この物語は女性ばかりが目立つ世界にあって、たった一人古き良き時代の
男の魂を受け継ぎ、孤軍奮闘するレスター・クールダラスの日常を描いた
物語である。
生まれる時代を間違えた、青い目のサムライ。その孤高の生き様が、一人
でも多くの眠れる男達の胸に響かんことを……。
(このフレーズ久しぶりだなぁ……)
GA男塾
第12話『塾長、走る』
「どうにも……八方塞がりだな。どうするタクト」
司令官室。
俺は顔を上げて、相棒に向かって話しかけた。
デスクを挟んで向こう、タクトは手で口元を隠し、真剣な顔で画面を睨んでいる。
現在、俺達はルフト准将から送られて来た宿題をやっている最中だった。とっくに学校を卒業し、正式に軍に配属になってまだ宿題というのも、アレな気がするが。
敵に完全に包囲された状況で援軍は無し。手駒である紋章機5機のみで戦局を打開しなければならない。
ちょっとした戦略シュミレーションゲームみたいなものだ。
しかし、少なくとも俺には、この状況を無傷で突破する作戦は思い付けない。
「………………」
タクトは黙っている。
鋭い眼差しで、その視線だけが目まぐるしく画面を行き来している。
奴には、俺には見えない何かが見えているのだろうか?
こんな奴だが、こと戦略に関しては、学生時代から俺は一度も勝てたためしが無いのだ。
「なあ、レスター……」
やがてタクトは呟くように口を開いた。
「色々考えたんだがな」
「ああ、お前ならどうする?」
どう動く、軍神タクト・マイヤーズ。
俺は自分でも思いがけない、期待のこもった声で尋ねる。
奴は俺に振り返り、重々しい口調で言った。
「やっぱりお前には、ちゃんとした彼女が必要だぞ」
「……は?」
一瞬、奴が何を言ったのか分からなかった。
タクトは猛禽のように鋭利な眼差しのまま、俺を見据えて言う。
「悪い事は言わない。彼女つくれ、レスター。愛の無い人生なんて、人として不出来だ」
「………………」
ごん
俺は無言で立ち上がり、奴の頭に拳骨を落とした。
「痛いぞ。ものすごく」
冷静に感想を述べるタクト。まるでロボットだ。
俺は椅子に戻り、不機嫌に言った。
「真面目にやれ」
「俺はいつでも真面目だ」
「真面目に違う事を考えるな」
「そろそろおやつの時間だな」
ぜんぜん関係ないことを呟き、タクトは立ち上がる。
「行くぞ、レスター。今日はミルフィーがシフォンケーキを焼いてくれる日だ」
「おい待て、宿題はどうするんだ」
「どうもしない。放っとけばそのうち諦めるだろう」
諦めるって何だ。野生動物じゃあるまいし。
「提出は明日だぞ」
「うるさいな。シフォンケーキは今日いますぐだ。どちらが急務だ」
「待てと言うのに。ルフト先生のことだから、バックれると後が厄介だぞ」
「ええい、ちょこざいな。こんなもの、こうしてくれる」
タクトは吐き捨てるように言うと、無造作にマウスを動かした。
「ここをこうして、ここはこう……ちょっちょっ、と。ふん、これで満足か、あのコンブ頭め」
何気に毒を吐きながら、タクトは面倒くさそうにマウスを放り捨てる。
恩師に向かって何て言い草だ。
「さあ行くぞレスター。ミルフィーがシフォンケーキで待っている」
俺は画面を見て唖然としていた。
俺にはどう見ても、八方塞がりの状態だったのに。
画面にはミッションを終了し、“PERFECT”の文字が浮かんでいた。
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俺はこう見えても多忙の身である。
基本的に、お茶とケーキで楽しいおしゃべり、なんてヒマは俺には無い。
ただでさえ艦内の雑事が山積みなのに、タクトは仕事をサボる。
最近はタクト自身が暴れて、苦情も殺到している。
おまけに頼りにしていたブラマンシュ少尉とまで、最近はうまく連携が取れないでいる。
……そう、ブラマンシュ少尉だ。
激務を棚に上げて、タクトと共に桜葉少尉の部屋を訪れたのは、俺なりの向上心ゆえだった。
彼女との色恋うんぬんは、さておくにしても、だ。
もっと恋愛というものについて学ばねば。
タクトと桜葉少尉は恋人同士だ、まずは見て学ぶところから始めてみようと思ったのだ。
だと言うのに――――。
「タクトさんなんて、大嫌いですっ!」
シャッ ピシャン! タタタタ……
「ミ、ミルフィーーーッ!!」
……なぜ、こうなってしまったのだろう?
ガックリと両手を床について、打ちひしがれているタクト。
「タクト、しっかりしろ」
「うっうっ、レスタ〜〜〜」
タクトは顔を上げる。涙と鼻水でグシャグシャになっていた。
「ミルフィーに大嫌いって言われた〜。俺、俺、何かしたか?」
実にいい質問だった。
「レスタぁ〜〜」
「まあ待て。落ち着いて、今の状況を整理してみよう」
俺はタクトをなだめ、記憶をさかのぼってみる事にした。
一体どうして、桜葉少尉は怒って出て行ったのだろう?
そう、確か……。
− 回想 −
俺とタクトがこの部屋を訪れたのが、30分ほど前のことだ。
「ケーキ、持ってきますね。どうぞ座ってて下さい」
桜葉少尉は笑顔で迎えてくれた。
さっそくキッチンに入り、いそいそと小皿やフォークの準備を始める。
「……いい娘だな、桜葉少尉は」
俺は心和むものを感じ、そう言った。
いつでも、誰へだても無く向けられる、あの無邪気な笑顔。
ブラマンシュ少尉も、あれくらい柔和だったら良かったのに。どうも彼女は、丁寧な言葉使いの割に硬質な性格だからな……。
「えっへっへ、そうだろ。惚れるなよ」
タクトは我が事のように喜び、上機嫌でうなずいた。
「惚れん。そもそも惚れるという事が、どういう事なのか分からんのに」
「いーや、お前の言う事なんか信用ならないな。何せお前は人妻好きって有名だから、人の彼女に手を出さないとも限らん」
俺は顔をしかめた。
「……そういう噂があるらしいな。俺が人妻好きだの、メガネの女教師が好きだのと。まったく、どこからそんな根も葉もない噂が……」
「ま、俺が広めたんだけどな」
「お前かぁーーーっ!」
怒りに任せてタクトをしばき倒したのも、いつも通り。
「お待たせしました! じゃーん、ミルフィーユ特製、特大シフォンケーキでーす!」
天真爛漫という表現がピッタリくる声で、桜葉少尉が戻って来る。
俺は振り返り――――。
「でかすぎだっ!」
桜葉少尉が持つ盆の上。
そこにはファミリーサイズのピザが立方体になったような、巨大な物体が鎮座していた。
そのままウェディングケーキにできそうな勢いである。
「他にも客が来るのか?」
「いえ、タクトさんと副司令だけですけど」
「3人で食い切れる量じゃないぞ」
「あ…やっぱり大き過ぎました? 作ってる途中から、薄々そんな気はしてたんですけど」
かまわず作ってしまったわけか。
「でも大丈夫です。こういう時は、タクトさんがきっと何とかしてくれます」
はなはだ根拠不明な信頼に満ちた目で、桜葉少尉はタクトに責任を丸投げする。
果たしてタクトは(いつの間にか復活していた)、自信満々で胸を叩くのであった。
「よしきた。レスター」
「ん?」
俺の方を振り返って。
「増えろ」
「無茶言うな」
アメーバか、俺は。
「とりあえず、8人くらいに」
「できて当然な事のように言うな」
「わー、副司令って増えるんですか? すごいです、見たいですっ!」
なぜか羨望の眼差しを向けてくる桜葉少尉。
彼女にとって、細胞分裂は尊敬の対象となるらしい。
「さぁレスター、張り切って行ってみようかぁ!」
「できるかっ!」
マシンガンナックルで再びタクトをKOする。
TKOまであと1ダウンと迫ったのも、まあ概ねいつも通りだった。
それから。
ケーキをどうするかはともかく、お茶会は始まったのだった。
特に問題は無かったはずである。
なのに、途中でブリッジから通信が入り、俺がそちらの対応に気を取られている隙に――――。
「タクトさんなんて、大嫌いですっ!」
……現在に至るというわけだ。(回想おわり)
改めて思い出してみても、桜葉少尉が怒る要素が見当たらない。
「タクト。俺がブリッジと話している間、どんな話をしていたんだ」
原因があるとすれば、そこ以外考えられないのだが。
「別に、どうでもいい話しかしなかったハズだけど」
タクトは首を横に振った。
「もしレスターに子供ができたら、何て名前をつけようかって話」
「本当にどうでもいい話だな」
なんでお前らが、俺の子供の名前を考えてるんだ。
「いろいろ考えたぞ。やっぱりレスターの子供だから、レスターの名前を混ぜた方がいいと思ってな。
1.レジスター
2.ロブスター
3.トリックマスター
さあ、どれがいい」
レジ機にザリガニに紋章機か、俺の子供は変幻自在だな。
「あ、言っとくがラッキースターはナシだぞ? それだとミルフィーとの子供になってしまうからな。許さん」
「お前は桜葉少尉に、紋章機を産ませる気なのか?」
……まあ最後の問答はさておくとして。やはり桜葉少尉が突然怒り出すような話題ではない。
今回は本当に、こいつは悪くないらしい。珍しく。
「桜葉少尉に直接訊くしかないか」
「ハッ、そうだった! レスターなんかと遊んでいるヒマは無いんだった!」
「ずいぶんな言い草だなこのやろう」
「ミルフィー! 待ってくれーーーッ!」
「お、おいっ……?」
タクトはわき目も振らず、部屋を飛び出していく。
俺も急いで、後を追った。
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さっきも言ったが、俺は多忙なのである。
一刻も早く、ブラマンシュ少尉と話をしなければならないのである。
「だと言うのにっ……!」
あちこちで人に尋ね、俺達はついに桜葉少尉の姿を捉えることができた。
現在、Bブロックの中央廊下を全力疾走中。
「ミルフィー! 待つんだ、止まってくれーっ!」
タクトが必死に後を追いかけている。
さらにその後を俺が追っていた。
「なぜ俺はこんな所を走っているんだろうなっ!」
2人の仲睦まじさを見学すれば何か分かるかと思ったが、とんだヤブ蛇だった。
くそっ、また休憩時間が無駄に過ぎてしまう。
時間が……時間がほしい……っ!
――――しかし、神は俺を見捨てなかった。
猛然と廊下を駆け抜けていく桜葉少尉。
彼女をあっけに取られて見送る、通りすがりの人々。
その中に、小柄な人影があった。
むっ……? あれに見えるは、ブラマンシュ少尉!
ブラマンシュ少尉は周囲の皆と同じように、桜葉少尉の背中を見送りながら首を傾げていた。
奇跡だ、思わぬチャンスが訪れたぞ。
よしっ!
ヒョイ
「きゃっ……?」
その小さな体を、すれ違いざまに両手で抱え上げる。
アッシュ少尉よりも小さな体だった。抱きかかえるというより、抱え込むようにしないと落としてしまいそうだ。
「な、何の真似ですか、副司令!」
彼女は自分の身に何が起こったのか、すぐには分からなかったらしい。
俺に抱き上げられているのだと気付くと、顔を真っ赤にして手足をジタバタさせる。
「暴れるな、抱えにくい……!」
「だから、どうして私を抱えてるんですか!」
「忙しいんだ俺はっ!」
「忙しいと人を抱えて走るんですか、あなたはっ!」
「仕方なかろう、桜葉少尉が逃げるのだから!」
桜葉少尉はつきあたりを鋭くカットイン。
Cブロックへと突入した。
後を追うタクトに続いて、俺も壁を蹴って方向を変える。
「ミルフィーさんが逃げると、私は副司令に抱えられないといけませんの!?」
「うむ! 確かにそれだけ聞くと、まるで関係なく聞こえるな!『風が吹けば桶屋が儲かる』の理論かっ!」
「お一人で納得してないで、説明してくださいっ!」
――――後になってよく考えてみると、俺達はどんなに奇妙な集団だったことだろう?
「いやー、追って来ないでくださ〜いっ!」
「うおおおおぉぉーーー! 死んでも離れないぞーーーっ!」
先頭を、泣きながら凄まじい勢いで駆け抜ける少女。
何やら叫びながら、凄まじい形相でそれを追うエルシオール司令官。
「ブラマンシュ少尉、俺は君に話があるのだ!」
「何ですの!?」
「この間の弁当だがな!」
「はい!? ああ、お弁当ですね、あれが何か!?」
「うまかったぞ! ありがとうっ!!」
「お粗末さまでしたわ! ところで副司令!」
「何だっ!? 手短にな!」
「この状況でこの会話って、ぜったい間違ってますわっ!」
腕に抱きしめた少女と大声で言い争いながら、最後に駆け抜けていく俺たち。
……俺としたことが、少々冷静さを欠いていたらしい。
さらに、認めたくない事ではあるが。
この、世にもマヌケな鬼ごっこは、もう少しだけ続くのである――――。
「ミルフィー、待ってくれーーーっ!」
「待てと言われて待つ人間はいませんっ!」
「降ろしてくださいな、副司令!」
「降ろせと言われて降ろす人間はいないぞっ!」
「居るかも知れないじゃないですか! ノリでものを言わないでくださいっ!」
(第13話につづく)
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