ピクニックから3日経った。

「失礼いたします。タクトさん、紋章機の整備が終了しましたわ」

ブリッジにブラマンシュ少尉が入ってくる。

「ああ、お疲れ様、ミント」
「これから皆さんでお茶にするのですが、よろしければタクトさんもご一緒しませんか?」
「うん、それじゃあ後ですぐに行くよ」
「お待ちしておりますわ」

さっさと出て行こうとする彼女を呼び止める。

「ブラマンシュ少尉」

彼女は足を止めると、俺にニッコリ笑って言う。

「副司令ともご一緒できればいいんですけど、お2人同時にブリッジを空けるわけには参りませんものね。残念ですわ」
「………………」

くっ、何て他人行儀な笑顔だ。
ブラマンシュ少尉は今度こそ、ブリッジを出て行った。









GA男塾




第10話 『塾長、捕まる』













……困った。
非常に困った。いったいどうすればいいんだ。
タクトと交代して休憩となったものの、俺は悶々とした気分のまま、廊下を歩いていた。
俺にとって、こういう時に誰より頼りになるのはブラマンシュ少尉だった。
しかし、まさかそのブラマンシュ少尉との間で問題が発生するとは。

「むむむ……」

腕を組んで必死に考えていた、その時だった。


クイッ


不意に、後ろからコートを引っ張られた。
何だと思って振り返る。

「………………」
ルビーのように赤く澄んだ瞳が、俺を見上げていた。
エンジェル隊最年少の隊員、ヴァニラ・H(アッシュ)少尉。
彼女は首から看板をぶら下げていた。


『 恋の悩み承ります (特に某副司令とか) 』


「………………」
「………………」


いや。
俺にどうしろと?




「………………」

ものも言わず、ジッと見上げてくる。
何だ、この奇妙なプレッシャーは。

「あ〜、アッシュ少尉。俺に何か?」
「……捕まえた」

おもむろに口を開く。

「捕まえたから……副司令は、私のもの……」
「は?」
「煮るなり焼くなり、思うがまま……」
「………………」


ヒョイ


おもむろに抱きかかえてやる。
滅茶苦茶に小さくて軽い体だった。

「……これで煮るなり焼くなり、俺の思うがままか?」
「……形勢逆転……」

わずかに身じろぎする。
抵抗して暴れているつもりらしい。

「で、俺に何の用だ。こんな看板までぶら下げて」
「捕まってしまいました……」
「いったい誰の差し金だ? 隠すとためにならんぞ」
「……絶体絶命……」

聞いちゃいないし。
しかし、よく考えたらこれは、あまり良い状態ではない。
年端もいかない少女を、人さらいのように抱え上げているんだからな。
そう思って、やっぱり降ろしてやろうとしたその時だ。

カツッ

背後で、誰かが立ち止まる足音。
誰だと思って振り返ると。

「………………」
「……ブ、ブラマンシュ少尉っ!?」

あろうことか。
ブラマンシュ少尉が、驚きに目を大きく見開いて俺を見上げていた。

「………………」
「いや、ブラマンシュ少尉、誤解だぞ? 違うんだ。これは……!」

くっ、なんてセリフを吐いているんだ、俺は。
これではまるで、浮気現場を見られた男のようではないか。
ブラマンシュ少尉が、ニッコリと笑う。
とても、ステキな笑みだった。

「あら、お楽しみのところ、失礼いたしましたわ」
「お、お楽しみ? 違う、それは断じて違うぞ、ブラマンシュ少尉」
「ヴァニラさん、何をなさっているんですの?」
「ブラマンシュ少尉、これはだな」
「副司令には訊いておりませんわ」

厳しい口調でピシャリと言われた。

「そんなご様子の殿方の言葉など、信じられるものですか。私はヴァニラさんに、尋ねているのです」

くっ……。
仕方がない、アッシュ少尉、頼む……!

「……私は……」

おもむろに口を開く。

「副司令に捕まってしまいました……もはや煮るなり焼くなり、副司令の思うがまま……」
「違うだろうがああああぁぁぁーーーーっ!」

ブラマンシュ少尉はニッコリしたまま深くうなずき、クルリと踵を返した。
そのままスタスタと歩き出してしまう。

「ブラマンシュ少尉!」

俺は慌てて後を追った。
とにかく、誤解だけは解かねば……!

「待ってくれ、俺の話も聞いてくれ!」
「………………」
「君は、物事を理論的に考えることのできる女性だ。だからこそ、俺はいままで君を頼りにしてきた」
「………………」
「とにかくこれは、単純にして純然たる誤解なのだ。話を聞いてくれれば、すぐに分かる」
「………………」


ぴたっ


ブラマンシュ少尉が立ち止まった。

「……あれこれおっしゃる前に……」
「ん?」
「さっさとヴァニラさんを降ろしたらどうですのーーーーっ!?」


ドカアッ!


俺のアゴめがけて、渾身のガゼルパンチ。

「不潔ですわっ! 近寄らないでくださいまし!」

言い捨てて、いずこへともなく走り去ってしまった。

「ぐっ……」

き、効いた。心身ともに。
コンボでデンプシーロールが来なかっただけ、マシと思うべきなのか……。

「ブラマンシュ少尉……」

呆然と呟く。
その時、俺の体を淡い光が包み込んだ。
痛みが、溶けるように消えていく。ナノマシンの光だった。

「副司令……大丈夫ですか」

腕の中で、アッシュ少尉が俺を見上げていた。

「申し訳ありません……私のせいです……」

責任を感じているのだろうか、物憂げに揺らぐ瞳。
確かに、彼女の不穏当な発言があったのは事実だが。

「気にするな。君は事実を言ったまでに過ぎん」

俺はそう言ってやった。

「でも……」
「いいんだ。それに、人のせいにするほど落ちぶれてはいないつもりだ」
「副司令……」

俺の服を掴む手に、わずかに力が込もる。

「………………」
「………………」

ん? 何を見つめ合っているんだ、俺達は。
ふと我に返ったその時だった。




ドドドドドドドドドドドドドド………



何だ、地震?
振り返って見ると。

「そこへなおれ、不埒者おおおおぉぉぉーーーーっ!!!」

1人の男を先頭に、30人ばかりの男性クルー達が押し寄せてきていた。
まるでヌーの大群だ。

「……何だ、お前達は」
「俺達はヴァニラちゃんを守護する聖なる騎士団、人呼んで『ヴァニラちゃん親衛隊』っ!」

オオーッ、と呼応するように上がる喚声。
とりあえず、あまり関わりを持ちたくない類の連中らしい。

「今すぐヴァニラちゃんを解放しろ! 身の程をわきまえぬ卑しい下賎の輩め、ヴァニラちゃんを穢すつもりかっ!」
「いきなり現れて言う事がそれか」
「ヴァニラちゃんにそんなに密着しおって! 俺ですら、まだ手を握ったことも無いというのに!」
「そんなこと知るか」
「うおおおおお! ヴァニラちゃん、いま助けるからねええええぇぇぇっ!」

リーダーらしき男が、雄叫びを上げて襲いかかってくる。

「ふんっ」

どてっ腹めがけてヤクザキック。
男は簡単に吹き飛んだ。

「ぐはあっ」
「ああ、会長!」
「会長がやられた!」

わらわらと群がる民衆。

「ぐふっ……お、俺はもうダメだ。いいか、俺が死んだら3日間それを伏せろ。俺の人形を作って奴を騙すんだ」

いや、3日も何も、目の前で見てるんだが。

「会長おおおおぉぉぉーーーーっ!」
「おのれ! みんな、こうなったら血の汗流して特訓した、あの必殺技で奴を倒すんだ!」
『オオーーーーッ!!!』

奴らは一斉に襲い掛かってくる。

「仕事しろ、お前らっ!」

とっさに身をよじってかわすが、多勢に無勢だ。
くっ、このままでは……!



ドドドドドドドドドドドドドド………



その時、反対方向からまたも足音が。
ええい、今度は何だっ!?


「レスタアアアァァァーーーーッ!」


タクトだった。
くそっ、さらに厄介な奴が来た!

「お前、休憩時間はとっくに終わってるぞ、早く交代しろ! 俺がミルフィーに会いに行けないだろっ!!」

なんて自己中な理由だ、こいつめ!

「見ての通り、いま忙しい! タクト、助けろ!」
「はぁ? なんで俺がお前なんか助けなくちゃいけないんだ」
「と、桜葉少尉が言っていたぞ!」
「レスター、ここは俺に任せろっ!」

タクトは何の迷いも無く、30人の中に飛び込んでいく。

「おらあああぁぁっ! ミルフィーに逆らう愚民どもが、死ねやーーーーっ!」

ふう、助かった(俺が)。
なんとなく、こいつの扱い方が分かってきたぞ。
これからはちょくちょく利用させてもらおう。

「馬鹿な! 俺達の必殺技が効かないだとっ!?」
「な、何だこの強さっ? 人間じゃねぇ!」
「うわあ、ごめんなさい、ごめ……あべしっ!」

「てめえら、俺の名を言ってみろおおおおぉぉぉーーーーっ!」

……にしても、すごいな。
人間の体が宙を舞うところなんて、生で見たのは初めてだ。
桜葉少尉が絡むと容赦が無くなるらしい。
自分の部下なのに。

「……神よ……」

ふと見ると、アッシュ少尉が手を組んで祈りを捧げていた。

「この罪深き者たちを、お許しください……」

いや、すべて君のせいなんだがな。










「つまり」

戦いが済んで。
無数の屍が横たわる中で、俺たちはアッシュ少尉の話を聞いていた。
……最初は30人くらいだったはずなのに、終わってみたらなぜか100人以上は倒れていた。

「フランボワーズ少尉に言われて俺を呼びに来たと、そういうわけか?」

コクリとうなずくアッシュ少尉。
いまだに首から下げている看板も、フランボワーズ少尉にかけられたものらしい。
いったいどうして、ただ呼びに来ただけでこれほどの騒ぎになったのだろう?

「ふむぅ、レスターとミントの事でか。よし、許可する」

尊大に腕を組んで、簡単にタクトは同意した。

「そうと決まれば善は急げだ。行くぞレスター」
「おい待て、お前まで来るのか? ブリッジはどうするんだ」
「ブリッジ? 知るもんか」

真顔で言い切りやがった。

「待てと言っているだろう、そんな無責任な事……!」


クイッ


コートを引っ張られる。

「……捕まえた」

アッシュ少尉だった。

「捕まえたから……副司令は、私のもの……」
「……はい」

13歳の少女に、なすすべ無い俺。






……シャトヤーン様、申し訳ありません。

貴女様からお預かりしたこのエルシオール、もはや無事ではお返し出来ないかも知れません……。






(第11話に続く)












〜管理人コメント〜

ヴァニラが不思議少女風味?
ヴァニラ初登場と思いきやコレですか?(笑)
というか、ヴァニラもですがタクトもすごい壊れっぷり…。
北○の拳ネタですか。
北斗の○ネタって結構お手軽に使えますよね。
逆井さん、GA男塾の前の話でも○斗の拳ネタを密かに使っていましたし。


しかし…ヴァニラちゃん親衛隊を絡めたギャグ、私もいつか書こうと思ってた…(苦笑)。


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