人類が星々の海を行き来するようになってから、どれだけの時が流れたのでしょう……。

高度な文明が数多の星系で花開き、人々は繁栄を享受していました。

 

 

「行けども行けども星の海……いいねぇ〜」

 

 

ところが、その文明にも、やがて危機がおとずれました。

後に、「時空震(クロノ・クェイク)」と呼ばれる、未曾有の災厄が宇宙を襲ったのです。

星々をつないでいた銀河ネットワークは崩壊し、各星系は相互のつながりを絶たれ、孤立しました。

混乱のさなか、恒星間航法などのすぐれた技術も失われ、文明は衰退していきました……。

 

 

「クロノ・スペース内に星なんぞ見えてたまるか。星虹(スターボウ)しか見えんぞ」

 

 

その後、小国のひとつだったトランスバール皇国に、巨大な人工天体『白き月』が出現しました。

『白き月』の中には、恒星間航法をはじめとする数多くの失われた技術……ロストテクノロジーが眠っていました。

これにより、人類は再び宇宙へ漕ぎ出す力を得たのです。

トランスバール皇国はロストテクノロジーの恩恵を受けて版図を広げ、数百年の永きに渡る平和な時代を築き上げました。

 

 

「気分的には似たようなもんさ。気楽な船旅ほどオレの性に合ってるものはない」

 

 

しかし……。

トランスバール皇国412年、その平和は突如として終わりを告げました。

追放された廃太子エオニアが、皇国の正統回復を唱えて武装勢力を伴って現れ、皇国に反旗をひるがえしたのです。

強力な艦隊を持つエオニア軍は、破竹の勢いで中央へと攻めのぼり、ついにはトランスバール本星を包囲するという事態に発展しました……。

 

 

「ヒマそうにしてられるのも今のうちだぞ。この辺境調査もこれで終わりだ。本星に帰ればいよいよ先生からお迎えが来るだろうな」

 

 

皇国に住まうすべての人々に多大な被害をもたらしたこの軍事クーデターを鎮圧したのは若き英雄と5人の天使でした。

天使は英雄の元に集いその羽根を預け、英雄は天使の羽根を借りて翼を広げ、見事人々を守り抜いたのです。

 

 

「せっかく屁理屈ついでに駄々までこねて辺境まで逃げてきたのになあ。忙しいお偉いさんなんてなる前からうんざりだよ」

「諦めろ。本人がどれだけ向いていなかろうと、お前は戦功第一、『皇国の英雄』殿なんだ。然るべき重職のポストがあてがわれるさ」

 

 

その後、英雄は地位も名誉も疎んじて中央から遠く離れた辺境への調査任務を志願して旅立ちました。

 

それから半年。

皇国の辺境に位置する、リド星系……。

 

 

「オレの予想じゃ近衛軍の司令と言ったところじゃないか? シヴァ女皇陛下のお膝元だ。大出世だな、英雄殿」

「うへっ、そんなのろくにサボれやしない。先生はオレに死ねって言ってるようなもんじゃないか」

 

 

果てしない宇宙に浮かぶ、3隻の宇宙船。

物語は、ここから始まります……。

 

 

皇国暦412年、辺境調査隊のバーメル級巡洋艦「エーベルト」と2隻のスパード級駆逐艦「ホイス」「ヘルツォーク」が半年に及ぶ調査に区切りをつけて本星へと帰還するためにクロノ・スペースにシフトアップした。

旗艦「エーベルト」のブリッジ、司令官席でタクトは実に半年ぶりにその眉を顰めた。

「ふう……まいったなあ。一体全体、どうしたものか……なんとか忙しそうで責任の重そうな仕事から逃げられないだろうか」

「無理だな」

「気楽でのんびりできる、はしっこの任務につく方法が転がってないものか…」

「そんなものは無い」

「毎日副官に仕事押し付けて可愛い女の子たちと遊んでいられる任務が与えられないかなあ」

「ありえんな。というかタクト! お前さらっとオレに負担をかけるな!」

「そんなに無下に否定ばっかしなくたって無理なこと言ってるのはオレだってわかってるよ、レスター」

「ったく…」

舌打ちの次はため息。レスター・クールダラスの職務上の悩みは隣に親友がいる限り無くならない。

「ああ、ドライブ・アウトしたら本星はもう目と鼻の先か。…帰りたくないなあ」

子どものようなことを言う英雄の姿はレスターから見たところ士官学校時代の親友の姿と成長が見て取れない。

「先生もなんとかお前の意志を尊重してくれていたが、エオニアのせいで軍の人手不足は深刻だ。もう逃げようとしても強制連行されるだろうな」

 先の戦役での英雄を辺境調査などで遊ばせておくのはいかに有能なルフト将軍といえどもさすがに限界だろう。すでにタクトは政府からも軍上層部からも大きく期待されている。本人が望んでいなかろうが、要職に納まっていないほうがもはや不自然なのだ。

「それで強制労働ってわけか。皇国法で身体の自由とか職業選択の自由は保障されてたんじゃなかったっけ?」

「むしろここまでよく我が侭を通させてくれたと感謝して諦める気はないのか?」

「いいや、オレは断固抗議するね!」

タクトは膝を叩いて立ち上がる。すかさず「座れ」と注意するレスターの声など左耳から右耳へ抵抗無しのトンネル効果だ。

「オレはオレの道を貫く! 『白き月』の基地司令あたりにしてもらってエンジェル隊の女の子たちとお気楽極楽なハッピーデイズを…!」

「戦役中にあれだけ仲良くなっておいて誰ともつきあえなかった奴が何言ってる」

「ぐっ…あ、あの時は恋より任務を選んだだけさ。軍人として司令官として当然のことだろ?」

「どうせ誰か一人を選ぶことができなかっただけだろう。エンジェル隊の女どもに呆れられてなきゃいいがな」

「ぐはっ!」

図星を突かれてタクトは大きくよろめいた。

そのまま2呼吸分ほどの間司令官席に手を着いて眩暈を堪えるかのように俯き、やおら振り返って前方へと走り出す。そのままレスターの止める間も無く、迷惑にもオペレーター用のコンソールに片足を乗せて手でメガホンを作った。息を吸う。

 

「お、オレは何と言われようと絶対に働かないぞーっ!!!」

「情けないことを大声で言うんじゃない」

 

皇国一の武勇を誇る司令官はニートのような声明を発し、勤勉な副司令官に引き摺り下ろされてブリッジから放り出された。

今日も宇宙は平和である。

 

 

 

 

 

  明日のスターへ続く道   ~「ぷろじぇくとGA」始動~

 

 

 

 

 

「へ? エンジェル隊をTV出演させていく?」

タクトの望みがある意味叶うことになったのは皇都に戻ってすぐ、宰相兼将軍でもある恩師と一席設けた場でのことであった。

「うむ。救国のヒロインと言うことでこの半年、民放でも報道されることが多くての。あっというまに人気が出おった。戦後処理もそろそろひと段落するしエンジェル隊も旧来の『雑用』はともかく本来任務的には暇になるからの。軍広報部からも是非にと申し入れがきたわ」

苦笑してカップを傾けるルフトにレスターはしかめっ面で返した。

「要するに軍のプロパガンダですか」

「まあそう言うことじゃな。皇国を救ったエンジェル隊がアイドル活動を行えば疲弊した経済を活気付ける起爆剤にもなるし、戦役で弱体化した軍も人気が高まって回復がみこめると上層部は期待しておる」

「万が一の為の護衛部隊でしょう。実際エオニア戦役で皇国の安全神話は崩れたわけですし。芸能活動をする余裕どころか今じゃ『雑用』さえ…」

「いいんじゃないか?」

へらへらニコニコと考えた上での発言かどうかもわからない気楽な調子でお茶請けを口に運ぶタクトである。

「彼女たちとしても、戦争するよりよほど楽しい任務だろうし。何よりエンジェル隊向きだし、みんな喜ぶよきっと」

「あいつらの楽しさなんざどうでもいい。オレは防衛の問題をだな…」

「そんなのこそ通常の艦隊で頑張ればいいだろ? 皇国軍はエンジェル隊だけじゃないんだよ。彼女らに頼り切るのも問題さ」

「楽観的にも程があるな…」

「すでに彼女ら自身からもタクトの言うような反応をもらっておるよ。特に蘭花など大乗り気じゃわい」

 すでにエンジェル隊にまで話がおよんでいることに、もう後戻りできないことを悟ってレスターはため息をついた。

「でしょうね。オレは皇国軍が変な誤解を受けないかどうか今から心配でなりませんよ」

「レスターは心配しすぎだよ。彼女たちはこの皇国のヒロインだよ? パーッとやれば市民のハートはイチコロさ!」

「視聴者がみんなお前のような性格をしてるわけじゃないんだよ」

「固いなあレスターは。楽しく騒げるいい機会なのに」

「タクトよ。騒ぐのが好きならお前も出てみんか? 皇国の英雄」

「謹んで遠慮させていただきます。人目につく人生は苦手ですから」

 

考えの固いレスターと真逆のお気楽な発言をして調子に乗ったタクトをルフトがさらりとたしなめる。学生時代からまったく変わらない3人のやり取りのスタンダードだ。肩をすくめてカップを傾ける仕草が3人揃ったのが間の仕切りとなる。そろそろ本題に入るという場の空気の演出が言葉も交わさず自然と出来るのも師弟として3人の築き上げてきた阿吽の呼吸と言うべきか。

その一拍の後ルフトが懐から取り出したのは2つの指令書だった。

「タクトには肩書き上近衛軍衛星防衛艦隊の司令として『白き月』基地の責任者及びエンジェル隊の指揮官を命じる。レスターはその副官としてタクトの補佐を務めてほしい。しかし実際のところエンジェル隊は芸能活動で本星での仕事が多いじゃろう。そこでタクト、お前には彼女らのマネージャー業務を頼みたい。彼女らの持ち味を活かした活躍を管理・演出しつつメンタルケアに務めてもらう。エオニア戦役で信頼を築いたお前にしかできんことじゃ」

「ああ、そんなことなら喜んで。願ったり叶ったりですよ」

「タクトがエンジェル隊にかかりきりになる分レスターには実質上『白き月』基地の司令ということになる。補佐官がつけられず苦労を強いるが頼みたい」

「ご心配なく。基地にタクトがいようといまいとオレの仕事量はほとんど変わらないでしょうし。むしろこいつがいない方がいろいろと楽です」

満面の笑みで答えるタクトと精神的な重みが取れたような顔で頷くレスターを交互に見て老師は思わずため息をついた。

「…本当に成長しとらんのうタクトよ。昔から課題はすべてレスターに丸投げ、丸写しばかりじゃったな」

 

 

こうして、ムーンエンジェル隊の本格的芸能界デビューが決定した。アイドルユニット「エンジェル隊」の結成である。

皇国を救った天使たちの待望の、かつ意外なるデビューに皇国中の臣民は沸いた。

あれよあれよと一人ひとりにコアなファンがつき、大衆もエンジェル隊の歌を求めてレコード店に殺到し、グッズを求めてアイドルショップを奔走し、トーク&ライブイベントに賑わいをもたらした。

彼女たち持ち前のキャラで歌だけでなくバラエティ番組にも進出。お茶の間に笑顔をもたらした。

その活躍の陰には珍しくこまごまと働いて彼女たちを売り込む、英雄殿の絶妙なマネジメント手法が功を奏していたことを付け加えておこう。

 

 

某月某日、トランスバールブロードキャスティングシステム、通称「TBS」スタジオ内出演者楽屋フロア大部屋。

 

「おっ疲れ〜、今日も働いたわ〜♪」

晴れ晴れとした顔で最初に楽屋に入ってきたのは蘭花・フランボワーズである。

「楽しかった〜」

「いや〜、ボロい仕事だねえ。ファンから銃は贈られてくるわ給料も上がるわ。芸能界万歳じゃないの」

にこやかに紐を引いて花飾りをくるくる回すミルフィーユ・桜葉とその場に札束があれば左ウチワを始めそうな笑顔のフォルテ・シュトーレンが続く。

「ですがギャラが軍にピンはねされて固定給というのは納得いきませんわね。現状のわたくしたちの活躍には不釣合いの待遇ですわ。いっそ軍を除隊して独立活動していくというのもありかもしれませんわね」

「…お笑いに目覚めました」

もっともだが不穏な発言をする営業スマイルのミント・ブラマンシュが続き、新世界を発見したらしいヴァニラ・Hが最後に扉を閉める。めいめいにくつろぐ様はカメラの前でもたいして変わらない、素顔の少女たちである。

 

「やあ、みんなお疲れ様〜」

「あらタクト、今日のアタシどうだった?」

「うん、みんなすっごくよかったよ」

戦役時の戦闘後の出迎え時のようなやり取りは仕事の後いつも行われるものであり、もはやあの頃からの習慣となっていた。次の仕事の確認など諸連絡も同時に行われる。

「今日はみんなに新しい仕事の提案があるんだ。今度エンジェル隊を主役にしたドラマを作ろうかって企画があるんだけど」

みなまで言わないうちにその目を輝かしたのはやはり蘭花である。

「ドラマ!? ついにアタシも女優ね! 子ども劇団のスターだったアタシの小さい頃からの夢がついに現実となるのよ!」

「あ〜いや、まあそんなとこ。まだ企画段階だけど」

「好きだねぇ、蘭花は。ま、あたしも反対はしないけどさ」

「うわぁ〜、楽しそうですねえ。あ、あたしお料理を作るドラマがやりたいです。レストランが舞台だったりその道を極める料理人役だったりとか」

「ああ、ミルフィーにぴったりだね」

こんな和やかな会話にも心中穏やかではいられないのが蘭花である。

「ちょっとミルフィー抜け駆けする気!? 得意分野でヒロイン張って共演のイケメンとデキちゃった結婚して引退なのね! そうはいかないわよ!」

「ええ!? あたしそんなこと考えてないよ〜」

「おいおい、それは蘭花の願望じゃないのかい?」

「デキちゃった結婚が願望って、今の芸能界の流行としてもいかがかと思われますわよ」

「……そもそも、マネージャーのタクトさんに言ってもドラマの構成はどうしようもないと思います」

 ヴァニラの的確なツッコミで一気に気落ちする蘭花を見てタクトが気恥ずかしそうに頭をかいた。

「いや、これでも一応これまでのマネジメント業務が評価されててね。君たちの司令官ということもあってオレの意見も結構反映されそうなんだ。そもそもこのドラマ企画ってオレから軍広報部やテレビ局への提案だし」

その途端蘭花だけでなくエンジェル隊全員の目の色が変わる。おかげでタクトは次の「どんなドラマがいいかみんなから希望があったら聞くよ」という言葉を最後まで紡ぐことは叶わなかった。

 

「じゃあ共演者は全員イケメンにして。それで全員アタシと超ラブラブにして!」

「そんな無茶な…じゃあまあラブコメってことで」

 

「何言ってんだい、このフォルテ様の冴え渡るガン・アクションでお茶の間に大活劇を届けるに決まってんだろ?」

「ふむふむ‥」

 

「わたくしは七変化ものがやりたいですわ様々な衣装や着ぐる‥アレやコレに包まれて若年層にも啓蒙を促し‥」

「子ども向けの視点か。なるほどね」

 

「お笑いに、目覚めました。バラエティードラマがいいです」

「最近のヴァニラは切れがあるからなあ」

 

 見事にバラバラの意見が出揃った。さすがはエンジェル隊というべきか。

 さて、ここで普通のプロデューサーならどの意見を選ぶかで頭を悩ませるところだろう。しかし目の前の男は違った。

「う〜む、料理に恋愛、ガンアクションかつ子どもにも配慮してのお笑い、か…じゃあそんな感じで企画会議に持ってくから楽しみにしてて。お疲れ様」

と言ってさっさと出て行ってしまった。

包容力が大きいのか、それともただの馬鹿なのか。評価には困るところだろう。

「あれ、本気かい? タクトのやつ」

「みたいですわね…」

ミントとフォルテが呆れ声をあげる側で「楽しみです〜」と花飾りを回転させるミルフィーユ。この娘がもっともタクトの思考に近いのかもしれない。

 

 

数日後、エンジェル隊の各隊員にアンケート用紙が配布された。タクトの手書きのメッセージとともに。

『企画会議で君たちが自身を演じるセルフアクトドラマが提案されました。ドラマの脚本の方向性を探る為にみんながお互いをどんな存在として認識しているかっていうアンケートに答えて提出してください。できれば面と向かって言いにくいようなことも』

 

  CASE1.蘭花・フランボワーズから見たエンジェル隊

自室でペンを片手に考え込む蘭花。質問は実にシンプル。ひとつはエンジェル隊のみんなのキャラ認識。そしてもうひとつ、指揮官についてだ。

「え〜と、ミルフィーのキャラですって? そりゃもちろん運の強いとこよね、アタシが何度振り回されたか。そりゃ助けられたこともあったしあの子はアタシの親友だけど、たまにほんっとムカツクのよね。士官学校でもし出会ってなかったら人生もっと山も谷も少なかったんじゃないかな〜」

「ミント? ああ、頭のいい子よね。何かと隠しごとは多いみたいだけど。ああ、テレパスだっけ? アタシはあんまり意識したことないわね」

「フォルテさん、はまあ年上だし一番頼りになる人よね。ま、フォルテさんに負ける気は無いけどね」

「最後はヴァニラか。まじめでいい子よね。普段はなに考えてるかあんまわかんないことも多いけど」

「いやな指揮官像って…当然オヤジ。ロマンスに発展しようが無いもの」

 

  CASE2.ヴァニラ・Hの仲間認識

提出されたヴァニラのアンケート用紙には白い部分が目立った。実に単純な一言で統一された仲間意識が綺麗な字体に込められている。

「ミルフィーさんは、いい人です。素敵な仲間」

「蘭花さんは、いい人です。素敵な仲間」

「ミントさんは、いい人です。素敵な仲間」

「フォルテさんは、いい人です。素敵な仲間」

望ましくない指揮官像も一言で斬られていた。

「状況に合わせて的確な指示を下せない人物が指揮官に相応しからぬ人物として該当すると思います」

 

  CASE3.ミント・ブラマンシュ嬢の人格判断

「ミルフィーさんですか。裏表の無い素直な方ですわ。素敵な長所であり気をつけるべき短所でもあると申しましょうか。利用されやすそうですから」

「蘭花さんはある意味ミルフィーさんより単純なのでからかいがいのある方ですわね。打てば響く、と言いましょうか。愛しさすら感じますわね」

「フォルテさんはさすがに年長者と言いますか経験豊富といいますか。ご自分の中に確固たる意志がございますから頼りになる方ですわ。ただ意見が食い違った時の説得や論破は難しい所がありますわね」

「ヴァニラさんはわたくしにも読めないところが多い方ですが、しっかりもので頼りになる仲間という所は変わりませんわね」

「望ましくない司令官……ですか? そうですわね、やはりわたくしたちエンジェル隊の意思を無視されるような方では紋章機戦闘の指揮は勤まりませんわね」

さらりと書ききるあたりがミントの財閥令嬢としての一面だろうか。

 

  CASE4.ミルフィーユ・桜葉のお友達紹介コーナー

小学生に『友達の印象を書いて』と聞いた時のような結果を素で返すのがミルフィーユのミルフィーユたるところと言えよう。

「蘭花は昔からずっと仲良しでいつも助けてもらってる、頼りになる親友です!」

「ミントって可愛いですよね。大好き!」

「フォルテさんもとってもいい人です。大人だし頼りになるしかっこいいです〜」

「ヴァニラも静かだけど可愛くて大好きです! でももうちょっと笑った顔が見たいな〜♪」

「いやな指揮官さんですか? う〜〜ん、あんまり怖くない人がいいです」

 

  CASE5.フォルテ・シュトーレン、4人の妹分について考える

「ミルフィーねえ、仕事ぶりはともかく明るくていい子だよ。ま、もうちょっとしっかりしてくれればねえ」

「蘭花もいい子だよ。素直じゃないけどね。よく暴走すんのは…まあご愛嬌かねえ」

「ミントかい。あの子は曲者さねえ。なんか裏があるようだけど、ね。まああたしはその辺の事情には立ち入ったり気にしたりしないようにはしてるよ。基本はいい子だし」

「ヴァニラねえ、仕事ぶりは文句無い、けどね。自分のことはなかなか構わない子だから心配なトコあってね。ま、そんなトコも可愛いんだけどさ」

「ああ? 駄目な指揮官? 無能な奴だね。これに尽きる」

 

        タクト・マイヤーズ司令のアンケート結果総覧

「う〜〜ん、なるほどなあ。おおよそ思ったとおり…ってところかな。ドラマにするに当たってこれを少しいじらなきゃな…」

TVで観ていてわかりやすく、またはエンターテイメント性を強調する為に。設定や性格をもとのものより少しばかり変える必要がある。『白き月』の基地司令官室でタクトは連日深夜になってもその作業に没頭していた。

そもそもドラマの企画も、それをセルフアクトの形態にしようと提案したのも他ならぬ自分だ。ここで面白い形にして広報部や局プロを唸らせられないようではドラマの企画自体が立ち消えになるかもしれないのだ。しかし、この機会とこのドラマ形式を逃してはエンジェル隊がこれ以上ブレイクすることは難しい。じわじわと人気も下火になっていくだろう。こここそが勝負どころなのだ。ギャンブルならオールベットすべき所。バトルマンガなら必殺技を出す所なのだ。次の会議で表を向ける伏せカードはJOKER、有無を言わせぬ最強カードで相手に勝たなくてはならないのだ。

 

 

「よし、これでいこう! これならきっと局プロも広報部もうんと言う。言わせて見せる!」

タクトが喜びの声をあげたのは夜食に作ったカップのインスタントラーメンがずるずるに伸びきった頃であった。お湯を入れてデスクの横に置いたはいいが、夢中になって作業していたためにさっぱり忘れていた。いつの間にか部屋に入った来客にさえ気がつかないほど。

 

「タクト、見事な仕事ぶりだな」

「うわっ!? ああ、なんだレスターか。どうしたこんな遅い時間に」

「いや、まだ部屋の明かりがついていたのに気がついてな。最近はひどく仕事熱心だという噂もあったことだし」

「ああ、オレは今仕事に燃えてるんだ」

「軍の一般的な仕事にもそれくらい熱意を持って自主的に取り組んでもらいたいもんだな」

「耳が痛いなあ、ひょっとして軍人よりマネージャーの方が向いてるのかな?」

「ならさっさと除隊なり転職なりしちまえ。頭の痛い上官だよ」

辛辣に言いながらもデスクの上のタクトのカップを取ってコーヒーを淹れる。砂糖は2つ、ミルク多め。長い付き合いで分量は自然と頭に入っている。

「そんなことよりレスター。ドラマのタイトルはどうしようか」

「人の頭痛をそんなことで流すな。オレが知るか。いくつか腹案くらいはあるんだろう?」

「うん、どれもぱっとしなくてね。レスターの意見も聞かせてくれよ。参考にしたいから」

「言ってみろ」

 

いよいよドラマのタイトル案選考に入る。タイトルは重要だ。企画のイメージそのものがタイトルによってがらりと変わる。

さあ、お待ちかねの発表である。タクトの考えたドラマのタイトルとは…?

 

「セミフィクションに当たるわけだしちょっとリアルに『ムーンエンジェル隊のキセキ』。軌跡と奇跡を掛けたタイトルなんだけど」

「冗長な上につまらんな」

「その逆の『キセキのムーンエンジェル隊』ってのは?」

「同じだな。まだマシかもしれんが」

「子ども向けで、『ポジティブ戦隊ミラクルムーン!』」

「戦隊ものか? ある意味で間違っちゃいないわけだが」

「枕言葉は他にも『H.A.L.O.戦隊』とか『テンション戦隊』とか『お気ラク天使』とかバリエーションが…」

「似たようなもんだ。しかも馬鹿っぽい」

「そっか。じゃあ『エンジェル隊業務週報』とかは?」

「いや……今のにしろさっきの『ミラクルムーン』にしろ、さる方々に悪い気がするぞ」

「やっぱりそう思う? じゃあ『まもって月の守護天使!』でどうだ!?」

「……タクト。著作権って知ってるか?」

「あ、バレた?」

「だいぶアウトだ。さっきからパクリだらけだなお前」

「レスター意外とそういうの詳しいな」

「学生時代お前にいろいろ見せられたからだ」

「で結構はまっちゃったわけだ」

「お前と違って記憶力がいいだけだ。お前に見せられたやつ以外は一切わからん」

 

「まあ、話を戻そうか。どれもぱっとしないだろ?」

「そうだな『ムーンエンジェル隊』と言う部隊名がそもそもドラマのタイトルとして不向きなんじゃないか?」

「けど『エンジェル隊』ってのはあの5人を描いていく上でどうしても外せないキーワードだろ」

「『隊』と言うのも語呂が悪くないか。『エンジェル』で十分通じるぞ」

「けどドラマのタイトルとして『エンジェル』では足りないよな。『ムーンエンジェル』…これもインパクトが薄い…」

「トランスバールの人間は『白き月』のイメージがあるから『ムーン』と聞くだけで神聖的な信仰の象徴と最先端技術の集積所を連想するだろうな。コメディには絶望的に向かん」

「じゃあ『○○エンジェル』とか『エンジェル○○』なんてのがタイトル候補になるわけだな」

「ふむ、それならありだな。問題はどんな言葉を挿入するか…」

「『白き月』を守るから『ムーン・エンジェル』か…なあレスター、『マイヤーズ・エンジェル』なんてどうだ?」

「……好きにしろ。もうオレは何も言わん。じゃあな」

「ああっ! 嘘々! 冗談だってば!」

 

 

「……。あ」

どれほど話していただろう。歯車が使われているアンティークの壁掛け時計の針がキリのいい時間を指してカチリと音を立てた時だった。タクトの頭の中でもカチリと歯車が噛み合う。

「うん……これは思ったよりいいかも……単純だけど、分わかりやすくって……なんでもありな感じも出て……」

「思いついたのか?」

「ああ、このタイトルならいけそう。タイトルでまたどんどんアイデアがわいてくる感じだ。ありがとうレスター、オレはこのまま企画を煮詰めたいからもう行くよ。またな!」

「おいタクト! あのアホ。せめてオレにそのタイトルを教えてから行け……気になるだろう」

すでに時遅しとばかりにタクトは部屋を出て行ってしまった。レスターはやるせない気持ちをため息にこめて吐き出し、煮詰まったコーヒーをカップに注いだ。かくして朝までつきあった親友への礼はあだで返されることになったのである。

「……仕事行くか」

こうしてレスター・クールダラスは今日も疲れた体に鞭打って司令官の分まで働くのである。

 

 

「と、言うわけで! オレの企画が全面的に通ることになったよ。スーパーバイザーとして製作にも携わることになったから」

数日後のトランスバール国営放送局、通称「THK」のスタジオ内の楽屋で、タクトは晴れやかな顔で宣言した。右手で分厚い書類の束を見せ付けるように押し出している。

「これが企画書かい? なになに、『ProjectG.A.のドラマ展開について』? この『ProjectG.A』ってのはなんなんだい?」

「ああ、ドラマのタイトルが決まって君たちエンジェル隊による公共電波広報活動の全体名称も改定されたんだ」

「というと?」

「ああ、この『G.A.』ってのがそれさ」

「タクトさん、早くそのタイトルを教えてくださいよ」

「ほら早く!」

「もったいぶらずに仰ってくださいな」

「…ワクトキ」

「ああ、君たちエンジェル隊のドラマのタイトルにして今後君たちの芸能活動におけるグループ名の正式名称にもなる名前さ。その名も…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『ギャラクシーエンジェル』だっ!!!」

 

 

 

 

 

 

数日後。本星皇宮、謁見の間にて。

タクトは駆け込むように広間に現れた少女に跪いた。タクトに駆け寄る少女にも跪くタクトにも、顔には喜色が浮かんでいる。

「久しいな、マイヤーズ。辺境調査に発った時の通信以来か」

「ご無沙汰してますシヴァ様。忙しさにかまけて帰還以来顔を出さなかった非礼をお許しください」

「構わぬ、何を形式ばったことを。最近のエンジェル隊の活躍は私も観させてもらっているぞ」

「それは光栄です。みんなも喜びますよ」

「うむ、みなにもよろしく伝えてくれ。それで、今日はどのような用向きだ? そなたはただ挨拶の為だけに私に会いに来るような人間ではあるまい」

「ははは、お見通しですか。実はエンジェル隊がドラマになるんですよ。それでシヴァ様にもご協力頂きたくて」

「協力? 楽しそうだし個人的には吝かでは無いが。いくらなんでも出演するのはさすがに無理だぞ?」

「いえ、一筆したためて頂きたいと思いまして。シヴァ=トランスバール女皇陛下に」

「……一筆?」

 

 

 

そして、あれよあれよと言う間に、ドラマ企画は進行し、製作にこぎつけられる。バラエティ路線と言うことで軍の部隊としてはイメージダウンにつながる可能性があるのではないかという問題に発展しかけたが「この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件は架空のものであり、皇国軍及びエンジェル隊は架空の皇国軍とエンジェル隊です」のテロップを番組開始時に出すことでなんとか落ち着いた。

そうこういってる間にも現場は収録を始めており、第1話の編集済みテープが完成。タクトとエンジェル隊で試写会が開かれる運びとなった。

 

「うわ〜、あたしドキドキしてきました〜!」

「本当にアタシの扱いメインヒロインなんでしょうねえタクト」

「柿のタネとかサボテンの着ぐるみってどこに使われましたの? わたくし第1話にはまるで出番がありませんでしたが」

「ま、あまり期待せずに鑑賞しようかねえ」

「………爆笑の予感」

めいめいの視聴前感想を述べるかしましい娘たちを前にタクトはひとり、かつて無いほど自信とやりきった充実感を滲ませていた。

「まあ観てくれ。これこそ君たちエンジェル隊の伝説への第1歩。オレの人生を捧げられる作品さ」

 

 

黒いスクリーンに白字でテロップが浮かぶ。

『この物語はフィクションです。登場する人物・団体・事件は架空のものであり、皇国軍及びエンジェル隊は架空の皇国軍とエンジェル隊です』

   そして次に浮かんだ筆文字テロップは、後に本放送で皇国中の臣民の度肝を抜くことになる。

 

 

『ギャラクシーエンジェルを観るときは、部屋を明るくして離れてから観るべし。 トランスバール皇王談』

 

 

「…お前さん、シヴァ陛下に何をやらせてんだい」

全視聴者を代表したかのようなフォルテのツッコミだった。

「いや…面白いかなって」

「アニメじゃないんですから」

ミントも笑顔でツッコミをいれる。

 

 

黒スクリーンに色が差し始める。画面いっぱいに物憂げな金髪の美女がアップでため息をついた。

『コーヒーもう一杯』

注文したのはテラスで金髪の女性と同じテーブルに掛けている赤い髪をしたやや年嵩の、こちらも相当な美女。

『アタシはチリドッグおかわり』

2人の注文とほぼ同時にテーブルに現れる飲食物を、色気を滲ませながらも実にアンニュイに取る2人。

『フォルテさん、コーヒーもう7杯目ですよ』

『アンタこそチリドッグそれで何本目だい?』

見事なほど美しい夕焼け空だが、それも黄昏る2人の心象風景。

 

 

「きゃ〜〜〜〜ッ! やっぱアタシってヒロイン!? ドラマの最初に出るって事はやっぱメインヒロインってことよねえ!」

 最初のシーンを観て早くも感極まる蘭花だった。

「おいおい、あたしも出てるって事を忘れてもらっちゃ困るよ蘭花。それにハナっから大食いしてるヒロインがどこにいるってんだい」

「脇役のおばさんは引っ込んでてくれます?」

「んだとぉ!? もういっぺん言ってみな蘭花ぁ!」

「もう、静かにしてくださいなお2人とも。」

 

 

『はいはい。出動、お願いしますよ』

  観れば壮年の上官から出動を促されているところだった。

  仮にも上官に怠慢をたしなめられたというのに、2人は明らかにやる気無さげに立ち上がってやる気の無い敬礼をしてやる気の無い声を出した。

『エンジェル隊、フォルテ・シュトーレン』

『蘭花・フランボワーズ』

『『これより、出動いたします……』』

  暗転。

  5人の美少女を主役とする皇国1のドラマは、実にやる気の無い表情から始まりの鼓動を打ったのである。

 

 

「あ! 見て見て紋章機が映ったよ!」

「ちょっとなんでラッキースターがアップなのよ! アタシのカンフーファイターは!?」

「お静かにお願いします…」

 

 

紋章機の発進とともにアップテンポの曲が流れ出す。

 

『てってて〜♪ てってってて〜♪ な〜んでど〜して〜♪ ピンチ〜しゃ〜れになんない〜♪ (ドキドキv)…………』

 

 

「お〜、そういやあんなの歌ったねえ…ってこの映像、歌詞の駄洒落かい」

「オヤジギャグ…」

「ちょっとしたひねりが利いてるだろ?」

「アニメじゃないんですから」

 

第1話のサブタイトルコールがミルフィーユの声で読み上げられる。

こうしてドラマ界の不朽の名作、「ギャラクシーエンジェル」は誕生した。

 

エンジェル隊が世に知られることになったエオニア戦役のことなどさておいて、なんでもありの抱腹絶倒エンターテイメントバラエティとしてなんだかどうにも絶好調で絶対無敵の人気を博していった。お笑い界、そしてドラマ界のさまざまな殿堂に名を列ね、トランスバール皇国に「G..景気」「G..文化」「G..風○○」などと後に称される、時代の一大ムーブメントが起こることになる。

 

伝説はここから始まる――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

『リゾート風幸運包み エンジェル仕立て』