2章 エンジェル隊の危機

 

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 トランスバール暦413年、後にヴァル・ファスク戦役と呼ばれるこの戦いはトランスバール皇国の勝利という形で幕を閉じた。この戦いにより、ヴァル・ファスクは滅亡。その支配下に置かれていたEDENは開放され、トランスバール皇国は永遠の繁栄を手に入れた。その立役者となったのは、他ならぬムーン・エンジェル隊であった。

 

トランスバール暦414年 トランスバール本星某所

 

「うわぁ! あのシフォンケーキおいしそう!」

ピンクの髪に花の髪飾りをした少女が店のショーウィンドウケースを覗き込んで言った。その後ろには連れと思しき少女たち(約一名除外)と青年一人が立っている。彼女らは今『銀河最高の珍味』という看板を掲げた店の前で並んでいた。

「へぇー。今回はミルフィーの強運は当たりみたいね」

ランファ・フランボワーズの言葉はミルフィーの耳には届いていないようだ。実際、彼女もそれを期待するほど落ちぶれてはいない。全員がケーキに夢中になっていては仕方がないのである。

「ああ……。オレのサイフが……」

傍らでは彼女たちエンジェル隊の司令官、タクト・マイヤーズが泣きべそをかいていた。ミルフィーユとの新婚旅行のはずが、エンジェル隊の面々までついて来てしまい、結局は恒例のケーキ屋巡りに変わってしまった。

「まぁ、こういう時は殿方が代金を持つと相場が決まっているんですのよ」

「そうそう。あきらめな、タクト」

ミント・ブラマンシュとフォルテ・シュトーレンの言葉がタクトに突き刺さる。タクトはこのような状況が幾度となくあったということを思い出した。そして、この状況を打開する術など、ありはしないことも……。

「タクトさんの逃亡ですが、成功率は……」

そこから先はタクトには聞こえなかった。彼は潔く諦めてしまっていた。

「タクトさん。お金、大丈夫なんですか?」

烏丸ちとせは心配そうな顔をしている。だが、その発言は他のエンジェル隊員により事実上もみ消されてしまった。

「ああ、オレの金が……」

タクトは札束に翼が生える姿を想像した。その勢いは衰えることがなく、ついに一文無しに陥ってしまう。それを彼は現実でも体験するはめになりそうで恐怖した。彼のサイフは泣き止むことを知らず、もはや彼の手では制御不能に陥っていた。

 

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トランスバール皇国 クーロン星系

 

 宇宙海賊ガイサンダー。クーロン星系に根を張る彼らは宇宙海賊団として有名となっていた。今日もまた、彼らは獲物を求めて宇宙にその舳先を向けていた。今回の標的はブラマンシュ商会のデパートシップである。戦艦以上の大きさを持つそれは、お宝の宝庫に違いない。彼らの考えはそれだった。

「頭、今度はどんなお宝とご対面できるんですかい?」

「それはお楽しみにしとけ」

頭と呼ばれた人物の冗談に、海賊船のブリッジにいた全員がどっと笑い出す。皇国軍を離れ、今は気楽に生活を送っているこの男――オルス・ガイサンダーはこの光景が微笑ましかった。

「しかし、こうも皇国軍がノロいと腕がなまっちまうな」

戦力再編成のため、皇国軍の治安維持活動はまだ辺境には及んでいない。再編を待つ艦隊が防衛に回っているが、その何れもが駆逐艦を中心とした小型艦艇であるため、ガイサンダー相手ではお世辞にも戦力とは言いがたかった。

「頭、前方に何かいやすぜ」

またぞろ警備の駆逐艦かと考えたが、様子がおかしかった。皇国軍ならば警告を発するはずだが、相手にはそのような様子がない。むしろ戦闘配置に就いているのか、艦隊は輪形陣を展開し始めている。

「どういうことだ……?」

オルスが考える間もなく、不明艦隊は攻撃を開始した。12隻の砲撃により、海賊船は行動不能に陥ってしまう。

「くそっ! ミサイル全門発射!!」

「了解!!」

ミサイルによる攻撃は敵艦に被害を与えはしたが、損害と言うには程遠く、なおも攻撃を繰り返してきた。

「頭、ダメです! 船が保ちません!」

もはやこれまでだった。機関は破壊され、武装も破壊もしくは弾薬欠乏に陥り、とても戦闘ができる状態ではなかった。逃げることもできず、もはや道は残されていない。

「総員、退艦」

「えっ?」

部下が聞き返した。今目の前にいる人物の言葉が信じられないといった様子だった。

「聞こえなかったのか? 総員、退艦だ!!」

「了解!」

艦内スピーカーに総員退艦のブザーが流れ、乗組員が救命艇に詰め掛ける。それは次々と海賊船から射出され、小さな船団を構成し始めた。だが、敵艦の攻撃は容赦なくこれらにまで及び始める。それをブリッジで見たオルスは絶望に駆られた。

「なんて奴らだ……」

それが彼の最後の言葉だった。敵戦艦のとどめの一撃により、海賊船は宇宙の塵となった。

 

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 クーロン星系での海賊船失踪の報は皇国軍内を駆け巡り、クーロン星駐留艦隊に出動が命じられた。最大戦速で現場に向かった艦隊だったが、現場に到着することなく消息不明になってしまった。事態を重く見た皇国軍はムーンエンジェル隊の派遣を決定。こうしてエルシオールはまたしても辺境という貧乏くじを引いてしまった。

「しかし、ヴァル・ファスクとの戦いの傷も癒えてないってのに、どうして皇国は色んな奴らの標的にされてしまうかねぇ?」

エルシオールの艦内は緊急出動であることを感じさせないほどだった。戦いに慣れてしまったと言ってはそれまでだが、彼らはこのような状況を幾度となく経験している。嫌でも慣れてしまうというものだ。

「まぁ、そう言うなよ、レスター。あちらさんにはあちらさんの考えがあるんだし……」

「まったく。お前のプラス思考には尊敬しちまうぜ。死人だって出たんだ。司令官がそんなんでどうする」

いつになく重い会話を交わす二人を見て、ブリッジにいたアルモとココも自然と表情が暗くなってしまった。いかに駆逐艦といえども、戦艦に太刀打ちできないわけではない。実際、駐留艦隊を率いていた人物も軍歴8年の猛者と聞く。いかに敵勢力が強大でも、そう易々と全滅してしまうことはないはずである。引き際を見誤ったと言ってしまってはそれまでだが、そのような愚行を働く輩は皇国軍人には求められていない。

「ヴァル・ファスク……」

「何だって?」

タクトが呟いた一言に、レスターだけでなくブリッジの二人も反応した。

「私たちの手でやっつけたじゃないですか。そんなことはあり得ないと思いますよ」

アルモの指摘も当然なのだが、タクトは何か嫌な予感がしていた。脅威となる敵勢力はこの銀河にはもう存在しない。だが、この状況はどうか。現にクーロン星系で活動する海賊団、そして皇国軍艦隊が失踪している。それに調査艦隊を回せばいいものを、精鋭部隊であるエンジェル隊にお鉢が回ってきた。それを考えると何かがある、とタクトは考えていた。

「なに、着いてみれば分かることさ。今考えたって始まらない。それに、何があってもエンジェル隊は負けない」

「そうだな……」

タクトの一言にブリッジの空気が和らいでいく。エンジェル隊……。彼女らは幾度となく死線をくぐり抜けてきている。

「へぇ、あたしたちへの信頼は相変わらずのようだねぇ」

いつの間にかエンジェル隊のメンバーがブリッジに勢揃いしていた。ミルフィーユはフォルテの後ろに立ち、タクトに視線を送り続けてきている。

「予定ポイントに到着しました」

ココの報告に全員が反応する。それぞれの役割を割り振るため、タクトはエンジェル隊に向き直った。だが……。

「レ、レーダーに反応! 正体不明艦2隻。まっすぐこちらに向かってきます!」

レーダーパネルには敵味方不明を現す黄色い光点が二つ示されている。規模からして駆逐艦なのは間違いない。おそらくは強行偵察の任を与えられた艦隊とタクトは推察した。

 やがて映像が転送される。どこから見ても皇国軍のズバード級駆逐艦とはかけ離れたデザインとなっており、上下甲板には主砲が一門ずつ備え付けられている。上部甲板にはブリッジが確認でき、側面にはミサイル発射口が見える。

「警告を発しろ!」

「やっていますが、応答ありません。このままでは衝突してしまいます」

レスターが指示するまでもなく、アルモが行動を起こしていた点はさすがだったが、このままではエルシオールとの衝突は免れられない。だが、向こうが攻撃をしてこない以上、こちらにも攻撃する権利はない。

「エルシオール、回避運動! エンジェル隊は直ちに発進してくれ」

「了解」

ブリッジは再び4人だけの世界となる。エンジェル隊も展開は早く、まもなく駆逐艦に接近しようとしていた。だが、その時!

「敵艦、クロノドライブに入りました! 消えます!」

ココの報告と同時に不明艦は消えた。その不可解な行動に全員が驚愕する。だが、エンジェル隊の任務はここで終わったわけではない。まだ宙域の調査が残っていた。

 

一度失踪現場に入ると、そこは墓場と化していた。撃破された駆逐艦は原型を留めておらず、その乗員は宇宙に投げ出され、ミイラとなって宇宙を漂っている。

「ひどい……」

ちとせはこの墓場をシャープシューターのコクピットから見ていた。このような酷いことをしたのは誰なのかと自然と怒りがこみ上げてくる。

「ここまで酷いとはね……」

シャープシューターと共に行動していたカンフーファイターのパイロット、ランファも表情が暗い。もう見ることはないだろうと思っていた光景を、また見ることになってしまったというショックは誰もが抱いているに違いない。

「ランファ先輩。私たちは、また戦わなければならないのでしょうか?」

ちとせの質問に答えることができない自分がいることが、今のランファは腹立たしかっただろう。ちとせもそれを察したのか、無言になってしまう。

「ちとせ、そろそろエネルギーが切れちゃうわ。帰還しましょう」

「はい……」

ちとせの表情は明るくなることはなく、操縦を見ていてランファは危なっかしく感じた。ちとせのテンションが低くなった反動によるものだろう。

 やがて、エルシオールが肉眼で確認できる距離まで到達したとき、ある異変が起きた。紋章機の出力が下がっているのである。いや、何かに引き寄せられるように、紋章機の自由が奪われていた。

「ちょっと、何が起きてるのよ!?」

「出力低下! 全く操縦を受け付けません!」

機内では警報が鳴り響き、二人はパニックに陥っていた。

『ランファ! ちとせ! どうしたんだ!?』

タクトの通信にも応えることができない。いつの間にか二人には強力なGがかかっており、声を出すことができなくなってしまっていた。

『眩しい!!』

紋章機を光が包み始める。いや、光の翼だった。それは2機の紋章機を包み始め、やがて光が消えると2機は消えていた。

「ランファ! ちとせ!」

タクトの叫びもむなしく、カンフーファイターとシャープシューターの2機は消えてしまった。

 

 

あとがき

 

 さてさて、以上、第2章でした。この話でエンジェル隊から2名、飛んでしまいましたね~。ここからさらに深く話を進めていきますぞ~。実はこの第2章、1章と共に公開する予定だったのですが、ファイルを間違えて消してしまうという大チョンボを行ってしまい、公開ができませんで……。トホホ……。

 楽しみにされていた方々を軽く裏切る形になってしまいましたが、第3章か4章あたりで主人公くんたちと絡ますぞ~!! と意気込んでおります。これからも、この作品をよろしくお願いします。以上、ホーリーでした。