「いや〜……ホント。あの時はさすがにもうダメだと思ったね、オレは」
「そうか」
病院の中庭。
タクトとレスターはベンチに座って話していた。
日差しが燦々と降り注いでいる。ともすれば汗ばむような陽気。
「あん時の臨時提督、懲戒免職の上に懲役20年だってさ。まあ軍法会議で銃殺刑にならなかっただけマシってとこ?」
花も散り、葉桜となった緑の景色を眺めながらタクトは語る。両腕をだらしなく背もたれに掛け、まったりしている。
「そうか」
対してレスターは、話に適当な相づちを打ちながら手にした本に指を走らせている。
点字の本だ。彼は手術をした翌日から点字の勉強を始め、1ヶ月経った今では本1冊が読めるまでになっていた。驚異的な努力で
あった。
「そうそう。お前の眼だけど、今ルフト先生達が提供者を探してくれてるから。早く見つかるといいな」
「そうか」
「……なあレスター、オレの話、聞いてるか?」
「ああ、聞いているぞ」
あからさまに本に集中した様子で、しれっと答える。
タクトはしばし沈黙し、そして言った。
「あ、ちとせ。おかえり」
「む」
途端にレスターは本を閉じて、顔を上げた。
見えない目で、キョロキョロとする。
「くくく……」
タクトの忍び笑い。
レスターはそこで初めて、騙された事に気がついた。
「お、お前は……っ!」
「いや〜、重症だなクールダラス少佐」
「盲目の人間を騙すか? 普通!」
「だってお前がオレに構ってくれないからさ〜。いやいやしかし、あのレスター・クールダラスがねぇ。人間、変われば変わるもんだ」
「ぐ、ぐぐぐ……」
「照れるなって、すごく良い事さ。オレは嬉しいんだよ。そうだ、まだ言ってなかったな。おめでとうレスター。ちとせを大事にして
やれよ?」
笑いながらも、真心のこもった祝福の言葉。
レスターはそれ以上怒ることもできなくなり、黙り込む。
「でだ、親友として聞きたいんだが。お前、ちとせのどんなところが好きなんだ?」
「なっ……!?」
「いいだろ、教えろよ。オレとお前の仲じゃないか。お前の事はオレの事、オレの事はオレの事さ」
「間違ってるだろ。それにお前、何か声がいやらしいぞ」
「何だっていいから。オレは言えるぞ? オレはミルフィーが好きだ。どこがって訊かれたら、全部。料理上手なとことか、一生懸命
なとことか、すぐ泣くとことか、砂のお家を作りたがる子供っぽいとことか、花飾りが良く似合うとことか……」
指折り数えていたタクトは、そこで一旦言葉を切り、それから想いの丈を込めるように言った。
「……そして、何と言ってもあの笑顔だよ。守りたいとか、そんな偉そうな事じゃない。オレが、あの笑顔を見ていたいんだ。そのた
めならバカもやれる。どんな無茶だってやれる。お前の前でこんな事言うのはおこがましいかも知れないけど……悪にだってなれる」
「…………」
真剣なのだな。
レスターは親友の言葉に、彼の真摯な想いを感じた。
「さ、さぁ、オレは言ったぞ? 今度はお前の番だ。正直に吐けよ」
ごまかすように明るく言うタクト。
ここまでされたのなら、俺も話さないわけにはいかないだろう。
レスターは心に想い人の面影を浮かべながら、言った。
「そうだな……髪の手触りがいい。あと、良い匂いがする……」
「はぁ!?」
タクトは素っ頓狂な声を上げる。
「え、えらく変態チックだな、お前……」
「お前が正直に吐けと言ったんだろうがっ!」
「いや、言ったけどさぁ」
「話は最後まで聞け。突き詰めていけば、そんな単純な事に行き着くのではないか? 俺だって数え上げれば、いくつでも出てくる。
何事にも真剣に取り組む姿勢や、礼儀を忘れぬ謙虚さや、節制し常に心身を磨き上げる事を第一義とする慎ましい生活態度や、家族を
大切にする性根の優しさや……。話が長くなるからちょっとここでは言わないが、そんなあいつとの大切な思い出だってある。しかし
だ、例えば戦場で追い詰められて彼女のことを思い出す時、そんなことをいちいち思い出すか? お前だって今言っただろう、『何と
言ってもあの笑顔』だと。そういった時に思い出すのは、笑顔の光景だったり、いつか手をつないだ時に感じた温もりだったり。そん
な単純な事ではないか?」
「……それが、お前の場合は髪の手触りだったり匂いだったり、ってわけか?」
「そういうことだ」
「なるほどぉ、確かにちとせの髪は綺麗だもんなぁ」
「ああ。艶やかで、実に触り心地がいいのだ。それに香りの方も慎ましやかで品がある。タクト、知っているか? ちとせが使ってい
る香りは、桜花香というものなのだぞ」
「ああ、知ってるさ。よ〜く知ってるとも」
男同士の気安さから、饒舌にしゃべっていたレスターだったが。
ふと、タクトの声に含みのある笑いがあることに気がついた。
どうしたのだろう?
疑問に思った次の瞬間。

「……お誉めに預かり、光栄です……」

不意に後ろから、恥ずかしげな声が聞こえてきた。
「なっ――――!?」
レスターは泡を食って振り返る。
ずっと聞きたかった声。だけど、いま聞こえては困る声。
「ち、ちとせかっ!?」
「……はい……」
そう。
レスターには確認しようもなかったが、彼らのすぐ後ろに、烏丸ちとせ本人が立っていたのだ。
「いつからそこにっ!?」
「あの……先程タクトさんに、おかえりと言って頂いた時から……」
「何? いや、しかし、アレはタクトが俺を騙すための嘘だったのでは……」
「嘘と見せかけて、実はホントに帰ってきてた、ってオチだったら?」
愉快そうなタクトの声。
「〜〜〜〜〜ッ!!!」
はめられた。
完全にはめられた。
本人を前にして、洗いざらいしゃべってしまった。
爆笑するタクト。
しかも笑い声はタクトのものだけではなかった。
ミルフィーユの笑い声が聞こえる。ランファも笑っている。ミントも、フォルテもいる。声こそ聞こえないが、この分ではヴァニラも
確実に居る。
「き、貴様アァッ! 普通、盲目の人間を騙すか!? しかも二重にっ!!」
まるで悪夢だった。
恥ずかしさのあまり絶叫してタクトに掴みかかるレスター。
だが当然のごとく、伸ばした手は空を切るばかりだ。
「はっはっは、怒るな怒るな。こうでもしなきゃ、お前がちとせを口説く事なんて無理だろ。言わなきゃ伝わらないってこともあるん
だぞ?」
タクトは余裕だ。
「いや〜、いいもん聞かせてもらいましたねぇ。こりゃ当分、話のネタには困らないや」
「ホント、もうお腹いっぱいって感じ。副司令、ごちそうさまです」
フォルテとランファの声。
「男らしくて素適でしたわよ、副司令。ちとせさんもとても喜んでいらっしゃいますわ」
これはミントだ。
「わ〜、ちとせ真っ赤だよ」
「ミ、ミルフィー先輩! 先輩こそ真っ赤じゃないですかっ!」
それぞれに好きな相手から想いの丈を告げられた2人の少女は、お互いを冷やかして平静を保とうとしている。
よく考えれば、タクトもミルフィーユ本人の前であれだけの事を言ったのだ。
「……タクト、お前も体張ったな……」
「オレだってすごく恥ずかしかったんだぞ。友情に感謝しろよ」
レスターは小さく息を吐く。
前回、彼女たちが見舞いに来た時の事を思い出す。
誰もが沈痛な空気をまとい、レスターに謝罪した。
もういいと言っても、俺の方も悪かったと言っても、何度も何度も。
泣きながら頭を下げ続ける者もいた。
あの時に比べれば、この悪戯も許せる気がした。
やはり彼女たちには笑っていて欲しい。
「まったく……これっきりにしてくれ」
けっきょく、レスター本人も苦笑いで許してしまう。
「……ちとせさん……」
不意に、ヴァニラが口を開いた。
「副司令だけに告白させたのでは、不公平です……。あなたも、告白すべきです……」
「ええっ!?」
悲鳴のような声を上げるちとせ。
「こ、ここでですか!?」
「副司令は、そうなさいました……」
「でも、でも副司令は私たちが居ると知らずにおっしゃってたわけですし!」
「……なら、余計にそうです。不意討ちの分も罰金上乗せです……。謝罪の意味も込めて、どうぞ……」
「そんな!」
ちとせは焦って、助けを求めて辺りを見回す。
だが。
「おーおー、言われてみればそうだねぇ」
「確かに不公平よねー。うん、これは良くない」
周りはむしろヴァニラの味方であった。
「ふふふ。何だかヴァニラさん、珍しく意地悪ですわね」
「………………」
ミントの言葉にヴァニラはしばし沈黙する。
そして、コクリとうなずいた。
「はい……そうかも知れません。ちとせさんには……少しだけ、意地悪します……」
「ど、どうしてですかヴァニラ先輩! 私、先輩に何か失礼な事をしてしまったんでしょうか!?」
「……問答無用です……」
ここぞとばかりにはやしたてるエンジェル隊の面々。
もはや逃れられないと悟ったか。
やがてちとせはヤケっぱちに叫んだ。
「分かりました、分かりました! 不肖・烏丸ちとせ、言わせて頂きますっ!」
「イエーッ!」
「ちとせ、ファイトっ!」
どう見ても告白というノリではなかったが、ともかくちとせはレスターの前に立つ。
「副司令」
「あ、ああ……」
目は見えなくても、雰囲気は伝わる。
緊張している様が、ひしひしと感じられる。
しばしの沈黙。誰かがゴクッと喉を鳴らした音まで聞こえてきた。
「い、言わせて頂きます……」
「あ、ああ……」
ちとせは大きく息を吸った。
そして――――自分の想いの丈を、言葉に込める。



「 士の征ける 道に咲きたる夜桜を 照らす月にぞ我やなりたし 」



奇妙な沈黙が降りた。
「は……」
そして次の瞬間。
『はあああぁぁっ!?』
不満も露わに、エンジェル隊の面々がちとせに殺到する。
「何? 何よ今の!?」
「何って、お聞きの通り短歌です」
「今のが告白だってのかい? 全然意味が分かりゃしない!」
「わ、私の故郷では、告白と言えば歌を詠むものと相場が決まっているんですっ!」
「嘘おっしゃいな! それでごまかす気ですのっ!?」
「ちとせ、ちゃんと説明してよ! 今なんて言ったの!?」
全員に詰め寄られ、ちとせはたじろぐ。
周囲を囲まれ、逃げ場は無い。きちんと説明しない限り、蟻の子1匹逃がさない構えだ。
仕方なく、説明する。
「わ、分かりました。この歌はですね、お侍が戦に赴くため、夜道を歩いているんです」
『ふんふん』
「すると道端に、桜が咲いていたんです」
『それで?』
「お侍は夜桜を照らす光をたどって、そこで初めて頭上に月が輝いていることに気付くんです」
エンジェル隊の面々は相変わらず頭上に?マークを浮かべたまま、先を促す。
『……だから?』
「………………」
ちとせは沈黙する。
そして、恐る恐る言った。
「あの……それだけです」
『はああああぁぁぁっ!?』
またしても不満大爆発。
包囲網をグッと縮めて、さらにちとせに迫る。
「アンタ私らのことバカにしてんのっ!?」
「い、いえ、決してそんな」
「わけ分かんねえって言ってんだろ!? ちゃんと説明しろって!」
「それのどこが告白ですの!?」
「ちゃんと話してよぉ!」
彼女たちが大騒ぎする脇で。
1人静かに言葉を吟味していたレスターが、フッと微笑んだ。
「……なるほど、な」
「分かったのか? レスター」
タクトが驚いて尋ねる。
「ああ。と言っても、俺も確証があるわけじゃないが……ちとせ」
「は、はい?」
もみくちゃにされながら、ちとせはかろうじて返事を返す。
そんな彼女の姿に苦笑しながら、レスターは言う。
「ああ。ずっと共にいよう。……返事はこれで合っているか?」
ちとせは一瞬目をしばたたかせた後――――うっすらと頬を染めてうなずいた。
「はい……ありがとうございます……」
「えーっ!? 副司令、どうして分かったんですか!?」
エンジェル隊の面々が、今度はレスターにまで殺到して彼も巻き込む。
「ど、どうしてと言われてもな……こら、やめろ……!」
「教えてくれるまでやめませんっ!」
「2人だけで通じ合っちゃって、ズルいですっ!」
「や、やめて下さい、歌の意味を一から十まで解説するなんて、無粋というものですっ!」
「知った事かっ!」
「いいからお吐きなさい!」
「……お吐きなさい……」
もはや乱闘騒ぎであった。
怒りながらも、どこか楽しげな彼ら。
その光景を眺めながら、タクトは小さく息をついた。
懐から、1枚の書類を取り出す。
それはレスターの懲戒免職と即時退官を上層部へ具申するための告発状。
軍本部へ提出すべき物。

ビリビリビリッ

「……ホント、これっきりにしろよな、レスター」
紙ふぶきを撒き散らし、会心の笑顔。
「ひゃっほう! オレも混ぜてくれーっ!」
悪ノリして、タクト乱入。
収拾をつける者が居なくなり、場はますます大騒ぎとなるのだった――――。




この物語は、ひとまずこれにて幕となる。
英雄タクト・マイヤーズと。
独眼竜レスター・クールダラスと。
そして白き月の天使たちと。
彼らにいつまでも、変わらぬ祝福があらんことを願いつつ。
最後に黒髪の少女の想いを明かして、終わりとしよう。





――――副司令。


盲目となってさえ、あなたは戦い続けるのでしょう。


桜舞い散る道を。武士道という名の道を征くのでしょう。


願わくば、私はその道を照らす月になりたい。


どうか、気付いて下さい。


月が地上をあまねく照らすように。


私はいつでも、あなたと共に居ます。


心はいつでも、あなたと共に在ります。


どうか、そのことに。


気付いて下さい――――。



                        烏丸ちとせ








月神楽

− つきかぐら −





降幕







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