GALAXY ANGEL 〜Marital vows

 

 

 

〜プロローグ〜

 

 

「タクト、あんたはちょっと残ってちょうだい」

最終決戦に向けての作戦会議も終わり、エルシオールへ戻ろうとするタクトにノアの制止の声が響いた。

既に作戦の方針が決定した今、自分が残される理由が思いつかず、タクトは僅かに訝しげな表情をしつつもエンジェル隊の背中を見送る。

やがて彼女達が全員出て行ったのを確認すると、タクトは当然の疑問を問うべく口を開く。

が、タクトが言葉を発する前にノアが静かに語りだした。

「あんたには話しておかなくちゃならないことがあるわ。例の、決戦兵器についてよ」

「え、それならさっきの作戦会議で・・・」

「話は最後まで聞きなさい。『決戦兵器』、そう呼ばれる手段は現段階で2つ用意されているの。そして、そのどちらもキーとなるのは紋章機・・・」

「なんだって!?」

「さっきも言ったけど、敵のネガティブ・クロノ・フィールドを打ち消すには膨大なエネルギーが必要なの。そしてそのエネルギーを確保できる唯一の方法が紋章機のH.A.L.Oシステム

「ちょ、ちょっと待ってくれ。それじゃあ、『決戦兵器』は有人ってことなのか!?」

「そういうことになるわね。H.A.L.Oを使う以上、それを操る人間は必要不可欠」

「っ・・・!」

タクトは驚愕のあまり言葉もでない。会議では決戦兵器は敵の巨大戦艦にぎりぎりまで近づいて使用すると聞いている。それが有人機、しかも使用されるのが紋章機である以上、エンジェル隊の誰かが乗ることになるのだ。平静でいられるはずがない。

タクトの心境が痛いほどわかるルフト、シヴァ、シャトヤーンは苦い思いを噛み締めるような表情を浮かべた。しかし、それは単に彼の心境が伝わってくるというだけではない。この後ノアから告げられるであろう2つの『決戦兵器』の正体、そしてタクトがそのどちらを選択するであろうかということも分かるからこそ、何もできない自分の不甲斐なさに苛立ちを感じているのだ。

ノアの説明が続く。

「まず1つ目の『決戦兵器』についてだけど、それは7番目の紋章機にクロノ・ブレイク・キャノンとフィールドキャンセラーを搭載させたものなの。もちろんパイロットはエンジェル隊の誰かということになる。それから7番機は複座式だからメインパイロットの他にサポート役のパイロットも必要になるわ。そして2つ目の『決戦兵器』、あたしとしてはこっちがメインなんだけど、タクト、これはあなたに大きく関係しているわ」

「え・・・?」

「2つ目の『決戦兵器』はね、紋章機の0番機なの。7番機と共に発見された機体なんだけど、全ての紋章機のプロトタイプ、ともいうべきなのかしら。でも、その力は優に他の紋章機の3倍を超えているわ。この機体の最大の特徴は4門の小型のクロノ・ブレイク・キャノン。これならフィールドキャンセラーを搭載するだけで敵の巨大戦艦を落とすことが可能よ」

「そんな凄い紋章機があったなんて・・・。でも、それと俺がいったい」

「どういうわけか0番機があんたを適格者と認めたのよ。他の人間じゃ、例えエンジェル隊の誰であろうと0番機は動かせない。0番機を動かせるのはあんただけなのよ」

「俺が・・・0番機のパイロット?」

唖然とした面持ちで言葉を漏らすタクト。突然のことで状況の認識に手間取っているのだろう。

「それで、どうするの?」

「え・・・?」

「え? じゃなくて。0番機と7番機、どっちを『決戦兵器』にするかを聞いてるのよ。一応どっちも8割方作業が終わってるわ。後はあんたの決断次第よ」

ノアの言葉が頭に流れ込んでくる。今だ情報が纏りきらず混乱していたが、ノアの問いかけだけは驚くほど冷静に思考を疾らせることができた。

0番機と7番機、どちらを使う―――

0番機には俺が乗る。

7番機にはエンジェル隊の誰かが・・・それは自分の愛する人かもしれない。

なら答えは1つじゃないか。

「俺が、0番機で出る・・・!」

小さく、しかしはっきりと紡がれるタクトの言葉。

ノアは険しい表情でタクトを見据えていたが、やがて見つめ返してくる視線に根負けしたように軽く嘆息した。

「まぁ、あんたならまず間違いなくそう言うだろうと思ってたけどね」

「本当に・・・よいのですか?」

聞いたところで返答が変わるとは思えない。しかし、それでもシャトヤーンはタクトに問いかけずにはいられなかった。

「はい。確かに怖くないと言えば嘘になります。でも、俺にできることがあるなら、俺はそれに全力を注ぎます。それに、俺がやらなかったらエンジェル隊の誰かがやることになります。こんな危険なこと、彼女達に押しつけたくはありません」

やはり・・・とシャトヤーンは思った。

彼は自分の目の前で誰かが危険に晒されるのを黙って見ていられる人ではない。傷つくことを善しとしない。そんなことをするくらいなら躊躇することなく自分の身を差し出す。タクト・マイヤーズとはそういう人間なのだ。

「・・・本当に申し訳ありません。あなたには辛い思いをさせてしまって・・・」

「許せ、マイヤーズ。我らにはこれ以外に方法がなかったのだ・・・っ」

「いえ。俺でよかったです。それより1つお願いしてもよろしいでしょうか」

「・・・なんでしょう」

「俺が0番機の、決戦兵器のパイロットになったことはエンジェル隊のみんなには言わないでください」

「言わないわよ。そんなことをしたら全員であんたを引き止めるだろうし。それだけならまだしもテンションまで落ちて作戦に影響がでたら堪ったもんじゃないしね」

「ノア・・・!!」

あまりに冷たい物言いをするノアにシヴァが咎めるように声を上げる。

しかしノアは全く意に介さず、踵を返して去っていこうとする。が、その足が2、3歩進んだところで止まる。そして

「・・・そのかわり、絶対に帰ってきなさいよ」

振り向かず、言葉だけをタクトに向けて発した。タクトの身を案じる不器用な彼女の精一杯の言葉。

タクトもまた言葉を返す。

「帰ってくるよ。絶対に―――

 

 

 

 

*

 

 

 

 

迫り来る破壊の閃光。

轟く破砕の爆音。

その中を6機のエンジェルに護られながら、エルシオールはひたすらに突進む。多少の攻撃では怯まない。そんな暇もない。

進む――――

進む―――――――

進む――――――――――!!

やがて満身創痍になりながらも、エルシオールは目標地点へと到達した。

「タクト、エルシオールで案内できるのはここまでだ。後はお前にまかせる」

「あぁ、上出来だよレスター。後はまかせてくれ」

レスターの肩に軽く手を乗せると、タクトは身を翻しブリッジを出て行こうとする。

「タクトッ!」

背後から投げかけられた声。タクトは反射的に足を止め、声の主へと向き直る。

「・・・祝勝会の幹事は俺が引き受けてやる」

腰に手を当てて、僅かに笑みを浮かべたレスターがそれだけを伝えてきた。

もう少し素直に帰ってこいとか言えないものかね、と内心で苦笑いしつつも、それでも彼なりに心配してくれているということを理解しているタクト。

レスターに向かって力強く頷くと、再び身を翻し駆け出していった。

やがてブリッジの扉が閉まる。

「・・・帰ってこいよ、タクト」

タクトの背を見送っていたレスターが、誰にも聞こえることのない小さな声で呟いた。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

射出される決戦兵器。

高速機動ユニットを身に纏ったそれは、猛然たるスピードで巨大戦艦に向かっていく。

 

 

距離8000―――

1番機のハイパーキャノンが敵戦闘機を纏めて薙ぎ払う。

 

 

距離7000―――

2番機のアンカークローが敵戦艦を打ち砕く。

 

 

距離6000―――

3番機のフライヤーが複数の戦闘機をピンポイントで打ち落とす。

 

 

距離5000―――

4番機のストライク・バーストが巡洋艦を完膚なきまでに叩き落とす。

 

 

距離4000―――

超長距離から放たれた6番機のフェイタル・アローが駆逐艦を射抜く。

 

 

6機の紋章機は持てる力の全てを以って決戦兵器へ迫る脅威を討つ。

 

 

しかし・・・

 

 

距離3000―――

敵駆逐艦から放たれた一条の閃光が決戦兵器を捕らえた。

決戦兵器が火花を散らし、その装甲が次々と崩れ落ちていく。

「あぁ・・・!?」

「決戦兵器が・・・!!」

その光景を目の当たりにしていた全員が絶望の色に染まる中、虚しく四散する決戦兵器。

否、四散したのは決戦兵器ではなかった。

決戦兵器が纏っていた高速機動ユニットがパージされたのだ。

白銀に輝く鮮麗されたフォルムが姿を現す。解き放たれる白き翼。それは、未来を切り開く希望の光―――

「あれは・・・」

「紋章機・・・!?」

エンジェル隊から驚愕の声が上がる。彼女達が見間違えるはずがない。なによりも紋章機のことを知っているのは彼女達なのだ。そして、だからこそ驚かずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

あれには一体誰が乗っている?

 

 

 

 

 

『ありがとう、みんな。後は俺にまかせてくれ』

「「「「「「え・・・?」」」」」」

通信機から響く声。幾度となく聞いてきた自分達の司令官の声。あまりの予想外の出来事に一瞬思考が停止する。

発信源は間違いなくあの紋章機だった。

それはつまり・・・あの機体に乗っているのは――――

ミルフィーユが、ランファが、ミントが、フォルテが、ヴァニラが、そしてちとせが、彼の名を叫ぶ。

同時に紋章機、0番機から放たれるクロノ・ブレイク・キャノン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衝撃――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうなったんだ・・・?」

「勝った、の?」

「・・・っ。状況を報告しろ!」

レスターの怒声に呆然としていたアルモとココは弾かれたように顔を上げ、即座に状況の確認を行う。

「・・・敵、巨大戦艦の消滅を確認。エネルギー反応もありません!」

「周囲の無人艦隊も動きを止めました!」

両手を投げ出し、歓喜の声を上げるアルモとココ。しかしレスターは険しい表情のまま、2人に向かって続けて指示を出す。

「決戦兵器・・・0番機はどうなった!? 確認を急げ!!」

ハッとして、2人は慌ててコンソールへ向かう。そこにエンジェル隊から次々と通信が入ってきた。全員の顔にあるのは、焦り。最初に声を上げたのはフォルテだった。

「なぁ、副指令。タクトはどこにいったんだい・・・? 姿が見えないが」

「・・・・・・」

「やっぱり、さっきの紋章機に乗っていたのはタクトだったのかい!?」

「・・・・・・そうだ」

「「「「「「!?」」」」」」

静かに告げられた肯定の言葉に目を見開く。

「なんで・・・なんで黙ってたのよ!?」

ランファが怒りに震え、声を荒らげて叫んだ。レスターは全員に視線を向けた後、ゆっくりと瞳を閉じる。

「・・・言ったら、お前達はタクトを引き止めただろう」

「当たり前ですわっ!」

「だから、だ。俺達には他に方法がなかった。それに、お前達に伝えるなと言ったのは他ならぬタクトだ」

「だからって―――!!」

納得できず、ランファが声を上げようとしたその時、これまで一言も言葉を発しなかったミルフィーユの紋章機が突如急加速で飛び立っていった。

「ミルフィー先輩!?」

「そうですわ。今は言い争いをしている場合ではありませんわ!」

「タクトさんを、助けにいかなければ・・・!」

「そ、そうよ! タクト、待ってなさいよ!!」

「無事でいるんだよ、タクト!!」

ミルフィーユに続くように残りの5人の紋章機も急加速で飛び立つ。

 

 

 

「タクト! タクトーーーーーーッ!!」

「タクト! おい、返事をしろ! 聞こえてるんだろっ!?」

「応答願います、タクトさん!」

「応答してください・・・タクトさん・・・」

「お願いです、返事を・・・!」

通信機に向かって無我夢中で呼びかける。答えが返ってくるのを信じて。いつものように彼の陽気な声が響いてくることを信じて。

しかし、次の瞬間、通信機から紡がれた言葉は、彼女達の希望を粉々に打ち砕くものだった。

 

 

 

 

『・・・0番機・・・信号、確認できず・・・。エネルギー反応も・・・ありません・・・』

 

 

 

 

「なん、だって・・・?」

「うそ、ですわよね・・・」

「そんな、ことって・・・」

ただただ呆然と言葉を発することしかできない。通信機から告げられた言葉を認識することを頭が拒絶している。彼が、タクトが死んだという事実を・・・

いち早く正気に戻ったのがランファだった。彼女自身も並々ならぬショックを受けていたが、それ以上にミルフィーユのことが気がかりだったのだ。タクトと恋人同士だったミルフィーユが。誰よりもタクトを愛していたミルフィーユが―――

「ミルフィー! ミルフィー!?」

『・・・・・・』

彼女からの返事はない。ランファの背中に冷たい汗が流れる。

「ちょっと、ミルフィー!? 返事をして!!」

『・・・・・・ぃゃ』

「ミルフィー・・・?」

『ぃゃ・・・・・・ぃや・・・・・・いやああぁぁぁーーーーーーーーーーー!!!!』

「ちょ、ミルフィー! 落ち着きなさいっ! お願い、落ち着いてよ!!」

ランファが懸命に呼びかけるが、ミルフィーユは止まらず頭を振って泣き叫ぶ。

『やだ・・・やだぁーーーーーーーー! タクトさん・・・! タクトさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!』

慟哭――――

 

 

 

 

 

 

 

ネフューリアの野望は打ち砕かれ、トランスバールの平和は護られた。

 

 

 

 

 

 

しかし・・・・・・

 

 

 

 

 

 

その代償は・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

決して、小さいものではなかった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜あとがき〜

無謀にも長編に手を出してしまったスレインです。

GALAXY ANGEL 〜Marital vows〜』ですが、一応GAELの再構成になる予定です。そのためELのネタバレをかなり含んでしまうと思いますので、まだELをプレイしていない方は注意してください。タイトルの『Marital vows』ですが、意味は『比翼の鳥』です。

今回はプロローグということでお届けしましたが、読んでくださる方がGAMLをプレイ済みという前提で書いていたのでかなり急展開で話を進めてしまいました。いきなり紋章機の0番機というオリジナル要素も出してしまいましたし。おまけにタクトまで・・・。のっけから暗〜くなってしまいましたね(汗) 王道好きな僕としてはもちろんこのままで終わらせるつもりはありませんけど・・・・・・さてどうなることやら。

とりあえず0番機の設定を少し・・・・・・

■GA-000  ―――――
■搭乗者:タクト・マイヤーズ
●全長:73.8m
●全幅:42.0m
●全高:39.0m
●武装:クロノ・ブレイク・キャノン×4
     近・中距離ミサイル
     中距離ビーム砲
     ファランクスレーザー
     ???
◆詳細
 紋章機0番機。全紋章機のプロトタイプ的存在だが、その力は他の紋章機を軽く凌ぐ。機体サイズが他の紋章機より一回り大きい。形状は1番機に似ている。
 タクト・マイヤーズを適格者と認定し、彼以外の人間には扱えない機体となってしまっている。そうなった原因は現在のところ不明。
 4門のクロノ・ブレイク・キャノンの砲身は普段は基本翼部分に格納されていて、発射時に砲身が前方に展開される。
 0番機に関してはまだ全てが解析されておらず、未知数の部分が多々ある。

とまぁこんな感じで。

シリアスな話(になる予定)ですので更新スピードは遅くなってしまうと思いますが、皆様長い目で見てください。