暗黒が全てを支配する世界・・・・・・

『宇宙』とは違う、星の輝きすら存在しない世界・・・・・・

夢か現か、その認識さえ曖昧なものと成り果ててしまう、そんな世界・・・・・・

 

 

そこに、1つの小さな光があった。

闇の中に存在する場違いな輝き。幻想的に例えるなら、数多の悪魔が蠢く世界に迷い込んでしまった小さな天使、というところだろうか。

幻想的、と言ったが、天使という表現については決して間違いではないかもしれない。

なぜなら、その輝きには翼が存在しているからだ。

鮮麗された白銀のフォルムが美しさを引き立たせ、天使というものをより一層強く意識させる。

輝きの正体は・・・・・・紋章機の0番機。

ネフューリアとの最終決戦において決戦兵器として使用され、消息を絶った機体だった。

消滅したものと思われていたその機体が、なぜこの世界を漂っているのか。

今この時において、その答えを出せるものは存在しない・・・・・・

 

 

 

 

 

「今日も今日とて変化なし、か」

0番機のコックピット内で、その操縦者―タクト・マイヤーズはそう独りごちた。

紋章機のタイマーを信用するなら、この世界に迷い込んで1ヶ月以上は確実に経過していることになる。

その間、タクトは可能な限り0番機を駆って飛んでいたのだが、周囲の光景が変わることは一度もなかった。

もしかしたら飛んでいるというのも自分が勝手にそう思い込んでいるだけなんじゃないか、という思いも彼にはある。

なにしろこの世界には、紋章機が移動しているということを証明するための比較対象となる物体が存在しないのだから。

おまけに通信回線も開けず、クロノ・ドライブも使用不可。

現在タクトが確信めいたものを持っているとすれば、この世界は彼の知っている世界とは違うということだけだ。

「・・・いつまで続くのかな」

本当に自分はこの世界から抜け出すことができるのか。

本当に自分は元の世界に帰ることができるのか。

タクトの心を不安という言葉が支配していく。もちろん彼の問いかけに返ってくる答えなどない。

タクトは重い溜め息をひとつ吐き、紋章機を止める。

本日の探索作業は終了。

タクトは瞳を閉じると、ゆっくりと意識を手放していった。

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

――――そこには無数の光が流れていた。

流星雨、ではない。その光は、まるで自分の意思を持っているかのように軌道を変えている。

それは破砕の閃光。

ビーム、レーザーファランクスなどのエネルギー兵器が発する光だ。

(・・・戦っている、のか? 一体誰が・・・・・・)

意識をそこに集中させた瞬間、周囲の光景が変わる。

瞬時にそこが今しがた遠くから見ていた戦闘宙域であることを理解した。

そして戦っている者達の正体も。

(あれは・・・エルシオール!? それに、エンジェル隊も・・・・・・。敵は、ヴァル・ファスク・・・!?)

タクトが驚愕する中、戦闘は続く。

 

 

状況は目に見えてエンジェル隊の劣勢だった。

敵の強固な護りの前に突破口を開けず、徐々に押され始め・・・・・・

孤立するラッキースター。

救援に向かうも、次々と撃たれ、機能停止へと追い込まれていくエンジェル隊。

(ラ、ランファ・・・ミント・・・フォルテ・・・ヴァニラ・・・ちとせ・・・・・・)

タクトにとって、それは信じがたい光景だった。

(そんな・・・エンジェル隊が・・・・・・負ける?)

タクトが呆然と呟く。だが、事態は彼にさらなる追い討ちをかける。

最悪の光景がタクトの前に広がるのに、さほど時間はかからなかった。

ラッキースターが、無数の閃光によって貫かれたのだ。

大破するラッキースター。

タクトは我を忘れ、ただ叫ぶことしかできなかった。

 

 

 

 

 

(ミルフィーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!)

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

「・・・・・・ッ!」

目を見開き、タクトはシートから身を起こした。

呼吸は荒く、彼の全身からは嫌な汗が大量に滲み出ている。

「はぁ・・・はぁ・・・」

呼吸がなかなか落ち着かない。胸の鼓動もまるで早鐘のように鳴り響いている。

今見た悪夢は、それほどまでに彼を追いつめるものだったということだろうか。

否、理由はそれだけではない。あの悪夢が、『夢』で終わらせるにはあまりにも鮮明すぎたのだ。

(あれは・・・・・・夢じゃ、ない)

タクトは直感的に理解した。あの光景は、今、現実に起きていることだと。

普通に考えればそんな馬鹿げた話はない。だが、このときばかりは彼はそれを否定した。

「・・・行かないとッ!」

タクトは操縦桿を握り締める。しかしすぐに壁にぶつかってしまった。

どうやって彼女達のもとへ行くというのか。

この無限に続くような闇の世界に迷い込んでからというもの、出口を求めて彷徨い続け・・・・・・

しかし今尚この世界に捕らわれている自分。それでどうして彼女達のもとへ行けるというのか。

『絶望』

そんな言葉がタクトを取り巻き始める。

「・・・・・・駄目だッ! 諦めるなッッ!! ここで諦めたら、俺は絶対後悔する。護りたい人も護れず・・・そんなのは御免だッッッ!!」

頭を振り、キッと前を見据えるタクト。

そのとき、紋章機が彼の意思に呼応するように、エネルギーを徐々に上昇させていった。

「0番機・・・・・・力を貸してくれるのか・・・?」

もちろん紋章機が答えることはない。しかし、タクトには紋章機が頷いているかのように感じられた。

だからタクトは呟いた。ただ一言『ありがとう・・・』と。

「0番機・・・俺をみんなのもとへ・・・・・・ミルフィーのもとへ導いてくれ!! 愛するものをこの手で護る、そのためにッッッ!!!!」

それはタクトの誠の心、純粋なる意思。

0番機は応えた。

100・・・・・・150・・・・・・200・・・・・・

もの凄い勢いでエネルギーが上昇する。ネフューリアとの最終決戦をさらに上回るエネルギーだ。

ピシッ・・・ピシッ・・・・・・と闇の世界に亀裂が生じていく。

紋章機がエネルギーを上昇すればするほど、亀裂もより激しくなっていった。

「行こうッ!!」

タクトの言葉に、純白の翼が一際大きく羽ばたく。周囲に変化が起きたのはその直後だった。

闇が弾け・・・・・・

次の瞬間、彼の視界には、夢で見た光景が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

比翼の鳥――――

雌雄がそれぞれ1枚の翼を持ち、大空を駆けるときは、常に雌雄一体となって羽ばたく鳥。それは男女の深い絆の象徴とも言える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タクトとミルフィーユ。

別たれていた2つの翼。

しかし、2人の絆は、決して断ち切られてなどいなかった。

タクトがミルフィーユを想う心。

ミルフィーユがタクトを想う心。

その純粋なる想いが引き起こした奇跡・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

別たれていた翼は、今、あるべき場所へと舞い戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GALAXY ANGEL 〜Marital vows〜

 

 

〜第6章 舞い降りた翼〜

 

 

 

 

 

 

 

ラッキースターのコックピット内――ミルフィーユの前に1つの通信ウィンドウが開かれた。

そこに映し出されたのは、間違いなく、彼女が待ち焦がれた男性――タクト・マイヤーズの姿だった。

時間にすれば、タクトと離れ離れになってから1ヶ月と少し。

だが、ミルフィーユにとって、それは悠久にも等しい、長い・・・長い時間だった。

それほどまでに、ミルフィーユのタクトに対する愛は深い・・・・・・だからこそ、彼女は今、頬をたくさんの雫で濡らしているのだ。

驚いたのはタクト。

通信ウィンドウを開くやいなや、飛び込んできたのは涙を流し、身体を震わせる恋人の姿。

――――もしかしてミルフィーは怪我をしているのか!?

タクトの頬を冷たい汗が流れる。

敵旗艦の主砲からラッキースターを護り、最悪の事態は防いだ。だが、それ以前にラッキースターは相当のダメージを受けていたのだ。その際、ミルフィーユが負傷していたとしてもおかしくはない。むしろ、今のラッキースターの状態を見れば、そう考えるのが妥当だ。

タクトは顔を蒼くして、慌ててミルフィーユの安否を確認する。

「ミルフィー!! ミルフィー!? 大丈夫か!? 何処か怪我をしたのか!?」

切羽詰った声を上げるタクト。

「ち・・・ちが、い・・・ます・・・あ、あたし・・・・・・っ」

ミルフィーユは頭を振って応えるが、言葉をうまく紡ぐことができない。必死に声を出そうとしても身体が、タクトの姿に、タクトの声に敏感に反応してしまっていて、自分でもどうすることもできなかった。

とりあえず酷い怪我はない様子にタクトは僅かに安堵の溜め息を吐くが、それでも完全に不安が拭いきれない表情を浮かべている。

ミルフィーユは自分の身体の反応に抗うことをやめた。

今は、自分に紡ぐことのできる精一杯の言葉を送ろう。今もっとも伝えたい、ただ一つの言葉を・・・・・・

ミルフィーユは瞳の涙を軽く指先で拭い

「おかえり・・・なさい・・・・・・タクトさん・・・」

柔らかく、そして優しい笑顔で言った。涙の煌きによる錯覚ではない。それは眩いばかりの光に満ちた、美しい笑顔だった。

一瞬その笑顔に心を奪われてしまったタクトであったが、彼もまたすぐに笑みを浮かべて応えた。

「・・・ただいま、ミルフィー」

 

 

 

 

 

 

「「「「「「タクト(さん)ッッ!?」」」」」」

「うわぁ!?」

突然目の前を埋め尽くした通信ウィンドウにタクトが素っ頓狂な声を上げた。通信を送ってきた誰もが、まるで存在しないものを見ているかのような、そんな目をしている。

「ラ、ランファ、ミント、フォルテ、ヴァニラ、ちとせ、それにレスターも・・・。み、みんな無事かい・・・?」

「「「「「「・・・・・・」」」」」」

無言。

何の反応も返ってこないことでタクトの表情が微妙に引きつった。

「タクト・・・? 本当に、タクトなの・・・? 本当に本物・・・?」

ランファが震える声で確認するように問いかける。

「いや、本物って聞かれても、本物ってしか答えようがないんだけど・・・・・・」

人差し指で頬をかきながら、苦笑い気味にタクトが言った。

ランファは急激に目頭が熱くなるのを感じた。いや、ランファだけではない。タクトの声を聞いていた誰もが熱いものが込み上げてくるのを感じていた。ちとせにいたっては既にボロボロだ。

ランファもまた零れそうになる涙を隠すように俯く。そしてグシグシと少々乱暴に涙を拭った後で、キッと顔を上げ

「この、ばかぁーーーーーーーーー!! あんた、あたし達がどんだけ心配したかわかってんのーーーーーー!?」

タクトに対して声を荒げて叫んだ。

その言葉にタクトは申し訳なさそうな表情を浮かべたが、次の瞬間、その表情が険しいものに変わった。

0番機の周囲にエネルギーシールドが展開される。その直後、0番機に向かって放たれてきた紅の閃光がそのシールドによって激しく四散した。

「・・・・・・今は再会の挨拶をしてる場合じゃなかったね」

 

 

 

 

『・・・その白銀に輝きし機体。ネフューリアを葬ったものか。貴君・・・何者だ?』

開かれた通信ウィンドウ上のロウィルが、表情を変えぬまま、淡々とした口調で問う。

「・・・相手に聞く前に、まずは自分のほうから名乗るのが礼儀じゃないかい?」

うっすらと笑みを浮かべ、しかし視線は研ぎ澄まされた刃の如く、タクトは答えた。

『・・・我、トランスバール侵攻艦隊総司令官、ロウィル』

表情は崩さぬまま『意外と律儀・・・?』と内心呟くタクト。

「俺の名前はタクト・マイヤーズ。それにしても、トランスバール侵攻艦隊とは、穏やかじゃないね。できれば退いてくれないかい?」

『・・・タクト・マイヤーズ。そうか、貴君がその機体の操縦者か』

「・・・聞いてないのね」

タクトは肩を竦める。

『我は、我が名にかけて、立ちはだかるものを全て打ち砕き、トランスバールへの道とするのみ。タクト・マイヤーズ、止めたくば参られよ。ネフューリアを葬りし機体。フル・チャージではないとはいえ我が艦の主砲を二度も防いだその力。貴君が率いていた者達には興ざめさせられたが、貴君なら我を楽しませてくれそうだ』

タクトの眉がピクリ、と動いた。今のロウィルの言葉の中に、どうしても聞き逃せないものがあったためだ。

どうあってもトランスバールを侵攻する・・・・・・。

戦争を遊び程度にしか考えていない言葉・・・・・・。

確かにそれも許せるものではない。だが、それ以上に許せないもの。それは

『興ざめ』

エルシオール、そしてエンジェル隊、彼のかけがえのない仲間達への侮辱の言葉。

タクトの眼つきがさらに鋭いものに変化する。

「・・・どうしても攻めてくるというのなら、俺は全力で阻止するよ。だけど、その前に1つだけ訂正してくれないかな。『興ざめさせられた』というその言葉を・・・」

『・・・何?』

「エンジェル隊は、決して弱くなんかない。どんな相手にも、たとえヴァル・ファスクであっても、負けない力を彼女達は持っているよ」

 

 

「タクト・・・」

「タクトさん・・・」

「タクト・・・」

「タクト、さん・・・」

「タクトさん・・・」

 

 

 

『・・・では今のこの光景は何だと言う。これこそ、貴君の言葉が偽りであることの証明ではないか?』

ロウィルの周囲に、崩れ落ち、機能を停止した6機の紋章機が映し出される。

しかしタクトは怯むことなく、さらに力強い口調で答えた。

「例えどんなに傷を負おうとも、彼女達が負けることは決してない」

『・・・・・・ならば、我が今この場で、その言葉を否定しよう』

ロウィルがスッと目を細める。

同時に全ての艦隊がカンフーファイター、トリックマスター、ハッピートリガー、ハーベスター、シャープシューターに向かって移動を開始する。

そして0番機とラッキースターの周囲にも、2機を閉じ込めるように艦隊が取り囲んだ。

『そこで見ているがよい。貴君の目の前で、あの5機を撃ち滅ぼしてやろう。徹底的にな』

ロウィルが冷徹な笑みを浮かべた。

「彼女達は強いッ! これまで何度も窮地に追い込まれたことがある。挫けそうになったことだってある。だけど彼女たちはそれを乗り越えてきたんだッ! 俺はそれをいつも近くで見てきた。だから俺は信じる・・・・・・彼女達のその力をッッ!!」

タクトは叫ぶ。彼の偽りのない想いを。『何があってもエンジェル隊を信じ抜く』それこそが彼の信念なのだ。

愚かな・・・・・・。

それが次にロウィルの口から発せられるはずの言葉。

しかし、その言葉が紡がれることはなかった。

ロウィルの周囲に映し出されている5機の紋章機、そのエネルギー値が急激に上昇を始めたからだ。

 

 

 

「そこまで言われちゃ、応えないわけにはいかないでしょーーーがッ!!」

「ここで何もできないようでしたら―――

「エンジェル隊の名前が泣くってもんだよっ!!」

「ハーベスター、再起動・・・!」

「・・・そうです。私達は、エンジェル隊。絶対に諦めたりしませんっ!」

ランファ、ミント、フォルテ、ヴァニラ、ちとせがタクトの言葉に応える。

今、彼女達の瞳にあるのは力強い輝き。

タクトがエンジェル隊を信じる心、それが、彼女達の中に封じられていた力を、再び解き放った。

 

 

 

 

 

「2番機、3番機、4番機、5番機、6番機、活動再開ッ!」

エルシオールでも、既に5機の紋章機の変化が確認されていた。

「出力、上昇していきますっ! 130・・・140・・・150・・・と、止まりませんッ!!」

「2番機、3番機、4番機、5番機、6番機、リミッター・・・解除!? つ、翼を展開しますッ!!」

「自らの力でリミッターを解除したのか!?」

信じられないといった様子で驚愕するレスター。報告を行っているアルモ、ココも同様だ。

しかし、モニターに映し出されている純白の翼を展開した5機の紋章機が、それが事実であることを示している。

「し、しかし、先程受けたダメージが残ったままです! いくらリミッターを解除したとしても、このまま戦闘を続行するのは――――

『問題ありません・・・・・・』

 

 

 

「ナノマシン、全方位発動。リペアウェーブ・・・ッ!」

ハーベスターを中心にナノマシンが全方位に散布された。

温かく柔らかな緑色の光に包まれて、全ての紋章機の損傷箇所が次々に修復されていく。

一番酷い損傷を受けていたラッキースターですら、何事もなかったように復元された。

あまりの修復の早さに、時が巻き戻されているのではないかと錯覚するほどだ。

「サンキュー、ヴァニラッ! 行くわよ、カンフーファイター!!」

「トリックマスター、全機能オールグリーン。助かりましたわ、ヴァニラさん」

「ハッピートリガー、全兵装回復! よっしゃ行けるよッ!!」

「シャープシューターも問題ありません。ありがとうございます、ヴァニラ先輩!」

翼を大きくはためかせ、散開していく5機の紋章機。

「さぁ、これからが本番よっ! やられた分は100倍にして返してやるんだから!!」

ランファの裂帛の気合、それが反撃開始の狼煙となった。

 

 

 

*

 

 

 

――――軽い。

――――この果てしなく続く宇宙(そら)をどこまでも羽ばたいて行けそうな爽快感。

――――紋章機が、まるで自分の手足となったかのような一体感。

 

 

ランファ、ミント、フォルテ、ヴァニラ、ちとせは、かつて無いほどの迸る力を、全身で感じ取っていた。

自分達に向けて放たれる無数の閃光の合間を、5機の紋章機は縫うように駆け抜けていく。

全てを正確に、そして鮮やかに回避していく様は、未来を予知しているのではないかと思わせるほどだ。

いや、彼女達には見えているのだ。自分が通るべき道がはっきりと。

紋章機の力がそれを可能にしているのか、それとも彼女達の心の強さのためか、もしくはその両方・・・・・・

1つ確かなことをあげるとすれば、今、この宇宙(そら)には間違いなく5人の天使が舞っているということだけだ。

 

 

 

「ふんっ! そんな攻撃がカンフーファイターに当たると思ってるの!?」

全紋章機最大のスピードは伊達じゃないということを証明するかのように、ランファはカンフーファイターで単機敵陣の中央に突入していく。

カンフーファイターは機動力に特化した機体のため、装甲が最も薄く、一撃が致命傷になる可能性が高い。

また、武装に関してもカンフーファイターは単機との戦闘が想定されたものとなっている。

いくらリミッターを解除した紋章機といえど、カンフーファイター単機で艦隊を相手にしようというのは些か無謀である。

勝気なランファの性格が裏目に出てしまったのか。

――――違う。

カンフーファイターは敵の攻撃を回避するのみで、一切攻撃を行っていない。

何故。

 

 

 

 

「あらあら、ランファさん大漁ですわね」

「こいつは料理のやりがいがあるってもんだねぇ」

それはトリックマスターとハッピートリガーのコックピット内で紡がれた声。

2機のレーダーにはカンフーファイターに群がる無数の敵艦隊が赤い点で記されていた。

間もなく、そのレーダー上の全ての赤い点に『LOCK』の文字が表示される。

「では、おいしく調理させていただきますわ。フライヤーダンス!!」

「出力最大でいくよッ! ストライクバースト!!」

2機の攻撃によって、カンフーファイターを追っていた敵艦隊が次々と爆沈していく。

そう。

ランファの狙いは、初めから広範囲の攻撃能力を持つトリックマスターとハッピートリガーの有効射程範囲内に敵を誘き寄せることだったのだ。

何の打ち合わせもなく、これほどの連携をやってのけた3人。それは、互いが互いを信じているからこそ成せる業。

この信頼関係の強さこそがエンジェル隊の本質なのだ。

反撃は続く。

 

 

 

 

紋章機を相手にするのは武が悪いと判断したのか、敵艦の一部が攻撃の矛先をエルシオールへと変更した。

いかに強大な力を持つ紋章機といえど、旗艦が落とされてしまえば、戦況は一気にヴァル・ファスクに傾いてしまう。

戦闘の定石ともいえることだ。

しかし、カンフーファイターも、トリックマスターも、ハッピートリガーも、それを追う素振りは全く見せない。

 

 

エルシオールが敵艦の有効射程範囲に捉えられた。

敵艦の全砲門がエルシオールに向けられる。数秒後には、その脅威が一斉にエルシオールに向けて放たれるだろう。

――――それが、訪れるはずの未来。

――――しかし、決して訪れることはない未来。

ズギャンッッッ!!!!

突如、敵艦の側面から放たれてきた高速の弾丸が、その船体に風穴をあけた。

続けて2発。

動揺する暇すら与えず、しかし動力炉をピンポイントで貫いていく正確無比な弾丸。

エルシオールへ迫っていた敵艦が、次々と爆散に追い込まれていく。

 

 

「一発必中。シャープシューターの狙撃能力をあまく見ないでください。エルシオールには指一本触れさせませんっ!」

ちとせが高らかに宣言する。彼女がここまで強気な発言をすることは珍しいことだと言えるだろう。

しかし、その発言には確かな実力が伴っていた。先の射撃がその証明だ。

彼女がいるからこそ、そして彼女の力を信頼していたからこそ、3人は動かなかったのだ。

「相変わらずいい腕してるねぇ」

フォルテがヒュゥと口笛を吹いて、ちとせを絶賛する。

途端に恥ずかしそうに頬を紅く染めるちとせ。こんなところは、やはりちとせ、というところか。

「そ、そんな・・・。わ、私なんて皆さんに比べたら、まだまだ修行が足りません・・・」

「あらあら、ご謙遜を」

「そうそう。こういうときは胸をはっていいのよ? あんな正確な射撃、ちとせにしか出来ないんだから〜」

「そうですわ。少なくとも繊細とは無縁なランファさんには絶対に出来ない芸当ですもの」

「そうそう・・・って何ですってぇーーーー!?」

あまりに自然な流れでさらりと毒を吐くミント。ランファも危うく肯定するところだった。

「ちょっとミント!? 今の言葉、訂正しなさーーーーい!!」

「あら? 私何か言いましたか?」

頬にひとさし指を当てて、ミントは可愛らしく小首を傾げる。もっとも、ランファにとっては小憎らしく、だが。

「おのれ、いけしゃあしゃあと・・・・・・」

「ラ、ランファ先輩・・・お、落ち着いてください、ね?」

「さぁ皆さん。この調子でどんどん行きましょう〜」

おろおろとランファを宥めるちとせを尻目に、ミントが揚々と言った。

 

 

 

 

 

 

「みんな・・・すごい・・・・・・」

ミルフィーユがポツリと漏らした。ごく自然に流れ出た言葉だった。

「そうだ・・・これが、エンジェル隊の本当の姿なんだ・・・・・・」

タクトもまた5機に目を向けたまま、感慨深く呟く。

しかし、そんな二人の空気も、次の瞬間には粉々にぶち壊された。

『こらぁーーーーっ! あんたたち、いつまでボォっとしてるつもり!?』

「うわぁっ!?」

「きゃあっ!?」

突然目の前に表示された特大サイズのランファの膨れっ面に口から心臓が飛び出るんじゃないかという勢いで驚く二人。

『特に、ミルフィー!?』

「は、はいっ!」

思わずかしこまった返事をしてしまうミルフィーユ。

ギヌロ、とランファに睨まれて、ただでさえ気圧されて縮こまっていたミルフィーユがさらに縮こまった。

ラ、ランファ・・・もの凄く怒ってる・・・?

あ、もしかして、あたしがさっき足を引っ張っちゃったから・・・・・・

ビクビクしながらランファの言葉を待つ。が、それはミルフィーユの杞憂にすぎなかった。

ランファは表情を柔らかく崩すと、優しく諭すような口調でミルフィーユに語りかける。

『早くこっちにきて加勢しなさい。あんたはもう、『飛べる』んでしょ?』

――――!!」

ミルフィーユが弾かれたように顔を上げる。

そうだ・・・・・・

わたしはもう、一人じゃない・・・・・・

今、わたしの隣にはタクトさんがいる・・・・・・

わたしの一番好きな人が、わたしの傍に寄り添ってくれている・・・・・・!

だから・・・・・・ッ!!

「うん・・・ッ! あたし、『飛べる』よ!!」

ミルフィーユが凛として答える。

同時にそれは、彼女と共に深い眠りについていたラッキースターを、再び解き放つ鍵となった。

「ミルフィー・・・」

タクトは、ラッキースターの純白の翼に目を奪われてしまう。それは、これまで彼が見てきたどの翼よりも輝きに満ち満ちていて、そして優しい美しさを持っていた。

「タクトさんっ! あたし、もう大丈夫です! あたし、飛べます!! だから――――

――――あぁっ! 行こう、ミルフィー!!」

「はいっ!」

 

 

 

*

 

 

 

 

「敵勢力70%の消滅を確認ッ!」

「紋章機各機、問題ありませんッ!」

「・・・・・・」

目の前で繰り広げられているエンジェル隊の闘いに驚嘆の眼差しを向けたまま、レスターは2人のオペレーターの報告を聞いていた。

これが、エンジェル隊の本当の力であることは事実。

だが、彼女達の力を引き出したのは間違いなくタクトだ。

あいつがいるから、今、彼女達はあんなにも生き生きと飛んでいる。

そこにあるのは確かな絆。

寄り添うように飛ぶタクトとミルフィーユの姿は、まさにその象徴だ。

「タクト・・・・・・やはり、エンジェル隊の司令官はお前だよ」

瞳を閉じ、口元を緩ませて、レスターはそう呟いた。

そのとき――――

「失礼します」

「ヴァイン? 何をしている、今は――――

突然ブリッジに現れたヴァイン。当然レスターはすぐに部屋へ戻るように注意しようとする。

しかしヴァインはレスターの言葉を遮るように、彼の目の前に1枚のディスクを差し出した。

「申し訳ありません。データの整理にいささか手間取ってしまいました。これを・・・」

「・・・これは?」

「EDENから脱出する際、ライブラリから得たこのあたりの星系データです。ここからEDEN本星までのデータが網羅されています。それと、ヴァル・ファスクの艦に関するデータもまとめておきました。皆さんのお役に立てばと思ったのですが・・・」

「何だって!? ココ、急いでこのデータを登録してくれ。アルモは全紋章機にこのデータの転送を頼むっ」

「「了解!」」

アルモとココが慌しく作業を開始する。その横で、戦闘宙域の様子を確認したヴァインは、1つの変化に気付いた。

「紋章機が・・・7機?」

以前自分が救出されたときに確認した紋章機の数は6機。エルシオールに保護されてからも7機目が搭載されているという話は聞いたことが無い。

ヴァインが不思議そうにする中で、レスターが口を開き、その疑問に答える。

「帰ってきたのさ、あいつが・・・」

「・・・帰ってきた?」

「あぁ・・・帰ってきたんだ。タクトが」

「タクト・・・あの英雄タクト・マイヤーズ、ですか? あれが・・・」

ヴァインは食い入るように戦闘を見つめる。

「・・・見事ですね。さすがは英雄です。これだけの敵をもろともしていない。それに、エンジェル隊の皆さんも以前とは動きがまるで違う」

「これがタクトと彼女達エンジェル隊の心の繋がり、絆の強さの証明なんだ」

「心・・・・・・絆の力・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

自らが率いる艦隊が次々と撃ち落されていく様を、ロウィルは表情も変えず見つめていた。

しかし、もしこの場に彼をよく知る人物がいたとすれば、あるいは気付いたかもしれない。

今の彼の心が様々な感情で入り乱れていることに。

「・・・・・・何故だ」

儀礼艦エルシオール、そして紋章機。

ネフューリアが倒されたときの戦闘データをあらゆる方面から分析し、やつらの戦闘能力は完全に把握していた。

その結果、いかに限界性能を発揮したとしても、我が艦隊の戦闘能力値を上回ることはないという解答を導き出したのだ。

だが、現状はどうだ。

やつらは計算をはるかに上回る戦闘能力を叩き出し、我が艦隊は既に7割が消滅している。

――――理解できない。

――――何故計算と違う。

 

 

 

 

「これが心の強さだ、ロウィル! 俺達の力を物差しで測ることなんて絶対に出来ない!!」

タクトの咆哮と共に、0番機のファランクスレーザーが一斉に放たれ、艦隊をまとめて薙ぎ払う。

 

 

 

 

ついにロウィルは屈辱に顔を歪ませた。

自分より優れた種別など存在しない、それが持論の彼にとって、自分よりも劣るものに敗れることほど屈辱的なことはない。

――――艦隊の9割を失ったロウィルは、とうとう撤退を余儀なくされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つづく