「ミルフィー……」

タクトは沈鬱な表情を浮かべながら、アテもなく廊下を歩き続ける。

タクトは先ほどの出来事からずっと考えていたが、なぜミルフィーユがあれほどまでに取り乱したのかがわからなかった。

 

視線に映るもの、それは白を基調とした舗装された強化コンクリートの地面。

自分の視界が地面にあることを知ると、緩慢な動作で俯いた顔を上げて歩き続けた―――

 

しばらく歩き続けていると、目の前にクジラルームが視界に入る。

……宇宙クジラにでも聴いてみようかな」

そう思ったタクトはクジラルームへ移動していった。

 

現在クジラルームは人工的に作られた太陽の夕焼けと、その光を反射している人工的な海によって赤い光に覆われていた。

「あっ、タクトさんいらっしゃい」

「やあ、クロミエ」

タクトがしばらく歩くと、管理室の前に立っていた小宇宙クジラを肩の上に乗せている小柄な少年、クジラルームで動植物の世話を担当しているクロミエ・クワルクと挨拶を交わした。

「ご苦労様です。現在の状況は副司令から聞いています」

「そうか、それなら安心だ。クロミエもあまり艦内を出歩かないようにね」

「はい、承知しています。

 ところでタクトさん、何かあったんですか?」

「えっ!?」

唐突に尋ねるクロミエに動揺するタクト。

「顔色が優れないようなので、何かあったのかと……」

「顔に出るくらいなのか……」

クロミエの指摘に苦笑いするタクト。

そして表情引き締めると、

「クロミエ、宇宙クジラと話したいんだけど。いいかな?」

と依頼した。

 

クロミエは、宇宙クジラの特徴である、テレパシー(感応)といわれる特殊なメッセージを理解することが出来る数少ない少年であるために、クロミエを通じて宇宙クジラと会話を行なうのである。

そして宇宙クジラは人の心理を読み取ることが出来る生物である。

「わかりました、少々お待ちください。」

クロミエそう言ってから、しばらくすると、

『キュオォォォ―――――――――――――――――ン………』

 

 

ザバ――――――――――――――――ッ

 

 

 

波の音とともに大音響を鳴らしながら人工プールから上がって来たのは、巨大な身体を持ち太古の昔から銀河に生息していた宇宙クジラであった。

 

見上げてみると、人工プールからはみ出そうな位の大きさであった。

「相変わらずデカいなあ……本当にこのエルシオールに生息しているとは思えないよ。」

現れた宇宙クジラに感心しながらも苦笑いを漏らすタクト。

だが、驚いている場合ではないことを思い出したタクトは用件を切り出した。

「クロミエ、オレの言ったことを宇宙クジラに伝えてくれ。

そして、オレにも宇宙クジラが言ったことを教えて欲しいんだ」

「わかりました。いつでもどうぞ」

タクトはその場で、先ほど起こったミルフィーとの出来事を伝えた。

 

 

*

 

 

数分が経過してようやくタクトの説明が終わると、クロミエが宇宙クジラの言葉を代返した。

「宇宙クジラが言うには、

今ミルフィーユさんは深い悲しみと焦りがあるということなのですが……」

そこまで言うとクロミエは、顔を曇らせながらそのまま言葉を止めてしまった。

「どうしたんだ、クロミエ?何か言いにくいことでもあるのかい?」

「言いにくいというわけではないのですが……ただ……」

「ただ?」

クロミエは一呼吸置くと、顎に手を当てながら言葉を繋いだ。

「ミルフィーユさんの心は、今とてつもなく空虚だと、そう感じるそうです」

「空虚?どういうことなんだ……」

宇宙クジラの言葉は、タクトをますます混乱させるものだった。

確かに料理が出来なくなったと言ったミルフィーユは虚ろではあったが、意思が無いというわけでもなかった。

さらにエンジェル隊やタクトたちを信頼しているということを、本人自らが言っていたことであった。

 

そこまで深刻になるほどの理由は無いはず………

 

頭の中が混乱している時、

「これは、僕の主観なのですが……」

その言葉に反応し、視線をクロミエに向けるタクト。

クロミエは憂いを帯びた表情で言う。

「今まで大切なものを失った人間というのは、どんな人でも心の中に穴が開いたような状態になるのではないでしょうか?

例えそれが命に係わる事でなくても、そう簡単に新しい価値観を見つけることはできません………

今のミルフィーユさんは、喪失感に覆われているのではないでしょうか……」

 

喪失感―――

 

喪失感というものは程度によるが、人間の価値観を大きく変化させるものである。そうなると人によっては人格や思想が変化し、人生を左右する結果を生み出す。

 

ミルフィーユは決して何もかも失ったわけでもなく、見捨てられたわけでもない。

では、そこまで喪失感に覆われているのはなぜか?

ミルフィーユにとって料理とは何なのだろうか……

 

 

答えが出てこないまま、その場に佇み沈黙するタクトであった。

 

 

「あっ、そういえば……」

黙り込んでしまったタクトを見て、クロミエは思いついたかのように呟いた。

「宇宙クジラがミルフィーユさん以外に、この艦の中に一際強い思念波を感じたそうです。」

クロミエの言葉に、ゆっくりと反応するタクト。

「一際強い思念波?ミルフィー以外にも不安定な感情に襲われているエンジェル隊がいるのか?」

「いえ、エンジェル隊やエルシオールの乗組員とはまったく別のものだそうで。」

「つまり、今までの誰でもないってことなのか?」

「はい。エンジェル隊や乗組員の人たちとは違うみたいですが、ミルフィーユさんと同じような感情に覆われているようです……」

「何だって!?」

じゃあ一体、と思ったタクトだが、それ以上に気になることを尋ねた。

「クロミエ。その思念波の特徴を教えてくれないか?」

「あっ、はい。

宇宙クジラが言うには、心の奥底から這い上がってくるような怒りと、それ以上に感じられる寂しさと悲しみ………だそうです」

「寂しさと悲しみ?」

予想外の発言に戸惑うタクト。

 

(怒りは検討が付くけど、寂しさと悲しみとはどういうことなんだろうか―――)

 

 

 

考えがまとまらないまま、宇宙クジラとクロミエに礼を言うと、タクトはクジラルームから退室した。

 

 

 

*

 

 

 

 

一度司令官室に戻ろうとしたタクトだったが、前からやってくるランファに気付いた。

やあ、ランファ。と声を掛けようとしたが、

「タクト、ちょっといい?話したいことがあるんだけど」

と先に言われてしまった。

 

言われるがままに移動した場所はランファの部屋であった。

 

黄色を基調とした内装、壁に貼ってあるアイドルのものらしきポスター、屋根の付いたベッド、ガラス棚の中にある様々な趣の雑誌や多種にわたる化粧品の数々、テーブルの上に乗っている通販で購入したと思われる使用方法が謎なものなど、

18歳の活発な少女らしき多趣味な空間がタクトの眼前に広がっていた―――

 

ランファはタクトを部屋の中央にある椅子に座らせると、

「タクト、烏龍茶でいい?」

と訊いてきた。

「ああ、それで構わないよ」

ミルフィーユの時とは違い、タクトは女の子の部屋に招かれるという事態に緊張しながらも、平静を保とうとしていた。

タクトとランファの前に烏龍茶が注がれると、お互い同じタイミングで口を付ける。

 

烏龍茶のすっきりとした苦味がタクトの緊張を程好くほぐしていく―――

 

2人とも烏龍茶を啜りながら会話がない時が続いていたが、居心地が悪くなりそうになった時、ランファが先に口を開いた。

「ねえ、タクト?」

「な、なんだいランファ?」

「ミルフィーと何があったの?」

………………」

返事を躊躇うタクト。それに構わずランファは続けた。

「さっき廊下であの子を見かけたんだけど、すごく落ち込んでいたように見えたから声をかけてみたのよ。

 けど、何度声をかけてもまるで人形みたいに反応しなかったわ……」

再び沈黙が訪れる。

ランファは手元に置いてある烏龍茶を一口飲むと、

「教えてタクト。

 ミルフィーに何かあったの?」

と真剣な表情でタクトを見据える。その顔はあくまでも真相だけを求めていた―――

 

タクトは何も言おうとはしないが、ランファも何も言わずにタクトが口を開くのを待つように視線を向けている。

そんなランファの視線に耐え切れなかったのか、タクトは決意したような表情をするとこう切り出した。

しかしその言葉は予想外のものだった。

「ランファ、君には心底大切なものっていうのはあるかい?」

「えっ?」

「命より大切なものが君にはあるかい?」

呆然とするランファを前にして、タクトは語り続けた。

「ミルフィーは今、自分に自信を持てなくなっている……」

「どういう意味よ?」

何を言おうとしているのかわからないという表情で問うランファ。

そしてタクトは本題に入った。

「ミルフィーは料理が出来なくなっている……」

タクトのその言葉に、先ほどまで呆然としていたランファは過敏に反応した。

「ちょっとそれってどういうことよ!?」

掴みかかるような勢いで問い詰めるランファ。

だが、タクトは冷静に言葉を放った。

「今回のロストテクノロジーの特徴覚えているね?」

無言で頷くランファ。

「ちとせだけじゃなくミルフィーにも記憶障害が出てきたんだ」

「っ!?それってまさか!?」

「そう、その障害がミルフィーに出てきたのさ。

 料理が出来なくなるというね……」

絶句するランファ。

覚悟はしていたが、まさかそんな障害が出てくるとは思わなかったのだろう。

 

しかしタクトは腑に落ちない表情で呟いた。

「でもそんなにマズいことなのかなぁ……

 料理が出来なくなったからといって、死ぬワケじゃないのに……」

その呟きを聞いたランファは怒りを抑えた表情で言った。

「タクト、その言葉をミルフィーの前で言ったら、いくらアンタでも許さないわよ」

「えっ!?ランファ!?」

「あの子にとって料理が出来るっていうのは、どれだけ自分自身を助けてきたか……

 あの子だけじゃなく、他の連中だって同じことよ」

ぶっきらぼうに言い放つと、顔を背けるランファだが、その眼は真剣そのものだ。

「ねえタクト、なんでミルフィーがそんなに料理にこだわるのか、アンタにはわかる?」

「いや……」

首を横に振るタクト。

「確かに今まで得意だったことが出来なくなるのはガッカリする気持ちはわかるけど、ミルフィーの取り得は料理だけじゃないこともわかってるよ。

エンジェル隊のみんなだってそうだろう?」

「それはアタシだってわかってるけど……」

僅かに笑みを零すタクト。

しかしランファはまだ悲しそうな表情をしていた。

「でもミルフィーにとっては、そんな簡単に済ませられる問題じゃないわ。

 それはあの子の傍にいたアタシがよく知ってるもの……」

「それってどういうことだい?」

問い詰めるが、ランファは口を閉ざしてしまった。

「教えてくれランファ!どうしてミルフィーはあんなにこだわるんだ!?」

いても経っても居られず叫びだすタクト。その表情には自分自身への苛立ちと焦りが混じっていた。

しばらく沈黙の時間が続くと、ランファはゆっくりと士官学校時代の頃を語りだした。

 

 

*

 

 

それはミルフィーユとランファが士官学校に在籍していた頃だった。

 

入学式の時、ミルフィーユは道に迷いながらも時間通りに間に合い、ランファは道に迷ったミルフィーユを案内しておきながら、はぐれて遅刻してしまうという衝撃的な出会いを果たした。

だが当初は現在のような親友といった間柄ではなく、むしろ疎遠な仲といったほうが当てはまる。

 

特にランファにとって、ミルフィーユは入学式の時から何かとつけて自分につきまとう鬱陶しい存在だったが、ミルフィーユがランファにつきまとうのも様々な理由があった。

 

1つは自分を助けてくれたランファと親しくなりたいという願望があったこと。

恩人になんらかのお礼がしたかったこともあり、入学式の時をきっかけとして親しくしたいという思いもあったのだ。

 

もう1つは自分もランファも市民階級の出身者であったことである。

士官学校に在籍している大半の生徒は、貴族階級出身のため、なかなかなじめない所でもあった。そのため数少ない市民階級どうし仲良くしたいという願望があったのだ。

 

しかしランファにとってはそれが単なるお節介に感じ、うっとうしく感じたのである。

さらに言えばミルフィーユと一緒にいることによって、彼女の強運からか普段では考えられないような惨事に巻き込まれ、

またミルフィーだけ得するような出来事が多かったため、その理不尽さからランファは憤りから、ついミルフィーユを邪険に扱ってしまうのだった。

 

 

 

そんな状態だった2人だが、ある事件を境に親友の関係になるきっかけがあった。

 

 

それは士官学校に入学して間もない頃、ランファはミルフィーユに見つからないようにいつも通り昼食を買いに行こうとしていた時のことだった。

 

(あっ、あの子、またやってる……)

 

ミルフィーは誰とでも仲良くなりたいのか、昼食時は手作りの弁当を持って手当たり次第に人を誘っていたのだった。

 

一般的に入学したてのころでは、誰でも人見知りになってしまうのは無理もないことなので、そう簡単について行こうとしないのは普通の反応と言えた。

 

 

しかし、市民階級でありながら成績の良いミルフィーユやランファは、ある一部の貴族階級の生徒から妬まれていた。

その影響からか2人は士官学校では浮いた存在になってしまったのだった。

 

入学した時から覚悟していたランファにとってはそんなに気にする事でもなかったが、誰とでも仲良くなれるハズだと思っているミルフィーユにとっては、そんな事実は受け入れられなかった。

 

そこでミルフィーユが考え付いたことは、自分の得意な料理を披露することで仲良くなろうというものだった。

 

しかしその考えは単純過ぎたのか、あるいは幸せな性格だと思われたのか、誘っては断られ、ある時は冷やかされ、またある時は邪魔者扱いされるなど失敗続きだった。

それでもミルフィーユの性格からかめげずに誘っていたのだった。

 

 

 

 

ランファが歩いている途中、他の生徒数人と言い争いをしているミルフィーを見つけた。

言い争いといっても、ミルフィーユが一方的に言われているだけなのだが。

多分ミルフィーユが昼食を一緒に取ろうと誘ったのだろうが、毎回断っても誘いに来たので、相手もいい加減イヤになったのだろう。

 

 

 

(ホントにバカな子よね……。学習能力が無いんじゃないの?)

嘆息しながらもランファは別に珍しい光景ではないと思い、そのままその場から通りすぎようとした。

 

 

 

 

 

 

……ハズだったのだが、

 

 

 

 

遂に相手も痺れを切らしたのか、ミルフィーユに掴みかかっていった。

今までになかった展開に、ランファは思わず足を止めてしまう。

 

(フン、自業自得よ。これで、あのおめでたい頭が少しはマシになるでしょ……)

 

しかしランファの足はその場から離れようとしなかった。

 

(な、何なのよ、アタシは別にあの子のことなんか……)

 

ランファの中では、ミルフィーユへの複雑な感情とプライドがせめぎ合い、葛藤を起こした。

 

 

 

 

 

ミルフィーユを始めとする集団の雰囲気はますます険悪になっていき……

 

 

 

 

集団のうちの1人がミルフィーユの顔面を叩いた場面を見た瞬間、

 

(!!)

 

ランファの足は自然と動き出していた……

 

 

 

 

そして、

 

 

 

気が付くと相手を殴り倒していた自分に気付いた……

 

 

 

 

その後ランファは厳重注意をくらっただけで終わったが、貴族階級でも平気で殴る生徒ということで、ますます浮いた存在になってしまった。

 

 

 

 

その翌日の昼食時、ミルフィーユがランファの所へ昼食の誘いにやって来た。

普段なら断るハズだったのだが、いつもと違う真剣な表情のミルフィーユに気圧され、しぶしぶついて行ったのだった。

 

 

「あの、この前は助けてくれてありがとうございました……」

 

「別にお礼なんていいわよ。アタシがやりたくてやったんだから」

 

ぶっきらぼうに言い放つランファであったが、なぜあんな行動を起こしたのか自分でも理解できていなかった。

確かに殴った相手は普段から気に喰わない生徒でもあったが………

 

ただ、必死になって誘い続けるミルフィーユを見続けているうちに、拒絶されても挫けない彼女の心と大らかな性格に、心を動かされたのかも知れない。

しかし、このような考えをランファの前で言えば、彼女の性格上否定するのは目に見えているだろう………

 

 

このときは大した会話をすることはなかったが、ランファは少しずつミルフィーユと接することが多くなった。

 

そしてある日の昼食時、

 

(それで、これアタシが作ったお弁当なんですけど……)

 

(それがどうしたのよ?)

 

(一緒に食べませんか?)

 

(はあっ!?女同士で1つの弁当を食べろっていうの!?)

 

(ダメ……ですか……)

 

……ああ、もう!わかったわよ!食べてあげるわよ!食べりゃいいんでしょ!)

 

(あ、ありがとうございます!今度は2つ用意しますね!)

 

(別にいいわよ。ところでアンタ、名前なんて言うの?)

 

(あたし、ミルフィーユって言います。ミルフィーって呼んでくださいね、ランファさん!)

 

(ランファでいいわ。それと同期なんだから敬語は必要ないわよ)

 

(は、はい。それじゃ、これからもよろしくねランファ!)

 

その時ランファはミルフィーユが自分と同じ市民階級であったことを始めて知り、後は色々な会話を交わした。

 

これをきっかけに2人は親友の間柄になっていった……

 

 

 

*

 

 

 

ランファが語り終えると、部屋全体を静粛が訪れた。

 

しばらく沈黙が続いたが、ランファが口を開いた。

「ねえタクト……ミルフィーにとって料理が出来ることって、どんな意味があるのかわかる?」

タクトは答えない。

それにかまわずランファは続けた。

「出会った頃のあの子の料理は、今みたいに上手いものじゃなかったけど、それでも一生懸命さは伝わってきたわ。

 当時のあの子って自分を表現することは苦手だったみたいだから、1つでも得意なことを見つけたかったのよ……」

そう語るランファの表情は優しさとともに寂しさが混じっていた。

今更ながら、ランファの勝気な性格に潜む、人情家の一面に触れたような気がした………

そしてランファは表情を引き締めると、真剣な表情で紡いだ。

「ミルフィーにとって料理っていうのは、自分をアピールするだけのものじゃないわ」

 

 

タクトは何も言えなかった―――

ミルフィーユがなぜあんなに料理が出来ることにこだわったのか、

今ならわかったような気がした―――

 

しばらく口を閉ざしていたタクトだったが、

「オレは……」

一言呟くと、激情をぶつけるように語りだした。

「オレは、別にミルフィーを傷つけるつもりはなかったんだ。

ミルフィーは他のみんなとは違って命に係わることは起きていなかったからホッとしただけで……

 それに料理が出来なくなったとしても、オレはミルフィーをキライになんかならないし、一緒にいるだけで満足だと思ったから、ああ言っただけなんだ……

 ……でも、そんなのはオレのエゴだっただけで、かえってミルフィーを傷つけるようなマネをしてしまうなんてっ!」

ランファは黙って聴いていた。

ミルフィーユのことならエンジェル隊の中でも1番よく知っていると自負しているランファにとって、今のタクトの苦悩はよくわかる気がした。

タクトは語り終えると、そのまま何も言わなくなってしまった。

が、顔を上げると何かを決意した表情でこう言った。

「ミルフィーの所へ行って来る」

「そう」

ランファは驚かなかった。

タクトならこう言ってくるだろうと思っていたからだ。

「何処にいるのかわかるの?」

ランファは疑問に思ったことを口にしたが、

「ああ」

タクトは自信を持って答えた。

「じゃあ早く行って来てあげなさい。ミルフィーを立ち直らせるのはアンタしかいないんだから……」

それはランファの本心であった。

タクトに言われてショックを受けたのなら、タクト本人から話をした方が立ち直れると思ったのだ。

(あの子は普段単純でも、意外と傷つきやすいからね)

内心そう思ったが決して口に出さなかったのは、ランファが人一倍仲間思いである性格がそうさせたのかもしれない。

「ありがとうランファ、おかげで助かったよ。

それじゃ……」

タクトはそう言うと部屋から出ようとしたが、

ふと思い出したように振り返った。

「ランファ」

「何?」

「君がいてくれて本当によかったよ」

「えっ」

呆然とするランファを部屋に取り残し、タクトはある場所へ向かって行った。

 

 

 

*

 

 

 

タクトはある所へと向かっていた。

その場所は、エルシオールの中でも自然に満ち溢れた所であった。

その場所へたどり着くとゆっくり探し始めた。

 

そして、

 

 

銀河展望公園の大きなカフカフの木の下で、

 

 

 

こちらに背を向け、膝を抱えて座っているミルフィーユを見つけた

 

 

 

 

 

「ミルフィー」

タクトは声をかけるが、ミルフィーユは背を向けたまま何の反応もしなかった。

タクトは気にせずにミルフィーユと背中合わせになるようにして座った。

「ねぇ、ミルフィー……」

タクトは呟くように、

「ゴメン」

と謝罪した。

そして先ほどまでの出来事を懺悔するかのように語り始めた。

 

 

「どうしてミルフィーがあんなに取り乱したのかわかったよ。

ミルフィーにとって料理は、自分の存在を成り立たせるものでもあったんだ」

ミルフィーユからの反応は無い。

 

「けど……それだけじゃない。

オレとエンジェル隊が仲良くなれたのも、君がピクニックを提案して料理を作ってくれたからなんだよね。

オレやエンジェル隊、みんなとの大切な思い出があるものだもんな」

 

だがタクトは懐かしむように語り続ける………

 

「それを無くしてもかまわないなんて言うのは、ミルフィーにとっちゃただの侮辱にしかならないんだよな……」

言葉が止まり、辺りを静粛が包む。

 

 

 

そしてタクトは心痛な面持ちで

 

 

 

 

「ホントに……ごめん……」

 

 

 

 

それは一点の偽りも無い、心からの謝罪だった………

 

 

 

 

 

―――いつしか、公園に映し出される映像の空には、キラキラと瞬く星空が輝いていた………

 

 

 

 

 

沈黙が続く

タクトが語り終えると、2人は何も話さずにそのままでいた。

 

どれくらいそうしていたのか、先に口を開いたのは………

 

 

 

「あたし……」

 

 

 

ミルフィーユはそっと呟きを漏らした。

 

「不安だったんです……このままお料理が出来なくなったら、

あたし……どうなるんだろうって……」

タクトは何も言わずに耳を傾けていた。

「そうなったら、今度、みんなに会うときどんな顔すればいいのかなとか、正直に話したほうがいいのかなとか、話したらみんなどう思うのかなとか、色々考えちゃうんです……」

背を向けて座っているミルフィーユの表情はわからない。

しかし、タクトは悲しそうな表情をしていると思った。

「もしあたしが何も作れなくなったら、みんながっかりするかも知れません……」

「でも、エンジェル隊のみんなは、そんなことでミルフィーを嫌ったりはしない……

 そうだろう、ミルフィー?」

タクトは少しでもミルフィーユの不安を取り除こうと、できるだけ穏やかに声をかけた。

「はい……みんながそういう人たちじゃないってことぐらい、あたしにもわかってました」

その配慮が効いたのか、ミルフィーユの声からは少しずつ不安が消えているようだった。

「みんないつも通り、あたしに接してくれる。

きっとみんなにとって、あたしはあたしなんです。

……けど」

ミルフィーユの口調はだんだんと自信を失っていった。

「みんなが優しくしてくれても、あたしが耐えられないんです……

 今まで得意だったお料理を振舞えないことが残念なこともあります。

だけどもっとイヤのは、今まであたしがお料理振舞ってきたことで、出来た思い出が、もう作れないのがイヤだったんです……」

そして、

心の中に溜めておいた不安を出し切るかのように、

「あたしのお料理を食べて美味しいって言ってくれたことや、また作って欲しいと言ってくれた時は、凄く作った甲斐があってとても嬉しかったんです!

 でも、もう、そう言ってくれることは無くなっちゃったんです!!」

ミルフィーユは瞳を潤ませながら、激情をぶつけていった………

 

その後、

ミルフィーユは両膝に顔を埋めて、身を震わせながら嗚咽を漏らした………

 

 

 

 

ざっざっ……と芝生を踏み歩く音が聞こえる

 

 

しばらくしてから、タクトはミルフィーユの正面に回りこむと、

「行こう、ミルフィー」

そう言って手を差し出した。

………………」

ミルフィーユは涙に濡れた顔を上げるも、タクトの行動の意味がわからなかったのか、思わず呆然としてしまう。

そんなミルフィーユにかまわず、タクトは無理矢理立ち上がらせ、何処かへ連れて行ってしまった―――

 

 

 

*

 

 

 

「あ、あのタクトさん……何処に行くんですか?」

理由も言わず引っ張っていくタクトに困惑するミルフィーユ。

だが、タクトは何も言わずに歩いていった。

 

困惑するミルフィーユを尻目に着いた場所は、

「さあ、ミルフィー……」

今では慣れ親しんだ食堂であった。

 

 

「タクトさん、ここで何を……」

タクトの数々の行動に疑問を感じているミルフィーユは、質問をしようとした時、

「オレは腹減ったんだ」

タクトはいつも通り雑談を交わすかのように言った。

「へっ?」

「だからミルフィーが作ってよ」

言葉もない。

タクトはいったい何を言っているんだろうか………

ミルフィーユの頭の中は混乱していた。

だが、そんなミルフィーユに構わずタクトはもう一度言った。

「ミルフィーの料理が食べたいんだ。だから、作ってくれないか?」

その言葉にようやく気を取り直したミルフィーは慌てて首を横に振った。

「そ、そんな無理ですよ、今のあたしじゃ作ることなんてできませんよ」

しかしタクトは気にせず、もう一度頼んだ。

「何でもいいから、ミルフィーが作ってほしい」

 

 

そんなタクトに、不安を覚えたのかミルフィーユは視線を逸らしながら問いかけた。

「どうしてですか?」

思わず冷たい感じで声が出てしまったが、問わずにはいられなかった。

 

今の自分では、まともな物は作れないことくらいタクトにもわかっているはずなのに………

何故………

 

 

そのような思いがミルフィーユの中で渦巻いていた。

 

だが、ミルフィーユの肩に手を置くと。タクトは真剣な表情で見つめてきた。

「ミルフィー、オレは君に早く料理を作って欲しいから、食堂に連れて来たワケじゃない」

その言葉に視線を向けるミルフィーユ。

そこには真剣な表情でミルフィーユを見ているタクトがいた。

「今の君にはもっと大事なことを忘れている。

 それを思い出すために、何か料理を作ってみるんだ」

タクトの言葉に思わず動揺するミルフィーユ。

 

 

前の自分にはあって、今の自分に無いもの………

 

 

いくら考えても今のミルフィーユにはわからず、タクトのあまりにも真剣な言葉と表情に押され、しぶしぶ厨房へと入っていった―――

 

 

 

 

 

ミルフィーユが厨房へ入ってから随分経っていたが、まだタクトの元へ料理は運ばれてなかった。

何度も失敗を繰り返す音が聞こえたが、タクトは手助けすることはせずに、食堂のイスに座ってじっとしていた。

 

 

 

しかし、さらに時間が経過した、

次の瞬間、

 

ドガァァァァァァァァァン!!

 

 

厨房から聞こえてきた爆発音に思わず立ち上がってしまうタクト。

 

そして、急いで厨房に駆けつけると、

そこには………

 

 

「ミルフィー!」

オーブントースターの前で膝をつき、呆然としているミルフィーユの後ろ姿があった。

 

 

 

「ミルフィー!大丈夫か!?何があったんだ!?」

驚愕ながらもタクトはミルフィーユの肩を揺すりながら状況を確認しようとした。

そこには複数の真っ黒に焦げたケーキの残骸らしきものと、無残にもオーブントースターから煙が上がっており、これが爆発源だということが確認できた。

だが、なぜこうなったか問いただそうとした時、不意にミルフィーの口が開いた。

「タクトさん………」

「ん?」

ミルフィーユは呆然としたままの無表情だったが、タクトは続きを促した。

「あたし、ケーキを焼こうとしたんですけど、これで10回くらい失敗しちゃいました………何が悪かったんでしょう?」

心底わからないと言った表情で呟くミルフィーユであるが、

「さ、さあ………何が悪かったんだろうね」

失敗した回数の多さと爆発に、苦笑いしながら答えるタクトであったが、

「でも、タクトさん」

何?とタクトが問う前にミルフィーユは立ち上がり呟く。

「さっきまでのあたしは、お料理が出来なくなったかもしれないっていうことで、頭が一杯になっちゃって、何もしたく無くなっていたんですけど………」

一度言葉を切るとタクトに視線を向けた。

「なんとかしてタクトさんに作りたいと思ったら、気付いたら夢中になっちゃいました」

「えっ」

言いながら普段の顔付きに戻っていくミルフィーユ。

「だから、あの、その、え〜と、なんだかよくわからないんですけど、失敗してるのにだんだん楽しくなってきちゃったんです。

 ヘンですよね?失敗してるのに楽しいなんて………」

語尾がだんだん小さくなっているが、ミルフィーユの顔には思わず笑みが零れていた。

「ミルフィー………」

ミルフィーユの言葉に、タクトは少し呆然としてしまったが、

「ようやく気づいたようだね」

微笑みながらそう述べた。

「えっ?」

ミルフィーユは何のことかわからないといった表情をしたが、タクトは構わずに続けた。

「さっきまでのミルフィーには余裕というものが感じられなかったんだ。だから何をやっても上手くいくはずがなかったんだ。

でも、今は料理をしていることに余裕が感じられるよ。例え失敗してもめげずに挑戦して行く………、それが本来のミルフィーなんじゃないかな。」

その言葉にハッとなるミルフィーユ。

そして、

「オレはもう、料理が出来なくてもいいなんて言わない。

もし出来なくなったとしてもエンジェル隊のみんなが協力してくれる。

料理が出来るようになるまでオレも協力するからさ」

そう締めくくりタクトは微笑んだ。

 

「タクトさん………」

ミルフィーユは一瞬泣きそうな表情を浮かべたが、

「ありがとうございます!タクトさん!

あたし、またお料理が作れるようになりますから、見ててくださいね!」

と満面に笑顔を浮かべながら、頭を下げていた。

 

その笑顔を見たタクトは、

「おっ、ようやく見せてくれたね。その表情。」

と微笑みながら言った。

「えっ、そうですか?」

「ああ、ミルフィーはやっぱり笑顔が似合うよ。

 ミルフィー、君は気付いていないかもしれないけど、君のもう1つの取り得は、その笑顔なんだ。君がいてくれるだけでみんな元気付けられるんだ。だから自分に自信を持っていい」

「も、もう………タクトさんたら………」

その言葉に思わず赤面するミルフィーユ。

その仕草にホッとなったタクトは思わずこう呟いた。

「けどミルフィーが元気になってよかったよ。

………これもランファのおかげかな」

「えっ?今何か言いましたか?」

「いやいや、何でもないよ。それよりミルフィー、これからどうするんだい?」

「あたしは、またケーキ作りに挑戦したかったんですけど………」

ミルフィーユは辺りの状況を確認すると表情を曇らせたが、すぐに気を取り直して答えた。

「お片付けをし終わったら、今度は別のお料理に挑戦してみます!」

その表情は公園にいた時とはまったく違う、自信に溢れた笑みだった。

「じゃあ、ミルフィー。オレも手伝っていいかな?」

「もちろんです。一緒にお料理しましょう!」

天真爛漫、喜色満面―――

もはや彼女の心を覆う暗雲は存在しない、そう………

 

前向きと言う本来の性格を引き出し、支えられながら―――