○月△日
私は今、医務室のベッドの上にいます。しばらく安静だそうですが無理もありません…
なぜならエルシオールに着任してから、あれほど恐ろしい出来事が起きるとは夢にも思いませんでした……
そう……あれはこの艦のクルー全員も予想だにしなかった騒動が勃発したのです……
執筆者 烏丸ちとせ
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遥かなる未来の宇宙での御伽話――――
時空震(クロノ・クェイク)により、星系間ネットワークが崩壊してから約200年後、突如出現した『白き月』によりもたらされた天恵により、トランスバール皇国はかつての栄華を取り戻そうとしていた。だが、皇国暦412年、辺境宙域に追放されていたエオニア皇子が謎の艦隊を率いて皇国に対しクーデターを起こし、トランスバール本星を包囲、ジェラール皇王をはじめとする皇族すべてを抹殺する。『白き月』にいたため難を逃れた皇族唯一の生き残り、シヴァ皇子は『月の聖母』シャトヤーンの手により、2つのロストテクノロジー、『儀礼艦エルシオール』と『紋章機』、さらに紋章機を操る『ムーンエンジェル隊』を護衛に付け、トランスバール星系を脱出する。
ルフト准将よりエンジェル隊の司令官を任命されたトランスバール皇国軍第2方面軍・クリオム星系駐留艦隊司令タクト・マイヤーズは、エオニア軍の追撃を逃れ、シヴァ皇子を抵抗勢力が集結しているローム星系まで護衛する、長い戦いの旅へ出発することになる。
エンジェル隊との絆を深めながら、次々に襲いかかる困難を乗り越え、ついにエオニアを倒すことに成功し、皇国に再び平和が取り戻すことができた。
そして、タクトは辺境宙域の調査のため、復興への道を歩み始めたトランスバールを後にする―――――――――――――――――――――
あれから約半年が過ぎ、皇国は復興への道を歩み―――――
前戦役の記憶は風化されようとしていた―――――
*
銀河へ奏でるRhapsody
〜エルシオールの長い一日〜
作・ペイロー姉妹
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エオニア戦役から約半年が立ち、戦争によって傷ついた皇国は次第に復興しつつあった。先の大戦で大活躍をあげた『皇国の英雄』タクト・マイヤーズとムーンエンジェル隊は、合同でエオニア軍の残党処理及びロストテクノロジーの調査・回収作業にあたっていた。
しかしめぼしい成果を挙げられず、回収作業は難航するかに見えたが、ローム星系付近を通過したとき白き月から情報が入った。
それは、ローム星系の何処かに意思を持ったロストテクノロジーが存在するという。しかし、詳細は不明、具体的なことはまだわからないという―――。
以上の情報がブリッジで、モニターを使って説明されていた。
「何だ、それは? それだけの情報で回収作業に当たれというのか?」
左目をインターフェイス・アイで覆った白髪の男、レスター・クールダラス副司令は思わず不満を漏らす。
――――エルシオールの管理を掌るブリッジには、複数のオペレーターがシートに座り、レーダーや操縦桿に向かって艦の操縦や航行の計測などを行なっていた。
ブリッジの中央から左に位置する副司令官席で、レスターは着席して報告を聞いていた。
「しょうがないよ。ほとんどのロストテクノロジーは未知の物だし……」
レスターの後ろ―――司令官席に座っていた、黒髪の青年、タクト・マイヤーズ司令官は苦笑いする。
「確かにそうだが、これから回収作業に入らなければならないっていうのに、これだけの情報では少なすぎるぞ。せめて場所さえ特定できれば……」
前途多難だ、と言わんばかりの表情のレスター。
「まあ、皇国軍人であるオレたちが、ロストテクノロジーの発見という作業は不慣れなことぐらい、『月の聖母』シャトヤーン様や白き月の人たちも承知の上だろう。それに……」
「それに?」
「例え少なくてもオレたちに情報を送ったということは、向こうは今回の作業の見通しはついているんじゃないか?」
「む……」
普段の陽気な性格から一変して、鋭い考察をするタクトに、レスターは思わず口をつぐむ。
こういったときのタクトの一言は、重く感じられることがわかっているレスターは腕を組みながら答えた。
「わかった、お前がそういうのなら、調査をしてみてもよさそうだ。しかし、今のエルシオールの状態では、長期間の作業は困難だぞ」
長い間、任務を遂行するにあたって、使用され続けていたエルシオールは、燃料だけでなく、乗組員に必要な生活物資、その他が不足していた。
このまま任務を続けていれば、乗組員の士気に悪影響を及ぼす。
レスターの発言に、レーダーを見ていたタクトであったが、
「それについても、問題ない」
「なぜだ?」
「今エルシオールはクロノ・ドライブに入ろうとしてるだろ」
「ああ」
「クロノ・ドライブの行き先に、ローム星系がある」
「なにっ!?」
絶句するレスター。レーダーを見てみると、
「本当だ……。いつの間に……」
「手回しのいいことで……」
エルシオールのクロノ・ドライブ先には、ローム星系に着くようになっていた。その中心である惑星ロームにドライブ・アウトするようである。
「ここで補給をしていけということか……」
「白き月も、何も考えていないってわけじゃなさそうだね」
今回、ロストテクノロジーの場所は大体ではあるが特定できても、どんなものなのかわからない限り、しらみつぶしに調べていくしか無い………。
それを承知の白き月はエルシオールがローム星系に着くようにするため、星系近くになったときに情報を送り、補給の手回しを行なったのである。
「どうしましょう、このままクロノ・ドライブに入りますか?」
レーダー担当であるメガネを掛けた三つ編みの少女、ココが2人に尋ねる。
「……かまわん、このままクロノ・ドライブに入れ」
「わかりました、クロノ・ドライブに移行します。」
クロノ・ドライブ―――
超高速航法、別名ワープ。星系間の移動(光年単位)を行うときに使用する。具体的には超空間へ入り、超空間内を移動し、目的地の近くで通常空間に戻ることが出来る。
現在トランスバール皇国内にある宇宙用飛空挺は、長距離移動時にはこの航法を使用することが多い―――
そして、エルシオールはローム星系に向けて、クロノ・ドライブへ入っていった―――
*
クロノ・ドライブも終わり、惑星ロームに着く頃、
「はあっ……。どおりで情報が来るタイミングが良すぎるとは思ったんだ………」
ブリッジでは白き月のあまりの手回しの良さに、レスターはまだこだわっていた。
「まあ、ぼやかないぼやかない。これでゆっくりと作業ができるんだから」
ずいぶんと楽しげな表情のタクト。
そんなタクトを見て、レスターは疑問に思う。
「タクト、なんでお前はそんなに、はりきっているんだ?」
「ええ、そう?いつも通りだと思うけど」
そうは言うものの、目が泳いでいる。
「本来、俺達は皇国の軍人として、辺境調査やトランスバール本星の警備、軍隊の指揮などを行なうんだぞ。それがなぜ、ロストテクノロジーの回収まで行なわなけりゃならないんだ……」
はあ……っと嘆息するレスター。
「戦争が終わって数ヶ月立つけど、エオニア軍の残党がどこかに潜んでいるかもしれない。さらに戦争でおろそかになった、ロストテクノロジーの調査を開始しなければならないけど、人手不足は深刻になっているし、先の大戦の実績からロストテクノロジーと残党処理の2つの事をこなすことができるのは、俺たちが適役だと思ったんだろう。」
「それは、わかるが……。しかし……」
「それに、まだエンジェル隊とこうやって仕事ができるんだ。軍に残っていたら、こうはいかないぞ!」
喜色満面で話すタクト。
黙って聞いていたレスターは、
「そうか。お前の嬉しそうな原因はそれか……」
と、呆れ顔で呟いた。
「あっ……」
しまったっという顔で口を閉ざすタクト。
しかし、もう遅いようだ。
今回の任務で、これといった成果が見当たらない場合は、エンジェル隊とバラバラになることを知っていたタクトは、任務が長引きそうであることに、少なからずホッとしているようだ。
「やれやれ……。言っとくが惑星ロームに着いても、街で遊ぶことは禁止だぞ。ローム星系の中心地といえども、エオニア戦役で一番被害を被った場所だ。復興するにはまだまだ時間が掛かる。そんな所で補給をさせてもらうだけでもありがたいって言うのに、遊びに行くなんていうのはとんでもないぞ」
腕を組みながらのレスターの説教が始まった。
ここではいつもどおりの風景であるが……。
「うっ……。そ、そんなわけないじゃないか。復興作業中に遊んでるところを見られたら、軍から大目玉を喰らうだろうからね」
実は遊ぶ気まんまんだったタクトであったが、とっさに誤魔化した。
「まあお前が張り切るのはかまわんが、その調子で仕事もおろそかにならないようにしろよ」
「解ってるって。今の環境だったら勤労意欲も湧くってモンさ」
それじゃ、といって席を離れるタクト。
「おい、何処に行くんだ?」
「いつも通り見回り。どっちにしろ補給中は待機だけだろ。こういうときこそ安全を確かめなきゃ」
そのままブリッジの入り口である、無機質な鉄製の自動扉を開けタクトはその場を後にした。
「まったく……ヒマならヒマとそう言え」
その後ろ姿を見送り呆れ顔のレスター。
「クールダラス副司令、発着場の準備が整ったようです」
通信担当のショートカットの少女、アルモが説明する。
「よし。こちらも準備ができているので、すぐに補給を行なおう」
レスターは指示を出すと、そのまま副司令官席に戻った。
「了解しました」
そしてエルシオールは、惑星ロームの大型艦用発着場へと降りていった―――