0番機の消失、そこから導き出された結論。

タクト・マイヤーズの死は彼の仲間の心に多大な傷を残した。

ある者は涙を流し―――

ある者は己の無力さを嘆き―――

ある者はただ見ていることしかできなかった自分を責めた―――

そんな中、誰よりも心に深い傷を負ったのがミルフィーユだった。タクトとミルフィーユ、互いに深い絆で結ばれていた二人。その絆が目の前で断ち切られた時、ミルフィーユが受けた衝撃は計り知れない。

紋章機の中で半狂乱になってミルフィーユは泣き叫んだ。彼女の慟哭に呼応するように暴走を始める1番機を5機の紋章機が何とか押し止めたとき、とうとう心の負荷に耐えられなくなったミルフィーユは糸の切れた人形のように意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから3日―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミルフィーユは未だ目覚めていない・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GALAXY ANGEL 〜Marital vows

 

 

〜第1章 涙の天使〜

 

 

 

 

エルシオール艦内の一画に佇むティーラウンジ。そこにランファ、ミント、フォルテ、ヴァニラ、ちとせの5人の姿があった。

普段は彼女達の憩いの場所として賑やかな音を奏でるそこも、今は暗い。皆、鎮痛な表情を浮かべていた。

 

 

 

 

数刻前―――――

 

 

 

 

 

召集をかけられたエンジェル隊は、白き月内部の謁見の間でシヴァから労いの言葉をかけられていた。

「みなの者、このたびの戦い・・・まことに、ご苦労であった。先のエオニアとの戦いに続き、2度も皇国の危機を救ったそなたたちの名は、永くトランスバール皇国の歴史に刻まれるであろう」

形式に囚われた挨拶にエンジェル隊は微動だにしない。シヴァの言葉は耳には届いているが、彼女達の意識はそれを情報として認識してはいなかった。

深淵なる悲しみに捕らわれた瞳でただただ視線を落とすエンジェル隊の姿にシヴァも悲しげに瞳を伏せる。

「・・・本当に、よく・・・やってくれた・・・」

ピクリ・・・とランファの身体が震えた。両の拳は爪が食い込み血が流れださんばかりにきつく握り締められている。

「よく・・・やった・・・?」

震える声。

「よく、やった!? どこが・・・どこがよくやったんですか!? タクトがいなくなって・・・! ミルフィーが倒れて・・・!! 目を、覚まさなくって・・・。それなのに・・・っ!!」

大粒の涙を決壊させたランファの叫びはエンジェル隊全員の心の慟哭でもあった。

シヴァも、ルフトも、シャトヤーンも、言葉なく項垂れるしかできない。彼一人に全てを背負わせてしまったのは紛れもなく自分達だから。

「あんたたちはよくやったわよ」

ひどく場違いな、抑揚のない声が響いた。悲しむ素振りすら見せず、普段と何一つ変わりのないノアがそこにいた。

「あんたたちと0番機の力でネフューリアの脅威は去った。まぁ、0番機を失ったのは痛いけど、それでも予想範囲内の被害。タクトも役目はちゃんと果たしてくれたし」

「・・・なん、ですって・・・・・・!?」

ランファの鋭い視線がノアを射抜く。しかし彼女は全く動じることなく淡々と言葉を続けた。

「タクトも軍人なんだから、いつでもこうなる覚悟は出来てたでしょうし。ま、トランスバールを護って死ねたんだから本望よね」

「っ・・・!」

パァァァァンッ―――!!

ランファの苛烈な平手がノアの頬を打った。痛々しいほどに紅く染まる彼女の頬がその激しさを物語っている。

だがノアは止まらない。キッとランファの顔を睨み返し、吐き捨てるように言い放つ。

「たった一人の犠牲でトランスバールの平和が護られたんだもの。安いもんじゃないっ!」

「っ・・・!? この・・・!!」

今の言葉で怒りが頂点に達したランファが再度腕を振り上げ―――

その手をフォルテが制した。ランファが目を見開く。

「もう止しな、ランファ・・・」

「フォルテさん!? どうして・・・!?」

「そんなことをしたところで・・・何かが変わるわけでもないだろ・・・? ただ・・・虚しいだけさ」

哀愁を帯びた目がランファに向けられる。振り上げられた腕が行き場を無くし、ゆっくりと、力無く下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

重い沈黙が場を支配する――――

 

 

 

 

 

 

 

 

それを破ったのはルフトだった。

「・・・エンジェル隊とエルシオールの乗組員には1ヶ月間の休暇を与える。お前達も疲れたであろう。今はゆっくりと身体を休めてくれ・・・以上だ」

ルフトから告げられた内容は、本来ならば手放しで喜ぶものだろう。

が、ランファも、ミントも、フォルテも、ヴァニラも、そしてちとせも、静かに一礼するのみで、浮かない表情のまま下がっていった。

残される4人。

 

 

 

 

 

 

 

 

再び静寂が訪れる――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノア・・・」

シャトヤーンが静かに口を開いた。

「なによ・・・。あんたもあたしに文句があるっていう――――

ノアの言葉は最後まで紡がれなかった。シャトヤーンが彼女の身体を抱きしめたのだ。

「ちょ・・・なにするのよっ!」

突然のことに声を荒げてノアは身動ぎを繰り返す。しかしシャトヤーンは彼女を決して放そうとしない。

「ちょっと・・・っ! いい加減に―――

「ノア・・・。あなた一人で抱え込まないでください・・・」

「っ―――!?」

ビクリッ・・・とノアの身体が震えたのをシャトヤーンは感じた。

「あなた一人で全ての罪を背負おうとしないでください・・・。罪は・・・私達にもあるのですから」

「な、なに、いってるのよ・・・。どうしてあたしが・・・そんな、こと・・・する必要があるの・・・? 勘違い・・・しないでよ。さっきのは、あたしの、本音、なんだから」

―――

では何故、あなたはこんなにも震えているの――――

シャトヤーンは抱きしめる力をさらに強めた。こんな状態でも尚、自分達に罪を背負わせまいと冷徹な態度を取ろうとするノア。

彼女のその優しさが、今はとても痛い―――

「ノア・・・。もう、いいのです。罪は・・・私達も背負います・・・。だから、もう・・・我慢しないで。泣いても・・・いいのですよ」

「・・・・・・」

「ノア・・・」

「・・・・・・なんでよ

「・・・・・・」

なんで・・・帰ってこないのよ・・・」

ノアの瞳から一筋の雫が零れた。一度零れてしまったら後は溢れ出るのみ。小さな亀裂からダムが決壊するように・・・。もう、止まらなかった。

「帰ってこいって言ったのに・・・! 帰ってくるって約束したのに・・・! なのに何で・・・何で勝手にいなくなってるのよっ! あたしはこんな結末を望んだんじゃない・・・!! あたしは・・・あたしは・・・っ!!」

シャトヤーンの胸に縋りつき、今まで堪えていたものを一気に吐き出すノア。シャトヤーンは何も言わず、ノアの頭を撫で続ける。

 

 

 

ノアの嗚咽は彼女が泣き疲れて眠るまで響いていた―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1ヶ月間の休暇、ですか・・・」

「とても、楽しむ気になんてなれないわよ・・・。ミルフィーだって目を覚ましてないのに・・・・・・」

「・・・そうだね」

「ノアもノアだわっ! あんな言い方ってないじゃない! 人の命を何だと思ってるのよ・・・っ!」

湧き上がる怒りのままにテーブルを叩きつけ、立ち上がるランファ。彼女の座っていた椅子が大きな音を立てて倒れた。

ミントは持っていたティーカップから一度視線を外し、震えるランファを一瞥した後、再びティーカップへと視線を戻した。

「・・・あのときのノアさんの言葉・・・・・・本心ではありませんわ」

「え・・・?」

「あの言葉を発したときのノアさんの心・・・泣いていましたわ。痛いほど伝わってきましたもの・・・ノアさんの、深い悲しみが・・・。私達と同じですわ」

「そんな・・・。じゃあ何であんなこと言ったのよ!?」

「・・・一人で、背負おうとしたんだろうね、全ての罪を。あたし達の悲しみの捌け口になるなら自分が憎まれることも厭わないと考えたんだよ、ノアは」

ランファは弾かれたように顔を上げ、唖然とした表情でフォルテを見つめた。

「フォルテさんは・・・気付いてたんですか?」

「確証はなかったけど、なんとなく・・・ね。だからこそ遣る瀬無かった。ノアのあんな態度を見れば見るほど、タクトがいなくなった現実を突きつけられるような気がしてさ」

フォルテは椅子にもたれかかり、視線を虚空に注ぐ。

ズキッ・・・と、今になってランファは右の掌が鈍い痛みを訴えていることに気付いた。ゆっくりとその手を自分の目の前に持ってくる。

紅く染まった掌。僅かに腫れ上がっているようにも見える。見れば見るほど右手の痛みは鋭さを増していった。まるで自分を叱咤しているかのように・・・

ランファは罪の意識に苛まれる。

自分は、なんてことをしてしまったのだろう・・・

悲しいのはノアだって同じのはずなのに・・・

彼女が仲間の死を何とも思わないような冷徹な人間じゃないことなんて分かっていたはずなのに・・・

表面上の言葉に惑わされて、我を忘れて、そんなことに気付きもしなかった。

自分の悲しみをぶつける様に、彼女を殴ってしまった・・・!

あのとき、自分は確かにノアを捌け口にしてしまったんだ・・・!!

拳をきつく握り締め苦痛に顔を歪ませるランファ。手の痛みからではなく、心の痛みによって。

「・・・あたし、ひどいこと・・・しちゃった」

「あの場合、あんたが怒ったのも仕方のないことだよ。実際あたしだって、あのときあそこまで冷静に考えられたのが不思議なくらいさ」

「でも・・・」

「悪いことをしたと思ってるんなら、素直に謝ればいいさ。ノアだって分かってくれるよ」

「・・・はい」

返事をするもランファの表情は暗い。しかし、フォルテもこれ以上かける言葉が見つからず、再び視線を虚空に戻すしかなかった。

 

 

 

 

 

無音―――

ティーカップから立ち昇る湯気が、かろうじて時が動いていることを証明している。

 

 

 

 

 

しかし、やがてそれすらも無くなる。

場が完全に時が凍りついたような状態に陥りかけたそのとき、1つの音が再び時を動かした。

「信じましょう、みなさん」

全員が目を見開き、紡がれた声の主へと視線を送る。

「・・・ヴァニラ?」

そこには凛とした態度で全員を見据えるヴァニラの姿があった。さっきまで共に悲しみくれていた彼女のあまりの変わりように他の4人は呆然とする。

ヴァニラは言葉を続けた。

「信じましょう。タクトさんは生きていると。タクトさんは帰ってくると。タクトさんの死を裏付けるものは、何も見つかってはいません」

「ヴァニラ・・・」

「ヴァニラさん・・・」

「ヴァニラ・・・」

「ヴァニラ先輩・・・」

唖然と自分の名を呟く4人をゆっくりと見渡し、最後にもう一度ヴァニラはその言葉を続けた。

「だから、信じましょう」

それは微かな希望だった。確かにタクトの死を裏付けるもの、0番機の残骸などは1つも発見されてはいない。しかしそれは巨大戦艦の爆発に巻き込まれて跡形も無く消滅してしまったということも考えられる。あのとき、0番機は全てのエネルギーをクロノ・ブレイク・キャノンとフィールドキャンセラーに回していた。即ち、全くの無防備であの大質量の爆発の直撃をうけたということになる。そうなると、0番機が見つからないのは、何らかの手段で脱出したからというよりも、跡形もなく消滅してしまったというほうが遥かに可能性が高いのだ。

しかし

「・・・そうね。そうよ! タクトは生きてるわ! 絶対に―――!!」

「・・・そうですわね。タクトさんがミルフィーさんを置いていなくなるはずがありませんもの」

「タクトがそう簡単にくたばるはずがないか。なんたってあたしが司令官と認めた男だからね」

「信じましょう、タクトさんを!」

ヴァニラの言葉は4人の心に確かな希望を与えた。

例えそれが奇跡と呼ばれるものだとしても、少しでも起きる可能性があるのならそれを信じたい―――――

それが、今のエンジェル隊全員の共通の思いだった。

全員の顔に笑顔が浮かぶ。笑顔、と呼ぶにはぎこちないかもしれない。しかし、そこには少なくとも絶望の色はなかった。

足を止めていた彼女達の心は、今、ゆっくりと前に進み始めたのだった。

 

 

 

*

 

 

 

 

翌日―――

ミルフィーユが目を覚ましたとの連絡を受けたランファは、医務室へと続く通路を疾走していた。

医務室の扉の前には、既に連絡を受けて駆けつけていた4人の姿があった。

「全員揃ったみたいだね。それじゃあ入ろうか」

フォルテの一言でメンバー全員に緊張が走る。心の中にあるのは不安。彼女達は半狂乱になって泣き叫ぶミルフィーユの姿をその目で見ているのだ。尋常でなかったその姿を。

果たしてこの扉の向こうには『ミルフィーユ』がいるのだろうか

それが怖くてならなかった。

扉が開く。

「あら、あなたたち・・・」

ケーラが気付き、椅子から立ち上がった。だが向かってくる足取りはどこか重い。不安が大きくなる。

「先生、ミルフィーは・・・?」

「・・・今は落ち着いているわ。でも、やっぱり心の傷は深い・・・。正直、今のミルフィーさんは見るに耐えないわね・・・」

「そんな・・・」

「だから、お願い。ミルフィーさんを・・・支えてあげてね。ミルフィーさんは奥のベッドにいるわ」

ケーラに促されて5人はゆっくりと進んでいく。1歩1歩近づいていくたびに胸の鼓動がどんどん大きくなるのが感じ取れた。

やがて彼女達の目がベッドから上半身を起こしたミルフィーユの姿を捉えた。

ランファがいち早くミルフィーユの元へ駆け寄る。

「ミル―――――

声が途切れた。不審に思った他の4人もミルフィーユの顔をうかがい見て、そして、息を飲んだ。

酷く虚ろな目――――

生気がまるで感じられない表情――――

恐れていたことが、現実になってしまった・・・・・・

「・・・・・・・・・ランファ

突然投げかけられたか細い声。予想外のことにランファが驚いて顔を上げると、ミルフィーユがその虚ろな瞳を自分に向けていた。

「・・・・・・タクト・・・さんは・・・?」

ミルフィーユの問いかけに、ランファは咄嗟に言葉が出てこない。タクトがいない現実に変わりはない。いかに自分達がタクトは生きていると信じているといっても、それをこんな危うい状態のミルフィーユにどう説明すればいいのかが分からなかった。

が、その沈黙の意味するところを『タクトの死』と受け取ったミルフィーユは視線を再び戻し、「そう」とだけ言葉を漏らした。

それに気付いたランファは慌ててベッドに身を乗り出す。

「ちょ、ちょっと! 勘違いしないでよ!? 今のはそういう意味じゃないんだからね!? タクトが死んだって決まったわけじゃないんだから!!」

「・・・・・・・」

「ミルフィー!? 聞いてるのっ!?」

「・・・・・・いいの

「何がいいのよっ!」

「・・・・・・いいのお願い・・・・・・今は・・・・・・一人に、して

「ちょ――――

ランファの肩に手が乗せられる。

ランファが振り返ると、フォルテが首を左右に振った。

フォルテは他の3人に視線で医務室を出るように促す。

最後にミルフィーユに視線を送り、ランファ達は肩を落として医務室を後にした。

扉が閉まる。

「今は・・・そっとしておいてやるしかないだろうね・・・」

「・・・そうですわね。今のミルフィーさんには何を言っても逆効果になりかねませんもの」

「・・・っ!」

フォルテが舌打ちし、帽子を深く被り込む。

「・・・・・・やりきれないね」

その言葉がやけに大きく耳に響いたような気がした。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

その夜――――

自室のベッドでランファは眠りにつけず、寝返りを繰り返していた。

目を閉じると昼間医務室で見たミルフィーユの姿が鮮明に思い出される。

憔悴しきったミルフィーユ。

初めて見たミルフィーユの顔。

そのことが気がかりでならなかった。

「・・・あぁ、もう! じっとしてるのはあたしの性に合わないわっ」

ガバッとベッドから飛び起き、部屋を出て行くランファ。

明かりの消えた通路を小走りに進む。

今のミルフィーユに自分が何が出来るかなんて分からない。

もしかしたら出来ることなんて無いのかもしれない。

ミントも言っていたように、今のミルフィーユには何をしても逆効果になってしまうのかもしれない。

でも――――

それでも――――

傷ついている親友をただ指をくわえて見ていることなんて自分には出来ない。

「はぁはぁ・・・」

医務室の扉の前で胸に手をあて、ランファは息を整える。

呼吸が落ち着いたのを確認すると、最後にもう一度息を吸い込み、吐き出し、医務室の扉を開けた。

ミルフィーユは既に眠ってしまっているだろうか。

それならそれで構わない。彼女のそばについていてあげられればそれでいい。

ふと、人の気配が動いたのをランファは感じた。

ミルフィーユはまだ起きているのだろうか、そう思いつつ彼女のベッドを目指して薄暗い室内を進んでいく。

そこで飛び込んできた光景にランファは目を疑った。

ベッドから上半身を起こしたミルフィーユ。

右手にはナイフが握られ、その刃先は今まさに手首にあてがわれようとしていた。

考えるよりも早く、身体が反射的に動き、そのナイフを叩き落とす。

ナイフがカラカラと音を立てて床を転がっていった。

「・・・・・・なに、してるの? あんた・・・」

「・・・・・・」

「なにしようとしてたのよっ!? あんたはっ!!」

ミルフィーユの胸倉を掴み、一気に自分のほうに手繰り寄せる。怒りに顔を歪ませるランファをよそに、未だ能面のような表情を浮かべるミルフィーユは、ただ一言、言葉を紡いだ。

「・・・・・・なんで止めるの? 」

その一言はランファの逆鱗に触れた。本気で放たれた平手がミルフィーユの頬を弾き飛ばす。

「なんで、ですって!? あんた、それ本気で言ってんの!? ふざけんじゃないわよっ!!」

「・・・・・・」

「あんたこそ何よ! あたし言ったわよね!? タクトは死んだって決まったわけじゃないって! なのに何を勝手に決めつけて、諦めてるのよ! あんた、タクトの恋人でしょ!?」

『タクトの恋人』という言葉に、初めてミルフィーユが反応を見せた。ゆっくりと顔を上げ、震える瞳がランファを映す。

「恋人のあんたが真っ先に諦めてどうするのよ!? 恋人のあんたが信じてあげないでどうするのよ!! もしこのまま諦めるっていうんなら、あたしあんたのこと許さないからね!? 絶対に許さないんだからね!?」

ミルフィーユの瞳から涙が零れた。

1つ。

また1つ。

それは留まることを知らない。

やがてミルフィーユが声をあげて泣き出す。それは、彼女が目を覚ましてから初めて見せた感情だった。

ランファはベッドに腰掛け、泣きじゃくるミルフィーユを自分の胸へを抱き寄せる。ミルフィーユもそのぬくもりに縋るように、彼女の背中へ手を回す。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! タクトさんに逢いたい・・・! タクトさんに逢いたいよぉ!!」

「逢えるわ! 逢えるわよ、絶対に! タクトがあんたを残して死ぬわけないじゃない!! そのうちこっちの心配も知らないでへらへらと帰ってくるに決まってるんだから!! その時は思いっきり抱きついて、そして思いっきり引っ叩いてやりなさいっ!!」

「うん・・・・・うん・・・っ! ランファぁ・・・ランファぁ・・・!」

ミルフィーユの抱きしめる力が強くなる。ランファの瞳からも一筋の涙が零れた。

泣きたければ泣いたって構わない。そのための胸ならいつだって貸してあげるから。一緒に泣いてあげられるから。

だから、お願い――――

あなたも信じることをやめないで―――――

ランファはミルフィーユが涙を止めるまで、決して離れることなく彼女を抱きしめ続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

つづく