1章 第二の道

 

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 太陽系第3惑星地球。太陽系で唯一文明を持つ人類が住んでいる星だったこの星だが、現在は宇宙へとその勢力範囲を広げた人類の拠点となっている。その地球から各惑星を結ぶ『銀河鉄道網』。増大する物資、人員輸送の需要に対応するために建設されたが、それがもたらす影響は計り知れなかった。惑星間の通勤、通学はもはや当たり前となり、人類は宇宙大航海時代を迎えていたのである。中でも巨大な銀河鉄道網を支える大動脈路線は『大銀河環状線』である。月を起点に火星、木星などの惑星から全てのコロニーステーションを結ぶ路線である。この路線は市民の生活に欠かせないものとなり、物資輸送の面から見ても運行する『JRプラネット(日本惑星間鉄道株式会社)』の生命線であった。

 

 JRプラネット月基地駅。JRプラネットでは最も巨大なターミナルであり、大銀河環状線、火星本線、木星本線、天海王本線、冥王星本線の始発駅となっている。駅を離れると、JRプラネット唯一の工場、列車区が見えてくる。主に列車の修繕、改造、検査を行う施設で、JRプラネットの全車両が在籍している。車体隅に『プツキ』と表記され、月基地列車区所属であることを現す。

 その月基地列車区の横には月基地乗務員センターが併設されている。名前の通り、業務中の全乗務員がここで働いている。

「終了点呼お願いします。敬礼」

今日もまた一人が乗務を終え、センター長に乗務終了を報告する。

「お疲れ様でした。今日の乗務はこれにて終了です。なお、明日からPRGT専属運転士として働いていただきます。がんばってください」

この言葉に運転士は驚きを隠せない。あのPRGTの専属運転士に任命されるとは思ってもみなかったのである。

「では、終了点呼を終わります! 敬礼!」

返礼し、仮眠室へ向かう。彼に言葉を投げ掛ける者はない。入社の時に提出した履歴書には出身校はおろか出身地まで未記入だった彼は、たちまち社内で噂になりはじめた。やれ社長のコネで入社できたバカ者であるなどという噂も流れたが、彼はそれほど気には止めていない。謎の人物に対して妙な噂が立つのはいつ、どこでも変わらないということを知って、むしろ感心していた。

「よお、ルーキス。聞いたぜ。PRGT行きだってな?」

そんな中、声をかけてくる者がいないわけではない。彼――ルーキス・シュールには決して友がいないわけではなかった。先程声をかけてきた運転士――サマナ・ジェスターは乗務員研修のときに同じ班に所属したということから意気投合し、たまに数人の仲間を巻き込んでバーで飲んでいる。飲み友達というだけでなく、『転移』してから初めてできた友人ともいえた。

「別に特急列車運転士でも構わないんだけどなぁ……」

謙遜したつもりはなくとも、相手にはそれは伝わらない。いや、半ば冗談半分なのかもしれないが……。

 

 この世界――銀河系の中でも太陽系と呼ばれる宇宙に、ルーキスはトランスバールから『転移』した。初めは何が起きたのか、彼には分からなかった。シャトルで彷徨っていたところをPRGTに助けられた。シャトルに乗っていた者は彼以外、皆死んでいた。外傷などは全くなく、何が原因かも分からない。結局こちらの世界でも事件は迷宮入りとなってしまった。唯一の生存者である彼が何も知らないのでは話にならぬ。それに太陽系を統治する新生国連も、この事態に関してはあまり関わりたくはないという風潮を漂わせており、報道機関への情報公開は行われず、結局は民間シャトルの事故ということでけりを付けたのである。ルーキスは新生国連からは国民としての扱いは受けることができなかった。国民の権利である選挙権はもちろん、国民登録も行われなかった。これは遠まわしに新生国連はあなたを歓迎しない、生きた死人となれ、と宣告しているようなものである。

 だが、ルーキスは決して悪いとは思っていない。新生国連から地球外追放を受けたが、彼はJRプラネット社長山本轍(わだち)に家族の一員として歓迎された。彼らの誰もがルーキスに家族として接してくれた。

年齢が18歳だったこともあり山本一家は進路に関して自分のことのように考えてくれた。宇宙に出たいと言うと、轍はJRプラネットの試験を受けることを了解してくれた。これに見事合格し、彼はこちらの世界で何不自由なく暮らせている。山本一家には心から感謝しているということは言うまでもない。

 

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 月基地列車区の地下には巨大な空洞があった。天然の空洞ではあったが、人の手が加えられて空洞は更に深くなり、レールが敷かれた。地球の都市、トウキョウの地下には皇族の脱出用に極秘裏に地下鉄の操車場が建設されているとの噂があるが、それとは規模が違うのは間違いなかろう。

 整然と並ぶレールの上には、当然の如く列車が待機していた。だが、ごく普通の列車と違い、様々な機能が付与された車両をつないでいる列車が殆どだった。中でも目を引くのは中間に繋がれた主砲戦闘車輌――通称『グスタフ』である。戦艦の主砲ほど巨大ではないが、その威力は決してそれに劣ることはない。これらの設備・装備を持つこの操車場は、正式には『PRGT月基地総合車両所』と呼ばれる。敷地内には隊員用の施設もあり、長期任務となる小隊もあるため、隊員に割り当てられた部屋が『我が家』と化してしまっていることも少なくない。

 

 第一小隊。またの名をアンドロメダ小隊と言うその隊は、PRGT一の精鋭部隊と言われている。その小隊の専属運転士は過去四度、短期間のうちに変わっている。一人目は特急列車運転士に引き抜かれたため――JRプラネットの特急運転士は一般運転士優秀者を引き抜くため、かなりのエリートと言われている――配属が変わってしまい交代要員が配置された。だが、悲劇はこの時から始まった。二人目、三人目の運転士は共に隊員たちとの不和で配属転換を希望し、小隊から去っていった。そして、四人目には誰あろうルーキスが指名されたのである。社長山本轍の意図が感じられないこともなかったが、ルーキスは深くは考えないことにした。

「失礼します」

彼からすれば普通に入ったつもりだったが、控え室にいたアンドロメダ小隊の面々はルーキスを凝視している。過去に二人の運転士を潰した隊だが、ルーキスは気にすることなく入った。だが、それを疑問に思う者がいないだろうか?

「ルーキス・シュールといいます。よろしくお願いします」

その名を聞き、隊長の階級章を付けた人物が歩いてくる。ルーキスは彼の顔に見覚えがあった。

「隊長のイグラシオ・マナウスだ。よろしく頼む」

そう言って握手を求めてくる。拒む理由などあろうはずもない。ルーキスは目の前の命の恩人と硬い握手を交わす。彼――イグラシオ・マナウスはルーキスがシャトルで『遭難』していたところを救出した当時もアンドロメダ小隊の隊長をしていた。そのため、ルーキスのことはアンドロメダ小隊の中で彼が一番知っているはずだった。

 その後、各隊員が自己紹介を始めた。総勢25名になる隊員たちの中でも、指揮車輌――軍艦のブリッジにあたる――でルーキスが直接接する隊員は、戦闘班長渋谷直樹、哨戒員シャルロット・ヘプナー、被害対策班長築島巳継の三名である。彼らはルーキスに対してまだ打ち解けようとはしないが、仲間とは認めてくれたようである。

「ルーキスとか言ったな。前任の運転士から贈り物だ」

そう言って渋谷は棒のような物を渡した。だが、それがただの棒でないことは現役運転士にはすぐに分かるはずである。アンドロメダ小隊に実験的に配備された最新鋭戦闘車輌“アンドロメダ”の速度調整ハンドルであった。

「“アンドロメダ”は他の列車と違って何かとクセが強くてな。まぁ、早く慣れて任務に支障が出ないようにしてくれ」

「はい」

ルーキスの反応が面白くなかったからか、渋谷は少し不満な顔をしたが、イグラシオに制されて元に戻る。

「では、ルーキスは私についてきてくれ。他の者はできることをやるように。休憩をしようが自由だ」

「了解!」

全隊員、敬礼。イグラシオがいかに隊員たちからの信頼を得ているか、ルーキスはこの瞬間悟った。統率、士気は共に申し分なく、規律も厳守している。なるほど精鋭部隊と言われているだけあると感じるルーキスだった。

 

 ルーキスはイグラシオと二人で廊下を歩いていた。緊張からか、イグラシオに話題を振ることができず、彼もルーキスに話しかける雰囲気などない。靴の音だけが廊下を満たしている。その音を打ち破る者もおらず、廊下には二人しかいないことが分かる。

 やがて自動扉を抜けると、そこには機関車が眠っていた。何か懐かしい。そんな印象をルーキスは受けた。

「デゴイチ……」

「えっ……?」

不意に静寂を破る声に、ルーキスは一瞬戸惑った。その声の主は言うまでもなくイグラシオである。

「D51型蒸気機関車の愛称だよ。800年ほど前に建造されたモノだが、今のコイツは“アンドロメダ”の要、いわば心臓部だ」

イグラシオの言葉にルーキスは驚愕の表情を浮かべ、目の前の蒸気機関車を見る。こんなモノが宇宙を走ることが信じられなかった。

 だが、機関部を見てその考えは頭から消えた。通常の銀河鉄道と同じく重力ボイラーを搭載し、電磁シールド、空間シールドも装備している。姿は昔のモノでも中身は現代の最先端技術を用いていおり、ボイラー出力に至っては全銀河鉄道車輌の中で最強を誇っている。

「すごい……」

思わず率直な感想が口に出てしまい、慌てて口を塞ぐ。だが、イグラシオはただ笑うだけであった。

「気に入ったかね?」

「はい」

彼の質問に答えるのも、この一言が限界だった。

 

 アンドロメダ小隊専用車輌“アンドロメダ”は他の小隊所属の戦闘車輌よりも長い16両編成となっている。その理由としてまず挙がるのが客車型車輌3両に分割格納されている“波動砲”である。これは新生国連宇宙軍第一艦隊旗艦“ヒューベリオン”の最終兵器である“波動砲”をPRGT戦闘車輌向けに改造したもので、威力・射程は劣るものの、“アンドロメダ”の最終兵器といわれるだけあって一個艦隊を容易く撃破できる威力を持つ。だが、発射の際は全エネルギーをそれに回すために、どうしてもスキが生じてしまうという欠点がある。

 また、あらゆる事態を想定した設計となっており、各車輌でそれぞれの役割が異なっている。先頭には言うまでもなくD511号機が連結されている。だが、炭水車部分は改装され指揮車輌となっており、アンドロメダ小隊の指揮中枢となっている。続いて13号車輌には先程の“波動砲”が分割格納されている。さらに、4号車輌は最大8人までの医療行為を行える設備を備えた医療車輌となっている。

 そして、561011号車輌には汎用戦闘機『イーグル』が一両に一機ずつ格納され、12号車輌には惑星地表移動用のバギーが3両搭載されている。

 また、79号車輌は戦闘ブロックとなっており、7号車輌、9号車輌はパルスレーザー、ミサイル、光子魚雷などを備えた汎用戦闘車輌となっている。8号車輌は“グスタフ”と呼ばれる主砲搭載戦闘車輌である。残りの1316号車輌は13号車輌が隊員専用居住車輌、1416号車輌が乗客収容車輌となっている。

 

「君は『自分はこの世界の人間ではない』と言っていたが、君のいた世界とはどのような世界なのかね?」

イグラシオは唐突に訊ねる。ルーキスは一瞬返事に戸惑ってしまった。

だが、彼はここで決心した。目の前の人物、イグラシオ・マナウスは話せる相手だと直感したのである。それがなぜかは彼にも分からなかった。

 そこから彼は目の前の隊長に今までのいきさつを話した。トランスバール皇国のこと、自分が白き月でクロノドライブの研究開発に携わっていたことなど、話せることを全て話した。

「我々の知らない世界、か……。にわかには信じられんな。なるほど、それで君の経歴は謎に包まれていたというわけか……」

イグラシオの中でも合点がいったらしく何度も頷いている。彼も目の前の謎の人物が何者であるのかが知りたかったのである。

「ええ……。俺は新生国連からは国民として認めてもらえず、地球外追放を受けたんです。そんな俺を山本社長は引き取ってくれました」

イグラシオにはルーキスの顔が段々と暗くなっていくのが分かった。そして、この顔が多くの試練を抱えた者の顔でもあるということも。

「帰りたいか?」

「えっ?」

イグラシオの突然の言葉にルーキスは我が耳を疑った。

「自分の世界に帰りたいか?」

聞き違いでなかったのを確認すると、今度は発言者を見てしまう。一瞬、何を言っているのか分からなくなってしまった。だが、

「はい……」

答えは自ずと口から出た。誰であれ、故郷に帰りたいという思いは消えることはないのである。

「なら、仕方ない……」

そう言ってイグラシオはルーキスの後ろを凝視する。

「総員、黙って突っ立ってないで早く出て来い!」

すかさず入り口の扉が開き、アンドロメダ小隊の面々が飛び出してきた。全員が緊張に顔を支配されている。

「盗み聞きとは関心せんなぁ」

そう言うイグラシオは楽しそうな顔をしている。だが、聞く方はそうもいかない。

「そ、それが……。主砲制御装置を直してほしいとの請願を整備の連中に……」

渋谷の顔は段々と焦りを表面に出し始める。盗み聞きがばれてしまい、更に新任の運転士に醜態をさらす結果になってしまったのは痛かった。巻き込める他の隊員たちがいるだけ気は楽だったが……。

「まぁいい。さっきも紹介したが、コイツが新任運転士のルーキス・シュールだ。運転士としての腕は社長も大絶賛している。まぁ、新しい仲間として色々と指導してやってくれ」

『仲間』という言葉をルーキスは久しぶりに聞いたような気がした。この世界に転移してからというもの、『仲間』という言葉から無縁の生活を送ってきた彼にとって、これほど嬉しいことはなかった。

「よろしくお願いします!」

感動からか、彼の言葉には力が篭っていた。

「おう、よろしくな!」

「よろしく!」

いつの間にか“アンドロメダ”の周りにはアンドロメダ小隊のメンバーが全員集合している。全員がルーキスを歓迎すると言わんばかりに微笑んでいた……。

 

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 指揮車輌には静寂という重い空気が漂っていた。一人が少しでも動作をすれば、それがいかに微小な音を発するものであっても、この場では目立ってしまうであろう。

 ルーキスは速度調整ハンドルと操縦桿をその手に握り締め、目の前の計器盤に神経を尖らせていた。ボイラー圧力、出力ともに異常なし。速度良好。高速走行には絶好のコンディションである。最新のS7型重力コスモボイラー搭載車輌だけあって、加速・減速性能は申し分なく、安定した走りを見せている。

「まもなく、VD05コロニーに差し掛かります。現在のところ、異常はありません」

シャルロットはありのままをイグラシオに報告した。

 アンドロメダ小隊は新入隊員向けの訓練を兼ねて、大銀河環状線の哨戒任務に就いていた。各コロニーを結ぶ路線だけあってすれ違う列車の数も半端ではない。主要駅を結ぶ快速列車は通勤時間帯になれば満員列車と化す。これは普通列車との接続を考慮した緩急接続ダイヤの賜物であった。だが、座席に座れないこともあり、乗客の中には座席を求めて特急列車に乗る者もいる。

 だが、まもなく任務終了というところで、異変は突如起きた。列車内に警報が鳴り響き始めたのである。

『こちら、月基地輸送指令! 冥王星本線にて列車強奪事件発生! アンドロメダ小隊は直ちに現場へ急行して下さい!』

全隊員の表情が変わった。

「おい、チビんじゃねぇぞ。何かあったら俺たちがサポートしてやる」

「はい」

渋谷の言葉にそう返事してみるが、やはりルーキスの心は高揚していた。突然の任務。しかも、目的は列車強奪犯の逮捕である。一筋縄ではいかないのは全隊員が承知している。だが、逃げるわけにはいかない。例えどんな任務であろうと、自分の行動に多くの人命がかかっているのだから……。

 

 

 

 

 

あとがき

 

 おそらく、相当数の方が『はじめまして』状態かと思います。著者のホーリーと申します。掲示板にも顔を出しておらぬ身でありながら、突然の投稿をお許しください。

 さて、この話は著者のなんのきっかけもない妄想から始まった物語です。すなわち、『銀河鉄道をGAに出せないか』という、なんとも普通ではない妄想なわけですな。まぁ、ミックスという手法を用いておられる方はネット上で拝見しますと結構おられます。しかし、銀河鉄道という素材は二次創作となると、なんとも扱いがたいのですよ。特にSF戦闘モノになれば尚更です。駆逐艦にさえ太刀打ちできるのかというモノですからな。まぁ、ここを何とかするのが著者の役目なんでしょうが……〈笑〉。

 読まれた方で疑問を持たれた方、多いと思います。「ALLキャラとか言っときながらエンジェル隊はなんでいないのか」という疑問があるのではないですか? そういう方、ご安心くださいな。2章から登場の予定でございます。主人公と誰かをくっつけようかと考えてますよ、もちろん(笑)。まぁ、このノリで行けば長編になること間違いなしですので、末永く続編をお待ちいただけたら幸いです。

 と、長々と書きましたが、どうかこの駄作になりそうでならない作品を、今後ともよろしくお願いいたします。m(_ _)m