ある資料が、1人の男の手元に渡っていた。

 

 

――――発見されたプローブ・インターフェイスの特徴

 

名称:Confuse(直訳:惑わすもの)

 

情報(記録)吸収機能

具体的には超音波と閃光を放ちながら、その媒体に保存してある記録を吸収し、応用することが出来る。

人間相手には襲われるまで相手が思い描いていたこと(記憶・知識・思考・感覚・性格)を吸い取る。追加として襲い掛かった相手を(半永久的に)操作することが出来ると思われる。人数制限は無し。

 

変身(化)機能

具体的には身体を変化させる。

 

遠隔操作

元は無人艦隊の戦艦のコントロールを掌る部品として使われていたため、複数の物体を操る能力、また艦隊を遠距離から操ることが出来ると思われる。その距離、惑星1つ分の直径ほどの距離。人間相手に使用すると、その人間の意識は失われる。ただし使用人数は1人のみ―――

 

追加補足:人間相手には無差別に襲い掛かることもある。

危機感知能力精度B判定。

球体の中に含まれるのは、その存在問わず操ることの出来る、いくつかのICチップ。

人間に埋め込まれれば、運動皮質と側頭葉をコントロールする小型リモートの役割を持つ。情動、判断、思考、記憶、言語などを信号によって操る。

このブローブが半永久的に何かを操作できる性能を持つ要因は、このICが大半となっている―――』

 

 

 

*

 

 

 

テレビもポスターの類も無い、アイボリーの壁紙だけが部屋の特徴を表している殺風景な一室の中に居る、左目に眼帯をつけた白髪の男は溜息を洩らす。

「ふぅ……」

バサッ、と今見ていた資料を、デスクに向かって無造作に投げ捨てる。

「何度見ても胸くそが悪くなるような機械だ。

こんな機械に俺達は振り回されていたとはな……」

頭の中に浮かんできた映像を取り除くかのように、忌々しげに吐き捨てる。

「ぃ痛ッ…」

その時、包帯が巻かれている後頭部に痛みが走り、思わず患部を手で押さえる。

憤りによる血圧の上昇とともに、後頭部の傷が痛みと自分達が巻き込まれていた状況の重大性を訴えかのように。

「っく…エオニア戦役後、皇国は平穏を取り戻したっていうのに……

俺たちはまた死ぬ目に遭いかけたとは……」

後頭部を押さえながら、部屋にある窓へ椅子ごと身体を振り向かせた。

 

窓の外には、精密機械に埋め尽くされた広大な空間と、その空間の中に立ち並ぶ多数の艦、さらにその艦の下で忙しなく働き続ける作業員の姿があった。

そして、艦の中には右翼部分が破損したエルシオールの姿も………

 

(エルシオールはあそこに誤撃して、爆音と振動を誘発させたのか―――)

 

―――ここは『白き月』内部にある格納庫であり、その規模は室内でありながら、宇宙艦の中でも巨大な部類に入るエルシオールの艦体の大きさを凌駕していた。

その空間を見下ろせる管理室は格納庫の近くにあり、そこに白髪の男―――レスターは数日前から出入りしていた。

エルシオールが修理に出されている変わりに、『白き月』の格納庫に入り浸り、その内レスターの才能を買われ、臨時的に格納庫の管理を任されていた―――

 

本来、レスターの左目を覆っているのはインターフェイス・アイであったが、破損しているために、現在は已むを得ず白い眼帯を装着していた。

格納庫の光景を皮椅子に座って眺めながら、レスターは数日前の会話を思い返していた―――

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

あれからひと月になろうとしている、ローム星系宙域内で起きた、白い球体のロストテクノロジー騒動の後、エルシオールはルフト将軍の命を受けた艦隊によって、乗組員は全員救出された。

レスターは死に到る程のものではなかったが、顔面、特に後頭部の怪我が重傷となっており、すぐさま『白き月』へ治療を受ける羽目になってしまった。

怪我の回復自体は早かったのだが………

 

『白き月』にある医療施設の一室でのこと―――

「ク、クールダラス副司令!? どうしたんですか、その顔!?」

軽傷で救出された制服姿のアルモが、レスターの顔の怪我を見て驚愕した。

「大丈夫なんですか副司令……お怪我のほうは?」

同じく軽傷で済んだ制服姿のココが、やや後ずさりしながら様子を伺う。

「……お前ら…オレの見舞いに来てくれたのは嬉しいんだが、言葉と態度が一致していないぞ」

ベッドの上で身を起き上がらせ、病人服を着込んだレスターが、腕を組みながら呆れがちに溜息を吐く。

 

レスターは平常を訴えていたのだが、その意向が受理されないまま、治療を受けるために個室に入院していた―――

 

「いえ、そんな! ただ、あまりにも怪我が酷そうだったので、つい……」

「いやいや、そんなに気にするな。本当の事だからな」

慌てて誤解を解こうとするアルモに、レスターは笑いながら押し留める。

その時レスターは軽い気持ちで微笑んだだけなのだが―――

「……えっ!?」

その時、アルモは――仕事という前提でだが――タクト以外一緒に居ることが多いと思われる自分でさえ、滅多に見ることの出来ないレスターの笑みに、思わず目を奪われる。

「ん? どうかしたか?」

「い、いえ! なんでもありません! 

こ、これ、お見舞いの御品です……」

鼓動が急激に跳ね上がり、どもりながら果物の入った籠を渡すアルモ。

「あ、ああ……ありがとう」

紅潮した顔を見られないよう、俯きがちに両手を伸ばしているその姿に、レスターは首を傾げながら見舞い品を受け取る。

「ふふっ」

それを端から見ていたココは穏やかな表情で微笑む。

 

8畳間の空間は、白い壁と一つの窓があり、その端には2つの鉄製の丸椅子と、パイプベッドと花を乗せる台が置かれているだけの簡素なものであった。

 

その中で3人は、平穏な雰囲気を作り出していった―――

 

 

 

実はこの部屋に居る3人は、いち早く騒動の真相を知ったメンバーの一員でもあった―――

 

あの時、制御室が制圧された影響か、格納庫に閉じ込められていたクレータ班長の報告によって、あの無人艦隊が、実はクーデター勢力によって造られたモノだという事が分かった。

そして、制御室に進入されたことによって、艦内の照明の光が一時的に操作されたこと、エルシオールのエネルギー系統やブリッジを混乱させるような通信を行ったことも、襲撃される前に発覚した。

 

もっとも、そこで艦の操縦をするためには、制御室のコントロールパネルにある精密判別機に照合させるための、操縦桿を使用させる権限を持つ司令官の声紋と指紋が必要なので、ある程度進入はできたが本物が手に入らなかったために、侵入者はブリッジを制圧しに来たのであろうが………

 

 

 

入院生活そのものは退屈ではあったが、こうしてアルモやココが見舞いに来てくれるため、それなりに楽しむことはあったのかもしれない―――

「あ、そうだ!」

しばらく雑談に花を咲かせていた―――レスターはほとんどアルモの話に相槌を打っていただけなのだが―――時、唐突にココが切り出した。

「ん? どうしたココ?」

「実はルフト将軍に、この資料を副司令に渡しておくように言われていたんですよ」

「資料?」

ココが懐から一枚の封筒を取り出し、レスターに受け渡した。

「何の資料なんだ?」

「さあ。詳しくは判りませんが、あの騒動の事に関係する資料だと仰られただけなので……」

ココは判断がつかないとばかりに首を捻った。

「あっ、もう時間ですね…」

アルモは腕時計を見て名残惜しそうに呟いた。

心なしか表情も曇りがちになっていた。

「おっ、もうそんな時間か」

その言葉に反応したレスターは、壁に掛けてあるアナログ式の時計を見て言った。

アルモの名残惜しそうな表情と、呟きの真意に気付くこと無く―――

 

その光景を見て、ココは苦笑いをしていたが、すぐ微笑み、立ち上がる。

「それでは副司令、お大事に。

ほら、アルモ―――」

ココは、ぼうっとしたまま立ち上がろうとしないアルモを促す。

「えっ……う、うん。

それじゃ、副司令。失礼します」

ハッとなったアルモはすぐさま立ち上がると、慌ててレスターに頭を下げた。

「ああ。気をつけて帰れよ」

会話中とまったく変わらずに、レスターは相好を崩すことなく2人に返事をした。

「あ、あのっ!」

だが、ココが病室のドアを開けた瞬間、背を向けていたアルモが突然振り返った。

「どうしたんだいきなり?」

「アルモ?」

アルモの突然の言動に、レスターとココは驚きながらも不思議そうな顔をした。

「あのっ……また、お見舞いに来てもいいですか?」

おずおずと窺うような、上目使いのその仕草。

その質問にレスターは首を傾げながらも、

「ああ、構わん。

退屈しのぎに丁度良いからな」

と、いつも通りの彼らしい返事が来た。

「あっ……はい! ありがとうございます! また来させて頂きますね!」

一瞬、複雑な表情をしながらも、すぐにアルモは満面の笑みを溢れさせた。

 

―――その光景をドアの傍で見ていたココは、優しげに不器用な2人を見つめていた。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「確かに、毎日やってくるようになったな」

入院中、連日のようにやってきたアルモとココに、レスターは思い出しながら苦笑する。

(しかし、見舞いに来るだけなのに、何故アルモはあんな嬉しそうな顔をしていたのかは、よく分からんがな……)

窓から視線を離したレスターは、もう一束の資料をデスクから取り出した。

 

 

―――その資料に書かれてある文字を目で追いながら、ルフトの証言を照らし合わせていた………

 

 

クーデター勢力………

貴族、財閥を重んじる前体制の復活を狙うため、現皇王シヴァやルフト将軍から、癒着などで失脚させられた皇国元有力政治家や軍人、旧官僚などが、秘密裏に機会を窺っていた過激派勢力。

その中心人物となっていたのが、現役皇国軍少将であり、圧力と階級によって発覚しにくかったのが難点となった。

だが、あのエルシオールでの騒動がきっかけとなり、少将以下全てのメンバーが芋づる式に拘束され、クーデターを未然に防いだ。

 

クーデターを未遂に終わらせることが出来た理由を、ルフトの問いただしたのだが、

『なぁに、平民軍人でありながら将軍の地位に居るワシが憎々しくて、ついヘマでもやらかしたんじゃろう』

事も無げに、あっけらかんと笑いながらそう述べたルフトに、レスターはその時は苦笑を洩らすだけであった。

 

(だが、真相は……)

 

そう考えたこともあったが、いくら考えても分からないことなど考えても無駄だということにより、一時、その件は置いておいた。

 

 

そして、あのロストテクノロジーとされた白い球体は、実はクーダター勢力が作成した特殊ブローブであり、性能の実験をかねて適当に人間を実験台にしていたと言う。

あの被害者達の話は、真実と虚実が入り混じったものなのだろう。

そして、クーデターに邪魔なエルシオールとエンジェル隊を、皇国本星から引き離すために、『白き月』に情報を送り、真実味のある話にさせたのは巧妙なる手口だったと言えるだろう。

 

(クーデター勢力の中にも、優秀な者が居たのかも知れんな)

 

もし今回の騒動が無ければ、皇国はどうなっていたのだろうと、レスターは軽い不安に襲われたことがあった。

 

 

ただ、今でも判らない事があった―――

 

それは同じくルフトからの通信で聞いた事なのだが………

 

“クーデター勢力のメンバー誰もが、スパイを侵入させたことは認めても、ブローブをエルシオールに進入させた覚えは無いと言うのじゃ―――”

 

スパイというのは、エンジェル隊を倉庫で襲撃したあの不審人物のことと言うのは判っていた。そのスパイは騒動後、制御室で出血多量で遺体となって発見された。胸の深い刺し傷が死因と思われた。

 

しかし、死ぬ前に、制御室で相当の暴行を受けたと思われる傷があったのは、不可解だと軍部は見ているようだが。

 

(そんなことはどうでもいい―――)

 

それ以上に気になることはブローブのことだと、レスターは考えを改めるように頭を振った。

ブローブ自体は機関室内部で砕け散った状態で発見され、周辺には小規模ながら戦闘の痕跡が発見された。

エンジンのいくつかが破壊された跡があったが、すでに修復されており、メインエンジンには何の被害も無かった。

進入していたのも、そのブローブ1体のみであった。

 

しかし、クーデター勢力の意志でなければ、あの白い球体はどうやって忍び込んだのだろうか?

 

「あのブローブは一体―――」

 

謎と戸惑いに包まれたレスターの呟きは、自分以外誰も居ない無機質な空間に反響するばかりであった。

 

その疑問に誰も返答することも無く―――

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

墓標の土台で、銀のロザリオが薄闇の空間に煌く………

 

シクラメンの花飾りが、楠の十字架に飾られ、花弁が微かに揺れ動く。

その墓標に向かって手を合わせ、黙祷を奉げていた―――

「…………よしっ」

「もういいのかい?」

「ああ……」

目を開けて、後ろに居る面々に向かって頷く。

振り返ったその先には、微笑みながらこちらを見据える彼女たちの姿があった。

「じゃあ、そろそろ帰りましょ。あまり長居すると身体に悪いし」

「そうですね。回復したとはいえ、長時間外に居るのは病み上がりの身体には、少々毒になります」

「それに夜風は傷に沁みますわ」

残った面々も同様に頷き、その場を後にした。

 

空を仰ぐ。

 

太陽の光が無い時間帯。

雲一つ無い夜空は、星の瞬きを克明に映し出していた―――

 

ここは『白き月』の丘の下。

周りにあるのは、生命の息吹が伝わる様々な自然物。

 

 

 

その中心にあるのは、緑の息吹に似つかわしくない、十字架の墓標が立ち並ぶ墓地―――

 

 

 

緑の空間の中、そこに存在するのは7人の男女。

 

向かう先は、近くに聳え立つ、白を基調とした外壁と無数の窓が立ち並ぶ医療施設。

その白さは夜の暗闇と相まって、背徳感の漂う建物に視えた。

 

皆一様に青い寝間着姿で歩き、ある1人は車椅子で移動していた。

 

 

 

一陣の風が吹く―――

見渡す限りの緑の大草原。

真緑の雑草、草花が、丘といわず、平地といわず、ざわざわと涼しげな音を鳴らす。

薄暗闇の草原は、星の光に照らされ、その姿を夜に負けじと際立たせる―――

 

 

 

墓地の舗装がされている細い道を、かたかたと車輪を鳴らしながら移動する。

「どうだいタクト? 振動は大丈夫かい?」

車椅子を押している赤いセミロングヘアーの女性―――フォルテは、黒髪の青年に今の状態を確かめた。

―――片眼鏡を付けていない両の瞳で。

「ああ、別に悪くないよ。全然気にならないくらいにね」

車椅子に乗っている黒髪の青年―――タクトは、青白い顔をうっすらと笑みの形に変える。

ただ、目は伏せたまま―――

「でも、お参りに行くのがこんな時間になってしまうのも考えものですね」

タクトの前方で歩いている長い黒髪の少女―――ちとせは、苦笑しながら言葉を紡いだ。

―――彼女は赤いリボンをしておらず、現在は髪を下ろしているまま。

「仕方がありませんわ。皆さんが出歩けるようになられたのは、つい先程ですもの」

同じくちとせの隣に居たのは青いショートヘアーの少女―――ミントが、もう一対の白いふわふわの耳を、片方動かしながら微笑む。

「それに……ちとせさんとランファさんは……まだ、回復しきっていません」

タクトの隣を歩いていたライトグリーンの長い髪を下ろした少女―――ヴァニラが、無表情ながらも心配そうな瞳で呟く。

―――彼女は今ヘッドギアを装着しては居なかった。

「それだったらヴァニラも同じじゃない。大丈夫よ、少しくらい身体動かしたほうが、回復は早まるわ」

最前列に居た長いウェーブのかかった金髪の少女―――ランファが、振り返りながら髪をかき上げた。

―――その時、彼女はトレードマークの髪飾りは付けていない。

「そうそう。早く治れば、またみんなと遊ぶことも出来るしね」

ランファの後方を歩いているピンク色のセミロングヘアーの少女―――ミルフィーユが、満面の笑みを浮かべて同意する。

―――彼女のトレードマークの、花飾りのカチューシャは今付けていない。

「そうと決まれば、今日は早めに帰って休むとするか」

タクトは一呼吸おいた後、瞑目したまま微笑んだ。

「そうですわね。この中でも一番早く回復していただく必要のある、タクトさんの意見ですもの。今晩は夜更かしせずに早めに就寝いたしましょう」

「うん。早くタクトさんと一緒にピクニックとかにも行きたいしね」

「でも、一番先にタクトと買い物に行くのはアタシよ?」

「そ、そうなんですか? 私はてっきり……」

「ん? なにがてっきりなんだい、ちとせ?」

「い、いえ! 何でもありません!」

「……動物園」

お互いをけん制するように言い合うミルフィーユとランファ。

口を挟みかけたちとせの言葉に反応するフォルテ。

それを慌てて首を振りながら否定するちとせ。

少し困った表情でぽつりと呟くヴァニラ。

 

ミントの同意から始まった、ほのぼのとした穏やかな光景………

 

いつもと同じながら、少し前までは予想すらしなかった違う雰囲気に、タクトは安心を覚えながらも、その光景を見ることが出来ない今の自分にもどかしさを感じた。

 

何故なら、タクトの目は何も見えてはいないから―――

 

星々の光に照らされた夜道を歩きながら、タクトは前の出来事をつい先日のように思い浮かべていた―――

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

騒動が終わった自分に待っていたものは、死の淵と隣り合わせの生活だった。

ブリッジでランファに見取られながら意識を失ったのを最後に、タクトにはその後の記憶は無かった。

次に目が覚めたのは、点滴を打ち、人工呼吸器をつけながら、簡素な白い病室のベッドに寝そべっている自分に気付いた一週間前のことである………

 

そして、後に聞かされたことであるが、自分がひと月近く昏睡していたことも―――

 

意識を取り戻したとき近くに居たと思われるエンジェル隊が、寄って集って半狂乱となりタクトの身体を揺すり始め、大声を上げた瞬間、再び気を失いかけたことは記憶に新しい。

だが、同時に、自分の身体の異変に気付いたのもその時であった………

身体中に点滴や包帯、精密機器が取り付けられていることではない。

 

声や音は聞こえ、触れられている感覚、花の香りは感じるのに、何故か目を開けても漆黒に塗りつぶされているだけであった―――

 

そのことが分かった途端、今度はエンジェル隊だけでなく、レスターやアルモ、ココなどエルシオール乗組員全員と、皇国軍軍部、『白き月』の関係者が驚愕と混乱の渦に巻き込まれることとなった。

 

 

だが、右心臓を突き刺された原因と出血多量による影響と発覚した時、タクトはしばらく絶対安静を言い渡された。

退屈な入院生活と思われていた日々も、見舞い、特にエンジェル隊との面会により静寂な時間は余りにも少なかった。

 

記憶障害の原因と思われるブローブのICが取り除かれたミルフィーユとちとせは、元の記憶と感覚が戻ったのかその後の影響は無くなったようだ。

その証拠に、面会に来た時のミルフィーユの林檎の皮むきのやり方は、彼女らしい一面が戻っていた証となった。

ちとせはまだ分かってはいないが、仕事への意欲が向上している彼女を見れば、そんなに心配は無いと思われる。

 

――ただ、いくら操られていたとは言え記憶は残っていたらしく、タクトやランファ、ミント、フォルテを襲ってしまったことに対して、後悔と罪悪感に苛まれ、2人は何度も何度も地面に密着しそうなくらい頭を下げ謝罪しに来ていた。それをタクトたちが逆に慰め、気にしないように忠告したのは言うまでも無い。

 

 

 

ミントは穏やかな表情の裏に、何かが隠された態度で面会に来た時は、目が見えていないタクトでも何か薄ら寒い感覚を覚えた。

ただ、彼女の小さな身体が、今回の騒動の危機を救ったきっかけを作ったことは事実であり、そのことについてタクトは頭が上がらなかったといってもいい。

 

ヴァニラが面会に来た時は、以前と違うその雰囲気にタクトは一瞬誰が来たのか判らなかった時があった。

何があったのかは良く判らない。だが、あの騒動の時、確実にヴァニラの何かが影響を受けたのか、強い意志とともに包容力が備えついた雰囲気が彼女から溢れ出ていた。

 

フォルテは普段の彼女と変わらず、大らかな態度で面会に来ていた。

ただ、タクトが取った行動をからかい半分、真面目半分に諌め、散々甚振る事もあった。

その時気になったのは、フォルテの声が掠れがちになっていたのは、負傷による影響だという。すぐ回復したが。

 

タクトが目を覚ました時、一番騒ぎ、憤激していたのはランファであった。

 

―――機関室での戦闘後、唯一動くことの出来たランファは、他のエンジェル隊を救うために通信を行ったが、ブリッジや医務室からの反応は無く、傷ついた身体を押して、急いでブリッジへ駆けつけた途端、そこでの惨状を見てしまったという。

 

 

その時、これも制御室での操作が影響か、医務室に居る筈のケーラは、薬剤のストックを倉庫に取りに行ったのだが閉じ込められていた。

他の船員も別々の室内に閉じ込められるなど、同じような目にあっていた。

それ以外、それぞれのエリアで何者かに襲われたらしいのだが、辛うじて気を失う程度の軽傷で済んだようだ―――

 

面会に来るなり、安静にしていなければならないタクトに掴みかかり、どれだけ皆が心配していたか等、怒り、号泣し、恥も外聞も無く絶叫していた。

もし、エンジェル隊が傍に居なかったのなら、あの時勢いで何を言っていたことかと、後にランファは語った。

右腕にギプスをはめ、ギプスで固めた左脚を引き摺りながら―――

 

 

全員平然としながらも、1人余すことなく重傷の身体を押してでの面会であり、無事だったのは1人も居ない状態であった。

 

それは外見だけでなく、心境のほうも同様であった―――

 

 

そんな生活が続いていた3日前、軍部から舞い込んできたのは、騒動の後処理問題であった―――

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「タクト」

「っ…ん…」

フォルテの声に反応し、周りから漂う独特の薬品の匂いに気が付くと、タクトは今、自分が『白き月』の医療施設に居ることがわかった。

「……いつの間にか眠ってたみたいだ」

白を基調とした廊下を移動する車輪の音が、静粛な空間に反響する。

「そうだろうねぇ。皆あんたに気を使って起こさずに、自分の病室に戻っちまったよ」

カラカラと、手動のドアを開けながら車椅子を押していたフォルテは、薄く笑いながら肩を竦める。

「そうか……悪いことしちゃったなぁ……みんなは何か言ってたかい?」

「いや、何も。

ただ、今度起きた時は、とことん付き合ってもらうってことだけだよ」

今まで以上何を付き合うのだろうか、とタクトは力無い表情で笑うだけであった。

廊下の色と同じ、特徴の無い個室。

個室に置いてある花の香りを嗅いだ途端、タクトはベッドの近くまで来たことを感じ取った。

「ありがとうフォルテ。ここまでで良いよ」

「おやおや、いいのかい? アタシなら優しくベッドに寝かせてあげるのに」

「い、いや、大丈夫だから……」

フォルテの本気とも冗談ともつかない含み笑いに、タクトは内心動揺しながらも、手探りでベッドに寝転がる。

「ほら、シーツが掛かってないよ」

「あ、ありがとう」

タクトが寝そべっているベッドの、不完全なままだった白いシーツを掛けなおすフォルテ。

そのままタクトに声を掛けようとした矢先。

「ねえ、フォルテ」

先に口を開かれ言葉を押し止める。

「ん?」

「“彼女”……来るのが遅かったことを、怒ったかな?」

「………………」

タクトが呟いた“彼女”のこと………

それは今し方フォルテが口にしようとした事柄であった。

 

 

“彼女”―――シェリー・ブリストルの遺体が発見されたのは、騒動の後のことであった―――

 

 

エルシオールを回収し、乗組員を救出する際、ブリッジに来た他艦の船員たちは、その場に倒れているクルーの他に見慣れない顔を発見すると、捜査員の目を見開かせた。

 

操縦席の近くで息を引き取っていたのは、前戦役で死亡したと思われた長い銀髪の女性、シェリー・ブリストルその人物であったからだ―――

 

 

シェリーの発見は、トランスバール皇国政府、軍部はおろか『白き月』の重役までをも驚愕させる一大事であった。

エオニア戦役で首謀者の右腕とまで評された人物が実は生きており、クーデター勢力と手を結び、エルシオールを襲撃したなど、色々な推測が飛び交わしたが真相は闇の中であった。

ただ、タクト達にしか判らない真意だけは残ったまま―――

 

 

問題はその後に起きた。

3日前、タクトの病室にエンジェル隊全員が集まり、モニターを使って会議の様子に参加した時のこと。

 

いくらもうこの世を去ったとはいえ、後処理をするときに、辺境の星に宇宙のちりとなるまで葬るかという意見が統一しかけた。

エオニア戦役で、皇国に甚大なる被害を及ぼす勢力に加担していた幹部であったシェリーを、皇国民は決して許しはしないどころか、手厚く埋葬するなど持っての他という意見がモニター越しに飛び交った。

 

 

その意見に『白き月』まで同意しかけたその時。

 

 

まとまった意見を中枢から破壊するような響きを持つ、反対の声を上げたのは意外な人物であった―――

 

 

“人の最期を決めるのに、生きている私たち人間がどうこう言う資格などありません―――!!!”

 

 

凛とした立ち振る舞い、毅然とした意志の強い瞳。

その彼女の特徴が無くなってしまうほどの悲痛な叫び。

 

 

身を震わせ、泣き出しそうな顔を上げながら、声を上げるちとせの真摯なる言葉に、皇国政府内、軍部、『白き月』は、水を打ったように静けさが覆った………

 

 

 

その叫びは、ちとせだけではなく、エンジェル隊一同の心境を代返する言葉となっていた。

 

 

ミルフィーユ、ランファ、ミント、フォルテ、ヴァニラ、ちとせ、そしてタクトも、その言葉を噛み締める思いで肯いた。

その意見に触発されたように、再び激論が飛び交いそうになったその時、騒乱を治めたのは、『白き月』の管理者であり、人民の崇拝の対象である、『月の聖母』シャトヤーンの言葉であった………

 

 

 

“その方がどのような人であれ、安らかに眠らせるのは、人間としての当然の義務でしょう―――”

 

 

 

この世のもの全てを優しく抱擁するかのような、慈悲に満ちた美麗なる微笑で、シャトヤーンは語った。

 

 

『月の聖母』直々の詔は、皇国政府関係者を始め、宰相ルフトや皇王シヴァでも強く反対できず、妥協として政府と軍部は秘密裏にという条件で、シェリーの遺体を『白き月』に埋葬することとなった………

 

そして、先程、タクトたちはシェリーが永眠している墓地から帰ってきた―――

 

 

そして………

タクトは、フォルテはおろか、エンジェル隊やその他誰にも話していないことがあった。

 

「タクト。一つ訊いていいかい?」

「………………」

タクトからの反応は無い。

まるでこれから訊かれることが判っているかのように―――

フォルテも元々、返答を期待していなかったが、構わず疑問を投げかける。

「あの女と何かあったのかい?」

「………………」

やはり返答は無かった。

だが、この無言の答えによって、フォルテは戦場の勘ではなく、女の勘として、タクトとシェリー2人の間に何かがあったのだろうと、漠然とした思いで感じ取っていた。

 

シェリーの話をする時の、タクトの心なしか穏やかな表情は、確信を与える充分な物言わぬ証拠となっていることにも―――

 

だが、訊かれても誰にも言わないこの話は、もう訊くことは無いだろうとフォルテは頭の隅で感じ取っていた………

 

 

「……オレ……まだ迷ってるんだ」

その時、ぽつりと、ベッドで仰向けに寝ながらタクトは口を開いた。

「迷ってるって?」

ベッドの傍にあった丸椅子に座りながら、フォルテは続きを促した。

「本当に、最後はあれでよかったのかな、ってさ……」

「………………」

心の中を巣食うのは、「悔恨」と「残心」。

ブリッジで“彼女”と対峙した最後。

タクトは状況が状況とはいえ、結果として彼女を殺したことに、未だに罪悪感を持っていた。

「とは言ったって、この先長くは無かったんだろ?

前戦役の爆沈の時の影響と、辺境の星の生活の疫病が原因で、余命が短くなってたって話じゃないか」

「確かにそうだけど……」

口ごもるタクトの気配を感じ取ったフォルテは、彼の人柄の良さに半分呆れるものを感じていた。

軍人たるもの、戦場に出れば命を奪う覚悟と奪われる覚悟をしなければならない。

元々、争いごとを嫌うタクトは、敵だったとはいえ人を殺したことに罪悪感を持ち続けるという、軍人とは思えない、さらに普段の陽気な彼からは想像も出来ない繊細な神経の青年であった。

 

確かにフォルテはそう思っていたのだが―――

 

「あんたはあの時、司令官として正しい判断をした。そこまで敵に気遣うことなんて無いよ」

「解ってる……解ってるんだ……

でもっ―――」

理屈では納得しても、感情では納得がいかない―――

声無き声で躊躇うように言葉に詰まると、タクトは溜息を吐きながら弱々しく呟く。

「女々しいかもしれないけど……せっかく生き延びることの出来た命を、有意義に使わせたかったなとか、もっと他に手はあったんじゃないかって………いつもそう思うんだ」

「………………」

その呟きはフォルテの耳に何度も入ったセリフであった。

 

2人でこの会話をするのは、実は初めてではなかった。

お互いまだ動くのも大変であった時、フォルテはあの騒動の内容を話し合った時があった。

その時もこのような会話になっていたが、タクトの意見は変わらなかった。

今ではまるで禅問答のように、言葉を交わす程度の内容になってしまっていた。

 

「さて…と。それじゃ、あたしはそろそろ戻るよ」

フォルテは椅子から立ち上がると、タクトに声を掛けた。

「あれ? もう部屋に戻るのかい?」

「ああ。これ以上長居すると、あの娘達に疑われちまうからね」

相部屋は大変だよ……と、笑いながらドアノブに手を掛けた。

「あっ、フォルテ……」

「ん? なんだい?」

ドアの傍で呼び止められ、フォルテはベッドの方角へと振り返る。

「あのさ……真剣になって聞かなくてもいいんだけど……」

タクトは寝転がりながら気まずそうに頬を掻くと、フォルテの居る方角へ、視力の無い人形のような、それでいて真剣な瞳を向けた―――

 

 

 

 

 

“あの時……彼女は、本当に、一人ぼっちだったのかな―――”

 

 

 

 

 

掠れがちに、それでいて優しげに、心からの純粋なる疑問………

 

 

 

 

 

それは、フォルテが一番知りたかった疑問でもあった………

 

 

 

 

 

 

「………………」

フォルテは答えない―――否、答えることが出来ず、その場に立ち尽くす。

見えていない筈のタクトの双眸が、フォルテの心を見透かすかのように視線を向ける。

「……アタシにも分からないよ」

フォルテは力無く首を振る。

 

セミロングの髪が頬を擽る―――

 

再び部屋を沈黙が覆い、踵を返し、部屋を後にしようとする。

「―――でもね」

ドアを開けると、フォルテは背を向けたまま、ぽつりと呟く。

 

考えても真実は分からない………

 

「もし、奇跡ってのを信じるんなら―――」

 

もし、空想が許されるのであれば………

 

 

 

 

 

「―――ずっとエオニアが見守っていたのかもね」

 

 

 

 

 

奇跡を信じ込みたいのが何よりの願い………

 

 

 

 

 

 

 

 

浮かぶ―――

 

夜空に遠くから浮かび上がる星々―――

 

その弱々しい光を消えさせることなく―――

 

星空はその煌きを止めようとはしない―――

 

ある時一つの小さな星が近くの星に寄り添うかのように―――

 

その小さな身体を歓喜の如く懸命に瞬かせていた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀河に流れる天の川

 

悲恋に嘆く片方は引き裂かれた運命に抗う「アルタイル」

 

悲恋に嘆く片方は想い人を待ち続ける「ベガ」

 

七の日に届くその想い

 

七の日に辿り着くかけがえの無い存在

 

天の川のほとりにある打楽器は祝福のその日に打ち鳴らされる

 

優しい音色が奏でる神秘のメロディーは

 

銀河へ奏でるRhapsody

 

 

 

 

 

 

 

 

銀河へ奏でるRhapsody

 

FIN