この物語は、女性ばかりが目立つ世界にあって、たった一人古き良き時代の男の
魂を受け継ぎ孤軍奮闘する、レスター・クールダラスの日常を描いた物語である。
生まれる時代を間違えた、青い目のサムライ。その孤高の生き様が、一人でも多
くの眠れる男達の胸に響かんことを……。

 

 

 

GA男塾

第15話『塾長、貼る』


(今回は基本に帰ってみました)

 

 

 


『愛などいらぬ! 愛ゆえに、人は苦しまねばならぬ!』

『ひ……退かぬ! 媚びぬ! 顧みぬ! 帝王に逃走は無いのだーーーっ!!』

『言えぬ! それだけは死んでも言えぬ! 愛を帯びるなど、わが拳には恥辱!!』

『はああ!! わが生涯に一片の悔いなし!!(ドコーン)』

 

「……むぅ……」

俺は読んでいた漫画本を閉じ、しばし読後の余韻に浸った。
もう漫画など読む歳ではないと承知しているが、この漫画だけは別格だ。

感動した。
これだ。
これなのだ。
これこそ、男の生き様というものだ。
峻烈なる熱き男達、その言葉の1つ1つが、俺の魂を震わせる。

携帯通信の呼び出しが鳴った。

「俺だ。どうした」
「副司令、マイヤーズ司令がお呼びです。至急ブリッジへお越し下さい」
「了解した。すぐに行く」

タクトの奴め、何の用だ。
俺は漫画本を棚の奥に隠し、ブリッジへと向かった。






そもそも、最近の俺はおかしかったのだ。
俺は廊下を歩きながら考える。
何かというと惚れた晴れたの、色だの恋だの、女に振り回される毎日。
俺はこんな奴ではなかったはずだ。

「俺としたことが……」

浮ついた感情に流されるなど、心のどこかに油断があったのに違いない。猛省しなければ。
男の人生に愛など不要。うむ、良い言葉だ。
そんなことを考えているうちに、ブリッジにたどり着く。


シュッ


「踊ろう、レスター」

目の前でタクトが、白い歯を輝かせながら手を差し伸べていた。

「……断る」

いきなり何なんだ、こいつは。
タクトは俺の言葉にショックを受けたかのように、後ろへよろめく。

「そ、そんな。レスターがオレの誘いを断るなんて……」
「普段は受けてるみたいに言うな」
「思い出すんだ! 士官学校のプリマと呼ばれたお前はどこへ行ったんだ!」
「いつ呼ばれた! 誰がプリマだ!」

ココとアルモが何やらヒソヒソと話している。
そんな目で俺を見るな。

「そうか分かったぞ。お前、さては偽者だな!?」
「偽者って何だ」
「オレのレスターをどうしたんだ」
「誰の俺だと?」
「埋めたのか?」
「聞け」

俺はブーメランフックを縦に放つ要領で、タクトの頭に拳骨を落とす。


ごつん


「にゃあ」

明らかに間違った擬音を発しながら、タクトは昏倒する。
悪は滅びた。
俺はココとアルモに振り返って尋ねる。

「……で? このバカは何をこんなに舞い上がってるんだ」
「これです」

2人は手元に丸めてあったポスターを広げ、俺に見せた。

 

       『 すごいぞ僕らのエルシオール   ダンスパーティー開催!!

            日時:次回補給ポイントに到着して2日目の夜

            場所:次回補給ポイント○○惑星センターホール

        男女ペアで全員参加、気になるアイツや可愛いあの娘に急接近する大チャンス! 
        男ならやってやれ、女なら魅せてやれ。乾坤一擲、死して屍拾うもの無し!   』

 

「ダンスパーティー、だと?」
「ついさっき中央幕僚会議で決まったらしいんです」
「のん気なものだ」

クーデターの方はいいのか。
やる気あるのか、中央の連中は。

「で、ポスターがたくさん転送されて来ました。エルシオールの目立つところに張っておくようにと」
「くだらん。そんな事をやってる場合か」
「命令ですよ?」

どんな命令だ。

「命令じゃしょうがないよなあ、レスター!」

いつの間にかタクトは復活していた。
ポスターの束を小脇に抱え、すでに画鋲やセロテープも準備完了である。

「さっそく張りに行くぞ」
「俺達がやるのか? 誰か、手空きの者に言って」
「ダメダメ。ミルフィーのためにも、ここはオレ自らが働くんだ。つきあえ」
「ものすごく利己的な理由だな」

仕方なく、俺達はパーティー告知のポスターを張りにブリッジを出た。
……なんて任務だ。

 

 

廊下を歩いていると、桜葉少尉に出会った。

「あ、タクトさん。ランファ見ませんでしたか?」
「ランファ? ランファなら、さっき四次元に吸い込まれてしまったよ」
「そうなんですか。困ったなあ、せっかくケーキが焼けたのに」
「連れ戻してくればいいじゃないか」
「四次元の入り口って、どこにあるんでしょう?」
「そこ。どれ、行ってきてあげよう。そこ開けて」
「わあ、ありがとうございます」

「………………」

この2人、つきあい始めてから更に拍車がかかったな。あっちの方に。
桜葉少尉がダストシュート(ゴミ箱)のフタを開け、タクトがもぞもぞと中へ入って行こうとしているのを見ながら、俺は腕組みして
考えていた。

「とりあえず、危ないからよせ」

とりあえずツッコんでみる。
ダストシュートは超高圧圧縮機に直結していて、捨てられたゴミは原子レベルにまで分解されて、宇宙に排出される事になっている。
人が入ると、とても危険だ。

「レスター」

タクトは言った。
すでに上半身を突っ込んでいる格好なので、まるで壁に喰われているみたいに見える。

「止めるな。男にはな、たとえ死ぬと分かっていても、やらなきゃならない時があるんだ」

セリフだけ聞けばカッコいいのだが。
壁に喰われている姿ではあんまりカッコよくないぞ、友よ。

「タクトさん、死んじゃ嫌です……」

そしてなぜか、目を潤ませている桜葉少尉。

「心配いらない、待っててくれミルフィー。そうだ、帰って来たら一緒に海へ行こう」
「はい。私、お弁当作りますから……待ってますから……」
「ふ、楽しみだよ」
「約束ですよ……絶対に約束ですよ……」

何を盛り上がっているんだ、この2人は。
それからしばらく、沈黙が流れる。

「行かないのか?」

止まっているタクトに俺は呼びかける。

「……えーと」

困るくらいなら最初からやるなよ。

「どれ、手伝ってやろう」
「うわ、馬鹿、レスターやめろ! 落ちる落ちる」
「勇敢な友を持って、誇りに思うぞ」

タクトの両足を抱えて、ダストシュートに押し込む。

「イイイヤッホオオオォォゥ!」

奴はなぜか歓声を上げて落ちて行った。







で、俺は1人でポスター張りを続けていたのだが。

「はっはっは〜。どうだいミルフィー、タコだよ〜」
「わーい、タコです〜」

クジラルームに行くと、さも当然のようにタクトと桜葉少尉が釣りをしていた。

「……なぜ?」

俺はそれだけしか呟けなかった。
あまりにもツッコミ所があり過ぎて。

「おお、レスターじゃないか。見てくれよ、大漁だぞ」
「副司令、見て下さい。タコです〜」
「お前、なぜ生きているんだ……?」

そしてなぜタコを釣っているんだ?

「はっはっは、冗談きついぞレスター。まるで俺が生きてちゃいけないみたいじゃないか」
「タコですよ〜、副司令」

いや、いけないだろう。
超高圧圧縮機にかけられて、原子レベルに分解されて、宇宙に排出されて。
それで生きてちゃいけないだろう。人として。

「お前は不死身か……? いや、人間なのか……?」
「副司令、タコ〜」
「医学チームに解剖を依頼して……いや待てよ、お前そのものがロストテクノロジーの可能性も……」
「副司令がタコ〜」
「桜葉少尉、すまないがちょっと黙っててくれ」

釣り上げたばかりのタコを手に、まとわりついてくる桜葉少尉を軽く制する。
だいたい、俺がタコって何だ。

「ミルフィーを邪険に扱うとは許せん!」

タクトが狂犬のようにギャンギャン吠えてくる。

「副司令、タコ嫌いなんですか?」

桜葉少尉は桜葉少尉で、今にも泣きそうだ。
ええい。この状況、どうしろと。

「好き嫌いの問題じゃない。君こそ、なぜそんなにタコにこだわる」
「好きだからです」
「……好きなのか? タコが」
「そうですよ。変ですか?」

変だ。

「よしなよミルフィー。しょせんレスターなんて、愛も知らない哀しい男なんだから」

タクトが悟った風な口をたたいてくる。
こいつに言われると、何となく腹が立つ。

「お前は知っているとでも言うのか」
「当たり前だ、俺は愛の検定準1級だぞ。これで就職の面接試験もバッチリだ」
「タクトさん、すごいです〜」
「いやあ、それほどでも」

めまいがしてきた。
こいつら実は遠い異次元からやってきた、怪人Xなのでは?
怪人Xって何者か、俺も知らないが。

「レスター、全ては愛なのさ。ああマイラブ、フォーエバー……」

こしゃくな。
お前らの好きにはさせんぞ、3次元は俺が守る。

「今からでも遅くないぞ。お前のろうそくにも愛の灯火を」
「愛などいらん」

俺は切って捨てた。
漫画のセリフだが、あんがい使い勝手が良かった。

「愚かな選択だな、レスター。愛さえあれば、ごはん3杯はイケると言うのに」
「ふん。塩だけで食ってやるさ」
「副司令、そんな哀しい事……」
「ええい言うな。愛を帯びるなど、我が人生には恥辱なのだ」

俺はクルリと2人に背を向ける。

「もういい。俺は仕事に戻る、お前らはそこでタコに愛でも語らっていろ」
「副司令……」
「もういいよミルフィー。へん、お前に言われなくたって、思う存分語らってやるさ!」

憎まれ口を叩いてくるタクト。
桜葉少尉には同情する、あんな男に見初められるとは。
俺は靴音も荒くクジラルームを出て行った。

やはり愛とは危険なのだ。

 

 

「おんやぁ、色男じゃないか。こんな所で何やってるんだい?」

Dブロックの廊下にポスターを張っていると、部屋から出てきたシュトーレン中尉が声をかけてきた。

「……まさかとは思うが、俺のことか」
「ん? なんだい、ご機嫌ナナメだねぇ」

威圧的に睨みつけてやっても、飄々とした顔で近づいてくる。

「どうしたんだい。上官に小言でも言われたかい?」
「別に」
「じゃあ何だい? あんまりストレス溜め込むのは良くないよ」
「溜め込みたくて溜め込んでるんじゃない。タクトの奴が……」

言いかけて、俺は黙り込んだ。
次に自分が言おうとした言葉に、ふと我に返ってしまったのだ。


―――― タクトの奴が、タコで愛を語るから腹が立った。


意味不明だ。
一歩間違えば、俺の方が正気を心配されかねん。

「……異次元からの侵略を阻止していたんだ」
「なんだいそりゃ」

シュトーレン中尉は呆れ顔をするが、すぐに気を取り直してポスターを覗き込んできた。

「へえ、ダンスパーティー」
「ああ。まったく呑気なものだ。これだから現場を知らん中央の連中は……」
「まぁいいじゃないか。で? 色男は誰を誘って行くんだい?」
「その呼び方はやめろ。俺が行くわけないだろう、ブリッジの当直でもやってるさ」
「でもコレ、全員参加って書いてあるよ?」
「なに?」

もう一度、ポスターの文面を見てみる。
確かに書いてあった。あまつさえ下の方に、『欠席者には処分あり』とまで明記してある。
ダンスパーティーに参加しなければ、処分。
どんな軍隊だ。

「主催は……ああ、ジーダマイヤ将軍。欠席したら、方面総監の顔に泥を塗ることになるってわけだ」
「くそっ」

上に対する返答はYesしか有り得ないのが軍隊の辛い所だ。
吐き捨てる俺を、シュトーレン中尉は面白そうに眺めていた。

「どうするんだい?」
「行くしか無かろう。こんなつまらん事で処分を受けるのも馬鹿らしい」
「パートナーのアテはあるのかい?」
「………………」

一瞬浮かんだ少女の顔を、俺は首を振って打ち消す。
いかんな、俺はどうも彼女を頼るのが癖になってしまっている様だ。
最近ではロクに言葉も交わしていないと言うのに。

「その様子じゃ、無いらしいね。だったらさ、私が一緒に行ってやろうか?」
「……む?」
「相手、居ないんだろ? あんたは上背があるし、ダンスを踊るにも相手が務まる女は限られてくる。その点、私だったら問題無しさ。ほら」

シュトーレン中尉は俺に寄り添うように並んだ。
体が密着する。
互いの顔は、互いの吐息がかかるほど間近だ。

「………………」
「………………」

しばし、沈黙したまま見つめ合う。
何だ? この間は。

「なあ色男、知ってるかい?」
「何をだ」
「私とあんた、同い年なんだよ」

さり気なく、俺の左腕に自分の右腕を絡めてくる。
その目はまるで舌なめずりをする猫のように、妖しげな光を放っている。

「パートナーとしちゃ、条件の揃った女だと思わないかい?」
「……何の真似だ」
「あんたを誘惑してる」
「自分で言うのか」
「言わせるあんたが無粋なんだよ」

愉しげに言う。
このへんの余裕は、桜葉少尉や他のメンバーには真似のできない芸当だな。
誘惑か。ふん、まあいい。
少しだけ乗ってやるとするか。

「確かに、条件はいいな」
「だろう? どうだい、あんたいい男だから安くしとくよ?」
「そのセリフは余り頂けないな。誘惑するのなら、もう少し色気のある言葉を使った方が良い」
「悪かったねぇ。もとがガサツな女なんだから、それくらい大目に見なって」

やってみると、なかなか楽しい遊びだった。
互いに冗談と分かった上で交わす会話が、実に小気味良い。
こういう女なら、愛だの何だの肩苦しくなくて良いかも知れんな。

「そうだな。とりあえず、現時点での最有力候補にしておいてもいいぞ」
「偉そうに。主導権は私にあるんだって事、忘れないでほしいねぇ」
「ふっ、したたかな事だ。頼りにしている……これでいいのか?」
「あんたにしちゃ上出来だ、その程度にまけといてやるよ」

ふと、シュトーレン中尉が俺から目線をそらした。
俺の背後をチラリと見やる。

「……と、思ったけどやっぱりやーめた」
「ほう。なぜだ?」
「だって後ろのお嬢さまに、今にも呪い殺されそうだからね」

俺は後ろを振り返る。
が、別に誰の姿も見えなかった。

「誰も居ないじゃないか」
「居るって。ほら下、下」

言われてもう一度振り返り、さっきより視線を下に移動させる。

「うおっ……?」

驚いた。
いつの間にか、そこにブラマンシュ少尉が居たのだ。
灯台下暗し。全く気付かなかった。

「うっわ、色男。そのリアクション、すげー失礼だよ」

わざと煽るようにシュトーレン中尉は言う。
明らかに面白がっていた。
くそっ、これが狙いか!

「………………」

言葉もなく俺を見上げるばかりのブラマンシュ少尉。
凍りついたような表情。
いや、あるいは泣き出す寸前のようにも見える。

「いや、すまん――――」

背が低くて気付かなかった、と言おうとして、寸前で思い止まる。
相手の身体的特徴をあげつらうなど、失礼ではないか。


すまん、君が視界に入っていなかったんだ。


これもダメだ、同じ事ではないか。
ブラマンシュ少尉は怒ったような、哀しんでいるような目で俺を見ている。
早く、早く何か言わねば――――!

 

「いや、すまんブラマンシュ少尉。眼中になかった」

 

……ん?

 

言った直後に、自分のセリフにものすごい違和感を感じた。
ブラマンシュ少尉は大きく目を見開き、ひくっ、と1回しゃくり上げた。
その目に、ぶわっと沸き立つように涙が浮かぶ。
ま、まずいっ――――!


「どっ……どうせ私なんてっ!!!」


まずいと思った時には手遅れだった。
ブラマンシュ少尉は素早く身を翻し、脱兎の如く逃げ出してしまった。

「しまった……っ!」
「あんた何てこと言うんだい!」

さすがにシュトーレン中尉も血相を変えて怒鳴る。

「違うんだ。俺は単に、姿が視界に収まっていなかったと言いたかっただけで、決してそんなつもりでは……」
「ああもう、言い訳はいいから! 追うよ!」

俺達は慌てて、ブラマンシュ少尉が走り去った方へ駆けた。






が、曲がり角を曲がっても、すでに彼女の姿はどこにも無かった。

「まずったなぁ。チョーシに乗り過ぎたかぁ〜」

シュトーレン中尉は困った顔で言う。

「あんた失言にも程があるよ。ちょっとした冗談のつもりだったのに」
「うむ……すまん」

元はと言えばお前が、などど見苦しい責任転嫁をするつもりは無い。
確かに俺の失態だ。

「姿が見えなかったので失礼した、という事を言いたかっただけなのだ」
「それが何で、よりにもよって『眼中になかった』になるんだい」
「自分でも不思議だ。お前と遊んでいるところにブラマンシュ少尉がいきなり現れて、焦ってしまったようだ」
「焦った? あんたがかい?」

シュトーレン中尉は少し驚いた様子で、しげしげと俺の顔を覗き込む。

「ふーん……」
「何だ?」
「べっつにぃ。何だかんだ言って、入り込む余地ナシって感じだなぁ〜ってさ」

何のことだ?

「で、どうすんだい?」
「どうするもこうするも。俺が失言を詫びる、それしかあるまい」
「聞いてくれるかねぇ」
「分からん」

ブラマンシュ少尉が去った方向を見つめる。

「まぁタイミング良かったかもね」
「ん?」
「スパッと謝って、アレに誘ってみなよ。どん底状態な分、一発逆転になるかもよ」

そう言って親指で後ろを差す。
振り返って見ると、その先には壁に貼ったポスターがあった。

「ダンスパーティー、か」

強制参加、パートナー同伴の絶対条件。

「………………」

そうだな。
案外、こういうキッカケでも無いと行動を起こせないのかもな、俺という人間は。
今回の失言は、確かに大きな失敗だった。
状況は極めて厳しいが――――。


俺の中で、1つの決心が固まりつつあった。

 


(第16話につづく)