長々と引っぱった割に、作戦会議自体は
ものの10秒で終わった。
「ミルフィーはまぁ、いいとして。問題はタクトの方よね」
「ですわね。初デートくらい、殿方がしっかりリードして下さいませんと」
民主主義の原則により、タクトを集中的に鍛えることとなる。
……俺には口をはさむ余地すら無かったな。







GA男塾




第8話 『塾長、往復する』












「と、言うわけだ。悪く思うなタクト」
「何が『と言うわけだ』だ!」

タクトは声を荒げた。
ここは司令官室。
この部屋の主は現在、ロープで椅子に縛り付けられていた。

「くそぅ、俺をどうする気だ」
「さあて、どうしてくれようかしらねえ」
「タクトさんを思いのまま……ふふ、何だかドキドキしますわね」

フランボワーズ少尉は悪の女幹部みたいに髪をかき上げ。
ブラマンシュ少尉は妖艶に舌なめずりする。

「おい、2人とも」
「冗談ですわ。ご心配なく、タクトさん。私達はタクトさんを1人前の彼氏さんにするために来たんですのよ」
「そーそー、感謝しなさいよね」

タクトは不安な顔をして俺を見上げる。

「大丈夫だ」

何が大丈夫なのか自分でもよく分からなかったが、とりあえずうなずいて安心させてやる。

「さて。それじゃ始めましょうか」
「何をするんだ?」
「まずはオーソドックスに、アタシが催眠術でも」

……オーソドックスか?
むしろ、いきなりうさん臭い話になったような。

フランボワーズ少尉は早速、糸を結んだコインを取り出す。
タクトは屠殺場に引かれる家畜みたいに暴れる。
ブラマンシュ少尉がタクトの頭を押さえ、指でまぶたを無理やり開いた。

「ところで、俺は何をすればいいんだ?」

俺だけ手持ち無沙汰だ。
そう尋ねると、2人は今初めて気がついたという風に考え込んだ。

「あ〜っと……そうですねぇ。ここは2人で充分だし……」
「では、ミルフィーさんのご様子でも見てきて頂けませんかしら?」

いかにも、今思いついたような用事だった。
何となく疎外感。
かと言って、2人の犯罪じみた行動に手を貸す気にもなれない。

「……分かった」

俺はうなずいて、司令官室を後にした。





チャイムを押してから、自分が桜葉少尉に用事など何も無い事に気付く。

「はーい」

ドアの向こうから、パタパタと足音が近づいてくる。
しまった。どうしよう。

シャッ

考えているうちに、ドアが開いた。
桜葉少尉は軍服の上からエプロンをつけた姿でいた。
手にはアスパラのベーコン巻きが乗った皿。

「副司令」
「あ、ああ……」
「はいどうぞ」

何と用件を切り出したものかと迷う俺に。
桜葉少尉は、さも当然のように、ベーコン巻きを差し出した。

「……ありがとう」

とりあえず、爪楊枝をつまんで1つもらう。
とりあえず、食べる。

「どうですか?」
「うまい」
「そうですかー。良かったー」

嬉しそうに笑う。
むん、と気合を入れて。

「よーし、この調子でがんばらないと!」

ピシャリ

閉め出された。
……マイペース過ぎるぞ、桜葉少尉。
廊下に1人残され、俺はやるせない気持ちになる。

「はぁ……」

考えてみれば、用事も無かったのだ。
桜葉少尉は異常なし、現在料理中、と。
俺は口から爪楊枝を抜き取り、とぼとぼと司令官室に戻った。





「ただい……うおっ?」

司令官室に戻った俺は、中の光景に絶句してしまった。
タクトが椅子の背もたれにのけぞり、白目を剥いている。
そのタクトにブラマンシュ少尉が、うちわをパタパタやって風を送っている。

「あーれー? おっかしいなぁ」

フランボワーズ少尉は机の上に腰掛け、本を片手に頭をガシガシ掻いている。

「本の通りだと40代前半の、ちょーダンディなおじさまの霊が降りてくるはずなのに」

……霊?

「これはいったい何事だ」
「あ、副司令。お帰りなさいませ。まあ何と申しますか……ご覧の通りですわ」

その時、タクトがいきなりムクリと起き上がった。

「タクト、大丈夫か」
「………………」

タクトはどことなく焦点の合っていない目で、ドアの方に目を向ける。

「おや? 誰か来たようだね」

妙に紳士的な口調。
ちなみにノックもチャイムも鳴っていない。。

「きっとスミスさんだ」

誰だ、スミスって。

「そう言えば今年のスペースボールは、デビルバッツの優勝だったね。きっとその事だ」
「タクトさん、お気を確かに……」

ブラマンシュ少尉が、かいがいしく寄り添う。

「……変な夢見てるぞ?」

俺が言うと、フランボワーズ少尉は、フウと溜め息をついて机から降りた。

「ん〜。じゃあとりあえず、やり直しっと」

ズビシッ

タクトの首筋に手刀を振り下ろす。タクトは声1つ上げずに昏倒した。
乱暴だ。

「それで副司令、ミルフィーさんのご様子はいかがでしたか?」
「ああ、何やら料理をしていたぞ。アスパラのベーコン巻きを馳走になってきた」
「……? もうお弁当作りでしょうか? お気が早いことで」
「さあ、何だか知らんが」
「ついでですし、2人のピクニックの日取りを調べてきては頂けないでしょうか?」

俺はブラマンシュ少尉に振り返った。

「またか?」
「だって、こちらの人手は足りていますし」

何となく疎外感。
しかし、ここに居てもやることが無い事も事実だ。

「……分かった」

俺はうなずいて、再び司令官室を後にした。






「はーい」

シャッ

桜葉少尉は、先程と変わらぬエプロン姿だった。
今度は右手に菜箸を、左手に鶏の唐揚げが乗った皿を持っていた。

「副司令」
「ああ……」
「はい、あーんです」

さも当然の様に、ものすごく恥ずかしい真似をしてくる。

「………………」

そういう事はタクトにでもしてやれ、という言葉を飲みこむ。
ニコニコと邪気のない笑顔。
まあ、せっかくの厚意だ。
おおかた野良犬にエサをやるのと一緒の感覚なのだろう、俺が気にする事じゃない。

「……ありがとう」

とりあえず、食べる。

「どうですか?」
「うまい」
「良かったー。ところで唐揚げと竜田揚げって、どっちがおいしいと思います?」
「違いがよく分からん」

むー、と考え込む。

「よーし、やっぱり両方作っちゃおーっと」


ピシャ――――ガツッ


閉まりかけたドアの隙間に、靴を割り込ませて止める。
2度も同じ手を食ってたまるものか。

「あ……何ですか? 副司令」

いや、何と訊かれても困るが。単に対抗心を燃やしただけなので。
男の哀しい性というやつだ。
無言の俺に、桜葉少尉はいたずらな目を向けてくる。

「新聞はいりませんよー」
「……勧誘じゃない」
「じゃあ押し込み強盗さんですか? おまわりさん呼んじゃいますよー」
「俺はそこまで落ちぶれていない」
「それじゃあ」

桜葉少尉は天真爛漫な笑顔のまま言う。。

「狼さん?」

もはや名誉毀損だ。

「意味が分かって言っているのか、君は……」
「はい、もちろん。副司令みたいな人のことを、一匹狼って言うんですよね? ランファが言ってました」
「………………」

ああ、なるほど……。

「あれ、どうして落ち込んじゃうんですか? 狼なんてカッコイイじゃないですか」
「そっちの狼とこっちの狼じゃ、意味が全然……」
「?」
「いや、何でもない」

どっと疲れた。
だが、それにしても、である。

「それにしても桜葉少尉。ずいぶんと楽しそうだな」

元気なのはいつものことだが、それとは少し様子が違う。

「はい。私、お料理好きですから」
「それは知っている。だが、何と言うのか。浮かれているように見えるぞ」
「え」

桜葉少尉は目を見開いた。
慌てて何かを言いかけ――――口をつぐむ。
頬がほんのりと赤くなっている。
キョロキョロと廊下の左右を見回して。

「副司令、ちょっといいですか」

俺を部屋に招き入れるように、入り口から体を横にずらした。

「ああ」

促されるまま、部屋にお邪魔する。
桜葉少尉はドアを閉めた。ロックまでかける厳重ぶり。
キッチンのテーブルに目をやると、様々な種類の手料理が所狭しと並んでいた。

「……副司令は、確かもうご存知なんですよね」
「ピクニックのことか?」

デートと言うと桜葉少尉が照れてしまうのは学習済みなので、敢えてピクニックと言う。
彼女はそれでも恥ずかしそうに、コクリとうなずいた。

「今、お弁当の試作品を作ってたところなんです」
「試作品。これ全部か?」

俺は唖然とし、もう一度テーブルを見やる。
わざわざ試作品を作っているというだけでも驚きなのに、こんなに何種類も。
これだけで彼女がピクニックをどんなに楽しみにしているのか、推し量るには充分だった。

「副司令は、タクトさんとずっと前からの親友さんなんですよね」
「まあ……な」
「タクトさんが好きなものって、どんなのですか?」
「あいつが好きなもの?」

学生時代のあいつの食生活を思い出してみる。
カレー。ラーメン。牛丼。スーパーの見切品のパン。あと、月末は水。
……ろくでもないな、改めて思い出してみると。

「心配いらん。ここにあるもの、どれを持って行っても、あいつは泣いて喜ぶぞ」

確信を持って保証してやるのだが、桜葉少尉は首を振る。

「でも。どうせなら、タクトさんが好きなものを持って行ってあげたいんです」

不安なのだろうか。
艦内中で大評判の料理の腕を持っていても。
これほどいくつもの試作品を作っても。
それでも、なお。

「……そうだな」

安心させてやりたかった。
親友の想い人。そしてここまで親友を想ってくれる少女。
一途な彼女を、心置きなく送り出してやりたかった。
そのために俺が出来ること。

「弁当ということなら、あいつが好きで、ここには無いものがある」
「えっ、何ですか!?」

学生時代、何かの折にあいつが語った『彼女に作ってもらう理想のお弁当』。
当時のあいつには絵に描いた餅だったもの。

「タコ型のウインナ―と、卵焼きだ」

桜葉少尉はあっけにとられた顔をしていた。
料理上手なゆえの盲点。

「そ、そんなのでいいんですか……?」
「ああ。それらが揃えば、もはや完璧だ」
「はぁ、それじゃ……あーっ、タマゴがもう切れちゃってるっ!」

冷蔵庫を開いて、彼女は悲鳴を上げた。
大慌てで、財布を手に取る。

「すみません副司令、私、お買い物に行かなくちゃいけません!」
「ああ、俺のことならお構いなく。そうだ、ところでいつなのだ? ピクニックは」
「あさってです!」
「そうか、分かった。頑張ってくれ」
「はい! 失礼しますっ!」

バタバタしながら出て行く。
俺は微笑み、フウと息をはいた。
俺に出来ることなど、本当にたかが知れている。だが、これで少しは役に立てたのだろうか?
もしそうなら、嬉しい。

「さてと、戻るか」

こころもち晴れやかな気分で、俺は桜葉少尉の部屋を後にした。







「あら、ありましたわ。こんなところに」
「ミ、ミント! それだけはっ!」
「どれどれ……まあ、こんな窮屈そうな格好で……」
「あああぁぁぁ〜〜〜」

ブラマンシュ少尉が、タクトのベッドの下から雑誌を引っ張り出していた。
あまつさえ中を開き、大げさに驚いてみせている。

「ったく、ホント男ってバカなんだから。タクトぉ? ここのビデオだけど」
「そ、その棚を漁らないでくれっ! 頼むランファ、後生だっ!」
「ん……『ターミネ―ター5』? 何これ」
「ぐああああああぁぁぁっ!」

「………………」

まあ、何が起こっているのかは大体分かる。
俺は溜め息をついた。

「2人とも、何をしているんだ」
「レスター!」

タクトが救世主でも見るような目で俺を見る。
フランボワーズ少尉が、いたずらしているのを見つかった子供のように、肩をビクリと震わせた。

「あ、あら〜副司令。早かったですね」
「まったく、こっちは真剣な話をしてきた所だというのに……」

俺は言いかけて、口をつぐむ。
ベッドの方に目を向ける。

「………………」

ブラマンシュ少尉が口元に手を当て、顔を赤らめながら、まだ雑誌に見入っていた。

「ブラマンシュ少尉!!」

大きな耳がビクンッ、と跳ね上がる。

「こ、これは副司令。お帰りなさいませ」

慌てふためきながら雑誌を背中に隠す。
男子中学生か。

「2人とも、いったい何をしているんだ」
「い、いやぁ〜それが。ねぇ? 始めは冗談のつもりだったんだけど」
「殿方のお部屋に入った時のお約束をしていて……ついついエスカレートしてしまいまして」

2人してばつが悪そうに笑う。

「頼むぞ、本番はあさってだと言うのに」
「まあ、あさってなんですか。思っていたより日がありませんわね」
「やるだけやるしかないわね」

やり放題やる、の間違いじゃないのか。
桜葉少尉サイドに比べて、タクトサイドはどうも真剣味に欠ける。

「うっうっ、レスタ〜。もう俺、立ち直れない……」
「立ち直れ馬鹿。泣いている場合か」

俺はタクトの両肩に手を置く。

「タクト、頼むからしっかりしてくれ。このままでは桜葉少尉があまりに不憫だ」


本当に、どうしたものか。
先行きの不安に、俺はもう一度、深い深いため息をついた。






(第9話に続く)









〜管理人コメント〜

今回は主人公であるはずのレスターが単なる雑用係と成り下がっていたような……。
蘭花とミントが好き放題やっているせいで、いつもは暴走気味なタクトが完全に後手に回っていますし。
……というか、むしろ暴走しているのは蘭花とミントの方でしたね。
さて、タクトはこのままミルフィーとのデートに臨んでしまうのか?
第9話を待ちましょう。



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