飛び交う拳撃、肉と骨がぶつかり合う轟音、乱れる呼吸音―――

 

そして………

 

 

 

薄暗い空間を駆け抜ける閃光―――

 

 

 

 

メインエンジン入り口側付近で、対峙する両名の姿があった―――

 

片方の人影が拳や蹴り技を、跳躍、低姿勢、立ち技などの体勢で息吐かせぬまま相手に放つ。

もう片方の人影は、時折攻撃を放つも大抵は防御に終始していたが、隙があれば組み技に入っていた。

 

何の変哲もない素手による格闘の図………

 

しかし優劣の差ははっきりと分かれていた―――

 

 

 

 

 

金髪の人影が怒涛の連撃を魅せる。

「ふっ!」

呼吸とともに胴体を狙った、中段回し蹴りを放つ。

銀髪の人影は、無言で肘と膝で挟み込むようにガードを上げた。

 

だがガードされると思われた瞬間―――

 

ガゴッ!

 

軌道が変化し、銀髪の人影の顔面に上段回し蹴りがヒットした。

 

 

銀髪の人影の体勢が崩れる。

すかさず金髪の人影は、下段蹴りを叩き込む。

 

バシッ

 

軽い音とともに身体が僅かに宙に浮く。

「もらった!」

金髪の人影――ランファ――は、がら空きになった相手の胴へ正拳を放った。

 

 

 

が、放った瞬間、それが変に手足を広げた体勢だったことに気付いた――

 

 

 

銀髪の人影――シェリー――は口の端を吊り上げる。

シェリーは崩れた体勢のままランファの伸びきった腕を、両手で受け止めそのまま相手の首に足を絡める。

関節技をベースとした軍隊式格闘技、それも熟練された動き………

 

ドシンという音とともに、2人は地面に倒れこんだ。

 

ギリ……

 

「ぐぅ!」

頚動脈が圧迫され、肩、肘、手首をまとめて極められる。

ランファは片方の手で何度も殴りつけるも、相手の技から抜け出せない。

「どうしたの? このまま終わらせるつもり?」

シェリーは喜悦の混じった呟きを漏らす。

「くっ!」

だが、ランファはそのまま立ち上がろうとした。

「何のマネかしら、このまま強引に立ち上がれば腕が――」

言葉が途切れる。

ランファは三角締めをかけられながらも、シェリーを持ち上げたまま強引に立ち上がった。

……どうやら右腕を破壊して欲しいようね」

ランファの行為に苦笑するも、シェリーはますます力を加えていくが、

「えっ」

気が付くと自分の視点が相手の背中にあることに気付いた。

(まさか!?)

 

勢いづいた風圧がシェリーの長髪を靡かせる―――

「あああああ!」

 

 

ガゴォ!!

 

 

絶叫とともに、何かが激しくぶつかり合うような轟音が響き渡った――

 

「がっ!?」

顔面に走る衝撃。

シェリーは地面に身を投げ出され、勢いのあまり転がり続ける―――

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ………」

荒い息を吐くランファ。

三角締めの体勢から無理矢理立ち上がり、極められた腕ごと相手を振り回し、壁に叩きつけ、解放されたのは良かったものの―――

「はぁ……ぐっ!?」

その代償は決して安いものではなかった………

(右肩は筋が痛む程度だけど、肘の筋は断裂してるかも……

手首はもしかしたら………)

右腕全体に太い刃物を突き刺されたような激痛が走っているのにもかかわらず、手首に感覚が無いことにランファは顔を歪ませる。

(それに…右足首もだんだんまずくなってるわね……)

右足首に巻かれていた包帯が赤く染まっていた―――

 

倉庫で撃たれた傷は重いとは思っていなかったが、この予想外の展開による戦闘で負担を掛けたために、傷口がじわじわと広がり始めていた―――

 

 

 

 

 

 

しかし今は物思いに更けている場合ではなかった―――

 

 

 

ブォッ!

 

 

 

「っ!?」

目の前を風圧が襲い掛かり、前髪を切らせながらもスウェーバックで反応するが、

 

ビシュンッ!

 

「なっ!?」

 

頭のあった位置に、閃光が通過した。

「まさか……」

ランファは閃光が飛来してきた方向へ視線を向ける。

 

―――そこには、無表情で銃口を向けるミルフィーユの姿が、赤い光に照らされていた

 

ランファは体勢を立て直すも、急いで別の場所へ移動する。

「逃がさないわよ!」

目の前で回し蹴りを放っていたシェリーが追跡する。

それに反応したのか、ミルフィーユも無表情のまま動き始める―――

 

 

 

ランファが苦戦する理由………

それは、ミルフィーユとシェリーの2面作戦に手間取っていたことにある。

フォルテと2手に分かれたのはいいが、まさかミルフィーユが襲ってくるとは思っていなかった。

敵の戦闘力は予想以上に鋭く、手強い。

軍隊経験の差か、例え男性兵でも遅れを取ることの無い動きに、ランファは苦戦を強いられることになった。

 

しかし、ミルフィーユが襲い掛かってきたとしても、彼女の戦闘力自体にランファが苦悩することはなかったのだが―――

 

 

「ふんっ!」

素早くミルフィーユの下へ辿り着き、レーザーガンを叩き落す。

 

レーザーガンが、ガシャンという音を立てて地面に落ちる。

 

間髪入れずランファは足を振り上げ、踵落としの体勢に入る―――

 

ドゴォ!

 

一閃―――

 

踵はミルフィーユの後頭部に突き刺さるかのように直撃した。

………………」

物言わず崩れ落ちるミルフィーユだが、ランファの表情は苦りきっていた。

そんな時、嘲笑するような声が聴こえてくる―――

「何回目かしらね、その者を気絶させるのも」

声の方角へ、キッと睨みつけるランファ。

だが、シェリーはまったく臆する気配は見せなかった―――

 

 

 

ランファはミルフィーユに苦戦することはなかったが、全力を出すこともなかった………

いくら操られているとはいえ、親友であるミルフィーユを傷つけたくないランファはとてもではないが全力は出せなかった。

せめて、出来るだけ傷を負わせぬよう、失神させるだけの攻撃を続けてきたが、

苦痛や疲労の感覚が麻痺されているためか、ミルフィーユは立ち上がると何度も襲い掛かり、ランファは繰り返し失神させるといった、不毛な行為を続ける羽目になった―――

 

 

 

「大切な仲間……特に親友に手をかけなければならない状況………

そんな葛藤をする人間を見ていると、とても愉快だわ」

「だ、黙ってなさいよ!」

悔しそうに唇を噛むランファ。

そんなランファを見て、シェリーはますます高笑いする………

 

 

 

―――シェリーの作戦は見事に的中していた。

フォルテはどうなのか分からないが、この情が深い蘭花・フランボワーズが、ミルフィーユ・桜葉を相手にして全力で戦えるわけがないと考えていた。

 

さらには自分がまだ切り札を隠し持っていることに、シェリーは内心小躍りしていた―――

 

 

ひとしきり笑い終わった後、シェリーは無言で接近してきた。

「はぁっ!」

横なぎに手刀を繰り出すも、ランファは怪我のせいか、右のガードが甘くなっていた。

 

「くっ!」

ランファはすんでの所で回避に成功するも、手刀が掠ったのか首筋から血が流れ落ちる。

「手加減してるつもり!? なめてんじゃないわよ!」

いくら勢いがあるとはいえ、真正面の手刀は軌道が読みやすい………

シェリーの含み笑いを見て、本気を出されていないと思ったランファはますます激昂する。

「でぇい!」

足首に構わず、ランファは足払いを放つ。

 

シェリーはスキップするかのように、後ろに回避するが―――

 

バキィッ!

 

ランファの左による肘打ちがヒットするはめになった。

 

ランファはそのまま腕を伸ばし裏拳に入る。

 

ゴッ!

 

シェリーは身体をぐらつかせるも、ランファの腕を取り関節技に入ろうとした。

 

 

 

だが、なぜか笑みを浮かべるランファ………

それは彼女が狙っていた動作であった―――

 

 

 

シェリーがランファの伸びきった腕を捻り上げようとした刹那―――

 

 

 

ズドォッ!

 

 

 

「ぐぅ!」

鳩尾に突き刺さる正拳―――

今まで呻き声一つ上げなかったシェリーが顔を歪めた。

 

 

 

ランファはその隙を逃さず、雷撃を叩き込む―――

 

 

ドムッ! ドゴッ! バキィ! 

 

「がっ!?……ゲホッ!」

 

踏み込みからの一瞬―――

 

 

 

伸びきった腕を曲げて鳩尾に肘を突き刺し、喉元に肩口を当てた瞬間、顎に左突き上げによる攻撃で相手を宙に浮かせた―――

 

 

初動作のない最短の軌跡、円でありながら線、外部はもとより内部のダメージを考慮したその攻撃は、例え担い手が非力であっても強烈な衝撃を与える。

 

 

だん、といった音とともに、シェリーの身体が地面に叩きつけられる。

「これでとどめよ!」

ランファは怪我にかまわず、相手に急速に接近する。

「アタシがミルフィーを傷つけなきゃいけなかった、その苦しみ―――」

相手への怒りと屈辱……そして親友への想い―――

 

「アンタに分からせてあげるわ!!」

 

そしてシェリーが起き上がった瞬間を狙って跳躍した―――

 

 

 

 

 

相手の顔面を狙った、一見何の変哲もない飛び蹴り………

 

ミシッ………

 

だが、直撃した瞬間、相手の顔面に当る………いや、突き刺さるといった表現が正しいと思えるほどの威力を誇っていた―――

 

まさしく雷鳴が轟くかの如く―――

 

 

 

 

―――その時ランファからは、相手の顔が髪に覆われて見ることはかなわなかった

 

 

 

 

 

 

しかし、相手の口元に浮かんだ笑みが見えていれば………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これから起きる悲劇など無かったのかもしれない―――

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ!?」

相手の顔面に飛び蹴りが入った、その瞬間、

 

 

 

なんとシェリーは足首を掴むと、そのままランファを振り回した―――

 

 

ガゴォ! がんっ! ベキィ!

 

 

乱暴に振り回され、身体中を壁やエンジンに激突され、全身に激痛が走る―――

 

 

「がはっ!!……こ、この!」

 

バキィ!!

 

必死で抵抗し、やっとの思いで手を離され、地面に身を投げ出される。

 

げぼっ

 

胃液が喉元までせり上がり、なんとか堪えるが……

 

「がぼっ!!」

 

途端口内に鉄の味が広がり、地面に吐き出してしまう。

 

 

膝を震わせながら立ち上がるも………

「ぜぇ!…ぜぇ!……がはっ! げほっ! うぅ!」

身体全体から血が流れ、四肢という四肢が激痛に悲鳴を上げていた。

 

ゴッ!

 

「っ!」

もはや悲鳴にもならない声。

 

 

ガツッ! 

 

「〜〜〜……」

上下に揺れ動く脳は、彼女を遠い世界へと誘う―――

 

 

 

 

 

ガキィ! メキッ! ドゴンッ!

 

 

 

………」

目に血が入ったのか、視界が晴れず自分が何処に、そして相手が何処に居るのか何をしているのかも判らず、ランファは宙へと彷徨うように意識を失わせていく―――

 

 

 

 

 

ガッ! ゴン! バキィ!

 

 

 

 

 

銀髪を靡かせ、金髪の少女へ加え続ける容赦の無い連撃―――

 

 

 

 

 

ガツッ! ズドォ! 

 

 

 

 

 

攻撃を与え続け、銀髪の女性の表情には、やがて悦楽が浮かび上がる―――

 

 

 

 

 

そして―――

 

 

 

 

 

グシャッ!!!

 

 

 

 

 

………………」

顔面へ深々と突き刺さる拳。

 

 

 

 

 

ランファは攻撃を受けた後―――

 

 

 

 

 

びっしゃーーーーーん!!

 

 

 

 

 

 

 

全身を血まみれにしながら、無言で朱い水溜りに身を沈めた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはっ……あははっ……ははは…」

迸った血液が、銀色の髪を朱く染め上げていた―――

 

 

 

 

 

 

 

「はははは……はっははは……ははは」

所々を朱く染め、口からは笑い声が漏れ出す―――

 

 

 

 

 

あっはははは! はーははははは! ははははははは!」

狂ったように哂い続けるその瞳は――――

 

 

 

 

 

 

はははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

苦痛を訴えるかのように、悲しげに揺れていた―――

 

 

 

    

火の手が収まった薄闇色の空間は、何時しか銃撃音も止み、

 

 

 

 

 

 

 

周辺は狂気にとり憑かれた哂いだけが反響していた―――