―――『エオニア軍残存勢力』

エオニア戦役後、突発的に起きるクーデターや叛乱は全てこの名称が用いられていた。

 

クーデター自体は珍しいものではなく、128の星からなるトランスバール皇国が誕生した時にも勃発していた。

しかし、時が進むにつれ皇国内の皇族、貴族、財閥は腐敗と堕落が蔓延し、何時しか『白き月』を崇拝の対象から支配下同然の視点を構成してしまっていた。

政官財の腐敗に喘ぐ皇国民の不満は爆発し、叛乱やクーデターは数を重ね、第13代皇王ジェラール・トランスバールの即位期間は、トランスバール皇国史上最もクーデターや叛乱が勃発した時代となる。

 

エオニア戦役終了後、皇国が再編成されシヴァ・トランスバールが女皇に即位した後、皇国は僅かの間平静を取り戻すが、前政権下で権勢を誇った貴族、軍上層部によるクーデターや戦役後の混乱に生じて各星系で起きる強奪騒動は、現政権下による一部階級の不満の矛先から目を逸らせるためか全て残存勢力と処理されていた………

 

―――そう、まるで見せしめのように、忌み嫌う名称とするかのように

 

 

 

 

 

何か………暗い感じがした………

身体前半分をひんやりとした何かにくっ付いている感じがする………

 

「最後は……貴女1人で終了よ」

何処からともなく………地獄の底から響いてくるような声が聞こえる。

何があったのか、身体に力が入らない。

「随分と手間を掛けさせてくれた様だけど、結局は無駄だったようね」

足元まで誰かが近づいてくる。

「最後のお別れをさせてあげるわ」

倒れているのか、頭を捕まれて顔を上げられると、そこには―――

 

 

(なっ!?)

 

 

あまりにも見覚えのある顔が地面に倒れていた。

 

 

ぴくりともせず、うつ伏せになって倒れている面々の姿は、この空間だけでなくとも全身に寒気が襲う。

 

 

(ミルフィー! ランファ! ミント! ヴァニラ! ちとせ!)

 

命の灯火が尽きようとでもしているのか声が出ない―――

 

 

「どう? 貴女の大切な仲間の最期は?」

さっきから他人の耳元で、

「貴女はもっと相応しい最期にしてあげる―――

こちらへ来なさい」

誰なんだい、あんたは……?

 

それに、来なさいって………

 

 

一定間隔の音がコツ、コツと響き渡る。

 

近くになるにつれ、その人影の輪郭が顕わになる。

 

その人影は白い軍服の背中にマントを着け、適度に伸びた黒髪を靡かせた凡庸な顔立ちの青年―――

 

 

 

 

青年は無表情な顔をしてその場に立ち尽くした。

「最期は貴方自身の手で行ってあげなさい……」

タクトの手に銃が添えられる………

隣に居るのは………、

 

「見えるかしら? 貴女達の司令官であり―――」

 

ボロボロの制服を着込んで、すらっとした身体に銀の長髪………そして―――

 

「貴女達にとって特別な人間でもある―――」

 

頬にある大きな傷は、

 

「タクト・マイヤーズその人物よ」

 

シェリー・ブリストル………

 

 

 

「始末が終わったら、すぐに後を追わせてあげるわ」

誰にとも言えない呟きと同時に。

無表情なタクトの銃を持った腕が、ゆっくりと持ち上がっていく。

 

その虚ろな瞳に何も映さず………

 

 

ついに、目の前に銃口が向けられた。

 

 

 

 

止めようとしても体が動こうとしない。

叫ぼうとしても声が出ない。

何も出来ないもどかしさに心が乱れる。

 

 

 

その思考はもはや、目の前の展開が自然に動き出す夢のような感覚だった。

 

 

「皇国の英雄と謳われる男も操られると脆いものね……」

何故かは分からない。

気のせいかも知れないが、ほんの一瞬だけ侮蔑するような口調の中に他の感情が混じっていたような気がした………

 

でも、それも一瞬。

 

撃鉄の音がカチリとなった瞬間、現実に引き戻された。

 

 

 

 

―――もう、諦めるしかないのかい?

心の何処からそんな声が響いてくる。

―――動くことも、喋ることもできないんじゃ、どうしようもないじゃないか

未練を引きずりながらも、覚悟を決めた言葉。

―――それなら考えることも止めにしな。ゆっくりと死を待とうじゃないか

自嘲と嘲笑が混じった冷笑する声。

 

それなら………

アタシはもう考えることを止めにしよう―――

 

 

 

どれ位の時が経ったのか………

もうアタシは死んでしまったのか、生きているのか判らない。

 

けど、何故か、空気が震えているような感じがした―――

 

 

―――何故撃たない?」

苛立った声が聴こえる―――

「何故この者を殺さないのかと訊いているのよ!」

 

ぽつっ………

 

……涙?」

頬に生暖かいものが落ちてきた―――

 

……何故、涙を流すことが出来る? 洗脳は完璧なはずなのに…」

まさか、タクト……

 

「例え洗脳を施されて、記憶を吸い取られても駄目だと言うの……」

それは、

 

「私に操られても、この者を殺すことを本能で拒否しているというの!?」

その通りだよ、

 

「ふざけないで! 何故そこまで相手を信頼することが出来るの!?」

そのハズじゃないか、

 

「何故そこまで―――」

それはあんたが、

 

―――相手を想うことが…出来るの……」

1番良く知っているからじゃないか!

 

 

そうだよ、このままで良い筈が無いじゃないか!

あの娘たちがやられちまった今、リーダーである筈のアタシが動かなくてどうするっていうんだい!?

タクトだって必死に抵抗してるって言うのに、アタシがこんなところでじっとしてていい筈が無いんだ!

 

体の何処かでもいい、喉の何処かでもいい、頭の何処かでもいい―――

 

エルシオールのみんなを守らないと!

エンジェル隊のみんなを助けなきゃいけないんだ!

そして………

タクトを守りたいんだ!

 

 

身体全体が熱くなってくるのが判る。

頭の中は沸騰寸前のように湧き上がる。

 

意思が通じたのか、四肢に僅かに力が入りかけた途端、

 

前に向かって走り出そうとした瞬間、

 

眼前の視界が急激に白くなっていった―――

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「うああああっ!」

「っ!」

無我夢中の境地。

突然起き上がった赤いセミロングの髪型の女性は立ち上がるなり、黒髪の少女に体当たりを仕掛けた。

 

薄暗い空間に。

バタッと灰色の地面に倒れ込む2つの人影。

 

その瞬間、

 

バァン!

 

「ぐっ!?」

不意に響き渡る銃声に、下になった女性の顔が歪む。

だが、臑から血を流しながらも、少女の持っていた拳銃を叩き落し、地面の向こうへと放り捨てた。

 

それは、長い時間のことだったのか、それともほんの一瞬か―――

………とんでもない……夢を見ちまった)

赤い髪の女性―――フォルテは地面で争う形になりながら、悪寒を感じていた。

 

―――しかし、今、身体中に漲る喩えようの無い“力”が、彼女の心から不安を取り除いていた。

 

―――でも、正夢にさせはしないよ!」

何度か体勢を入れ替えながらも、黒髪の少女をうつ伏せに転がすことに成功する。

その拍子に、相手が振り回したリボルバー式の拳銃のストック部分が、フォルテの左肩に命中する。

「がぁっ!」

左肩から沸き起こる激痛に呻き声を漏らす。

(左肩が重傷……右臑部分に1発…右胸に1発か……)

僅かに体勢を崩すも、馬乗りになった姿勢を崩すことは無かった。

しかし、相手の抵抗はうつ伏せになっても止むことは無い。

「っ、確信は無いんだけどね……」

気性の荒い暴れ馬のようにばたばたと身体を動かし、長い黒髪を振り回しながら抵抗のそぶりを見せる少女を見下ろし、顔を顰めるフォルテ。

その状況を承知の上で、あえてフォルテは相手の首筋を凝視する。

「やっぱりね……」

首筋の部分は青く淡い光を放ち続けている。

フォルテは太腿に巻きつけてあった、黒い棒状の物を取り出そうとする。

相手の抵抗は止むことは無い。

その時、黒髪が舞い上がった瞬間、相手の表情が目に映った。

 

何も映さない茫洋とした瞳、貼り付けた人形のような仮面………

だが、その頬には一筋の白い跡があった―――

 

「ちとせ……あんた、やっぱり……」

完全に操られていたワケじゃないんだね―――

心の中で付け加えられる言葉。

一瞬、神妙な顔付きになるも、

「!」

即座に睨み付けるような表情になる。

ちとせは地面を這いずって、視線の先にあるフォルテの銃へ手を伸ばそうとしていた………

もはや考えている余地は無くなろうとしていた―――

「人間を操ることの出来る能力だって? 

―――自分の心を持て余す奴が、シナリオ通り上手くいくとでも思ったのかい!」

フォルテは黒髪の少女―――ちとせの首筋に棒状の物の先端を当てる。

 

 

「アタシらエンジェル隊を―――」

そして、

700万V』と書かれたラベルの下部分にある、黒光りのスイッチに指を当てると―――

 

―――ナメるんじゃないよ!!!」

かちりとそれを押した―――

 

刹那。

 

 

 

バリバリバリバリィッ!!!!!

 

 

 

 

 

2人の身体から火花が迸る―――

 

電流がショートする大音響は、機関室全体に伝達する―――

 

 

 

 

 

熾烈とも言える状況下。

当人にとっては短く、また長い時間にも感じられた―――

 

「がぁああああああ!!!   、    !!!!」

「    っ    !!!!!!」

 

全身に群がる人食い虫が、内部を喰いちぎらんとするような衝撃―――

 

 

 

悲鳴が弾け飛ぶように、ぶれて、また、かき消していく。

 

 

 

全身に幾千本の針が駆け巡るような激痛。

服、体毛だけでなく、皮膚、筋肉、血管、神経、内臓、骨、脳、その他もろもろの器官を、焼けた鉄で炙られているような感覚。

鼓膜を破りそうな音に、思考は乱れ、意識は刈り取られる寸前となる。

 

 

体中を駆け巡る電撃は、四肢の力を弛緩させていこうとした。

 

 

(ま、まだかぃ!?)

この道具の強力さから、共に感電する覚悟はしていた………

 

薄暗い空間の中で凄まじいまでの音と光を発している間、

淡い光は弱まりながらも絶えることなく照らし続けていた―――

 

下になった者はうつ伏せになった身体を、千切れそうになるぐらい反らす。

目は大きく見開き、口は聞き取れない叫びを漏らす。

 

(ぁ―――)

真っ白に覆われる視界。

支えている身体は今にも崩れ落ちようとしていた、が―――

 

―――上等……じゃないか!)

それは自分の中にある何かへの意地か誇りか情念か………

(どっちが、耐えられるかねぇ!)

決して諦めようとはしない、その精神力。

フォルテは飛びそうになった意識を、気力でカバーしていた。

 

 

 

一瞬とも、永遠とも感じられた時間………

眩いまでの光と音を発していた時間は、

淡い光の消滅によって終焉を迎えた―――

 

 

 

ガランッ

 

 

 

重く擦りあげるような音が辺りに響き渡る。

辺りの緊張が解けたかのように、多大なる音響は四散していった………

 

……ぁ、つっ………」

朦朧とした意識の中、崩れかけた尖塔のように立ち上がる。

ガクガクと膝が笑い、視界は漆黒に塗りつぶされている。

 

飛びそうになる意識を必死でかき集め、現実に食い繋ごうとする。

 

電撃が原因なのか、上手く声が出せない。

 

全身からは黒煙を発しそうな雰囲気を醸し出し、ロングコートは電撃で焦げつき、もはや背中ほどしか残ってないのかもしれない………

 

ふらふらになりながら、引きずるように足を動かし、目的まで移動する。

 

そして、地面でうつ伏せになって微動だにしない、少女の顔を覗きこもうとした瞬間―――

 

 

 

かつん、と

 

 

 

片眼鏡が軽い音を立てて地面に落ちていった―――

 

 

 

 

*

 

 

 

一刻ほど前―――

 

「何の音!?」

金髪の少女を足元にして。

銀髪の女性は、びくっ、と身体を震わせる。

突然反響してきた強烈な電撃音に、銀髪の女性―――シェリーは驚愕の表情を浮かべ振り向いた。

視線の先にはピンク色のウェーブがかったセミロングヘアーの少女が、緩慢な動きで立ち上がろうとしていたが、

(あの様子では、あの者が何かをやったとは到底思えない………)

では、一体誰が?

続けられようとした心の声は、背後からの衝撃によって思考停止となった―――

 

 

 

ボオォンッ!

 

 

 

薄暗い機関室全体に響き渡る、軽く轟く様な破裂音、

それとともに発せられる、眩いばかりの一瞬の閃光―――

 

背から発せられる爆音と火花………

あまりの衝撃の激しさからか、シェリーは奥の方まで吹き飛ばされる。

 

 

 

 

 

その時、間髪入れずメインエンジン―――入り口から反対側の方面―――の物陰から飛び出してきた小柄な2つの人影があった―――

 

 

 

 

 

 

吹き飛ばされながらも、シェリーは素早く立ち上がるが。

「なっ!」

体勢を立て直した瞬間、目に飛び込んできたのは―――

 

 

 

―――催涙カプセル!

 

 

 

認識した途端、シェリーの周辺を霧状のものが覆った。

 

 

 

ブシューーーーーーーー!!!!

 

 

 

常人が少しでも眼に入れば焼け付くような痛みが生じ、鼻腔に吸い込まれれば呼吸困難を引き起こすほどの威力、皮膚にかかるだけでも痛みが生じるほどの催涙液………

その液状のものが霧状に、しかも大量に噴射された者は死なぬまでも無事には済まされないであろう。

 

 

「流石はブラマンシュ・カンパニーが開発した護身用具ですわ……、

あの性能、もはや護身具ではなく兵器と言ったほうが良いかもしれませんわね」

ブルーのショートヘアーに白い大きな耳をパタつかせている小さな人型―――

いや、さらにダークブラウンの色をした防毒マスクを装着している小柄な少女―――ミントは、催涙ガスに覆われた空間に近づこうとしていた………

 

 

 

その時、横から飛来してきた閃光が、ミントの髪を掠めた―――

 

 

 

 

離れた距離からレーザーガンを撃ったのは、先程立ち上がったピンク色の髪をした少女―――ミルフィーユであった。

ダメージは蓄積されていないのか、無表情の仮面には変化の兆しは見られない………

もう二、三度発射するも、向こう側が薄暗さと霧状に覆われ、目的が上手く確認できないのかもしれず、命中できない。

………………」

戦闘に特化されているというのは吹聴ではないのか、操られていても周辺の状況が把握できるかのように銃を下ろす。

データがインプットされた機械のように、戦況を確かめるのか、ゆっくりと前へ踏みしめるように進んだ。

 

 

しかし、じりじり、と前方へ近づいていた刹那―――

 

 

ドンッ

 

 

横から飛び出してきた物体が、ミルフィーユの身体を横薙ぎに吹き飛ばしていった………