー、もーしんぼうたまらん。きっとそうなるんだ。どうだ、分かったかっ!!」


とりあえず、お前が相々傘を熱望している事だけは良く分かった。

というか、何だその行動予定は。

人を誘っておいて、いきなり帰るな。

あと、みゆき&ともやって誰だ。


……何と言うか、ツッコミ所がありすぎて、どこからツッコんだらいいのか分からない。

「あ、ちなみにミルフィーが濡れたらいけないから、俺は自分が半分濡れるのも構わずスペースを譲るのさ」
「もうお前黙ってろ」

俺は溜め息をついた。
さらばだ、俺の爽やかな朝よ。

「で? 何が『どうしよう』なんだ?」

少なくとも、今の話の中に慌てふためくような要素は無かったが。

「おお、それそれ。どう思うレスター、ピクニックってデートか? やっぱりデートなのか?」
「それはそうだろう」
「待て、よく考えろよ。この世には、似て非なるものがある」
「何が言いたい」

タクトは、あわあわしながら必死に考える。
やがて言った事が。

「バナナはお弁当で、おやつじゃないんだぞ?」
「……なるほど」

微妙に何が言いたいのかは分かった。だが。

「俺の小学校では、おやつだったぞ」

俺がそう言うと、タクトは青ざめた顔で天を仰いだ。

「ミルフィーと……デート……」

呆然と呟き、そして



「ああああああああああぁぁぁ〜」

ごろごろごろごろ



また床を転がり出した。

「どうすればいいんだぁ〜」

うろたえまくっていた。
ずいぶんな純情ぶりである。とてもこないだお持ち帰り事件(未遂)を働いた奴とは思えん。
こいつも本気だということか……。
いや、もともとがノリでなら何でもやってしまう奴だということか。
ちなみにブリッジのクルー達は、

「エンジン出力安定、進路に障害なし」

指差し確認。それぞれ自分の仕事に余念がない。
……全部俺に押し付けやがって。
いい加減、ウンザリしてきた。

「まあ、がんばれ」

俺はクリップボードを手に取り、外回りの点検に出ることにした。

『そんなっ!?』

タクトばかりかクルー全員が、一斉に声を上げて振り返る。

「俺を見捨てるのか!?」
『私たちを見捨てるんですか!?』

なかなか壮観だった。
俺は振り返りもせず、冷たく言い放ってやる。

「知らんな」

つきあってられん。
そして絶望の悲鳴やら号泣やらを無視して、俺はブリッジを後にした。









「つきあっていられないのではなかったのですか?」
「そうも言ってられんだろう」

俺がそう答えると、ブラマンシュ少尉はにっこりと笑った。
ティールーム。
俺はまた、ブラマンシュ少尉に相談していた。

「友達思いなのですね、副司令は」
「違う。艦内の治安維持の一環だ」
「はいはい。そういうことにしておきますわ」

いたずらっぽく笑いながら、仰々しいお辞儀などする。
それからふと、取り繕うように困った顔になった。

「でも、あの2人のデートですか……。申し訳ありませんが、私がアドバイスできるような事は何もありませんわ。デートなんて、私もしたことありませんもの。何をどうしていいものやらさっぱり……その、お恥ずかしい話ですが……」

わずかに顔を赤らめて、うつむいてしまう。

「やはり、こればかりは経験だろうか」
「だと思いますわ。お役に立てなくて、申し訳ありません」
「いや、気にしないでくれ。役立たずと言うのなら俺だってそうだからな。タクトの奴も本気で悩んでいたから、何とかしてやれるものなら何とかしてやりたいと思っただけだ」
「タクトさんは幸せ者ですわね」

ブラマンシュ少尉はちょっと考える素振りをし、それから顔を上げて俺を見た。

「でも副司令。デートのアドバイスなんて出来なくても、私たちが他にやれる事なら、あると思いますわ」
「ほう。それは?」
「お2人の様子を、それぞれに探る事です。お2人が今、デートについてどんな気持ちでいるのかを調べれば、そこから更に私や副司令に出来ることが見つかるかも知れません」
「それだ」

俺は思わず手を打った。
そうだ、戦略でも同じではないか。まず第一にやるべき事は、現状を正しく把握する事。そのための情報収集である。
タクトは今、ひたすらうろたえている。では桜葉少尉は?
同じようにうろたえているのか。
それとも逆に落ち着いているのか。
考えてみれば、桜葉少尉は社交辞令で「ピクニック?いいですね、いつか行きましょうか」ぐらいの軽い気持ちで答えただけかも知れないのだ。

「副司令は役立たずなんかじゃありませんわ。直接関われなくても、第三者には第三者にしか出来ない事があるものです」

これだ。
これなのだ。
俺が物事を相談するのに、ブラマンシュ少尉を相手に選ぶ理由は。
この整然とした理論的思考。
目から鱗が落ちるような、すばらしい提案。
加えて言葉の端々に見られる、相手を思いやる細やかな配慮。

「素晴らしい。見事だブラマンシュ少尉。君が居てくれて、本当に良かった」

俺は感動すら覚えていた。
ブラマンシュ少尉は優雅に微笑む。

「お褒めにあずかり光栄です。ではさっそく、行動開始と参りましょうか」
「ああ。善は急げだ、さっそく桜葉少尉の偵察に向かう」
「了解ですわ。情報収集と分析はお任せください、トリックマスターの面目躍如です」

2人でおどけて敬礼など交わし、俺達はティールームを後にした。







「む、目標発見。隠れろブラマンシュ少尉」

俺とブラマンシュ少尉は曲がり角の陰に身を隠した。
折も良く、すぐに桜葉少尉を見つけることが出来た。買い物帰りなのか、大きな紙袋を抱えて歩いている。

「え〜きさいてぃんぐ〜ろぼっと〜、手〜も足もかいて〜ん〜♪」

変な歌だ。
まあ、ほどよい意味不明さ加減が、桜葉少尉らしいと言えばらしいが。

「どうされますか」
「とりあえず普通でいいだろう。世間話を装って話を聞く」
「分かりました」

俺とブラマンシュ少尉は、そろって曲がり角の陰から出る。
まず俺が声をかけた。

「おお、桜葉少尉。買い物か?」
「あ、副司令。こんにちは。……と、ミント?」
「こんにちは、ミルフィーさん」

桜葉少尉は少しだけ驚いたように、俺とブラマンシュ少尉を見比べる。

「なんだか珍しいね、副司令とミントが一緒なんて」
「そうですか?」
「あ、悪い意味じゃないよ? ただ、よく見かけてるようで案外珍しい組み合わせだと思っただけで」
「言われてみれば、そうかも知れませんわね」

桜葉少尉はブラマンシュ少尉に向けて、邪気のない笑みで言った。

「デート?」
「え」

瞬間、ブラマンシュ少尉が身を強張らせた。
と思ったら。


グイッ


「お……」

いきなり袖を引っ張られる。
不意討ちで成すすべなく、俺は最初に居た曲がり角まで連れて来られる。

「どうした、ブラマンシュ少尉」
「す、すみません。ちょっと精神的に非常事態が発生したので、戦略的撤退を」

意味が分からなかった。

「大丈夫か?」
「はい、もう大丈夫です。参りましょう」

気を取り直して、もう一度出る。
桜葉少尉は、キョトンとした様子で待っていた。

「どうしたんですか?」
「いや、何でもない。桜葉少尉、俺達は別にデートではない。さっきそこで会っただけだ」
「そうです、まったくもってそうなんですのよ、ミルフィーさん」
「ごめんなさい、冗談です。どこかへお出かけですか?」
「ああ。俺は、そう、仕事の気晴らしに展望台にでも行こうかと」

俺は思いつきで適当に答えた。

「ミントは?」
「え、私ですか? ええと、特にやる事もなかったので、こうして副司令のお供を」

ブラマンシュ少尉も俺に話を合わせる。
が、その答えに桜葉少尉は目をしばたたかせた。

「じゃ、今から2人で展望台に?」
「ええ……まあ、そう、なります」
「それって」

桜葉少尉はニッコリ笑って言った。

「やっぱりデートじゃない」


グイッ


「お……」

また袖を引っ張られる。
元の曲がり角に連れて来られて。

「手強いですわ……っ!」

どこがだ?

「一体どうしたんだ、ブラマンシュ少尉」
「何でもないんです、すみません。精神的に王手飛車取りをされて、ちょっと慌てただけですわ」

どういう精神状態なのかさっぱり分からない。

「体の調子でも悪いのか?」
「いいえ、問題ありません」
「しかし顔が赤いぞ。呼吸も浅い。熱中症の症状と酷似している」
「冷静に観察しないでください!」

怒鳴られた。
しかし弱ったぞ、まったく予想外の展開だ。
なぜだか分からないが、あのブラマンシュ少尉が一方的にやられている。
桜葉少尉、恐るべし。

「すーっ、はーっ、すーっ、はーっ」

赤い顔で深呼吸なんか試みている彼女を見下ろしながら、考える。

「どうも、今日の君は桜葉少尉と相性が良くないらしいな」
「……そうかも知れませんわね」

彼女は案外素直にうなずいた。
物事はすべて、その時と場合とタイミングによる。
そしてそれらの要素は、極めて流動的である。
ブラマンシュ少尉がいくら優秀だとは言え、それだけでいつも結果が伴うとは限らない、という事だ。
恐らく今日のブラマンシュ少尉にとって、今日の桜葉少尉は鬼門なのだろう。

「仕方がない。ここは俺が1人で行こう」
「…………」

彼女もそれは分かっているのだろう。
俺がそう提案すると、

「……はい。申し訳ありませんが、そうして下さい」

物言いたげではあったが、特に反抗する事もなく、うなずいた。
無念そうだった。

――――心配するな、仇は取ってやるぞ。

俺は彼女の頭をポンポンと軽く撫でる。

「な、なんですの?」

戸惑う彼女の問いには答えず。
俺は角を出て、3度桜葉少尉の前に立った。

「待たせたな、桜葉少尉」
「いえ……あの、ミントは?」
「うむ。なんでも脳内で王手だとかで、戦闘不能になってしまった」

我ながら意味不明な説明だった。

「わけが分かりません」

心配するな、俺も分からん。

「私、からかい過ぎちゃったのかな……? デートなんて言っちゃったから……」
「いや、それは無いだろう」

心配げな桜葉少尉の懸念を、俺はきっぱり否定してやった。
実際、俺とブラマンシュ少尉はデートしていたわけではないのだから、それで彼女が狼狽するなど理論的にありえない。

「そうでしょうか」
「ああ。それよりデートと言えば」

うまく話がつながったぞ。
俺はこの機を逃さず、本題に入る。

「桜葉少尉の方こそ、今度タクトとデートするらしいな」


がっしゃん


桜葉少尉は抱えていた紙袋を取り落とした。
床に当たって破れ、中身が周囲に散乱する。

「あっ、あっ……」

中身はほとんどが食料品だった。
慌ててしゃがみ込み、食パンやら缶詰やらを集める。
俺も手伝う。
ふと、壁際まで滑って行っていた雑誌が目に止まる。
食材と一緒に買ったらしい。

『行楽特集! 春の新作お弁当』

俺はそれを拾って、しげしげと見つめる。

「ふむ……『2人で行くならこのラインナップ! 男の子が好きなおかずトップ10』……?」
「わーーーっ!!!」

悲鳴を上げて桜葉少尉が突進してきた。

ドンッ

「おうっ」

弾丸チャージを食らって俺は吹き飛ぶ。
彼女は猛禽が獲物を獲るかのような鋭さで、俺の腕から雑誌を奪い取った。
そして首筋まで真っ赤になりながら、怯えたような目で俺を見上げる。

「副司令、違うんです。これは違うんです。そうじゃないんです」

泣きそうだ。

「これは、何というか、ちょっと魔が差しただけなんです! ごめんなさい! お願いです、誰にも言わないで下さい!」

万引き少女か、君は。
必死にペコペコと頭を下げて、懇願する桜葉少尉。
かわいそうになってきた。

「何を慌てているんだ? 君の趣味が料理だという事ぐらい、俺だって知っているぞ」

俺は空っとぼけて言った。

「別に恥ずかしがるような趣味じゃないだろう。本まで買って研究するとは、よほど面白いのだな」
「……え?」

桜葉少尉は目をしばたたせる。


『お弁当の本、じゃなくてお料理の本?』 → 『副司令は、私がこの本をお料理の参考に買ったとしか思ってない?』 → 『気付かれてない……?』 → 『気付かれてないんだ! よ、良かった!』


……という思考をたどったのが、顔に全部出ていた。

「あ、あははは、何でもないんです。大騒ぎしてごめんなさい」

ごまかし笑いをする。
全然ごまかせていないのだが、俺は気付かないフリをした。

ふむ、なるほどな。
つまり桜葉少尉はタクトとのピクニックについて、こういう気持ちでいるわけだ。
偵察終了、成果あり。

「ほら見て下さい、このカニかまチーズ卵焼き巻きなんて、とっても可愛くてお弁当にピッタリですよね!」
「ああ、そうだな。うまそうだ」

勢い込んで『趣味の話』を演出している桜葉少尉に、適当に相づちを打ちながら、俺はすでに計画の第2段階を考えていた。
情報収集は終わった。次にする事は?
作戦案の樹立、および戦闘準備……か。
よし、ブラマンシュ少尉も首を長くして待っていることだろう、すぐに作戦会議だ。



「ほら見て下さい、このオーストラリア産北極マグロの欧風中華カレーエスニック仕立てなんて、もうわけ分からなくってお弁当にピッタリですよね!」
「ああ、そうだな。うまそうだ」



桜葉少尉の話は、しばらく終わりそうになかった



(第7話に続く)










〜管理人コメント〜

タクトとミルフィーの純情。
そして、レスターに対するミントの……。
いくつもの恋愛劇がお互いの見せ場を潰す事なく成り立っていますね。
管理人の私としても参考にしたいところです。
第7話も楽しみにしてますね。



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