序章

 

 遥か未来、人類は宇宙へとその勢力を拡大し繁栄をきわめていた。人類は銀河ネットワークを構築し、宇宙を自由に行き来できる時代が到来した。この文明はEDENと呼ばれた。

 だが、EDEN文明の繁栄も長くは続かなかった。原因不明の時空震(クロノクエイク)により、銀河ネットワークは崩壊。人類は移動手段、通信手段の全てを失ってしまった。まさに悪夢であった。

だが、この悪夢は決して天災ではなかった。人災であったのだ。EDENの民とヴァルファスクによる『第一次ヴァルファスク大戦』。この時、ヴァルファスクは不利な戦況の中で戦っていた。だが、ある時戦いの趨勢を決定する兵器を完成させた。『クロノクエイク爆弾』。読んで字のごとく、人為的にクロノクエイクを発生させる兵器である。人類よりも長寿である彼らは時を稼ぎ、力を蓄えようと考えた。だが、その目論見も約600年後、トランスバール皇国軍、タクト・マイヤーズ大佐率いるムーン・エンジェル隊によって打ち砕かれ、人類は再び安定期を迎えた。

 

トランスバール暦54

 

 白き月。54年前に降臨したそれは惑星トランスバール軌道上に突如として現われ、人類にロストテクノロジーと言われる失われた技術を天恵(ギフト)としてもたらした。それにより、トランスバール皇国は恒星間航行、恒星間通信技術を復活させ、宇宙へと勢力範囲を広げようとしていた。

 その白き月の研究室。ここでは主に航行技術の研究が行われている。いつもは研究に明け暮れている職員で溢れているこの部屋も、今日は祝賀会が行われておりいつになく賑やかだった。

「クロノドライブ実用化、おめでとう!」

「やったな、ルーキス!」

職員たちが祝賀の対象としているルーキスと呼ばれた人物は、まだ若い青年だった。だが、その能力はとても17歳の青年とは思えず、彼の考案したクロノドライブと呼ばれる恒星間航行技術は皇国に革命をもたらした。

「ありがとう」

彼自身も、まさか自分の研究していた技術がこんなにも早く実現可能段階に持って行けるとは思ってもいなかったために驚いていた。

「でも、これからは宇宙への探査も夢ではなくなりますからね。研究の甲斐があったってもんですよ」

「コイツ!!」

全員が謙遜ともとれる態度を取ったルーキスに悪戯を始める。ある者は頭をグリグリとしたり、またある者は軽く首を絞めたり……。だが、その悪戯をある男の言が止める。

「それよりも、お前故郷の家族に顔を見せたらどうだ? ここしばらく研究で帰っていないだろう?」

研究主任であった。彼はルーキスの研究態度には感心していた。だが、あまりに打ち込むあまり彼は帰郷をしていなかった。

「いいんですか?」

「ああ、特別休暇だ。『恒星間航行の救世主』が帰ってきたって喜ぶんじゃないか?」

冗談交じりに主任が言うと、周りの職員たちが笑った。

 恒星間航行の救世主。その言葉を聞くと、トランスバールでは誰もがルーキス・シュールという青年を思い浮かべるに違いない。だが、彼はそのことに関してはあまり歓迎していなかった。彼としてはやりたい研究をしただけなのである。それが偶然人類に役に立つ技術となっただけと考えている身としては、照れくさかったのであった。

 

 翌日、ルーキスはトランスバールに向かうため、機中の人となっていた。僅かな時間とはいえ、シャトルから窓の外を見てもただ闇が見えるだけである。だが、やがてトランスバール本星が見え始める。2年間帰っていなかったが、星が変わっていないのは外から見ても分かるというものだ。その思いに浸っていたとき、事件は起きた。シャトル側面を奇妙な光が包み始めた。光はやがてシャトル全体を包み込み、機内からは外が見えなくなってしまっていた。

 何かがおかしい。そう感じたルーキスはコクピットへと向かった。だが、そこには無惨な光景が広がっていた。パイロットは二人とも息絶えていたのである。しかも、二人は血も流していなかった。俗に言う『変死』というやつであった。それを見たとき、さらに強い光がシャトルを包み、シャトルは消えた。謎の失踪事件。トランスバール皇国内ではそのような報道がされたが、事件は迷宮入りとなり、やがては歴史の教科書に一行のみの掲載となってしまった。