※ この会話はフィクションであり、実在の人物、登場人物、河童、宗教団体とは一切関係がありません。

 ところはエルシオールの食堂。
 勝気そうな金髪と、赤いチャイナ服を着た美人が、隣で、−−頭からダンボール箱をかぶっている人物(?)を紹介する。
「こんにちは皆さん! 今日のトランスバール惑星ラジオは、エルシオールでの公開録音です! 今日はぜんぜんステキじゃないゲスト、筆者の七瀬さんに来ていただきました〜。Nさん、こんにちは」
「こんにちは〜・・・」
「さて、さっそくですが質問です。
 ・・・なんでアンタ、今さらアタシたちのことなんて記事にしてんのよ?」
「(ぎくっ)そ・・・それは」
「さあさあ! ばーん!って白状しちゃってください♪」
 拳銃を突きつけてくれるミルフィーユ・桜葉。
 ひたすら沈黙を維持する筆者だが、ヴァニラ・Hがサブマシンガンを構えるのに応じて、ついに口を開いた。
「さ・・・、さみしかったんだ」
「・・・は?」
 眉をひそめる、蘭花・フランボワーズ。
「あれは・・・、新しい仕事を始めて少しした頃のこと。
 ・・・毎日、朝五時に起きて二時間も電車に乗って出勤する日々・・・」
「別に普通じゃない」
 さらりと言う、蘭花。
「・・・楽しみといえば、電車の中で聴く『セカイのシャソウから』のCDと(阿呆か)読む本だけ・・・。
 正直、架空の美少女のことでも考えないとやってられなかった・・・!」
 逆ギレ気味に語る、筆者N。
「それでその仕事が終わってから勢いで書いたんですね〜」
 ミルフィーユが言う。こくりと頷くダンボールをかぶった人物N。
「・・・そーです。今、自分で言ってて凹んできました・・・。
 ついでですが、今は時間にそれなり適度にヨユウができたので、新作のアニメやゲームを遊ぶ暇もありますよ?」
「それで『魔法少女』とか『フォルテシモ』とかなわけ?」
「・・・いや、RODにフルメタル・パニック、果ては「宇宙をかける少女」にロスト・ユニバース・・・。」
「筆者さん、ちゃんと2012年の人ですか?」
「・・・最近、ちょっと自信がありません」


   - 2、『おばちゃん、宇宙(そら)をとぶ』-

人物:
トメ・マデノコウジ
 エルシオールの厨房にてナベを預かる、その道四十年のベテラン。

「・・・はい?」
 眉をしかめて怪訝な顔で、訊き返す蘭花・フランボワーズ。
 その艦の司令官(代理)、ジェイド・カ■ピスは繰り返した。
「だから、トリック・マスターの適性者がもうひとりいるっていうんだ。
 名前はトメ・マデノコウジ。居住は、Aブロック第三の四号」
「・・・知ってるわよ? 食堂のトメおばちゃんでしょ? だからアタシが聞いてるのは、なんでその人が紋章機を動かせるかって・・・」
「・・・でずがら”」
 ひび割れた声で説明を始めるミント・ブラマンシュ。
 ジェイドは蘭花を連れて医務室の外へ出た。
「とにかくこれを」
 紋章機の認証キーを手渡すジェイド。
「−−あのおばちゃんがほんとに紋章機の適性者?」
 繰り返す蘭花。
「第一、なんでアンタが行かないのよ」



「・・・それは」
 言いよどみ、差し出していたキーをひょい、と手の内に戻すジェイド。
「・・・ああもう、分かった! 代わりに少しの間、ブラマンシュ中尉のそばにいてやってくれないか?」
 きょとん、と瞬きした蘭花。それでどうやらわけが飲み込めたようで。
「ああーっ!? そういうこと? 冷血動物の副司令らしくもない!?」
(・・・冷血とまで。)
 ふう、と内心で息をつきつつ、その場をあとにしたジェイド。
 後ろで蘭花がまだ何かを、素っ頓狂な声で述べ立てていた。

  *

「・・・ここか」
 記憶の中のメモ書きを確かめ、目の前のアドレスとつき合わすジェイド。
 わぁ、っと騒がしい声がしたかと思うと、数人の子どもたちが、はしゃぎながら通り過ぎていった。
 −−で、戻ってくる。
「なぁに? トメさんによーじ?」
「あ! 俺この人見たことある! 時々エレベータ・ホールにいるよな!?」
「あっ、俺も見たよ! ウサギ耳のねーちゃんと一緒に昼寝してたよ!?」
 ーーよりによって、なんて場面が目撃されているんだ。
 内心、うめくジェイド。
 構わずに呼び鈴を押す。
 ナナメ下から興味津々の眼差しで見上げつつ、茶色い髪の少年が言う。
「今ならトメちゃん、しょくどーだよ」
「そうそう。カレーつくってるんだよな!」
「おでんもね」
「ありがとう」
 わーっと叫びながら、また子どもたちは駆けていく。
 見送りながら、ジェイドは思う。コドモってあんなに騒がしいものだったかなあ。
 ・・・自分がそうであった頃のことを思い出そうとしても、なかなか上手くいかない。

   *

 食堂はカウンター。
「・・・ご注文は」
 愛想とは程遠い。不機嫌とすらいっていい声音と顔で、『食堂のおばちゃん』と日常、総称されている、白い割烹着姿の女性が言う。
「・・・すまない。今日は別件で。ここにトメ・マデノコウジという女性がいると・・・」
 ジェイドの言い方が場違いであるのかそれとも別のことなのだろうか、奥のほうでーーまだ、昼前ゆえに、少々手持ち無沙汰であるらしい一同が、けたたましく笑っている。
「トメちゃん、ほら。若いカレシだよ」
「あいよー」
 奥で雑談に興じていたらしい内のひとりが、−−ていうか、見分けが、つかな・・・・−−かなり失礼な考えがジェイドの脳裡をよぎる。
 少しゆっくりとした動作で、一歩ずつを踏みしめつつ、歩いてくる。
「アタシがマデノだよ。アンタ、だれ?」
 首をひねるトメ・マデノコウジ。
「・・・申し遅れました。臨時で艦長の代行をしているジェイド・カ■ピスと申します」
 ーー再びレンジやオーブンのほうから響いてくる笑い声。
 面倒くさそうに応じるトメ。−−できの悪い教え子を眺める教師みたいに。
「・・・ああ、はいはい。それで、注文あんでしょ? 定食Aとか、コロッケカレーとか」
「・・・いや、その」
 ーーだめだ。話が通じる気がしてこない。
「とにかくここでは。少し時間を割いて、格納庫までお出で願えないだろうか・・・?」
「はい?」
 再び首を傾げるトメ。
「あなたに紋章機のパイロットとして出撃してもらう必要があるかもしれません」
「・・・・」
 呆気に捕られた顔の、トメ。
 横に来た同僚が、その肩に手を載せる。
「ほら、トメさん、あんたスプーン、目力(めぢから)で曲げられるじゃねえの」
「・・・あれは、ほんの遊びだっぺよ」
 少しぼうっとしたまま、言い返すトメ。
 同僚が言う。
「ほら、いいから行ってきなよ。ここはおらたちがなんとかすっから」
「・・・そ、そうけ? すまねぇな」

「・・・」

 よっこいしょ、と仕切りになっている場所を跨ぎ、エプロンを外し、三角巾を外し、−−ジェイドの間近までやってくるトメ。
 手で髪を押さえて形を整えながら。
「じゃ、行くべ」
 すたすたと先に立って歩き出すトメ・マデノコウジ。
 ーー格納庫と逆方向に。

(ーーええと)
 それを追いかけ−−まあ遠まわりすればいいかと思いつつーー。

  *

 格納庫。
 置いてある五機の戦闘機を見上げながら、トメがうめくように言う。
「おお、これがもうしょうかってヤツだべな」
「−−はい」
 もうなんかめんどくさくなりつつ、頷くジェイド。
 外国語習得のコツは、言い間違い書き間違いをいちいち直さないことだ。
「むこうに水色の機体が見えますね? あれが三番機です」
「−−はいはい、よ、っと」
 なぜか床を水洗いしていたらしく、そのホースを跨ぎ、−−整備班の面々の奇異の視線を受けーー取る素振りすら見せずにーートメさんはトリック・マスターのほうへと向かう。
「これ、乗ったらいいんだべか?」
「はいーー。ああ、分かります? これが認証キーで・・・」
 クロノ・クリスタルと同じ材質の紅い細長い石を手渡すジェイド。
「これ、どうしたら・・・」
 各種計器やパネルに囲まれつつ、困惑を見せるトメ。
 途端、蜂の羽音にも似た、低い振動音が聞こえる。
「・・・!」
 トメさんの頭上に、エンジェル・ハィロウが、白く、輝いている。
「・・・ってこと・・・は」
 コックピットがーーシステムが起動したらしく、各種の光が点っていく。
「−−なぜ今まで」
「ああ。あれだべ? 前によ。ルフトだかいうひとに頼まれたことあんのよ。ここ座ってみてくれって」
「・・・」
「したらよ、おんなじ輪っか出るでねえの。それでよ、おらに空飛べちゅうから、おら、食堂の仕事あんのよ、って断ったんだべな」
「・・・」
「なに泣いてんの? にいちゃん」
「・・・いや、」
 涙腺ゆるくて、と付け加えるジェイド。

  *

 よっこらしょ、とトメは紋章機を降りてくる。
「パイロットの訓練を受けたご経験は?」
 わらうトメ。
「三日だけね」
「・・・」
 ーーまあ、この方に出撃(で)てもらうことにはならないだろうな、とーー各種の面倒くさい手続きを脳裡に描きつつ、なんとなく思うジェイド。
「−−どうも、ありがとうございました。またあとで、連絡することがあるかもしれませんが。よろしいでしょうか」
「そんな言い方されっと、断れねぇでねーの」
 あっはは、と笑うトメ。

------------------後編


 まだ調子の悪そうな喉で、ミント・ブラマンシュが言う。
 内心、いっそこの人もテレパスなら便利なのに、と思いながら。
「・・・それで、どうでーー」
 ジェイドが紙とペンを差し出すので、書く。
『どうでした? トメさんは』
 なぜだかミントの頭をなでるジェイド。
(ーーまあ、もし君に万が一があったら、という感じーー)
「・・・つまり、紋章機は動かせるとして、−−いきなり戦場に出されてみろ。イヤだろ?」
「・・・ま”あ”、ぞれも”ぞうですわ”ね”」
 濁音になりつつ喋るミント。
「いいからゆっくり寝てて」ーー(ずっとついててあげられたらいいけど)
 それを”聞いて”ミントは内心、苦笑する。
 そんなことをされたら申し訳なさのあまり、おちおち眠ってもいられない。

   *

 けれどしかし、そのもしもは一度だけ。

「−−ドライブ・アウト反応ーー、敵艦です!」
 ココが、悲鳴のようにーーけれど冷静に、告げる。
「−−うわ、来たか」
「エンジェル隊、−−三番機は休みだがーー頼む」
「「「「了解!」」」」

「苦戦してますねぇ」
 エルシオールのほうに回ってくる敵機も決して少なくない。
「−−ああ。まだ遠いな、Dポイントまで」
「もっと脚速くなりませんかね、エルシオールって」
 操舵席からクロム・レモンバームが軽口をたたく。
 それだけ重いものがその速度で飛んでりゃ十分だろう。
「・・・検討してみるよ」
「ま、まじっすか」
 軽口にまともに取り合われてちょっと意外そうなクロム。

「敵、増援です!」
 −−レーダーを見つつ、言うアルモ。
「−−エルシオール、転進。後方のクロノ・ドライブ可能地点までーーリン! 場所は」
「P77、B84、T74の三箇所が考えられます」
 モニタの端にホログラフが示される。
「−−左方! 九時方向のB84まで移動! 苦労かけるが、エンジェル隊、エルシオールから200カイリくらい距離とってついてきてほしい」
「あいよ」「わかったわ」「任せてください♪」「・・・了解」

「−−間に合うか」
 ジェイドはモニタをにらむ。
「ミルクセーキ少尉。もし再び増援があるとして、出てきそうにない場所ってわかる?」
「−−分かったら苦労しません」
「それもそうだね。−−よし」
 頷くジェイド。要は、自分の考えを確認したかっただけなのだけど。
「全速!」
 すでにほとんど速度の限界である。

  *

 格納庫に、小さな人影、ひとつ。
 それは咳き込みつつ、その機体を見上げている。
 ハッチに手をかけたところで、その手を誰かに押さえられた。
「−−?」
 少しぼうっとした頭で、ミントが見たものは、−−
「・・・食堂の、・・・」
 彼女は頼もしげな笑みを浮かべて、力強く頷いた。

 ふいに、ブリッジに届く通信。
「−−三番機、いけますわ」
「ミ、ーーブラマンシュ少尉? しかしーー」
「強力な助っ人がおりますの」
「−−え?」
 考えるべき要素が他に目の前にありすぎて、その推測にまで考えが及ばない。

「−−問題ない。君が出る必要はない」
「ジェイドさん!」
「−−」
 沈黙するジェイド。つまり、最悪の可能性をまず想定している。
「・・・私情を、差し挟んでおられるのではありません?」
 沈黙の後に、とうとう、ミントはそう言った。
(どうしろっていうんだよ! オレの頭はひとつしかないッ!!)
 ーー内心で、そんなことを叫びつつ。
 というか、お互い、結論はとっくに出ていて、どちらも譲らないがゆえに、膠着しているのだ。

 緊張感のはりつめたブリッジにふいに聞こえた、おだやかな声。
「だいじょうぶだべよ。この嬢ちゃんが必要な操作はみぃんなやってくれるっていうしさ」
「−−トメ・マデノコウジ・・・さん」
 虚を衝かれたふうのジェイド。
 トリック・マスターから応じる声。
「トメでいいよ、若旦那」
「−−しかし」
 二人で乗る気か? 何をどう分担するつもりだ?
 ていうか、その場合紋章機のシステムは混乱しないのか??
「・・・ジェイドさん。わたくしを信じてくださいません・・・?」
 ミントが言う。いつもなら、もっと気の利いた説得を考えられるのだが、今はこれが精一杯だ。
「・・・」
 回線にクレータが割り込む。
「HALOシステムは食堂のおばちゃんのほうに繋ぎます。操作そのものはミントさんがサポートしますーーわかっていただけました?」
「−−ああ、分かりやすい」
「よかった」
 胸をなでおろしたふうのクレータ。
「じゃあ格納庫開(ひら)きマース。ハイ皆、下がって下がって」
 クレータからの回線が閉じられる。
「ーー無理するなよ。エルシオールに先行して露払いしてくれたら十分だ」
「アイアイさ」
「・・・」
 ブリッジにかなりの不安感を撒きつつ、二人が詰まったトリック・マスターが真空空間に出て行く。


「ミント! もういいの?」
 カンフー・ファイターから通信を繋いでみて、蘭花は愕然とした。
「ト、トメさん!? いや、ミント!? 何ーー」
 被弾したらしく、通信に いっとき、ノイズが混じる。
「−−い、いいわ。今は何も考えないことにする。アタシは何も見なかった」
 ぶつり、と閉じる回線。

「ミント、元気になったんだね、よかった・・・」
 今度はラッキー・スターから。
「わぁ! 狭そうだね。頑張ってね」
 ミルフィーユの笑顔を最後に通信が切れた。

「−−くっくくく」
 大笑いしつつ、砲弾をばらまいているフォルテ。
『何が可笑しい、シュトーレン中尉。』
 憮然とした顔のジェイドがエルシオールから。
「−−いや、何も? トメさん、あんたのおでんは最高だ!」
 ぐ、っと親指を立てて見せるフォルテ。
 どうも、いつもおでんだのラーメンだのを出してくれる人物の顔が、紋章機のコックピットに表示されているという”非日常感”ーー違和感と言い換えてもいいーーそれが可笑しくてしかたないらしい。

 褒められた当人は、なれない操縦桿の操作でそれどころではない。
 しびれをきらしたミント。
 エルシオールの行く手を塞ごうと集まってくる敵艦を指さした。
「ーートメさん。ごらんになれます? あそこに浮かんでいるものは、お鍋のアク。シチューを作るのをジャマする、あのにっくき水泡ですわ」
 頷くトメ。その瞳に、力が宿る。戦列を埋める膨大な敵機が、脳裡の白いアクに重なる。
「−−きぇえええぇぇぇーーーーッ」
 叫んだ、トメ・マデノコウジ。

 ーー瞬間。
 彼女の脳裡に何かが閃く。
 フライヤーが、−−ミントの操作とはやや異なるのだが、ーー縦一列に並び、鎖が伸びるように猛然と走る。

 かなりの、出力で。
 それは白い波が押し寄せるように敵機の群れの中を疾(はし)り抜けた。 

 エルシオールの進路は完全に拓けた。
「・・・す、すごい。ミント、あんたはもう完全にお払い箱ね・・・」
 それを見ていたカンフー・ファイターから通信。呆然とした様子の蘭花が言う。

「ト、トメさん、しっかりなさって・・・!」
 ミントが肩をニ、三度叩くが、すでに意識がないらしい。
 ーーやはりスプーン曲げではダメだったのか。フライヤーの遠隔操作は。
 それとも単に、訓練とか慣れとかの問題なのか。

「3、2、・・・、よし。エンジェル隊、合流してくれ! −−三番機、トリック・マスター、動けるか?」
 ドライブ・イン可能地点まであと少しのところで、問う司令官。
「・・・いいえ」
 疲弊した声で、物憂げにミントが応じた。
 エルシオールの船体は、もう大分向こうだ。・・・、今のトリック・マスターはミントを操縦者とは認めていない。

 真っ先に近くまで戻ってきたのは、カンフー・ファイター。
 それへ、ジェイドが言う。
「蘭花、頼めるか?」
「そういう時はね」
 全速で飛びつつ、エルシオールの格納庫に突進しつつ。
「−−いっけえーー!」
 思い切り、アンカー・クローをぶち込む二番機。
 その勢いに弾き飛ばされ、エルシオールの外壁にぶつかる三番機。
 ミントの悲鳴が小さく聞こえた気もする。
「よしっ! ストライク!」
 ガッツ・ポーズを決める蘭花。
「おねがいします蘭花様、とか言えばいいのよ!」

 ラッキー・スター、ハーヴェスター、ハッピー・トリガーがそれぞれに戻ってくる。
 アルモが言う。
「紋章機、全機収容完了しました!」
「クレータ班長、五機、全機確認」
 言うジェイド。
 クレータが応じた。
「OKです!」
 映像がモニタの端に出る。
「−−よし。クロノ・ドライブ」
「了解。クロノ・ドライブ入ります」
 アルモがパネルに触れた。

  *

「−−ふう」
 ぐて、と首を垂れつつ、息をつくジェイドーーと、ブリッジの面々も、それぞれに安堵の表情を浮かべている。
「よかったぁ・・・! あたし、感動しちゃった! カッコよかったよね!? トメおばちゃん」
「あたしも感動・・・!」
 アルモが言い、ココが頷いた。目じりに浮かんだ感動の涙を拭ってみたりして。

  *

 翌日。
「あらあら。情けないお顔ですわ」
 ミントの部屋を訪れたジェイドの鼻先を、ミントが人差し指でつつく。−−イタズラっぽく微笑みながら。
「・・・マデノコウジさんがえらくやる気なんだ」
「何か問題がありまして?」
 白湯を飲みつつ、澄まして尋ねるミント・ブラマンシュ。
「訓練を積み、いつかは宇宙一の紋章機乗りになってやるからと言ってーー」
「ですから、何か困難なことでもございますの?」
「・・・いや、君がいいならいいんだけど。」
 逆にむしろ首を傾げるジェイド・カ■ピス。
 そしてドアのほうへ向かう。
「じゃあ、トリックマスター改めスプーン・ベンダーを正式に登録しておかないと・・・」
 シュン、という排気音と共に閉じるドア。
 ミントはベッドから飛び出し、慌てて追いかけた。
「−−ちょっと! ジェイドさんっ!? 本気でお考えでしたの!?」
 追いかけたミントの手がジェイドの軍服の裾を掴み、そしてジェイドが振り返る。
 ジェイドの脳裡に渦巻く思いと、ミントの中に彷徨う気持ちと。
「・・・」「・・・」
 無言になって、ミントはうつむく。−−だって、嬉しかったから。
「・・・でも、あのーー」
 ああ、想いを伝えるのは、どうしてこんなに難しいんだろう。伝わってくるのは、こんなにも簡単なのに。
「−−そのーー」
 ようやく意を決して、ミントはその想いを言葉に変えた。
「−−マデノコウジさんとジェイドさんが付き合ったりしたらわたくしーー」
「−−いや、待って。どういう理屈?」
 ジェイドが言うのに構わず、舞台の上の女優のごとくに、言葉を切らないミント。
「そうなったらわたくしは毎日食堂の厨房でテンプラを揚げ、ごはんを盛り、アクをすくうんですのね、ああ、運命のいたずら・・・」
 上からスポット・ライト。
「落ち着いて、ブラマンシュ少尉。意味がぜんぜん分からない」
 ミントは意を決して、言った。
「−−わたくしだって、同じ思いですの。ジェイドさんが困っている時には、何かをして差し上げたいと思いますわ。あなたが苦しんでいるのに、その時 隣にいられないのは辛いんですの。だからわたくし、その場所を、ーートメさんがいかに望もうとも、−−渡したくはありませんわ」
(ーーう)
 いつも肝心なことははぐらかしてぼかすのが得意なミントに、こうまでハッキリとものをいわれると、−−。

 ジェイドは言葉を無くす。
(ーーえと、あの。そのーー)「そのーー」
 何をどう言ったものかと、思案に暮れている。
 そんなジェイドの背中を、廊下の向こうからやってきた人物が思い切りはたいた。
 ジェイドは咳き込み、後ろを振り返る。
 そこにいたのは、トメ・マデノコウジその人だ。まだ出勤前であるらしく、私服である。
「ほれ、返すよ!」
 紋章機の紅い認証キーを指先でつまんで差し出している。
「−−え。なんで」
「なんでもへったくれもねぇよ。おら、食堂の仕事さ行かなきゃなんねえ」
 くすくすと、ミントが小さく笑った。
「−−いえ、マデノコウジさん。そのキーはあなたが持っておいてくださいな。また、お願いすることもあるかもしれませんもの」
「・・・そうけ? じゃあ、仕方ねぇなあ」
 トメさんは鍵を荷物にしまいこみ、食堂のほうへと歩いていく。
 それを見送るジェイド、とミント。
 くすり、とミントは小さく笑った。
「さ、お仕事ですわ。副司令さん?」
「・・・あ、うん」
 どうにも敵わないな、とジェイドは思った。百戦連敗って感じだ。

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