(ここは・・・・・・どこ?)
ミルフィーユが虚ろな声でそう呟いた。
目の前に無限に広がる海よりも深い闇・・・・・・それが、彼女にその言葉を紡がせた原因だった。
右を見ても、左を見ても、上を見ても、下を見ても、視界には何一つ変化は無かった。ただ、星の煌きすらない闇が広がるのみ。
(誰か・・・・・・いないの?)
ミルフィーユの問いかけに返ってくる声はない。
恐怖心が込み上げてくる。
(誰かっ! 誰かいないのっ!? ランファッ! ミントッ! フォルテさんっ! ヴァニラッ! ちとせっ!!)
ミルフィーユは必死に声を上げ、懸命に呼びかける。だが、その声もただただ闇へと吸い込まれていくばかりで、やはり返ってくる声は何も無かった。
耐え切れず、ミルフィーユは走り出した。返ってくる言葉を求めて。出口も見当たらない、この果てしなく続く闇の中を、何処へ行くとも無く、ただひたすらに
――――
一体どれだけの時間を走り続けたのだろうか・・・。
何処までも変わらない光景に、とうとう恐怖心が限界を超えてしまったミルフィーユは、足を止め、その場に蹲ってしまった。
(・・・怖い・・・・・・怖いよ・・・・・・・)
膝を抱えて、瞳から大粒の涙を決壊させるミルフィーユ。
(誰か・・・・・・誰か助けて・・・。ランファ・・・ミント・・・フォルテさん・・・ヴァニラ・・・ちとせ・・・・・・・・・・・・・・・・・・タクトさんっ・・・!)
『ミルフィー・・・』
声が、響いた
――――ミルフィーユは弾かれたように顔を上げる。
彼女の視線の先、闇の中に一人の青年が立っていた。
(あ・・・・・・あぁ・・・・・・っ!)
ミルフィーユの瞳から、今度は別の涙がボロボロと零れ落ちる。見間違えるはずなど無かった。忘れるはずなど無かった。自分の愛する人の姿を・・・。
どれほどこの時待ち望んだことだろうか。
(タクトさん・・・・・・っ!)
ミルフィーユは駆け出す。
愛しい人の胸に飛び込むために。彼の名を、何度も呼びながら・・・。
だが、ミルフィーユがどんなに一生懸命走っても、タクトとの距離は一向に縮まらなかった。
(なんで・・・!? どうしてタクトさんのところに行けないの!? あそこにタクトさんがいるのに、どうして・・・!?)
タクトに向かって手を伸ばすミルフィーユ。しかし、その手はタクトへは届かない。
その時だった。これまで微動だにせずにミルフィーユを見ていたタクトがその身を翻し、ゆっくりと歩き出したのは。
(待って・・・行かないで、タクトさん!!)
ミルフィーユは必死に手を伸ばし、タクトに呼びかける。しかし、タクトはミルフィーユの言葉がまるで耳に届いていないという様子で、彼女との距離をどんどん広げていく。
タクトの向かう先に1つの巨大な影が現れる。ミルフィーユとタクトとの距離が開くごとに、その姿はどんどん鮮明なものになっていった。
(あれは・・・0番機!?)
ミルフィーユが驚愕の声を上げたのと同時に、タクトの姿が0番機の中へと消えていく。
(駄目っ! それに乗っちゃ駄目っ!! それに乗ったらタクトさんは・・・タクトさんは・・・っ!!)
ミルフィーユの静止の声も届かず、0番機が起動し、光の翼が展開される。それと同時にこれまで何もなかった闇は宇宙空間へと姿を変えた。そして、ミルフィーユのいる場所もラッキースターのコックピットへと変化していた。
突然の変化に戸惑うミルフィーユだが、状況は彼女にそんな時間を与えることなく、変動する。
目の前に現れたのは、距離感がつかめなくなるほどの巨大な機影
――――ヴァル・ファスクのネフューリアが乗っていた超巨大戦艦だった。対峙する0番機と巨大戦艦。そして、0番機のクロノ・ブレイク・キャノンの砲身が展開され・・・・・・
(駄目ぇぇーーーーーーーーーーーっっ!!)
発射された
―――――
巨大戦艦の爆発が0番機を飲み込んでいく。
ミルフィーユには、焦熱の炎に装甲を焼かれ、崩れ落ちていく0番機の姿が鮮明に見てとれた。
そして
――――――
『ぐああああああああああああああああああっっっ!!!!』
タクトの断末魔も
―――――――
「いやあぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっっっ!!」
悲鳴を上げて、ミルフィーユはベッドから跳ね起きた。
はぁはぁと荒い呼吸をしながら、ミルフィーユはしばし呆然と辺りを見渡す。
薄暗いながらも見慣れたレイアウト
――――「・・・・・・・・・夢だった、の?」
次第に落ち着いてきた頭が、ようやくそこが自室であることを認識する。
途端に視界が歪んだ。そしてガクガクと身体が震えだす。
ミルフィーユは震える自分の身体を両手で抱きしめるようにして
「・・・ぅ・・・ぅぇ・・・・・・ぅぇぇぇ・・・」
大粒の涙を流した・・・・・
比翼の鳥
―――――雌雄がそれぞれ1枚の翼を持ち、大空を駆けるときは、常に雌雄一体となって羽ばたく鳥。それは男女の深い絆の象徴とも言える。
今、ミルフィーユの背にあるのは1枚の翼のみ。
1枚の翼しか持たぬ彼女は、大空を駆けることもできず、ただ、もう1枚の翼を持つ愛しい人を想い、涙を流す。
その美しくも悲しい涙は
――――翼を交わせる彼女の想い人には届いているのだろうか
―――――
GALAXY ANGEL 〜Marital vows〜
〜第5章 片翼の天使〜
エルシオール艦内中央ホール。ブリッジを出たレスター・クールダラスはとりあえずその場所を目指していた。
とりあえず、というのは元々彼にはそんなつもりはなかったということである。
ブリッジを出た、と言ったが、正確にはブリッジから追い出されたといったほうがいいだろう。
白き月での会談の後から、レスターはこれまで以上に働き詰めになった。元々仕事熱心な彼なのだから、あの会談での話を聞いた後ではそれも当然といえば当然かもしれない。
だが、ただでさえ過労気味であったのに、それにさらに仕事が加われば、いくらレスターと言えど身体を壊すのは時間の問題だった。
案の定、日に日に疲労の色を増していくレスターに、2人のオペレーターは少しでもいいから身体を休めるように何度も促したのだが、彼は『問題ない』の一点張り。
そしてその翌日。
いつもの倍以上に疲労感を漂わせてブリッジに現れたレスターを見て、とうとうオペレーターの1人がキレた。
「なぁ〜〜〜にが『問題ない』ですかーーーーー!! どの面下げてそんなこと言いやがりますか!! 副司令、今日は絶対に休んでもらいますっ!!」
「な、何を馬鹿なことを言っているんだアルモ! 休んでいられるわけがないだろう!? これから先何が起こるかわからないんだぞ!? 俺はそのための対処法をこれからまとめ・・・」
「その何かが起こったときに副司令が使いものにならなかったらどうするんですかーーーーー!!」
かつてこんなアルモを見たことはあるだろうか・・・。
レスターは頬に一筋の汗を流す。
「お、おい、アルモ? とりあえず落ち着け」
「あたしは落ち着いてますっ! さあ副司令。早くお休みになられてください!!」
アルモがレスターの背中をズイズイと押して、ブリッジの扉へと向かう。
「お、おい
――――」「緊急の場合は連絡しますから。それじゃ!!」
プシュッ
アルモのどこか威圧感を感じさせる笑みと共にブリッジの扉が閉じられた。
とまあ追い出された経緯はだいたいそんなところだった。
しかし、休むように言われたからといっても、レスターには休むつもりなど毛頭ない。それに、自分がこんなときに呑気に休めるような性格じゃないことは理解している。
とりあえず、少し時間を置いてアルモが落ち着くのを待ってからまたブリッジに顔を出す。それがレスターの結論だった。
「しかし・・・俺は何でオペレーターに命令されてるんだ? 一応は司令官なんだがな・・・」
腕を組み、どこか納得いかないといった様子で歩を進めるレスター。
そうして中央ホールの手前まで来たとき、ふと前方にピンク色の髪が揺らいでいることに気付いた。
「ミルフィーユじゃないか」
「あれ、レスターさん?」
声をかけられ振り向いたミルフィーユは、その主がレスターであったことを知って僅かに驚いた表情を見せた。
「お前も中央ホールへ行くのか?」
「え? え〜と、まぁそんなところです・・・」
ミルフィーユの曖昧な答え方にレスターは怪訝な表情を浮かべる。
「違うのか?」
「ち、違うというか・・・元々目的地がなかったというか・・・・・・ちょ、ちょっと艦内の散歩を・・・・・・」
ますます意味がわからなかった。
「なんだそれは・・・。まぁいい。とりあえず一緒に来るか? 飲み物くらいはご馳走するぞ」
「・・・いいんですか?」
「ああ」
「じゃあ、ご馳走になっちゃいます」
ミルフィーユはレスターに並んで歩き出す。
程なくして中央ホールに到着したレスターは、二人分の飲み物を購入し、1つをミルフィーユに手渡して、手近な長椅子に腰掛けた。その隣にミルフィーユも座る。
「レスターさんとここでこんな風にお話するのって初めてですよね」
「そういえばそうだな。まぁ、俺もブリッジを追い出されたりしなければ、ここに来たりはしなかっただろうからな」
「追い出された?」
ミルフィーユが不思議そうに言う。レスターは持っていたコーヒーを一口飲んだ。
「あぁ。いざというときに使いものにならなかったら困るから今日は休めとアルモにもの凄い剣幕で追い出された」
仏頂面で答えるレスターだが、ミルフィーユは納得したといった様子で言葉を紡いだ。
「アルモさんが心配するのも無理ないと思いますよ? 今のレスターさん、ものすごく疲れた顔してますもん。ちゃんと睡眠とかとってるんですか?」
「問題ない。ちゃんと2時間は寝ている」
「・・・胸を張って答えないでください」
ミルフィーユが深い溜め息を吐く。その横で、レスターはコーヒーを口に運び、天井へと視線を注いだ。
「・・・確かに、疲れていないと言ったら嘘になる。だが、それでも今はやらなければならない時なんだ。後で後悔しないためにも、やれることは全てやっておきたい」
「レスターさん・・・」
「・・・それに、あいつの帰る場所を失くすわけにはいかないからな」
レスターが僅かに笑みを浮かべて、小さくも優しい声で言う。一瞬キョトンとしてしまったミルフィーユだが、すぐにレスターに対して微笑んだ。
「・・・なんだ?」
「えへへ。何か嬉しいんです。レスターさんも、ちゃんとタクトさんを信じてるんだな〜ってわかって。やっぱり二人は親友ですね」
「・・・あいつの生命力はゴキブリ並だからな」
「ゴキブリって・・・・・・レスターさん。あたし、これでもタクトさんの恋人なんですけど・・・?」
「そんなことは百も承知だが?」
さらりと言ってのけるレスターに、ミルフィーユがぷくっと頬を膨らした。
「レスターさん、意地悪です・・・」
「そうか?」
「そうですよ」
レスターの問いかけに即答で返すミルフィーユ。お互いの視線がぶつかる。だが、しばらくしてミルフィーユがその表情を緩めた。
「でも・・・・・・ありがとうございました。レスターさんのおかげで少し元気が出てきました」
「それは何よりだ。最初に会ったときから元気がないのが気になっていたからな」
「そ、そうでしたか・・・?」
「あぁ。それに顔色もそんなに良くない。俺のことをどうこう言えた立場じゃないぞ? お前こそ、今日は部屋で休んでいたらどうだ?」
レスターがそう言った途端、ミルフィーユが急に慌てふためいた。椅子から立ち上がり、両の掌を胸の前でブンブンと振りながら後ずさりを始める。
「あ、あたしは全然大丈夫ですよ〜。あ、これからシミュレーションルームでトレーニングしなくちゃいけないので、あたしはこれで失礼しますね〜!」
「お、おいっ!」
レスターも立ち上がり、手を伸ばして静止をかけようとするが、それよりも早くミルフィーユは駆け出し、通路の影へと消えていってしまった。
消える直前に見えたミルフィーユの泣きそうな横顔がやけに鮮明にレスターには見えた。
何処へ行くともなく、闇雲に走り続けた後、通路の壁に寄りかかりながら、ミルフィーユは心の中でレスターに詫びていた。
心配してくれたのに、ごめんなさい、レスターさん・・・・・・
でも、今は部屋には戻りたくないんです・・・・・・
もし、部屋に戻って眠ってしまったら、またあの夢を見てしまいそうだから・・・・・・
瞬間、頭の中に浮かびかかった夢の光景を振り払うかのように、ミルフィーユは必死に頭を振る。
その時
―――――ビーーーーッ!! ビーーーーッ!!
突然艦内に警報がけたたましく鳴り響いた。
ミルフィーユは顔を上げ、唖然と呟く。
「・・・敵が、来た
――――」
*
「状況は!?」
滑り込むようにしてブリッジに戻ったレスターは、続けて2人のオペレーターに情報を求めた。
「本艦の前方、距離50000にヴァル・ファスク艦隊のドライブアウト反応を確認。も、もの凄い数です!」
「どの艦もデータがありません!」
レスターは舌打ちし、モニターに映し出されている映像に目を向ける。そこにはこの間の遭遇戦の艦隊など霞んで見えるほどの大艦隊が宇宙を埋め尽くしている光景が広がっていた。
「
――――エンジェル隊は!?」「既に全機の搭乗を確認していますっ! しかし、ラッキースターの出力が大幅にダウン。出撃可能範囲ギリギリです!」
「なんだとっ・・・!?」
レスターは慌ててアルモの席に向かい、モニターを覗き込む。6機のH.A.L.Oリンク率がそれぞれグラフ化されている中、1番機のグラフだけがレッドゾーンギリギリの場所に止まっていた。
今日のミルフィーユはどこか様子がおかしかった。ラッキースターの出力が大幅にダウンしている原因は間違いなくそれだろう。
だが・・・・・・ッ!
レスターはギリッと唇をかみ締めた。
できることならこんな状態のラッキースターを、ミルフィーユを戦場に出すなどしたくはない。しかし、ヴァル・ファスクを相手にそんな余裕など無いことは先刻承知だ。この大艦隊を前にしてはなおさら、戦力の出し惜しみなど出来る状況ではないのだ。
レスターはミルフィーユに通信を繋ぐ。
『あ、レスターさん』
「・・・いけるな?」
『はいっ。まかせてください。ドーンとやっつけちゃいますっ』
にこやかにレスターに笑いかけるミルフィーユ。しかし、レスターは、その笑顔に陰りがあることを見逃しはしなかった。だが・・・・・・
「・・・・・・頼む」
レスターに言える言葉はそれしかなかった。
その時、レスターの傍らにいたアルモが切羽詰った声を上げた。
「ふ、副司令! 敵の艦隊から通信です!」
「なんだと!? 繋げっ!!」
レスターの言葉と同時にメインモニターに、顔にネフューリアと同じく、ヴァル・ファスク独特の紋様がある1人の男が映し出された。その男が冷徹な眼差しで告げる。
『我、トランスバール侵攻艦隊総司令官、ロウィル』
「・・・こいつが、敵の司令官か」
レスターが眉根を寄せて、険しい表情を浮かべる中、ロウィルの言葉が続く。
『貴君らに告ぐ。我、我が名にかけて、立ちはだかるものを全て打ち砕き、トランスバールへの道とする。止められるなら止めてみるがいい。ネフューリアを打ち倒した貴君らの戦いぶりに期待しよう。我を、楽しませるがいい』
「・・・通信、切れました」
「・・・たく、随分と勝手な宣戦布告だな」
吐き捨てるように言い放ち、レスターはエンジェル隊全機に対して通信を繋いだ。
「エンジェル隊、聞こえているか? 今の敵の通信は聞いていたな?」
『あぁ、バッチリ届いてたよ。まったく、物騒な宣戦布告をしてくれたもんだね・・・』
『おまけに我を楽しませろ、ですって・・・!? 絶対にあたし達のことなめてるわね』
『・・・どうなされるんですか? 副司令』
ちとせがレスターに指示を促す。
「どうもこうも、やるしかないだろう。敵を白き月に近づけさせるわけにはいかない。エンジェル隊は敵旗艦の撃沈を最優先! 一気にケリをつける!」
『それしかないだろうね。戦いが長引けば長引くだけ、あたし達が不利になっていく』
『ですが、敵もすんなり通してくれるとは思いません・・・。どちらにしろ苦しい戦いになりそうですわね・・・』
不安の色を隠すことができないミント。当然だった。
先の遭遇戦から何度もシミュレーションルームでトレーニングを繰り返してきたエンジェル隊。だが、誰もが1度も、タクトがいた頃の数値を超えることはできなかったのだから。
そして今、ミルフィーユの搭乗するラッキースターの大幅な出力ダウン。
戦いが長引く長引かない以前に、彼女達には不利な条件が多すぎる。
しかし、引くことは決して出来ないのだ。それは、トランスバールの未来が潰えることに直結するのだから
――――
*
戦闘開始から15分
――――敵の強固な護りの前に、エンジェル隊は未だ突破口を開けず、それどころか徐々に押され始めてさえいた。
中でもラッキースターの動きは目に見えて悪かった。敵もそんな弱点を見逃すほど甘い相手ではない。
敵はラッキースターを他の5機から引き離し、過剰な攻撃を仕掛ける。
「一番機、完全に囲まれました! このままではっ・・・!」
ブリッジにアルモの悲痛な声が響く。レスターは急ぎ命令を出す。
「フォルテ! ランファ! 1番機を
―――」『わかってるわよっ!!』
レスターの言葉は焦りに満ちたランファの声にかき消された。
カンフーファイターとハッピートリガーは急旋回し、ラッキースターの救出に向かう。
しかし2機の前に、それを阻むかのように4機の巡洋艦が立ちふさがった。
「どきなさいっ!」
「今はあんた達の相手をしてる暇はないんだよっ!」
怒声と共に放たれるアンカークローとストライクバースト。だが、同時に敵巡洋艦からも閃光が放たれた。
2機の攻撃は4機の巡洋艦を撃ち落したが、巡洋艦から放たれた反撃の閃光は、カンフーファイターとハッピートリガーにも甚大な被害を齎した。
「2番機、4番機、共に被弾! 損傷率60%を超えています。エネルギー低下、活動を停止しますっ!」
「くっ・・・。5番機! 2番機と4番機の修理を!!」
『了解しました・・・』
ハーベスターがカンフーファイターとハッピートリガーの修復に向かう。だが、無数の閃光がまるで牢のようにハーベスターの行く手を遮った。
「ここは私達が・・・! ちとせさんっ!!」
「はいっ!!」
トリックマスターのフライヤー、そしてシャープシューターのフェイタルアローが、遠距離からハーベスターのための活路を開く。
「ヴァニラさん、今のうちに・・・・・・きゃああああっ!!」
「ミント先ぱ・・・・・・あああっっ!!」
ハーベスターの通信機から、ミントとちとせの悲鳴が轟いた。ヴァニラが慌てて2機の状況を確認すると、煙を上げ、火花を散らす変わり果てた姿のトリックマスターとシャープシューターがあった。
「ミントさん・・・ちとせさん・・・!」
ヴァニラの中に迷いが生じる。ハーベスターの現在位置は、カンフーファイターとハッピートリガー、トリックマスターとシャープシューターの中間。どちらを助けに向かったとしても、もう一方の危険は確実に増してしまう。
ハーベスターが動きを止めたのは一瞬。だが、敵の閃光はその一瞬でハーベスターを正確に射抜いた。
「3番機、5番機、6番機損傷! かろうじて機能は停止していませんが、戦闘続行は困難ですっ!!」
今にも泣き出してしまいそうなアルモの報告。レスターは拳をきつく握り締めるしかできなかった。
「みんなっ!!」
敵の攻撃を必死に回避しながら、ミルフィーユは悲痛な表情で叫んだ。
あたしのせいだ・・・・・・
あたしがしっかりしないから・・・・・・
ミルフィーユがきつく唇をかみ締める。
しっかりしなくちゃ・・・・・・しっかりしなくちゃ・・・・・・もう動けるのはあたししかいないんだから・・・・・・あたしが、なんとかしなきゃ・・・・・・
操縦桿をきつく握り締める。
こんなところでは負けられない・・・・・・負けるわけにはいかないんだから・・・・・・タクトさんに・・・・・・タクトさんに逢うまでは
――――――
そのとき、ミルフィーユの脳裏に今朝の夢の光景が過ぎった。
違う・・・・・・違う・・・・・・ッ
ミルフィーユが激しく頭を振る。
違う・・・・・・違うもん・・・・・・タクトさんは帰ってくるもん・・・・・・タクトさんは・・・・・・タクトさんは・・・・・・ッ
必死に自分に言い聞かせる。だが、そんなこととは裏腹に、彼女の脳裏に過ぎる光景は、その鮮明さをどんどん増していった。
伸ばしても届かない手・・・・・・
自分に背を向け、去っていくタクト・・・・・・
対峙する、0番機と巨大戦艦・・・・・・
そして
――――
『ぐああああああああああああああああああっっっ!!!!』
「
――――ッッッ!!」声にならない悲鳴をあげ、身体を硬直させるミルフィーユ。それが命取りとなってしまった。
動きを止めたラッキースターを敵戦闘機から放たれた閃光が容赦なく貫いた。
基本翼はもがれ、ハイパーキャノンの砲身も粉々に砕け散る。
襲い掛かる激震に、ミルフィーユは意識を失ってしまった。
「ラッキースター・・・大破・・・・・・」
『ミルフィーーーーーーーーッ!!』
ブリッジにランファの悲鳴が木霊する。
『・・・・・・興ざめさせてくれたな』
絶望の色に染まるエルシオールとエンジェル隊にロウィルから通信が入った。その声は背筋が凍りつくような冷たさを含んでいる。
『ネフューリアを打ち倒した力、どれほどのものかと思えば、よもやこの程度だったとはな・・・・・・。期待はずれもいいところだ・・・』
冷ややかな目で見据えるロウィル。しかしその直後、その口元が僅かに緩んだ。それは、ゾッとするほどの闇を含んだ笑みだった。
『・・・そういえば貴君らには『怒り』という感情があったな。それは時に思いも寄らぬ力を発揮させる。それなら、少しはまともな反撃を期待することもできよう・・・』
「・・・何を、するつもりだ・・・・・・っ!?」
レスターが睨みをきかせるが、ロウィルは臆することなく、むしろそれを楽しんでいるような口調で言葉を続けた。
『簡単なことだ・・・。貴君らの仲間を一人ずつ殺していく・・・』
全員が驚愕に目を見開く中、ロウィルの乗る旗艦オ・ケスラの主砲がラッキースターに向けられていく。
凍りつく空気。
今のミルフィーユは意識を失っている。仮に意識を取り戻したとしても、今のラッキースターにはオ・ケスラの主砲を回避する力は残されていない。
「ミルフィーーーーッ!! 動いて・・・動いて、カンフーファイター!! このままじゃ、このままじゃミルフィーが・・・ッ!!」
「動け! 動いてくれ、ハッピートリガー!!」
「お願いです、トリックマスター・・・ッ! お願いだから動いて・・・・・・ッ!!」
「ハーベスター・・・ッ!」
「シャープシューター、お願い! 力を貸して・・・・・・ッ!!」
必死に操縦桿を引き、紋章機に呼びかける。しかし、紋章機は彼女達の声に応えてはくれなかった。
そんな彼女達を嘲笑うかのように、オ・ケスラの主砲が容赦なく発射される。
まるで血のような真紅の閃光
―――――
そして
――――
爆音
――――――――――
彼女達の見ている前で、ラッキースターは爆炎に飲み込まれた。
*
(・・・・・・なんだろう・・・すごく・・・気持ちいい・・・)
ミルフィーユは水面をたゆたうような心地よい浮遊感を感じて、ゆっくりと瞳を開いた。
彼女を包み込んでいたのは眩いばかりの光
――――ミルフィーユは霧がかかったような頭で思考を走らせる。
(あたし・・・・・・なんでこんなところにいるのかな。あたしは・・・ヴァル・ファスクの艦隊と戦ってて・・・・・・それで・・・)
ミルフィーユは何となく思い出した。自分が最後にラッキースターの中で感じた激しい振動を・・・。
(そっか・・・。あたしは、敵に囲まれて・・・それで・・・・・・。じゃあ・・・ここは、天国・・・・・・・? あたし・・・・・・死んじゃったのかな・・・・・・)
ミルフィーユの瞳に涙が滲んだ。
(みんな・・・ごめんね・・・・・・。足、引っ張っちゃったよね・・・・・・。いっぱい迷惑かけちゃったよね・・・・・・。ランファ・・・・・・あたし・・・またランファを悲しませちゃうね・・・・・・約束・・・破っちゃった・・・・・・。ごめんね、ランファ・・・・・・)
涙が零れ落ちる。
(・・・・・・タクトさん・・・・・・できれば・・・生きてるうちに・・・もう一度・・・・・・逢い・・・た・・・か
――――)開かれたミルフィーユの瞳が、再びゆっくりと閉じられていく。
彼女の意識が、光に吸い込まれるように失われかけた
そのとき
――――――
『君は、まだ死んではいないよ。決して、死なせはしない・・・。俺が、君を護るから
――――』
(・・・
――――――――――っ!!)
光が弾けた
――――――
*
「いやあああああっっ!! ミルフィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!」
ランファが髪を振り乱し、涙を溢れさせて狂ったように泣き叫んだ。
他の4人も、言葉無く、まるで時が止まったかのように、ただ呆然の目の前の光景をみつめることしかできない。
「おいアルモ! 1番機は・・・ミルフィーユはどうなったっ!?」
「・・・わかりません・・・・・・。しかし、あの状況では・・・生存の・・・・・・確率は・・・・・・っ」
アルモの声がそこで途切れた。口元に手をあて、声を詰まらせて涙を流し始める。
レスターは拳を血が滲み出さんばかりに握り締め
「くそおぉぉぉーーーーーーーーーーーーッッッ!!!! 」
激しく床を殴りつけた。何度も、何度も・・・・・・
何もできなかった己の無力さを呪いながら
――――
「・・・・・・・・・・・・え」
嘆き悲しむ2人の横で、ココが素っ頓狂な声を上げた。その表情がどんどん驚愕に染まっていく。
「そ・・・そんな・・・・・・これって・・・・・・これって・・・まさか・・・・・・ふ、副司令っ。エ、エネルギー反応ですっ」
「なんだとっ? ミルフィーユか!?」
レスターの言葉に、ココがモニターに目を向けたまま、軽く首を振ってそれを否定する。
「ち、違います。ラッキースターのものではありません・・・。でも・・・この反応は
―――――」
ココの言葉は最後まで紡がれなかった。
ラッキースターを包み込んでいた爆炎の内側から突如眩い閃光が弾け、爆炎が跡形もなく掻き消されたからだ。
誰もが我が目を疑った
――――誰もが瞬時に状況を理解することができなかった
――――
「あれは
――――」
白銀に輝く鮮麗されたフォルム
――――
「そんな
―――――」
光り輝く純白の翼
―――――
「まさか
―――――」
ラッキースターを包み込んでいた光の翼が羽ばたくように開かれる
―――――そして
――――
『・・・エルシオール、エンジェル隊、聞こえているか?』
通信機から紡がれた優しい声
――――それは、これまで、何度も、何度も、幾度となく待ち望んだ声
―――――
『こちら0番機・・・・・・』
『タクト・マイヤーズだ
――――!』
つづく