ある日、ミルフィーと蘭花と白き月にあるショッピングモールで買い物を楽しんでいた。

すでに二人とも両手一杯に荷物を持っているが、まだまだ帰るつもりは無いらしく、次の

お店へ向かって歩いている。

しかしさすがに重い荷物を持っての移動は疲れたらしく、途中で小休止することにした。

 

 

「どっこいしょ。」

 

「あーあ、疲れたー。もう、歩けないよー。」

 

蘭花は荷物を置くと肩を回し始め、ミルフィーはべったりとベンチに座り込んでしまった。

 

「ミルフィーったら、だらしないわねー。」

 

蘭花は先程とは逆回りに肩を回転させながら言った。

 

「だってー、すごく重かったんだもん。」

 

それだけの量を買ったのは他ならぬ自分である。だが、ついつい買いすぎてしまうのも無

理はない。ここ最近、ロストテクノロジーの回収や辺境地域の調査などで全く休みを取る

事ができず、ようやく勝ち取った休暇である。羽目を外すのも仕方ない。

 

「はいはい、それは大変だったわね。」

 

蘭花は矛盾点を指摘しなかった。彼女も開店時間から昼も食べずにずっとモール内を回っ

ていたので少々疲れてしまったようだ。やや見上げた位置にあるデジタル式の時計は、3

の数字が綺麗にそろっている。

休憩スペースにはベンチの他に置かれており、ニュースを伝えていた。眼鏡をかけたアナ

ウンサーが正確に読み上げていく。

 

興味のある話題ではなかったので二人はテレビから目をそらしていた。

ミルフィーが何か飲み物を買おうかと財布の中に手を入れた時、

 

ワァーワァー。いきなりテレビから大歓声が聞こえてきた。

画面に目を移すと、今日行われた士官学校野球選手権の決勝戦の映像が流れている。

投手は一度首を横に振った後、捕手のミットめがけて球を投げ込む。

バシッ。力強い音が響き、審判の手が挙がる。

ストラーイク、三振、試合終了。その瞬間球場に歓声と悲鳴が交錯する。

 

「やりましたー、イーワネ士官学校初優勝です。」

 

実況が興奮で声が裏返りながら叫んでいる。

ベンチから駆け出す選手たち。マウンドでは投手と捕手が抱き合って喜んでいる。蘭花と

ミルフィーはその様子を漠然とブラウン管越しに眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

             〜G・A草野球狂想曲〜               

                                                     作・三雲                                                  

 

 

 

 

 

 

 

「350ギャラになります。」

 

「はい、ちょうどお預かりします。ありがとうございました。」

 

眼鏡をかけた店員は代金を受け取ると決まり文句と共にお辞儀をする。蘭花は品物を受け

取ると足早に店を後にした。

今日は蘭花が愛読している雑誌の発売日で、彼女は艦内の宇宙コンビニでそれを購入し、

自室へと戻るところである。

 

途中、エレベーターホールに立ち寄りジュースを買う事にした。彼女がホールへ行くと誰

かの話し声が聞こえてくる。

 

「はい、どうぞ。ミントさん。」

 

「ありがとうございます。」

 

クロミエがミントに飲み物を渡している。どうやらミントが背が届かず買えない飲み物を

彼が代わりに買ったらしい。ミントは目的が達成できて満足そうだ。

 

(へえー、あの二人結構お似合いじゃない)

 

確かに並べてみると「恋人同士」…とはいかないが仲の良い「お友達」そのものである。

心優しい少年はただ当たり前の事をしたまでだと思っている。

そこには「人から良く思われたい」といった打算はかけらも無い。

しかし、純粋で嘘がつけない彼は思った事をそのまま口にしてしまう。

 

「そんなお安い御用ですよ。ミントさんは背が小さいんですから。」

 

(わ、バカ!! なに言ってんのよ)

 

確かに身長は彼の方が大きい。が、背が低い事を多少なりとも気にしている者にとっ

て癪に障る一言であった。

ガタッ。少年はジュースを取り出すと、ニコッとさながら天使のような微笑みを青い

髪の少女に向ける。悪意など微塵も感じられない。しかし、だからと言って許される

事と許されぬ事がある。

 

「ほほほほ。では、私はこれで。」

 

上品に笑いながらその場を去るミント。しかし、決してその目は笑っていなかった。後者

であったらしい。蘭花は買うのをやめて逃げるようにCブロックへ歩を進めた。

 

彼女は部屋に着くと早速雑誌を開く。今月の特集は『今年の冬はこれで決める』。

今年の冬物のファッションの記事である。多少は興味があったが、真っ先に占いのページ

に目をやる。

 

「えーと、第4しし座の今月の運勢は…。」

 

寝そべって見ながら上機嫌そうに何度も小刻みに首を縦に振る。なかなかいいらしい。

 

「ん。恋愛運は、『今月はイベントで意中の人との距離が縮まりそう。これを機に一気に

両想いになれるかも』ふーん。意中の人、か。」

 

頭の中に一瞬黒い髪の上官の顔が浮かんだ。

バサッ。床に何かが落ちた。けれども、気にせずに目を左から右に動かし続ける。彼女の

意識は今、わずか数行の文章に注がれていた。

 

「えーと、『ただし、あなたの友人も同じ人が好きな場合、その人が彼のハートを射止め

ちゃうかも。友情よりも恋愛を優先すべし』か……、でもあの二人絵になるのよねー。」

 

一人しかいない部屋に振動が伝わるかのように静かに響く呟き。『あの二人』それは一体

誰と誰を指すのか。

占いの記事を読み終えると、特集記事を読むことにした。黙って雑誌を読み進めていく。

いや、彼女は読んでいなかった。ただ、文字を眺めているだけだ。黙々とページをめくる

その表情はどこか寂しさを感じさせる。

 

「エンジェル隊は至急ブリッジに集合してください。繰り返します…。」

 

艦の中にアルモの声が響き渡る。彼女は雑誌を開いたまま表紙を上にして床に置くと放送

の指示した場所へと急いだ。  

 

ブリッジに着くと、先にちとせやフォルテ、ヴァニラがいた。

しばらくすると、ミルフィーとミントがやってきた。

ミルフィーの手にはオーブンから取り出すときに使う手袋がしたままであり、口の周りに

はクリームがついていた。

 

それに気づき、ちとせが口に出そうとするが先輩たちに止められてしまう。

ミルフィーは自分の手と口に視線が集まっているのを感じていたが気にとめなかった。

彼女がその理由を知り、赤面するのは厨房に戻ったときであった。

 

タクトは椅子にもたれかかりながら副官のレスターとひそひそと何やら相談をしていたが、

六人全員が揃うと姿勢を正し用件を語り始める。

 

「実は、さっき先生から通信が入ってね…。」

 

頭をかきながらタクトは言った。軍と政治の最高責任者からの通信である。何かあったの

かもしれない。普通の軍人ならそう思うのであろうが、

 

「ルフト将軍から何て言われたんですかー。タクトさん。」

 

ミルフィーの声には緊張感がかけらも感じられない。しゃべるたびに口元の黄色いものが

動く。傍観者たちはそれを見て笑いをこらえるのに必死だ。

誰も一人の例外を除いてそれ程重大な用件であるとは思ってないようである。

 

「もしや、また武装強盗船団が現れたのですか。」

 

その例外であるちとせが尋ねた。トランスバール皇国はここ数年で、三度大きな戦火に苛

まれた…。

シヴァ女王陛下のもと順調に復興を遂げているとはいえ、いまだ治安は良くない。それ故、

各地で武装船団による強盗事件が起きていた。

また皇国の混乱を利用して、現体制に反旗を翻そうとするものや、独立の動きを見せる星

系もある。決して、完全に平和だとは言えないのが現状なのだ。

 

「いや、そういうのじゃなくて。将軍からあるお誘いを受けてね。」

 

タクトの言い方はどこか回りくどい。どう話そうかと思案しているようだ。

ミントはそんな司令官を茶化すように、

 

「お誘い…。また舞踏会でも開かれるんですの。」

 

ミント単なる思い付きで言ったのだが、それを間いてはしゃぎ始める人物が二人。

 

「いいわね、あたしなに着ていこうかしら。」

 

「私は、ひらひらのドレスを着ていこうかなー。」

 

蘭花とミルフィーはすでに何を着ていくか考え始めていた。

だが、タクトが話したことは二人が期待したこととは全く違っていた。

 

「実は、再来週に本星で軍の親睦野球大会が開かれるんだ。それに俺たちも参加しないか、

だって。」

 

視線をそらしながら遠慮がちにタクトは話した。要するに軍の草野球大会に参加しないか、

と言いたいらしい。

 

「はあ。もしかしてそれに参加するつもりなんじゃないでしょうね。」

 

蘭花は眉を細めながらタクトに訊く。彼女以外もあまり出たいとは思ってないようだ。

軍の親睦野球大会といっても、伝統ある大会で各部署が意地と誇りをかけて本気で優勝を

狙いに来る。

もちろん、単純に野球を楽しみたいというチームもあるが、なかにはこの大会のために

毎日3時間も練習をしているチームもある。

しかも、この大会は全試合星間ネットで生中継されるのである。今までほとんど練習した

ことの無い自分たちが参加しても大敗するのがおちで、その模様が星間ネット流されると

あっては参加したくないのも当たり前だ。

 

「まあまあ、秋なんだしたまにはスポーツで体を動かすのもいいんじゃないかな。」

 

タクトは皆をなだめるように言った。しかし反応は変わらない。

 

「あたしはパスだよ。やるんならタクト一人でやればいいさ。」

 

そう言うと、フォルテはさっさと自分の部屋に戻ろうとする。

タクトは皆がやる気がないことを悟ると大きなため息を吐きながら呟いた。

 

「そうか、それなら仕方ないな。もし優勝したら、賞金100万ギャラと、一週間の有給

休暇だったのに…。」

 

それを聞いた瞬間、何人かの目が獲物を見つけた肉食獣のようにギラリと光る。

 

「さあ、早速練習しようか。大会まであと二週間しかないんだからね。」

 

(くー、久しぶりにガンショップめぐりをしてコレクションでも増そうかね)

 

「……頑張って優勝を目指します…。」   

 

(動物たちと……)

 

「せっかくですからユニフォームも用意しませんと。どんなデザインがいいでしょうか。」

 

(リゾート惑星で遅めのバカンスを楽しめますわ)

 

ニンジンにつられ、俄然張り切るエンジェル隊。こういうところが彼女たちの良いところ

であり、強さの秘密なのであろう。(たぶん…)

 

「なあレスター、お前もやるだろ。」

 

タクトは腐れ縁の友人に話を持ちかけた。タクトとエンジェル隊だけでは人数が足りない。

ここはぜひ副指令殿にも参加してもらいたいところだ。だが、この堅物にニンジンなど通

用するはずもない。

 

「俺は生憎そんなものにつられはしないぞ。」

 

書類を整理しながら無愛想にレスターが返事をした。

 

「頼むよレスター、このとおり。」

 

必死に説得を試みるが、そう簡単に翻意させられるはずも無く、

 

「ふん、そんなものに出るんならもっと真面目に仕事をしろ。お前のおかげで仕事は増え

はしても減りはしない。」

 

確かに仕事はやらなければたまるばかりである。それが処理されているということは、誰

かが代わりにやっているからだが、エルシオールの場合それはレスターであった。

しかしそれでも最近は量が多くややたまり気味なのだ。

 

「うっ。じゃあ、賭けをしないか?」

 

「賭け、一体何を賭けるんだ?」

 

手を止めて顔を上げた。話だけは聞いてくれるようである。

 

「もし、今度の野球大会でお前が俺よりヒットを一本でも多く打ったなら、たまっている

仕事を俺一人で全部やる。」

 

「ほー。で、俺のほうが少なければどうするんだ?」

 

レスターは興味ありげに尋ねる。

 

「お前は負けても何もない。どうだ、悪いはなしじゃないだろ」

 

確かレスターにとって悪くない話である。タクトはもし賭けに負ければ大量の仕事をたっ

た一人でやら無ければならない。一方、レスターは負けても何も無い。

 

「断る。」

 

きっぱりと隻眼の男は言った。

 

「賭けは公平じゃないとな、俺が負けたらお前に酒でも一杯おごってやる。それでどうだ?」

 

タクトの顔が明るくなる。何だかんだ言って、この二人はよき友なのだ。

 

「まあ、たまには体を動かすのもいいしな。」

 

ぶっきらぼうに言った男の顔は僅かに微笑んでいた。

 

これで、野球大会に出場するメンバーがほぼ固まった。

 

「でもタクト、あなた野球できるの?」

 

蘭花が懐疑的な目でタクトを見る。

 

「なーに、士官学校ではスペ−スボール部だったけど、球技大会の時にはキャッチャーで

4番を務め見事チームを優勝に導いたんだ。決勝では満塁ホームランを打ったしね。」

 

自慢げに昔話を語る。だが、それを聞いて腐れ縁の友人が黙っているはずが無い。

 

「お前がヒットを打ったのはそのホームランだけだったけどな。まあ、俺も3本

くらいしか打ってないが。」

 

そう言ってちらりとタクトの方を見る。先程賭けに乗ったのはこんな理由であったのだ。

 

「へえー、キャッチャーをやってたんだ…。」

 

なぜかその部分に注目する蘭花。ミルフィーも何やら考えこんでいる。

 

(タクトがキャッチャーをやっていたということは…)

 

(今回もそのポジションをタクトさんはやるのかな…)

 

二人の脳裏には先日買い物に行った時に休憩所のテレビで見た、士官学校野球選手権の 

ニュースの映像が浮かんでいた。

もし、草野球大会で自分たちが優勝したら…

優勝を決めてマウンドの投手に捕手が駆け寄る。マスクの下からタクトの笑顔が現れる。

そして、彼と歓喜の抱擁をする投手は…。

 

「あれ、ミルフィー、蘭花、熱でもあるの。」

 

タクトが心配そうに尋ねる。二人の顔はミントの合成着色料のように真っ赤である。

どちらかというと、彼はミルフィーの方が気になるようだ。

 

「え、あ、なんでもないです。」

 

慌てて否定しようとするミルフィー。動作が自然とオーバー気味になる。

その答えに満足せず、なおもしつこく尋ねるタクトであったがミルフィーの元気そうな様

子を見てほっと胸をなでおろす。しかし、彼は自分に冷たい視線を送られていることに  

気づかなかった。

その中の一人は憤怒の表情さえ浮かべている。

 

「そう。良かった。蘭花は何ともないのかい?」

 

ミルフィーが大丈夫そうなので安心し、思い出したかのようにチャイナ風の服を着た少女

へ目をやる。

 

「何でもないわよ。あんたなんかに心配される筋合いは無いわ!!」

 

大声を出され思わず耳をふさぐ。彼はまるで自分が怒られているかのように感じた。

(実際怒っているのだが…)

しかし仮にもしそうだとしても、彼には彼女を怒らせた理由が思いつかなかった。

だが、ミルフィーとちとせ以外のエンジェル隊はその理由が分かっているようで、何も分

からずポケッとしている自分たちの司令官に哀れむような視線を送っている。タクトは 

その場から今すぐ逃げ出してしまいたかった。

 

「……あのー、すみません。私、野球のルールを良く知らないのですが…。」

 

不意にちとせが遠慮がちに手をあげ、か細い声で言った。その場にいたもの全員が彼女に

注目する。タクトはちとせに心の中で感謝の言葉を述べた。

 

「ちとせ、野球見たこと一度もないの。」

 

ミルフィーは信じられないといった目つきでちとせを見ている。だがそれはかなり酷だ。

スポーツのルールは経験者や興味のある人間は分かるが、そうでなければ知らなくても 

なんら不思議は無い。

 

「いえ、私の故郷ではかなり盛んでして、多少は分かるのですがあまり詳しくは…。」

 

ちとせはやや俯きながら申し訳なさそうに言った。

 

「うーんとね、要するに、打って、走って、守ればいいのよ。」

 

蘭花が野球のルールを(すごく)簡単に説明した。

 

「なーに、ルールなんてやっているうちに分かるもんだよ。」

 

フォルテはちとせの肩をぽんぽんと叩く。

 

「ですが、私が皆さんの足をひっぱってしまったら…。」

 

責任感の強いちとせは自分が先輩たちに迷惑をかけることを一番恐れていた。

 

「ちとせさん、できないからという理由でやらなければ、いつまでもできないままですわ

よ。」

 

ミントの口調は教え子を諭す教師のようである。

 

「始めは誰も…、わかりませんから…。」

 

感情がこもっていないのに、ナノマシン使いの少女の声にはなぜか温かみがあった。

ちとせは先輩たちの顔を一人一人見る。

 

(そうか、これは未熟な私に課された試練なのですね。先輩方は私にこれを乗りこえるこ

とによって一回り成長して欲しいと思っていらっしゃるのです)

 

「はい、私、精一杯頑張ります。」

 

ちとせはピッと背筋を伸ばし決意を述べた。どうやら彼女も参加するようである。

美しい先輩と後輩の絆。ただ、彼女が参加するといったときにフォルテが小さく

ガッツポーズをし、ミントはしてやったりといった表情を浮かべていたが……。まあ気に

しないでおこう。

 

「うん。自分の知らないことに挑戦するのは大変だけど、とてもいいことだと思うよ。」

 

何事にも真面目に取り組み、けして手を抜かないのが彼女のいいところである。

時には度を越してしまうこともあるが、タクトはそんな彼女の一生懸命な姿を見ると自然

に応援したくなるのだ。

 

「タクトさん…。」

 

人から励ましの言葉を受けるのはとても嬉しいことだ。それにより人は頑張ることができ

る。さらに、それが敬愛する上官からであれば尚更である。ただし、それだけでもないよ

うだ。それは彼女の頬がリボンとお揃いの色になっていることが示している。

 

「俺も何か力になれることがあれば何でもいってくれ。協力は惜しまないから。」

 

何の変哲もないありふれた言葉。しかし、言う人によっては言われた人の大きな力となる。

ちとせにとってタクトの言葉一つ一つが自分に勇気と自信を与えてくれる。

なぜなら、タクトは彼女の……。

 

「はい、ありがとうございます。タクトさん。私、頑張ります。」

 

手入れされた黒髪が美しい少女は、今日一番の笑顔で力強く言った。

タクトは彼女の笑顔が眩しいのか、はたまた礼を言われて照れくさいのか、しばらくあさ

っての方向を見ていた。

 

こうして、タクト、レスターとエンジェル隊は親睦野球大会に出場することになり、

近くの惑星からバットとグローブを調達すると本星に帰還するまでの間練習をすることに

した。

 

いくらエルシオールといえども、さすがに艦内に野球場はない。

そこで、クジラルームを使用することになった。あそこなら広いので、

ボールを思いっきり打っても大丈夫だろうというのが理由である。

部屋に着くと、タクトはベースを適当な位置に置き、守備位置を決め始めた。

 

「えーと、とりあえずキャッチャーは俺だな。レスター、お前は一塁な。」

 

「わかった。」

レスターはファーストミットを取り、ボールを捕ったり投げたりするような動作を繰り返

している。口で言っているよりはまんざら嫌でもないらしい。

 

「それから、サードはフォルテ、ミントはセカンドをやってくれないか。」

 

「あたしは構わないよ。」

 

フォルテは足の横に隠していた銃を眺めながら答えた。何もこんな時も銃を携帯しないで

も良かろうに。さすがにタクトもやや閉口している。

 

「ん、どうしたんだい。」

 

じっと見られているのでフォルテから怪訝そうに尋ねる。

 

「あ、いや、なんでもない。ミントは。」

 

ものすごくわざとらしく話をそらしたので、ミントはクスクスと笑っている。

 

「私もいいですわ。タクトさんがおっしゃるのなら。」

 

その声は若干震えていた。タクトは短く二度咳払いして話を続ける。

 

「ヴァニラとちとせはライトと、レフトでいいかな。」

 

「はい…、タクトさん。」

 

「未熟者ですが、全力を尽くさせていただきます。」

 

緑の髪の少女は普段どおり無表情で答えたが、黒髪の少女は緊張した面持ちである。

まるで、今から戦闘にでも行くかのようだ。

 

「そんな、ちとせこれは親睦大会、あくまで草野球なんだから。」

 

そんなちとせにタクトは肩の力を抜くように言うのだが、彼女は首を横にふる。

 

「いえ、たとえ親睦を深めるためとはいえ何事にも真剣に取り組みませんと。」

 

何を言っても彼女はことごとく反論するだろう。勤勉で真面目なのはいいがここまで来る

と考え物である。(それでも入隊直後よりはだいぶ柔らかくなってきたが…)

 

「まあ、ちとせがそう言うならいいんだけどね。」

 

タクトはそう言うしかなかった。確かにある意味これが彼女の自然な姿なのかもしれない。

だが、彼は気づいていなかった。彼女がなぜそんなにたかが草野球に真剣になるのか…。

性格によるものでないもう一つの理由に。

  

 「タクト、ピッチャーとショートはどうするんだ。」

 

 レスターが話をレールに戻すべく口を開く。

 

「はーい。私、ピッチャーやりたいでーす。」

 

真っ先に手をあげるミルフィー。やる気満々であるが、他のメンバーは意外そうな目で彼

女を見る。

 

「ちょっとなに言ってるのよミルフィー。ピッチャーは私に決まってるじゃない。」

 

エンジェル隊の中で一番スポーツが得意な蘭花が声をあげた。確かに彼女の方が適任に思

える。

 

「えー、でも私もピッチャーやりたいー。」

 

ミルフィーは譲ろうとしない。彼女は見かけによらず頑固な一面もある。

それが彼女を意固地にさせているのだろうか。

 

「私だって譲れないわ。」

 

当然蘭花も大人しく引き下がるはずがなく互いに睨みあい険悪なムードさえ感じさせる。

いつもの二人のとは全くかけ離れた様子に周囲も困惑気味である。

このままでは埒があかない。タクトは事態の収集を図ろうと試みた。

 

「うーん、俺としては蘭花にショートをやってもらいたんでけど…。」

 

「えー、なんでー。」

 

誰もが予想しなかった発言にタクトに視線が集中する。

 

「やっぱり、運動神経のいい蘭花じゃないと、ショートは難しいと思うんだよね。」

 

確かに一理ある。ショートは球が一番飛んでくる場所であるからだ。

蘭花も褒められて当然気分は悪くないのだが顔を渋くして、

 

「でも。やっぱり私もピッチャーやりたいわ。」

 

小さな呟きであったが、その言葉には確固たる意思が込められている。

二人とも一歩も引こうとしない。互いの目をじっと見つめて一言も発しない。

張り詰めた空気が二人の間に流れる。

タクトは困りきってしまった。ピッチャーを誰がやるかを巡って、こんなにもめるとは予

想外であった。

 

「なあタクト、それじゃあピッチャーは1試合交替にしたらどうだ。その方が一人で投げ

るよりも負担が少なくてすむ。」

 

見かねたレスターが助け舟を出した。

 

「なるほど。じゃあ、ピッチャーはそういうことにしよう。」

 

レスターの意見は極めて理にかなっており、二人とも承諾した。そんな二人を見てタクト

はほっと胸をなでおろす。

 

(それにしてもミルフィーがあんなにこだわるなんて…、どうしたんだろ。)

 

ともかくこれで、各自の守備位置が決まった。なお、打順は本番前に決めることとし、い

よいよ練習を開始することになった。

しかし、いざ始めようとしたときミントがあることに気づいた。

 

「あのータクトさん。一つ伺ってもいいでしょうか。」

 

「なんだい、ミント。」

 

「私たち、8人しかいないと思うんですが…。」

 

タクトとエンジェル隊、そしてレスター。確かに8人である。

 

「ああ、それなら大丈夫。最後の一人はもうこの部屋に来ているよ。」

 

一同は首をひねった。自分たちが来たときには、ここ。クジラルームには誰もいなかった。

いや、ここで暮らしている宇宙クジラと子宇宙クジラ、様々な動物たち、それにクロミエ

はもちろんここにいた。

もしかして…、フォルテが口に出そうとしたその時、その9人目のメンバーが現れた。

 

「すみません、タクトさん。宇宙クジラと話をしていたら、長くなってしまいました。」

 

「おっ、やっと来たかクロミエ。」

 

予感的中。やはり、九人目のメンバーはクロミエであった。

ミントの眉間に小さなしわができる。先程のことをまだ根に持っているらしい。

 

「はい、だいぶ遅れてしまいましたか。」

 

「いや、ちょうど今から始めるところだよ。クロミエはセンターを守ってくれ。」

 

タクトはそう言いながらグローブを渡した。クロミエは受け取るとすぐに手にはめた。

やや大きめなので、クロミエの顔が小さく見える。

 

自分が恨みをかったことなど露知らぬ純朴な少年は彼女と目が合うと屈託の無い笑みを浮

かべた。 それを見てミントも笑みを返すがどこか凄みを感じさせる。

しかしクロミエは全く気づいていなかった。

 

一同がやや不安そうな目つきでクロミエを見る。自分たちはいちよう軍人であり、体力に

はそれなりに自信がある。だが、クロミエはエルシオールの乗組員であるが彼は違う。

しかも、今まで誰もクロミエが運動をしている所を見たものはいなかった。

クロミエはいつもと変わらぬ笑顔でタクトとなにやら話している。

小さなクロミエはやはりどこか頼りない。なぜタクトは他の乗組員ではなく、彼をメンバ

ーに入れたのか。その真意は誰も理解できなかった。

 

なにはともあれこれで全員が集まった。大会まで2週間。果たしてタクトとエンジェル隊

は見事優勝し、賞金と休暇を獲得することができるのであろうか。

 

 

 

 

 

 

 

    〜あとがき〜

どうも、三雲です。この作品野球好きではない人はちっとも面白くないかもしれません。

(好きであっても面白くないかもしれませんが…)

なぜ、このような文を書いたかといいますと…、彼女たちが野球をやっている夢をみた

からです。(おいっ)

おりしも日本シリーズ真っ盛り。これはいいなと思って書き始めたんですが…。

執筆が長引きこの時期になってしまいました。

スポーツの秋ということで勘弁してください。

なお、この話、2話、または3話完結の予定です。よろしければ、続きが完成した際に

は目を通していただければ幸いです。

 

                  2004年11月1日  三雲