この物語は、女性ばかりが目立つ世界にあって、たった一人古き良き時代の男の
魂を受け継ぎ孤軍奮闘する、レスター・クールダラスの日常を描いた物語である。
生まれる時代を間違えた、青い目のサムライ。その孤高の生き様に、今、ほんの
小さな変化が訪れる……。

 

 

 


GA男塾


最終話『塾長、宣言する』


 

 

 

 


ダンスパーティー当日。
すでにエルシオールは着港している。あと3時間もすれば会場に出発である。
各部署からの最終報告も無事に終わり、俺は自室でくつろいでいた。
新聞を読んでいると、来客を告げるチャイムが鳴った。
誰だ?
俺はドアに近づき、ロックを解除する。

「いえーい、ノってるかい? 色男」

シュトーレン中尉だった。
ウインクなどしながら、俺に向かって親指を立てる。
なぜかギターを担いでいた。

「………………」


ピシャ


「こ、こらこらこら! 無言で閉め出すなっ!」

焦った声と共に、扉がドンドンと激しく叩かれる。
俺は再び扉を開いてやった。

「あーもう、いきなり何するんだい。やってるこっちが恥ずかしいじゃないか」
「と言うか、何をしているんだ」

似合わないウインクまでやって。

「ごあいさつだねぇ。なんだい、あんたなんてウインクできないくせに」
「余計な世話だ。そのギターは?」

尋ねると、ニヤッと笑われた。
ボロロン、とかき鳴らして。

「チッチッチ、分かってないねぇ。これはベース。低音の魅力って奴さ」
「そうか。じゃあな」


ピシャン


「こ、こらこらこらーっ!」

ドアが乱打される。
俺は三度、ドアを開けた。

「何だと言うんだ」
「そりゃこっちのセリフだっての!……もういい、本題に入る。艦内で有志を募ってさ、バンドを組んだんだよ。まあダンスの合間の、ちょっとした余興さ。盛り上げてやるから期待してなよ」

やる気満々の様子でそう言い、にわかに顔を寄せてくる。
ひそひそ話のようにしながら。

「で? もうセリフは考えてあるんだろうね?」
「セリフ? 何のセリフだ?」
「何って、会場で初めてパートナーと顔を合わせた時に言うやつだよ」
「………………」

俺は沈黙する。
そんなセリフが要るのか? 初めて知ったぞ。

「会場に着くだろ? ドレス姿のミントに会うだろ? ほい、そこでミントに言うセリフは?」
「む……その……今日はよろしく頼む、とでも」

シュトーレン中尉は全身で落胆を露わにする。

「あ〜、やっぱ考えてなかったんだね。そんなことじゃないかと思ってたんだよ」

くそ、悪かったな。いま初めて知ったんだから、仕方ないだろう。
俺は憮然とするが、彼女はそんな俺をフォローするように肩を叩いてきた。

「様子を見に来て良かったよ。今ならまだ間に合う。無い知恵しぼって、考えるんだね」

……ん?
ひょっとして、俺が恥をかかないようにと教えに来てくれたのだろうか?
確かに俺は、今までこういった催事は辞退してばかりで、作法など何も知らなかったから。
不覚にも、ちょっと感動してしまった。

「分かった。時間まで考えてみよう」
「いい返事だ。期待してるからね、ミントがコロッといっちまうような殺し文句を1つ、ブチかましてやんな」

シュトーレン中尉はベースの調子を確かめるように鳴らしながら、去っていった。
その背中を見送ってから、俺は考える。
しかしセリフか。弱ったな……。

「タクトの奴は、考えているんだろうか」

あいつに頼るのは癪だが、参考くらいにはなるかも知れない。
俺は司令官室に向かうことにした。




食堂付近でフランボワーズ少尉に出会った。

「おっ。出たわねー、副司令」
「化け物の登場みたいに言うな」
「ふふん、スカしちゃって。それでもちゃっかりミントは落としてるんだからね〜、油断も隙もありゃしない」

ニヤニヤしながら俺に近づいてくる。
すでにドレス姿である。
普通、女性は会場で着替えるのだが、気が早いことだ。

「用事があるんだ。悪いが、どいてくれ」
「おーっと、そうは行かないわ。残念だけど、ここは通行止めなの」
「……なに?」

路地裏のギャングみたいに立ち塞がり、不敵な笑みを浮かべるフランボワーズ少尉。
ダンスパーティーに浮かれるあまり、頭の中で変なスイッチが入っているらしい。
危険を感じた次の瞬間。

「あなたの旅はここで終わりなのよ! 食らえっ、一文字流星キーック!」
「くっ……!?」

凄まじい一撃を、かろうじてかわす。

「いきなり何をする! ドレスで跳び蹴りする奴があるかっ!」
「ここを通りたければ、アタシを倒す事ねっ! でなければアタシに肉まんを買って来なさい!」
「おのれっ!? 何という理不尽な……!」

どうでもいいが、やけに落差の激しい2択である。
意味不明なハイテンションの彼女に、俺は猛然と抗議する。
しかし、こういうノリはどこかで……?

「浮かれるのは構わんが、人を攻撃するな!」
「無茶言わないで! 楽しみで楽しみで、もうアタシは死んでしまいそうよ!」
「死んでくれ、むしろ今すぐ! 艦内の平和のために!」
「冗談じゃないわ、アタシには待っている友達や家族がいるのよ! アタシはまだ死ねない!」

何のドラマだ、一体。
しばし激しい打撃の応酬。
ああそうだ。このノリは、タクトのバカと一緒にいる時なのだ。

「……タクト化現象?」

むしろタクト菌が蔓延しているのかも知れない。
艦内感染。恐ろしい事態だ。

ドカァッ

「ぐはっ」

渾身のボディーブローを受け、俺は床に崩れ落ちる。
うつ伏せに倒れた俺を、フランボワーズ少尉が見下ろしてくる。

「勝負あったわね」
「ぐっ……殺せ」
「遺言があれば、聞いてあげるわ」

俺は溜め息をついた。

「……肉まんだったな。烏龍茶もつけてやる」
「副司令、最高です」

それなりに屈辱だった。




コンビニでフランボワーズ少尉と別れ、ブリッジへと向かう。
まったく、どいうもこいつも浮かれすぎだ。
タクトのバカではあるまいし……。


チュイイイイィィィン、ガガガガガガッ ガリガリガリッ!!


前方から騒々しい音が聞こえてきた。
何だ、工事でもやっているのか?
俺は曲がり角から首を出して見てみる。

「はっはっは〜。楽しい、楽しいぞ〜〜〜」

……菌の親玉がいた。
タクトがなぜかドリルを手に、エルシオールの通路に大穴を開けていた。
傍らでは桜葉少尉が床にビニールシートを敷き、そんなタクトをニコニコと見守っている。

「こらこらこら! 何をしている!」

俺は急いで駆けつけた。
タクトは手を止め、さわやかに労働の汗を拭う。

「何だ、レスターか」
「何だレスターか、じゃない。何をしているんだ」
「調子いいぞー。ガンガン掘れてるさ」
「だから、なぜこんなところを掘っているんだ」
「いやあ、ダンスが楽しみでジッとしていられなくてさー」
「ジッとしていろ!」

なんて迷惑な奴だ。
俺は後ろを振り返り、シートに座っている桜庭少尉を見やる。
周りに弁当を広げ、水筒でお茶。そこだけ行楽日和である。

「副司令、こんにちは」
「こんにちはじゃないだろう。君も、見ていないでタクトを止めないか」

彼女はニッコリと、菩薩のような微笑みを浮かべる。

「止めようとは思ったんですけど。なんだかタクトさんがあんまり楽しそうだったから、無理に止めるのも悪いかなって」

偉大な包容力だった。

「オレの本気を見せてやるぞ。どりゃ」

ちょっと目を離した隙に、タクトが今度は壁にドリルを突き立てる。

「ジッとしていろと言うのに!」

ガキかこいつは。
俺は慌てて、奴を後ろから羽交い締めにする。
桜葉少尉はそんな俺達の様子を眺めながら、

「タクトさんと副司令は仲良しさんですね〜」
「のんびり言ってないで、君も止めろと言っているだろう!」
「ところで副司令、ごはんはいかがですか?」
「桜葉少尉、たまには人の話を聞いたらどうなんだ!」

そうこうしている間にも、タクトは次々と壁に穴を開けている。

「見よ、これぞドリル二刀流」

それどころか、いつの間にか2本に増えていた。

「ふふふ。この艦も、もはやこれまでだな」
「お前が終わらせてどうするんだ!」
「エルシオール絶体絶命の巻。ニンニン」
「なにがニンニンだ! くっ……桜葉少尉、命令だ! 手伝ってくれ!」
「そんな事より、ごはんをどうぞ」
「君はごはん以外の事が頭に無いのか!」

いかん、いかんぞ。
完全にこの2人に翻弄されている。このままでは……。

「男ならドリルで勝負。走り出したら止まらないぜ〜♪」

……やるしか無いのか。
出来れば、この技だけは使いたくなかったが。
俺は意を決し、右手を前に掲げて身構えた。

「俺のこの手が―――― !」

真っ赤に燃えて轟き叫ぶ右手でもって、タクトを粉々に打ち砕く。

「にれをぱっ!」

訳の分からない叫び声を上げながら、タクトは大宇宙の藻屑と化した。
ふう、やったか。
なぜこの技を使いたくないのか?
なぜなら一定のセリフを叫ばないと、なぜだか発動しない技だからだ。

「おお、やったぞ。おかかおにぎりをゲットだ」
「う〜。私はウメボシでした〜」

もっとも、奴は一瞬後には何事も無かったかのように弁当を食っていたが。
……いいがな、別に。分かっていた事だし……。


黄昏れる俺をよそに、2人はやるだけやって満足したようだ。

「さて、穴も掘れたしごはんも食べた。そろそろパーティーの準備をしようか、ミルフィー」
「わ、もうこんな時間ですね。急ぎましょう、タクトさん」

さっさと荷物をまとめて、その場を立ち去ろうとする。

「お、おいこら! ここをどうするんだ!」
「わははは、ミルフィー、戦略的撤退だー」
「わーい、撤退ですー」

踊りながら走り去ってしまった。
後に残ったのは俺1人と、そこらじゅう穴だらけの廊下。

「く、くそうっ!」

そのままにもしておけず、俺はガムテープを取ってきて大急ぎで穴の修繕を始めるのだった。
……泣きたくなってきた。






くそう、くそう、なぜこうなるんだ。
俺は猛然と道を駆けていた。
パーティーはとっくに始まっている。こんな時に限って、タクシーも捕まらない。おまけに雪まで降り出した。
踏んだり蹴ったりとはこのことだ。

「タクトの奴め……っ!」

ようやく会場のセンターホールが見えてくる。
や、やっと着いたか。
俺はスピードを落とし、雪を払いながら中へ入ろうとした。

「……マッチは要りませんか……。マッチはいかがですか……」

入り口付近に、アッシュ少尉が居た。
道行く人々に向かって、なぜだかマッチを売っている。
なかなか売れないようだ。

「………………」

俺はコートの襟を立てて顔を隠し、素知らぬふりで会場へ入ろうとした。


クイッ


引っ張られる。
捕まったか。

「……副司令、こんばんは……」
「……ああ。こんばんは、だ」

よく見れば、パーティーのドレス姿である。
頭にはうっすらと雪が積もっている。
いつからここに居たのだろう? 寒くないのだろうか?

「こんな所で何をしているんだ?」
「マッチを、売っています……副司令、いかがですか……?」
「それは見れば分かる。なぜマッチを売っているのかと訊いているんだ」

1個買ってやりながら尋ねると、彼女は心なしか嬉しそうにしながら。

「……趣味です……」

アッシュ少尉、もっと明るい趣味を持て。

「副司令は……今、ご到着ですか……?」
「ああ。少々用事があってな」
「……遅刻……」
「分かっている」
「……廊下に立ってなさい……」

立たないとダメか?

「今なら水入りバケツのオマケ付き……」
「そんなオマケは要らない」
「……冗談です……」

アッシュ少尉はナノマシンを発動させ、一輪の白い花を作り出す。
それを俺に差し出しながら。

「ミントさんが、探されていました……」
「……そうか」

何も言わずとも、分かった。
俺は素直に花を受け取る。
ブラマンシュ少尉、エスコートもしてやれなかったな。すまん。
1人で会場入りするのは、侘びしかったことだろう。

「早く……行ってあげてください……」
「ありがとう」

礼を言って、別れる。
ダンスホールへと向かう俺に、アッシュ少尉は一言。

「……水入りバケツは……明日、用意しておきます……」

やっぱり立たないとダメらしかった。




大扉を開くと、音の奔流に飲み込まれた。
広大なダンスホール。
きらびやかに着飾り、身を寄せ合って踊る男女。
ワイングラスを片手に談笑する、いくつかのグループ。

「さて」

俺はあてどなく歩きながら、ブラマンシュ少尉の姿を探す。
さすがに広いホールだった。
これは、ちょっとやそっとでは見つかりそうもないぞ。


ジャカジャカジャカジャカ…… ♪


それにしても、ダンスの音楽にしては騒々し過ぎないか?
俺は、ステージの方を振り返った。

「む?」

50人は居るとおぼしき大オーケストラ。
その前に立ち、タクトが指揮棒(タクト)を振っていた。
……なにやってるんだ? あいつ。

「いかん。そんな事よりもブラマンシュ少尉だ」

ツッコみたいのはやまやまだが、俺は敢えて見なかった事にした。
あいつに関わったら、どうせまた面倒な事になるに決まっているのだ。
ブラマンシュ少尉を探して歩く。
すれ違ったウェイターのトレイからカクテルを1杯もらい、喉を潤す。
演奏はますますヒートアップしていく。

「五月蠅いな」

もはや騒音公害かと思うような大音量。
見ればタクトは狂人のように指揮棒を振りたくり、オーケストラは律儀にそれに合わせている。

「うおおおぉぉ、もうしんぼうたまらーーーんっ!」

奇声を発するな。
何を感極まっているんだ、あいつは。
こんなトチ狂った演奏でも、なぜかダンスは盛り上がっているから不思議だ。


やがて、エンジェル隊の姿を見つける事ができた。
ステージの反対側、シヴァ皇子のための特設席。
アッシュ少尉も戻ったらしく、5人は皇子に謁見している所だった。


人混みをかき分け、特設席の下までたどり着く。
シュトーレン中尉が俺に気付いた。
ニヤリとして、ブラマンシュ少尉に何事かささやく。
ブラマンシュ少尉が振り返った。

「………………」

今日初めて見る彼女は、純白のドレスに薄いヴェールを頭にかぶっていた。
まるでウェディングドレスだった。でも、似合っていた。


『もうセリフは考えてあるんだろうね? 会場で初めてパートナーと顔を合わせた時に言うやつだよ』


俺と目が合うと、彼女はニッコリとした。
俺は苦笑する。

「やはり、分からんな……」

恋とは何だ?
いくら考えても分からない。
それでも、ドレス姿の彼女を見た瞬間、心に浮かんだ言葉があった。

「――――――――――――――― !」

階段上の彼女に向かって言う。
が、彼女には聞こえないようだ。


演奏はますます激しくなる。
周囲のダンスもますます激しくなる。
騒音に負けぬよう、今度は叫ぶ。


「―――――――――――――っ !!」


だが、やはり通じない。
彼女のテレパス能力も、人混みの中では妨害が多すぎて用を為さないようだ。
微笑みを浮かべたまま「?」と小首を傾げている。


ふん……よかろう。


俺は開き直った。
おそらく、シュトーレン中尉が教えてくれた『セリフ』とは、ちょっと違うのだろう。
しかし構うものか。
これが俺の、正直な気持ちだ。


タクトがジャンプし、陸に上げられた魚のように床をのたうち回る。
あくまで忠実に、指揮に合わせるオーケストラ。
演奏は狂乱の様相を呈してきた。


ブラマンシュ少尉を見上げる。
肺活量の限界まで、大きく息を吸い込む。
少し恥ずかしいセリフだが、なに、どうせ聞こえはしない。


そして、言葉を発そうとしたその瞬間―――― 。

 


ジャンッ ♪

 


狙い澄ましたように、唐突に演奏が終わった。


なっ!? し、しまっ……!


慌てて口を閉じようとするが、もう遅い。


演奏直後、一瞬の静寂が生まれる、正にその瞬間。


広大なホールの隅々にまで響けとばかりに、俺は思いきり叫んでしまっていた。

 

 

 

 


「必ず、好きになってやるからなっ!!」

 

 

 

 


一瞬の沈黙。

そして―――― 。

 

 


ワアアアアアアアアアアアアァァァッ !!!

 

 

大歓声が巻き起こった。
な、何ということだ、この俺が……!
穴があったら入りたい気分だった。


ブラマンシュ少尉が、ゆっくりと階段を降りてきた。
俺の前に立ち、一言。

「どんな気分ですか?」
「……最悪だ」
「では、このままお帰りになられますか?」

いたずらな目線。

「………………」

俺は息をついた。

「いや。ここまで恥をかいてしまったなら、もう同じ事だ。踊るぞ」

開き直って答えると、満面の笑顔が返ってくる。

「お相手させて頂きますわ、レスターさん」
「む……」
「こんな場でくらい、職務と階級を忘れてもよろしいでしょう?」

万雷の拍手と口笛が巻き起こる。
気が付けば、エルシオールのクルー達が俺達2人を取り囲んでいた。
俺とブラマンシュ少尉は顔を見合わせ、どちらからともなく苦笑を交わす。

「今、気付いたのだが」
「はい?」
「ミントというのは、良い名だな」

彼女はキョトンとする。

「響きが良い。君によく合っている」
「……熱でもあるんですか?」
「ああ、そうかも知れん」

頬を赤くしながら、それでも彼女は嬉しそうだった。

「この分なら、さっきの宣言も期待して良さそうですわね」
「首を洗って待っているんだな」

申し合わせたように、優雅なワルツが奏でられる。

振り返れば、タクトがオーケストラを指揮していた。
チラリとこちらを振り返り、ニヤリとした笑み。

まったく。余計な世話だ、奴め。


「副司令ー、最高ですっ!」
「見せつけてくれるわねっ!」


見上げれば、エンジェル隊の4人の笑顔。

天上から天使達の祝福を受けながら。


「では、ミント」
「はい」


俺は、俺のために地上へ降りてきてくれた天使の小さな手を取るのだった――――

 

 

 


GA男塾・完