―――ここはエルシオール内部の銀河展望公園。
普段は乗組員の癒しの場として利用されているそこは、
『タクトお帰りパーティ&ルシャーティとヴァインの歓迎会』
の会場として、その姿を大きく変えていた。
現在その場には、パーティの主役であるタクトとルシャーティ、ヴァインはもちろんのこと、ミルフィーユ、ランファ、ミント、フォルテ、ヴァニラ、ちとせというエンジェル隊の面々。レスター、アルモ、ココのブリッジ組に、月の管理者であるシャトヤーンとノアまでもが出席していた。
ある意味、全員集合状態だと言っても過言ではないかもしれない。
この普通にはありえないことを平然と行う辺りは、さすがエルシオールといったところだろう。
「みんな〜、グラスは行き渡ったかな〜?」
「「「は〜いっ」」」
ランファのハイテンションな声に、これまたハイテンションな声が応えた。
彼女はニコリと頷くと、傍らのタクトの肩をポンと叩く。タクトのほうは彼女の意図が分からず困惑顔だ。
「それじゃあ、タクト。挨拶のほうよろしくっ」
「あ、挨拶? なんでまた俺が・・・」
「一応タクトも主役なわけだし。ルシャーティとヴァインにいきなり挨拶させるのも可哀想でしょ? それにタクト、司令官じゃん」
「『じゃん』ってランファ・・・。俺って今は司令官じゃないだろう? 今の司令官はレス
――――」俺に話を振ったらコロス、というレスターの絶対零度の視線を受けて、タクトは慌てて言葉を引っ込めた。
「・・・わかったよ、ランファ」
タクトはその場の全員をゆっくりと見渡す。
視線が自分に集中するのを感じて、咳払いをひとつ。
そうして、タクトが今まさに言葉を発しようとしたそのとき、
「かんぱーーーーーいっ!」
「「「かんぱーーーーーいっ!」」」
ランファの音頭と、それに続くようにグラスがぶつかり合う快音が響き渡った。
「まだ何も言ってないんだけどね!?」
どうせこんなことだろうと思ってたYO! と俯き、さめざめと涙するタクト。
だが、そんな彼に救いの手を差し伸べる者がいた。
てっきり最愛の恋人だと思い、顔を上げたタクトであったが、そこにいた意外な人物に目を見開く。
「・・・ノア?」
そう、黒き月の管理者であるノアである。
まさか・・・ノアが俺をなぐさめてくれるのか・・・?
そんな、彼女に限ってそんなことが・・・。
いや、でも、俺がいなくなったときも泣いてくれたってランファが言ってたし・・・もしかしたら。
僅かに期待して、縋るような目で、タクトはノアを見つめる。
そんなタクトにノアは優しく微笑み、そして一言、
「ぶざまね」
「うわぁーーーーーーーーーーんっっ!!」
ざっくりと斬り捨てられたタクトは、今度こそ本気で涙するのであった。
GALAXY ANGEL 〜Marital vows〜
〜第8章 親友の願い〜
「もう、タクトさんをいじめちゃ駄目だよぉーっ!」
タクトを抱きしめ、小さな子供をあやすように頭を撫でながら、ミルフィーユは非難の声を上げる。
「いや〜面目ない。何かこういうノリって久しぶりだから、つい」
「まさかマジ泣きするとは思わなかったわ・・・」
ランファは苦笑いを浮かべて、頬を人差し指で軽くかきながら、ノアは僅かに呆れた様子でそう答えた。
「ほら、タクト。悪かったって。さっきのは軽いジョークじゃない。機嫌なおしてよ」
「・・・いいんだ。どうせ俺なんて主役なのにお笑い担当の哀れなピエロなんだ・・・。俺の存在意義なんてそんなものなのさ・・・」
真っ白になってぶつぶつと語るタクト。
ランファは、あんたも謝りなさいよ、というように、ノアを肘で軽く小突いた。
タクトの精神に多大なダメージを与えたのが、ノアの『ぶざまね』の一言であったことは誰の目にも明らかだった。
しかし、ノアはどこか納得できない。
確かにキツイ言葉だったかもしれないが、普通ここまで落ち込むものだろうか。
タクトだって、本気で言ってるわけじゃないことくらい、分かっているはずじゃないか。
そこまで考えたところで、今のタクトの姿を改めて見直した彼女は、ピンときた。
「・・・タクト。あんたミルフィーユに抱きつきたくて、わざと傷ついたフリしてるんじゃないでしょうね・・・」
ビクッとタクトの体が震えた。ノアの言葉が正しかったということの証明だった。
し〜〜〜〜〜ん・・・・・・
沈黙が重く圧し掛かる。
タクトはそそくさとミルフィーユから離れて、またしても咳払いを一つ。
そして、これまでのやりとりを見て固まっているルシャーティとヴァインの方へと向き直り、
「こんな感じでエルシオールは何かと規格外な艦だけど、二人とも自分の家だと思って楽にしてくれて構わないからね☆」
ご丁寧に語尾に『☆』までつけて、爽やかな笑顔で言った。
直後、ランファが何処からか取り出したハリセンで、彼をしばき倒したのだった。
「まったくっ! 真面目に謝って損したわっ」
「・・・しっかりハリセンで叩いたくせに」
「あぁん?」
「・・・ナンデモゴザイマセン」
ランファに睨まれ、タクトは額に脂汗を浮かべる。
「あの・・・タクトさん、ランファさん」
蛇と蛙の状態になっている二人に、ヴァニラがおずおずと声をかけた。
「ん? なに、ヴァニラ」
「いえ・・・、ルシャーティさんとヴァインさんが、固まっています・・・」
ヴァニラの視線を追っていくと、そこには同じ姿勢で目をパチクリさせている二人の姿。
「あちゃ〜」
「ふふ、やはり私達の関係はEDENにおいても不可思議なもののようですわね」
ミントがくすくすと笑みを浮かべていると、ちとせが二人のもとへ歩み寄っていった。
「ルシャーティさん、ヴァインさん、落ち着いて聞いてください。理解に苦しむかもしれませんが、エルシオールではこれが当たり前のことなんです」
「は、はぁ・・・」
「大丈夫です。最初のうちは戸惑うかもしれませんが、この艦にいれば、じきに慣れます。私が保証します」
「ま、そうでもなければ、黒き月の管理者と殴りあったりもしないでしょうねぇ。というか普通できない?」
先輩風を吹かせるちとせにノアが続く。しっかりとランファをジト目で睨みながら。
「「なるほど・・・・・・」」
謁見の間でのノアとランファの大決戦を思い出した二人は、そろって頷いた。
「まぁそんなわけだから、あんまり気にしないでね?」
「いやだから、あんたは少しは気にしなさいよ・・・」
自分の視線を無視して朗らかに話すランファに、ノアは深い溜め息を吐いた。
「細かいことはいいの。それじゃあ改めて。私達の新しい仲間となったルシャーティとヴァイン、それから帰ってきた我らが司令官タクト・マイヤーズに、かんぱーーーーーいっ!」
「「「かんぱーーーーーいっ!」」」
「はぁ・・・」
「なんだよレスター、溜め息なんかついて。折角なんだから楽しまないと駄目だぞ?」
「楽しめるかっ。まったく、今の状況下でこんなことをできるお前達が信じられん・・・」
能天気なタクトに、うんざりした様子で額に手をあてるレスター。
「まだそんなこと言ってるのかい? いいじゃないか、ノアだってヴァル・ファスクがすぐに反撃してくるようなことはないって言ってただろ?」
「しかしだな・・・」
「それに、今の俺達にはヴァル・ファスクがどこにいるのかも分からないんだから、攻めようもないし」
「むぅ・・・」
もっともな意見にレスターは押し黙る。そこに、
「あの・・・」
「ん? なんだい、ヴァイン」
おずおずと声をかけてきたヴァインにタクトが応える。ヴァインは視線を逸らし、どこか言いづらそうに、
「いえ・・・奴らの侵攻拠点なら、先程レスターさんにお渡ししたデータの中に・・・」
ピチョン・・・・・・。
場が水を打ったように静まり返った。
「・・・・・・それに、今の俺達にはヴァル・ファスクがどこにいるのかも分からないんだから、攻めようもないし」
「聞かなかったことにするなっ!」
同じ台詞を繰り返すタクトに、レスターは激昂した。
「ヴァインっ。今の話は本当なんだなっ!」
ヴァインが頷く。
「聞いたか、タクト! こんなことをしている場合じゃないぞ! すぐにデータを分析して、詳細を皇国に報告し、指示を仰がねばっ!」
「レ、レスター。落ち着いて」
「これが落ち着いていられるかっ!」
タクトの胸倉を乱暴に掴み、ガクガクとシェイクする。見かねたノアが止めに入った。
「はいはい、ストップ、ストーップ」
「ノア!?」
まさか月の管理者に止められるとは露ほどにも思っていなかったレスターは驚愕の声を上げる。
「な、なぜ止める!? 奴らの侵攻拠点に関するデータがあるんだ、それを分析するのが現在の最優先事項だろう!?」
「野暮なこと言わないの。仕事熱心なのはいいことだけど、ここでパーティを中止にして、エンジェル隊の士気が落ちでもしたら、勝てる戦いも勝てなくなるわよ? あんたもさっきの戦いを見ていたのならわかるでしょ? 紋章機を操る上で、パイロットのテンションがいかに重要かということが」
「し、しかし・・・」
「あたしがいいって言ってるんだからいいのっ」
「・・・あ゛〜、分かったよっ。もう何も言わんっ」
苛ただしげに頭をかきながら、レスターがドカッとその場に座り込む。
開放されたタクトは、まだクラクラする頭を押さえながら、
「・・・助かったよ、ノア。でも、正直俺も、まさかノアが止めてくれるとは思わなかったなぁ」
そう言って笑みを浮かべた。ノアはプイッと顔を逸らす。
「・・・・・・
やっぱり、あたしもちょっと浮かれてるのかもね」「え? 何か言ったかい?」
「なんでもないわ」
一言そう言った後、ノアは手に持っていたグラスを口に運んだ。
*
――――2時間後。
銀河展望公園は異様な盛り上がりに包まれていた。
タクトは、その盛り上がりを引き起こした原因と思われる物体を手に取り、ラベルに書いてある文字を読み上げる。
「『ジュース・・・・・・みたいなお酒』って。なんてお約束な展開・・・」
全員のグラスに行き渡っていた飲み物が、実はジュースではなくお酒だったというわけだ。
苦笑いしながら、タクトは辺りを見渡す。
「お〜んなァ〜ご〜ころのォォ〜お〜でんな〜のさァァ〜〜♪」
何処からか持ってきたマイク片手に熱唱するフォルテ。ちとせがパチパチと拍手しながら、
「やっぱりフォルテさんって、お父様の同僚の方に似ています〜」
そんな感想を漏らした。その言葉に『ビカァァ!!』と眼を光らせるフォルテ。
「そいつは、あたしがオヤジみたいだってことか〜い!?」
次の瞬間、フォルテが跳躍した。
ガバァーーーッ!!
「きゃ〜〜〜〜♪」
マウント・ポジションをとられたちとせは、何故か嬉しそうな悲鳴を上げる。
「フォルテさん、ちとせさん、素敵ですわ〜〜〜♪」
そんな二人をカメラで激写しているミント。よほど機嫌が良いのだろう、彼女の耳はピコピコと激しく揺れ動いている。
何がどう素敵なのかは、タクトには理解できなかったが・・・。
「まったく、タクトのやつは昔っからいい加減なんだっ。あいつのせいで、今までどれだけ苦労したことか・・・」
一方レスターのほうは、完全に愚痴モードになっていた。
この手のタイプとはあまり係わりたくないというのが一般的な意見であろうが、ただ一人、そんな彼の話を真剣に聞いている人物がいた。
「わかりますっ! わかりますともっ! 私もマイヤーズ司令はレスターさんに頼りすぎだと思ってるんですっ」
涙ながらにそう語っているのは、言うまでもなくアルモだ。酔っているせいか、呼び方が『副司令』ではなく『レスターさん』になっている。
「そうか、わかってくれるか、アルモッ」
「はい、レスターさんっ!」
ガシッと両手を握りあって、見つめあう二人。
「アルモ・・・俺の気持ちをわかってくれるのはお前だけだ・・・」
「レスターさん・・・私、どこまでもレスターさんについていきますっ!」
普段ではありえない甘い雰囲気を醸し出す二人。
もしシラフの二人にこれまでの一部始終を見せたら、羞恥のあまり真っ赤になることは間違いない。
「副司令、アルモさん、素敵ですわ〜〜〜♪」
雰囲気ぶち壊しで激写するミントだった。
「みんな、楽しそうですね〜」
「いや、楽しそうっていうか、壊れてるというか・・・」
頬をかきながら、タクトはミルフィーとシャトヤーンの間に腰掛ける。
「ミルフィーは大丈夫? それからシャトヤーン様も・・・大丈夫ですか?」
「はい。あたしはそんなに飲みませんでしたから」
「えぇ。私も大丈夫です」
二人は笑顔でそう答えると、視線を自分の膝元へと滑らせる。
「でも、ヴァニラとノアさんは眠っちゃいました」
ヴァニラはミルフィーユに膝枕され、ノアはシャトヤーンに膝枕されて、それぞれ安らかな寝息を立てている。
「ヴァニラのこんな寝顔を見るのって初めてかも。ふふ、可愛いなぁ〜」
ミルフィーユが、ふにふにとヴァニラの頬をつつく。
「私も、ノアの寝顔を見るのは初めて。ふふ、このアクシデントに感謝しないといけませんね」
ノアの柔らかな髪を優しく撫でながら、シャトヤーンが微笑む。
「ノアも、少しくらいは、普段からこのように甘えてくれれば良いのですけれど・・・」
「はは、でもノアの性格を考えると難しいでしょうね」
「ふふ、そうですね」
『バッカじゃないの!? なんであたしがそんなことしないといけないのよっ!』
そんなふうに顔を真っ赤にして拒否するノアの姿が容易に想像できてしまい、タクトとシャトヤーンは顔を見合わせて笑った。
「ヴァニラさん、ノアさん。超絶可愛いですわ〜〜〜♪」
パシャッ、パシャッ、パシャッ、パシャッ、パシャッ、パシャッ――――。
いつの間にか傍に来ていたミントが、今度はヴァニラとノアの寝顔を激写する。
「ちょ、ミント。そんなにフラッシュバンバンたいたら二人が目を覚ましちゃうよ」
タクトが慌てて注意する。
「あらあら、私としたことが、迂闊でしたわ。でも、おかげで素晴らしい絵を撮影することができましたわ♪」
「あ、そう・・・。あはは」
ミントってお酒入るとこんな酔い方するんだ・・・。
悦に入った笑みを浮かべるミントに、タクトは僅かに引きつった笑みを返しながら、
「・・・ミルフィー。俺はちょっとヴァイン達と話をしてくるよ。ヴァニラのこと、よろしくね」
「あ、はい。いってらっしゃい、タクトさん」
ミルフィーユの笑顔に送り出されて、ゆっくりと立ち上がった。
「やあ、ヴァイン。隣、いいかい?」
「あ、タクトさん。どうぞ」
ヴァインの了承を貰い、タクトは彼の横に腰掛ける。
「ヴァニラ、ノアに続いて、ルシャーティも夢の中、か」
ヴァインの肩に寄りかかり、すぅすぅと寝息を立てているルシャーティに視線を送る。
「ごめんね。折角の歓迎会がこんな形になっちゃって」
「いえ、お気になさらないでください。姉さんもエンジェル隊の皆さんとお話できて楽しそうでした。あんなに楽しそうな姉さんを見たのは、もしかしたら初めてのことかもしれません。ですから、皆さんにはとても感謝していますよ」
「そう言ってもらえると助かるよ・・・。そういえば、ヴァインは大丈夫なのかい?」
「えぇ。僕はあまり飲みませんでしたので・・・」
そう言いながら、ヴァインはエンジェル隊の面々に視線を向ける。
「・・・それにしても、先程の皆さんの戦闘には驚かされました。あれだけの軍勢を事もなく退けてしまうなんて。僕達がこの艦に救助されたときにも、皆さんの戦闘を間近で見る機会がありましたが・・・。正直な話、そのときの戦闘結果からは、皆さんがあれほどの戦闘能力値を発揮できるとは思いませんでしたから・・・」
「人の心がとてつもない力となる。それが紋章機におけるH.A.L.Oシステムの最大の強みだからね」
「・・・ですが、常に最強の力を維持できるわけではないことは明白です。逆に言えば、心を完全に制御できさえすれば、それは何物にも勝る無敵の力となる・・・」
タクトはヴァインを一瞥すると、視線を虚空に注ぐ。
「・・・確かに君の言う通りなのかもしれない。でもね、彼女たちは今まで勝ち進んできたんだ。時には不完全なその心で・・・。でも、彼女達は強い。そんな彼女達だからこそ、俺は信じ続けることができるんだ」
「・・・なるほど。そんなタクトさんだからこそ、エンジェル隊の皆さんもまた、タクトさんを信頼している。その絆こそが、皆さんの強さということですか」
「う〜ん、そういうことになるの、かな? なんか改めて言われるとちょっと照れるけど・・・」
タクトは誤魔化すようにグラスを口に運ぶ。ヴァインは少々意地の悪い笑みを浮かべながら、
「それとも・・・ミルフィーユさんとの愛の力、ですか?」
「ぶぅーーーーーーーーーっっっ!!」
飲みかけたドリンクを盛大に逆噴射するタクト。
予想以上の反応を示すタクトに、ヴァインはしてやったりという表情を浮かべた。
「げほっげほっ。ひ、ひどいじゃないか、ヴァイン。今の、完全にタイミング狙っていただろう?」
「はい。でも、まさかこれほどのリアクションが返ってくるとは思いませんでした」
そう言うと、ヴァインはくすくすと笑い出した。それを見て、タクトもつられて笑い出す。
これまで、どこかヴァインは自分に対して壁のようなものを築いているように感じられていたが、今のやりとりでそれが取り払われたような気がした。
少なくとも友好関係が一歩前進したことは間違いないだろうということに、タクトの心はとても穏やかだった。
*
「ねぇ、タクト」
しばらくヴァインと話し込んでいたタクトの耳に、ふとそんな声が届いた。
「ん? ランファじゃないか。どうしたんだい?」
「・・・ちょっと二人で話したいことがあるんだけど」
お酒のせいか、ランファの顔は僅かに赤く染まっている。
しかし、彼女の目は揺れ動くことなく、真っ直ぐにタクトを見つめていた。
その真剣な眼差しから、何か重要な話だということを感じ取ったタクトは、ヴァインに一言断りをいれて、その場を立った。
銀河展望公園から離れた人気の無い通路、ランファはそこで立ち止まった。
彼女の後に続いていたタクトも歩みを止める。
ランファはタクトに背を向けたまま、しばらくの間、口を開こうとはしなかった。
沈黙に耐えかねて、先にタクトが口を開こうとした、そのとき、
「・・・本当はさ。誰にも話すつもりなんてなかったんだけど・・・。でも、やっぱりあんたにだけは、話しておかなくちゃいけないと思う・・・」
ランファがゆっくりとタクトのほうに向き直る。
「・・・タクト。ネフューリアとの最終決戦の時、どうしてあたし達に決戦兵器のパイロットになったことを話さなかったの・・・?」
「え・・・?」
話が始まったと思いきや、いきなり自分に対して投げかけられた問いかけに、タクトは一瞬言葉に詰まった。
「答えて、タクト。どうしてあたし達に決戦兵器のパイロットになったことを話さなかったの・・・?」
再び同じ問いかけ。タクトは一呼吸入れる。
「・・・あのとき俺が決戦兵器のパイロットになったことを話せば、みんなの士気に影響が出ると思った。絶対に負けることはできない戦い・・・。君達に無用な心配をかけたくなかった」
ピクリ・・・とランファの身体が震えた。
「・・・無用、ですって?」
ランファがタクトの胸倉を乱暴に掴み上げる。
「何が無用よッ! タクトがいなくなったとき、あたし達がどんな思いをしたと思ってるの!? 何も知らされずに残されたミルフィーがどんな思いをするか、あんたはちゃんと考えた!?」
「そ、それは・・・・・・」
言葉が鋭利な刃物の如く、胸に突き刺さる。
自分の胸で堰を切ったように泣き出したミルフィーユ。彼女をそこまで追いつめてしまったのは、まぎれもなく自分の行いのせいだ。
タクトにも、それは痛いほど分かっていた。
押し黙ってしまうタクト。
だが、そんな彼に、ランファはさらに衝撃の言葉を突きつけた。
「・・・あの娘、死のうとしたわ」
一瞬ランファが何を言っているのか、分からなかった。
頭が、その言葉を理解することを拒絶していた。
呆然と自分を見つめ返してくるタクトに、ランファは今度こそ、はっきりと言った。
「ミルフィーは、あんたの後を追って自殺しようとしたのよっ!」
「――――ッ!?」
タクトは全身を硬直させた。
ミルフィーが・・・死のうとした・・・・・・?
俺の後を追って・・・・・・自殺しようと・・・した・・・?
嘘だと思いたかった。
嘘だと否定したかった。
しかし、目の前で哀しみに染まった表情で涙を流すランファが、それが事実であることを証明していた。
「今のミルフィーからは想像できないかもしれない・・・。でも・・・本当のことなのよ・・・」
タクトの胸倉を掴んでいた手をゆっくりと下ろす。
「あんたがいなくなったとき、ミルフィーは3日間も眠り続けた・・・。目を覚ましたとき、ミルフィーはまるで別人だった・・・。虚ろな目で・・・生気が全然なくて・・・心を閉ざしてた・・・。その日の夜よ・・・ミルフィーが手首を切ろうとしたのは・・・」
ランファは、震える体を両腕で抱きしめる。
「あのときは、あたしがいたから止めることができた・・・。でも、一歩間違っていたらミルフィーは今ここにいなかったかもしれない・・・っ。そう考えると、怖くてたまらない・・・。そんなこと・・・考えたくも無い・・・っ!」
悲痛な叫びと共に、とうとうランファはタクトの胸に縋りついた。
「あたし、もう二度とあんな思いしたくない・・・っ! もう二度と、ミルフィーのあんな顔見たくない・・・ッ!!」
「ランファ・・・・・・」
「お願いタクト・・・。もう絶対にミルフィーを一人にしないで・・・ッ! ミルフィーには、あんたが必要なの・・・。ミルフィーにとって、あんたは掛け替えの無い存在なのよ・・・ッ! だから・・・お願い・・・、二度とミルフィーを悲しませるようなこと・・・・・・しない、で・・・・・・っ」
最後のほうは、ほとんど聞き取ることができなかった。
タクトは嗚咽を漏らすランファの体をそっと抱きしめ、
「・・・約束するよ。俺は、もう二度と、ミルフィーのそばを離れたりしないから・・・。ランファに悲しい思いをさせるようなこと、絶対にしないから・・・」
そう、彼女に誓うのだった。
ランファ・・・・・・。
君がミルフィーのそばにいてくれて・・・・・・本当によかった・・・・・・。
つづく