ヴァル・ファスクのNo.2、ロウィル率いる艦隊を奇跡の逆転劇で退けたエンジェル隊。
戦いを終えた紋章機が1機、また1機とエルシオールへ収容されていく。
ラッキースター、カンフーファイター、トリックマスター、ハッピートリガー、ハーベスター、シャープシューター。
―――そして、0番機。
着艦完了のシグナルが出るなり、ミルフィーユはラッキースターから駆け出した。
激しく高鳴る胸の鼓動も、周囲のざわめきも、今のミルフィーユの耳には届いていない。
今、彼女の意識は唯一つのものにしか向けられていない。
視線の先、白銀に輝く紋章機と、そこから彼女と同じように駆け出してくる一人の青年―タクト・マイヤーズ。
ミルフィーユの意識は彼しか捉えてなかった。
「ミルフィーッ!!」
タクトが彼女を呼ぶ。
その声を聞いた途端、ミルフィーユは瞳から涙を零した。
夢じゃない・・・・・・幻なんかじゃない・・・・・・ッ!!
「タクトさん・・・・・・」
帰ってきてくれた・・・・・・。
「タクト、さん・・・・・・ッ!」
本当に帰ってきてくれたんだ・・・・・・!
「
タクトさん・・・・・・タクトさん・・・・・・ッ タクトさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!!!!」ミルフィーユは両手を広げ、タクトの胸へと飛び込む。
タクトもまた、そんな彼女を放すまいとその背に腕を回し、きつくその身体を抱きしめたのだった
――――
GALAXY ANGEL 〜Marital vows〜
〜第7章 彼の帰還〜
「う・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! 寂しかった・・・寂しかったんですよぉ〜〜〜っ!!」
タクトに縋りつくなり、ミルフィーユは堰を切ったように泣き出した。
最終決戦において0番機が消失し、一度は全てを諦めかけたものの、立ち直り、タクトの生還を信じてこれまで戦ってきたミルフィーユ。
しかし、信じているからといって不安が無くなるわけではない。大切なものだからこそ、信じる気持ちと同じくらいに不安もまた大きくなるのだ。
声を上げて泣きたかったことなど一度や二度ではなかったはずだ。
だが、彼女は耐えてきた。
仲間に心配をかけぬために・・・・・・そしてなによりタクトを想うが故に・・・・・・ミルフィーユは必死にその衝動と戦ってきた。
その戒めが、今、ようやく解き放たれたのだ。
タクトはミルフィーユの頭を優しく撫でながら、何度も『ごめん・・・』と謝り続けた。
胸を濡らすミルフィーユの涙が、彼女の全ての想いを物語っていたから
――――
そんな二人にエンジェル隊のメンバーは少し離れたところから優しい眼差しを送っていた。
「・・・あ〜あ、本当なら飛んでいって文句の一つでも言ってやりたいところだけど」
「それは野暮というものですわ、ランファさん」
「わかってるわよ。あたしだってそのくらいの場の空気は読めるわ」
やれやれ、とランファは肩をすくめる。その横でフォルテがやや冗談めいた口調で続けた。
「なんにせよ、血を見ることはなさそうだねぇ。帰ってきたらボコボコだ〜なんて言ってたけど、まぁミルフィーの性格からしてそれは無いと思ってたし」
「言ったじゃないですかフォルテ先輩。ミルフィー先輩に限ってそんなことはないですよ。ランファ先輩じゃあるまいし
――――」ムギュッ!!
「ひゃう!?」
ちとせの両の頬がもの凄い力で抓られる。
「ちとせ〜、デジャヴかなぁ? な〜んか前にも同じような台詞を聞いたような気がするんだけど〜?」
「い、いひゃい、いひゃいれふ〜 (い、痛い、痛いです〜)!!」
ちとせは懸命に放してくれと訴えるが、ランファは闇を纏った笑顔で、さらに抓る指に力を入れた。
「冗談なら性質が悪いけど・・・素ならなお性質が悪いわよ〜?」
「ほ、ほへんひゃひゃい〜(ご、ごめんなさい〜)」
「よろしい」
ランファの手からちとせの頬が解放される。途端にぺチン、と張りの良い音が響いた。
うぅ〜、と涙目になりながら頬を両手で摩るちとせ。
「大丈夫ですか・・・? ナノマシンで治療を・・・」
「い、いいえ、ヴァニラ先輩のお手を煩わせるほどのことではございませんので・・・」
自分の口が災いの元ですし、と小声でヴァニラに語りかける。
ヴァニラは少しの間考えた後、『わかりました・・・』と言って引き下がる。が、その際ヴァニラも小声で『もしも辛いようでしたら遠慮なく言ってください・・・』とちとせに残した。その瞬間、ちとせはヴァニラの背に後光を見たような気がしたという。
彼女達がそんなやりとりをしている中、格納庫の入り口から、レスターが僅かに怪訝顔で歩み寄ってきた。
エンジェル隊のことだ、今頃はタクトを取り巻いてモミクチャにしているに違いない、と半ば確信していた予想が大きく的を外していたためだ。
レスターの存在にいち早く気が付いたミントの耳がピコピコと揺れ動く。
「あら副司令。タクトさんのお出迎えですか?」
「まぁそんなところだ。それよりお前達こそ、ここで何をしているんだ?」
その問いかけに、ミントは微笑みながら視線でレスターを促す。彼女の視線を追って、レスターも瞬時にその原因を理解した。
「・・・なるほどな。確かに今のあの二人の間に割って入るのは無粋だな」
「副司令なら問答無用で割って入っていきそうな気もするけど」
「・・・・・・俺だってそこまで野暮じゃないぞ」
ランファの言葉に、心外だと言わんばかりの溜息を吐きつつ、レスターはブリッジに通信を入れる。
『あ、クールダラス副司令。ちょうど良かった、今そちらに通信を入れようと思っていたところなんです』
「ん? どうかしたのか?」
『先ほど白き月にマイヤーズ司令帰還の報告をしました。それで、ノアさんから伝言です。 「さっさとタクトを連れて来い」 以上』
「・・・えらく直球で簡潔な伝言だな」
『あ、あはは・・・。それで、どうしましょう?』
「無視するわけにはいかんだろう? それに、俺も元々そのつもりで通信したんだ。エルシオールは白き月への着艦作業に入ってくれ。シャトヤーン様とノアにはエルシオールの着艦が完了次第タクトを連れて行くと連絡を頼む」
アルモにそう伝えて通信を切ると、レスターは抱き合うタクトとミルフィーユに視線を送る。
「・・・エルシオールの着艦作業が完了するまで、あの二人はそっとしておいてやろう。今くらい、ミルフィーユにはあいつの胸で泣かせてやりたい・・・・・・。ミルフィーユは・・・・・・頑張ったからな・・・・・・」
その口調は普段の彼からは想像もできないほど穏やかで・・・・・・そして優しかった。
(クールダラス副司令って、こんな表情もできたんだ・・・・・・)
レスターの横顔をランファは呆然と見つめる。それはランファだけではなく、フォルテを除くエンジェル隊の面々も同じだ。
同時に彼女達のレスター・クールダラスという人間に対する信頼感が一層高まった瞬間でもあった。
一方、自分に向けられている視線に気付いたレスターは、思い出したかのように労いの言葉をかけた。
「お前達も今日は本当によくやってくれた。礼を言う。エルシオールの着艦が終わるまではもう少し時間がかかるだろう。それまではお前達も休んでくれ」
それだけ言うと、レスターは踵を返しその場を去って行こうとする。
しかし、そんな彼の腕に、まるで長年連れ添った夫婦のように自然な流れで、そして鮮やかに自分の腕を絡ませる人物がいた。
ちょっと身長的に苦しそうなその人物とは・・・
「副司令、もう行ってしまわれるんですの?」
ミントだった。
「自分で言うのも何なのですが、私、先程の戦闘では結構頑張ったと思いますの」
「そ、そうだな。俺もよくやってくれたと思っているぞ」
彼女の突然の行動にギョッとしながらもレスターは答える。
「ありがとうございます。それで私、今とても喉が渇いているんです。労いのお言葉はうれしいのですが、私としては今はティーラウンジでおいしい紅茶を頂きたい気分でして」
ミントはそこで一旦言葉を切る。
(・・・ようするに俺に奢れということだろうか。司令官に集るのはどうかとも思うが・・・今更だな。それに今日の勝利は彼女達の力があってこそだからな)
「わかった。ご馳走しよう」
その言葉にミントはパァっと花が咲いたような笑顔を浮かべる。子供のようなその反応に、レスターはやれやれと苦笑いした。
「それでは早速参りましょうっ」
ミントがレスターの手を引き、意気揚々と歩き出す。その瞬間、レスターの表情にピシッとヒビが入った。
「ちょ、ちょっと待て。俺も行くのか!?」
「? 何を言っていますの? ご馳走してくださる本人が一緒に行かないはずがないじゃないですか」
「・・・・・・」
極上の笑顔を見せるミントの隣で、レスターはダラダラと汗を流す。
彼は元々代金だけ渡して自分はブリッジに戻るつもりだったのだ。それに、タクトならまだしも、自分が彼女に誘われるなど少しも考えていなかった。
早急にこの場を撤退しなければ・・・!
レスターは必死に思考を走らせ、その方法を模索する。だが、彼女達はそれを許さなかった。
「ミントばっかりずるいですよ〜? もちろんあたしにもご馳走してくれますよね?」
ランファが空いているもう一方の腕に自分の腕を絡ませる。
「ランファとミントだけなんて不公平なことは言わないよねぇ? 当然あたし達も一緒にさせてもらうよ」
フォルテがレスターの肩にポンッと手を乗せて、からかうような口調で言った。
レスターの顔が蒼白になる。
「ま、待て、別に奢るのはかまわん・・・。だが、ティーラウンジにはお前達だけで行ってくれ!」
レスターには、エンジェル隊の華やかな空気の中で、ひたすら恐縮している自分の絵が容易に想像できた。
そもそも自分はティーラウンジでお茶なんてキャラじゃない。
「お、俺が一緒にいたところでおもしろいことなんて何もないだろう!?」
「そんなことはありませんわ」
今のテンパッている副司令がとてもおもしろいですわ、というのがミントの本音だが、さすがに口に出すことはない。
「それに、私達のテンションを高く保つのも司令官の立派な勤めですのよ?」
「そ、それはそうかもしれんが・・・。まて、話し合おう、今君達は冷静な判断力を失っているのだ。せ、戦場において判断力を失くすというのは
――――」「連行♪」
レスターの言葉を遮り、ミントが朗らかに告げる。
5人に囲まれ、ずるずると引き摺られて行くレスター。今この場にBGMが流れているとすれば、間違いなくドナドナだろう。
格納庫を出る間際、ランファはもう一度ミルフィーユに視線を送った。
「・・・よかったわね、ミルフィー」
*
1時間後
――――エルシオールの着艦作業も無事終了し、レスターはタクトとエンジェル隊、ルシャーティ、ヴァインを引き連れて白き月謁見の間へと向かっていた。
その途中、タクトはレスターに声をかけた。
「レスター、何かやつれてないか?」
「・・・あぁ。どっかの誰かさんのかわりに慣れない司令官なんかやらされていたからな。特にこの1時間で俺の精神はズタボロだ・・・・・・」
あの後、ティーラウンジへと連行されたレスターを待っていたのは、彼の予想をはるかに上回る事態だった。
彼女達のノリについていけず、孤立する自分・・・・・・そのほうがどんなに良かっただろうか。
エンジェル隊の面々は何かとレスターに絡んでいった。それは単にエンジェル隊の彼を見る目が変わったからなのだが、レスターにはその理由が皆目見当がつかなかった。
何故だ・・・何故彼女達はこんなにも俺に絡んでくる・・・・・・と内心で何度も自問しながら、レスターはただひたすらに時間が経過するのを待った。
自分がそのとき何を話したかなど、さっぱり覚えていない。
「つれないですわ、副司令。私達はとても有意義な時間でしたのに。是非ともまた私達とティーラウンジでお茶をご一緒していただきたいものですわ」
「・・・勘弁してくれ。俺が死んでしまう・・・・・・」
「レスターがティーラウンジでエンジェル隊とお茶!? あはははははははははははははははははははははははっっっ!!」
「笑いすぎだ、ちくしょう・・・・・・」
その光景がツボにはまったのだろう、爆笑するタクトにレスターは非難の目を向ける。
「・・・お前は最愛の恋人との抱擁で血色のいいことこの上無いな」
レスターは、今もしっかりと繋がれているタクトとミルフィーユの手を睨みながら、皮肉をこめて言った。
その言葉に恥ずかしそうに頬を染めるミルフィーユをよそに、タクトはうろたえることなく、堂々と言ってのけた。
「当たり前じゃないか。俺とミルフィーは銀河最強のカップルだからねっ」
「・・・もういい。どうでもいいが謁見の間では手を繋ぐのをやめるんだぞ」
レスターはプラプラと手を振り、投げやりに答える。
「それはそうとレスター。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかい?」
「・・・何だ?」
「いや、この二人のこと俺全然知らないんだけど、紹介してくれない?」
見知らぬ二人 ― ルシャーティとヴァインに視線を向けてタクトが言う。その問いかけにはレスターが答えるよりも先に、ルシャーティ本人が答えた。
「申し遅れました。私はルシャーティと申します。こちらは弟のヴァイン」
「よろしくお願いします」
「ルシャーティにヴァインか。俺はタクト、タクト・マイヤーズ」
「存じております。マイヤーズ様の勇名はEDENにも届いていましたから」
「EDEN、だって? 君たちは一体・・・・・・」
「タクト。それに関してはこの後説明されるだろう。今は謁見の間に行くことが先だ」
「あ、あぁ、わかった。とりあえずよろしく、二人とも」
「はい。よろしくお願いします。タクトさん」
*
――――沈黙が場を支配していた。
(・・・な、なんでこんなことになってるんだろう)
頬に一筋の汗を流しながら、タクトは逸らしていた視線をゆっくりと元に戻していく。
「・・・・・・」
そこにはやはり、唇をきつく結び、刺すような視線で自分を見据える、黒き月の管理者の姿があるだけだった。
「・・・あ、あはは」
乾いた笑い声を上げながら、タクトの脳内はこの原因の究明に必死だった。
(え、謁見の間に来てから俺何もしてないよな・・・? シャトヤーン様とノアに挨拶もしたし、ずっと連絡出来なかったことについてもちゃんと謝ったし・・・。というかノアは謁見の間に来たときからこんな感じだったわけで・・・・・・。あぁ、さっぱりわからないっ)
タクトは頭を掻き毟りたい衝動を必死に堪えながら、もう一度ノアに声をかける。
「えっと・・・ノア?」
「・・・・・・・・・・・・」
「ノア、さん? お〜い」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
(・・・泣きたくなってきた)
そろそろタクトのほうも限界のようだ。
だが、タクトに限界が迫ろうとも、ノアは如何せん口を開こうとはしなかった。いや、開けなかったというのが正しいだろう。
彼女は今、己の内からわき上がる衝動との戦いに全力を注いでいるのだから。
(・・・ま、まずい・・・・・・泣きそうだわ・・・・・・だ、駄目よノアッ、こんなところで泣いたら、確実に『泣き虫さん』の烙印が・・・・・・ッ!)
ノアの心中はこんな感じである。
しかし、このままではさすがにタクトが可哀想だ、ということでミントが助け舟を出した。
もっとも、今の彼女の顔には、いたずらを思いついた子供のような笑みが浮かんでいるが。
「タクトさん、タクトさん」
「・・・ミント?」
「ノアさんは、嬉しさのあまり溢れ出そうになる涙を堪えるのに必死だそうですわ」
「ち、違うわよッ!!」
涙声。
説得力皆無の否定の言葉が周囲に響いた。
ぐっ・・・、と声を漏らし、慌てて背を向けるノア。ミントがくすくすと笑みを浮かべている。
その一方でタクトは、ノアが自分のために涙を流しているという予想もしていなかった事実に、ただただ呆然とさせられていた。
どう声をかければいいのか、それを懸命に模索している。
そんな彼を、今度はランファが肘で軽く小突く。
「ラ、ランファ・・・?」
「驚いてるみたいだけど、実はノアってばね、あんたがいなくなったときも大泣きしたって言ってたわよ?」
「えぇ!?」
ヒュッッッッ!!!!
驚愕の声を上げるタクトの横で、突如風を切るような音が響いた。続いてドスッという鈍い音が。
目にも止まらぬ速さで放たれたノアの回し蹴りが、ランファの脇腹に突き刺さっていた。
苦悶の声を漏らし崩れ落ちるランファ。その横でノアは、怒りと羞恥で顔を真っ赤にし、プルプルと振るえている。
数秒後、ランファは咆哮と共に激しく起き上がり、
「なにすんだ、このーーーーーーーッッ!?」
今しがた自分に蹴りをくれた相手に食ってかかった。だが当然ノアも負けてはいない。
「うるさいっ!! あ、あんたねぇ、よりにもよってここでそれを言う!? 普通言う!?」
「何よ!! 大泣きしたって言ったのは自分でしょーーーー!?」
「だからそれをここで言うかって言ってるのよ!! 全く、脳味噌まで筋肉になるとデリカシーってものが無くなるのかしらね!!」
「きん・・・ッ!? ふ、あんたとは一度きっちりと決着をつける必要があるみたいね、ノアッ!!」
「ふんっ! 月の管理者の力、あまく見ないことね、フランボワーズッ!!」
両者の間にバチバチと飛び散る火花。
今ここに銀河を揺るがす大決戦の火蓋が切って落されたのだった。
「銀河を揺るがす大決戦か、っていうツッコミはこの際置いとくとして・・・。と、止めなくていいのかな?」
拳と拳をぶつけ合うノアとランファを指差しながら、タクトは傍らのミントに問いかけた。
「それは野暮というものですわ、タクトさん」
「野暮なの!?」
「えぇ、野暮ですわ」
ミントは平然と言う。というのも彼女には、この事態がノアにとって、感情を誤魔化すのに非常に助かっているということがわかっていた。
今のノアは、とにかくめちゃくちゃに動いて、叫んで、押し寄せる恥ずかしさから逃避することに必死なのだ。
もしかしたらランファの行動も、実はこれを見越してのことだったのかもしれない。彼女もまた不器用な優しさの持ち主だから。
もっとも、それが真実かどうかは本人にしかわからない。
「喰らえっ! 一文字流星キーーーーーック!!」
・・・・・・単なる地かもしれないが。
勝負は格闘モノのお約束とも言うべきか、両者クロスカウンターによるダブルノックダウンで幕を閉じた。
いや、決して格闘モノではないのだが。
今は二人ともヴァニラのナノマシンで治療の真っ最中だ。
「・・・なかなかやるじゃない。あんたの名前、あたしの生涯のライバルとして刻んであげるわ」
「・・・あんたもね、フランボワーズ」
奇妙な友情が芽生えたらしい。
「それにしても最後のクロスカウンターは凄かったねぇ」
「はい。身長差からくるリーチの不利を足の長さでカバーしたノアさんのカウンター。お見事でした」
フォルテとちとせが驚嘆の眼差しで感想を述べているが、着眼点がそこで本当に良いのかは甚だ疑問だ。
「・・・ミルフィー。俺は一体何処からツッコミを入れたらいいんだろうね」
タクトの問いかけに、ミルフィーユは困った笑顔を浮かべるしかできなかった。
*
「さて、早速本題に入りましょ」
「あ、あはは・・・。そ、そうだね。よろしく頼むよ」
何が早速なのかどうかはこの際触れないことにした。
何事もなかったかのように平然と言い放つノアにタクトは苦笑いを浮かべながら先を促す。
「じゃあまずあたしからの質問。これはあたしだけじゃなくて、この場の全員の疑問だと思うんだけど。タクト、あんたはこれまで何処で何をしていたの?」
「・・・えっと、確かにもっともな疑問だと思うけど、それに関しては俺もはっきりしたことはわからないんだよね」
タクトは、ばつが悪そうに答える。しかし、そんな答えにノアの態度といえば
「まぁ、そんなところだと思ってたわ」
と、何とも淡白なものだった。
てっきり『はぁ!? あんた馬鹿ぁ!?』と何処ぞの汎用人型決戦兵器のパイロットのような罵りが返ってくるものだとばかり思っていたタクトとしては、何だか拍子抜けだ。
「あんた達がここに来る前にエルシオールから0番機のログデータを転送してもらって解析しておいたから、あんたがネフューリアの最終決戦の時からこれまでの間何処で何をしていたかは凡そ理解してる。だから、その疑問についてはあたしが説明するわ」
「はは・・・」
当の本人にもわからないことを他者に説明されるというのも何だかおかしい気もするが、自分に説明できないという事実は変わらないので、タクトは静かに耳を傾けることにした。
ノアがゆっくりと語りだす。
「・・・まずはネフューリアとの最終決戦の時、タクトがどうやって逃げ延びていたかについてだけど。これについてはまず0番機に搭載されていた武装から説明する必要があるわ」
「0番機の武装・・・ですか?」
「えぇ。あたしもログデータを見るまでは知らなかった武装なんだけどね。その武装の名称は『デリーション・ブリット』。あんた達、クロノ・ストリングが宇宙創生のエネルギーのかけらだってことくらいは知ってるわよね?」
「一応・・・」
「結構。で、かけらといっても宇宙創生のエネルギーなわけだから、それでも途方も無い力をクロノ・ストリングは秘めているの。デリーション・ブリットはこのクロノ・ストリングを直接武器として使用したものなのよ」
「クロノ・ストリングを、直接武器として使用だって・・・!?」
エンジンなどの動力源として使用されていることならわかるが、武器としてそのまま使用するなんて話は聞いたことが無かった。
驚きの声をよそにノアの説明は続く。
「わかりやすく物に例えると、クロノ・ストリングが大きく膨らんだ風船。で、その風船を破裂させるための針、これを一緒にしたものがデリーション・ブリットだと思って」
ご丁寧にその図がウィンドウに表示される。
「特定座標上に向けて風船を射出。そこに辿り着いた時点で針を刺し、この風船を破裂させる。その結果生じる爆発的なエネルギーによって別の空間、アナザースペースを作り出し、そこへ通じる半径100メートルほどのゲートを開くの。そしてそのゲートに触れたものを強制的にアナザースペースへと引きずり込み、この世界から消し去る。デリーション・ブリット、まさに文字通りってわけ。まぁ0番機だからこそ搭載できた兵装なんだけどね」
平然と言うノアだが、常識を逸脱したその内容にタクト達は言葉がない。どんなに強固な装甲を纏おうとも、この兵装の前では全くの無意味。ある意味では最強の兵器だ。
と、そこで何かに気付いたちとせが慌てて声を上げた。
「ま、待ってくださいノアさん。その武装、デリーション・ブリットがタクトさんが逃げ延びたことに関係しているということは・・・・・・」
「察したみたいね。そう、巨大戦艦の爆発に巻き込まれる瞬間、0番機はデリーション・ブリットを0距離で起爆させたのよ。そして、0番機自身をアナザースペースに転移させることによって、あの爆発から逃れたってわけ。まさかこんな馬鹿げた方法で逃げ延びていたなんて思いもしなかったけどね」
「ちょ、ちょっと待ってよノア。俺、あの時そんな兵装を起動させた記憶なんてないんだけど・・・」
「そうみたいね。0番機のログデータからはあんたが操作したっていう情報は出てこなかったし。信じがたいことだけど、デリーション・ブリットは0番機が勝手に起爆させたみたいなのよ。まるで自分自身の意思を持っているみたいに。でも、はっきりいって無謀もいいところよ? アナザースペースから自力でこちら側の世界に戻ってこられる確率なんて、まさに天文学的数値なんだから」
「そ、そうなの・・・?」
コクリ、とノアが頷く。
自分がそんな恐ろしい空間を彷徨っていたという事実に、今更ながらタクトは冷や汗が流れるのを感じた。
ノアの言葉が続く。
「それにアナザースペースは時が止まっているのに近い状態だから、死ぬことも許されず、下手をすれば無限の苦痛を味わうことになってたかもしれないわ」
「ちょ、ちょっと待った。時が止まってるって言ったけど、俺はアナザースペースでも普通に行動してたよ? 実際あの最終決戦からこれまで、0番機でずっと出口を探しまわってたし」
時が止まっているというのなら、自分の意識もアナザースペース入った瞬間から止まっていたはずだというのがタクトの言い分だった。
「時が止まってるとは言ってないわ。止まってるのに近い状態だって言ったの。アナザースペースではこちら側の世界の常識は通用しない。あたし達の世界の言葉で例えるなら、その表現が近いってだけ。もっと簡単に言うなら、アナザースペースではあたし達は不老不死になるってわけ。実際タクト、一ヶ月以上の間何も口にしなくても生きてられたんでしょ?」
「あ、そういえば・・・・・・」
ノアに言われて、タクトは初めて自分がアナザースペースにいる間、一向に空腹を感じたことがなかったことに気付いた。
「そういうことよ。ホント、よく自力で戻ってこれたもんだわ」
「い、いや、別に自分が何か凄いことをしたっていう気はないんだけど・・・。ただ、夢を見て・・・エンジェル隊のみんなが・・・ミルフィーに危険が迫っていて・・・助けに行かなくちゃって思ったら、0番機が応えてくれて・・・・・・」
タクトの言葉に偽りはないのだろう。だが、だとしたら、彼の仲間への想い、そしてミルフィーユへの想いは、どれほど大きく、どれほど純粋なものなのだろうか。
アナザースペースを打ち破るほどの想い・・・・・・
(今なら何となくわかる・・・・・・0番機がタクトを適格者と認めた理由)
ノアは呆れながらも優しい眼差しをタクトに向ける。
同時に、これほどまでにタクトに想われているミルフィーユに対して、ちくりと胸を刺す痛みも感じたのだが、このときのノアはそれを気に止めることはなかった。
「とまぁ、タクトに関する説明はこんなところね。次はタクトの疑問に答える番。あんたもこの二人、ルシャーティとヴァインが何者なのか、気になってるでしょ?」
「あ、あぁ、そうだね。説明してくれるかい?」
自分の身に起きていたことには驚いたが、それは既に過去のこと。
タクトは思考を切り替え、ノアの口から話される一語一句に耳を傾けた。
――――EDENが現存していたこと。
――――そのEDENがヴァル・ファスクに支配されているということ。
――――そして、ルシャーティとヴァインが、自分達に助けを求めるためにやってきたEDENの使者であるということ。
「・・・そうだったのか。そんなことが・・・・・・」
全てを聞き終えたタクトが、顎に手を当て、真剣な面持ちで思考を走らせる。その横顔は紛れもなく司令官のそれだった。
レスターが自然とタクトの横につく。
この顔になったときのタクトは、普段からは想像もできないほど信頼のおける人間に変貌するということを、長年の付き合いから理解しているが故の行動だ。
「・・・レスター!」
「おうっ!」
タクトの言葉を一語一句漏らさぬように、レスターは凛として応える。そして
――――「すぐにルシャーティとヴァインの歓迎会の準備をしてくれっ!」
ガンッッッ!!!!
レスターの壮大な頭突きがタクトにきまっていた。
「・・・痛いぞ、レスター」
「・・・っ、誰のせいだ!! タクト、お前真剣な顔してそんなこと考えていたのか!?」
「そんなことって・・・。ルシャーティとヴァインにはこれからも協力してもらうんだろ? だったらより良い友好関係を築こうとするのは当然じゃないか。あ、もしかしてもう歓迎会やった?」
「い、いや、やってはいないが・・・。だからって、時と場合ってもんがあるだろう!?」
「別にいいんじゃないかい? 二人に協力してもらう以上、お互いのことをよく知っておくっていうのは確かに大事なことだからね。タクト帰還の祝いもかねて、パァーっとやるのも悪くないと思うよ」
「お、おい、フォルテ。お前まで何を・・・・・・」
まさかの人物の賛同にうろたえるレスター。そんな彼をよそに、事態はどんどん収拾のつかぬ方向へ転がっていく。
「確かにタクトとフォルテさんの言う通りね。それに歓迎会なんてイベントを逃したとあっちゃ、エンジェル隊の沽券に関わるわ」
関わるのだろうか・・・。
「よ〜し。こうなったらルシャーティとヴァインの歓迎会 & タクトお帰りパーティ、いっちょ派手にやってやりますか〜!!」
ランファは拳を突き上げ、高らかに宣言する。そしてその勢いは次々と他の仲間へと感染していく。
「ヴァニラさん、ちとせさん。今回のパーティ、これまでで一番盛大なパーティにしましょうね」
「はい」
「わかりましたっ」
ミント、ヴァニラ、ちとせもやる気満々だ。
「タクトさん! あたし、おいしいお料理たっくさん作っちゃいますねっ!!」
「あぁ。期待してるよミルフィー。何たってミルフィーの料理は宇宙一だからね」
「タクトさん・・・」
こっちはこっちで既に二人だけの世界を展開しかけている。
「・・・・・・」
レスターはノアに視線を向ける。黒き月の管理者がこんなときに歓迎会なんてものを許可するはずがない、そんな望みを託して。
ノアがレスターの視線に気付いた。
「いいんじゃない? 歓迎会くらい。あれだけ甚大な被害を負ったんだもの、敵は態勢を整えるだけでもかなりの時間を要するはずよ。すぐさま反撃をしかけてくるなんてことはまずないでしょうしね。それに、これで全体の士気が上がるっていうんなら、反対する理由も無いし」
最後の砦はあっさりと陥落した。
「よ〜し、ノアの許可も出たことだし、早速準備に取りかかろう! あ、ノアも参加するよね? シャトヤーン様もいらしてください。」
「あたしは別にかまわないけど」
「・・・よろしいのですか?」
「はい、是非!」
その上歓迎会には白き月の管理者と黒き月の管理者までもが参加することになったらしい。
(・・・・・・もう・・・何も言うまい)
全てを諦めたレスターだった。
タクト達がルシャーティとヴァインの背中を押して、慌しく出て行く。
しばらくして、謁見の間にはノアとシャトヤーンの二人だけが残された。
先程とは打って変わっての静寂の中、ノアが静かに言葉を漏らす。
「・・・まったく、騒がしい連中ね。タクトが帰ってきたからって浮かれちゃってさ・・・・・・っ」
ポツリ、ポツリ、とノアの足元に雫が零れ落ちる。
ランファのおかげで一度は堪えていることができた涙。だがそれももう限界だった。
「・・・・・・ねぇ、シャトヤーン。あいつ・・・帰って、きたのよね・・・? 本当に、帰って、きたのよね・・・ッ?」
シャトヤーンに背を向けたまま、ノアは震える声で問いかける。シャトヤーンは、そんなノアを後からゆっくりと、優しく抱きしめた。
「えぇ。マイヤーズ司令は帰ってきました。必ず帰ってくるという、あなたとの約束を守って」
「・・・・・・遅すぎなのよ・・・バカ・・・ッ」
「・・・おかえり・・・タクト・・・・・・」
つづく