「よーし、これで完成〜」

いかにも嬉しそうな声がミルフィーユの部屋中に響く。

「サンドイッチとミルフィー特製ドリンクと、あとはクッキーもあればいいよねー」

タクトの提案どおり、倉庫で作業を行なっている乗組員のために、差し入れを作っていたミルフィーは実に楽しそうに料理をしていた。

「そろそろ皆さん、おなかすいてるよね。早く持って行かないと」

そう言って、差し入れの入ったバスケットを持ち、部屋を出るミルフィーユ。

 

しばらく歩いた廊下の先に、

「あ、タクトさーん」

視線の先には、タクトが歩いていた。バスケットを片手に、手を振りながら小走りにタクトのもとへ近づく。

………………」

無言で振り向くタクト。

「タクトさん、これからどこに行くんですか?」

………………」

ミルフィーユの問いに答えず、無表情に見つめるタクト。

「どうしたんですか、タクトさん?」

タクトの様子がおかしいことに気づいたミルフィーユ。すると、

………………」

「えっ!?タ、タクトさん!?」

無言で顔を近づけるタクトに狼狽するミルフィーユであるが、その顔は赤い。

………………」

「タクトさん………」

普段は陽気な性格なため外見を良く見ることは無いが、近くで見ると意外と整った顔立ちのタクト。

あと少しで唇どうしが触れ合う………

ミルフィーユがそう思い目を閉じた瞬間、

 

ピカッ!!!キュイーーーーーーン!!!!

 

「えっ!?」

突然の光と騒音に、目を閉じながら、思わず耳を塞ごうとするミルフィーユ。だが、

 

ガシッ!!ジュルルルルルルル………

 

 

 

タクトはミルフィーユの肩を掴み、首筋に口を当て吸い取るようなマネをした。

「タ、タクトさん、いったい………」

最後まで言うことができず、バスケットを落としながらミルフィーユは昏倒した………

 

 

倒れたミルフィーユを見下ろしながら、タクトは笑っていた。

 

いや、それはタクトとは思えないほどの暗い笑みであった………

 

そしてタクトの姿をしたソレは、1つの球体に戻っていった………

 

 

 

*

 

 

ドン!………ドン!!………ドン!!!

一定時間をおいて銃撃音が聞こえる。ここ射撃訓練場では、1人の人間が射撃を行なっていた。

帽子を被り、片眼鏡を掛けた赤いセミロングヘアーの女性、エンジェル隊のリーダー格であるフォルテ・シュトーレンは、日課になっている射撃訓練を行なっていた。

 

「ふう………、今日は調子が悪いのかねぇ………」

そういうと、フォルテは銃をおろした。フォルテが懸念するように、的には当たってはいるが、100発中、中心に5、6発、周りに十数発、あとは全部外れていた。

「いつものアタシだったら、こんなに外したりはしないんだけどね。何か不吉なことでも起きるっていうのかい?」

誰にともなく言うフォルテであるが、それでも45口径以上の銃を平気で使いこなす彼女にとっては、たまにこんな日があってもおかしくはないだろう。

 

そんな時、フォルテに通信が入った。

「はいよ。いったい誰だい?」

「俺だ、クールダラスだ」

レスターからの通信のようだ。

「ああ、副司令どのかい。何の用だい?」

「調査中のロストテクノロジーについて詳しい情報が入った。すぐブリッジに来てくれ」

と言って、通信は途切れた。

「ロストテクノロジーねぇ……艦内放送でもいいだろうに……」

何か確信めいた笑みを浮かべながら、フォルテは射撃訓練場を後にする………

 

射撃音と硝煙の残り香が訓練場を覆いながら―――

 

 

 

*

 

 

 

「エンジェル隊、全員ってワケじゃないけど到着したよ」

「お、来た来た」

次々とブリッジに入ってくるエンジェル隊を見て、タクトは呟いた。

ブリッジには、すでにタクトとレスターが来ていた。

4人か。あれっ、ミルフィーはどうしたんだろう?」

ランファ、ミント、フォルテ、ヴァニラが来て、ミルフィーユが来ていないことに気づいたタクトは、エンジェル隊に聞いた。

「ああ、あの子ならまだ倉庫にいるんじゃない?」

「倉庫?」

「タクトさん、もうお忘れになられたんですの?きっとミルフィーさんは、タクトさんのアドバイスどおり、差し入れに行っている最中ですわ」

「ああ………そっか」

アドバイスしたことを思い出したタクトは、ミルフィーユの行動力に苦笑いした。

「全員集まったか………ん、ミルフィーユとちとせはどうした?」

全員集まっていないエンジェル隊を見て、レスターは疑問に思った。

「ああ、ちとせは過労みたいで、今は医務室にいるよ。ミルフィーは、まあいろいろあって手が離せないと思うんだ」

タクトは簡潔に説明した。

「なんだそれは。まあいい、来られないのであれば、今集まったやつにだけ教える。

先ほど補給が終わって、これからローム星系西側方面を回ることとなった。それと――」

「今回のロストテクノロジーのことかい?」

フォルテの問いに、頷くレスター。

「今回、俺たちが調査しているロストテクノロジーは、普通とは違うことがわかった」

「普通じゃないロストテクノロジー?そんなのめずらしくもなんともないじゃない」

「そうですわね。ロストテクノロジーは未知なるがゆえに、ロストテクノロジーという名前になっていますのに」

「まったくだね。まさかそんなことを言うために、ここに呼び出したってワケじゃないだろうね?」

「まだ続きがある。最後まで聞け」

好き勝手言うエンジェル隊をたしなめるレスター。

「このロストテクノロジーには、人を襲う習性があるようでな……」

その一言に、表情を引き締めるエンジェル隊。

「今のところ死傷者は出ていないようだが、奇妙なことに襲われた人々は、記憶に障害が出てしまったという報告がある。」

「記憶障害?」

「続きを述べると、幸か不幸か、命にかかわる変化は起きていないそうだが……」

一度言葉を切るレスター。しかし厳しい表情を作ると、

「問題はそのロストテクノロジーの姿だ」

「姿に問題……?」

「それは、どういう意味ですの?」

ヴァニラとミントが疑問の声を上げる。

「これを見てくれ」

レスターはそう言うと、モニターのパネルを操作した。

「ねえ……これって……」

「白い……球体……」

「だねぇ……」

………………」

モニターに映し出された映像に、呆然としながら思わず声を漏らすエンジェル隊。

「コイツは直径約15cmの球体だが、一応ロストテクノロジーだ」

「見た目はただの白い球体にしか見えないけど………、こんなのがどうやって人を襲うって言うんだ?」

疑問の声を上げるタクト。

確かに、人を襲うとは思えない形ではある………

だが、あの禍々しいとも云える白さが、かえってタクトの中に言い知れようも無い不気味さを感じ取らせていた―――

 

「もっともな疑問だが、コイツにはある特徴がある」

「特徴?」

レスターの言葉に、声を上げるミント。

「今まで被害にあった人に聞いたところ、近づいた者には強烈な光と音を出すらしい。威嚇かもしれんが、そのときにその人間に変化が訪れるんじゃないのか?」

投げやりに言うレスター。その引っかかるような言い方に違和感を覚えたランファは、

「じゃないのかって………もしかしたら違うのかもしれないの?」

「実は報告書にはどうやって人を襲うか、どうして記憶障害になってしまうのかなどの、具体的なデータは書いていないんだ」

レスターの代わりに苦笑いしながら答えるタクト。

「それじゃあ、今のところ対策は考えられないってワケかい?やっかいな代物だね………」

あまりに大雑把な情報に、呆れながらも嘆息するフォルテ。

「あの………」

「ん?」

今まで報告を黙って聞いていたヴァニラが口を開いた。

「今回の作業は紋章機を使うのですか?今まで聞いた話をまとめてみると、そのロストテクノロジーが紋章機で回収できる物とは思えないのですが………」

確かに直径15cmの球体では、紋章機で回収するには小さすぎるだろう。その疑問にレスターは、

「そのとおりだ。この作業には紋章機は使わない。むしろ生身でやってもらう」

と言い放った。

「なんですって〜!?何されるかわからないっていうのに、生身でやれっていうの〜!?」

思わず悲鳴じみた声をあげるランファ。

「おいおい、まさか素手で回収するとは思ってないだろうね」

苦笑いしながら言うタクト。

「きちんと必要な装備はさせるし、役割分担も考えてある。」

「役割分担ですか?」

「今回のロストテクノロジーは一筋縄で回収できそうもない。そこでこの作業にうってつけなランファとフォルテに回収にあたってもらいたい」

ミントの言葉に、頷きながら答えるタクト。

「アタシとフォルテさんが適役ってこと?」

「そう。護身に優れたランファとフォルテなら、このロストテクノロジーを回収するのに適役だと思うんだ」

ランファの質問に答えるタクト。

「ミントとヴァニラには、レーダーを使ってロストテクノロジーの探知にあたってもらいたい。万が一のときは2人とも回収に回ってくれ」

「了解しました………」

「わかりましたわ、タクトさん」

了承するヴァニラとミント。

意見が無いところを見ると、4人ともこの配役に異議はないようだ。

 

「よしそれじゃ………」

「待ちな、タクト。」

何かを言おうとしていたタクトを呼び止めるフォルテ。

「なんだいフォルテ?」

「情報はともかく、配役を決めるのにわざわざアタシたちをブリッジに呼んだわけじゃないよねぇ?」

「いや………それは………」

フォルテの質問に言い淀むタクト。そんなタクトを尻目にフォルテは続ける。

「この程度の任務であれば、配役を決めるのにアタシらを全員集める必要はない………。さらにこんな曖昧な情報だけであればなおさらさ。もっと詳しい情報が入るまで待機するのが正しいはずさ………それに………」

いったん言葉を切るフォルテ。

「いくら危険と言ったって、ただ回収するだけなら、アタシらを全員呼び集めるほどの、ロストテクノロジーには見えないんだよねぇ。」

………………」

沈黙するタクト達を前に、含み笑いを漏らすフォルテ。

「それなのにアタシたちをここに呼んだってことは、止むを得ない事情があったってことじゃないのかい?」

「むっ………」

………………」

一瞬意表を付かれたような表情をするレスター。だがタクトは薄く笑いながら、

「さすがはフォルテだね。鋭いところを付くよ」

と素直に受け止めていた。

「まあね、不自然な感じはしていたからね」

フォルテもいつもどおりに返した。だが表情を引き締めると、

………それで、どこにあるんだい?そのロストテクノロジーとやらは?」

といったフォルテの質問に、タクトは毅然とした表情で言葉を紡いだ。

 

 

「目的のロストテクノロジーは、このエルシオールの中にある………」

 

 

「なるほど………、そりゃあ、落ち着いているわけにはいかないね。」

フォルテだけは、動揺していないようだ。

「いつの間に潜んでいたなんて………一体何処から入ったのよ?」

「おそらく、倉庫からだろう。補給中にハッチから入り込んだとしか思えん。あの球体では何処に潜んでいても目立つことはないだろう」

ランファの疑問に答えるレスター。

「そうだとわかっておられるのなら、なぜ作業班の方々を出動させなかったのですか?まだ隠していることがおありですわね?」

………………」

 

 

 

―――儀礼艦エルシオールは元々戦闘用ではなく、皇族や貴族など皇国で階級の高い人々が、儀式などを行なう艦であるが、搭乗している皇族などに被害を及ぼさないよう、極力この艦を安定させて航行するために、乗組員は色々な役割を持った班に分かれる。

エルシオールの管理を掌るオペレーター。これらの者達は主に艦の操縦や通信、ルート探索を行なう。

種類を問わず、雑用を担当する作業班。エルシオールの中では1番役割と人数が多い。

医療を担当する、医療班。乗組員の治療を行なうために、主に医務室に居を構えるが数はそんなに多くはない。

エルシオールの整備や修理を担当する整備班(別名・修理班)。整備班はほとんど格納庫にいることが多く、最近は紋章機を収納しているため、戦闘が終わった時は紋章機の整備や修理をしている。

ちなみにエルシオール乗組員は『白き月』出身者が多く、約8割が女性である。

整備班以外、力仕事、艦内の清掃のみ男性乗組員が担当している。

 

今回のようなケースの場合、作業班を動員するのが常であるが、なぜか命令を出してはいなかった―――

 

ミントの質問に黙っていたタクトであったが、

………確かに人を襲いはしても、今まで誰も死傷者は出てはいない。しかし………」

言いづらそうに語った。

 

「このロストテクノロジーに襲われた人の人生は大きく変化していったんだ。被害者はついに以前の自分に戻ることは無くなったそうだ………。被害者本人だけじゃない、被害者の家族、恋人、友人があまりにも変わってしまった被害者から、次々と離れて行った………。このようなケースは1人や2人ではすまない………」

………なっ!?」

「そんな!?」

………………」

………!?」

様々な反応を示すエンジェル隊であったが、

「なんで先にそれを言わないのよ!?そんなのが船の中をうろついてたら大変じゃない!」

ランファは納得がいかない様子だ。

他の3人も口にこそ出さないが、タクトに非難の視線を浴びせている。

 

「いくら殺傷能力のないロストテクノロジーだからといっても、人生を破壊するといった点ではこれほど強力なものはそう無いだろう。被害件数の多さや被害者の末路を考えると、安易な命令はしたくなかったんだ………」

「「「「………………」」」」

声も出ない4人を前にして、沈痛な表情を浮かべるタクト。だが表情を引き締めると、

 

 

「それでもオレはキミたちの上官であると同時に、エルシオールの司令官でもある。エルシオールに乗っている人たちを被害に遭わせるわけにはいかない!」

「タクトさん………」

タクトの言葉に、思わず声を上げるヴァニラ。

「それにキミたちなら、きっとやってくれるだろうと思ったからね」

さわやかにいつもの表情で答えるタクト。

そんなタクトを見た4人は、自信ありげな表情を取り戻し、

「当然じゃない。アタシたちにできないことなんて無いわよ」

「そう期待されちゃあ、断るのも野暮ってモンだね」

「ご期待にそなえるのが、エンジェル隊の十八番(おはこ)ですわ」

「おまかせください………」

それぞれ決意を述べた。

「ありがとう、みんな………。キミたちなら、きっとそう言ってくれると思ったよ」

そう言ったタクトからも、表情から不安の色が無くなっていた。

 

「これから離陸しようってときに、ロストテクノロジーに邪魔されるなんてのは、ゴメンだからな………」

嘆息するレスター。

彼にしてみれば、ロストテクノロジー襲われるということ自体が、現実感がなさすぎて困惑しているようだ―――

 

もっとも、エルシオールに乗った時点で、非現実的なことばかりを体験しているので、もはやあきらめているといった感じが強い。

「そんなワケで離陸する前に、ロストテクノロジーを見つけ出してよ。できることならあまり傷つけないように回収してほしい」

「そうだねぇ………ま、期待には応えてみせるよ」

フォルテの答えに、エンジェル隊を見渡すタクト。そして………

 

 

「エンジェル隊、行動開始!」

「「「「了解!!!!」」」」

 

 

エンジェル隊は回収作業に入った………

 

 

*

 

 

 

 

エンジェル隊がブリッジを出た後、通信が入った。

「ん、通信?誰からだろう?」

通信に出るタクト。すると、

「マイヤーズ司令?ちょっといいかしら?」

通信の相手はケーラからであった。

「どうしたんですか、ケーラ先生?」

「ミルフィーユが倒れたのよ」

「なんですって!?」