「なぁレスター。俺、いま試合直前のボクサーの気分だよ……」
「そうか。マウスピースを忘れるなよ」
「……お前、最近なんか冷たいよな」
「なら何だ。ピクニックにタオル持参でセコンドにでもつけばいいのか――――そろそろ時間だぞ」
「ああ……行ってくる」

最後にこんな会話をして、タクトは出て行った。







GA男塾




第9話 『塾長、覗く』










展望公園の芝生にビニールシートを敷き、談笑しているタクトと桜葉少尉。

「今の所、順調そうですね」

俺の隣で、双眼鏡を手にしたフランボワーズ少尉は言った。

「……そうだな」

俺もうなずく。
隠れていた植え込みから抜け出し、後ろを振り返った。
ブラマンシュ少尉が、いそいそと弁当を広げている。

「やはり、間違っていないか? これではどう見ても、ただのノゾキではないか」
「何をおっしゃいますか」

耳をピンと立てて、ブラマンシュ少尉は強く反論する。

「ここまで来たら、最後まで見届けるのが義務というものですわ」

ちなみにここは、タクト達から30mほど離れた植え込みの中だ。
木々に囲まれて隠れ家的な空間になっており、俺たちはそこに陣取っていた。

「ところで、その弁当は?」
「ただ様子を見ているだけでは、味気ないじゃありませんか。どうせなら、私達もこうして楽しみながら……」

フランボワーズ少尉も植え込みから抜け出してきた。

「て言うか、アンタはむしろ監視よりそっちがメインっぽいんだけど」

ブラマンシュ少尉の姿を見ながら、ジト目で言う。
ブラマンシュ少尉はいつもの軍服ではなく、軽やかなワンピース姿だった。
そして大きな麦藁のバスケットで、弁当持参。
まるで俺たちまでピクニックに来たようなものだった。

「ったく、自分もピクニックに行きたかったのなら、そう言えばいいのに」
「心外ですわね。そんなことおっしゃるランファさんには、ごはん上げませんわ」
「ガキか、私ゃ!」
「さあ準備ができましたわ。副司令、どうぞお1つ」

紙皿とフォークを差し出しながら、ニッコリとする。

「……ありがとう」

ともかく、俺たちは弁当をつつきながらタクト達の様子を見守ることとなる。
向こうもすでに弁当を広げていた。
タクトが大袈裟な身振り手振りで何事か話しており、桜葉少尉が楽しそうに笑っている。

「あーでも、ここからじゃ何話してるのか聞こえないわね」
「おまかせ下さいな」

フランボワーズ少尉のぼやきに、ブラマンシュ少尉は自信満々でバスケットを引き寄せた。
取り出したのは、ラジオのような形状の音声拡大機。
俗に言う盗聴器だった。

「こんなこともあろうかと、こんなものを用意していますの」

さわやかに犯罪宣言。

「おぉ、ナイスじゃない。さすがミント!」

フランボワーズ少尉は絶賛している。

「おい、さすがにそれは……」

俺は止めようとするが。

「ね、ね、早くスイッチ入れてよ。あの2人がどんな話してるのか知りた〜い」
「うふふ、そう慌てなくても大丈夫ですわ。ボリュームはこれくらいにして、と」
「お〜い……」

思いきり無視された。
くっ。何か最近、立場弱いぞ、俺。

「では、スイッチオン」

ブラマンシュ少尉が盗聴器のスイッチを入れる。


『ええっ? これも食べられるのかい? てっきり飾りだと思ってたのに!』
『えへへ、作戦成功です。タクトさんをびっくりさせようと思って、がんばっちゃいました』
『びっくりしたの何の! こんなにびっくりしたのはあの日以来だ!』
『あの日って何ですか?』
『学生時代の話なんだけどさ、文化祭でレスターのヤツが』


あの野郎……っ!




プツンッ


俺はとっさに手を伸ばし、盗聴器のスイッチを切った。

「あーっ!? 何するんですか副司令! 今いいとこだったのに!」
「何をなさるんですの副司令! いいところでしたのに!」

2人が猛然と抗議してくるが、知ったことではない。
冷や汗をかいたぞ。アレをばらされるなど、冗談じゃない。
タクトの奴め、後で覚えていろよ。

「副司令、何のお話ですの? 文化祭でいったい何が!?」
「知らん知らん! 俺は何も知らん!」
「ケチケチしないで教えて下さいよ、私たち仲間でしょう!?」
「それとこれとは話が別だっ!」

2人の追及を強引に振り切る。
2人は口を尖らせながら、渋々と引き下がった。

「ふん、まあいいわ。後でミルフィーに聞けばいいんだし」
「副司令がそれほどまでに秘密になさりたがるお話……たいへん興味深いですわ」

ぐぁ、そうか。
タクトを殺る前に、桜葉少尉に厳重注意しなければ。
……バレるのも時間の問題かもな、桜葉少尉では。
はぁ……。





頃合を見計らって、再び盗聴器のスイッチを入れる。


『タコさんだ……伝説のタコさんウインナ―だ……』
『タ、タクトさん? どうして泣くんですか?』


植え込みから首を伸ばして見てみると、右手を掲げて感涙にむせぶタクトの姿が見えた。
おそらく箸でタコ型ウインナ―をつまんでいるのだろう。
どうでもいいが、泣くな。みっともない。

「ところでミント。やけにハッキリ聞こえるけど、これのマイクってどこに仕込んでるの?」

素朴な疑問を口にするフランボワーズ少尉。
ブラマンシュ少尉はニッコリとして答えた。

「ミルフィーさんのお弁当の中ですわ」
「弁当の中!?」
「思いもよらない所に仕掛けてこその、盗聴器です」

確かに、思いもよらない。
と言うか、ただのピクニックで持って行った弁当に盗聴器が仕掛けてあるなど、ふつう誰も思わない。
俺がそんな事を考えていた時だった。


『ん……ミルフィー、このおかずは?』
『あれ? 何でしょう。そんなの作ったかなぁ……』
『なんかマイクみたいに見えるけど』
『そうですねぇ。色々作っちゃったから、私もどんなの作ったか忘れちゃって』


ブラマンシュ少尉が顔色を変えた。

「ま、まさか!?」

盗聴マイクが見つかったのだろうか。
にわかに緊迫する空気。
俺とフランボワーズ少尉は、すばやく植え込みの下に潜り込んで双眼鏡をかざす。
タクトが箸でつまんでいるものを確認する。

「………………」
「………………」

そして、フランボワーズ少尉と2人して黙り込む。
いや、その。
何と言えばいいのか。

「マイク、だな……」
「マイク、ですねえ……」

まごうかたなきマイクだった。
カラオケで使うような。


『マイク型のおかずかぁ。さすがはミルフィー』
『う〜ん、そんなの作ったかなぁ……』
『ははは、とぼけたってもう騙されないよ。また俺をびっくりさせるつもりだったんだね』


いや、マイクだマイク。本物の。
見て分かるだろ。


『そう言われると、作ったような気も……』
『だろう? じゃ、いただきまーす』


いや、だから……おいっ……?



バキッ ガリッ ゴリッ  ―――― ブツッ 



ものすごく耳障りな音。
そして最後にノイズ音を発し、盗聴器は完全に沈黙する。
ブラマンシュ少尉はガックリとうなだれた。

「食べられてしまいました……」

悲しそうに呟く。
ものすごく非現実的な呟きに聞こえた。

「て言うかさ、アンタが仕掛けたマイクって……アレ?」
「こういうのは堂々としていた方が、ばれないものなのです」
「いや、アレはさすがに堂々とし過ぎでしょ。少しは遠慮しなさい」

フランボワーズ少尉は言いながら双眼鏡を覗き、タクトの様子を伺う。

「うわ〜、もぐもぐしてる。あ、呑み込んだ……笑ってる……」

らしい。
ブラマンシュ少尉は俺に向かって頭を下げる。

「まさか食べられてしまうとは思いませんでした。副司令、申し訳ありません……」
「いや、それはいい。気にするな」

むしろアレを迷うことなく口に入れる奴の方がおかしいのだから。
俺が慰めてやろうとすると。

「でも、ご安心くださいな」

ブラマンシュ少尉は気を取り直したように、ニッコリと微笑んだ。

「こんなこともあろうかと、手は打ってあります」

バスケットを引き寄せ、中をゴソゴソ探る。
やがて取り出したのは、先程と同じような盗聴器だった。

「……まだあったのか?」

げんなりする俺とは対照的に、ブラマンシュ少尉は誇らしげだ。

「策は2重3重に張ってこそ、意味を成すのです」
「そっちのマイクは、どこに仕掛けてるの?」
「あの木の上ですわ」

タクト達がシートを広げている傍の大きな木を指差して言った。

「この公園のめぼしい場所には、すべて配置済みですの」
「……なら、最初からそっち使えば良かったじゃない」

俺もそう思う。

「さあ、それでは続きと参りましょうか」

ブラマンシュ少尉は、何事も無かったかのように新しい盗聴器のスイッチを入れた。


カチッ







『とまぁそんな調子でさ。ミントがレスターのこと好きなのは間違いないよ』
『あ、やっぱりそうなんですね。とってもお似合いですー』







プツンッ


ブラマンシュ少尉が盗聴器のスイッチを切る。

「………………」
「………………」
「………………」

俺たち3人の間で、奇妙な沈黙が広がった。
言いようの無い、奇妙な緊張感がたちこめる。
ちらりと顔を上げて見ると、ブラマンシュ少尉は驚くほど真っ赤な顔で、フルフルと小刻みに首を横に振っていた。
フランボワーズ少尉は片手で顔を覆って「うわちゃ〜」とか言っている。
……こういう時は、どうすればいいのだろう?

「あ〜、ブラマンシュ少尉。その……何だ」

口を開いてみるが、言葉が続かない。
困った。

「………………」

ブラマンシュ少尉は泣きそうな表情で俺を見ていた。
やがて、大きく息を吸い込んだかと思うと。

「みんな大嫌いです、みんな死んでしまえばいいんですわーーーーーーーーっ!!!」

わけの分からない事を叫びながら、走って行ってしまった。

「って、どっちに行くのよミント!」

見ればブラマンシュ少尉は、まっすぐタクト達の方に走って行く。


『あれ? タクトさん、ミントですよ』


盗聴器から桜葉少尉の声。
向こうも気がついたらしい。


『やあミント。今、ちょうど君の話を』
『あなたのせいでっ!!!』

ドカッ バキッ べチャッ グリッ……ボキンッ!

『わーっ! タクトさんの足がありえない方向にーっ!』


なにやら凄いことになっているようだ。
恐ろしくて、植え込みから首を出して見られない。
『お嬢様ご乱心』
なぜだか、そんな活字が頭の中に浮かんだ。


「あ、そっか、そんなコンボのつなぎ方が……やるわねミント……」

様子を見ているフランボワーズ少尉は、感心したように呟いていた。
いや、止めてくれ。










夕刻。

「桜葉少尉……すまなかった」
「ごめん、ミルフィー」

俺とフランボワーズ少尉は頭を下げた。
桜葉少尉は、ニッコリ笑って首を横に振る。

「いいんです、とっても楽しかったです」

タクトは桜葉少尉の膝枕の上で、ムニャムニャとか言っている。
折れた足は、桜葉少尉がバターを塗ったらなぜか治った。
だが奴が気を失ったまま、もう日が暮れようとしていた。

「君が、あんなに楽しみにしていたピクニックだったのに……」
「いいんですってば。たくさんお話できましたし、お弁当もたくさん食べてくれましたし」

彼女はこう言ってくれるが、今日のためにどんなにがんばってきたのかを、俺は目の当たりにしてきたのだ。
やはり心苦しい。2人に協力どころか、邪魔をしてしまった。

「あ、そうだ。タコさんウインナ―と卵焼き、タクトさんとっても喜んでくれました。副司令のおかげです」
「とるに足らんことだ。礼など……」
「それに」

桜葉少尉は嬉しそうに、眠っているタクトの前髪をもてあそぶ。

「これはこれで、ラッキーだったかな……なんて」
「ミルフィー……」

フランボワーズ少尉が、感心したように呟く。
桜葉少尉は俺を見上げて、いたずらっぽく言った。

「私のことより、ミントの様子を見に行ってあげて下さい。副司令が来てくれたら、きっと喜ぶと思いますから。あ、『なぜだ?』はナシですよ。副司令ってすぐにそう言うんですから」

ブラマンシュ少尉はあのまま、いずこへともなく走り去ってしまっていた。

「………………」

桜葉少尉はまだ、俺がブラマンシュ少尉の気持ちを分かってないと思っているのだ。
しかし、まさか「さっき君らの話を盗聴したから知っている」とは言えない。

「……分かった」

ひとまず、うなずいておく。

「では俺たちはこれで帰るが、桜葉少尉はどうするのだ?」
「タクトさんが起きるの待ってます」
「そうか。じゃあ」

俺は背を向けて、歩き出す。

「あ、ランファランファ」
「なに?」
「タクトさんにね、面白い話をいろいろ教えてもらったの。後でランファにも教えてあげるね」

背後で桜葉少尉のひそひそ声が聞こえる。
『面白い話』の中には、俺のあの話も含まれるのだろうな……まあ、今さらどうでもいい。
俺はブラマンシュ少尉のことを考える。

「さて、と」

夕暮れの涼風を感じる。
群青色に星の瞬き始めた天上を仰ぎながら、俺は独りごちた。

「どうするかな……」





(第9話・完)










〜管理人コメント〜

タクトとミルフィーのほうは一件落着っぽいですけど、今度は新たな問題が……。
ミントの恋路の行方はいかに…?
次回も期待です。



で、レスターの学生時代の話って……?(笑)



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