言わずと知れた、儀礼艦エルシオールはティー・ラウンジ。
 何人かが座って談笑している。ーー午後遅い、ティータイムだ。
 その中のひとり、金髪の美人が、指折り数えて、言う。
「フォルテさんが赤レンジャーで、アタシが黄色。ヴァニラが緑でー、ミルフィーがピンクね。・・・で、ミントが青。チトセがさしずめブラックかしら。・・・あれぇ? 一人余りますね」
「ですわねぇ」
 白いふわふわの耳が一対、頭に付いている青い髪の小柄な娘が、紅茶のカップを持ち上げながら、すました顔で、頷いた。
 向かいにいた別の一人が、自分の顔を指差して問う。−−どこにでもいそうな、ごく普通の青年だ。
「・・・まさかと思うけど、俺も入るの?」
「当然じゃないですか。アタシたちと副司令は、苦楽を共にしてきた仲じゃないですか」
 うんうん、と頷きつつ、金髪の美人は脚を組みなおす。
「でも、俺には特殊能力とかないぞ」
 わが意を得たりとばかりに、顔を輝かせる金髪美人。
「あるじゃないですか! 出会う女の子にはことごとく『お兄ちゃん』と呼ばれる・・・」
「・・・それ、超能力だったの? てっきり俺は、筆者(誰よ)の陰謀だとばかり・・・」
「ありえますねぇ」
 うんうん、と頷く金髪美人。
 ふと、青年の隣に座っていた人物が、その袖を引いた。
「・・・?」
「おにいちゃん?」
「ぶ!?」

 ヴァニラの、紅玉みたいな紅い瞳が、彼を捕らえていた。

「・・・ホラ」「・・・やっぱり、ねぇ」
 顔を見合す、蘭花とミント。
「ご、誤解だ、ブラマンシュ少尉、俺は別に」
 青年は動揺の面持ちで、−−微妙に裏返った声で言う。
「・・・あら。何ですの?」
 軽く紅茶を持ち上げて、心の芯から不思議そうな様子で、尋ねるミント・ブラマンシュ。
 青年の言葉が続く。
「アッシュ少尉のことは何とも」
「何とも。」
 隣から見上げるヴァニラの紅い瞳。
 青年は言葉に詰まる。
「・・・う」
「何とも。・・・何でしょう?」
 静かに尋ねるヴァニラ・H。森の奥深い泉のように、雪の降り積もった深夜のように。
「・・・ふつーの兄のよーに思っている」
「・・・ホラ」「・・・やっぱり、ねぇ?」
 顔を見合す、蘭花とミント。
「・・・く、くっ・・・」
「副司令、嬉し泣き」
 真白い、綺麗に四角に折りたたんだハンカチを差し出すヴァニラ。
「・・・ぺ、ペンギンとトナカイのところに帰りたい・・・」
 男泣きなのか何なのかとにかく泣く、青年。

   * * *

星の歌 エオニア戦役編
 エピソード1 『宇宙クジラのおやつ』

   ●人物紹介●
ジェイド・カ■ピス & アイビー・コーク
 原作でのタクトとレスターの位置にいるキャラクター。

@ジェイド
 メイン・キャラの名前が伏字だったら面白いかもという単なる思い付きでこんな苗字に。
 外見は、GAUのランディとリリィ・C・シャーベットを足して二で割った感じ。声のイメージは●ンダム00のグラハム・エーカー。尊敬する人物はウォルコット中佐。「ああいう人になりたい」とまで言う。・・・誰か止めてやれ。

Aアイビー
 外見は、タクト・マイヤーズとGAUのロゼル・マティウスを足して二で割った感じ。黙っていれば美青年だが、−−話が進むほど、知的劣化を来たし、最終的に筆者は、これが知的生命体なのかどうか疑問に思い始めた。

   

   ー『宇宙クジラのおやつ』−

 セント・バレンタイズ・デイ、当日。
 私室の前に築かれた、大小さまざまの、箱の山。
 前回、ブリッジに持ち込むなと言い渡したところ、それはやめてくれたらしい。
 ーーが。
 学生時代の下駄箱前の様相を思い出しつつ、アイビー・コークの副官、ジェイド・カ■ピスはちょっとうんざりしていた。

(・・・この中に好きな子からのチョコが混ざっていても誤って捨てそうだ)
 くすり、と小さな笑い声がして後ろを振り向くと、小柄な少女がそこにいた。手には小さな箱を手にしている。
「安心してくださいな。混ぜたりはいたしませんから」
「そ・・・、そうか」
 何かも見透かされているというのはどうもやりづらい。普段、効果と行動を冷静に量りにかけるクセがあるのならばよけいだ。
 そしてーーそれすらも見透かされているのに違いないと気づいて、ようやく、ジェイド・カ■ピスは微笑ーーいや、苦笑かーーを口元に浮かべた。
「ハッピー・バレンタイン。ブラマンシュ少尉」
「かつては女性が男性に、普段秘めた思いを打ち明けてもよい日なのだということになって、一躍、祝祭日のごとくに流行りましたけれども。最近はどちらかといえばホワイト・デイも含めて企業の生き残りをかけた死活戦という感じがして、どうも落ち着きませんわ・・・」
 ミントは小さくため息を吐いた。そして意味ありげに小さな笑み。
「期待しているものが貰えないのは、やはりさびしいものですものね?」
「・・・あのな」
 そんな言い方をされては感動も何もないものだろうと思いつつ、カ■ピスはそれを受け取る。
 そしてーー。頭に去来するものは、二律背反の思い。素直に喜びを表現してよいものか、はたまた・・・。
「・・・クソ。ブラマンシュ少尉。やっぱりオレをからかってるな?」
 そんな結論に至る。
「当然ですわ」
 にこにこと、ミント。しかしそれを突き返すわけにもいかず、完全なダブル・バインド(膠着)状態。だが『さあ、どうですかしら?』なんて言われたらそれこそお手上げだった。
「−−ったく」
 ジェイドは口でぶつぶつとこぼしつつ、その包みを開ける。出てきたものは、これでもかというくらい典型的なチョコレート。真円の数センチの直径がやけにまぶしい。過剰気味な包装につつまれて、さも大事なもののように小さな箱の中に納まっている。
「・・・ありがとう」
 つい素直に礼の言葉が口を衝く。
「いえいえ」
 にこにことミントは微笑んでいる。ーーああもう、メチャクチャ喜んでるのがバレバレなんだろうなとか思いつつ、一方で、サトウとカカオ豆の混合物が好きな子から貰えただけで何故こんなに嬉しくなれるんだろうとか人間心理の奇妙さに首を傾げつつーーまあそれでも結局はくれた本人が嬉しそうなわけで、悪い気はしない。

「いつまでもとっておかれたらかえって”引き”ますわよ?」
「わ、わかってる・・・」
 つい、なんか有難すぎて食えそうにないとか考えたのが読まれたらしい。半年くらい机の上に置いたままにしそうだとかかなりリアルに考えていた。
「ってオイ、ブラマンシュ少尉!?」
 手を伸ばし、箱をひょい、とつまみ、ミントはチョコレートを自分の口へと運ぶ。さも美味そうに飲み込んでーー。例の、読めない笑みを浮かべてジェイドを見上げた。しっかりからかって十分に満足したということらしい。
「ーーもう」
 一部女性クルーからはアイドル扱いされていたりするが、実態はこんなもんだよと肩を落しつつ、ミントの頭をなでて背を向けた。一度振り向くと、ミントがまだ例の含み笑いで見送ってくれていた。赤い包装紙と箱とリボンすら彼女が手にしたままなわけで、では、さあ、贈られたものは何だろう?
 ジェイドは小さな笑みを浮かべる。
(ーー全く。)

* * *

(・・・クジラって、何を食うんだっけ)
 目の前で箱ごと無数の”贈り物”を、ひとつずつ順番に丸呑みにしている小さな生物を眺めつつ、ジェイド・カ■ピスは自問した。
「ありがとうございます、ジェイドさん。子宇宙クジラ、喜んでいますよ」
 クロミエ・クワルクが言う。
「・・・いや、いいのかな? とは思うんだが・・・」
 さすがにこれを一度に全部口にしたら、カフェイン中毒になるだろうし、日割りにして消化できないこともないが、−−第一、何の義務があって毎日そんなにチョコを食わねばならんのか。
「・・・義務か?」
「そんなに悩むと胃を悪くしますよ。普通に喜んでおけばいいんですよ。ミントさんの前でみたく意地を張り合ったりしないでね」
「・・・・・・・・見てたのか?」
「見なくても分かります」
 さらりと、クロミエはいつもの笑みで受け流す。さらに、無数の大小の箱をひとつずつ順番に呑んでいく子宇宙クジラの脇で、何事もないかのように、餌を撒く。
「−−おい!? さすがにそんなに食ったら腹こわすだろ!?」
 ジェイドが慌てて止めるのに、クロミエはミントに似た、真意のよめない温和な笑みを見せた。
「別腹ですから」

 その和やかな場面に、殺意を伴って走りこんできたその艦で二番目にえらいひと。(たぶん一番目はシヴァ皇子)
「じぇ〜、い〜、ドォォ」
「・・・」
 例年のことだ。妙に逃げたい気分で、ジェイドは腕を組んだまま立っている。どこか遠い目で、餌をつつく子宇宙クジラを眺めつつ。
「馬にコーヒーも猫にごはんも犬にチョコチップクッキーもダメ!!」
「・・・じゃあ何ならいいんだよ」
「俺に!」
 旧友、アイビーは泣いているーー例年のことだ。慣れてはいたが、−−だからといって、勝手に共感を示してしまう脳の働きを止められるわけでもない。黙っていれば人好きのする笑みとさらさらな金髪でモテないわけでもないんじゃないかな、と思うのだが。”食堂のおばちゃん”がメニューをオマケする心理も分からないジェイドは、きっと人類の二分の一のことは永遠に理解できないんだと思うことにしていた。
「チョコを〜」
「はい」
「うわあありがとうクロミエ! 君は天使だ!」
「そんな当たり前のことを言われても困りますよ」
「・・・?」
 クロミエの応答に、ジェイドが少しばかり首をかしげている。
「うわあーい、チョコだ! 帰ってみんなで食べよう!」
 ブリッジにチョコを持ち込む気らしい、この司令官さまは。
 クロミエから(どうやら予めここにあったらしい)箱を貰って踊り上がるアイビーから、周囲の連中に持ち込むなと言った手前、ジェイドはその箱を取り上げる。−−アイビーの、餌を取られた子犬のような目が見ている。
「−−せめてティー・ラウンジにしろ」
 必死で頷いて、返してもらったチョコを手に、アイビーは一目散に駆けていく。ーーエンジェル隊の面々が目当てらしい。−−というか、日本的な習慣の範疇において、女性にチョコを貢いでどうする気なのか。ジェイドは妙に哀愁漂う目で、人生初のヴァレンタイン・チョコを手に入れた親友の勇姿を見送っていた。
 そして、つぶやく。

「・・・ああ、思い出した。ザトウクジラの主食はプランクトンだ」


   * * *

 ―― 一ヵ月後。

 はぁ? とその艦の司令官ことアイビー・コークは可笑しそうに眉を上げた。
「お前 人形買いにいったの? そのカオで」
「−−」
 しばし瞑目し、その艦の副司令官ーーつまり司令官に有事のない限りそれなりに暇でもあるわけだがーーは、答える。
「顔はひとつしかないだろう」
 ジェイドの視界の端でおとなしいほうの通信手、ココがオペレータ椅子からずり落ちているが、ジェイドはあまり気にしていない。
(ちょっと遠くの席にいるアルモにこの会話を聞かせてあげたい・・・)
 内心、思うのだが、ちょっと離れた席にいるアルモの辺りにまでは、普段のこれらの会話は届かない・・・らしい。あるいは、アルモが敢えて目を閉ざしている可能性もある。・・・さておき。
「ついでに人形じゃない」
 ぬいぐるみだ、と訂正し。
「どっちでもいいよ。それで? ミントは何もくれてないのにオマエはお返しをするわけだ」
「・・・え?」
 意外そうに、ジェイドはアイビーの顔をまじまじと見る。
「『え』じゃねーって」
 童顔の司令官はけらけらと笑い、そしてモニタのほうに向き直った。
「まあいいや。俺がしばらくブリッジの番しててやるから彼女様にバービー人形渡してきなよ」
「・・・アイビー。いつかお前が死体になって川に浮かんでたら犯人はオレだからな」
「わかった」
 ひらひらとアイビーは後ろ向きのまま手を挙げて振る。
 ふう、とひとつ息を吐き、ジェイドはブリッジを出た。

 ティー・ラウンジ。
 くすくす、と目の前でミントが笑っている。紅茶のカップを優雅に持ち上げてそれを口へと運びながら。
「アイビーさんらしいですわね」
「・・・まあな」
 たしかにこんなところでこんな時間の遣い方をしている自分はちょっと情けないと思いつつ。
 ちなみに、別にジェイドがさきほどのアイビーの一件を『話した』わけではない。ミントが勝手に読んだのだ。
(テレパスのアンタといるほうが気が楽なんてオレはどうかしてるのかな)
「・・・そうでもないのではありません?」
 いつもの微笑をたたえた顔で、ミントはビスケットに手を伸ばす。
「・・・でも」
「?」
 ジェイドが顔を上げると、ミントのちょっと拗ねたような顔がある。
「言いたいことはちゃんと話していただかないと、応えませんわよ」
「・・・わかってるよ」
 そしてジェイドは席を立つ。
「じゃあな。確かに渡したからな」
「確かに受け取りましたわ」
 にこにこと、ミントは笑っている。

おしまい。

→あとがき + α

 読んでくださった方、ありがとうございます。
 今現在2012年なのですが、たとえばpixivなどで検索してみても、まだまだGAのイラストなどを描いてらっしゃる方がいるようで・・・。
 だからというわけでもありませんが、懐かしさエナジーだけで突っ走って書いた短編連作、よろしければお楽しみくださいませw