戦いたくは無いと思っていたのは自分なのに、

        相手に先んじて攻撃したのが私だったと言う事実は残念です。

 

    ハイドラ湾事件時のF-14Aパイロット アプリコット桜葉中尉 (1993.5.5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルーン207、CAPステーションまで6マイル」

 

「ジプシー了解、哨戒空域へ着き次第パトロールを開始してください」

 

「了解207」

 

「リコちゃん、気をつけてね」

 

「ありがとうございます」

 

1989年1月4日、F-14Aトムキャットが飛ぶのはハイドラ湾の上空。最近緊張状態

が続いている地中海南部にある湾です。理由は地図上の境界線の線引きです。

私にとっては非常にどうでも良い事に思えますが、国を動かす人たちにとっては

とても重要なことなのだそうです。マイヤーズ司令の話によれば、1973年からレ

シアがベンジル-ミラタス間を結んだラインを領海と主張しているそうですけど、

私の合衆国の人たちはその主張は広すぎて認められない、広すぎる部分に関して

は公海であり航行の自由が認められるととしています。

私達が今ここを飛んでいるのは、こう言った政治的な背景の下、レシアへの圧力

をかける為に空母戦闘群による演習をしているからです。しかもレシアが主張す

る境界線の内側でです。後ろに座っているWOFのカズヤさんは、これじゃ挑発だ

よねって言っていました。私もそう思います。

お姉ちゃんから聞いた話では、1981年に同様の演習が行われた際にはレシアの

Su-22が接近してきて交戦状態となったそうです。その時はお姉ちゃんもF-14に

乗っていて、先制発射されたレシア軍機のAA-2ミサイルをかわして反撃、サイド

ワインダー短射程ミサイルでこれを撃墜しました。

実戦での撃墜スコアを記録した事についてはお姉ちゃんは嬉しそうに話してくれ

たけど、でもその後に行われたパイロットの捜索活動では、撃墜されたレシア軍

機のパイロットの人は発見できなかったと、少し悲しそうに話してもくれまた。

この前に届いた手紙にも今回の演習期間中に同じ事は起きて欲しくない、リコや

カズヤ君に同じような目にはあってほしく無いと書かれていました。

でも今回の演習もハイドラ湾の奥へ侵入して行われています。敵機との遭遇は起

こって欲しくは無いけど、嫌な予感がします。実戦は初めてだから不安でたまら

ないです。

 

「カズヤさん、今回は大丈夫でしょうか?」

 

「どうだろう、緊張状態が続いているからね。リコはどう思う?」

 

「どうしても嫌な予感がしてしまうんです。いまはテキーラさんとリリィさん

 のA-6がここよりも南の方で訓練中ですから、レシア機が出ると大変です」

 

「うん、CAPステーションでしっかり見張らないといけないね。

 レーダーは任せて、ボクがしっかり見てるから」

 

哨戒空域へ進空して、パトロールトラックへ乗る為に暖旋回します。カズヤさん

がしっかりと辺りをAN/AWG-9レーダーで見てくれていると思うと、少し気分が落

ち着きました。巡航中は広がっている可変翼の調子を見ようと横を向けば、2マ

イルほどの距離をとって飛んでいる、僚機のF-14が見えました。アニスさんとそ

の後ろのナノちゃんは何を考えて飛んでいるんだろう?

 

「トムキャットは簡単には落とされない。大丈夫だよリコ、自信を持っていこう」

 

こんな事を考えている私のことが、心配なのでしょうか。カズヤさんが励まし

てくれます。カズヤさんは戦闘があってもおかしくは無いと考えているようです

が、私は出来れば戦闘にはなって欲しくありません。心なしかF-14も戦いたくな

いと言わんばかりに、普段より低く装発のTF30を響かせている様に私には聞こえ

ました。F-14は碧く綺麗な地中海の上空を武装して飛んで行きます。

 

 

 

 

 

 

嫌な予感が的中してしまいました。E-2Cホークアイの長距離レーダーが2機の

南のから接近するレシア機を捉え、その連絡があってから私達はすぐにその

方向へ向かいました。距離は約70マイルでルクシオールを含む艦隊へ接近し

ています。南で訓練中だったA-6のテキーラさんとリリィさんは直ぐに北へ

避退したそうです。

 

A-6は北へ離脱したってリコ、テキーラとリリィさんは心配ないよ」

 

「了解、良かったです」

 

仲間の飛行隊の無事な避退を確認して少しほっとしました。でも直ぐに緊張して

きます。2機のレシア機へ対して、こちらも2機のF-14で接近をかけます。ヘッド

オンの状態でしばらくすると、カズヤさんからレーダーコンタクトコールが来ま

した。緊張が一気に高まります

 

「現在61マイル。180、エンジェル8、ヘディング..330」

 

距離61マイル、高度8000フィート、北へ向かって飛行中...

トムキャットの強力なレーダーで捕捉されても彼らは引き返そうとはしません。

E-2Cのココさんからは、レシア機がMiG-23フロッガーと判明したと伝えられま

した。カズヤさんからも絶えずリポートが続きます。

 

「ジグザグにかわしてる、進路は北。速度は430ノット、高度5000で降下中」

 

「私達も降下しましょう」

 

「了解、距離は現在53マイル、明らかにこっちへ来てる」

 

目標の見越し角が水平線より下に来ると、レーダーで捕らえ辛いので私達も降下

します。2機のフロッガーは依然、衝突コースを維持して接近していました。

E-2Cのココさんへ進路変更と現在の距離を伝えます。

 

「コースを15度オフセットします、距離は51マイル」

 

「了解、さっきも言ったけど気をつけて」

 

続けて現在の進路と速度、降下する旨を連絡。連絡して9000フィートから3000

フィートへゆっくりと高度を下げます。

 

「距離49マイル、機速450ノット、降下しますエンジェル9からエンジェル3。

 コースをさらに30度オフセット」

 

ダイブしながら、後席のカズヤさんからボギーの追跡情報を伝えてもらいます。

フロッガーはいつの間にか、今度は上昇したようです。

 

「ボギーの進路は340、500ノット」

 

「了解です、高度は9000フィートにいるみたいです」

 

「了解。コースを変えて向かってくるみたいだ、スターボード30度、反対側

 高度は現在...エンジェル11、尚も上昇中」

 

11:59にマイヤーズ司令からのウォーニングイエローを受信。対空戦闘警戒が発

令されました。これで自衛の為の武器使用制限が解かれます。

残念ですけど、戦闘はどうやら避けられそうにありません。こちらに対する明ら

かな攻撃の意図が機動から読み取れます。戦闘になったら撃墜されないように戦

うしかありません。

 

「リコ、2機がこっちへ回り込んでくる。三回目だ、距離35マイル、エンジェル7」

 

「もう一回、コースを変えます。右へ旋回、210」

 

ここでF-14を暖降下から水平飛行へ戻します。エンジェル5、高度は5000フィート。

 

OK、リコ。フロッガーが4度目の旋回、また右から来るよ。

 27マイル。7000フィート」

 

「高度5000を保ちます」

 

「フロッガーは135から来てる、高度は6000」

 

会敵地点が近づきます。緊張に慣れたのか妙に落ち着いてきました。怖いくら

いに頭が冴えています。

 

「フロッガーが5度目の旋回、攻撃準備」

 

カズヤさんの言葉もしっかりと耳に届いているのに、どこか遠くのほうから聞

こえているように感じ始めました。鼓動も高鳴ります。20マイルに接近すると

同時に、前部コンソールの右側についているマスターアームスイッチをいれま

す。安全装置が解除されたことを示すランプの点灯を確認。

 

「マスターアームオン! マスターアームオン!」

 

「また回りこむ気だ、16マイル!」

 

マスターアームを点火した頃から私もカズヤさんも段々と声が大きくなってき

ます。自分では冷静なつもりでも、興奮状態は押さえられてはいませんでした。

 

「エンジェル5、ノーズアップ、上昇します」

 

「敵は9000フィート」

 

AIM-7スパローをストアコントロールから選択、カズヤさんからのサポートで

フロッガーへロックオン。距離は15マイル。

 

15miles......FOX1! FOX1!」

 

シュートキューの出現と同時にスティックのミサイルレリーズを反射的に押し

込んでスパローを放ちます。白い排気煙を曳いて一旦上昇したミサイルは敵機

に突入を試みますが回避されます。発射諸元をミスしてしまいました。

初歩的なミスを平気でしてしまう事に驚いている暇はありません。フロッガー

からの反撃が来ます。相手を攻撃をしたのだから当然のことです。

 

10マイル、回り込んできます...FOX1 Again!!」

 

向かってくる敵機へ再びスパローを発射、また当たりません。自分でもはっき

り分かるくらいに神経が昂ぶってきました。息使いも荒くなってきます。

 

「リコ!! 相手を良く見てて!! 6マイル!」

 

Tally2!! 視認したぜ! 5マイルだ!!」

 

アニスさんから敵機を視認したと通信。直ぐに私も見つけました。近距離戦闘

へ移行。二手に分かれて回り込もうとします。距離4マイル、AIM-9サイドワイ

ンダーを選択。シーカーオープン。直ぐにミサイルシーカーが敵機の熱源を捉

らえた事をしめすオーラルトーンが聞こえてきます。4マイルなら有効射程の

中です。ヘッドオンなら必中です。

 

I've got tone ...FOX2! Breake right! Breake right!!」

 

サイドワインダーを放って直ぐに右へブレイクします。一旦上昇する事無く一直

線に目標へ向かったサイドワインダーは、発射されてから数秒で命中。

1機のフロッガーを撃墜。カズヤさんが確認しました。

 

Good hit! Good hit on one!!」

 

Roger that. Good kill! Good kill!」

 

命中を確認したと言ってから、アニスさんのF-14は間髪いれずに1機残っている

フロッガーへ喰いつきます。フロッガーはアニスさんのトムキャットを振り切

ろうと、アニスさんはフロッガーへ喰らい付こうと互いに必死です。

 

Ok、追跡中だ...」

 

「親分、撃つのだ!!」

 

「逃がすかよ!」

 

「アニスさん、後はそれだけです」

 

「もう少しだ、もう少しで喰いつける」

 

「上空で援護しています」

 

「ロックするのだ!! 親分!」

 

「分かってる」

 

「そこなのだ! 撃つのだ!!」

 

OK...Good tone! Good tone!  FOX2!!」

 

Good kill!! Good Kill!! なのだ!!」

 

2機目のフロッガーはアニスさんが放ったAIM-9で撃墜されました。これで艦隊

へ接近する脅威は消失しました。ココさんへカズヤさんが2機ともの撃墜を伝え

ています。

 

「フロッガーは2機とも撃墜しました」

 

「了解。お疲れ様です、北へ向かってください」

 

「了解207」

 

まだ興奮気味だったので、つい機体を垂直に傾けて急旋回で北へ機首を向けま

した。終わってみると、一瞬の出来事だったように感じます。もっと色々考え

ていい筈なのに感想のようなものは何も感じません。代わりに、それほど激し

い機動をした訳でもないのに凄い疲労感に襲われます。

 

「高度を下げましょう、終わると一気に疲れました」

 

「そうだね、タワーとコンタクト取るからちょっと待って」

 

カズヤさんが連絡を取るまでもなく、ルクシオールのマイヤーズ司令から通信

が来ます。ルクシオールでもMiG-23は墜落によってロストしたようです。

 

「あぁ、カズヤ? レーダーからは消えたけど撃墜は確認したかい?」

 

「ボクが確認したのは1機だけです。高度を3000まで下げてもかまいませんか?」

 

「今は9600だね? OK、いいよ」

 

「了解、リコ帰ろう」

 

「俺も後ろから付いてくぜ」

 

「タクト! 親分の撃墜もナノナノが確認してるのだ」

 

「うん、じゃぁ2機とも撃墜したわけだ。おつかれ」

 

「了解です、フロッガーを2機撃墜、帰投進路は北」

 

高度を下げたら海の碧がきれいに見ました。2機のF-14Aは低高度のまま空域を

離脱します。まだ気が落ち着きません。サイドワインダーシーカーのオーラル

トーンの音がまだ聞えているようです。でも疲れているのはカズヤさんも同じ

のようです。

 

「緊張すると疲れるよ、帰ったら休もう」

 

「はい、何をしましょうか?」

 

「発進する前に生地を仕込んどいたから、何か作って持っていくよ」

 

「ありがとうございます」

 

「じゃぁ、そういうことで」

 

「撃墜されたレシアのパイロット、救助されるといいですね」

 

「直ぐに救難機が飛ぶよ」

 

「ベイルアウトは見えましたか?」

 

「...いいや、見えなかった」

 

2機のF-14が母艦を目指して北へ帰って行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の元ネタは1989年の”シドラ湾事件”です。

この時に交戦したのはVF-32のF-14Aで、母艦は

ジョンFケネディでした。事件の経緯は本作と

変わりません。国名は違いますけど。

因みにこの時に撃墜されたMiG-23のパイロット

も発見されなかったそうです。