熱戦を終えたタクト達は閉会式を終えるとさっさと宿に帰った。

宿に着くと自由時間なので各々行動に出る。

 

体の汗を流すべくお風呂場へ向かう者、酒飲みをするべく外へお酒を買いに行った者などなど。

それぞれが夕飯までの好きなように時間を過ごしていた。

 

 

まだ午後5時前。

 

夕食の時間は7時半。

メニューはなんでも豪勢な会席料理とのこと。

 

 

 

タクトはとりあえず真っ先に体の汗を流し、その後は自分達の部屋へ戻った。

同室のレスターとクロミエはまだ帰ってきていない。

広い部屋に一人きり……。

意味もなくタクトは部屋の中央に寝転がると体を大の字にしてみた。

背中がボキボキと音を立てる。

 

 

部屋に設置されているテレビが病んだ月の如く室内を蒼く照らす。

テレビから流れるのは一昔、二昔前のアニメ。

主人公の超人プロレスラーが仲間である正義の超人と共に悪の超人と戦うというもの。

当時少年達の間で爆発的にヒットし、額に「肉」と書くバツゲームが流行したとか……。

 

 

なお最近の研究でEDENの時代にも極めてよく似た番組があったらしいということが分かった。

その番組のタイトルは、○ン肉○ン。

残念ながら現在の科学ではこの「○」に何が入るかまでは解明することができない。

しかし何時の日か、きっと明らかになることだろう。

 

 

 

タクトはゴロゴロとカーペットの上を転がってから立ち、部屋の灯りをつけた。

それからリモコンを取りテレビの電源を消す。

 

本物の月がようやく夜空にその姿をはっきりと現わし始めた頃に、

この部屋の蒼い、蒼白い月は光を発しなくなった。

 

そんなまがい物の月と比べたら空の月は憤慨するだろうか。

問いかけの言葉を投げてみても満月は、

他の星達の光が霞んでしまうくらい強すぎる光を地上に降り注いでいた。

 

 

 

 

 

 

「他人」の力を借りることによって……………。

 

 

 

 

 

コーヒーが飲みたくなった。

幸い部屋にはインスタントコーヒーの袋があった。

 

ん、確か今朝はなかったはずだが……。

 

 

ビリッ。

 

だがタクトはさして気にせず袋を破く。

中身をコップに注ぎお湯を入れたらはい、出来上がり。

新聞(テレビ欄)を見ながらベッドに腰掛けて、入れたてのコーヒーを飲む。

 

タクトにとってリラックスできる時間であった。

 

 

 

 

 

部屋の時計が6時を告げた。

タクトは飲み終わったコップを濯ぐ。

 

しかしコップを洗っていた手が頭を押さえる。

 

(なんか、ズキズキするなあ………。)

 

こめかみの辺りが痛む。

寝不足のせいか、それとも疲れがたまっているからか。

 

夕食まではまだ間がある。

タクトはそれまで一眠りしようとベッドに入る。

蛍光灯のスイッチを切って毛布を頭まで被ると、

タクトは瞬く間に深い眠りに落ちていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

コン、コン。

 

 

 

コン、コン。

 

 

誰かが部屋の戸を叩く。

レスターか。

いや、彼やクロミエならわざわざノックはしない。

誰だろうか。

 

(よりによってこんな時に………。)

 

そう思わずにはいられないが居留守を使うわけにもいかない。

応対すべく起き上がりスリッパを履く。

大した用でなければ後にしてもらおう、タクトはそう思っていた。

 

 

それにしても一体誰が、こんな時間に…………。

タクトは思い当たる人物を色々と頭に浮かべながらドアに近づいていった。

 

 

    〜G・A草野球狂想曲〜       エピローグ

                           作・三雲

 

 

「あのー、 すみません。タクトさん、いらっしゃいますか?」

 

戸の反対側から凛とした声が聞こえてくる。

タクトは誰が尋ねてきたのか分かった。

 

「ああ、ちょっと待て。」

 

軽く身だしなみを整えるとドアを開けた。

 

「こんばんは。タクトさん、ちょっとよろしいでしょうか?」

 

「え、うん。ともかく、中に………。」

 

そう言って訪問者を室内へ招く。

尋ねてきた人物は………。

 

「はい。失礼致します。」

 

ちとせ、だった。

 

 

 

 

 

ドサッ。荒っぽく座布団を二つ押入れから投げ出す。

 

「それで、ちとせ………。一体何の用?」

 

ちとせを部屋の座敷に通してタクトは尋ねた。

急な訪問だったのでお茶しか用意できていない。

 

この部屋、入ってすぐ左にトイレ、中に進むとベッドが三人分ある。

けれどもさらに進むと窓に面した場所に畳が敷かれた六畳ほどのスペースがある。

 

それで彼女をその畳が敷かれ卓袱台が出されている場所へ案内したのだ。

 

「えっと。そのー。………『アレ』の件なのですけれど………。」

 

『アレ』とは何ぞや。

 

タクトは手繰り寄せるように記憶を辿る。

 

 

 

 

 

ポン。

 

(あ、そだ。)

 

何か思い出したらしい。

 

 

そう。今日行われた皇国軍親善野球大会の決勝でフォルテの一言をきっかけに、

ちとせはタクトに『アレ』をしても良いと約束した。

それは、タクトの顔を借りなければいけないらしい。

 

 

しかも男の人に軽々しくやってはいけないものだとか………。

 

 

 

 

 

何でそんな約束をする羽目になったか、と言うと………。

 

 

 

 

 

 

 

 

当人たちにもよく分からないうちにそうなった………のであった。

 

 

まあともかくそうなったのである。

但し、条件付ではあったが。

 

 

(えーと、あー………。そうそう、確か『ホームランを打ったら』っていうことに……。)

 

その通り。ちとせがあの打席、本塁打を打ったらという条件付だった。

タクトもその場の勢い、みたいなもので了承したのであって深い意味はなかった。

 

で、その後ちとせは見事ランニングホームラン。

試合に負けはしたものの今日は大活躍だった。

 

そう、大活躍だった。

 

 

 

 

 

 

(ん? といことは………。)

 

タクトは自分で入れたお茶を口から出してしまいそうになり、とっさに天井を見上げる。

 

ゴックン。

 

勢い余ってしまいお茶がのどを通過する。

それと同時にタクトの首には冷たい汗が。

 

タクトは自分の言ったことをもう一度確認する。そして一つの答えが導き出された。

 

 

 

 

 

 

(約束、果たさないといけないんじゃ………。)

 

 

だがそんな結論を出したにもかかわらず、タクトの表情はそれ程深刻そうには見えない。

 

「ああ……。そういえば約束、したんだっけ。」

 

 

 

そんなの冗談だろうと思っていたから。

 

 

 

そう、それが一般的な判断だ。

いくらタクトが一般生活では能天気でいい加減だからといって、

あの状況でちとせがあんなことを言っても本気にするほどお気楽ではない。

 

 

 

 

 

けれどタクトは忘れていた……………。

 

 

 

ちとせが「超」が付くほどのき真面目な性格であることを…………。

 

 

 

そして今こうしてタクトの部屋にわざわざ訪ねて来ているということを…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、約束………しました。」

 

コクンと頷くちとせ。

 

「約束は守らないと、ね。」

 

軽い口調でタクトが言葉を紡ぐ。

 

 

 

ところがちとせは相槌を打つこともなく、また否定もしない………。

 

 

ここでタクトは初めて不審に思った。

 

 

タクトはいきなり横を向いた。

そして瞳を動かしてちとせの様子を窺う。

 

「どうかしましたか、タクトさん。」

 

しかしあまりにも不自然であったためか、ちとせに不審に思われてしまった。

 

「あ、うんうん。なんでも、ないよ……。」

 

タクトの顔が再び正面を向く。その時、

 

 

二人の視線が重なった………。

 

(んん!!)

 

何だか恥ずかしくなったタクトはすぐに視線を逸らした。

だから彼はちとせがどのような顔をしていたのか見ることはできなかった。

 

 

 

ちとせはニコッと笑みを浮かべていた……。

 

 

 

 

 

桜のように頬が、顔がほんのりとピンクに染まった笑みを……。

 

 

 

そんな彼女の様子にタクトは気づかない。

ただつられて笑みを返す。

 

緊張感のないタクトの笑顔。

 

ちとせは顔こそにこやかに笑っていた。だがその眼には……。

 

 

はっきりとした決意の光が宿っていた。

 

 

 

そして一言、呟く。

 

「では、よろしいのですね………。」

 

 

 

 

 

タクトは暫しの間、頭が真っ白になった。

でもしばらくして気を取り直すと…………。

 

 

 

(え、ええええぇぇぇ!!!)

 

部屋の端っこで「ええ!」と叫びたくなった。

 

 

最も寸でのところで口を抑えたため、実際には叫ばなかったのだけど。

 

 

 

ちとせはそんな目の前の上司のおかしな様子を特におかしいと思うわけでもなく、

相変わらず姿勢を正して座っている。

ただし顔はやや俯いていえ、頬も普段より赤みがかっていた。

 

 

 

タクトは平静を取り戻しちとせに何か言おうとした。

 

 

言おうとしたのだけど………。

 

 

 

 

 

タクトは何も言えなかった。

自分と向かい合っている少女の眼に戯れの気持ちが微塵もなかったから。

 

 

 

下を向いていたちとせが顔をあげる。

 

 

またもや、ちとせと眼があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リーン。リーン。

 

宿の庭先から鈴虫の音が聞こえてきた。

まだ生きていたのか………。

 

 

リーン。リ、リーン。

 

でもところどころ音がかすれてしまうのが彼の遠くない将来を暗示していた。

一つの季節がもう終わろうとしている。

 

 

リーン。リーン。リーン。

 

ちとせが気づいて立ち上がり窓から庭の様子を見る。

だけれど確認できる筈もなく、代わりに窓をあけた。

涼しい、それよりも冷たいといった方が相応しい秋の夜風が部屋に入り込んでくる。

 

 

リーン。リーン。

 

演奏は続く。

文字通り力を振り絞って音を奏でていた。

けして「モノ」が出すことはできない音色を。

 

 

リーン。リ………。

 

音が、途切れた。

ちとせが残念そうに窓を閉める。

 

そしてその視線はタクトに向けられて………。

タクトは彼女の眼を真正面から受けとめてしまう。

風流な音が響かなくなった部屋を代わりに静寂が包む。

 

 

 

 

「あの、よろしいのでしたら早く…………。その、人が、来ないうちに…………。」

 

その静けさをちとせが破る。

ためらいがちに話すのがとてもかわいい。

 

 

けれど今のタクトにそんなことを考える余裕はなかった。

 

 

 

 

 

室温はすっかり下がってしまった。

 

 

部屋には窓から入り込んだ冷たい空気が逃げ場を失い、出口を求め二人の足元を彷徨っていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「タクトさん……。」

 

「何だい?」

 

今度も先に言葉を口にしたのはちとせ。

タクトもそれに短く応じる。

 

「目………。閉じて、いただけませんか?」

 

 

 

 

 

 

またもや部屋から音が消える。

タクトは暫らく考え込んでいた。

 

 

考え込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10分。15分。

ついに腹をくくったのかタクトの瞳をまぶたが覆う。

 

 

 

「本当に、よろしいのですか?」

 

 

 

コクッ、コクッと小さく二回頷く。

 

 

 

「では…………。参り、ます。」

 

 

 

ちとせの顔がゆっくりと次第にタクトの顔に近づく。

接近しタクトの頬にちとせの右手が寄り添う。

 

 

 

そしてもう一方の手をタクトの顎に当て顔全体を持ち上げる。

 

 

 

 

 

ちとせは…………覚悟を、決めた。

 

 

少しずつ、少しずつ二人の顔がまた近づき始める。

もう、30センチない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グカァー。グオォー!!!

 

盛大ないびきと共にタクトの体が大きく前に傾く。

 

 

 

 

「きゃっ!!」

 

慌てて後退りするちとせ。

 

そんな彼女に配慮したわけではなかろうが、

起き上がりこぼしの如く前方に倒れ掛かったタクトの体が元の姿勢に戻る。

 

 

けれど今度は後ろへ体を逸らし、そのまま………。

 

 

ドタッ!!

 

倒れこんだ。時折、思い出したかのようにいびきをかく以外はピクリともしない。

 

 

 

ちとせは畳の上で寝てしまっているタクトにベッドから引っ張り出した毛布をかけた。

続いてドア付近に移動。

 

 

ポチッ。灯りを落として部屋を去ろうとする。

 

 

そしてドアの取っ手を握り半分開けた、その瞬間…………。

 

 

 

ピタッ。

 

ちとせの手が止まる。

次の瞬間、彼女の手はノブから離れていた。

 

 

パッタン………。

 

木の扉は静かに閉まった。

 

 

コツコツコツ………。

 

 

タクトの部屋の前を仲居が通過していった。

 

足音が遠ざかり、聞こえなくなるとちとせはほっと胸をなでおろした。

 

 

(どうして…………。私は、とっさに隠れてしまったのでしょう…………。)

 

やましいことは、ない。何もない。

 

 

ではなぜ…………。

 

 

 

グゥー、グガァー。

 

いびきがうるさく響いて、部屋をけして静寂にさせない。

 

 

 

ちとせはくるりと振り返った。

 

部屋は暗暗としている。

間近にある自分の手さえもあまりよく見えず、

ましてや奥にいて盛大ないびきをかいている人物は毛布をかけられている為でもあろうが、

体の輪郭すらも分からない。

 

 

 

突然ちとせは部屋の奥に進みだし、眠っているタクトの傍らに、座った。

 

 

そして額にかかったタクトの前髪をどける。

その手はとてもぎこちない。

 

 

だが躊躇しながらもちとせは己の顔をタクトに近づけていった………。

 

 

 

 

 

部屋の窓際には桔梗が花瓶に飾られていた。

でもすでにだいぶしおれ紫の花びらもくたびれている。

 

ポトッ。

花は自分の体重を支えることができなくなり、お辞儀をするかのように首を曲げた。

さらに茎も体の上部の重みに耐え切れずクニャと曲がり花は花瓶の中に姿を消した。

 

あのお辞儀は挨拶だったのだろうか、自分を見てくれた人への………。

 

 

 

けれども彼女の最後の挨拶を見た者は誰一人として、いなかったのだった…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「タクトさん、タクトさん。」

 

「うーん………。」

 

誰かが自分の名前を呼んでいる。

しかし起きる気がしない。頭がズキズキする。

 

「夕飯ですよ、起きてください。」

 

「もうちょっと………。」

 

起きなければいけないと分かりつつも、本能はそれを拒む。

欲に、勝てない。

タクトの意識はまた深い沼の底へ沈んでいく…………。

 

 

 

 

 

 

「起きろよ、このボケナス。」

 

ぞっとするような冷たい声にタクトが飛び起きる。

ちとせがかけてくれた毛布は、ぐちゃぐちゃになっていた。

 

 

「やっと起きてくれましたか、タクトさん。」

 

眠いまなこを擦りながら見上げたその先には、馴染み深い顔があった。

 

 

 

「クロミエ、か………。」

 

「皆さん、もう食べ始めています。早く来てください。」

 

「ああ、分かった。」

 

そう言ってタクトははたと気づいた。

熟睡していたにしてもやけに服が乱れている。

それはクロミエも同じで白地に紺色の線が入った浴衣がはだけていた。

 

クロミエはタクトが起きたことを確認すると着衣の乱れを直して先に夕食の場へ戻る。

場所はこの宿に泊まっている間ずっと同じ。だから別に聞かずとも問題ない。

 

タクトはクロミエを見送り、卓袱台の上に置いてあった鍵をとって部屋を出ようとする。

 

 

 

 

「タクトさん。」

 

さっき出て行ったばかりのクロミエがドアから顔だけのぞかせている。

まだ何か伝えることがあったのだろうか。

 

「クロミエ、まだ何か?」

 

 

クロミエはニコッと笑顔を作ると、言った。

 

 

 

 

 

 

「今度誘われる時は……………もっと夜遅くにお願いします。誰かに見られたら、大変ですから……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと……。」

 

「では、先に行っていますね。タクトも急いでください。」

 

「え、だ、だから。ねぇ、ちょっと!!!」

 

 

 

バタン。

 

そしてドアは、閉められた………。

 

 

 

 

 

 

 

 

タクトはクロミエの言葉が引っかかっていたがともかく食事の場所、梅の間へ向かうことにした。

 

 

スゥ。

 

襖を開けて中をのぞくと皆思い思いに食事を楽しんでいた。

 

「みんな。ゴメン、遅れて。」

 

「遅いぞ、タクト。って、お、お前…………何だ、それは?」

 

レスターの目が点になっている。

 

「遅いわよー、タクト。あんた、一体今まで………。」

 

蘭花もタクトの顔のおかしなところに気づくと言葉を紡ぐのを止めた。

他の者もあっけにとられている。

 

 

タクトを起こしに行ったクロミエと、

 

 

 

ちとせを…………除いて。

 

 

 

 

「あ、あのー。何か俺の顔に付いて…………いるの?」

 

皆にタクトが聞くが誰も、答えるものはいない。

 

 

 

 

「付いていますわよ、額に。」

 

ジュースをコップに注ぎながらミントが言った。

 

言われておでこを擦ってみる。

さらにそのこすった右手をまじまじとよく見ると…………。

 

 

 

指先に赤いモノが付着していた……。

 

 

ギョッとしたタクトがちとせの顔、特に口元を注視する。

 

 

 

ちとせの唇は、薔薇よりも紅かった……。

 

 

さらに彼女の唇と自分の額に付着していたものは………同じ色、だった。

 

 

 

 

 

皆の視線が痛い。

タクトは居たたまれず、ゆっくりと後ろへ下がり場を去ろうとする。

そんなタクトを睨みつけるように凝視する蘭花達エンジェル隊の四人。

 

 

 

 

 

ゴテッ。

 

 

畳に置いてあったお盆を踏んづけタクトが無様に、こけた。

 

 

 

 

 

ギャハハハハ、アハ、アハハハハハ!!!

 

突然蘭花とフォルテ、それにミルフィーが大笑いしだした。

ミントも口元こそ隠しているが声を立てて笑っている。

ただ蘭花達よりも上品な笑い声であったが。

 

唯一ヴァニラだけが表情に変化がない。

寧ろ唇をキッと真一文字に結んでいる。

 

 

しかしまじまじと彼女を観察した者がいたら分かったであろう。

 

彼女が一生懸命、口が開いてしまわないよう努力しているということに……。

 

 

 

 

「はい、これをどうぞ。」

 

あっけにとられているタクトに手鏡を差し出したのはクロミエ。

タクトが鏡に映った自分の顔を見ると…………。

 

 

 

 

 

 

そこには………。

 

 

 

 

そこには………紅い口紅でおでこに…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

『肉』と書かれた自分の顔が………。

 

 

 

 

「な、な、なんだぁ、これはぁぁぁ!!!」

 

「い、い、今、ご、ごろ……。アハ、ハハハハ!!!」

 

タクトの絶叫に蘭花がはたから見ると心配したくなるほどの勢いでまた馬鹿笑いする。

 

 

急いでコレを落とさなければ…………。

タクトは恥ずかしさのあまり倒れてしまいそうになりながらもお手洗いを目指す。

 

 

バッ!

襖の前に立つと勢いよく開けて部屋を出ようとしたタクト。

しかしタクトはその場に立ち尽くした。

 

そして静かに襖を閉めた。

どうしたのだろう。

 

すると今度はもう片方の襖の方へ向かった。

 

 

そう、靴がなかったのである。

 

 

 

その途中、ちとせの前を通った。

ちらりと彼女を見たタクトとちとせの眼が出会う。

 

ちとせはにっこりと微笑むと、言った………。

 

 

 

 

 

「よく、お似合い……………です。」

 

 

 

 

 

ドタッ!!

 

 

タクトが昏倒し、畳の上に置かれていたジュースやビールを倒した。

畳の上をオレンジの液体が流れる。

 

 

「あ、タクトさん。どうなされたのですか?」

 

「タクトさーん。だいじょーぶですかあ?」

 

いきなり倒れたタクトを気遣うちとせとミルフィー。

さらにフォルテも気がかりなようだ。

 

 

「ああぁー。まだ半分以上残ってたのに……………。姉ちゃん、ビール三本追加。あと、つまみもね。」

 

 

気になるところはちょっと違うようであったが………。

 

 

 

 

 

こんな具合に、タクト達の最後の夜は賑やかに、本当に賑やかに過ぎていくの………だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食を食べ終え、タクトとエンジェル隊は自室に戻っていた。

今夜が最後の宿泊日。

明日の早朝には宿を払いエルシオールに戻る。

 

「蘭花、どこかいくのかい?」

 

部屋から出て行こうとした蘭花をフォルテが呼びとめた。

 

「ちょっと………………。散歩でも、しようと思って。」

 

「そういえば、ミルフィーさんも何処かへ出かけられたようですわね。」

 

「へえー、そうなんだ。」

 

ミントの言葉を受け流すように聞くと蘭花は浴衣の上に一枚羽織る。

そしてさっさと廊下へ出ていった。

 

 

 

 

 

「あっ………。」

 

蘭花が無造作にドアを閉めて出て行ってしばらくして、

歯磨きを終えベッドに入ろうとしたヴァニラが唐突に声を出した。

 

「ん。どうしたんだい、ヴァニラ?」

 

就寝前の一杯をやっていたフォルテが声をかける。

 

「ミルフィーさんの、ことですが……………。」

 

「ミルフィー先輩が、どうかしたのですか?」

 

ベッドの上に正座して難しい書物を読んでいたちとせが尋ねた。

風呂上り特有のいい香りを漂わせている。

 

「いえ………………。何でも、ありません……………。」

 

そう言うとヴァニラは飛び込むようにベッドに入り、

ヘッドギアをかけたまま毛布を頭から被った。

 

ベッドの傍ではナノマシンの小動物が体を丸くして、眠りについていた。

 

 

 

 

 

夜は…………暗い。

闇が支配者となる時間だ。

鮮やかな朱色の家屋の屋根さえも、今は暗紅に見える。

 

夜、それはごく一部を除き黒に覆われる時期。

そしてこの闇に紛れて何かをしようとする者達もいる。

 

月と街の街灯達がこの強大な敵に対し、精一杯の抵抗を繰り広げていた。

 

それでも闇は忍び込むかのように入り込んでくる。

路地裏へ、部屋の中へ、鉄橋のガード下へ、そして……………。

 

 

人の心へ、と……………。

 

 

日付はまだ変わらない。

東の空を見ても暁の光は一条も望めない。

 

 

夜はゆっくりと、流れるように更けていく………………。

 

 

 

 

 

蘭花は外へ出た。

暗い夜道。周囲に家は無く、薄暗い電灯だけが申し訳程度に闇の場所を少し減らしている。

 

公園の近くに来た。昼間試合をした球場の隣にある。

もう夜も遅い、当然人がいるはずもなくひっそりとしている。

 

 

 

 

「あ、蘭花。」

 

「きゃっ!!!」

 

 

突然後から声をかけられ短めの、されど小さくない叫び声をあげる。

 

「びっくりした。おどかさないでよ。」

 

「こっちだって。いきなり大きな声を出すんだもん。びっくりしちゃった。」

 

「大声なんて出してないわよ。大体、こんな時間どうして人気のない場所にいるのよ、一人で。」

 

「ちょっと、待ち合わせ………を。」

 

「タクト?」

 

 

ヒュウー。

冷たい夜風が二人の間をすり抜けていく。

 

 

 

ミルフィーは恥ずかしそうに顔を赤らめていたが、やがて口を開き話し出した。

 

「今日、第二双子座の流星群が見られるんだって。だから、公園のベンチに座って…。」

 

「一緒に見よう、なんて誘われたんだ。で、その相手はどこ?」

 

「まだ、来てないみたい。12時の約束だったから。」

 

そう言いながら左手に目を移す。まだ日付が変わるまで15分はあった。

何気なく蘭花は左側を見ていた。

すると、暗がりに一つに影が浮かび上がり、ベンチに腰掛けた。

 

 

タクトだ。こちらから5メートル程離れている。自分の横のミルフィーを見る。

どうやら気づいてないらしい。

 

「私、ちょっとあっちのほうを見てくる。」

 

立ち上がり、向かって右に歩き出す。

 

 

 

 

 

「待って!!」

 

驚いた顔でミルフィーが振り向く。

 

「え、その………………。見つかるといいわね、タクト。」

 

 

 

 

 

「うん。」

 

そして彼女は再び歩き出し、桃色の髪も闇に消え見えなくなった。

蘭花はしばらくその場に立ち尽くしていた。ちらりとタクトの方を見る。

立ったり座ったりの動作を繰り返し、ベンチの周りをうろうろとしていた。

 

 

 

 

 

 

「はあ。いないなー、タクトさん。」

 

公園の入口に立ってミルフィーはタクトが来るのを待っていた。

けれどタクトはおろか人影が全く見えない。

 

 

時計の短針は11と12のほぼ中間の位置にあった。

 

 

 

 

 

ビュワー…………。

風が…………吹き抜けた。

 

 

ヒラヒラヒラ………。

ミルフィーの頭の上に薄紅色の花びらが一つ舞い降りて来る。

 

辺りを見回してもそれらしき花や木はない。

パッと振り返ってみる。

 

 

 

あった………………。

 

山茶花だ。

 

 

ビュゥー………。

また、風が吹く。

小さな木は踊っているかのように体を激しく揺さぶる。

 

花が散っていく。

ある者は遠くへと飛ばされ、ある者は真下の木の根元へ…………。

 

 

そしてある者は、桃色の髪をした少女の手のひらへ………。

 

 

ビュウー、ビュ、ビュウー。

一際強い風が、吹いた。

山茶花の木は枝が折れてしまいそうなくらいに揺れる。

 

たちまち木の根元に薄紅色の山ができた。

なだらかで丘のような小さな山だ。

 

 

そしてミルフィーの手のひらへやって来た旅人も少女の手から離れる。

旅人は風に弄ばれるがまま何処へと去っていった……………。

 

 

 

(暖かい飲み物、飲みたくなってきちゃった………)

 

だが財布の中に幾ばくかのお金はあるが肝心の自販機がどこにもない。

 

浴衣の上に厚手のものを着てきたが、それでも体が冷えてきた。

夜風は少しずつミルフィーから温もりを奪っていく。

 

 

クシュン!!

 

くしゃみの音が公園に響く。

 

 

 

秋の夜は…………………長い……。

 

 

 

 

 

「もう少し、向こうに行ってみようかなあ…………。」

 

ミルフィーはまた違う場所へタクトを探しに行こうかと思い始めていた。

タクトとこの公園で待ち合わせをしたのは間違いないが、詳細な場所は決めてなかった。

この公園は二つ入口がある。

もしかしたら、もう片方の入口で待っているのかもしれない。

 

(行ってみよう………。)

 

その入口はここから右へ500メートルほどの位置。

ミルフィーそこに移動してみることにした。

その前に軽く屈伸をする。

 

(そこに行けば、会えるかもしれない………。)

 

準備運動を終え、ミルフィーはその場を去ろうとする。

 

 

 

 

 

 

 

その時誰かが自分の名を呼んだような気がした。

空耳かと思ったが、また聞こえた。

後ろを見ると親友が走りながらこっちへ来る。

 

「ど、どうしたの。蘭……。」

 

「いたわよ、あっちに。」

 

「え?」

 

「タクト、あっちにいたわよ。」

 

そう言って自分がやってきた方向を指差す。

ミルフィーは最初ぽかんとしていたが、事態を飲み込みUターンして公園の中へ入っていく……。

 

 

 

 

 

 

しかし一旦立ち止まり、ふりかえる。

 

「蘭花。」

 

「なに、早く行きなさいよ。」

 

「うん。ありがとう。」

 

満面の笑顔で礼を述べた友人の顔はとても可愛らしく、またとても輝いていた。

走り去っていくミルフィーの背中を眺めていた蘭花だったが、何時までもそうしている訳にもいかない。

 

(さてと、早く帰らないと…………。風邪ひいちゃうわ。)

 

 

 

 

 

もう日付は変わっただろうか。

夜道に一人の少女が佇んでいるのをちかちかと点滅を繰り返す街灯一人だけが彼女を照らしながら見ていた。

 

だがその視線が気になったのか、

蘭花は街灯を見上げると宿に向かって突然走り出し真っ黒な闇に溶け込んでいった。

そして彼女が去るのを待っていたかのように灯りは点滅を止めて………。

 

あたりは漆黒に、包まれた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミルフィーが先程の場所に戻ると、その数メートル先にタクトはいた。

ベンチに座り眠っているかのように微動だにしない。

近づき声を掛けようとしたが何を思ったの気配を消して背後に回りこみ、

いきなり横から顔を覗き込んだ。

 

 

「タッ、クトさん。」

 

「わああ!!! あ、ミルフィー。……こんばんは。」

 

なんとも間の抜けた返事である。

 

「すみません、待ちましたか。」

 

「ううん、今来たとこだよ。」

 

 

 

常套句を言ったのと同時刻に一日が終わった。

 

風は先程までより若干弱くなったようだ…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

二人は同じベンチに腰掛空の素敵なショーを見ていた。

ミルフィーは星が流れる度に感嘆の声をあげている。

 

不意にタクトは横を向いた。

隣に座っている少女は桃色の浴衣の上に一枚、厚手のものを羽織っている。

 

「あ、また流れましたよ、タクトさん。」

 

「ああ、結構大きかったね。」

 

誘ってよかった、タクトは心からそう思った。

 

 

 

 

 

しかし一時間後。

事態はタクトが思ってもいなかった方向へと動く。

 

 

タクトは空を眺めていた。

夜空に瞬く星々の間をすり抜けるように光の線が引かれる。

その様は見ている者の心を惹きつけ、けして飽きさせはしない。

 

だがタクトは隣の人物が必ずしも自分と同じではないことに気づいた。

 

ミルフィーは、星よりも………。

 

 

 

タクトをじっと見つめていた…………。

 

 

「ミル………フィー。」

 

タクトは驚いた。

自分を見ているミルフィーの眼が今まで見たことがないものだったから。

 

 

「タクト…………さん。」

 

どことなく虚ろな瞳。

そして少し潤んでいて……………。

見ていると彼女の目の中に吸い込まれてしまいそうな感覚に捉われる。

 

 

 

見つめあう、二人……………。

 

誰も二人のことを見ていない。

ただ空に輝く星たちと白い、本当に真っ白な月だけが二人を見下ろしていた………。

 

 

 

 

 

ミルフィーが目を瞑った。

 

 

タクトは息を呑む。

 

自分は今重大な選択を迫られている。

 

 

タクトは戸惑っていた………。

急な、あまりにもいきなり過ぎる展開に頭がついていけない。

 

ミルフィーのことはもちろん嫌いではない。

 

 

 

だけど…………。

 

タクトの脳裏にエンジェル隊の他の五名が浮かぶ。

もし一線を超えてしまったら、後へは引き返せない……。

 

 

得体の知れないサスペンス。

 

 

 

しかし雰囲気はゆっくりと、されど確実に理性を侵す。

 

 

タクトの頭の中に靄が発生し、それはたちまち深い霧へとなっていく。

 

 

 

安閑とした公園。

風の音さえも今はほとんどせず、時々微かに木の枝を揺らす程度。

 

だがしかし、二人の男女の心にはさざ波が立っていた。

それは確かに小さな波である。

 

けれども…………波紋のように人の心をかき乱す。

 

 

 

 

 

タクトも、目を閉じた。

 

 

そして互いの唇の距離が縮まって………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピピィィー!!

 

 

突然笛が鳴り響き、少し遅れて闇の中からその音の主が現れた。

 

「あー、若い男女がこんな時間に何しとるんじゃ、ええー? 身分証見せんかい、身分証。」

 

警官は警察手帳を見せて職務質問をはじめた。

タクトは適当にはぐらかそうと試みたが身分証を見せろといって一歩もひかない。

 

 

 

「え、あー。俺達こういうもんなんですけど。」

 

あまりしつこく言われたのでお望みどおり軍の施設に出入りするときに使う身分証明書を見せた。

それを見た途端今までの高圧的な態度が一変する。

 

「こ、これは皇国軍の方でありましたか。た、大変失礼いたしました!!!」

 

警官は背筋を伸ばして敬礼をした。つられてミルフィーも座ったまま同じポーズをとる。

 

「まあ、こんな時間も見回りだなんて大変ですね。」

 

ちらりと横目で見ながらタクトが警官を労う。

 

聞くところによると最近この地区で街灯が割られたり、

公共物に落書きがされたりするといった被害が多発しているのだという。

 

 

 

警官はしきりに何度も頭を下げ続ける。

タクトたちがもういいと言っても中々聞かない。

 

「本当に、本当に…………申し訳ありませんでした!!!」

 

「気にしないで下さい、お仕事なんですから。」

 

ミルフィーが三回同じ事を言ったからか、もう気がすんだからなのか。

警官はようやくその場を去ることにした。

 

「あ、ありがとうございます。あの、それと………。」

 

「うん、まだ何か?」

 

不機嫌な声でタクトが言った。

快く思っていないことがぷんぷんと伝わってくる。

最もはなから隠そう、などと思ってはいないようであるが。

 

「あ、いえ。その私はこれで失礼いたしますので、どうか先程の続きを…………ご遠慮なく。」

 

言い終えると共に頭を下げて一礼する。

そして顔を上げると警官は大変気まずそうに自転車で去っていった……。

 

 

 

 

 

それから数時間。二人はずっと空を見ていた。

何をするでもなく、何を話すでもなくただ黙って夜空を見上げていた。

 

一分間に数回小惑星が地球の大気圏に突入し燃え尽きる。

一つ一つが突入する度に黒い空に線が描かれる。

でもそれはほんの一瞬。瞬きしたら見逃してしまいそう。

 

シャワーのようにとはいかないが確実に数十秒に一回は星が流れる。

二人はそれを食い入るように見ていた。

 

 

 

 

 

 

「そろそろ帰ろうか。」

 

タクトがそう言った時にはすでに夜が明ける一時間前であった。

手に息を吹きかけ立ち上がろうとするタクトを細い手が引き止める。

驚き横を向くと彼女は恥ずかしいのか下を向いている。

しかし手はしっかりとタクトの左手を掴んでいた。

 

タクトはベンチに座り空を見上げた。ちらっと隣を見る。

彼女は点から落ちてくる星を一つも見逃すまいと懸命に夜空を見ている。

不意にそんな彼女の肩に手を置きたいとの気持ちが湧き上がる。

するりするりと右手が伸びていく。

 

 

 

 

 

しかしその手は目標物にあと少しと迫ったところで止まり、主人の膝の上に戻った。

ただその代わりほんの少し左手に力を入れた。

タクトは再び夜空を見上げる。気のせいか一分間に流れる星の数が増えたような気がした。

二人は黙って星座が沈みだした空を見ていた。

 

この一大天体ショーも後、残り少し……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その四日後。エルシオールの銀河展望公園にて準優勝祝賀会が行われた。

残念ながら優勝を逃し賞金100万ギャラと有給は獲得できなかったが、

準優勝の賞金として5万ギャラをもらった。

これを一人一人に配っても大した額にならないので今日のパーティーを開くことになったのであった。

 

料理はミルフィーが腕によりをかけて作ったものばかり。

しかしなぜか味噌汁、野菜サラダ、天ぷら、デザートとしかない。

すでに会は始まっている。

出席を断りいつもと変わらず仕事をしているレスターに、

ブリッジに呼び出されたタクトと服に味噌汁をこぼしてしまった蘭花。

それにクジラルームで動物達にご飯をあげに一旦退席したクロミエの三人はこの場にいない。

 

 

 

そこへミントが湯気をもくもくと出している丼を両手に持ってやって来た。

そこへミルフィーとフォルテが飛びつくように駆け寄ると。丼を奪い自分の座っていた地点へ戻る。

 

「わあー、この宇宙松茸大きいー。」

 

「それに香りも違うねー。」

 

エプロン姿のミルフィーが歓声をあげ口いっぱいに頬ぶり、

フォルテは香りを十分楽しんでからゆっくりと味わう。

 

「ふふ。何しろ最高級のものですから。なかなか手に入りませんのよ。皆さん良く味わってくださいね。」

 

二人が賞味しているのは宇宙松茸を使った松茸ご飯。それも幻と言われる最高級の宇宙松茸である。

この高級料理店でもそうそう食べることのできない超高級食材をミントはこの日の為に、

ブラマンシュ財閥の総力を挙げて用意していた。

 

勿論、そんなものを使えば5万ギャラですむはずが無い。

しかしただ皆に喜んでもらう為だけに身銭を切ったわけではなかった。

この機会に念願の復讐を完遂しようとしていたのである。

 

 

 

ミントは公園入口近くのテントの中へ戻り丼に松茸ご飯をよそるとヴァニラと後輩に渡した。

レスターの分は先程とりに来たアルモに渡してある。

二人とも美味しそうに箸を進めている。

 

ちとせはすでに一杯平らげておかわりしたのでこれが二杯目。

フォルテも一杯目のご飯あと少しで食べ終える。

松茸ご飯を炊いた電気炊飯器は小型の物であと三、四回おかわりしたらなくなってしまうだろう。

 

やがてフォルテが二杯目に挑むと、ちとせも自分で丼にご飯を少し多めによそった。

 

普段はとても控えめなのにこういう時、ちとせは結構………食べる。

 

 

ヴァニラは一杯完食すると箸を置いたが、フォルテとちとせはさらにもう一杯おかわりした。

ミルフィーもおかわりはしないようだ。

 

大食い競争は早くも、二人のマッチレースの様相を呈してきた。

 

 

 

 

 

そして数刻後。クロミエが会場に戻ってきた。

クロミエは味噌汁やサラダなどに箸をつけ食べていた。その間にもフォルテとちとせの大食い競争は続く。

やがて食事を終えて座っていたヴァニラが近くのクロミエに話しかける。

 

「……クロミエさんも、食べたらいかがですか。松茸ご飯……。」

 

「あ、はい。それじゃあ頂きます。」

 

ヴァニラの勧めに従いミントから受け取るとおいしそうに松茸ご飯を食べ出す。

 

 

 

 

 

だが、そのご飯には………恐るべき罠が隠されていた。

 

「あれ、ミントさん。」

 

「なんでしょう?」

 

「これ、松茸ご飯ですよね?」

 

「もちろん、そうですけど。」

 

「そうですか。でもこれ、松茸が入っていませんよ。」

 

その言葉を聞き僅かに彼女の口元が緩む。それを悟られぬように炊飯器のあるテントへ駆け込む。

蓋を開けてみると、ご飯はまだすこしあるが松茸は一個も残っていなかった。

 

「申し訳ありません。すぐに新しいのを炊きますわ。ですからその間に一つお願い、ちょっとした頼み事ですけど。聞いていただきたいのですが、よろしくて。」

 

しまったと言う顔で申し訳なさそうに謝った後に、

ぶりっ子アイドルもびっくりするほど可愛らしくクロミエに小首を傾げて聞いてみせる。

 

「いいですよ。」

 

その言葉を聞きニタリと笑うミント。

「お願い」と称してとんでもない無理難題を吹っかけてぎゃふんと言わす……。

ミントの復習計画が始動した瞬間だった。

 

お人よしなクロミエは必ず自分の頼みを聞くに違いない………。そう計算してのことである。

 

 

 

 

「でしたら、あの申し訳な……。」

 

しかし意外なことにクロミエはその言葉を途中で遮った。

 

「いや、無ければいいですよ。遅く来た僕が悪いんですから。」

 

ミントは自分の耳を疑った。

そんなはずはない、自分の聞き間違いだと言いきかし確認の為ににこやかな表情で尋ねる。

 

「え、でも…。いらないんですの。松茸ご飯?」

 

「はい。他の料理をたくさん食べましたから。」

 

あっさりと言い放つ。他の料理等と同列に扱われミントの笑顔に血管が浮かび上がった。

 

「で、でも。分かってるんですの。最高級の、幻の宇宙松茸を使った松茸ご飯ですのよ。」

 

「わかっています。でも、ミントさんのお手を煩わせては悪いですから」

 

分かってない。全然分かっていない。

 

「それにもうお腹一杯ですし。僕はこの辺で失礼させてもらいます。御馳走様でした」

 

ミントは気遣う必要は無い事を話し、その場を去ろうとする彼を翻意させようと試みる。

しかし………。

 

「すみません。子宇宙クジラが待っているので、失礼します。」

 

そう一言付け加え、職場へ向かうクロミエの後ろ姿をミントは呆然と見送っていた。

 

(わ、私が用意した最高級の、幻の、宇宙松茸よりも子宇宙クジラを取るんですの!!!!)

 

ちょっと違うがそれはどうでもいい。

ともかく、彼女が立てた(自称)完璧な復習計画は第一段階でつまずき、全て水泡に帰したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっとミント。あたしの分は?」

 

自分の立てた完璧な計画が崩れ失意に沈んでいるミントに服を着替えて戻ってきた蘭花が尋ねる。

 

「残念ながらフォルテさんとちとせさんが全部食べてしまわれたようです。」

 

素っ気なく、だが大きめの声でミントが言う。

その言葉に三杯目を終え次を頼もうと考えていたフォルテは丼を落としかけ、

振り返り蘭花と目があったちとせは手に箸とご飯を持ったまま誰もいない公園の奥へ進んでいった。

 

 

 

「ちょっと、本当に無いの?」

 

「ええ、ありません。どうも申し訳ありません、蘭花さん。」

 

ミントの平謝りに気分を害し蘭花は激しく詰まる。

しばらく馬耳東風と聞き流していたミントだったが不意に口に手をあて蘭花の顔をしげしげと見る。

 

「ちょっとなによ、あたしの顔になんかついているの?」

 

あまりにまじまじと見られたのでますます苛立つ蘭花。

だが一向にミントはやめようとしない。注意深く蘭花の表情を観察していた。

二十秒ほどたっただろうか、ついにミントは観察をやめ「対象物」だったものに言葉をかけた。

 

 

 

 

「蘭花さん。そんなに松茸が食べたいんですの?」

 

「ええ、食べたいわ。」

 

「それなら一つお願いを聞いて欲しいんですけど。」

 

「いいわよ。で、何をすればいいの」

 

これである。これぞ彼女が待ち望んだ展開である。ミントは蘭花に心の中で深く深く感謝した。

 

「それでしたら…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数十分後。クジラルームに戻っていたタクトにブリッジのレスターから通信が入った。

 

「おい、タクト。ルフト将軍から通信が入った。すぐにブリッジに来い。」

 

しかし司令官殿から応答がない。もう一度呼びかけたが同じだった。

ルフト将軍をいつまでも待たせるわけにはいかない。レスターは三度タクトを呼び出そうとすると、

 

 

 

 

 

「申し訳ありません、クールダラス副指令。」

 

いきなり甘く、けれど幼さをどこかに残した声が聞こえてきた。

 

「ミントか。タクトはどうした?」

 

タクトへの通信にミントが出たことうを不審に思ったがそんな事を考えている暇はない。

 

「タクトさんは今、手が離せないようです。もう少ししたらそちらへいけるそうです。」

 

そうは聞いたもののそれで納得することは出来ない。ルフト将軍が待っているのだ。

わざわざ自ら連絡を入れてきたのだ、急ぎの用件かもしれない。

 

「ルフト将軍から通信が入った。すぐにこっちへ来いと伝えろ。」

 

「しかし…。」

 

言葉に詰まるミント。何やら奥歯に物が挟まったような物言いである。

 

「しかしじゃない。大体、どうしてタクトが出ない。タクトに代われ。」

 

「タクトさんは…。今、この場にいらっしゃいません…。」

 

声を振り絞るようにミントは言った。

 

「ん、どういうことだ。やつは今どこにいる?」

 

事態が飲み込めずレスターが再びミントに聞く。その声は心なしか苛立っているようであった。

 

「えっと、そのー。……お手洗い、ですわ。」

 

「……どこの世界にトイレに行くのに服を脱いでいくやつがいる?」

 

タクトの制服には通信機が付いている。

だから例えトイレにいようが、部屋で本を読んでいようが制服さえ着ていれば通信に応答できるはずだ。

 

「実は…。タクトさんお酒をちょっと飲まれたんですけど…。」

 

ごまかしは効かぬと観念したのか小さな声でミントは事情を説明しだした。

 

「なにぃぃ!!! あいつ、こんな真っ昼間から飲んだのか?」

 

音声だけで眉間にしわを寄せたレスターの顔が想像できる。

 

「それでちょっと飲まれすぎてしまったようで…。上着を脱がれて横になっていらっしゃったんですが気分が悪くなられて……。」

 

ミントの声はますます小さくなり蚊の鳴くような声である。

 

「それでトイレに駆け込んだ、と?」

 

レスターがミントに尋ねる。返事はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけるなぁぁぁー!!!!!!」

 

普段めったに耳にすることの出来ないレスターの心からの怒りに叫び声が通信機を介して展望公園に響いた。通信機越しでこの声量なのだからブリッジにいたら失神してしまうかもしれない。

アルモやココは大丈夫だろうか、心配である。

 

「と、ともかく。……そういうわけですのでお戻りになられたらすぐにそちらへ向かいますので、ルフト将軍には後ほど…。」

 

事前にこうなる事を想定していたのか通信機から顔を離していたミントが言った。

 

「分かった。」

 

あまりに大声を出した事を恥じてかレスターはあっけなく了承した。

向こうが通信機のスイッチを消したのを確認してからミントは通信機をつけたままの上着を地面に置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、タクトさん。続きをどうぞ。」

 

撮影が終わった女優のようにミントの表情が急激に変わり、タクトに何かを促す。

 

「ミントォォー。もう少しまともな理由にはならなかったのかい?」

 

タクトは長い付き合いで一度聞いたか聞かないかの友人の怒鳴り声にすっかり慄き、

その原因を作ったミントに抗議の声をあげた。

 

「あら、すみません。まずかったでしょうか?」

 

ミントは伏し目がちに謝罪したもののその言動に反して口元は緩んでいた。

タクトはそれ以上言うのを諦めるしかなかった。

 

(うーん。何かミントを怒らせるような事をやったかなぁー…。)

 

目の前にその本人がいるので聞くことができない訳ではない。

しかしそんな事をしても結果は分かりきっている。

 

「ほら、タクト。早く食べなさいよ。あんたが食べないと終わらないんだから。」

 

口の前に蘭花が箸で松茸ご飯を持っていく。

それをタクトが食べると今度はタクトが蘭花の口へ箸でご飯を運ぶ。

これを丼一杯食べきるまで交互に繰り返す。その様子をその他のエンジェル隊がじっと見つめていた。

 

これがミントの「お願い」だった。

タクトがなぜ協力させられる羽目になったかというと彼もまた蘭花と全く同じ手に引っかかったからである。

 

なんで二人とも拒絶せず、言いなりになったのかといえば…………。

 

 

 

 

ミントと向かい合うタクトと蘭花。

 

だが片方が穏やかな笑みを湛えているのに対し、もう一方は真っ赤になって何か喚いていた。

 

 

ミントが手に何か持っている。

 

丼だ。

 

新米で炊いたご飯はもくもくと湯気を立て、

その上には宇宙松茸が六本分も乗っかっていた。

 

松茸の香ばしい香りがその場の者、全ての鼻を優しく撫で、

その刺激を受けた脳は胃の活動を活発にする指令を出す。

 

 

グウゥゥー!!

 

 

人間、食欲に打ち勝つのは中々、中々できないことである………。

 

 

 

 

 

さて、今度はタクトの番だ。

ミルフィー達に見られているのが余程恥ずかしいのか、

恐る恐る、亀の歩みようにゆっくりとご飯を蘭花の目の前に運んでいく。

 

 

パクッ。

口を大きく開き松茸とご飯が蘭花の体の中へ入る。

 

「お、おいしい?」

 

「ええ……。って、違うわよ。松茸ご飯がおいしいって言ったんだから。そこんとこ、誤解しないでよね。」

 

「はいはい、分かってまーす。」

 

 

 

 

(本当はあのお人よしで鈍感で子供っぽい人に一杯食わせて差し上げようと思っていたのですけど)

 

ミントは他の四人と共にこの面白い光景を見物していた。

蘭花はそっぽを向きながらも器用にタクトの口の中に箸でご飯を運んでいく。

 

(まあ、これはこれで中々面白いですわね。)

 

ミントの顔に笑顔が現れる。

しかしそれは小悪魔の浮かべる笑みではなく16歳の少女の、愛らしい微笑であった。

 

 

 

 

 

 

「私もやるー!!」

 

いきなりミルフィーはそう言うやいなや蘭花から丼を奪い取った。

そして箸を手にタクトの口にご飯を入れようとする。

 

「はーい、タクトさーん。口開けて下さーい。」

 

「え、あの………。ミルフィー、あのね………。」

 

しどろもどろのタクト。

 

でも、要は松茸ご飯が食べられればそれでいいのである。

タクトは拒絶するのをやめて、言われるがままに口を大きくあけた。

 

 

 

ボコ!!

 

タクトの口に何かが入った。

しかしそれは香ばしい香りもしなければ、食感もとても硬くて………。

 

 

 

ゴック!!

 

硬い異物が喉を、さらに食道を通過した。

 

 

「うっ!!」 

 

タクトは自分の体に異変が起きたことを伝えようとした。

しかし、それは不可能であった。

 

なぜなら………。

 

 

 

バタッ!!

 

なぜなら言葉を発する前に倒れてしまったから。

タクトは前に倒れると苦痛に歪んだ顔でお腹を摩っている。

 

さすがにいくらタクトでも石を食ったら苦しむか。

むろん、石が自ら彼の口の中へ飛び込んできた筈がなく……。

 

 

「いくらなんでもひどいよー、蘭花………。タクトさん、大丈夫ですか? すぐ救急車呼びますからね。」

 

鼻を啜りながら蘭花を責め、左手にご飯を持ちながらタクトに懸命に呼びかけるミルフィー。

だけれどもタクトは唸り声をあげるばかり。

 

 

一方蘭花はタクトのことなど全く目に入っていないようである。

ミルフィーに向かって怒声一発、吼えた。

 

「ミルフィーったら!! それ、『私の』宇宙松茸ご飯よ、返しなさいよぉ!!!」

 

よっぽど松茸ご飯が食べたいらしい。

そういえばまだ一口、二口しか食べていなかった。

 

そんなこんなで丼を取り戻そうと箸を振り回しながら、ミルフィーを追い掛け回す蘭花。

だが逃走者もそんな簡単に「ブツ」を渡すつもりはないらしく………。

 

「嫌だよー。タクトさんに食べさせてあげるんだもーん。」

 

 

丼を胸に抱えたまま展望公園の中を逃げ回るミルフィー。

 

 

その食べさせてあげる人は腹を押さえてうずくまっているのだけど………。

 

 

 

 

 

ピーポーピーポー。

 

とそこへサイレンを鳴らしながら救急車がやって来た。

美人の女医さん付きで。

 

「あらあら…………。だいぶ苦しそうですね、大丈夫ですか?」

 

「う、ううう…………。」

 

ケーラの問いかけにもタクトは蹲って獣のような唸り声をあげるのみ。

 

「すぐに…………医務室へ……。」

 

救急車と先生を呼びにいった人、ヴァニラが言った。

けれど肩にも、手にも、頭の上にもナノマシンの姿が見えない。

 

まあ、どうでもいいか。

 

「そうね。それじゃあ、急病人を車に乗せて。」

 

ケーラはそう指示するが、彼女とヴァニラの二人だけで大の男を持ち上げられるはずもない。

フォルテやちとせの手を借り、どうにかタクトを車に乗せる。

 

 

ピーポーピーポー。

 

一旦音量を下げていたサイレンが再び大きくなる。

さあ、医務室目指して出発進行!!

 

「よし、と。ヴァニラ、行くわよ。」

 

「はい…………。安全、運転で……。」

 

そうは言うものの二人ともシートベルトを閉めない。

さらにケーラはハンドルも握らず、アクセルも踏まない。

 

それ以前に、二人とも座っていない。

 

 

 

 

 

ゴロゴロゴロ。

 

救急車はゆっくりと、実にゆっくりと動き出した。

男一人を乗せた台車を女性二人が一生懸命前へ押して行く。

 

このサイレン付き急病人搬送用特別台車、通称「救急車」。

ヴァニラに合わせたサイズの為、少々ケーラには腰がきついかも。

 

動力は言うまでもないと思うが…………人力である。

 

 

だがけして、決して「ただの」台車、ではない。

サイレン付き急病人搬送用特別台車、通称「救急車」で、ある。

 

 

 

ああ、それと………。

ちなみにサイレンはヴァニラのナノマシンが姿を変えたものだ。

 

 

 

サイレン付き急病人搬送用特別台車、「救急車」は亀のような低速で走っていた。

そうそう、何事も安全第一。

まして病人を乗せているのだから。

 

 

 

「さて、と。ヴァニラ、スピード少し上げましょうか。」

 

「安全、運転で…………。」

 

ヴァニラの言葉には何か訴えるようなものがあったのだが…………。

 

「分かってるわよ………。それ!!」

 

その訴えはあっさりと無視されてしまった。

 

 

ケーラの目つきが、変わった。

 

たちまち「救急車」は自転車並の速度にスピードアップ。

風のように公園の中を走り抜けていく。

 

 

 

(あの先生、ひょっとしてスピード狂かい?)

 

台車を押しながらものすごいスピードで、しかもタクトを乗せて走っているケーラ。(あとヴァニラ)

その表情は窺えないが、時節嬉しそうな声を発しているところからかなり明るい顔なのだろうか。

 

フォルテは只者ではない、と感じた。

 

 

(お二方とも、とても…………素敵、です。)

 

腹を押さえて苦しむタクト。

そのタクトを救うため、医務室に運ぶため懸命に「救急車」を押すケーラとヴァニラ。

 

 

ちとせはそんな二人をとてもかっこいい、と思った。

 

 

 

 

「ヴァニラ、右に曲がるわよ。」

 

「…………はい。」

 

あっという間に、もう公園の出口だ。

「救急車」は一切減速せずに右折しようとする。

 

キキキィィー!!

 

ドサッ!!

 

 

タイヤが嫌な叫び声をあげ、車が大きく傾く。

 

しかしそれでも直角カーブを曲がりきった。

 

「急ぐわよ、ヴァニラ。」

 

「安全、に…………。」

 

 

かなりの速度で救急車は通路を走行する。

後に残るは風と埃。

 

 

こうして救急車は医務室目指して走り去っていったのだった。

 

 

 

 

 

患者を置き去りに、して…………。

 

 

 

「ううぅぅー………。く、苦しい……。」

 

公園入口前で倒れていた彼が何時までもブリッジに姿を見せないことにとうとう堪忍袋の緒が切れて、

銀河展望公園まで迎えにやって来たレスターに発見されたのは……………。

 

 

 

二十分後のことであった………。

 

 

 

 

公園の中にまた目を向けてみると、

ミルフィーを蘭花がいまだ追い掛け回していた。

 

「こら、ミルフィー。待ちなさいよ、あんた!!」

 

「もうしつこいよ、蘭花ー!!」

 

 

 

そんな滑稽な絵図を耳をパタパタと小刻みに動かしながら見ていた者がいた。

ことの原因を作った張本人である。

 

彼女は声を立てて笑いそうになるのを必死になって抑えていた。                

 

 

やはり彼女は恐ろしい。

在るデーター(エルシオール艦内私設統計部調査)によるとこのエルシオールの艦内で起こった騒動のうち、なんと40パーセント強にある人物が関わっているという…………。

 

 

その人物はというと…………。

残念ながら超機密事項なので公にすることはできない。

 

 

しかしエージェント達はその人物のことを『ノニキナスナモニ』というコードで呼んでいるという。

この情報もなるべく他言無用、でお願いしたい。

 

 

参考までに『ノニキナスナモニ』の次に騒動に関わっていると目されている人物は通称、

『ケラムオ』と呼ばれているそうだ…………。

 

 

確実に断言できるのはエルシオールには二人の天使の顔をした魔物がいる、ということだけである。

くれぐれもその正体を知ろう、などとは思いなさらぬように……。

 

 

 

さもないと…………。

 

 

どうなっても知りま………せん………よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは銀河展望公園。

艦の中とはいえ季節は徐々に、移り変わる………。

 

萩や桔梗といった秋の者達が静かに去り行く一方で、

花壇には三色菫の花が。

 

黄色、紫、白。

色とりどりの花が咲いている。

 

 

ここは銀河展望公園、エルシオール乗組員全ての憩いの場所。

 

そして公園の中の花や木、草達は順番に交代しながらここを訪れる者達の心を癒す、

という大切な任務を授かっているのだ。

 

 

 

パンジーのすぐ傍をミルフィーと蘭花が駆けて行った。

小さな風が紫の花を静かに揺らす。

 

 

けれども紫の君は何か苦情を言うのでもなく風がやむと、

またその愛らしい姿で見る人の心を和ますのであった。

 

 

 

これは何気ない、エルシオールの日常の一コマ………。

 

でも「日常」が当たり前に過ぎていくことほど、幸せなことはない。

そうエルシオールの乗組員を見守ってきた彼女達は思っているかもしれない。

 

 

 

風など吹かないはずの銀河展望公園にまた、風が吹いた。

しかしそれはとっても優しい風。

 

 

その風に揺られた紫の君は………。

 

 

 

変わらぬ微笑を、人々に向け続けるのであった。

 

 

       あとがき

 

はあ。だいぶ時間がかかりました。

いろいろと立て込み、パソコンに向かう時間も少なくどうにかやっとこさっとこ書き上げました。

完結し自分の作品に目を通して……。

 

長い

 

いえ当初はこんなに一話が長くなる予定ではなかったんですが(汗)

そもそもこの作品は日本シリーズ(いつの話だ)のころに短編として書き始めたものです。

それが三話完結になり、さらに完成までに年を越そうとは…。全くの予想外でした。

 

さて、肝心の内容は。やはり自分の未熟さを痛感いたしております。

皆様の作品と比べると(比べるのも失礼な話ですが)まだまだまだまだまだ………。

読んでくださった方、お目汚しになっていないか心配です……。

 

こちらのサイトの投稿作家の方々は大変レベルが高く、

その中に私のような者が混じっているなど恐れ多いことです。

今後とも少しでも技術の向上に努め良い文章が書けるよう、

願わくは皆様と肩を並べることが出来るよう努力して参りたいと思います。

 

最後に作品を掲載してくださった管理人様へ厚くお礼の言葉を述べると共に、

この作品に目を通してくださった皆様に心から感謝いたします。

 

管理人様、皆様。これからもどうぞよろしくお願いいたします。            

2005年1月30日    三雲