トランスバール最辺境のガイエン星系において、再びその姿を現したヴァル・ファスク・・・

だが、ヴァル・ファスク艦隊の目的はエルシオールではなく、1機の小型船の追撃だった。

エルシオールとエンジェル隊は苦戦をしいられながらも、ヴァル・ファスク艦隊の撃退に成功。小型船の救出に成功した。

慎重に、エルシオールへと収容される小型船。

この出来事を口火に、物語はさらに加速していくことになる――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GALAXY ANGEL 〜Marital vows〜

 

 

〜第4章 蘇る神話〜

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・で、何でこんなに格納庫が賑わっているんだ・・・?」

誰に投げかけることなく紡がれた静かな問いかけ。

格納庫に辿り着いたレスターの第一声がこれだった。

小型船に乗っているのがどのような人物なのか。敵なのか、味方なのか。それを見極めるために、気を引き締めてこの場に来たレスター。

だが、現場はエルシオールの乗組員が収容された小型船のまわりに群がり、異様に賑わっているという現状。彼の言葉も尤もだろう。

「みんなトランスバールの外から来たっていう船に興味津々なんですよ」

レスターの問いに律儀に答えたのは整備班長のクレータ。

レスターは盛大な溜め息を一つ吐く。

「まったく呑気なものだな。何が起こるかもわからんというのに・・・」

「あはは・・・。みんなもうこの手のことには慣れちゃってるんでしょうね。これまで色々ありましたから、この船は。もはや多少のことでは動揺しないと思いますよ、みんな」

「医者としては、そういうのあんまり歓迎できないんだけどな。小さな油断が大事故につながるんだから」

クレータの傍らで突如不満そうな声が上がった。クレータが声の主へと向き直ると、そこには表情を僅かに曇らせた船医のケーラの姿があった。

レスターは『そういうあんたはどうしてここにいるんだ』と問いかけようとも思ったが、言ったところで軽く流されて終わりそうな気がするので、それは心に留めておいた。

 

 

「あ、小型船から誰か出てくるみたいですよ」

クレータの言葉にレスターは再び表情を引き締め、鋭い眼つきで小型船を見据える。集まっていた乗組員もそれに気付いたのか、水を打ったように静まり返った。

周囲の視線が集まる中、開かれた小型船の搭乗口に2つの人影が浮かび上がる。

1人は金色に輝く綺麗な髪を腰のあたりまで伸ばした清楚な感じの少女。淡い水色と白の優美な衣装を身に纏い、額には逆三角形の紋様のあるティアラを付けている。

もう1人は、スラリとした細身の体に紫色の大きめな衣装を着用している、金色の髪の少年だった。額に少女と同じ紋様のティアラを付けている。

エルシオールに降り立った二人のところにレスターが歩み寄ったところで、少女のほうが微笑みながら言葉を紡いだ。

「まずは、お礼を述べさせてください。私達を救助してくださったあなた方に心からの感謝を」

「感謝を・・・」

少女に続くように、傍らの少年も感謝の言葉を紡ぐ。しかし、レスターは表情を崩さない。

「別に礼はいいさ。それよりも単刀直入に聞きたい。君達は何者だ・・・?」

「申し遅れました。私はルシャーティと申します。こちらは弟のヴァイン。ある噂を信じて、命からがら私達の星から逃れてきたのです」

「噂・・・? いや、それよりも君達の星とは・・・?」

レスターの問いかけにルシャーティは悲しげに瞳を伏せる。

そして

「・・・・・・EDEN。私達はEDENの民です・・・」

紡がれた言葉は驚くべき事実。誰もが瞬時に理解することができない、想像を絶するものだった――――

 

 

 

 

 

 

事が事なだけに、レスターは場所をゲストルームへと移した。今この場にいるのはレスター、ルシャーティ、ヴァインの3人だけだ。

「そういえば挨拶がまだだったな。俺はレスター・クールダラス。この艦、エルシオールの司令官だ」

その言葉にルシャーティが僅かに驚きの声を上げる。

「え・・・? この艦の司令官はタクト・マイヤーズ様では・・・・・・」

「タクトを知っているのか?」

「は、はい・・・。マイヤーズ様の勇名は私達の星にも届いていますので。でも、ではマイヤーズ様は・・・?」

「あいつは今ここにはいない。ちょっと訳ありでな」

レスターの答えは漠然としたものだった。

ルシャーティとしてはもう少し詳しく聞きたかったのが、レスターの様子から、彼がこれ以上この話をするつもりがないということを悟り、仕方なく引き下がる。

一呼吸の間の後、レスターが再び口を開いた。

「まず確認したい。本当に、EDENは今も現存しているのか?」

「はい。EDENはクロノ・クエイクの後も滅びてはいません。僕たちのいた惑星ジュノーを中心に存続していました。しかし・・・」

ヴァインの声が沈む。

「その後、EDENはヴァル・ファスクの軍勢の侵攻を許し、完全に支配されてしまったのです・・・」

力なく項垂れてしまったヴァインに代わって、ルシャーティが続ける。

「私達はヴァル・ファスクの圧制からEDENを救ってくれる存在を求めていました。そんな時耳にしたのが、トランスバールという星系にヴァル・ファスクのネフューリアを討ち倒した人々がいるといううわさでした。そう、あなた方のうわさです。私達はそれを信じてEDENから脱出してきたのです」

ルシャーティはそこで一度言葉を区切り、縋るような眼差しをレスターに向けた。

「どうかEDENを・・・私達の星を救ってください。ヴァル・ファスクに対抗するにはあなた方のお力がどうしても必要なのです!」

「・・・・・・なるほどな、それでこの艦やタクトのことを知っていたというわけか。君達の言いたいことは分かった」

「では・・・!」

ルシャーティが歓喜の色の染まった声を上げる。しかし、続くレスターの言葉は彼女が期待していたものではなかった。

「だが、すぐには返答することはできない。この件は俺一人の範疇で決められるものではないからな。今の話は、皇国の本星に報告させてもらう。そこで何らかの判断がくだされるまで、君達はこの艦で保護する」

「そんな・・・!」

「姉さん、落ち着いて・・・」

期待を裏切られ、悲痛な声を上げてレスターの前に身を乗り出さんとするルシャーティをヴァインがなだめる。

「それから皇国軍の規則に従って身体検査も受けてもらう。感染症にかかっていないかなどを調べる簡単なものだ。検査の結果が出るまでは外出も控えてもらう。何かあったら乗組員を呼んでくれ」

「・・・・・・」

ルシャーティは俯いたまま、何も答えない。代わりにヴァインが口を開く。

「承知しました。私達を保護してくださるだけでも感謝します。どうか、よろしくお願いします」

レスターは軽く頷き、二人を残してゲストルームを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

ヴァル・ファスクやEDENのことをトランスバール本星に報告して数日―――

ルフトから次の指示を受けたレスターは、今、居住スペースの通路を歩いていた。

向かった先はフォルテの部屋。レスターは彼女の部屋のインターフォンを鳴らし、部屋の主に向かって呼びかけた。

「フォルテ、いるか? 少し話があるんだが」

『その声は副司令かい? ちょいと待っておくれ』

僅かな間の後、部屋の扉が開き、中からフォルテが出てきた。

「めずらしいね、副司令があたしの部屋に来るなんてさ。何だい、話って」

「あぁ。さっきルフト将軍から連絡があったんで、今後の方針をお前にも伝えておいたほうがいいと思ってな。俺達はこのままガイエン星系に留まり、周辺宙域の調査を行うことになった。まぁ、現状維持ということだな」

「現状維持ねぇ。要するに体よく隔離されたと」

「そう言うな。あの2人が本当にEDENから来たという確たる証拠がないからな。仕方のないことなんだろう」

「まぁ、そうかもね。他には何かあるのかい・・・?」

フォルテが続きを促す。

「もう一つは白き月が現在この宙域に向かっているということだな」

「・・・・・・は?」

ポカンと口を開けるフォルテ。レスターは苦笑いしつつ言葉を続ける。

「お前の反応も尤もだと思うぞ。俺もさっきルフト将軍から言われたときはすぐに理解できなかったからな。だが事実だ。白き月は現在この宙域に向かってクロノ・ドライブの最中だ。数日のうちに俺達と合流する予定だ」

「・・・白き月が動いている、か。それだけシャトヤーン様も、そしてノアも今回の件を重く見ているってことだね」

「あぁ」

レスターが頷く。

「合流次第あの二人とシャトヤーン様が会談する予定だ。その会談にはエンジェル隊も出席してもらいたい。おそらくその結果が今後の指針になるだろうからな」

「そうだね。今のあたし達にはEDENやヴァル・ファスクに関する情報も不足しているわけだし・・・。了解だよ。他のみんなにはあたしから伝えておく。連絡はそんなところかい?」

「・・・そうだな、連絡はこんなところだ」

「・・・『連絡は』ってことは他にも何かあるってことだね?」

探るような口調でレスターに問いかけるフォルテ。レスターは僅かに考えた後、口を開いた。

「実は一つお前に頼みたいことがあってな。さっきケーラ先生からEDENから来たあの二人の検査結果が出たという連絡があった。異常はないということだから、お前にはあの二人にエルシオールを案内してもらいたい」

「・・・なるほどね。それが副司令がここにきた本当の目的ってわけか」

フォルテにはレスターの言葉の裏に隠された真意が正確に理解できた。

「おかしいとは思ってたんだ。さっきの連絡だけなら何もわざわざ会いに来なくても通信で十分だったはずだ。それに案内ならあたしよりももっと適した人間がいるはず。だが、副司令はわざわざこうしてここに足を運び、あたしに案内を頼んでいる。それは何故か。理由は簡単、それがただの案内じゃないってことさ。案内とはあくまで表面上の理由、本当の目的は監視。だからあたしにこうして頼みに来た。違うかい・・・?」

確信に満ちた眼差しを向けてくるフォルテに、レスターは軽く嘆息した。

「・・・お見通しか。お前の言う通りだよ。案内には監視という意味も含まれている」

「やっぱりね。それなら確かにあたしが一番適任だ。あの娘たちにはこんな仕事は向かないからね」

「・・・すまない。お前には嫌な役を押しつけるな」

申し訳なさそうに瞳を伏せるレスター。その肩にフォルテは軽く手を乗せ、小さく呟く。

「あんたの判断は間違っちゃいないさ・・・。もしあたしが同じ立場だったら、やっぱり同じことをしたよ」

「・・・そうだな。司令官として、俺の判断は間違ってはいないんだろう。だが・・・・・・」

レスターは重い溜め息を一つ吐く。そして、やりきれないという様子で小さく言葉を紡いだ。

「・・・無条件で信用してやれないというのは、やはり辛いものがあるな・・・・・・」

フォルテはまた一つ、これまで気付かなかったレスターの一面を垣間見た。冷静沈着で軍人の模範というイメージのあった彼の隠された優しさ。軍人としては甘すぎるくらいの。タクトに対して厳しいことを言っていた彼も、実はどうこう言える立場ではないのかもしれない。

フォルテはレスターに見えないように微笑み、彼の肩をポンポンと叩いた後、そのまま横をすり抜けて、ルシャーティとヴァインのもとへ向かったのだった――――

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

フォルテがルシャーティとヴァインを引き連れてDブロックの案内をしているときだった。

通路の前方から見慣れた5人が向かってくるのが確認できた。言うまでもなく、ミルフィーユ、ランファ、ミント、ヴァニラ、ちとせだ。

「あれ? フォルテさんじゃないですか。こんなところで何してるんです?」

フォルテの存在に気付いたランファが彼女に声をかけた。フォルテは視線をルシャーティとヴァインに向けながら答える。

「あぁ、あたしはこの2人にエルシオールの中を案内してるんだよ。副司令に頼まれてね。そういうあんた達は揃ってどこにいくんだい?」

「私達はシミュレーションルームにちょっと・・・」

「シミュレーションルーム? なんでまた――――

シミュレーションルームを利用することは別におかしいことではないが、この5人が全員揃って一緒に利用するということはあまり見られる光景ではない。

フォルテは疑問を口にしようとするが、そこで彼女の傍らにいたルシャーティがおずおずと声を上げた。

「あの、フォルテさん。この方々は一体・・・」

「え? あぁ、そういえば初対面だったね。ってあたしもさっき会ったばかりなんだから当然か。ごめんごめん。この娘たちはあたしと同じムーンエンジェル隊のメンバーさ」

「では、この方達が・・・・・・」

ルシャーティは1歩前に進み出て、ペコリと可愛らしいお辞儀をする。

「初めまして。ルシャーティと申します。こちらは弟のヴァイン」

「よろしくお願いします」

ルシャーティに倣い、ヴァインも軽く会釈する。それに続くように、エンジェル隊の面々も一人一人自己紹介を始めた。

「ミルフィーユ・桜葉です。よろしくね。ルシャーティさん、ヴァインさん」

「ランファ・フランボワーズよ。よろしくね」

「ヴァニラ・Hです・・・。よろしくお願いします」

「烏丸ちとせです。エンジェル隊の中では一番の新米ですが、よろしくお願いします」

「ミント・ブラマンシュですわ。できれば私達も一緒にお二人をご案内して差し上げたいのですが、今はちょっと用事がありまして・・・」

「そうそう。あんた達は何でシミュレーションルームに行くんだい? しかも全員揃って」

ミントの言葉に、フォルテははじめに問いたかった疑問を思い出し、改めてそれを口にした。

しかし、その問いに答えたのはミントではなく、以外にもミルフィーユだった。

「この間のヴァル・ファスクとの遭遇戦・・・・・・。フォルテさんも改めて認識しましたよね。ヴァル・ファスクの恐ろしさを。これからの戦いはもっと激しさを増していくはずです。だから、少しでも強くならなくちゃいけないって、思ったんです。それで、シミュレーションルームでトレーニングを・・・」

「この間の遭遇戦、勝ちはしましたけど不本意な結果でしたからね。さすがに今まで通りに構えてはいられないですよ」

「約束をしていたわけではないのですが、皆さん同じ気持ちだったようで、いつの間にかこうして集まってしまったんです」

ミルフィーユに続いてランファとちとせが答えた。

「・・・そういうことだったのかい。わかった、引き止めて悪かったね。あたしも後からシミュレーションルームに顔を出すようにするよ」

「わかりました。それでは、ルシャーティさん、ヴァインさん。申し訳ありませんが、私達はこれで・・・」

そう言って去っていく5人。

「・・・皆さん流石ですね。決して己の力を過信することなく、さらなる高みを目指して努力を惜しまない。数多の戦いを勝利してきたことも納得できます」

ヴァインが賞賛の声を上げる。

しかし、フォルテは何も言わず、5人の後姿を神妙な面持ちで見送っていた。

ヴァル・ファスク・・・確かに驚異的な力を持つ存在には違いない。だが、先日のヴァル・ファスク艦隊との遭遇戦での苦戦の理由は決してそれだけの理由ではないのはわかりきっている。

どんなに前向きな姿勢でいたとしても、心の奥底に刻まれている不安は隠すことが出来ないのだ。タクトがいないという不安を・・・。遭遇戦の苦戦は、H.A.L.Oがそれを敏感に感じ取った結果だ。

しかし、彼女達はそんな不安を抱えながらも、必死に自分達の力で何とかしようとしている。

本当に、強い娘達だよ。ランファも、ミントも、ヴァニラも、ちとせも、そして、ミルフィーも・・・・・・。

「・・・フォルテ、さん? どうかなされましたか・・・?」

黙り込んでしまったフォルテに、ルシャーティが心配そうに声をかけた。フォルテは軽く頭を振り

「・・・いや、何でもないよ。あたし達も次の場所にいこうか」

そう言い、二人を促して歩き出した。

途中、二人に気付かれないように帽子を深く被り直して・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

 

ルフトより白き月がガイエン星系に向かっていることを知らされてから数日後、予定通りエルシオールは白き月と合流を果たした。

ノアに促されたこともあり、早々にレスターは、エンジェル隊、ルシャーティ、ヴァインを連れ、二人の管理者が待つ白き月の謁見の間へと向かった。

まずはレスターとエンジェル隊が、続いてルシャーティとヴァインがシャトヤーンとノアに挨拶を交わす。

それが済んだところで、ノアが早速本題に入った。

―――で、いきなりで悪いんだけど、あんた達がEDENから来たっていう証拠はある?」

「証拠、ですか?」

「そう。それがなければ、この会談も全く意味を成さないわ」

「・・・・・・」

ルシャーティは僅かな間の後、ヴァインに視線を投げかける。それを受けて、ヴァインは小さく頷いた。

「では、これが私達の身の証を立てる証拠になるかはわかりませんが・・・・・・」

ルシャーティはゆっくりと瞳を閉じ、奏でるように言葉を紡ぎだした。

「楽園より生まれし、黒と白の愛しい子よ。無限と有限の狭間をたゆたいて、時を超え、時を待つ者。我が意に応えよ。我、汝らの母――――EDEN」

突如、場が白い光で埋め尽くされる。しかし、それもほんの一瞬の出来事。次の瞬間には、そこには全く別の光景―――宇宙が広がっていた。もちろん映像ではあるが。

「あれは――――!」

エンジェル隊やレスターが動揺する中、驚愕に満ちたノアの声が響いた。その理由は彼女の視線の先にある1つの星。ノアにとって、それは忘れようもない、大切な星。

「あれは・・・EDEN・・・・・・。忘れるはずがない・・・。あたしが・・・・・・あたしが、生まれた場所・・・」

ノアの瞳に涙が滲む。

が、ノアは零れ落ちそうになる涙を必死に堪えて、再びルシャーティに向き直った。

「あたしやシャトヤーンも触れることが出来ない情報を自由自在に閲覧できるなんて・・・。あんた達は一体・・・。!? まさか―――

ノアの脳裏に、1つだけ、それが可能な存在が浮かび上がった。そして、続くルシャーティの言葉から、ノアはそれが間違いではないことを知る。

「ノアさんの考えている通りだと思います。私もシャトヤーンさんやノアさんと同様、『管理者』と呼ばれている者です。私は、ライブラリの管理者です」

「・・・やっぱり。いえ、それ以外に考えられないものね」

「ちょっとノア。一人で納得してないで、あたし達にもわかるように説明してよ。ライブラリって何?」

二人のやりとりに完全に置いてきぼり状態だったメンバーを代表して、ランファが抗議の声を上げた。

「ライブラリっていうのは、EDENの全ての情報とテクノロジーの集積地よ。そこに無いものは、何一つ存在しない。いわば、銀河全ての英知が集結する場所。黒き月と白き月のデータベースも、そこから構築されたものよ。ある意味では生みの親と言っても過言ではないわね。そのライブラリの管理者なら、白き月のデータベースにアクセスすることも簡単なはずだわ」

「つまり管理者と呼ばれる者の中でも最上位に位置する者ということか。身の証としては十分だな・・・」

「そういうことになるわね・・・。疑って悪かったわ。ルシャーティ、これまでのEDENとヴァル・ファスクについて詳しい状況を教えてくれる?」

「はい・・・。クロノ・クエイクによってズタズタになっていた宇宙がようやく安定し始めた頃・・・、突如ヴァル・ファスクの軍勢がEDENに侵攻してきました。ヴァル・ファスクの力は圧倒的で、衰退していたEDENでは戦争と呼べる状況にすらなりませんでした。EDENは、一夜にしてヴァル・ファスクに制圧されてしまったのです・・・」

「ちょっと待って! 一夜、ですって!? ありえないわっ!!」

悲鳴にも近いノアの声。しかし、ルシャーティは静かに頭を振って、それが真実だということを示すだけだった。

「そんな・・・。いくらクロノ・クエイクの影響でEDENが衰退していたからと言ったって・・・」

「確かにな。ヴァル・ファスクだってクロノ・クエイクの影響を受けたはずだ。ヴァル・ファスクもEDENと同じように衰退していたと考えるべきだろう?」

「レスターさんのおっしゃっていることは尤もだと思います。しかし、両者のスタンスに違いがあったとしたらどうです?」

「・・・どういうことだ?」

「クロノ・クエイクが起こることを予め知っていた者とそうでない者の違い、ということです」

ヴァインの言葉にレスターがピクリと眉を寄せた。

「・・・言っていることがわからんな。クロノ・クエイクは天災のようなもので、事前に構えておくなんてことはできなかったはずだろう」

「そうですね。本当にクロノ・クエイクが伝えられている通り、原因不明の天災の一種だとしたら、ですが・・・」

「違う、というのか・・・?」

レスターが問いかけるが、ヴァインはすぐには答えない。

僅かな沈黙の後、ヴァインはその場の全員に視線を送り、重い口調で静かに言葉を紡いだ。

「・・・・・・これからお話することは、おそらく皆さんの想像を絶するものだと思います。僕も、そして姉さんも、このことを知ったときには平静でいられませんでしたから・・・。ですが、全て真実です」

ヴァインの言葉が発する重圧感に、固唾を呑む。

「・・・クロノ・クエイクは天災などではありません。ヴァル・ファスクが人為的に引き起こした未曾有の厄災・・・それがクロノ・クエイクの真相です」

瞬間、場の空気が完全に凍りついた。当然だ。想像を絶するというレベルではない・・・。想像すらしなかったのだから・・・。

レスターは、身体が震えるのを必死で堪えながら、何とか声を出す。

「ば、ばかな・・・。ヴァル・ファスクが・・・クロノ・クエイクを引き起こしただと!?」

「はい。目的はもちろん敵であるEDENの力を削ぐためです」

「冗談にしては笑えないね・・・・・・」

「初めにも言いましたが、決して冗談なんかではありませんよ。これは、ライブラリの情報より得た、まぎれもない事実です」

淡々とした口調でヴァインが言う。そこには、嘘を言っている様子など欠片もない。だが、それでもヴァインの言葉が真実だとは、誰もが信じることができないでいた。

ただ一人を除いては・・・・・・

――――なるほどね。盲点だったわ・・・。まさか、そんな手があったなんて・・・。でも、確かに有効な手段だわ・・・・・・」

一人思考を疾らせていたノアが、静かにヴァインの言葉に同意した。驚愕の視線が一斉にノアに注がれるが、彼女はそのまま言葉を続ける。

「クロノ・クエイクであらゆる星系を孤立させ、その勢力を削ぎ落とし、クロノ・クエイクの影響が消えたその瞬間を狙って、一気に征服し尽くす・・・。ヴァル・ファスクにしてみれば、完全に自分達に有利な条件で戦える・・・・・・いえ、戦いにすらならない。たかだか数百年待つだけで、全てが手に入るんだもの。使わない手はないわ・・・」

「ちょいと待っておくれよノア。その数百年っていうのが何よりの問題なんじゃないのかい? その間にヴァル・ファスクも衰退したって不思議じゃない」

「奴らは衰えませんよ」

フォルテの尤もな疑問をヴァインが否定した。

「皆さんも既にご存知かと思いますが、奴らは我々人類とは根本的に違います。奴らにとっては数百年など、たいした時間ではないのです」

「人間よりも、寿命が長いということですか・・・?」

「端的に言えば、そういうことです」

その言葉に、ノアが納得したというように頷く。

「そうだとすれば、奴らがクロノ・クエイクを持ち出してきたことも合点がいくわ。さすがにその方法まではわからないけど・・・。だとすれば・・・・・・ヴァイン、現在のヴァル・ファスクの指導者は誰?」

「・・・ゲルン。ヴァル・ファスクの長老ゲルンが支配者として君臨しています」

「・・・やっぱり。まだ生きていたのね・・・・・・」

「知ってるの? ノア」

「黒き月のデータベースの情報で見ただけよ。クロノ・クエイクが起きた600年前から、さらに遡ること数百年・・・。EDENに宣戦布告し、その後もヴァル・ファスクの頂点に君臨し続けた男。それが、ゲルン・・・・・・」

「一体そいつは何歳だよ・・・ってツッコミは置いとくとして、EDENの時代から今も変わらず体制を維持し続けているとは・・・つくづくヴァル・ファスクには驚かされるね。数百年越しの戦略プランなんて聞いたこともないよ」

フォルテが肩を竦めて言う。

「あたし達が相手にしようとしてるのは、そういうバケモノだってことよ。覚えておきなさい」

エンジェル隊全員が、ノアの言葉に神妙な面持ちで頷く。そこで、これまで成り行きを見守っていたルシャーティが再び口を開いた。

「ですが、ヴァル・ファスクにも思わぬ誤算がありました。それが、クロノ・クエイク後、トランスバールまで飛来した――――

「白き月と黒き月ってわけね。ま、黒き月は誰かさん達にブチ壊されちゃったけどさ・・・」

「ノア・・・視線が痛い・・・」

きつい眼差しを向けられて、ランファが引き気味に答える。

そんなやりとりの横で、ルシャーティの説明は続いていく。

「ヴァル・ファスクの誤算――――つまり、皆さんのことを知ったのは最近のこと。ライブラリに新たに収められた、皆さんがネフューリアを打ち倒したという記録からでした」

「驚いたね。ライブラリってのはトランスバールのことまでわかっちまうのかい?」

ルシャーティが首を横に振る。

「いいえ。ライブラリにはそのような機能はありません。ライブラリのメイン機能は情報とテクノロジーの集積と解析。その情報を収めたのは、他ならぬヴァル・ファスクです。もともとヴァル・ファスクはEDENそのものよりもライブラリを欲していましたから。手に入れた以上、有効に活用するつもりなのでしょう」

「他人のものを持ち出して利益だけを得ようなんて。つくづく腐った連中ね」

苛立ちを隠すことなく、刺々しい口調で言うノアの横で、ランファもうんうんと頷いている。

「・・・物心のついたころからライブラリに拘束されていた私にとって、皆さんはたった一つの希望に思えました」

「では、ルシャーティさんは子供のころからライブラリに・・・?」

「管理者の一族である私にしか、ライブラリを扱うことはできませんから・・・」

「・・・僕が、奴らに人質として捕らえられたばかりに・・・っ!」

ギリッと拳を握り締め、自分を責めるように言い放つヴァイン。

「そのせいでルシャーティは幽閉され続けていた、ってことかい・・・」

「許せません・・・っ!」

怒りに染まるちとせの声。他の面々も声にこそ出さないが、その思いは彼女と同じだった。

ヴァインの言葉が続く。

「僕は、姉さんを・・・EDENを救いたかった。それだけじゃない・・・。このままヴァル・ファスクを放っておけば、全銀河が危機に晒されるでしょう。だから、僕達はEDENを脱出してきたんです。皆さんという希望を信じて・・・」

「全銀河の危機、か。話を聞く前だったら実感がわかなかっただろうが、ヴァル・ファスクがクロノ・クエイクを引き起こすことが可能だと判明した以上、悠長なことを言ってはいられないな」

「・・・そのことですが、クロノ・クエイクに対する対抗策・・・もしかしたらライブラリより得られるかもしれません。逃げ出す前に情報を収集できればよかったのですが・・・。でも、またライブラリに戻ることができれば・・・」

「別に対抗策そのものじゃなくても構わないわ。600年前に起こったことの全て・・・それがわかれば、あたしが対抗策を立ててみせる・・・!」

「自信満々だな」

レスターの言葉に、ノアは浮かない表情で首を振った。

「そうでもないわよ。こればっかりはライブラリに触れてみないとわからないしね。でも・・・」

何かを懐かしむような優しい笑顔を浮かべるノア。

「前にあたしに言ったやつがいるのよね。『もし自分にできることがあるなら、それに全力を注ぐだけだ』って。だからあたしも自分にできることをする。全力で・・・!」

強い意志の篭った眼差しがレスターに向けられる。

レスターには、ノアの言葉の中に出てきた人物が瞬時にわかった。

ほんの一瞬だけ笑みを浮かべ、すぐに表情を引き締めるレスター。そして力強い声を発した。

「なら、俺達も自分にできることを全力でするだけだな。まずは判明した事実を本星に送り、シヴァ陛下やルフト将軍の指示を仰ぐ! エンジェル隊は別名あるまで待機! 第3戦闘配備とまではいかないが、それに準ずる状況と理解してくれ」

「「「「「「了解っ!」」」」」」

「ルシャーティとヴァインは、このままエルシオールに同乗してもらいたい」

「わかりました」

「皆様のお役に立てるのなら」

レスターは頷いた後、シャトヤーンのほうへ向き直る。

「シャトヤーン様にもご迷惑をお掛けします。しかし、例えこの地が戦場になったとしても、我々が必ずお護りしますので」

「そのお気持ちだけで十分です。ここにいるのは白き月の管理者の私の使命。クールダラス司令も私を気にせず使命を果たしてください」

「はっ!」

最後にレスターは敬礼をし、エンジェル隊、そしてルシャーティとヴァインと共に謁見の間を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく