「これから作戦を立てるわけですが、いかんせん私達には予備知識が不足しています」
ブラマンシュ少尉は現状を的確に分析した。
「幸い、まだ時間はあります。まずは私達自身が、恋愛について学んでおくべきです」
まったく異存のない意見だった。
「恋愛についての参考文献を、豊富に取り揃えている場所を知っていますわ」
だから、そう言うブラマンシュ少尉に言われるまま、俺は後について行った。







GA男塾




第7話 『塾長、語る』









確かに素晴らしい蔵書量だった。
天井まで届く本棚に、ぎっしりと詰まった書籍の壁。圧巻だ。
永き時の中で蓄積された、先達の英知の結晶。
俺はしばし圧倒されて、その本棚を見上げていた。

「副司令、眺めているだけではお勉強になりませんわよ」

後ろからブラマンシュ少尉が声をかけてきた。
それもそうだ、ここで恋愛というものについてしっかり学び、見識を深めなくては。
意気込みも新たに、俺は手近な本を1冊手に取ってみた。




『これであなたもエンジェルハンター! 恋のラブラブ攻略編』







……読めと言うのか?



いや、違うんだ。俺が求めているのはこんな本じゃない。
恋愛とは、人類の歴史を通じて戦われる一大テーゼ。
例えば哲学と政治との歴史的関係だ。
いくつもの思想に基づき、いくつもの国家が建設され、そして淘汰されていったように。
恋愛という命題についても、多くの者達の、語り尽くせぬ真理の追究があったはずだ。
俺はそんな先人たちの、研ぎ澄まされた思想の片鱗に触れたいのだ。

きっと、たまたまだ。
俺はそう思い直した。
たまたま妙な本を手にしてしまっただけだ。
本棚いっぱいに視線をめぐらせる。本はこんなにあるのだ、別のを読めばいい。
これなどどうだ?





『ときめきメモリー 伝説の木の下で』






ときめくな。



だから違う。
俺は、もっとこう、役に立つ知識が欲しいのだ。
できれば具体的な方法論を説いた本を所望する。
新たな知識。そのために今、ここにいるのだから。


『特別な想い −いろんな恋のカタチー 』


ふむ? これなど。
開いて中を見てみる。



「やっと2人きりになれたな、クロード」
「やめてくれアレックス、俺にはソフィアが……」
「ふっ、忘れさせてやるさ、あんな女」
「や、やめろっ……ああっ……!」



ぱたん



確かに特別だった。
そういった愛の形を「ボーイズラブ」と呼称することも初めて知った。
新たな知識だ。
ものすごく嫌な知識だった。出来れば知らずに居たかった。
く、くそぉ、次こそは……っ!






「お兄ちゃん、だ〜〜〜い好きっ!」








「ふざけるなああああぁぁぁっ!」



俺は絶叫していた。
バシン、と本を床に叩きつける。
驚いたブラマンシュ少尉が駆け寄ってきた。

「副司令、どういたしましたの?」
「どうしたもこうしたも! ここの本どもは俺を愚弄している!」
「はい?」
「もはや我慢ならん! かくなる上は彼奴め、焼き討ちにしてくれようぞ!」
「何時代の人ですか、あなたは」

ブラマンシュ少尉は俺の服の端を掴んで、強く引っ張る。
ふん、女の細腕でこの俺を止めようなど笑止!
俺は構わずに歩を進め、憎き仇を討たんとする。
と、そのとき。


「副司令、私の本を勝手に焼却されちゃ困るんですけど」


冷ややかな声が割って入った。
俺たちの横を抜けて、スタスタと本に近づく1人の女性。
波打つ美しいブロンドの髪。
赤いチャイナドレス。
彼女は本を拾い上げると、クルリと俺に振り返った。

「粗末に扱うんなら、もう読ませてあげませんよ?」

蘭花・フランボワーズ少尉。
ちょっとむくれたその顔を見て、俺は我に返る。

「そうだった。君の本だったな……その、すまない」

ついでに言えば、ここは彼女の私室である。
ブラマンシュ少尉に連れられるまま、着いた先がここだったのだ。

「ほら、座って落ち着いてください。いまお茶でも入れますから」

彼女に促され、ブラマンシュ少尉に手を引かれ、テーブルの椅子につく。
まるで幼子のようだった。
恥ずかしい。

フランボワーズ少尉は、言った通りにすぐお茶を入れて来た。
湯呑みの中で、ほんわりと湯気をたてるホット烏龍茶。

「さ、どーぞ」
「……ありがとう」

おとなしく茶をすする。

「どうですか?」
「うまい」
「そうですか? これ、私の実家から送られてきたお茶っ葉なんです。口に合って良かった」

我が事のように嬉しそうに笑う。
そして言った。

「さて。それじゃそろそろ話してもらいましょうか?」
「何をだ」
「2人してそんな本を読み漁っている理由ですよ。副司令にしろミントにしろ、言っちゃ悪いですけど、思いっきりキャラに合わない事してますよ。どうしたんですか?」
「…………」

果たして、話してしまって良いものだろうか?
話すという事は、すなわちタクトと桜葉少尉とのピクニックをフランボワーズ少尉にもバラしてしまうという事だ。
ちらりとブラマンシュ少尉の方を見る。
彼女は俺と目が合うと、薄く微笑んで小首をかしげて見せた。
ご随意に、とその目が言っていた。

そうだな。
考えてみれば、こちらは突然フランボワーズ少尉の私室に押しかけ、勝手に本を引っ張り出し、あまつさえ茶まで出してもらった身分なのだ。
これで理由を話さないのでは、彼女も納得できるはずがない。

「実は……」

俺は包み隠さず話すことにした。









「なるほど。タクトとミルフィーがねぇ」

話を聞き終えると、フランボワーズ少尉は僅かに眉根を寄せて天井を仰いだ。
明らかに難色を示している。

「あ〜……いちおう、確認のために訊きたいんですけど。副司令、自分のしようとしている事が余計なお世話もいいところだってのは、分かってますよね?」
「無論だ」

俺は即座にうなずいてみせる。
いくら俺でも、それくらいの常識はわきまえている。

「分かってて、それでもやるんですか?」
「そうだ」
「たぶん感謝なんてされませんよ? それどころか、副司令が裏で尽力した事なんて、気付きもしないかも」
「構わん。もともと極力隠密に徹し、気付かれないようにするつもりだった」
「どうしてそこまでするんですか?」

挑むように尋ねてくるフランボワーズ少尉。
ブラマンシュ少尉は黙ったまま、妙に期待に満ちた目で俺のことを見ている。口添えはしてくれないらしい。
さて、どう答えたものか。
俺は自分でも考えをまとめるつもりで、ゆっくりと答えた。

「はっきりこうと言える理由は無いのだが……そうだな。強いて挙げれば、羨ましいから、だろうか」
「羨ましいって、タクトのことがですか?」
「ああ」
「ミルフィーさんと、デートだからですか?」

フランボワーズ少尉に続いて、ブラマンシュ少尉。
俺は首を横に振った。

「違う。デートが羨ましいのではなくて、あそこまで女に惚れることが出来る事が、だ」
「? あの、おっしゃる意味が」
「タクトは桜葉少尉のことが好きだ。とにかく好きだ。桜葉少尉さえ居れば、それだけでご機嫌な奴なのだ」
「そうですわね」
「本当に……俺からすれば、見ていて羨ましくなるくらいに、桜葉少尉に惚れている」
「…………」

口をつぐむブラマンシュ少尉の隣で、フランボワーズ少尉が真剣な表情で俺を見ている。

「あそこまで手放しに何かを、誰かを、好きになる事など俺には出来ない。おそらく一生出来ないだろう。ならば……せめてそれが出来るあいつには、その想いが報われてほしい。そう思ったのだ。強い想いこそが、報われるべきだ」
「手放しに、誰かを好きになる……」

俺の言葉に、口元に手をやって沈思するブラマンシュ少尉。
フランボワーズ少尉は不満げに口を尖らせた。

「ふ〜ん……副司令って、けっこう自虐趣味だったんですね。あんまり好きじゃないな、そういうの」

ああ、やはりそう受け取られてしまうか。
俺は苦笑する。

「どうやら説明の順番を間違えたようだな。俺があの2人に手を貸そうとする理由は簡単だ、あの2人はお互いに好き合っている。ならば、実ってほしいじゃないか。単純に、そうは思わないか?」
「そりゃあ……」
「俺個人の動機などどうでもいい。いま大切なのは、あの2人がうまくいく事だ。そのために俺が出来ることは無いだろうか? 少なくとも、それを探すのは間違いではないはずだ」
「確かにそれは、間違いじゃありませんけど……」

フランボワーズ少尉はなおも不満な様だった。
冷めた視線で俺を眺めていたが――――やがて諦めたように、フッと笑う。

「まあ、興味本位で茶化すつもりじゃないんなら、私はそれでいいんですけどね」
「俺は真面目だ」
「ええ、そうみたいですね。失礼なこと言っちゃいました。ごめんなさい」

俺に向けて、軽く頭を下げる。
ブラマンシュ少尉が、なぜか怒って言った。

「ランファさん、本当に失礼ですわよ。副司令は純粋にタクトさんへの友情から、一生懸命がんばってらしたのに」
「いいんだ、ブラマンシュ少尉。フランボワーズ少尉も桜葉少尉への友情からした事だったのだろう。お互い様だ」
「そういうことですね。でも本当にごめんなさい」

もう一度、フランボワーズ少尉は改めて頭を下げる。
そして顔を上げると、彼女はブラマンシュ少尉に向かってニヤリとした。

「にしても、ムキになっちゃってぇ。可愛いとこあるじゃない、ミント」
「何のことですか? 私は純粋に、理不尽に対して抗議しただけですわ」

ブラマンシュ少尉は、とりすまして茶をすする。

「またまた、とぼけちゃって。大事な人を悪く言われたから怒ったのよねー?」
「ランファさんが意味不明なことをおっしゃってますわ。また謎の電波でも受信されてるんですのね」
「またって何よ。人が聞いたら誤解するようなこと言わないでもらえる?」
「こちらのセリフですわね。頭に銀紙でも巻いてさしあげましょうか」

ムッとするフランボワーズ少尉に、あくまでマイペースのブラマンシュ少尉。
止めた方がいいのだろうか?

「あーもう! あー言えばこー言うっ!」
「ランファさんが荒唐無稽なことばかり言うからですわ」
「やめやめ、前言撤回! やっぱアンタ可愛くないっ! そんなんじゃ彼にもモテないわよ!」
「何のことやら。まるで私に好きな人でも居るみたいな」
「いるじゃない! 知ってんのよ!?」
「いませんわ、そんな殿方なんて」
「いるでしょ、しかもすぐ傍に!」
「いません」
「いる!」
「いませんっ!」

なにやら低レベルな争いになってきた。
らしくないことに、ブラマンシュ少尉も次第に冷静さを失ってきている。
なぜか俺の事を気にして、チラチラとこちらを振り返っているのは、何だろう?
まあいい、とにかく止めるか。

「2人とも、それくらいにしないか」

俺は声をかけた。

「フランボワーズ少尉、別に良いではないか。人の恋愛を茶化すのは良くないと言っていたのは君だぞ。ブラマンシュ少尉にも想い人くらい居るだろう、当然だ」

2人が振り返る。

「ブラマンシュ少尉も、無理に否定することはない。タクトの件が片付いたら、今度はブラマンシュ少尉の恋愛にも協力しようじゃないか。フランボワーズ少尉も手伝うそうだ。そうだな? 拒否は認めん」

ジロリとフランボワーズ少尉に睨みを利かせる。
2人は呆気に取られた様子で俺を見て、そしてお互いに顔を見合わせる。

「……ねえミント。副司令、あれ素で言ってるの?」
「ええ……残念ながら」
「な、何で今の会話の流れで分かんないの?」
「こちらが訊きたいですわ」

ブラマンシュ少尉が溜め息をつく。

「……さらに前言撤回。ごめんミント。アタシはアンタのこと応援するから……」
「……嬉しいですわ……」

なにやら友情が深まっている。
俺は一応、ブラマンシュ少尉を掩護したつもりだったのだが。何故だ?

「さて、と。とりあえずそれは置いといて」

気を取り直したように、フランボワーズ少尉が言った。

「副司令、おわびと言っちゃあ何ですけど。タクトとミルフィーの件、アタシも手伝います」
「なに?」

意外な申し出だった。

「ここの本なら、アタシはもう全部読んじゃってます。アタシが居ればここの本全部を反映したアドバイスが出来ますよ。言わばここの本全部の検索エンジンです。役に立つと思いますよ?」
「……ふむ」

検索エンジンとは、なかなかうまい事を言う。
確かに彼女が居れば、わざわざ俺達が本を読んで勉強する必要が無くなる。大幅な時間短縮が図れそうだ。
チラリとブラマンシュ少尉を見る。

「よろしいんじゃありませんか?」

簡単に同意する。
なぜか態度が投げやりだった。

「分かった。協力してくれるか、フランボワーズ少尉」
「契約成立ですね」

ガッチリと握手を交わす。

「しかし意外だったぞ、まさか君の方から協力を申し出てくれるとは。てっきり君は他人の恋愛には一切干渉しない主義だと思っていたからな」
「そりゃタクトの相手がミルフィーじゃなきゃ、頼まれない限りしませんよ。でもそれを言うならアタシだって意外でした。副司令って『とにかく色恋なんて軟弱だ、俺の知った事か!』って考えだと思ってたから」
「そんなことは無い。ことの重大さもわきまえず、簡単に愛だの恋だの言う輩が我慢ならないだけだ。本来、恋愛は人生を豊かにするものだ。ものの本にもそう書いてあった」
「その考え方は、嫌いじゃありませんね」

和気あいあいと話す。
ふむ、彼女とは意外に気が合うのかも知れんな。
ブラマンシュ少尉に続いてまた1人、頼もしい味方を得ることが出来た俺は、改めて宣言するのだった。

「さあ作戦会議だ。俺たちの総力を挙げて、あの2人を掩護するぞ」




(第8話に続く)









〜管理人コメント〜

蘭花が初登場ですね。
逆井さんの小説を見ていてもGA原作版を見ていても思うのですが、何でレスターはあそこまで女性の心に疎いんでしょうか?
さてさて、強力な味方を得たレスター。
タクトとミルフィーの恋愛はどうなるのか?
次回に続く。
(…って、これは私が言う言葉ではありませんね^ ^;)



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