儀礼艦エルシオールという宇宙艦は、福利厚生などの人間を収容するだけのスペースだけでなく、空母の役割を果たすために戦闘機などを収容するスペースも確保されている。
そうすれば必然的に内部も広くなり、外部のフォルムも巨大になる。
機関室も例外ではなく、大人数、大艦隊を収容するとなれば、航行するために必要なエネルギーが必要であり、エンジンの規模も並大抵のものではない………
ならば―――
エルシオールの心臓部といえる場所で、
爆音や銃声といった音を発する行為を目撃した場合、
『白き月』の管理人にして『月の聖母』シャトヤーンは、かような事を容認するのだろうか―――
*
先ほどの爆発からか、機関室にある幾つかの照明が光を失ったが、
エンジンから立ち昇る火の手によって、部分的な光が空間を覆っていた―――
ドンッ! ビシュンッ!! ドンッ! ドンッ!!
その中でも薄暗いスペースとなっている端の空間からは、絶え間なく銃声が鳴り響く………
カチッ、カチッ
「……ちっ、銃弾(たま)切れかい」
赤髪の女性――フォルテは、銃から弾倉――マガジン――を取り出し、予備を慣れた手つきで入れ替える。
ビシッ!
「うおっ!?
じっとしてるヒマすらないよ、これじゃあ……」
レーザーが通過した瞬間、後ろにある壁に罅が入り、思わず愚痴を零してしまう。
物陰に潜んでいるのにも関わらず、まるで相手からはこちらが見えているような流麗な動きを魅せていた。
柱の陰から様子を伺う。
エンジンと柱の合間を縫って、黒髪を靡かせながら、人影が接近して来る―――
「よっしゃ!」
フォルテは口の中で呟くと銃を構え、
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
レーザーガンを持っている相手の右二の腕、右大腿部、左足甲に正確に命中させた―――
人影は多少動きを鈍らせたが、すぐに態勢を立て直し、レーザーを放ってきた。
ビシュン!ビシュン!
「ちぃ! まだ動けるってのかい!?」
その場から離れ、素早く物陰に隠れながらも、舌打ちしながら悪態を吐くフォルテ。
僅かに明るさが増す炎………
朱い光に照らされたシルエットは、黒髪を舞い上がらせながらも、無表情なまま端正な顔立ちを歪めることなく、無駄のない動きで移動していた―――
「いくら操られているとはいえ、ちとせは甘くないみたいだねぇ……」
フォルテは顔を歪め、呼吸を荒げる。
「手強いからって、心臓を狙うわけにはいかないし……
かといって銃弾を乱射して、間違ってエンジンに命中(あた)ったら大惨事になっちまう」
倉庫の戦闘で受けた傷が悪化したのか、だんだんと痛みだしてきた左肩を、銃を持った右手で押さえる。
同時に彼女は、先ほどまでのやり取りを思い出していた―――
*
ランファと2手に分かれたのはいいが、仲間同士で戦うという状況には正直戸惑いが生じていた。
何度阻止しても、相手はなんの迷いもなく向かってくる―――
かといって、大事な仲間を殺したくはない、といった思いはフォルテもランファも同じであったが、
殺さない程度に動きを阻止しようとしても、相手は止まる気配を見せない。
“いくらやっても無駄よ”
誰かの嘲笑が聴こえてくる。
“その2人はもはや戦闘だけに特化された機械同然………
痛みはおろか疲れすら感じないわ”
第3エンジンが炎上し、舞い上がる火の粉がパチパチと音をたてる。
スプリンクラーが作動しているのか、上から水が扇状に放射されていた。
声の方向へ視線を向けると、メインエンジンの前に佇む1つの人影があった―――
“どうしても何とかしたいというのなら―――”
銀髪の女は“他”に視線を向けると、口を歪めた―――
“その2人を殺してみたらどう?”
息を呑む声はどちらのものだったのか………
その言葉に激昂し、女を見据えるが―――
“良いのかしら? 私を殺そうとすれば、その娘たちがどうなるか判らないわよ”
こちらの心情を見透かしたように嘲笑うと、ボロボロになった制服の胸元に手を入れた―――
“ぐっ……ぁ…ぅ……”
女が何かしたのか、ただの偶然か………
人形のように無反応だった2人から苦悶のうめき声が聴こえてきた………
慌てて振り向くと、そこには脂汗を滲ませ首筋を押さえながら、地面に蹲るミルフィーユとちとせの姿があった―――
“脅しではない事が解ったかしら――”
女は銀髪を靡かせながら、腕を組むとこちらを睨んできた。
“今、貴女達が出来ることは2つ―――
その2人を殺すか……逆に殺されるか……”
それとも、と呟くと、
“私に操られて、この艦全員の命を奪うか……好きな方を選んでいいわよ”
炎が醸し出す朱い光に彩られながら―――
銀髪の魔女は高らかに哂った―――
*
「ふざけたこと言ってるんじゃないよ……」
走りながら、頭の中で反響する嘲笑を消すかのように、頭を振るフォルテ。
例え実現が可能だとしても、あの2人を殺すなどということは、やすやすと受け入れられるものではない。
これは今まで一緒に信頼を築いてきた、エンジェル隊全員に言えること………
こうして苦悩している間にも、相手は攻撃の手を緩めない。
ちとせは円を描くようにして、柱を掻い潜って接近して来る―――
この頃、いつの間にか炎の勢いが弱まっていることに、ここに居るものたちは気付いていたのだろうか―――
機関室で何が起こっているのか、自分達以外の状況は何1つ把握できていない現実が、この広い空間で展開されていた―――
*
やや薄暗い空間に反響する銃声、打撃音、かすかな人の声………
火の手が弱まっているエンジンの近くに、2人の少女の姿があった―――
破損したエンジンは爆発の規模に比べ、そんなに酷いものではなかった。
そこにライトグリーンの長い髪を束ねた少女――ヴァニラ――は、ナノマシンを使用してエンジンの修復にあたっていた。
「ヴァニラさん……エンジンの修復状況はどうなっていますの?」
背中を向けて尋ねるのは、警戒にあたっている青いショートカットの少女――ミント――である。
「修復率70%完了……残りの修理を急ぎます……」
「判りました。私も引き続き警戒にあたりますので、そちらはお願い致しますわ」
「はい……」
小声でやり取りを行う2人。
スプリンクラーが起動したおかげで、火の勢いは弱まり作業は、はかどっていた―――
―――本来ミントはともかくヴァニラまで機関室に居るはずはなかった。
だが、入り口の近くまで辿り着いた瞬間、突然出てきた人影に驚愕した。
ミルフィーユとちとせは姿に異常はなかったものの、思念波が一切感じられなかったことに、ミントは異変を感じ取った。
2人のあまりにも素早い速度に驚愕したのが運の尽きだったのか、爆発音とともに自動扉にロックがかかってしまった。
手動で抉じ開けようとするも、機関室の入り口には解除装置が無いために、手動で開けることは不可能であった―――
機関室に閉じ込められる形で残った2人は、状況がつかめないままエンジンの修理に入った。
ヴァニラは額に汗を光らせ修理にあたり、ミントは白い耳を動かしながら警戒にあたっていた。
2人とも絶対の信頼を置いているせいか、他のエンジェル隊が近くで苦戦していることなど、思っていなかったのかもしれない……
ほんの一瞬、機関室全体に耳鳴りがするほどの静粛が訪れるまでは―――
「!?」
突然目を見開くミント。
「どうしましたか、ミントさん?」
後ろで息を呑む声に反応し、小声で尋ねるヴァニラ。
だがその問いかけは、顔を青ざめさせ、身を震わせているミントの耳には入ってはいなかった―――
*
包帯を巻いた左肩がじわじわと赤く染まっていき、疼痛を起こしていく。
「ちっ、少しくらい休んでても、怒りやぁしないよ」
入り口近くの物陰に隠れるも、フォルテの焦りは刻一刻と募っていく。
隠れた拍子に、血を吸った包帯が、ぴちゃっという音を立てて剥がれ始めた。
(もしかしたらランファは、2人がかりで攻撃されているのかもしれないね……)
いくら操られているとはいえ、ミルフィーユならばランファも手間取りはしないかもしれない………
だが………あのシェリーを相手とするならば話は別である。
(あの女にはまだ何かありそうな気がするよ……アタシらには想像もつかないような――)
そこまで思っていた時であった―――
ビシュンッ!
耳元を何かが通過した。
「ちとせ!?」
エンジン1つ分を挟んで向かい側に、こちらに銃を向けたちとせの姿があった。
ちとせは無表情のまま銃を下ろすと、レーザーガンのカードリッジを外した。
(エネルギー切れか!?)
その隙をフォルテは見逃さなかった―――
ドンッ!
バキッと重い音を立てて、ちとせの手から破損したレーザーガンが崩れ落ちる………
(今だ!)
フォルテは銃を下ろすと、そのままちとせに接近していく―――
そして何処からか、“あるもの”を探り当て……
「ちとせ、決着(ケリ)がつくまで、大人しくしといておくれ!」
“あるもの”を取り出そうした瞬間―――
バァンッ!
「えっ」
反響する乾いた音。
一瞬何が起きたのか判らなかった………
ただフォルテは自分の胸元に熱いものを感じた―――
広がる熱さとじわじわとやって来る痛み、
前方を見据えると、そこには、
軍服をボロボロにさせ、四肢の所々から血を流しながらも、
無表情なままのちとせが、こちらに銃口を向けて立ち尽くしていた―――
被っていた帽子が、不意にズレ落ちる……
ぱさっ
帽子はスローモーションのように、下へ落ちていき、
音を立てて地面についた―――
そして銃口の先、
(あっ……)
そこからは白い煙が立ち昇っていた―――
(そういうこと………だったのかい)
ゆっくりと胸元を見る。
服を濡らし、ふくよかな隆起を真っ赤に染め上げた胸元。
露出が多いこの服装からは、素肌から直に傷口が見てとれる―――
「ガハッ」
息が詰まった途端、咳き込んでしまう。
びちゃという音を立てて、地面に朱い水溜りを作る―――
「あんた…っ…の、その……拳銃…はっ」
血が喉に溜まっているのか、上手く喋ることが出来ない―――
薄れゆく意識の中
フォルテの目に映ったもの、それは―――
先ほどよりも弱まっていく火の手と
ちとせの首筋に映る淡い光と
彼女の持つ見覚えのあるリボルバー式の拳銃
そして
(アタシが初陣の時に使ってたモンでもある……)
無表情なはずのちとせの目から流れ落ちる
(あの時の拳銃じゃないか………)
1筋の光る水滴であった―――
一瞬の静粛の中
ガシャンッ、という重厚な音が、地面に響き渡った―――