タクトが風呂に浸かっていた頃、ちとせを除くエンジェル隊の5名は宿で汗を流していた。
明日は決勝各自練習に……、
励んでいなかった。
パコーン、緑の台の上を橙色の球が踊る。
ミルフィー達は昨日と同じく今日も娯楽室で卓球を楽しんでいた。
ただし昨日より人数は一人少ない。台は2つあり、一方ではヴァニラとミントがラリーを続けている。
そしてもう一方では、
「とりゃあー!!」
「きゃあ。」
想いっきり振りぬいた一打はミルフィーのラケットに当たり床に落ちていく。
蘭花がふっと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
しかし台の横に落ちると思われたピンポン球は台の側面をなでるように触った。
懸命にダイビングをするがオレンジの球が床にはねる。
ポン、ポン……。転がっていく球を蘭花が呆然と見送る。
「わーい、勝ったー。」
「ちょっと、ずるいわよあんなの。」
ピンポンを拾いながら蘭花が口を尖らせて不平を言った。
「わ、私だってわざとやったんじゃないもん。」
狙ってあんなことができたらプロもびっくりである。
「蘭花、タクト部屋にいるだろうから呼んできてくれないか。」
不毛な言い争いを終わるのを待たずに昨日と同じくフォルテは頼んだ。
そして缶ジュースの残りを一気に飲み干す。
しかし蘭花は返事をせず黙っていた。
「どうしたのー、蘭花?」
心配そうにミルフィーが尋ねても返事をしない。
もう一度声を掛けられてようやく我に返ると昨日のタクトの様子を語りだした。
「タクト疲れているみたいだから誘わないほうがいいと思いますよ。体中ビリビリいっているみたいですから。いくら日頃運動してないからって情けないったらありゃしない。ホント、年ですよねー。」
首をすくめながら年寄りを哀れむように言った。それを聞いてミルフィーが弁護するかのように、
「しょうがないよ、いつまでも若くないんだから。ほら、誰かが言ってたじゃない? 20すぎたらオジサンだ、って。」
それはちょっと違うだろう、と思いながらミルフィーの言い方が面白かったのでクスリと蘭花は笑う。
「ほう、じゃああたしはオバサンってことかい?」
ミルフィーと蘭花の背中に冷たいものが走る。
フィルテは羽織っていたものを脱ぎ、ラケットを強く握り締めている。
折りたたみ椅子から立ち上がると左手で飲みきった缶を近くのゴミ箱目掛け投げた。
けれどもゴールの枠を叩きコロコロ転がり、
やがてミントとヴァニラがラリーを打っている台の脚に引っかかって止まった。
ラベルにはチューハイと明記され、ゴミ箱の中には同じ物が溢れていた。
心なしかフォルテの顔はやや赤ら顔である。
二人は責任をなすりつけあいながら、どちらが先に相手をするのか相談し始めた。
窓の外では水溜りに滴が一滴落ちた。
水に浮かんだ街灯の姿は一時乱れるものの、すぐにまた闇を照らし始めた灯りを水面は映し出していた。
〜G・A草野球狂想曲〜 後編(その1)
作・三雲
タクトは檜風呂で至福の時を過ごしていた。
風呂場には辺り一面湯気が立ち込めている。長時間風呂に入っていた為ややのぼせてきた。
しかししばらくは、この幸福な時間を手放すつもりは無かった。
広い風呂場に自分一人。こうなるといついつい歌いたくなる。タクトは少し古い歌謡曲を歌いだす。
自分の歌声が反射し響くのを聴いて満足し、さらに調子に乗ってステージを続けるのであった。
何故か壁の近くに座っている裸のマネキンだけがその歌を聴いている、はずだった。
パチパチ。熱唱を終えると誰かが拍手する。人がいたのだ。タクトはとっさにお湯に頭を静める。
水面に浮上した時、聴衆と目があった。
温和な表情の老婦人は会釈をすると風呂を出て脱衣場へ向かっていった。
今度こそ一人きりになったのだがもうコンサートをやるつもりは無い。
タクトは逃げるように岩風呂へ戻っていく。
ドアを横にずらし中へ入るとこちらは人はいないようだ。風呂の中央にある大きな岩にもたれかかる。
その後しばらく湯に浸かっていると体がだいぶ火照ってきた。そろそろでないとまずい。
タクトは足を思い切り伸ばし大きな欠伸をした。すると岩の反対側からも大きな欠伸が聞こえてくる。
一人きりだと思っていたのにまたしても人がいたことに驚くと同時に、
タクトは好奇心の命じるまま反対側の様子を探った。
「はあー、だいぶのぼせてしまいました…。そろそろ出ませんと。」
男にしては高い声である。子供だろうか。
(お爺さんやお婆さんだけでなく、若い人も来るんだ。)
そう心の中で呟く。しかし、その言葉にタクトは強烈な違和感を覚えた。
湯ですっかりふやけた頭で必死に考えをめぐらせる。
(ん、お爺さんとお婆さん。おばあさん。お・ば・あ・さ・んー!!!)
やがて岩の裏側の人物は立ち上がりタクトの真横を通っていく。幸いこちらには気づいていない。
全身にバスタオルを巻きつけており、髪は束ねてタオルを巻いている。
風呂で体にバスタオルを巻く男はいないだろう。タクトはじっと息を殺していた。
なぜか自分がとてつもなく悪い事をしているように思えたからである。
その間にも人影はゆっくりと風呂の中央を進む。上せているのか少々ふらつき気味だ。
それでも湯から出ようとやや蛇行しながら歩み続ける。
徐々に徐々に自分との距離が離れていく。タクトの首筋を汗が流れごくりと唾を飲み込む。
ゴホッォ、ゴホゴホ。
しかしなんと運が悪いのか、気管支の方に入りむせてしまった。
女性がはっと振り向く。
髪に巻かれていたタオルは落ちて一度深く沈んでから水面に漂い、
解き放たれた黒髪は腰の位置まで降りてくる。水分を含み実に艶やかだ。
そして薄暗い蛍光灯が照らし出す肌は降ったばかりの雪のように白く見えた。
「あっっ!! タクト……さ…ん?」
振り返ったのは紛れもなく自分の部下であった。
「ち、ちとせ。どうして君がここに…。」
タクトは混乱していた。自分がこの公衆浴場に来て岩風呂へ入った時彼女はいなかった。
さらに檜風呂へ移った時もいなかった。
なのになぜ今ここにいるのだろう。考えれば考える程、分からなくなる。
岩風呂と檜風呂をつなぐドアは右隅と左隅に二つある。
つまり最初にタクトが檜風呂に移ったときに実はちとせも岩風呂に移動していたのだ。
ただ同時に別々のドアを使った為鉢合わせにならなかったのであった。
頭がパニック状態になっているのはちとせも同じで、
長時間入浴したこともありすっかり慌てふためいていた。
タクトはとりあえず、自分も含めて落ち着くことが大事だと思った。
「あ、あのさー、ちとせ。ともかく落ち着こうよ、ね?」
だが彼女はタクトの言葉など全く耳に入らぬのか、それとも逆に作用してしまったのか。
口に手をあてたまま立ち尽くし、瞳はかなり潤んでいる。
感情が高ぶり今にも泣きだしてしまいそうだ。
顔が紅潮しているのは単に上せてしまっただけではないようである。
(まずいなあ…)
タクトはこの自分に不利な状況を痛いほど感じていた
一刻も早くこの場から逃げ出してしまいたかったが、
取り乱しているちとせを放っておく訳にもいかずタクトはどうすればいいのか途方にくれていた。
二人の間に気まずい沈黙が流れる。
静かに、静かに時は過ぎていく、かに思われた。
「も、も、も、申し訳ありませんでしたぁぁー!!!」
突然ちとせの叫び声のような謝罪が風呂場に鳴り響く。
タクトは自分の部下の言葉の意味が分からずただおろおろするばかり。
なおもちとせは言葉を続ける。
「わ、私は、私は……。殿方の湯に入ってしまったのですね!!!!!」
ズボーン。タクトがずっこけて湯船に沈む。
けれどもちとせは全く意に介さない。というよりも周りが全く見えていない。
「どうしましょう、どうしましょう、ああ、私ったらなんと言う事を………。とう様、かあ様。ふしだらな娘をどうかお許し下さいぃぃー!!!!」
とうとう泣き出してしまった。
どこでどう間違えば男湯に入ってしまうのだろうか。いやそんな事を突っ込んでる暇は無い。
「と、ともかく私はあがりますので、タクトさんはゆっくりしていって下さい。」
湯から顔を出したタクトにそう告げると、右目の辺りを手でこすってから外へ出ようとする。
「え、いや俺の方が出るよ。どっちみち、もうじき宿に帰ろうと思っていたとこだし。」
ちとせを引き止めるとタクトは自分が風呂から上がろうとした。
ちとせもその言葉に立ち止まり振り返りはしたが意思は変わらない。
それから暫くの間、風呂のほぼ中央で男と女の奇妙な口論が続いた。
お互い譲り合って話が先に進まない。どちらも顔を真っ赤にして「私(俺)が出る」の一点張り。
痺れを切らしてタクトは脱衣場へ行こうとする。
しかしそれをちとせがタクトの腕を掴み懸命に引き止める。
「は、離してくれ!! ちとせ。」
「いーえ、離しません!!!」
振りほどかれまいと必死になってタクトの腕にしがみつく。
「離してくれったら!!!」
勢いよく振り切ろうとしたところ、突然視界がぐらつきタクトはよろけてちとせへもたれかかってきた。
支えられるはずもなく……、
ドッバーン。
湯の中へ倒れこみ豪快な音と共にお湯が溢れ出す。
「ぷはぁ。……あれ、ちとせ? おーい、ちとせー。」
先に水面から顔を出したタクトが姿の見えない部下の名を呼ぶ。
だがどこにも見あたらない。
先に湯から上がったのだろうか、そんな筈はない。
やがてタクトは自分の膝が何か軟らかいものの上にあることに気づいた。
そおっと目線を下へずらしていくと、
湯の中で顔まで完全に水没し、ぶくぶくと泡を立てている少女がいた。
「ち、ちとせぇぇー!!!!!」
懸命に水面に出ようとするが自分が乗っかっている為脱出できない。
ボコボコボッ……。
ちとせの口から出ていた泡が、止まった。
「え、ちょっと……。ちとせ? ちとせぇぇー!!!」
タクトは体を横にずらして抱き起こし、ちとせの体を激しく揺さぶる。
間髪いれず、眠り姫は目を覚ました。
「タ、クト…さん」
虚ろな瞳ではあるが意識はあるようだ。
へなへなとタクトがその場に座り込む。
バッン。
唐突に隣の檜風呂とをつなぐ扉が勢い良く開け放たれた。
「これでもくらえー」
「やったな、こんちくしょう。」
幼子二人が風呂場の中を駆け回り、その後を若い父親が必死になって追いかけていく。
片方は五歳くらいの女の子で茶色の髪を泡だらけにしたまま走り回り、
もう一人は右手に持った水鉄砲を乱射しながら上の子の後を追っている男の子。
年齢は三、四歳くらいだろうか。
「あぁー。こら、やめないかお前たち!! 晩御飯抜きだぞ。」
そうはいっても小さな子供がそんな事を聞くはずもなく。
二人の子供は桶を投げたり蹴飛ばしたりしながら互いに激しく撃ちあい、
やがて檜風呂へ戻っていき父親もそれに続いた。
タクトは暫しあっけに取られていたが、やがて我に返りほっと一息をつく。
もしこれを知り合いに見られたらなんと思われただろう。
想像するだけで体が震えた。
急いでこの場を離れたい。タクトは急いで立ち上がり大きく体を伸ばすとその場を去ろうとした。
しかしそれが、まずかった。
(い、いてててて。)
足を、ふくらはぎの裏の筋肉を吊ってしまった。しかもかなりひどく。
バランスを崩し、タクトは前へ倒れる。
その一方、ぼうっとしていたちとせもやや夢見心地ながら立ち上がろうとする。
お湯の中で真っ直ぐ足を伸ばし、何気なく後ろ手をついた。そしてその上に……。
男が覆い被さってきた。
男はとっさに目の前にあったものにしがみつく。
「ひゃっっ!!!」
しがみつかれた方が小さな悲鳴をあげ黒い髪が頭の上下するのに合わせて波打つ。
タクトも早く離れたい。しかしもし手を離せば…。
足の筋肉は以前硬直したまま、今かろうじて胸の辺りで止まっている頭は下へずれ落ちる。
「ちとせ。……ごめん。」
「あ、あやまられるんでしたら早く離れて下さいぃぃ!!!!」
ちとせも動けない。
手を離せば後へ倒れるし、立ち上がることもタクトがしがみついているのでできない。
「そうしたいんだけど……。おっと!!」
タクトの頭がほんの少し下へずれた。
「ひ、ひ、ひぃぃぃぃぃ!!!!」
堪らずちとせが悲鳴をあげる。
タクトの足は、まだ力が入らない。
「あわわわわ。ごめんよ、ちとせ。大丈夫?」
「ですからぁー!! 謝られるんでしたら、は、な、れ、て、下さいぃぃぃー!!!」
ちとせの声は涙ぐんでいる。
広い風呂場に二人きり……。
但し蛇口の前に設置された鏡のいくつかがその中に小さく、小さく二人を映しだしていた。
タクトは必死にこの状況を打開する方法を考える。
しかし良い知恵は浮かび上がらず、ちとせも、もう限界に近い。
その時であった。
「わあ、大きなお風呂―。みんなー、早く来て来てー。」
再度ドアが開けられ聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「もう、言われなくってもそっちに行くわよ。」
さらになじみのある声が続く。破滅へのカウントダウンが始まった。
「あ、タクトさんにちとせ。こんばんはー。いい湯加減ですかー。」
ミルフィーはタクトとちとせの異常な光景にも特に驚いていないようだ。
だが彼女だけでなかったのが二人の運のつき。
「まあ、こちらのお風呂は混浴だったんですの?」
続いてミントがやって来て大げさに驚いてみせる。
さらに、一番まずい人物がきてしまった。
「ってタクト。あ、あんた一体なにしてんのよ!!」
蘭花に言われ改めてタクトとちとせは自分たちの状況を確認する。
二人はさっきのままであった。
ちとせは後ろ手を付いておりタクトの頭は彼女の胸に沈んで、さらに手は背中に回っている。
「ひゅー、お熱いね。」
戸口にもたれかかっているフォルテのからかいに、二人は首がとれそうなまでに横にふって否定する。
いつのまに来ていたのか。そしてその隣にはヴァニラも。
全員集合、である。
「ど、どうしてみんな、揃いも揃ってお風呂へ?」
タクトがやや引きつった顔で尋ねる。
「みんなで、卓球していたんです。」
卓球を打つまねをしながらミルフィーが答える。とても楽しかったらしい。
「それで、汗を流そうとしたら宿のお風呂が壊れてるって言われて……。」
急に顔がしょぼんとなり黙ってしまう。
「それでこちらを紹介、されました……。」
黙ってしまったミルフィーに代わりヴァニラが説明する。
「どうでもいいですけど…。」
ニコニコした顔で聞いていたミントが口を開く。
「そろそろ離れなさった方がよろしいのでは?」
両腕でL字を作り右人差し指を頬に当てながら言った。
「だったら離れるのを手伝ってくれ!!!」
「タ、タクトさーん!! う、動かないで下さいぃぃぃ!!!」
タクトとちとせはまだ、先程からずっとあの状態のままだった。
その後ミルフィーとヴァニラの助けもあってどうにか二人は離れることができた。
タクトの足の硬直も暫くしてとけた。
しかし傍観していた三人の冷たい視線はタクトに向け続けられたまま。
タクトが説明しようと試み、湯から出て体を洗う蛇口の近くにいた蘭花に近づく。
すると……。
視界に複数の桶が飛んできた。
紙一重でかわすもののすかさず第二波がやってくる。
これはよけきれない。顔面に命中しタイルの上に昏倒する。
「タクト、あんた一体どこ触ったのよ。」
「へ。あ、その悪気があったわけじゃあ…。」
桶が再び命中し頭を抑える。
その横でフォルテとミントは桶が命中するたびに拍手をし、
ミルフィーとちとせは湯船の中から親友と先輩を止めるべく説得の言葉をかけ続けるが効果は全くない。
その隣でヴァニラはタクトを見守るように見ている。
後ろを見たタクトとヴァニラの視線が重なる。助けを求めるような目を自分に向けるの上司にヴァニラは諭すように言った。
「今はわかってもらえなくても、きっと……。いつか、分かってもらえる時がくるでしょう……。」
しかし今のタクトにとっては目の前の危機を脱することに夢中。
無駄だとうすうす感じながら、直も根気強く蘭花に話し掛ける。
「あの、蘭花。落ち着いて、話を…。」
一歩、二歩と近づく度に蘭花は穢れた物を見るかのような眼つきでタクトを睨み三歩、四歩と後退し新たな武器を手に取る。
「聞く耳もたーん!!」
雨あられのごとく桶や石鹸が降り注ぎタクトは敗走する。
石鹸で体を洗う人達の横を一人男が逃げてその後を武器を投げつけながら女が追う。
足元には石鹸や桶が散乱していた。だがそんなものに滑るほど馬鹿ではない。
着実に避ける。
ドテ。蘭花が、こけた。自分の投げた石鹸に滑って…。
あっという間に二人の距離が広がる。
「あ!! こらぁー、タクトォー待ちなさぁーい!!!」
暫く走ってからタクトは後方を確認した。蘭花はまだ追ってこない。
「ああぁ。お前さん、いい年してぇー。恥ずかしくないのか? おい、聞いとるんか?」
常連らしいお爺さんに捕まって説教されていた。
タクトはこれ幸いと一目散に蘭花が絶対に追って来られない場所、
「男子脱衣場」を目指してひた走る。
もう一度後ろを見た、まだ蘭花はこってり絞られている。
(ふうー。助か……。)
ドカッ。後ろを見ながら走っていたので体を洗っていた小さな男の子とぶつかってしまった。
先程岩風呂でお姉さんと一緒に走り回っていた子供だった。
顔面を床に叩きつけられワンワンと泣き出し、隣に座っていた姉が咎めるようにタクトを睨む。
周りにいた二、三人の大人が厳しい眼つきでタクトを見る。
後ろから蘭花が迫ってきた。
泣き喚く子供に逃げるように詫びるとタクトは再び逃走する。
タクトは走った。走った、走った。そして、
彼の前に大きな壁が立ちはだかった。比喩ではない、行き止まりだ。
(あれー、出口どこだったっけ?)
辺りを見渡すがどこにもない。どうやらここはこの風呂場の端っこらしいのだが。
(まさかねぇー。)
タクトは自分の中に浮かんできた一つの可能性を懸命に打ち消そうとした。
しかしその可能性がどんどん大きくなる。
タクトはゆっくりと振り返る。その視線の先にはドアがあった。
5メートルほど先であったが……。
(と、通り過ぎてたぁぁー!!)
しかし、ともかくドアを見つけた。生還への脱出口目指してタクトは走った。
そしてドアの前にたどり着く。
引き戸なのでタクトは左にずらす、ずらそうとした。
(あれぇ、あれ。)
一向に扉は動かない。もう一度やってみても駄目だ。
試しに右側にずらしてみても結果は同じ。
焦りが募る。
けれど五度目のチャレンジでようやく扉は開く。
(開いた……。んんん!!!)
しかし扉を開けた途端、タクトの顔が恐怖に支配される。
そして一歩後退した。
「遅かったわね、タクト。」
扉の向こう、そこには…。
そこには勝ち誇った表情で笑みを浮かべた蘭花が立っていた。
「う、うわぁぁぁー!!!」
タクトは光速で反転し次は檜風呂へ向けて走る。その後を追う蘭花。
(ふ、馬鹿ね。あっちの風呂に逃げ込んだってそこで行き止まりよ)
檜風呂へのドアが目前に迫る。タクトはドアを開け隣の風呂へ逃げ込み、追っ手も続く。
しかし蘭花が見たのは誰もいない風呂場だった。辺りを見渡すがタクトはおろか人一人いない。
蘭花が二、三歩前に進んだその時、ドアの横に潜んでいた何者かが開いていたドアから岩風呂に入った。
タクトであった。
(は、はめられたー!!!)
悔しがるがもう遅い。必死に追いかけ徐々に差を詰めるがまだ手は届かない。
風呂場にはタクト達の他にも数人が体を洗ったり、湯に身を沈めていた。
そんな他人の冷たい眼にもめげずにタクトは走る。
そして脱衣場へ繋がる扉が近づいてきた。タクトは勝利を確信し歓喜のゴールへ飛び込もうとする。
カサカサカサ。右足が踏もうとした地点に黒光りする生き物が入った。
とっさによけるがバランスを崩し左足を軸に一回転半する。
ガツン。後から追ってきた蘭花と勢い良くぶつかり二人とも尻を床につける。
タクトはおでこを押さえ、蘭花は鼻の付け根を痛そうにさすっている。
「ふ、ふふ。ふふふ。逃げると見せかけてカウンターをするなんていい度胸ね…。」
不気味な笑い声と共に先に立ち上がったのは蘭花。鼻が赤く痛そうだ。
その間にタクトは這って逃げようとしたが、蘭花の足が無情にもタクトの腰の辺りを踏みつける。
鬼ごっこは終わった。
「いや、違うんだ。その、黒光りする女性の敵を踏んづけそうになって、それで。」
追跡者に捕まり恐怖におののきながらもタクトが弁明する。
それが功を奏したのか、蘭花は足をどける。ゆっくりと立ち上がるタクト。
「どこにいんのよ、その黒光りする何とかは?」
そんなタクトに蘭花は気持ち悪いくらいニッタリとした笑みを浮かべながら尋ねる。
あたりをみわたすがどこにもいない。散らかっている桶を上に上げてもいない。
タクトは近くで体を洗っているさっきぶつかった男の子に救いを求めるように聞いた。
「ねえ、ぼく。いたよね、ゴキブリ。」
弟は姉の顔を見る。姉は蘭花を見る。そして姉弟の出した答えは、
ノー。
タクトの運命は決まった。正直でよろしいと蘭花は二人の頭を撫で大きく息を吸いタクトと対峙する。
蘭花に撫でてもらった二人の子は体についた泡を洗い流すと脱衣場へ出て行った。
他の利用客も次々と風呂から上がり湯殿にはタクト達だけが残った。
蘭花がじりっじりっとタクトを風呂の方へ追い詰める。
手をあげながら後退するタクト。
そして…。
蘭花が左を軸足にして右足を高々と振り上げる。
タクトは、もう、目をつぶるしかなかった。
「女の敵は、あんたの方だぁぁぁー!!!!!」
ドッボーン。
ハイキックをもろにくらいまたまた湯船に沈むタクト。
蘭花は呆然としていた後輩をお湯の中から引っ張り出して隣の風呂へ移動し、
その後を四人の足音が続く。
そのすぐ後、何も知らずに若い女性がやってきた。
彼女が風呂に浸かろうとした瞬間、水面に男が浮かぶ。
再び風呂場に叫び声が響き渡った。
「……という訳でタクトさんは別に、そのー。や、やらしい事は全くなさっていません。」
ちとせは俯きながら先輩たちに何かを説明している。
ここは女性用の脱衣所。
どうやら先程の一件の事の次第を話しているらしい。
「本当に何にもされなかったの?」
蘭花の問いかけにちとせは首を縦に振って応える。
「そう……。」
蘭花はバスタオルで頭を拭いていたがなかなか乾かない。
何度も何度もタオルを擦りつけるように拭く。
「タクトさんが、ちとせに変なことする訳ないじゃない。ねえ、蘭花だって……。」
親友の横顔を見るとミルフィーはそれ以上いうのを止めた。
その代わりに沈んだ顔をしている親友の肩をぽんぽんと優しく叩く。
「考えてみれば、あれにそんな度胸があるはず無いか。」
フォルテが飲んだ缶ビールを投げ捨てて呟く。缶は見事にゴミ箱の中央に吸い込まれていった。
ただし燃えるゴミの箱だったが。
「タクトさんは…。相手の気持ちを考えずに一方的な事をなさる方では、ないと思います……。」
すでに薄緑の浴衣に着替えたヴァニラが言った。
親衛隊がこの姿を見たら号泣し、カメラのシャッターを切りまくるだろう。
「あら、私はてっきりお二人の合意の下、と思っておりましたけど。」
今まで会話に参加していなかったミントが口をはさむ。
「ミ、ミ、ミ、ミント先輩ぃぃー!!」
明るい紫の浴衣をまとったちとせは過敏に反応する。
「からかいがいがあるのは蘭花さんとちとせさん」とミントが言っていた事をヴァニラは思い出した。
「でもミント。その割には蘭花がタクトを襲うのを止めなかったじゃないか?」
次のビールを飲もうとしたがヴァニラに取り上げられてしまったフォルテが尋ねる。
「それは……。」
棚の方を向いて浴衣に袖を通していたミントが振り返った。
その話を耳で聞きながらフォルテの手はするするとヴァニラに迫る。
「おもしろそう、でしたから。」
ミントは一際可愛らしい笑みで言ってのけた。
エンジェル隊で一番敵にまわすと怖そうな人(エルシオール乗組員50人にアンケート)でダントツのトップに立った理由が窺える。
「…成る程、ね。」
ミントの言葉にフォルテは心から納得した。
「おほほほほほ。」
育ちの良いと分かる笑い声をミントが立てる。
そしてフォルテはヴァニラの手から缶ビールを奪取に成功。
だが、中身はなかった。
「…ちとせさん、タクトさんとは、いつから……そのようなご関係に?」
小動物に変化したナノマシンの背中を撫でながらヴァニラが聞いた。
ただ気になることに小動物(ナノマシン)の足が少々ふらついているように見える。
「ヴァ、ヴァニラ先輩まで…。からかわないで下さいぃぃー!!」
普段およそこんな事を口にしないヴァニラに言われちとせも我慢の限度か。
これ以上何か言えばすねるか、泣くかどちらかだろう。
「私は、あまり冗談は言いません……。」
気のせいか、ヴァニラの眼が冷たい。
ちとせは自分が勘違いしていたことに気づく。
「へ? あ、あの。違うんです、あれは。……あれは本当に違うんです、信じてください!!」
ヴァニラはそんなやたらと一生懸命になって否定するちとせに一瞬淋しい視線を送ると、
洗面道具一式を両手に持ちナノマシンの変化した動物を肩に乗せて一足先にロビーに向かおうとする。
「え、ええ。どうしてそんな目で私を見るんですか? 待って、待ってください、ヴァニラ先輩!!」
まだ浴衣の帯をしめないままちとせはヴァニラを追って脱衣場を出ようとする。
「おいおい、ちとせ!! 帯、帯!!」
ちとせ後をフォルテが追う。やはり彼女たちの行くところで騒動が起こる。
それともその逆か。
トレードマークと言えるカチューシャをつけているミルフィーの横を先程風呂場にいた姉弟の一人、
お姉さんが着替えを済まし手に缶ジュースを持って出て行く。
その入れ違い若い女性がやってきて手早く服を脱ぐと風呂場へ入っていった。
そして暫くしただろうか、浴衣に着替え脱衣場から出ようとした時…。
「きゃ、きゃぁぁぁー!!!!!!!!!!!!!」
耳に劈くような風呂場から悲鳴が聞こえてきた。
「お、男の人が浮かんでいるー!!!!!!!!」
まさか!! 六人が現場へ駆けつけるとすでに男女五、六人が駆けつけていた。
彼らの視線の先に目をやると岩風呂の中央に後頭部を上にして一人の男性が浮かんでいた。
その周りには真っ赤な液体がお湯と混ざっている。
黒い髪に体格、何より腰に巻いてあるタオルが自分たちの宿泊している宿の名が書かれたものであった。
蘭花が浴衣のまま風呂の中へ進みミルフィーとちとせがそれに続く。
蘭花が抱き起こし体を揺らすが反応はない。
「蘭花、タクトさん脈がない…。」
ミルフィーが絶望的な事実を告げる。蘭花の腕の中にある物体は硬かった。
彼女の目に光るものが浮かび、それにミルフィーとちとせがつられて涙ぐむ。
フォルテ達はやや離れたところから見守っている。その顔は何かを必死に堪えていた。
「ちょっと、タクト、タクトったら!!」
何度も呼びかけるが返事は無い。空しく首ががくがくとなる。
「いやぁぁぁー!!!!!!!」
風呂場に蘭花の絶叫が響き、ミルフィーは完全に泣き出してしまった。
蘭花は抱きしめているものの頬を激しく叩く。
パサッ。
彼の髪が頭から外れ水面に落ちた。あっけに取られ言葉を失う三人。
それを見てフォルテとミントは我慢できずに笑い出し、ヴァニラはあることを勧めた。
「それの顔を…。一度確かめられたらどうでしょう……。」
物体の首を回し確認する蘭花。すると勢い良く回したせいか首がもげてしまった。
またもや三人が悲鳴をあげ、二人が大笑いする。
「えっ、これは…。マネキン、ですか?」
大声で叫んだ後ちとせが気づいた。彼女が言うまでもなくそれは檜風呂にあったマネキンであった。
風呂に浮かんでいたものはよく出来てはいるが「血糊」。
力なく笑うちとせに対し、先輩二人はいまだに放心状態のまま。
「でも、誰がこんな手の込んだ悪ふざけをなさったのでしょうか。」
ミントが隣のフォルテに尋ねる。
「さあね。ただアタシが思いつくのは一人だけだけどね。」
「あら、私もそうですわ。」
相槌を打つミントの目が怪しげな光を宿す。
「…このタオルが何よりの、証拠です……。」
ヴァニラは自分たちが泊まっている施設の名が書かれたタオルをばっと広げてみせる。
「た、た、タクトォォォー!!!!!!!」
ようやく我に返った蘭花の叫びが三度浴場に響いた。
ゴク、ゴク、ゴク。腰に手を当てたお決まりのポーズでタクトが牛乳を飲み干す。
風呂上りのこれは格別だ。
そこに風呂から上がったばかりのレスターがやって来た。
「なんだ、まだいたのか?」
レスターはやや顔をしかめながら言った。彼も宿の仲居の勧めに従いこの公衆浴場へ来ていたのだった。
ここについた時タクトはすでに風呂を出てロビーでくつろいでいたのを彼は目撃していた。
つまりタクトはレスターが風呂に入っていた数十分間ずっとロビーにいたことになる。
「お前を待っていた、とは思わないのか?」
飲み干したコップを置いて、友人に訊く。
「そんなわけないだろう。大体、もしそうだとしたら少々気色悪い。」
オーバーに肩をすくめながら毒を吐いた。
「おやおや、ひどい言われようだね。」
これも日頃の行いの所為だろうか。
レスターがさっさと宿に帰った後もタクトはしばらく意味もなくロビーで時を浪費し、
やがて帰ることにした。
持ち物を確認すると腰に巻いていたタオルが無い。脱衣場に戻り探すが見つからない。
ロビーのテレビはまもなく7時のニュースが始まろうとしている。
夕食まで時間も無いので諦めてホテルに戻ることにした。
ニュースの大げさなオープニングが流れ出した時、なにやら叫び声のような者が聞こえた。
見るとテレビは新しい絶叫マシンのオープンを伝えている。タクトは興味がなかったので席を立った。
夜道の一人歩きはやや心細い。こんな時話し相手がいれば、とタクトは先に帰った友人の事を想う。
あの時一緒に帰ればよかっただろうか。
しかしそんな彼に格好の「相手」が現れる。前方の電信柱の陰からいきなり六人の人影が踊り出た。
人影は自分の部下であった。
「あれ、み、みんなか。どうしたの?」
唐突にエンジェル隊が現れたことに驚き情けなく声が裏返る。
ただいきなり出たことに驚いたのではない。
六人が一様に重苦しい気を放っていることがタクトに強烈なプレッシャーを与えていた。
ミルフィーは愛らしい顔はどこへやら。険しい顔で両手にはフライパンを握っている。
「大の大人のやることにしちゃあ、悪ふざけが過ぎたようだね。」
そう言うとフォルテはポケットの中に手を入れた。カチリと何かがその中で音を立てる。
「そうよ、ミルフィーなんてワンワン泣いてたんだから。」
自分の事を棚に上げて蘭花が言う。
異様な雰囲気にタクトが一歩後退すると、その足元に一本の矢が突き刺さった。
思わず腰が崩れる。
「タクトさん、覚悟。」
ちとせは弓の稽古時の服に着替え、手袋をはめ、矢を背中に背負ってタクトに向かい弓を構えた姿勢を崩さない。
ちとせの鬼気迫る表情にタクトは命の危険を感じた。
そおっと彼女の射るような視線から逃れタクトはすがる眼つきでヴァニラを見た。
「ナノマシンで、治療しますから……。問題ありません。」
ヴァニラの口調はいつもにまして事務的であった。
頼りに思っていた人に見捨てられるとダメージも大きい。
タクトは最後の望みをかけ懸命に訴えかける。
「いや、そうじゃなくて。ねえ、みんな何か勘違いを…。」
「ふふ、言い訳なんて男らしくありませんわよ。」
ぴしゃりとミントに言い放たれ弁明の機会を断たれたタクトの命運はすでに決していた。
「さあ、どうやって懲らしめてやりましょうか。」
パキッパキッと腕を鳴らしながら蘭花が、六人がタクトに迫る。
「ちょと、待って、待って。何がどうなってるんだあぁぁぁー!!!!!!」
秋の星座が天の屋根を目指して上り始めた頃、一人の男の悲鳴が夜の街に響いた。
その後、夕食の時間になってもタクトが姿を見せないことに不信を抱いたレスターが
ミルフィー達を問い詰め彼女たちの説明に対しレスターがタクトはそんなことはできなかったはずだ、
と証言したことから誤解はあっさり解けた。
数分後ボロボロの浴衣の男が宿にたどり着いた。
幸い傷は彼女たちが手加減(?)したこともあり大した事はなかったものの、
夕食の時間に間に合わず、夕飯がインスタント食品になってしまったのが彼にとってはショックだったが
訳の分からぬ誤解が解けてほっと胸をなでおろした。
その頃彼らが利用した公衆浴場では。
「きゃ、きゃぁぁぁー!!!!!!!!!!!!!」
耳に劈くような女性の悲鳴が岩風呂に木霊する。
「お、男の人が浮かんでいるー!!!!!!!!」
そも声を聞きつけ五人の男女が風呂場に集まってきた。
見ると風呂の真ん中に後頭部を上にして浴衣を着用した男性が漂っている。
「よ、洋一郎さん……。」
二十代前半の女性が変わり果てた友人の姿に絶句する。
男三人が血と混じった湯に入り浮かんでいた人物を確認すると、
果たしてそれは彼らがよく知っていた人物だった。
「どうして、こんなことに……。」
遺体を引き上げ二枚目風の男性が沈痛な面持ちで呟く。
隣の茶髪の男も拳をタイルに叩きつけた。
「い、い、いやー!!!!!!」
最初に発見した若い女性が身をよじり甲高い叫び声を上げると同時に、
カメラはゆっくりとフェードアウトしていく。
「カッートォー!!」
それを聞き出演者、スタッフは安堵した。
監督の横にいたスタッフの一人もそれは同じだったがすぐに顔を険しくし次の撮影の準備に入る。
その様子を浴場の番頭もほっとした表情で見ていた。そんな彼に責任者らしき男が歩み寄る。
「しかしねー、困りますよ。リハの最中に一般の客に入ってこられちゃあ。警察や救急車が来たりして大
変だったんですから。」
蘭花達がマネキンを見てタクトだと勘違いした事から大騒ぎとなったあの一件は彼女達が去った後、
パトカーや救急車が来ていた。
その騒ぎの所為で自分達の予定が大幅に遅れたと男は番頭に文句を言った。
「すみません、あの小さな子を最後に誰も残っていないと思ったんですが。」
頭をぽりぽりとかきながら言い訳の言葉を並べる。
「ですけどねぇー。リハーサルの時は血糊を使わないって言ってたじゃないですか?」
排水溝の掃除が大変だった、と番頭は眉毛を上下させながら苦情を述べる。
自らの落ち度を責められたのが余程気に障ったのか、かなりご立腹のようだ。
「はん? 知りませんよ、そんなの? 監督。」
しかし監督もそんな指示は出していないと断言した。
納得のいかない番頭と責任者が口論をはじめる。
「ああ、それでしたら……。」
見かねた事情を知っているらしいタイムキーパーがストップウォッチに目を向けたまま話し出した。
「えっと、お。そろそろリハか。」
リハーサルが始まる直前、タイムキーパーの男(入社4年目)は時計を見て時間を確認すると呟き、
「ど、っこらしょ。」
そして浴槽のふちに座ろうとした。
ドンッ。
尻が何かにぶつかった。恐る恐る振り返ると、
本番用に使う血糊が一杯入った容器が風呂に浮かんでいた。
しかも蓋は、閉められてなかった。
「ああ、ああぁぁぁぁ。」
男の空しい叫び声が響く中、見る見る湯が真っ赤に染まり拡散していく。
しかし撮影をするという事でお湯の循環を止めており、
さらに時間も押していたことから湯を入れ替えずそのまま撮影に入った。
「と、いうわけです。」
「なにがだぁぁぁー!!!!!」
責任者らしき男の怒鳴り声が響く。
しかしいつものことなのか撮影スタッフは全く気にせずそれぞれの仕事をこなしていく。
「でも、これもしかしたら今度のNG大賞獲れるんとちゃいますか? 二時間ドラマの撮影でホンマの警察がきたんですからぁ。」
出番がなく椅子に座って撮影を眺めていた、いかにも「おばさんキャラ」といった感じの中年の女性が手
に持つ台本には「温泉リポーターの事件遭遇記8」とのタイトル。
ちなみにタクトのタオルがなくなったのは……。
撮影スタッフの一人が隣の籠においてあった自分のと間違えた為であった。
「はーい。じゃあ次、警察が到着して事情聴取をする絵を撮りまーす。」
かくしてこの浴場では遅れた分を挽回すべくドラマの撮影が深夜まで行われ続けた。
そんなことは露知らぬタクト達はいろいろと疲れたのか、
日付の変わる一時間前にはベッドと布団に入ったらしい。
こうして決戦前夜の夜はふけていった。
〜あとがき〜
ついに、といいますか今更かもしれませんがとうとう後編まで来ました。
長い道のりでした……。
とは言えまだ(その1)しか終わってませんけど
おまけにタイトルに「野球」とあるのに全くそんな場面がありません。
幕間が本編並になってしまいました(汗)
(大体なんなんだ、「その1」って。)
そもそもなぜこうなったのかと言うとですね(言い訳です、すいません。)
前回(中編)で「そういや蘭花やミルフィーの出番がなかったなー」
→「彼女たちにもきちんと活躍してもらおう」
それでほんの数行だけのエピソードの予定で書き始め
で、気づいたらこんなに長くなってました……
申し訳ありません。「次で終わる」なんて言いながらこの体たらく(汗汗)
いかに己が「未熟者」であるか思い知らされました。
そもそもちゃんと「活躍」してますかね。またもや「彼女」が目立ってしまいました(滝汗)
(ちとせ、ごめんなさい。またまたいじめすぎました)
読んで下さった方がどう思うか不安です。
今度こそ、次の(その2)で終わるはず、はずだ、と言いたいんですが…。
正直なところ分かりません。
(すでにかなりの量に。)
最後にこんないい加減な筆者の作品に目を通していただいた方、
ありがとうございます。心より感謝いたします。
管理人様、皆様まだまだまだ未熟な私ですが、これからもよろしくお願いいたします。
2005年1月10日 三雲