「今まで何をしておったんじゃ、お前達は!」
だんっ! と資料が載っているデスクに拳を叩きつけたのは、茶色がかった長めの髪が特徴的な初老の男ルフト・ヴァイツェン。
ルフトに怒鳴りつけられ、モニターごしに映っている中年の軍人はビクッと身を震わせた。
「それで、その球体は残りどれくらい消えたんじゃ?」
『の、残りは後1つです……、多分エルシオール艦内に侵入しているものだけだと……』
軍帽を震わせながら、怯えた表情で報告を続ける男。
「ならば引き続き調査を行なえ。
今度は、復興作業に手間取ったため、などという言い訳は通用せんからな」
声を荒げたまま、返事も聞かずに通信を切るルフト。だが、その表情は焦燥感が見て取れる。
「まさかローム星系に、『黒き月』の兵器がまだ残っておったとは………」
将軍室の壁際にある―――黒い革張りの背もたれの高い椅子に座っているルフトは、呟きとともに頭を抱え込んでしまう―――
*
エルシオールがトランスバール本星に向かっている頃、ルフトは本星にある皇国軍総司令部の基地内にある将軍室の中で、ローム星系皇国軍駐留艦隊から、ある報告を聞いていた。
復興途中の惑星ロームにて、あるとんでもない物が発見されたという。
それは、エオニア軍が惑星ロームを支配下に置いていた頃、残していったとされているプローブの類の物であった。
だが、問題はそのプローブの形状である。
―――プローブの形状は直径約15cmの白い球体であった。
このような情報は本来、皇国軍総司令官であり軍と内政の最高責任者であるルフトに回されるようなものではない。
だが、エルシオールに搭乗し、無人艦隊の拠点制圧とロストテクノロジーの探索に当たっているレスターから、現在の状況を報告された途端、急いでローム星系に連絡を取ったのである。
案の定、事態はあらぬ方向へと向かっていた―――
惑星ロームの復興作業に追われている駐留艦隊は、もう1つの任務であるエオニア軍が使用していた兵器、またはそれに準ずるものを探索する任務を与えられていた。
戦争が終わったとはいえ、反乱軍が使っていた兵器がまだ何処かに隠れており、下手をすれば暴発する可能性があるため、兵器探索は重要視されていた。
ところが駐留艦隊は復興作業の多忙さから、兵器探索を怠っていた事実が浮かび上がったのである。
この報告を受けたルフトは急いで探索を命じると、惑星ロームの果ての地で、複数の戦闘機と思われる艦が発進された痕跡を見つけた。
さらには、その奥のクレーターの中に、無稼動の数個のプローブが発見された。
「これがまだエオニア軍が作ったものならば、問題にはならないと思うのじゃが……」
デスクの上にあった資料を手に取って、記載されている報告を読んだルフトは思わず嘆いてしまう。
その資料には調査されたプローブの詳細が書かれていた。
プローブの性質は極めてロストテクノロジーに近く、命令無しでも単独行動が可能であるという。
だが、エルシオールに進入した球体が報告通りならば、紛れもなく発見されたプローブの一つであろう。
「これが『黒き月』が作り出したものならば、話は別じゃ」
―――『白き月』と対をなす『黒き月』
エオニア戦役で反乱軍が強大な戦力を保持していたのは、巨大自動工場要塞という呼称がある『黒き月』の力を手に入れたことが原因であった。
『黒き月』によって作り出される無人艦によって皇国は甚大な被害を受けた事は、ルフトの記憶に生々しく映っていた………
ルフトは不意に思い立ったように顔を上げると、デスクの上にある通信機を操作して、基地内の管理室と通信を行なった。
「こちらはトランスバール皇国軍総司令ルフト・ヴァイツェン将軍じゃ。
ローム星系で任務に当たっていたエルシオールの現在地は―――」
ルフトが言い終える前に、横から割り込む大声が聞こえた。
思わず言葉を止めるルフトの耳に入ってきたことは、予想を遥かに上回るものだった―――
『ルフト将軍!
現在エルシオールはトランスバール宙域で微動だにしなくなった模様です!』
「なんじゃと!?それはどういうことじゃ?」
『詳しいことは分かりませんが、エルシオールに通信を行なってみたところ、全く通じない状態になっているようです!』
焦りを募らせた低い声………
その報告を聞いた途端、ルフトの背筋に悪寒が走る―――
「もう一度通信を行なえ!それでもダメならエルシオールが居る所まで、艦を派遣するのじゃ!」
ルフトは通信を切ると、慌しく席を立つ。
(この予感が運悪く的中せんように………、何としても無事で居るのじゃぞ!)
ルフトの頭をよぎるのは教え子である2人の顔であった―――
ルフトが退室した将軍室―――
そこには一枚の資料が部屋の片隅に落ちていた………
その紙面の内容とは―――
――――発見されたプローブ・インターフェイスの特徴
情報(記録)吸収機能
具体的には超音波と閃光を放ちながら、その媒体に保存してある記録を吸収し、応用することが出来る。
人間相手には襲われるまで相手が思い描いていたこと(記憶・知識・思考・感覚・性格)を吸い取る。追加として襲い掛かった相手を(半永久的に)操作することが出来ると思われる。人数制限は無し
変身(化)機能
具体的には身体を変化させる。
遠隔操作
元は無人艦隊の戦艦のコントロールを掌る部品として使われていたため、複数の物体を操る能力、また艦隊を遠距離から操ることが出来ると思われる。その距離、惑星1つ分の直径ほどの距離。人間相手に使用すると、その人間の意識は失われる。ただし使用人数は1人のみ―――
*
シェリー・ブリストル。
ムーンエンジェル隊に所属する前から、その名を知っていたちとせはこの状況に混乱していた―――
「シェリー・ブリストル………その名前は確か―――」
現在エルシオールの艦内で唯一照明が機能している機関室。
「先の大戦―――エオニア戦役で殉職したはずでは………」
その機関室の中央にあるメインエンジンの近くで、対峙している4人の姿があった……
正確には2人と1人であり、1人は人質といった感じで頭部に銃を突きつけられている――
第3者の目からはそう見えるかもしれない………
しかし片方の2人組には、そんな認識は無かった。
特に軍帽を目深に被った赤い髪の女性―――フォルテ・シュトーレンの心境は、目の前の状況に困惑していた。
目の前の顔に大きな傷を持った女性は、先の大戦――エオニア戦役の敵軍最高幹部にして、エオニア元皇子の右腕といわれた腹心であり、先の大戦で皇国軍を壊滅寸前にまで追い詰める才能と胆力の持ち主であったことをフォルテは認識していた。
していた―――それは今ではもはや過去形になってしまっている………
何故なら、白き月に行く途中の戦闘で搭乗していた戦艦ごとエルシオールに特攻し寸前で失敗。その時エルシオールの手前で爆沈した―――ハズであったが………
今フォルテとちとせの目の前にいる女性は紛れもなく、シェリー・ブリストル―――その人物であった………
「信じられないっていう顔ね」
互いを認識してから放ったシェリーの第一声。
その声を聞いた途端、フォルテは銃を握っている右手が汗ばんでくるのを感じた。
「私がここにいるのがそんなに信じられないかしら」
右手を口に当てクスクスと忍び笑いをするシェリー。
平然とした仮面の奥に、僅かな動揺を隠し切れないフォルテの様子を見て、楽しくて仕方がないといった顔であった。
「………ああ、とても信じられないね」
そんなシェリーを前にして、動揺を隠すことをしなくなったフォルテ。
「意外と正直なのね。貴女にそんな一面があったなんて、少し驚いたわ」
「悪かったねぇ………」
本気でそう思っていたのか、ますます可笑しそうに笑うシェリー。
その様子を見たフォルテは不機嫌そうな表情をした。
「けど、どうやって生き延びたんだい?
あの爆発の中で死なずに済んだっていうのは、どうも信じられないね………」
その言葉からは、もはや先ほどの動揺は感じられない。
もはやいくら存在を否定しても、目の前にいる女性が夢でも幻でもないということを悟ったフォルテは、ようやく腹を決めたようだ。
「まあ驚くのは無理もないわ。私自身こうして生きていられるのが不思議なくらいよ」
でも………と付け加える。
「爆発する寸前、緊急脱出装置が起動して、辛うじて近くの惑星まで落ち延びることができた………そういうことよ」
「そんなバカな!?」
シェリーの言葉に反応を示したのは、今までフォルテたちのやり取りを呆然としながら見守っていたちとせであった。
「大戦の記録から見ても、あの時戦場になった場所は小惑星帯、
それにいくら脱出装置が起動しても生身で生存できる惑星はごくわずかな筈………
そんな状況下の中で今まで生きていられたなんて!」
信じられないといった表情で首を振るちとせ。
そんなちとせを前にして、静かな口調でシェリーは口を開いた。
「………ムーンエンジェル隊の新メンバー、烏丸ちとせだったかしら?」
「っ!?」
何故自分の名前まで知っているのか?
シェリーに名前を呼ばれ、思わず身構えるちとせ。
「冷静な情報分析力を持ったその頭脳は、軍に配属される以前から評価されていたようだけれど………、やはりあなたは所詮新入りのようね」
「なっ!」
見下すようなシェリーの言い方に激昂しかけたちとせだが、威圧されるようなシェリーの視線に押し止められる事となった。
「例外というものを認識できない今の貴女には、口を出すことではないわ。でしゃばる様な真似はしないで欲しいわね」
「よく言うよ」
シェリーの言葉を呆れた表情で横槍を入れるフォルテ。
「前皇王だけでなく、自分の親類でもある皇族を粛清しまくっておきながら、『黒き月』を利用して数多くの人々を虐殺したエオニア―――
そのエオニアに忠誠を誓っていたお前さんが、偉そうに人を説教する資格なんてあるのかねぇ」
やれやれといったそぶりで首を横に振るフォルテ。
だが、シェリーから一瞬目線を外した瞬間―――
ドンッ!!
突然銃声が鳴り響く―――
「きゃあっ!」
黒髪を靡かせながら、咄嗟に身を屈めるちとせ。
フォルテとちとせの間を、音と風とともに銃弾が通過した。
黒髪が数本、地面へ舞い落ちる……
頬に一瞬、熱さを感じた……
フォルテは無言で右頬に触れると、指には血が付着していた。
相手が撃って来たことを確認したフォルテは、前方にいるシェリーを睨みつける。
「口の利き方には気を付けたほうがいいんじゃないかしら?」
対するシェリーは、左隣で虚ろな状態で立っているタクトの頭に突きつけていた銃を、フォルテたちに向けていた。
「気安くエオニア様の名を呼ばない方が身のためよ」
その口調は静かであるが感情的であり、フォルテとちとせを睨みつける表情になっていた。
「今、この男の生殺与奪の権限は、私が握っていることをよく認識しておくことね」
フンッと鼻を鳴らすシェリーだが、少しも笑みを見せなかった。
フォルテは気後れせず、牽制するように銃の引き金に指を掛けるが、
「タクトをどうする気だい?」
相手を刺激しないように慎重に言葉を選んだ。
「今の所何もしないわ、今の所はね……」
「どういう意味だい?」
引っかかる物言いに眉を顰めるフォルテ。
シェリーは口の端を吊り上げ2人に告げた。
「簡単なことよ。
この男を無事で返して欲しいのなら、武器を捨てて私の所まで来ることね」
「イヤだって言ったら?」
フォルテへの返事として、シェリーはタクトの側頭部に銃を押し付ける。
その仕草は「言われなければ解らないかしら」と言わんばかりであった。
銃を突き付けられても何の反応も無いタクトであったが、
「………………」
フォルテは無言で銃を捨てた。
ガシャンと地面に音を立てて銃が滑り落ちる………
「フォルテ先輩!?」
フォルテの行動に叫びに似た声を上げるちとせ。
「……ちとせ、あんたも此処は従っときな」
振り向かず返事をするフォルテだが、その口調は落ち着き払っていた。
フォルテが何を考えているのかは推測できないが、目の前の状況からちとせは渋りながらもレーザーガンを手放す。
「これでいいのかい?」
「まあまあってところね。それじゃ2人ともこっちへいらっしゃい」
左手でタクトに銃を突き付けたまま、右手で手招きをするシェリー。
「くっ」
シェリーの小馬鹿にしたような態度に、ちとせは唇を噛み締めるが、辛うじて怒りを抑えて歩き出す。
「1つ尋ねたいことがあるんだけどねぇ」
歩きながら唐突に質問をするフォルテ。
「どうしてか分からないけど、何でタクトはそんなに無反応なんだい?」
シェリーまでの距離、およそ20歩―――
「さっき廊下でタクトが歩いている所を見たけど、まるで何かに操られてるみたいだったんだよ」
あと15歩―――
「なあ、タクトにいったい何をしたんだい?」
あと10歩―――
「別に大したことはしていないわ、ただあることを行なって、ここまで呼び出しただけよ」
あと8歩―――
「まあ、その時は意識を失わせてもらったけど」
6歩―――
「ふーん、よく分かんないけど……とにかくだ。あんたはタクトを人質にとってどうしようってんだい?」
4歩―――
「………初めはこの男を操って、この艦を支配しようと思っていたけれど……気が変わったわ」
3歩―――
「今私が思っていることは―――」
2歩―――
「―――――――――――――――貴女たちの手でこの男を殺害させることよ」
1―――
「なんだって!?」
「フォルテ先輩、離れてください!」
ちとせの掛け声より速くシェリーの下から離れ出すフォルテ。
――――それ以上の速さでシェリーは片手でフォルテの首を掴んだ………
「ぐはっ!?ぅ……」
女性のものとは思えない力で持ち上げられ、息が詰まるフォルテ。
「フォルテ先輩!」
ちとせはあと5歩といった距離で走り出すも、
ドンッ!
「きゃあ!」
足元に威嚇射撃され、進行を妨げられた。
「貴女は後回しにしてあげる。
さあ、フォルテ・シュトーレン………」
シェリーは、必死で足をバタつかせ、離れようともがいているフォルテを、自分の顔のほうへと引き寄せると―――
「貴女も操り人形にしてあげる―――」
その首筋へ口をつけようとした―――――――――
その瞬間――――――
バキャアッ!!!
シェリーの身体が横へ吹き飛んだ。
「くっ!」
「がっ!?」
衝撃に巻き込まれたもののシェリーの手から離れたフォルテは、倒れた身体を起き上がらせ息を付く。
そして、目の前で起きている光景は―――
「どう?一文字流星キックのお味は?」
笑みを張り付かせながらも、眼は敵を睨みつけている金髪の闘神(めがみ)が君臨していた―――