敵艦隊見ゆとの報告に接し、エンジェル隊に緊急出動が発令された。
各員、紋章機に乗り込んで出撃準備を始める。
その最中、フォルテがシャープシューターに通信を入れた。
「ちとせ、大丈夫かい?」
うつむいてパネルを操作していたちとせは、物憂げにユラリと顔を上げた。
「大丈夫です……お気遣い無く……」
モニターに映るその顔に、フォルテは顔をしかめる。目の下に大きなくまができ、顔面は蒼白。憔悴のために頬も少しこけて
しまっている。
「あんた、痩せたね……」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「誉めてるんじゃないよ」
「分かってます。でもどうかお気遣い無く、大丈夫ですから」
ちとせは微笑んだ。清楚で上品だったはずの微笑みは、幽鬼のように陰気で虚ろなものに変わり果てていた。
何のためにフォルテが通信を入れてきたかは分かっているだろうに、「大丈夫」の一点張り。まったくもって、生真面目な人間
の「大丈夫」ほど当てにならないものは無い。しかしそれ以上に、生真面目な人間がそれを取り下げる事も無いものである。
フォルテもそれはよく分かっていた。
「……がんばろう。副司令に目に物見せてやろうじゃないか」
だから、敢えて止める事はしない。
今のちとせの敵は無人艦隊ではなく、レスター・クールダラスという男であることが分かっているから。
それが今の彼女の全て。
ギリギリで彼女を支えている最大にして唯一の支柱。そして支えを失った人間がどれほど脆いものか――――それらをよく知っ
ているから。
止められなかった事にホッとしたのか、ちとせはようやく、険のとれた温和な微笑みを浮かべた。
「はい……ありがとうございます。がんばります」
フォルテはシャープシューターとの通信を切ると、すぐさま他の4機に通信を入れた。
「ちとせは出るよ」
その一言に、モニターに映る4人は皆、一様に表情を引き締めた。
「みんな、いいね。今日の主役はちとせだ。全員で、全力で、ちとせをサポートするよ」
出撃する前から、5人で決めた事だった。
ちとせは疲れ果てている。それでも彼女自身がギブアップしない限り、出撃はさせる。その代わり、5人で彼女を守る。全力で。
そして……。
「そしてもちろん、戦いには勝つ」
『了解』
力強くうなずく4人。そしてタクトからの命令が下る。
「エンジェル隊、出撃だッ!」





視界がブレる。敵艦が2重にも3重にも見える。
だが、そこまでが集中力の限界だった。
ダメだ、外れる――――!
屈辱にも似た思いで、ちとせはトリガーを引く。思った通り、シャープシューターの射撃は大きく目標を逸れて行ってしまった。
「ぶっ飛べえええぇぇ、アンカークローッ!」
すかさずランファが猛然と突撃し、その敵艦に大穴を開けて撃破する。
「す、すみませんランファ先輩」
「へ? 何がぁ? 敵はまだウジャウジャいるのよ、ちとせもジャンジャン撃って撃って!」
萎縮しかける彼女を、ランファはすっとぼけとハイテンションで激励する。
「たまにはいいこと言うじゃないかランファ! その通りだよちとせ。一撃必殺もいいけど、やっぱ戦いってのはガンガン撃ち
まくりのタコ殴りってのが醍醐味ってもんだ!」
フォルテはその言葉通りに、自慢の大火力で敵を滅多打ちにしている。およそ華麗さとはかけ離れた、野蛮な戦い方である。
しかし今のちとせには、その暴力的な荒々しさ、野性味あふれる力強さがなぜかまばゆく見えた。
そうかも知れない……。
心に迷いが生じていた。
そう言えば、どうして自分は超長距離からの精密射撃という戦法にこだわっているのだろうか。当たらないと分かっているのに。
第一、的がよく見えていないのに。自分だって、紋章機の操縦能力には自信がある。接近戦を挑んだって、先輩達に負けずにこ
なせる自信はある。なのになぜ?
考えるうち、1つの解答が頭に浮かぶ。
そうだ、レスター・クールダラスだ。毎日毎日繰り返される、気違いじみた猛特訓。その中で自分は、超長距離からの射撃を徹
底的に訓練させられていた。
いつの間にか、それこそが自分の役目なのだと、自分はそれしかやってはいけないのだと、そう思い込まされていた。
「パワー満たん! バーンと撃っちゃいますよー、ハイパーキャノン!」
弾幕をかいくぐり、見事な一撃で敵艦を粉砕するラッキースターの勇姿が目に映る。妖精が舞い踊るかのようなあの動き。
何という躍動感。何物にも縛られぬ自由感、開放感。
それに引きかえ自分ときたら。こんな遠い場所から、当たらない射撃を惨めたらしく続けているだけ。
単調な戦術。型にはまった閉塞感。
しかも、その型を作ったのは誰か? あの男だ。
それに気付いた時、ちとせの心に言い様のない怒りが湧いてきた。

――――そうだ。長距離射撃になんかこだわる必要がどこにある?

簡単な話だ。見えないのなら近づけばいいではないか。
あの男は言った、射撃を当てろと。当ててやろうではないか。
結果を出せと言った。出してやろうではないか。
そう、結果は出す。ただし、あの男が言ったのとは違うやり方で。
これ以上、あの男の言いなりになってたまるものか。
私は操り人形じゃない。自分で考え、自分に出来る最高の戦いをするのだ!
シャープシューターのクロノストリングが唸りを上げる。敵味方入り乱れ、ビームとミサイルが飛び交う戦闘空域の真っ只中
に、ちとせは臆する事なく飛び込んで行った。
エンジェル隊の5人は驚きながらも、彼女の参戦を歓迎した。
「来たかい、ちとせ!」
「はい! 僭越ながら助太刀いたします、先輩方!」
「大歓迎さ、さっそくだけど私の後ろの敵、見えるかい?」
「ちょうど私の正面です、横腹ががら空きです」
「やっちまいな!」
「了解!」
本当はその敵駆逐艦までは多少離れていたのだが、今まで超長距離の射撃ばかりやらされてきたちとせにとって、それは目の
前にあるも同然の間合いだった。あまりにハッキリと見えるその見え具合に、感動すら覚えた。これなら外すわけがない。
シャープシューターの射撃。敵艦の横腹に、立て続けに5発もの直撃弾が叩き込まれる。敵艦はたまったものではない。あっ
という間にバラバラに解体され、あえなく撃沈。
「やった……!」
ちとせは初めて、自分の戦果に歓声を上げた。何という歓喜、何という爽快感だろう。そうだ、私だってやれば出来るのだ!
「ちとせさん、後ろです! 8時方向!」
ミントの警告にも、落ち着き払って対応する。
「はい、分かっています。シャープシューター、P−761に回避します。どなたかヘルプをお願いします」
「はいはーい! 私やるよー、まっかせて!」
後方から追いすがる敵の射撃を巧みに回避する。かわし切れなかった分はシールドを展開して弾く。そこへ急行したラッキー
スターが、敵艦の推進部にレールガンを叩き込む。

それから――――。
いきなり乱入しての戦いとは思えない、6機の見事な連携が展開された。
ミントの指揮のもと、まったく危なげのない正に攻勢一方。
終わってみれば、これまでにも例の無いほどの圧勝であった。
「すっごい私たち! いや自信はあったけどさ、今日の私たちってメチャクチャ強かったんじゃない!?」
ランファがすっかり興奮した声で言う。
「……シャープシューター、本日は6隻撃沈です……おめでとうございます」
「うへえっ、6隻ぃ!? お〜いちとせぇ、私のボーナスを横取りする気かい?」
ヴァニラの分析報告に悲鳴を上げるフォルテ。
ちとせは恐縮しながらも笑顔で応えた。
「そんなことは決して……でも、嬉しいです。皆さんありがとうございました」
6人は意気揚々と帰途についた。これだけ見事な戦果を挙げれば、あのレスターも文句は言えまい。言葉をなくして悔しそう
に沈黙するあの男の顔が目に浮かぶ。ざまあみろ、だ。
誰もがそう、確信していた――――。





予想は見事に外れた。
「6隻撃沈。だからどうした」
レスターはいとも簡単にそう言い切ると、ちとせに向かって言った。
「ずいぶんとフザけた真似をしたものだな。第1ミーティングルームが空いている、来い」
先に立って歩きかけ、振り返る。
ちとせは、考えもしていなかったレスターの反応に戸惑って、立ちすくんでいた。
レスターは苛立たしげにツカツカと戻り、乱暴にその手を引っ張る。
「さっさと来いと言っているんだ!」
ちとせは成す術も無く、罪人のように牽きたてられていった。



「いい気分だったろう」
レスターは椅子に座るちとせの真正面に立ち、ことさら静かに言った。
「結果さえ出せば、俺が何も言えなくなるとでも思っていたのだろう。違うか。6隻撃沈か、大したものだ。さぞかしいい気
分だったろう、ん?」
「………………」
ちとせは何も言えない。
何を言ったところで、次の瞬間には彼が激怒する事は分かり切っていた。しゃべる言葉など、考えつかなかった。
「どうなんだ」
「………………」
ひたすらうつむいているより他に無い。
レスターは、ひとつ深呼吸をしたかと思うと――――。
「何とか言ったらどうだ、この醜女がっ!」

ガターン!

ちとせの座る椅子を、思いきり蹴倒した。
投げ出されるように、ちとせは床に倒される。
「人を舐めるのもいい加減にしろ! 何だあの戦い方は? 貴様この1ヶ月、人があれほど教えてやったものをよくも無駄に
したな! 貴様がやるべきはあの距離からの射撃だと、何億万回言わせるんだ! それができなければ貴様に戦略的価値など
無い、貴様もこのエルシオールでメシを食っているんだろうが、メシの分くらい働いたらどうなんだ! 言われた事は満足に
出来ない、挙句には言いつけを破る、それで目先の戦果で天狗になりやがって。まったくおめでたい奴だな、ハッキリ言って
やろうか? 貴様など居ても居なくても変わらんのだ。そのくせ鼻持ちならん真似をする様なら、むしろマイナスだ。マイナ
ス要員を飼っておけるほど、この艦は裕福ではないのだ。貴様など不要だ、今すぐエルシオールから降りろこの穀潰しがっ!」





エルシオールには、乗組員の個室を除けば大抵の部屋にカメラが据えてあり、ブリッジから監視できるようになっている。
第1会議室にもカメラがあり、ちとせが制裁を受けている様はモニターに克明に映し出されていた。
そして、タクトとエンジェル隊の全員が、その模様を見ていた。
倒れたちとせに、容赦なく罵声を浴びせかけているレスター。
ちとせは床に肘をついて上体は起こすものの、それ以上動けずに、うつむいて雑言に晒され続けている。長い髪で隠れて、その
表情は伺えない。
『自分の戦術を忘れた者に先は無い。お前もうダメだな。いいぞ、勝手にすればいい。俺はもう何も言わない。言う事を聞かん
ような奴を教える義理も無いしな。そうだ、乗組員リストから烏丸ちとせの名を消しておこう。勝手に戦って、勝手に死ね。良
かったな、晴れて自由の身だぞ』
冷笑を浮かべて言う言葉は、すべてマイクが正確に拾ってブリッジに伝える。
エンジェル隊の面々は、誰一人声も無くモニターを見つめていた。
一様に無言だが、その表情は様々だ。
フォルテは険しい顔で帽子を目深に被り直している。隣のミントは顔を真っ赤にして怒っている。ランファは怒りを通り越して
無表情となっている。手で口元を隠しているタクトに寄り添って、ミルフィーユは感情が高ぶり過ぎて泣き出していた。
「どー見ても、ただのしつけには見えないねぇ、副司令……」
フォルテの呟き。
誰も、その呟きに応える者は居なかった。






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