エルシオール内部で様々な思惑が交錯する中、外の世界はどうなっているのかと、混乱の最中にいるエルシオールに乗船している乗組員は少なくないのではなかろうか―――

 

しかし、この混乱の外では決して穏やかでない出来事があるのも、一つの事実となっていた………

 

それはある辺境の星での対話。

 

広々とした空間というには生易しい、何十隻をも収容できるような強大な空間は、作業服を着た人間が忙しなく動き回り、艦の修理や艦の収容する時の誘導など、金属などの作業音や掛け声が交錯していた。

その場の中心にある黒い機体の前に佇む2人の男………

「これがカモフラージュされた、新型の機体か?」

「はっ、皇国軍用の特徴は全て排除いたしました。如何でありましょうか少将閣下?」

「私は艦のことはよく分からん。ただ軍の上層部で命令を行っているだけだからな」

少将―――と呼ばれた白髪の初老の男は、もう1人の説明を行っている軍帽を被った中年の男に振り返る。

「それよりも…首尾はどうなのだ?」

「はっ。ローム星系に配備してあった幾機かの艦隊を、実験を重ねて紋章機と交戦させました。戦闘能力は前戦役の無人艦隊とほぼ変わりないというデータを取ることにも成功しました」

「ほぅ、そうかそうか! それならば事を失する心配が減ったというものよ」

柏手を打ち、しわがれた声で笑う初老の男。

だが、不意にぴたりと笑いを収めると、神妙な顔付きになる。

「だが、此度のことは決行の日まで、決して外に漏れんように。管理は厳重に扱うのだぞ」

「ご心配ありません。皇国を混乱させるために、一部歪曲した情報を『白き月』に送りました。『白き月』からの情報であればエルシオールはおろか、ルフト准将率いる皇国本星の軍も信じ込むでしょう……」

中年の男は皮肉げに口元を歪める。

ルフト・ヴァイツェンはエオニア戦役後、総将軍の地位まで上り詰めたが、この男はあえて“准将”と呼んでいるようだ。

「そうかそうか! これであの忌々しい平民軍人を抹消出来るというもの! まさか軍内部から、それも現役軍少将がクーデターを図っておるとは思いもせんだろう!」

「『黒き月』も我々にとって、良い忌み名を残してくれました。故・ジーダマイヤ大将を失った代償としては大きすぎるものでしょう」

「…あの白い球体のことか?」

「はっ。あのブローブは『黒き月』が作り出したと言えば誰もが恐れるでしょう。情報の偽造を行った甲斐がありました。皇国民はおろか警備員も迂闊に近寄らないようです。ただでさえ―――」

「復興作業と警備の両立では忙しいと言うのに……か?」

「ええ……軍人も人間。怠惰になることもあるでしょう…」

くっくっ…、と、2人の笑みは増々深みを帯びていく………

「秘密裏に事を進めるために各星系に秘密基地を造り、発覚することを防ぐために限定空間を進入禁止にした配慮も行った……準備は万端ではないか…」

感無量―――

黒い機体のフォルムを見上げながらのその姿は、まさにその一言―――

「後は…クーデターに邪魔なエルシオールと紋章機の裏工作だけで、エルシオールに潜入したスパイからの情報が入れば、全て―――」

 

「―――万全だな」

「―――万全ですな」

 

哄笑が響き渡る。

大凡平和的とは言い難い、周りを侵食する陰険なる空気。

この会話こそが全ての発端となった原因とは知らずに―――

 

 

 

*

 

 

 

現段階におけるエルシオールという艦に、異常と思われる異常は皆無であった。

しかし、そのことを認識している乗組員は誰一人として存在しない。

ごく一部の人間においては感づいている者もいるかもしれないが、確信には程遠いであろう………

 

混乱が続くエルシオール内部―――

混乱という名の舞台は、機関室という巨大エンジンルームを中心として進行していた―――

 

 

*

 

 

各エンジンにあった爆弾の解体作業を行った彼女たちが、第3エンジンから離れた現時点で、全エンジンの修理は完了していた。

 

にも拘らず、機関室のいくつかの照明が光を失っている時点で、ライトグリーンの長い髪を後ろに束ねている少女は、装着しているヘッドギアに一筋の汗を滴らせながら異変に気付いていた。

 

―――何故、照明が機能しないのか………

 

ライトグリーンの髪の少女―――ヴァニラはすぐ傍で傷だらけで気を失っている金髪の少女へ向かって、掌を翳し淡い光を浴びせて続けている。

 

―――ランファを発見した時、すでに彼女はチャイナドレスと言わず身体中を朱に染め上げ、地面に転がるように気絶していた。

彼女をメインエンジン近くまで連れて行き、傷の具合を確かめたのは良いが、全身で打撲を負っていない箇所は無く、骨は所々に罅が入り時には骨折までしていた。

それだけではなく、顔を含めた随所の傷という傷から血が流れ出しており、見慣れぬ者が診れば、思わず顔を背けたくなるほどの重傷であった………

 

「……まだ……ダメ…」

表情を動かさずに頭を振るヴァニラ。

その拍子に額に浮かんでいた一筋の汗が、ぽたりと灰色の地面に流れ落ちる。

 

しかし、その汗は疲れや焦りだけではなく、苦痛の色も混じっていた―――

 

「ハァ……ハァ…」

本来ならば安静にしていなければならないほどの重傷の身であるヴァニラは、これまでの経緯からか傷のある腹部から、何度も鋭利な刃物で刺されているような激痛が襲っていた。

 

―――それでも………ヴァニラは諦めることない………

 

ランファに対しナノマシンによる治療を、長く行っているが、外傷が目立たなくなっているだけで、筋肉などの内部の怪我はまったく治癒されてはいなかった。

 

ランファの毅然とした瞳を包み込む瞼は、まだ開く様子は無い………

 

焦りと不安にしゃがみこんだ身体を震わせながらも、ヴァニラのナノマシンによる治療はなおも続けられていく。

 

ランファの身体を包み込む淡い光が、ぼうっと憂いを含んだ顔を揺らしながら―――

 

 

その時ヴァニラはおろか、機関室に居る人間は気付いていなかったのであろうか。

司令官もしくは司令官許可を認定された人間にしか入ることの出来ない、制御室への扉が半開きになっていること………

 

そして、その扉から出る、朱染まった腕が飛び出していることに―――

 

 

 

*

 

 

 

「多少、手間取ってしまいましたが…何とか穏便に済ますことができたようですわね…」

地面にくくり付けられる様に、仰向けに気を失っている1つの人型―――

身体中に巻きつけられた軟質な、されど頑丈な縄状の物がピンク色の髪の少女―――ミルフィーユの動きを制限し、すでにその機能を終えていた。

 

その傍らに佇む小柄な人影は、ミント・ブラマンシュその少女であった。

 

(戦闘に特化された仕掛けといえども、力そのものが特化される訳でないようですわね……)

ミルフィーユは死んでいないようであったが、くりとも動く気配は無い。

(それならば、エンジン修理用のロープを外す事などという行為は、普通の人間に出来るものではありませんわ)

ミントの右手には所々赤錆の付着した青黒いバールがあり、その先端は赤い液体に塗れていた。

首筋から少量の血を流すミルフィーユを眺めながら、左手で役目を終えたマスクを外す。

「……はぁっ…」

天を仰ぎながら付いた溜め息は、ようやく苦悩から解放されたような安堵の響きがあった………

 

―――メインエンジンの内部にあるロッカーを思い出したミントの行動は迅速の一言に尽きた

 

ロッカーの中にあったリュックと修理用工具を取り出した後、ランファが倒れているのを見つけたミントは、シェリーの隙を見つけて信号弾を背後から発射し、自分が所持していた護身具を手に交戦を開始していったのだった―――

 

「フォルテさんの読み通りでしたわね…」

ミントは肩にかけていたリュックを背負い直し、ぺたりともう一対の白い耳を伏せながら意味深な呟きを漏らす。

 

―――シェリーの動きを封じながら、ミルフィーユを食い止めるのは、そう手間取ることではなかった。

 

グレネードランチャーからロープ型の暴徒鎮圧弾を発射し、ミルフィーユを地面に固定させることに成功した後の行動は、まさに迅速であった。

操られているとはいえ、身体中をロープで固定され無表情で地面をもがき続ける様は、一種の異様さを醸し出していた。

しかし、エンジェル隊の中でも決して戦闘力の高くないミントでも、強い抵抗が出来ない相手に対し、そこまで苦戦することは無かった。

 

だが、躊躇いは何度もあった。

いくら操られているとはいえ、仲間相手に本当に戦闘を行ったわけではない。

 

ミルフィーユの首筋から発する淡い光を、馬乗りの体勢で見下ろしていたミントは、そこにある仕掛けが隠されていることを確信した。

 

確信した―――確定事項になった要因は他の所にあった。

 

実は、ヴァニラとともにエンジン修理を行っている際、何処からとも無く放たれてきたフォルテの思念波が、テレパスを行っていたミントに伝わった。

その思念波は、実はフォルテが戦闘中に直感した思考であったが、何たる偶然か、青髪の少女に伝わったのは不幸中の幸いと言わざるを得ない。

 

(しかし……)

右手に持っていたバールを目の前に翳すと、先端に付着していた血に塗れた物体が目に付いた。

頚動脈から僅かに逸れたのは幸いであったのかもしれないが、ミントの意識はそのことではなかった。

この薄暗い空間で、目を凝らさねば判らないほどの小さな物体―――その正体は、周辺がギザギザになった1cm平方の青白いチップ状のものが、血まみれになって確認できた。

それが何なのかを知るために、ミントはすかさずバールの先端に触れ、目的のものをつまみ出す。

(…これは…、IC(人工知能)の形状に酷似してしますが……それにしても、何か軟らかすぎるような……)

何らかの仕掛けではあることは確信していたが。

 

やがて様々な仮説が浮かび上がったミントの思考は、纏った疑問に統一されようとした刹那。

 

「何故このような物が、ミルフィーさんの首筋の中に―――」

 

「それが、その者のリモートコントロールの役割を果たすからよ……」

 

ありとあらゆる感情が含まれた、敵意に満ちた声音が空気を震わす―――

 

「!?」

 

―――その時ミントは後ろから来る気配に、素早く身構え、ミルフィーユを庇い立てするように前へ出た。

 

「そのICは運動皮質と側頭葉をコントロールする役割を持った小型リモート。いくら人間でも情動、判断、思考、記憶、言語といった点では機械と変わらない部分も存在するわ…」

 

視線をさらに奥へ凝視する――――

その奥は先程噴射された催涙ガスが、四方向に広がっていた場所であった。

 

「成る程………

いくら機械が進化したとはいえ、それを作り続けるのは人間の役目……

ならば必然的に優れた機械を作り上げようとすれば、作品を自分達に近づけようとするのは人間の心理……っ」

 

ミントはいったん呼吸を整えるが、瞬間、脳内を閃光が駆け巡った―――

 

ミルフィーユの首筋の中―――正確に言えば背骨にICが直結していたのではないか?

あらゆる中枢神経が入り乱れている頚椎に、何らかの操作で脳に信号を送ることが出来れば―――

 

「ミルフィーさんとちとせさんの記憶はおろか、性格、情動、言語までを自由に操作できる―――」

「まあ……的を射ているって所かしらね―――」

幾分、ガスの勢いが弱まり、僅かながら視界が晴れ渡っていた………

その様子にミントは目を細めて見据えながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「……あれだけの催涙ガスを浴びておきながらのその口調……やせ我慢のおつもりですか?」

相手の出方を伺うような話術を駆使し、もう一対の白い耳をぴくぴくと動かす。

 

その質問を無視するかのように、声の主の独演は続けられる―――

 

「エンジェル隊きっての分析力の持ち主、ミント・ブラマンシュ……

小柄な容姿からは想像も出来ない冷静なる判断力と大胆極まりない行動力、恐れ入ったわ……」

 

緊迫した状況下を楽しむような囁き………

それは、敗者に対する勝者の優越感の響きがあった。

 

「それは光栄ですわね……それで私に何かプレゼントでも進呈して頂けるのですか?」

相手は勝った気でいるつもりなのだろうか―――

ミントは名を呼ばれても表情一つ動かさず、ただ前を見据えているだけであった。

 

ただ、自分の胸中を巣食うのは“違和感”という名の感情―――

 

ミルフィーユやちとせに何故仕掛けを施したのか?

何時仕掛けたのか、どうやって操っていたのか、何故2人が操られたのか?

 

自分が人を操れる能力を持っているような言い種は、同じ人間とは思えない違和感を持ち、どうあっても拭い去ることが出来ない………

 

―――プレゼント、になるかどうかは判らないけれど、決して期待外れにはさせないと思うわよ」

 

カツン、カツン、と散歩をしているかのようなゆっくりとした歩行スピード。

 

「でも……

所詮は小娘の浅知恵といったところかしら―――」

 

カツン………と立ち止まる音が、辺りを侵食する。

 

「私を見つけ出すことは出来ても、この艦にいた“スパイ”を捕らえることは出来なかったみたいね」

「えっ?」

他のスパイが紛れ込んで“いた”?

この艦に不審人物が紛れ込んでいることはミントも知っていたが、“いた”という過去形の言い方に違和感を持った。

 

「詰めが甘かったようね……もう少し早く気付いていれば、ここまで被害を蒙るなんてことは無かったでしょうに」

霧散し終えた空間は、光が届く範囲まで視認することが可能になる。

 

「他のスパイを捕まえたく、居場所を教えてあげるわ……

そう―――」

 

だが、目の前に潜んでいた筈の影は、まるで始めから居なかったかのように、そこには何も無かった―――

 

“―――あの世まで行ってね”

 

気温ではない感覚としての冷たい殺気が、刹那の速度で背筋を這いずる―――

「なっ!?」

いつの間に、という言葉を飲み込み、ミントはミルフィーユの腕を肩にかけ、引き摺るようにその場から離脱しようとするが。

(くっ、わ、私1人ではっ…こんな時、この体型は不便ですわねッ!)

極限の状況が生み出す、不安と焦りと苛立ちが混合した恨めしげな思考………

再び敵が襲い掛かってきても不思議ではない状況下、体格差からか思うように移動できない現実に、ミントの心は増々苛立っていく。

 

ビシュンッ!!

 

「きゃあっ!」

不意に後方からの閃光が耳元を通過し、ミルフィーユを伴ったままミントはとっさに物陰に飛び込み身を伏せる。

「……っ…ぅ…」

「―――っ!?」

その時、横から聴こえた呻き声に、一瞬動きが止まる。

ミントは視線だけを横に向けるが………

「ミ、ミルフィー…さん……?」

「――――――」

気のせいだったのだろうか、先ほどと変わらず、ミルフィーユは意識を失ったまま瞑目していた。

 

「………………」

ミントは呆然としたままの表情を崩さない。

しかしその表情は、先程まで昂ぶっていた感情とは裏腹に静けさを帯びていく。

 

傍らで気を失っているミルフィーユが居る今、自分がやることは一つではないか―――

 

体内、外部、頭脳、四肢、そして………

本能は決断を下した―――

 

うつ伏せの状態のまま、周辺で何かが走駆するような気配を感じる。

(…私は元々、戦闘向きの要員ではございませんが―――)

立ち上がりざま懐にあるレーザーガンに手を伸ばす。

「―――そこっ!」

起き上がりざまを狙ったのか、人影はミントを通り越すように、倒れているミルフィーユへレーザーを放った瞬間、

 

―――目の前で起きた現実が、まるでスローモーションのように視えた

 

ビシュンッ! ビシュンッ!!

 

白く眩い光を放つレーザーに立ち塞がるかのように、両手を広げる1人の少女―――

 

右脇腹、腰に閃光が浸透し、その部分からじわじわと鈍い熱が伝導する。

だが、ミントは身じろぎ一つせず、ミルフィーユの盾となっていた。

 

「なっ!?」

その瞬間、人影の気配は驚愕の声とともに乱れた。

「―――電磁用防弾チョッキ!? まだ、装着していたというの!?」

「…えっ?」

その言葉に思わず疑問の声を上げるミント。

チョッキを装着していることが発覚した驚きよりも、その言葉に言い知れようも無い違和感を覚えたが、それが何なのか、認識することが出来ない。

ミントの思考は一瞬、機能が停止しようとしたが、胴部から来る熱に意識を移される。

 

命中した部分からは、白く細い煙が立ちこめており、徐々に熱を帯びていく。

だが、まだ倒れるわけにはいかない―――

「っ、……時間稼ぎならば、例え、どんな相手であろうと、持ちこたえられますわ…」

相殺しきれなかったレーザーによる衝撃に、肺を圧迫されながらも言葉を繋ぐミント。

「時間稼ぎですって!?」

人影の足が止まったことにより生み出される一瞬の隙―――

 

テレパスという能力はもとより、エンジェル隊の中でも状況判断に優れたミントにとって、これ以上のチャンスはない―――

 

ビシュンッ! ビシュンッ!! ビシュンッ!!!

 

「ぬっ!!」

連続で飛来してきたレーザーに対応が遅れ、ギリギリの体勢でやり過ごす銀色のシルエット。

「成る程……戦闘力の低さをテレパスで補っているということね……」

相手が電磁用チョッキを装着している間、迂闊に接近戦は持ち込めない。

舌打ちをしながら瞬時に体勢を整え、相手を攪乱するように柱などの物陰を利用し、長い銀髪を靡かせながら、再び周囲を駆け回り続ける―――

 

 

*

 

 

―――ようやく、いくつかの照明がその機能を取り戻しつつある機関室。

 

現在見渡しただけでも、行動が確認できるのはミントと銀髪の人影、そして………

 

その時、交戦中の片方に向かって、この場では予想外と思われるものが襲い掛かろうとしていた―――

 

 

*

 

 

―――戦況は思い描いていた予想を根底から覆され、悪化の一途を辿る。

 

首筋からの出血は既に止まっており、凝固した血液が覆う傷口以外、傷という傷は見受けられない。

ピンク色の髪の少女―――ミルフィーユの怪我自体は大したことは無さそうだったが、彼女が目を覚ます様子は無い。

首筋に仕掛けられたものによる影響か、糸が切れた人形のように瞑目していた。

 

ビシュンッ! ビシュンッ!  バチンッ!

 

「ぐぅっ!」

生身による直撃は避けたが、連射してくる全てのレーザーをやり過ごすことは無理がある。防弾の役目を果たすチョッキからの衝撃は、喰らう毎に威力を増していった。

 

―――計算が狂いだしたのは、先程敵と交わしたやり取りからだと判っているが、脳はそれを認めることを拒否している。

 

「っ、そこっ!」

敵の迅さは衰えず、物陰の隙間から出てくる一瞬に神経を研ぎ澄ます。

気を失っているとは思えない安らかな横顔を尻目に、ミントの心境はこれ以上無い焦燥感と危機感が覆っていた。

 

―――相手が何者なのかは判らないが、余程のことが無い限り感応できない精神は無い。

 

ビシュンッ!! バチィ!

 

四方から飛来してくるレーザーは、青髪の少女に向かって容赦無く襲い掛かる。

「っ……はぁはぁ…!

まだ…っ、ですわっ!」

ミントは肩で息を切らし、撹乱し続ける敵を向かえ討ち続けるも疲労の色は隠せなかった。

 

―――同じ人間…もし、そうであるのならば…、

何故、敵にテレパスが通じないのか……

 

―――さらに言えば、何もかも知り尽くしているかのような口振りに、首筋を撫で上げられるような薄ら寒さを禁じえない

 

困惑という感情は、徐々に体力と気力を共に乱れさせてゆく―――

 

だが、ミントの瞳の光は、決して色褪せることは無かった―――

 

(あと4、5発………ヴァニラさんが来るまで、何としてでも………)

戦闘力をカバーするために、例えテレパスを駆使しても、全ての攻撃を防ぐことなどは至難の業。

酷使されたチョッキは既に限界が来ているのか、胴体から白煙が上がっていた。

しかし、瞳に映る意志の篭った光は決して色褪せることは無く、見る者を逆に戸惑わせるものがあった。

 

「存外、しぶといわね……」

軽い驚きと計算外だったと言わんばかりの呟きが零れる。

決して倒れない小柄な少女に、銀髪の女性―――シェリーは異様さを感じ取っていたが。

「まあ、いいわ…そろそろ遊びはここまでにしましょう」

駆け回っていた足を停止させ、一直線に物陰に潜む。

物陰に隠れながらレーザーガンを構え、決着を付けるかの如く飛び出そうとした。

 

―――だが、その行為はシェリーという女性にとっては、らしくない失態であったのかもしれない。

 

ドンッ

 

「がっ!?」

不意に背後から強い勢いで何かが衝突し、シェリーはバランスを崩し転倒する。

突然の衝撃に眉を顰めながら、すぐさま立ち上がろうとした、その時。

 

グルルルルルッ………

 

「な、何の音!?」

無機質な機械設備が埋め尽くす機関室という、純粋生命反応を発しない空間から発せられる、本来ならばありえない獣の唸り声に似た音に動きが止まる。

 

―――そのありえない筈の音に驚愕したのはミントも同じであった。

 

音の正体を確かめるために別の場所へ意識を向けた瞬間、

「なっ……あ、あれは!?」

見開いた瞳の先に映るもの。

その正体は想像を凌駕するものであった………

 

―――物陰から、白い毛で覆われた四足歩行の肉食獣が、鋭利な視線と牙を剥き出し、咆哮を上げてシェリーに襲い掛かる

 

――――――!!

 

ガリッ―――

「ぐっ!!」

うつ伏せのまま何とか回避に成功するも、咄嗟の出来事にシェリーは顔を歪める。

獣の爪は乗組員用の制服の襟元を引き裂き、銀髪を一房切り落とした。

 

引き裂かれた服の切れ端が、木の葉のようにヒラヒラと地面へと舞い落ちる―――

 

「な、何故、このようなものが、ここに!?」

平静を装いながらも動揺を隠しきれないシェリーは、素早く体勢を整えて身構えるも、予想外の出来事に困惑していた。

 

グルルルルル………

 

それに対し、白い獣は子供の背丈ほどの体格をしなやかに構え、威嚇するように睨み付けるも、先程とはうってかわって飛び掛ることはなかった。

 

お互いを牽制し合う状態が形成されていく―――

 

「……何故、攻めてこない…?」

シェリーは膠着したこの状態に耐え切れなかったのか、獣へ向ける視線が鋭くなる。

 

グルルルルル………

 

「……私を見縊っているというの?」

震える声での問いかけは、感情を抑え込んでいる響きが潜んでいた。

 

だが白い獣は、鋭い視線と唸り声による威嚇を続けるだけで攻めようとはせずに、その場に佇んでいた。

 

「っ! おのれっ!」

遂に痺れを切らしたのか。

激昂する感情は、勢いのままにレーザーガンを構えさせようとした、

 

瞬間―――

 

「もう……

止めてください…」

悲しみを含んだ呟きが、白い獣の後方から流れてくる―――

「―――!?」

 

シェリーはその呟きの方向へ視線を凝らすと、視線の先にあるエンジン―――

 

「――――ヴァニラ・H!」

「………………」

そこに片膝をついて息を切らすミントと、傍らで倒れているミルフィーユ………

そして、その2人に寄り添うようにして佇む、ライトグリーンの髪の少女―――ヴァニラの姿があった―――