ネフューリア率いるヴァル・ファスク艦隊との最終決戦から1ヶ月――――

 

 

 

 

 

 

エルシオールとエンジェル隊はトランスバール皇国最辺境のガイエン星系へ向かって航行していた。

先日その地で起こったロストテクノロジー調査艦隊の謎の失踪事件、その原因究明の任務を受けたためだ。

しかし、それが表向きの理由でしかないことは明白だった。

おそらくここにいる全員が既に確信めいたものをもっているに違いない。自分達がこの任務を受けた本当の理由を・・・・・・

それは、おそらく―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GALAXY ANGEL 〜Marital vows〜

 

 

〜第3章 悪夢の再来〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エルシオールがガイエン星系に到着するまで残りおよそ数時間の距離まで迫ったころ――――

フォルテは心なしか足早にブリッジへと続く通路を進んでいた。ガイエン星系に着く前にどうしても確認しておきたいことがあるためだ。

いや、本当なら確認などする必要もないのかもしれない。しかし、それでもやはり確認せずにはいられなかった。

フォルテはやや厳しい表情でブリッジの扉をくぐる。

「ん? なんだフォルテじゃないか。どうした、お前が1人でここに来るなんて珍しいじゃないか。何か問題でも発生したか?」

扉の開く音で気付いたレスターがフォルテの元へと歩み寄ってきた。

「いやなに、もうすぐガイエン星系だろ? 到着する前に確認しておきたいことがあってね。それにしても・・・・・・」

フォルテは今し方レスターがいた場所へと視線を滑らせる。そこには、おそらく今回の任務に関連する様々なデータであろう、そのウィンドウが所狭しと表示されていた。本当に、この男はとことん仕事熱心だね、と内心フォルテは呟く。

タクトがいたときには彼に気が取られて気付かなかったが、おそらくこんな光景はずっと前から続いていたのだろう。陰ながら常にタクトを支えて・・・・・・。自分達とタクトが深い信頼関係を築けたのも彼がいてくれたからと言っても過言ではないかもしれない。

「あぁ、あれか? 今回の任務について頭に叩き込んでおかなくちゃならないことが大量にあってな。司令官という立場上なおさらだ。全く、猫の手も借りたいというのはまさにこのことだよ」

フォルテの視線が向かう先に気付いたレスターが、溜め息まじりに答える。

「同情するよ、司令官殿。でも、仮にタクトがいたとしても状況にさして変化はないんじゃないのかい?」

「同感だ」

即答するレスター。だがその口調はどこか穏やかだ。

「しかし、俺には司令官という肩書きはどうもな。やはり俺は副司令という立場が一番しっくり来るよ。実際アルモとココも今だに俺を副司令と呼んでいるしな。ま、俺が認めているんだが」

「そうかい。じゃ、あたしも今まで通り副司令と呼ばせてもらうよ。いいかい?」

「あぁ、構わん。どうせ近い内にまたそうなるんだからな」

その言葉の意味することは、レスターもまたタクトを信じているということ。

フォルテが微笑む。

「・・・・・・話がそれてしまったな。それで? 確認しておきたいことというのはなんだ?」

レスターの言葉に、僅かに緩んでいた表情を再び厳しいものに戻し、フォルテが答える。

「そうだね。単刀直入に聞くよ。副司令は今回の一件、どう見る?」

その問いかけに、レスターも表情を厳しいものに変えた。

「今更だな。お前のことだ。とっくに検討はついているんだろう?」

「まぁ、ね。だけど、それでもやっぱり確認しておきたかったんだよ。もしかしたら、あたしの思い過ごしかもしれないしね」

「・・・・・・」

レスターは何も答えない。いや、それが答えだった。

「でも、その様子じゃ僅かな希望も叶わなかったみたいだ・・・」

「気休めを言ってもしょうがないからな。俺も単刀直入に言おう。今回の一件・・・この先俺達を待ち受けている者・・・。それは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――ヴァル・ファスク、と見てまず間違いないですわね・・・・・・」

同じ頃、エルシオールのティーラウンジでもまた、ミント、ランファ、ちとせの3人が今回の一件について話し合っていた。

「エルシオールと紋章機は現在の皇国軍においてまぎれもなく最大戦力ですもの」

「いくら調査艦隊が消息を絶ったと言っても、それだけの理由で最大戦力をこんな辺境へ向かわせるなんてこと、普通に考えればありえるはずがない・・・ということですね」

ちとせの見解にミントが頷いた。ランファがちとせに続くように言葉を紡ぐ。

「最大戦力でなければ渡り合えないほどの脅威、か。解り易すぎて嫌になるくらいの方程式ね・・・」

「・・・覚悟は、していたつもりです。でも・・・できれば、間違いであってほしい・・・・・・」

「・・・・・・あと少しで、嫌でも結果がわかりますわ」

最悪の結果が・・・・・・

ミントはその言葉を心の中で押し止めた。口にしてしまえば現実になってしまいそうだから。微かな希望も消えてしまいそうだから。

瞳を閉じて俯くミント。

既に冷たくなってしまった紅茶が、彼女の姿を悲しげに映し出していた。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

「あ、ヴァニラ。ケーキに使うフルーツ、用意しておいてもらえるかな」

「はい」

ミルフィーユに言われた通り、ヴァニラはすぐに行動に移る。ヴァニラは今ミルフィーユの部屋で彼女のお菓子作りの手伝いをしていた。

既にミルフィーユのお菓子作りを何度も手伝ったことがあるヴァニラは、勝手知ったるといった様子で準備を進めていく。

「急にお手伝い頼んじゃってごめんね、ヴァニラ」

「いえ、構いません・・・。でも、今日は突然どうされたんですか・・・?」

当然の疑問だった。ヴァニラの背後には、既に様々なお菓子が所狭しと並べられているのだ。いくらミルフィーユの趣味だとしても、これは作り過ぎである。

「だって最近みんな元気がないんだもん。どうしてかは分からないけど。だから、おいしいお菓子を食べて元気になってくれればいいな〜って」

生クリームを泡立てながら、ヴァニラに微笑みかけるミルフィーユ。

その笑顔から、ヴァニラは視線を逸らし、何も言わずに再び黙々と準備をする手を動かし始めた。

 

 

 

 

 

 

しばし無言の時が続く――――

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・ミルフィーさんは、今回のこと、どうお考えですか・・・?」

視線は手元に向けたまま、ヴァニラは言葉だけをミルフィーユに投げかけた。

「今回のことって・・・調査艦隊の失踪事件のこと?」

「はい・・・」

ミルフィーユは調理の手を止めて、「う〜ん・・・」と首を傾げる。そして閃いたというように手をポンッと叩き、自身満々な口調で言った。

「それはきっと宇宙人のしわざだよっ」

「・・・・・・」

あまりにもナンセンスな回答に言葉を失うヴァニラ。そんな彼女をよそにミルフィーユの的外れな説明は続いていく。

「トランスバールを狙って悪の宇宙人が次元の彼方からやってきたんだよ。昔テレビで見た漫画みたいに、目からビームを出したり口からバズーカを撃ったりする凶悪な宇宙人が―――

だが、そこまで言ったところで、これまで楽しそうに話していたミルフィーユの声が急に沈んだ。

「・・・・・・なんて。もしそうだったらどんなにいいかな・・・」

ヴァニラが驚いて顔を上げると、今にも泣き出してしまいそうな、悲しい笑顔がそこにあった。

「・・・ごめんね、ヴァニラ。本当は、わかってた・・・・・・。これからあたし達を待っているのが何なのかも・・・。それが、みんなから元気を奪っている理由だってことも・・・」

「ミルフィーさん・・・・・・」

「でもね、僅かでも違う可能性があるならって、思ってたんだ。何もなければ、それが一番だから――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、無常にも彼女の言葉は、第一戦闘配備を告げるけたたましい警報によって掻き消されてしまうことになる――――

 

 

 

 

*

 

 

 

「エンジェル隊、全機の搭乗を確認しました」

アルモの報告を聞いて、レスターがエンジェル隊全員に対して通信回線を開く。

「エンジェル隊、聞こえているか? 状況は紋章機に送ったデータの通りだ」

「あぁ、バッチリ届いてるよ。まったく、こうして鮮明な映像で見ると嫌でもわかるもんだね」

「トランスバールには存在しない、あの禍々しい独特のフォルム・・・忘れるはずがありません」

「ヴァル・ファスク・・・・・・ッ!」

ランファが操縦桿をきつく握り締めながら、険しい眼つきで目の前の脅威を見据える。避ける事の出来ない運命・・・・・・ついにそのときが来てしまったのだ。

「ヴァル・ファスクの艦隊がここにいるということは、調査艦隊の方達は、やはり・・・・・・」

悲しみの色に染まるヴァニラの声。その言葉を継ぐものはいない。もはや彼らは生きてはいないだろうなどと、そんな悲しいこと、わざわざ口にすることはない。

「・・・それで副指令。あたし達はどうしたらいいんだい?」

重い空気を振り払うかのようにして、フォルテはレスターに指示を促す。今は悲しむよりも先にすべきことがあるから。

「見たところ敵は小規模だ。あの程度でエルシオールを落としにきたとは考えにくい。俺達の戦力調査が目的と考えたほうが自然だろうな」

「なるほどね。なら、敵にあたし達の情報を持ち帰らせるわけにはいかないね」

「あぁ、その通りだ。作戦目標は敵機の全滅だ。エンジェル隊、発進せ――――

「!? ま、待ってください副司令!」

アルモの切迫した声がレスターに静止をかけた。完全に出鼻を挫かれたレスターは、やや苛ただしげに声を上げる。

「っ・・・! 一体どうした!? 何か問題でも発生したのか!?」

「そ、それが、救難信号です! 本艦に救助を求めている船があります!」

予想外のトラブルが発生した。いや、予想外だからこそトラブルというんだろうが、それにしても度合の桁が違う。

ヴァル・ファスクを前にして、なんてこった――――!!

心の中で悪態をつきながら、レスターは救難信号の発信元の特定を急がせる。

――――救難信号の発信元、確認できました! モニターに出します」

「こいつは、手酷くやられたもんだね・・・」

映し出された小型船の凄惨な状態に、フォルテが言葉を漏らす。この状態では、いつ爆散しても不思議ではない。

「所属、船籍、共に不明。トランスバールのデータベースには存在しない船です」

「トランスバールの船ではないとしたら、ヴァル・ファスク・・・?」

「しかし、それにしてはあまりにも雰囲気が違いすぎるとは思いませんか?」

「・・・ココ、もう一度敵艦隊の配置をモニターに出してくれ」

その指示に数秒の遅れもなくモニターに表示される敵艦隊の配置図。

「・・・・・・・・・フォルテ」

「あぁ、たぶんあたしも副司令と同じことを考えてるよ」

「? どういうことですか、フォルテさん」

二人の会話のやりとりが理解できなかったランファが説明を求める。

「さっきから気になってはいたんだけどね。敵さん、侵攻してきたわりには妙に浮き足立ってるなって」

「そういえば、確かに少し動きがぎこちないような気が・・・・・・。!? まさか―――

ランファの中でも1本の線が繋がった。それが間違いでないことを証明するかのようにレスターがフォルテの言葉を継ぐ。

「敵もおそらく動揺していたんだ。飛び込んだこの星系に俺達がいたことに。つまり、敵の本来の目的はあの小型船の追跡であって、この遭遇は不運な偶然だったというわけだ」

肯定するようにフォルテが頷く。

「どうするんだい、副司令。敵さんがここまで追ってくるくらいだ・・・。あたしとしてはあの小型船、助ける価値はあると思うけどね・・・」

「だが、敵の敵が味方、とは限らん。俺としては正体のわからんものを抱え込みたくはないんだがな」

「・・・・・・」

「しかし、タクトなら間違いなく助けることを選ぶだろうな」

僅かに笑みを浮かべて、感慨深い口調でレスターが言う。その言葉にエンジェル隊全員がハッとした。

「副司令・・・!」

「作戦変更だ! エンジェル隊は小型船の救助を最優先。小型船を収容した後、一気に攻勢に転じて敵を畳み掛ける! 言うほど簡単な作戦じゃないだろうが――――

レスターはエンジェル隊1人1人の顔を見渡す。そして・・・・・・

「・・・お前達を信じる――――!」

一点の曇りもない、力強い言葉だった。それは、エンジェル隊全員の心に深く染み渡っていく。

「そこまで言われちゃ、期待に応えないわけにはいかないねぇ」

「お任せください。何か不穏な空気を察知したらすぐにお知らせしますわ」

「頼む。エンジェル隊、全機発進せよっ!」

 

 

 

 

 

 

 

レスターの命令と共にエルシオールから射出される6機の紋章機。

その中でミルフィーユは、瞳を閉じて意識を自分の内へと向けていた―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当なら、訪れてほしくない未来だった・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう少しだけでも、平和な時間が続いてほしかった・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも・・・・・・束の間の平和は終わり・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新たな戦いが始まる・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはきっと、これまでで最も過酷な戦い・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも、負けるわけにはいかない・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トランスバールの未来を護るためにも・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてなにより、タクトさんにまた逢うまでは・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたしは、負けない・・・っ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミルフィーユがゆっくりと瞳を開く。目の前の暗黒を見据え、操縦桿を握り締める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甲高いエンジン音と共に、6機の紋章機は敵機に向かって加速していく。

僅かな時の後、宇宙には数多の光の線が描かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、新たな戦いの幕は切って落とされたのだった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく