この艦の警備を掻い潜るのは簡単だった。例外はあったがほとんどの部屋へ忍び込むことが出来たのは上出来といっても良いだろう。

「これもロストテクノロジーの力か……」

感慨を込めて呟くが、手を休めることはなかった。

……これでいい」

私はこの中でも1番巨大なエンジンらしき物体に最後の爆弾を仕掛け終えた。

 

爆弾が倉庫にあったのは好都合だった。丸腰で単身エルシオールに乗り込んだのはいいが、武器という武器を携帯して無かったのだから。

倉庫だけでなく、他の部屋にも武器があったのは出来すぎかもしれないが……

 

爆弾は時限式か、手動か、とにかく遠隔操作で爆発させることは出来ないが、これだけ仕掛ければ――

「この艦もろともあの者達を始末できる……そう――」

――あの方を死に追いやったムーンエンジェル隊とあの男を……

 

だが、この程度で死なれてはつまらない。もっと屈辱や悲劇を味あわせてやらねば、私の気が済まない――

 

私は目を閉じどうやって皆殺しにするか考えたが……すぐに思い立った。

――――なんだ簡単なことではないの」

くくっ、思わず口を押さえながら忍び笑いを漏らしてしまう。

 

もしこの場に何者かが居たのならば、今の私を見てどう思うだろうか?

 

今着ているエルシオールの男性乗組員の制服をボロボロにし、身体の所々に傷や血の跡が付着させながら、その笑みを見たものが居たのならば――

 

――――新しい獲物を見つけた悪魔のような笑みを浮かべている――――

 

とでも言うのかもしれない……

 

だが――

「無理もない――」

そう、無理もないのだ。

目の前で大切なものを蹂躙される事は、何物にも耐え難い苦痛と屈辱を与えるのだ。

 

なにより私自身がそれを味わったのだから

 

「くっくっく……」

哂いが止まらない。

あの者たちに私と同じ目に遭わせる事が出来ると思うと――

「くっくぅ!?ゴボッ!」

哂っている途中、胸に焼け付くような激痛が走り、口と胸を押さえ込む。

同時に手の隙間から血が流れ出し服や地面を赤く染め上げる。

「くそっ」

あの時倉庫での傷がまだ――!

「ゲホッ、ゲホッ……ぐっ、ハァ、ハァ……」

力が抜け片膝を付く。

これでは長くは持たないかもしれない。

 

私が動いていられるうちに済ませておかなければ!

 

私はこの艦に乗っている者達を皆殺しにしなければ!

 

そう、それが――

あの方の無念を晴らすことなのだから……

 

 

私は意識を保つため、身近にあった壁を素手で殴りつける――――

 

 

 

*

 

 

急激に世界が起動する―――

「っ!!」

ガバッと跳ね起きるちとせだが、その息は荒い。

「い、今の夢は、いったい……」

僅かな若草の香りがする畳の上で、ちとせは周りを見渡す。

 

木々を使った建築用法を取り入れた柱、壁に貼り付けられている『明鏡止水』と筆書きされた掛軸、何時でも使えるよう部屋の隅に置かれた卓、植木鉢が部屋の随所に置かれている。

『わび・さび』の感性が表現された、凛とした性格のちとせらしい質素な部屋である―――

 

呼吸を整えいつも通りの自分の部屋であることに安心を覚えながら、現状を把握しようとして今までのことを思い出していた。

 

 

―――弓矢の稽古に入るため、いったん胴着に着替えてから裏庭に出た。

だが、練習に入ってから10分ほど経過しても、皆中――的の中心――に当たることはなかった。

それもそのはず、部屋に帰ってきてからというもの、自分の身体がまるで別の物のように重く感じられ、上手く弓を扱えなかったのである。

 

調子が思わしくないことに気付くと、ちとせは練習を止め、部屋へ戻ろうとした時、

突如眩暈が襲った。

何とか部屋に辿り着こうとした瞬間――――そこで意識を失った………

 

そして

――――現在、私は自分の部屋の中心でうつ伏せになって倒れこんでいた。

「はぁ……」

庭から差し込む人工の夕日を見て一息吐く。

なんとか現実ということに気付いたが、正体不明の不安がちとせに付きまとっていた。

 

「痛っ」

不意に右手が痛む。

壁を素手で殴ったのだから無理もないが―――

「壁?」

今の自分の考えに違和感を持ったちとせ。

「そんな、アレは夢の筈では……」

不審に思ったちとせは右手を見てみると、そこには――――

「えっ!?」

 

――――右手の甲が真っ赤に腫れ上がっていた

 

思わず立ち上がるちとせであるが、一瞬だけ下を向くと信じられないものが目に入った。

「そ、そんな!」

胴着の胸元の方には多量の血が付着していた。

「こ、これはいったい――」

そこまで言った時、ちとせは先ほどの夢の内容を思い出した。

 

 

夢とは思えない動作、言葉、息遣い、感情、思考……

 

まるでもう1人の自分がそこにいたような感覚があった……

 

その時ソレは血を吐いていたような気がしたが……

「違う……、あれは決して私じゃない……」

悪夢を振り払うように首を振る。

―――自分は今ここにいる。そのハズなのに―――

身体が震え、冷や汗をかく――

ちとせは心の奥底から言い様の無い不安が広がるのを感じていた……

 

 

 

 

*

 

 

 

 

タクトとミルフィーユが食堂にいる頃ブリッジでは――――

「ふう……」

副司令官席に座っていたレスターが数枚の写真を見てため息を漏らした。

 

写真には、廊下、倉庫、公園、ホールなどに例の球体―――正体不明のロストテクノロジーが写し出されていた。

 

惑星ロームから離陸する前、エルシオール内に例の球体が入り込んでいたのを監視カメラで発見したのだが、

明確な情報が来るのが遅れてしまったことと、復興途中のローム星系とエルシオールの乗組員に、不安を与えないよう離陸するまで知らせることをしなかった。

だが、ロストテクノロジーの被害が予想外のものだったことに、レスターは頭を抱え込んでいた。

 

「どうしたんですか、クールダラス副司令?

 ため息なんかついて」

操縦席にいるアルモが、レスターの様子を見て不思議そうな表情をしていた。

「いや……、この写真のことだ」

と言ってレスターは、デスクの上にあった何枚かの――監視カメラに映し出された映像をプリントした――写真を指した。

「ああ、ロストテクノロジーの事ですか」

アルモは納得した表情で答える。

「でも、このロストテクノロジー、本当にとんでもない物ですよね……」

「そうね……、しかもこの艦で被害を受けたのはエンジェル隊だけなんて……」

顔を顰めるアルモの横で、表情を曇らせながら呟くココ。

しかしその言葉を聞いたレスターは

「エンジェル隊だけ……」

何か気づいたような表情を浮かべていた。

「クールダラス副司令、私、何かおかしなことでも言いましたか?」

レスターが突然黙り込んでしまい、不安そうな声で尋ねるココ。

だが、

「確かにおかしい……、

 いや、ココではなくてだな、これの事だ」

慌てながら訂正し、アルモとココの前に写真をかざすレスター。

「ロストテクノロジーが何か?」

「何がおかしいんですか?」

何が変なのかが解らず、首をかしげる2人。

そんな2人を見て、レスターは嘆息しながら答える。

「どう考えてもおかしいだろうが。

なぜ、このロストテクノロジーはエンジェル隊以外襲わなかったのか、

さらに言えば、これだけカメラに写っていたのに今まで誰にも発見されなかったのは不自然だと思わないか?」

その言葉にハッとなるアルモとココ。

 

そう、先ほどからレスターが疑問に思っていたのは、このロストテクノロジーはエルシオール中を彷徨っていたはずなのに、誰にも見つからなかったのは不自然である。いくら人通りが少なくても、直径約15cmの白い球体では眼につきやすい物と思える。

 

さらに言えば、この球体はエンジェル隊2人しか襲っていない。他の乗組員には被害は出ていないのだ。

 

「確かに変ですね。意思を持っているって言っても、人間を区別することなんて出来るんでしょうか?」

説明を聞いていたアルモが疑問の声を上げた。

「さあな……、適格な人間なのか、そうでないのか、区別することが出来るのかも知れん。

何せ今までとは特殊モノらしいからな……」

皮肉げに口を歪めるレスターであったが、その表情に余裕は無かった。

「変だといえば……、不審人物の行方はどうなったんでしょう?」

思いついたように呟くココ。

その言葉にレスターは、2人に視線を向けた。

「そういえば、そいつの行方はどうなった?」

「エルシオール艦内をくまなく調べたんですが、以前として行方は不明のままです」

「変だな……」

腑に落ちない表情で呟くレスターに、2人は不審げな表情を浮かべる。

「まだ何かあるんですか?」

「不審人物の行方がわからなくなるのと同時に、ロストテクノロジーも発見されないのはどういうことだ……

そもそもエンジェル隊が襲われたのと同時に、無人艦隊が現れたのは偶然にしては出来すぎだ……」

アルモの問いにも答えず、腕を組んでブツブツと呟くレスター。

その後、沈黙してしまったレスターを見て、アルモとココはとても話しかける様子では無いと思い、本来の仕事に戻っていった。

 

 

*

 

 

「クールダラス副司令、ドライブ・アウトまで、あと1分を切りました」

レーダー担当であるココは、レスターにドライブ・アウトの報告をした。

先ほどから考え込んでいたレスターは、報告が耳に入ってきた時、

「わかった。通常空間に出るまで気を抜くなよ」

と冷静に対処した。

「それから、アルモ。タクトをブリッジまで来るよう連絡してくれ」

「了解しました」

レスターの命令を聞いたアルモは通信を開始した。しかし、

「あれ?

マイヤーズ司令、部屋に居ないみたいです」

「それなら艦内放送で呼び出してくれ」

レスターがそう言った後、

「エルシオール、ドライブ・アウトします」

「もうドライブ・アウトか、意外と早かったな……」

すかさずココの報告が来た。

「ドライブ・アウトまで、3、2、1……」

カウントダウン終了とともに、一瞬モニターが光りだすと、辺り一面、宇宙空間が広がっていた。

「通常空間に移行しました。周囲に敵影ありません」

 

普段通りに目的地に着くと思ったレスターであったが、

 

「艦内各部以上な――」

 

アルモが報告を終えようとした瞬間――――

 

 

 

 

 

ドゴォォォォォォォン!!!!

 

 

 

 

艦全体が揺れ動きだした。

 

 

 

「キャアアアアアア!!」

「うわあああああ!!!」

ブリッジに悲鳴が響き渡るが、艦の揺れは想像以上のものであった。

 

「な、何だ今のは!? 敵襲か!?」

「い、いえ! 周囲に敵影は確認できません!」

「では艦内に何かあったのか!?急いで調べろ!」

いち早く立ち直ったレスターは指示を出した。

「は、はい!……ええっ!?」

レーダーを確認していたココは驚愕の声を上げた。

「どうしたココ、落ち着いて状況を報告しろ!」

驚愕したままのココに苛立ち、声を荒げるレスター。

 

だが、落ち着きを取り戻したココの言葉は、想像を超えるものだった。

 

「第2、第3エンジン損傷、修復困難!

エルシオール航行不能!!」

「何だと!?」

 

レスターの声とともに、ブリッジ全体に緊張が走る………

 

 

 

 

*

 

 

 

 

食堂の厨房ではタクトとミルフィーユが、一緒に料理―――料理といっても包丁の使い方からフライパンの使い方など、初歩から行なっており料理自体はまだ出来ていなかった―――をしていた。

しかし料理が出来なくなっているミルフィーユは初心者同然の腕であり、タクトも酷くは無いがあまり料理をしていない腕前であることは明白であった。

 

結果、初心者2人の料理実習は騒音と異臭とケガにより中断ということになった。

ミルフィーユは落ち込んでいた時の表情は何処へ行ったのか終始楽しんでいたようだが、タクトはミルフィーユの能天気さに呆れ気味だった。

「それよりまず、

ミルフィーユ、あと何処か怪我してる所は無いかい?」

タクトはあちこち絆創膏を貼った手で、ミルフィーユの手を持ち上げながら訊いた。

「あ、もう大丈夫です。それよりタクトさんのほうはどうなんですか?」

現在2人は、誰もいない食堂でケガの治療をし合うという場違いな行為をしていた。

 

 

だが、爆発音と振動を感じたタクトとミルフィーユは、先ほどからの和気藹々とした雰囲気から、緊迫した空気と化した。

「な、何なんでしょう、今の?」

「さあ………、 少なくても、誰かが花火でもやって暴発させたわけじゃないのは確かだろうね」

タクトは自分の指の傷を見ながら軽口を叩くが、その表情からは笑みが消えていた。

 

そして、緊急警報が鳴り響くと真面目にならざるを得なくなった。

『機関室にて大規模な損傷発生!!

繰り返します、機関室にて大規模な損傷発生!!』

『修理班は機関室へ急いで出動してください!!』

 

 

「どうやら敵襲みたいだな………、

ミルフィー!」

「はい!ミルフィーユ出動します!」

呼び掛けとともにミルフィーユは格納庫へ、タクトはブリッジへ向かおうとした、

その時、

 

キタレ――――

 

 

「っ!?」

不意に感じた殺気にタクトは思わず辺りを見回す。

「どうしたんですか、タクトさん?何かあったんですか?」

タクトの突然の行動を見ていたミルフィーユが駆けつけてきた。

「い、いや何でもないんだ………、多分オレの気のせいだと思う」

タクトは心配させまいと慌てて首を振った。

「それよりミルフィーも急いだ方がいいんじゃないか?今頃みんな格納庫で待機しているかもしれないぞ」

「はぁ………わかりました」

ミルフィーは訝しげな視線を投げかけながらも、格納庫へ向かって行った。

ミルフィーユの姿が見えなくなると、タクトは一息付くが、顔色は蒼白になっており、顔中冷や汗が出ていた。

「きっと気のせいだ……。あんな声……」

そう呟くも、タクトは先ほど聞こえてきた声のことを思い出していた。

 

純粋に研ぎ澄まされた殺気……憎悪と殺意が入り混じった高い声……

 

「っっっ!?」

タクトは思い出すだけで震えが止まらなくなっていた。

震えを止めるためか、思わず身体を抱きしめる。

(こんなことしてる場合じゃない!ブリッジへ急がないと――)

そう思ったが、タクトの足は動かなかった。

「どうしたっていうんだ、オレは!? 早く――」

行かないと――――と言おうとした時だった。

 

キタレ――――

 

「うっ!?」

両手で頭を押さえ込むタクト。

キタレ――――

キタレ――――

反響する殺気と声………

タクトの頭の中に直接響いてくるようだった………

「うっ……ぁぁぁぁ…………ぅぁ……」

声とともに迫り来る激しい頭痛と眩暈。

もはや言葉にすらならない。

キタレ――――

キタレ――――

キタレ――――

声の間隔が短くなっていく……

 

(何なんだこの声は!?耳を塞いでも聞こえてくるなんて……!?)

両膝をつきながら、床で悶えるタクトの神経はもはや限界に近づいていった、

その刹那

 

 

 

キタレ!!!

 

 

 

「っ!!!」

 

 

最後の声はタクトの意識を一瞬にして奪い去った。

 

 

タクトは引きつったように背を反らし一際身を震わせると、

 

 

 

――――――――」

 

 

バタン

 

 

 

崩れ落ちるようにその場に倒れこんだ。

 

 

 

 

 

だが、

タクトの懐に入っていた通信機―――クロノクリスタル―――が赤く光りだすのと同時に、

 

 

ガバッ

 

 

突然、うつ伏せの状態から起き上がる。

 

 

………………」

しかし、その表情は先ほどのタクトと違い、感情が無くなったように無表情であった。

 

………………」

 

タクトはエレベーターホールへの道へ視線を向けると、

 

虚ろな目をしながら何処かへと歩き出していく……

 

ゆらゆらと崩れかけた尖塔のように―――