「とにかく暴れないでくれ、落ちたら怪我をするぞ」
「も、もう……」

言われてみればもっともだと思ったのだろう、ブラマンシュ少尉はチラリと床を見やり。
遠慮がちに、だがキュッと強く俺の服をつかむ。

ふう、ようやく観念したか。まったく、始めからおとなしく俺に抱かれていれば良いものを。

じたばたじたばたっ!

「こらっ、暴れるなと言うのに……!」
「やっぱり降ろして下さい! あ、あなた、なんて破廉恥なことを考えてるんですかっ!」
「何のことだっ!」

なぜだか真っ赤になって怒っているブラマンシュ少尉。
くそ、なぜ怒る? 桜葉少尉といい、やはり女の考える事はよく分からんなっ!








GA男塾

第13話『塾長、まだ走る』









そんなわけで、引き続き走っている俺達である。

「ぐぬおおおおぉぉぉーーーーっ!」
「きゃー、きゃーっ!」

怒声のような雄叫びを上げてタクトが走っている。
チラリと後ろを振り返った桜葉少尉が、恐怖に顔を引きつらせて速度を上げる。

「な〜ぜ〜逃〜げ〜る〜!」
「怖いからですよぉ!」

タクトの奴、どんな顔して追いかけてるんだ?
一方こちらでは、ようやくブラマンシュ少尉に事情を説明できた所だった。

「……つまり、余りにも時間が無いから、ミルフィーさんを追うのと私と話をするのを同時進行させなければならない、と」
「そうだ、今を逃せば次はいつ君を捕まえられるか、分かったものではないからな」

「私のことを気にしてもらえていたのは嬉しいですけど……」

ブラマンシュ少尉はなぜか世を儚むような顔で、ホゥ、と溜め息をつく。

「ああ、こうして抱きしめてまでもらっていると言うのに……それでも肝心のお話は、片手間なんですのね……」
「片手間ではないぞ、俺は真剣だ」
「ええ、ええ、分かっておりますわ。これでも副司令のご多忙ぶりは理解しているつもりです」

コクコクと神妙にうなずく。
だが、そこはかとなく投げやりだ。

「では、お話をお伺いしますわ。ご多忙な副司令」
「うむ。ブラマンシュ少尉、君は俺のことが好きらしいが、本当か」
「い、いきなり直球ですわねっ?」

引きつった顔で言ってくる。
何を当然な。

「時間が無いんだ、話は単刀直入に!」
「ああ、ああ、そうでしたわね。ええと、たぶんそうですっ」
「たぶん? たぶんとはどれくらいだ? 確率的に言うと何パーセントくらいだ!?」
「レ、レディにそこまで返答を要求するのは、失礼じゃございませんこと!?」
「君も軍人だろう! 報告は簡潔明瞭に! 推量は極力排除し、ありのまま事実のみを述べよ!」
「ああもう、あなたという人は……っ!」
「述べよ!」
「ええそうですっ! 私はあなたに好意を抱いていますわ! もっとも今は、全身全霊で否定したい気分ですけど!」

ブラマンシュ少尉は、やけっぱちで叫んでいた。
ふむ、事実か。ならば俺は、それに回答せねばなるまい!

「嬉しいぞ、ありがとうっ!」
「どういたしまして!」
「それで俺の回答だがな!」
「ええ! 私のこと、どうお思いですか!?」
「正直、よく分からん!」
「はいっ!?」

ブラマンシュ少尉は目を吊り上げた。
俺は胸倉を両手でガッと掴み上げられ、なおかつガクガクと揺さぶられる。

「わ、私にあんな恥ずかしいセリフを言わせておいて、ご自分はソレですか? 信じられません!」
「だが事実だ、確率的に言っても――――」
「それはもういいですから!」

桜葉少尉がつきあたりの食堂に飛び込んだ。
必然的にタクトも、そして俺達も食堂に飛び込む。

「えーいっ!」

桜葉少尉は卓上にあったコショウ瓶を取り、それをタクトに投げつけた。

「わぷっ、ブヘックション!」

タクトは盛大にくしゃみをする。
目にも入ったらしく、涙を流している。

「うおお、こんな所で負けてたまるか〜っ」

それでも前進。
桜葉少尉は、卓上の調味料を次々と投げつける。
醤油、ソース、タバスコ、ふりかけ、粉チーズ……。
いろんな味付けをされながら、それでもタクトの突進は止まらない。

「あ〜ん、どうして止まってくれないんですか〜」
「無駄だ! 醤油ごときでオレの愛は止められないっ!」

そりゃあ、まあ。
本人は至って真剣なんだろうが、もうちょっとこう……。

「ブラマンシュ少尉」
「何ですの?」
「愛って何だ?」
「知りませんわ」

持ちこたえられないと判断したか、桜葉少尉は食堂戦線を放棄して再び廊下に飛び出す。
俺達も後を追う。


ドドドドドドドド……


「ああもう、メチャクチャですわ!」

ブラマンシュ少尉は天を仰いで嘆いた。

「生まれて初めての告白がこんなシチュエーションだなんて、あんまりですっ!」
「そうか? 要点のみを話し合える、実にスマートなシチュエーションだと思うが」

「私にだって理想があったんです!」

さめざめと語る。

「例えばもっとこう、命がけの極限状態で、残り少ない時間の中で、お互いに真摯な想いを打ち明けるといったような……」
「これもある意味、極限状態だ。時間も無いぞ?」
「だからこんなんじゃないんですっ!」

ほとんど涙目で、キッと睨みつけられる。

「ことごとく乙女の夢を否定してくれる方ですわね、あなたも……!」
「何のことだ?」
「副司令、自分で言うのも何ですけど。私、これでも16歳なんですの! 夢を見たい年頃ですわ!」
「よく分からんが、夢があるのは良い事だ。それが叶うように、鋭意努力するのだな」
「だからあなたが、片っ端からぶち壊してるんですっ!」

何が悲しいのか、さっぱり分からない。
と、その時――――。


ドドドドドドドドドド……


「やっほー、副司令! うわ、本当にミント抱いてる! きゃー、このイロオトコッ!」
「……こんにちは、副司令、ミントさん……。本日はお日柄も良く……」

また厄介な奴らが来た。
なぜだか異様なテンションのフランボワーズ少尉と、なぜだかその背におんぶされているアッシュ少尉だった。

「聞きましたよー、なんでもミントを抱いて愛の逃避行なんですってね!」
『はぁ!?』
「……お子さんができたそうで……。もう名前も決まっているとか……」
『はああっ!?』

俺とブラマンシュ少尉は、ハモって疑問符を浮かべる。

「何だそれは、いったいどこからそんな話が!?」
「えー? みんな言ってますよ、ほらそこの人たちも」

そう言ってフランボワーズ少尉が示したのは、休憩所で固まっている装備部の男達だった。

「おい聞いたか、あの副司令がミントさんを食べてしまったらしいぞ」
「そうそう。嫌がるミントちゃんをレンジに放り込んで、無残にもチン、と」
「俺は丸焼きにされたって聞いたぞ」
「バカだなぁお前ら。そっちの『食べる』じゃないっての。これだからガキは困る」

「じゃ、あっちの『食べる』か? 変じゃないか、調理場に入って行ったって話なんだぞ?」
「そこはそれ、キッチンプレイってやつなんだろ」

とんでもないデマが流れていた。

「い、いろんな意味や趣向で食べられてるんですのね、私……」
「お前らーッ!」
『うわあ』

なぜかバカにしたような悲鳴を上げて、そいつらは蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
くそ、逃げ足の早い奴らめ。
フランボワーズ少尉が、ガッカリしたように言う。

「なんだ、違うんですか?」
「違うに決まってるだろう! 俺達はただ走っていただけだ!」
「……子供というのは、一緒に走ると出来るものなのですか……?」
「そこから離れて下さい! そんなことで出来るんだったら、皇国中が大家族スペシャルですわっ!」

ブラマンシュ少尉に否定され、アッシュ少尉は目をしばたたかせた。

「………………」

目を伏せて、何事か思案にふける。
やがて顔を上げて、言った。

「そういえば……子供というのは、どうすれば出来るのですか……?」
『え』

俺達は、思わず足を止めてしまった。
気まずい沈黙が広がる。

「不思議です……。赤ちゃんは、いつの間に母親のお腹の中に入るんでしょう……?」
『あ、あ〜〜〜……』

ヴァニラ・H(アッシュ)少尉、13歳。
保健体育で習うのも微妙な頃か……。

「あ〜、それはだな……こう、コウノトリが運んできて……」

アッシュ少尉は不満そうに首を振る。

「……私は、そこまで子供ではありません……」

ダメか。
こんな嘘に引っかかるほど子供ではなく、しかし本当の事を知っているほど大人でもなく、か。
ええい、中途半端な。

「……知りたいです……教えてください……」

俺を見つめる、純粋無垢な瞳。
アッシュ少尉、うかつな発言はしない方が身のためだぞ。

とりあえず『銀のエンジェルを5枚集めると、郵送されて来るんだ』とデタラメを吹き込んでおいた。

「……なるほど。だからミントさんはいつもチョコボールを……。副司令との子供が欲しかったのですね……」

合点がいったらしく、アッシュ少尉は満足気だ。

「あの、なんか物凄い誤解をされてるような気がするんですが……」
「気にするな。いずれ分かる事だ」
「あ〜あ、副司令ったらまた、いたいけな少女を騙して」
「ものすごく悪い奴みたいだな、俺は!?」

皆のために苦しい場面をしのいだというのに、理不尽な仕打ちだった。

「あの……」

アッシュ少尉がまた口を開く。

「今度は何だ。金のエンジェルなら双子が大当たりだ」
「いえ、そうではなく……タクトさんを追わなくてよろしいのですか……?」

言われて気が付く。
タクト達とはぐれてしまっていた。

「あ〜あ、はぐれちゃったわね〜」
「のんびり言うな! 今まで何のために走っていたんだ、俺達はっ!」
「あーもう五月蝿い。はぐれちゃったもの、しょうがないでしょ」

フランボワーズ少尉はアッシュ少尉を降ろして、のん気に言った。

「とりあえず休憩しません? 副司令も走りっぱなしで疲れたんじゃないですか?」

「む……」
「中央ホールが近いですね。ジュースでも飲みましょうよ」

言うが早いか、さっさと歩き出してしまう。
確かに俺も疲れていた。
まあ、今さら怒ってもしょうがないか……。
そう思った時だった。

「……もうよろしいでしょう? 私も降ろして下さいな、副司令……」

ふと、腕の中でブラマンシュ少尉が呟いた。
なぜだか、妙にしおらしい。

「あ、ああ。そうだな」

言われた通りに降ろしてやると、彼女はそのままトボトボと歩き出した。
様子が変だ。
大きな耳が、ペタリと伏せられている。ひどく寂しげな背中だった。

「……ブラマンシュ少尉?」
「はい」
「どうした? 急に元気が無くなったな?」

本当に急だ。
不思議に思って尋ねると。

「いえ……ふと、我に返ってしまいまして……」
「?」
「放っといて下さいな……これでも私、落ち込んでるんです」
「落ち込んでる? なぜ」
「申し上げましたでしょう……? 初めてだったんです。生まれて初めての、告白だったのに……」

ふいと言葉を途切れさせて、また歩き出してしまう。
俺は慌てて後を追った。




俺とフランボワーズ少尉で並んで、自販機の前に立つ。
アッシュ少尉はすぐそこのソファーに座って待っている。
で、ブラマンシュ少尉はと言うと――――。

「………………」

遠く離れた、ホールの隅のベンチに居た。
声をかけてもこっちへ来ようとしない。
人間というのは、傷心になるとなぜ部屋の隅に身を寄せたくなるのだろう?

「ええと、アタシがコーラで、ヴァニラがフルーツ牛乳。副司令はどうします?」
「スポーツドリンクでいい」
「はいポカリね。ミントー? いつまでイジけてんのよ。あんたは何にするのー?」

「メロンソーダだろ」

俺はさっさとボタンを押す。
ブラマンシュ少尉はベンチに座ったまま、ジッとこちらの様子を伺っている。
まるで見知らぬ人の家に連れて来られた猫のようだった。

「ふう」

俺は溜め息をついて、彼女のもとへ歩いて行った。
警戒して身を固くする彼女の前に立ち。

「ほら。君も飲むといい」

持ってきた缶を差し出す。
缶のラベルを見た彼女は、驚いた顔をした。

「メロンソーダ……」
「嫌か? なら別のものを」

彼女は俺を見上げた。
何やら熱っぽい、何かを期待するように潤んだ瞳。

「……覚えていてくれたんですの……?」
「ん? 何をだ?」

何のことか分からずに、俺は首を傾げる。
すると途端に、彼女は不機嫌になった。

「何でもありませんっ! もういいですわ!」

俺の手からメロンソーダを奪い取り、ホールの反対側の隅まで走って行ってしまった。

「あ〜あ、何やってるんですか、副司令」

フランボワーズ少尉とアッシュ少尉が歩いて来た。

「どうするんですか? またあっちまで行くんですか?」
「いや……今は刺激しない方が良さそうだ。とりあえず、一息入れよう」

仕方なく、こちら側3人で座ってジュースのプルタブを開ける。

「……それにしても……」

何気なく、アッシュ少尉が口を開いた。

「副司令、よくミントさんの希望がメロンソーダだと分かりましたね……」
「ん?」
「そうそう。アタシが訊こうとしたそばから、さっさと買っちゃうんだもん。ミントがメロンソーダ好きだって知ってたんですか?」
「いや、それは……」

言われて初めて、自分の行動に疑問が沸いた。
そういえばそうだ。
なぜ俺は、ブラマンシュ少尉にメロンソーダを買ってやったのだろう?
彼女の希望を聞いたわけでもないのに。
ただあの時、奇妙な確信があったのだ。ブラマンシュ少尉にはメロンソーダだと。
……なぜだ?

「むぅ……?」

なぜ俺は、彼女の好みを知っていた?

「分からないんですか?」
「分からん。なぜだろうな」

フランボワーズ少尉は肩をすくめる。

「そもそも、なんでミントは今、あんなにご機嫌ナナメなんですか?」
「それも分からん。なぜだろうな」
「………………」

呆れ顔をされる。

「ま、いいです。ところで副司令、なんでミルフィーとタクトは追いかけっこなんてしてるんですか?」
「ん? 知らないのか」
「知るわけ無いじゃないですか」

噂が飛び交っている割には、肝心な情報が流れていない。
まあ、噂なんてそんなものか。
俺はかいつまんで説明してやる。

「なんでミルフィー、怒ったんですか?」
「分からん。それを知るために、桜葉少尉を追っていたのだ」

今度こそ呆れたらしい。
フランボワーズ少尉は溜め息混じりに言った。

「あれも分からんこれも分からん、分からない事だらけじゃないですか」
「……そうだな。その通りだ……」

もはや苦笑するしか無い。
俺には何も分からない。何一つ理解できず、未だに何一つ解決できていない。
ここまで自分が無能だと感じたことは無かった。

「もー、そこで落ち込まないで下さいってばぁ。タクトがミルフィーにかかりっきりなら、今は副司令が頼りなんですよ?」

フランボワーズ少尉は俺の肩をバシバシと叩く。
おそらく、これが彼女流の励まし方なのだろう。

「ああ、そうだな」
「頼みますよ? アタシ達に出来ることがあれば、協力しますから」

親愛の情がこもった、温かな笑顔。
まさかこの俺が、女に励まされる日が来ようとはな。
屈辱だと思ったが、なぜか同時にありがたかった。

「……副司令、少し考えたのですが……」

今度はアッシュ少尉が言った。

「ブリッジに行きませんか……?」
「ブリッジ? なぜだ?」
「……そこならタクトさん達も見つけやすいのではないかと思ったのですが……」
「あ」

そういえばそうだ。
ブリッジなら誰がどこに居るのか、モニターで一発だ。
それに人手が必要になれば、放送1つで召集もかけられる。

「冴えてるじゃない、ヴァニラ」
「……お役に立てましたか……?」
「ああ、助かった」

俺がうなずくと、無表情にうっすらと彩りを飾るような、淡い微笑みが浮かぶ。

「よし、ではさっそく向かうとしよう」
「はーい。ミントー、これからブリッジに行くわよー」

フランボワーズ少尉が呼びかけると、遠くでブラマンシュ少尉はコクリとうなずいた。
皆でホールを出ようとして。
俺のもとへ戻ってきたブラマンシュ少尉が、ふと呟いた。

「副司令」
「ん、何だ」
「……ハンプティダンプティって、ご存知ですか……?」
「?」

彼女は悲しそうに目を伏せる。

「……いえ、つまらない事を言いました。忘れてください」

そして前を行く2人を追って、走って行ってしまった。

「ハンプティ……何?」

俺は独りごちる。
彼女はいったい、何が言いたかったのだろう?

「副司令ー? 何してるんですか、置いて行きますよー?」
「ああ、いま行く」

まあ、今考えても仕方がないか。
俺も彼女たちに追いつくべく、走り出したのだった。






(第14話につづく)