最初に対面した時は、馴れ馴れしくてボケた奴としか思わなかった。
だが不思議と憎めないやつでもあった。
あんな性格だから誰とでも気安く接するのだろうが………
それでもなぜだか気になるやつでもあった―――
Good relation
Taste 1 『気になる彼女はお人好し』
儀礼艦エルシオールのブリッジとは飛行をつかさどる場所であるが、今まで戦闘を行ないすぎたためか、飛行だけならば暇に感じられた。
そのためタクトが、あとは適当でいいというのはおかしくはないんだ……
だからといって、なぜ俺は今、銀河展望公園にいるんだ?
「なあレスター」
後ろから、俺<レスター・クールダラス>を呼ぶ声が聞こえたので振り返ってみると、そこにはイヤにウキウキしている黒髪の男、タクト・マイヤーズがいた。
その顔を見た時、うんざりしながら振り向いた。
「なんだ?」
「そんなに嫌そうな顔をするなって」
「あのなあ、タクト……」
「ん?」
「今、ちとせの歓迎会をやってるんだよな……」
「当たり前じゃないか、見ればわかるだろ」
そう。
ただ、こいつとエンジェル隊だけで歓迎会をやるだけならば、俺もそんなに嫌がりはしない。
しかし………しかしだ………
「こんなに人がいるとは思わなかったぞ………」
ため息を漏らす。
見渡す限り公園にいるのは、エルシオールの乗組員だらけ。
もしかすると全員集まっているのではないか?
しかも他のグループではすでに宴会が始まっていた。
ちなみに俺はタクトとエンジェル隊、ブリッジ面々と一緒のグループの中で、何故かコップを片手にピクニックシートの上に胡坐をかいて座っていた。
「何ヘンなこと言ってるんだレスター」
タクトは不思議そうな顔をして俺を見る。
まるで珍獣を発見したような眼だ。
「ちとせの歓迎パーティだっていうのに、皆でやらないことには面白くないだろう」
かなり時期が遅れちゃったけどね、とタクトは付け足す。
別に歓迎パーティ自体に反対するわけじゃない。
まだ来たばかりのちとせと交友を深めるにはいいアイデアだとは思う。
「だが、こういうことには不慣れな俺を誘ってどうするんだ!?
しかもエルシオールの人間全部を集めるというのはやりすぎではないのか!?」
俺がそう訴えると、タクトは平然としながらこう言ってきた。
「別にいいんじゃない?クロノ・ドライブ中は襲撃に遭うワケでもないし、操縦する必要もないだろう」
「そうそう。カタいこと言いなさんなって」
タクトの近くにいた赤髪の片眼鏡の女性、フォルテ・シュトーレンが片手に一升瓶を持ちながら口を挟んできた。
こいつ……もう酒を飲んでいるとは……
フォルテだけでなく、他のエンジェル隊も飲んでいるようだ。
………って、オイ!?
「ちょっと待て、お前ら!何で酒を飲んでるんだ!?まだ未成年だろうが!」
俺は慌てて立ち上がり指摘するが、連中は気にするそぶりも見せない。
「い〜じゃない別に〜。せっかくの歓迎パーティなんだから、お酒ぐらいどうってことないわよ♪」
そう言ったのはチャイナドレスを着た長い金髪の少女、蘭花(ランファ)・フランボワーズだった。
言動からすると、アイツも酒飲んでるのか。
「いいワケあるか!いくら無礼講だからでも、『未成年は禁酒』のマナーくらい守れ!」
「おっ、いい酒だね〜フォルテ」
「おお、わかるかい?これでおでんをツマミにすりゃあ……」
「人の話を聞け、お前ら〜!」
知らん振りかよ。
周りを見わたすと、もう出来上がっている所もある。
これでは何を言っても無駄だな……
「まあまあ、そうカリカリなさらずに。
クールダラス副司令も飲んでくださいな」
俺が座りなおすと、短めの青髪の頭にふわふわした白い耳がある少女、ミント・ブラマンシュが酒を勧めてきた。
「あのなあ……、この状況で呑気に酒なんぞ……」
「ストレスの溜めすぎは身体に良くありません……」
「そういう問題じゃない!」
俺が一喝するとしゅんとなったのは、ライトグリーンの長い髪にヘッドギアを装着している少女、ヴァニラ・H(アッシュ)だ。
「あー、クールダラス副司令がヴァニラをいじめてるー」
「おいおい、レスター。いくらヴァニラがカワイイからといって、いじめちゃいけないよ」
「あ、あのタクトさん、蘭花先輩、副司令にそんな言い方は失礼です……」
蘭花とタクトが茶化してくるのを止めに入ったのは、長い黒髪に赤いリボンを付けた烏丸(からすま)ちとせ。
「いや、いたいけな少女をいじめる輩には、こう言わないと……」
「撃つぞ」
「冗談です」
タクトのバカに銃を突きつけたらやっとおとなしくなった。
しかしなんだかんだ言っても、ちとせが「タクトさん」と呼んでいるところを見ると、タクトはうまくやってるようだ。
俺だったらとてもではないが、上手くいくかどうかわからんな……
俺が物思いにふけていると、フォルテが近くに座ってきた。
「なーに辛気臭い顔してるんだい」
「これが地顔だ」
そっけなく言ってやる。
だがフォルテは気にした様子も無かったようだ。
「ここは規則に縛り付けられた軍隊じゃなく、個人の意思を尊重するトコなんだから、カタいことは抜きってことでさ」
「しかし最低限の常識を守る習慣を付けなければ……」
「お前さんだって、エンジェル隊の司令官であるタクトに着いて来たってことは、こうなることくらい覚悟していたんだろ?」
「むっ……」
見透かしたようなフォルテの言葉に二の句が告げなくなってしまった。
確かに覚悟はしていたが……
フォルテは黙り込んでしまった俺を気にせずに、微笑を浮かべながら続けた。
「それに副司令はただでさえ人見知りするんだから、こういうときにこそアピールしないとね」
「大きなお世話だ」
俺はそんなに付き合いがいい方ではないことぐらい自覚している。だからといって不憫に思ったことは無いし、直していく気も無い。
「ほらほら、副司令。そんなにブスっとしてないで、今日は楽しみましょうよ!」
オペレーター担当のショートカットの少女、アルモが俺のグラスに酒を注ぎ足す。
隣にいるアルモはイヤに楽しそうだが、今の俺にはそこまで楽しむことはできない。
まったく……タクトが司令官だと、艦全体の風紀が乱れてくるな……
「じゃあ次はお待ちかねのカラオケ大会〜!」
誰かがマイクで叫ぶと公園に歓声の渦が巻き起こった。
ざわめきとともに公園の木々が僅かに揺れ動く―――
付き合ってられん。
俺は席を立ち、賑やかすぎる公園から離れようとする。
その時タクトは
「何処行くんだレスター?」
と訊いてきた。
「ちょっと酔いを醒ましに行ってくる。すぐ戻る」
俺はそう答えると、その場から離れた。
後ろからアルモが不満そうな声が上がったが、聞こえなかったフリをして公園を後にした。
銀河展望公園から抜け出し、そのまま部屋に帰ろうかと思い食堂の近くを歩いた時、食堂で働く1人の少女が眼に入った。
「あっ、レスターさん、どうしたんですか?」
俺に声をかけてきたのは、ピンク色の髪に花のカチューシャを両脇に付けたミルフィーユ・桜葉(さくらば)だった。
無視するわけにもいかず、俺は食堂に入りミルフィーユの近くまで行った。
「お前こそ何をしてるんだ?歓迎会に参加しないのか?」
「いえ、お料理が全部出来上がったら、あたしも参加します」
そう言うミルフィーユの周囲には、十数個の重箱が置かれていた。
「この数をお前1人でやるって言うのか?」
「はい。もちろん」
「他の連中はどうした?食堂の従業員も手伝ってるのか?」
いくらなんでもこの数を1人でやるのは無理だろう。
「いえ。食堂のおばさんには休んでもらってます。あたし1人でやってるんですよ」
「なんだと!?これだけの数の弁当をか!?」
「はい」
じゃあ全部1人でやるっていうのかコイツは!?
「どうしたんですかレスターさん?あたし何か驚かせるような事言いました?」
絶句する俺に、ミルフィーユは不思議そうな顔で訊いてくる。
「いや、なんでもない……」
何とか言い返すことが出来たが、呆れてしまう。
まあ、こいつの性格上こういうことはありえるとは思ったが………
そもそも他のエンジェル隊は手伝おうとしないのか?
疑問に思った俺は訊いてみた。
「他の奴は手伝おうとしなかったのか?」
普通はいるハズだ。
だが、そんな俺の問いにミルフィーユは首を振って答えた。
「いたんですけど、あたしが断ったんです」
「断った?なぜ?」
「せっかくちとせの歓迎会だっていうのに、みんなに負担をかけるわけにもいきませんから」
「お前はそれでいいのか?」
「はい、あたしは好きでやってますし、あたしの趣味をアピールするいい機会だと思います。」
笑顔で言い切るとは……
いくらなんでもお人好し過ぎだ……
「変わった奴だなお前は」
「そうですか?そんなことないと思いますけど……」
なんでそこで不思議そうな顔をして俺を見るんだ……
「俺が言えた事じゃないが……」
ミルフィーユに構わず俺は続けた。
「少人数相手に料理を振舞うというのならわかるが、みんなが騒いでいる時に自分1人だけ孤立して作っているのは虚しくなってこないか?」
俺の疑問に、ミルフィーユは少し考え込む表情をしたが、すぐにいつもの表情に戻るとこう答えた。
「確かに少しは寂しい思いはしますけど……、
でも、それ以上に楽しみなことがあるんです」
「楽しみなこと?なんだそれは?」
「あたしが一生懸命作ったお料理を、みんなが食べてくれて美味しいって言ってくれることが、あたしの1番の楽しみなんです」
微笑みながらも自信を持った答えは、決してウソではないことを証明していた。
「………そうか」
今更ではあるがコイツのお人好しなところは何を言っても直らないんだったな。
でもそんなコイツだからこそ、今まで助けられてきたんだ。
「わかった。お前が好きでやっているのであれば、俺は何も言わん。
大変だとは思うが頑張ってくれ」
「はい!レスターさんも楽しみにしていてくださいね!」
そう言ってミルフィーユは厨房に戻っていってしまった。
その時、多少、足がふらついてように見えたが気にしないことにした。
まったく……変わった奴だ。
口元が緩んでいることに気付いた俺は、慌てて表情を引き締め、部屋を目指して歩いていった。
だが、その途中、
がっしゃ―――――――ん!
食堂から騒音が聞こえてきたのに気付き、俺は慌てて道を引き返した。
「どうした!?」
俺はそう言いながら、カウンターから厨房の中を覗き込むと、
「いったたた……転んじゃった〜……」
そこには料理を床に撒き散らしながら、尻餅をついているミルフィーユがいた。
「……何やってるんだ?」
俺は嘆息しつつ訊いてみた。
「あ、レスターさん。ちょっと転んじゃって……」
「見ればわかる。何をしてそうなったんだと訊いたんだが」
「え〜と、お料理が出来たので、重箱の所まで持って行こうとしたんですけど……」
ミルフィーユの目線を辿ると、なるほど、確かにこちら側には重箱がある。
それはいい、として。
「なぜ厨房からこんなに距離があるんだ?」
それが気になる。
厨房は奥にあるが、重箱は入り口側の台にある。
普通弁当を作る時には、弁当箱は近くに置くものではないのか?
「そうですか?そんなに離れてないと思いますけど」
だが、ミルフィーユはそう思わなかったようだった。
いや、そんなに離れてはいないと思ったのかもしれないが……
「ミルフィーユ、もう一度聞かせてくれ」
先ほどから思っていたことだが、やはり気になってしまう。
「やはり1人でこの数の弁当を作るのは無理なんじゃないか?」
「そんなことないですよ。いつもはもっと多い時もありますよ」
「その時もお前1人でやっていたのか?」
「その時は違いますけど……」
ミルフィーユは顔を曇らせるが、かまうものか。
自分1人で大丈夫と言っておきながら、失敗するような奴だ。
どうしても気になるのだからな。
「体調はその時と同じ状態だったか?」
「……レスターさん、どうしたんですか?さっきからヘンですよ?」
ああ……確かに今の俺はヘンなのかもしれないが、今のお前を見ていればそんなのはどうでもいい。
コイツに事実を突きつけないと気が済まん!
俺は苛立ちを抑えながらこう言い放った。
「イヤに顔色が悪いようだが……、
それでも大丈夫だと言えるのか?」
案の定。
コイツは図星を付かれたような表情で俺を見た。
「や、やだなぁ……そんなことないですよ。レスターさんの見間違いですって」
ああ、ミルフィーユ。
そんなに慌てておきながら否定しても、自分はウソをついていますと証明しているようなものだぞ……
コイツの様子を見ていると、おかげで先ほどまで湧き上がっていた苛立ちが無くなってしまった……
「お前なぁ、体調が悪いなら素直に休んでいればいいだろうが……」
俺は内心呆れながら忠告してやった。
「だって……」
「だってじゃない。体調が悪くてまともに料理が作れると思っているのか?」
「…………」
俺がそこまで言ってやると、ミルフィーユは顔を俯かせてしまった。
まったく、そこまでしてやることでもないだろうが。
俺がそう言おうとした時、
「仲良くなりたいと思ったんです……」
ミルフィーユは顔を俯かせながら、小声で呟いた。
「何?」
よく聞こえなかったので、もう一度尋ねた。
「ちとせと仲良くなりたいと思っただけなんです」
先ほどとは違って、顔を上げてはっきりとした口調で言った。
「何を言ってるんだ?お前ならいつでも仲良くなれるだろうが」
コイツの性格なら、よほど変わった奴でもない限り、大半の奴と仲良くなれるだろう。
だが俺の言葉に納得いかなかったのか、不満そうな表情をした。
「わかってませんね。
こういうときだからこそ絶好のチャンスなんじゃないですか」
「はあ?」
ワケがわからんぞ……
「みんなが集まっているからこそ、得意なお料理をアピールする絶好の機会なんです。
エルシオールのみんなが集まることなんて滅多に無いじゃないですか。
ちとせだけじゃなくて、他の乗組員の人たちとも仲良くなるためには、今回のようなイベントがとても大事なことなんです」
まあ、そのために体調が悪いことを黙っていたのは、悪いと思っていますけど・・・
最後の方の言葉は、だんだん小さくなっていたがはっきりと聞こえてしまった。
つまり要約すると、
ミルフィーユは今回のようにみんなが集まっている時にこそ、今まで親しくなかった奴と仲良くなれるチャンスだというのだ。
そして自分の得意分野をアピールすることで存在感を与えたいというワケだ。
そのためには少しくらい体調が悪くても気にしないというところがコイツらしいと言うべきか何と言うか……
しかし……しかしだ……
この事実を言った時に、コイツはどんな反応をするかわからんが、どうしても言っておかなければならない。
「ミルフィーユ、1つ言っていいか?」
「なんですか?」
「お前の気持ちは痛いほど伝わってきたが、重要なことを忘れてないか?」
「ええ〜と……何のことですか?」
ああ……やっぱり……
俺は嘆息しながらゆっくりと言った。
「お前……みんなに風邪うつす気か……?」
「あっ……」
今頃気付いたって顔だな。
そうなんだ。
頑張るのはかまわないが、他のエンジェル隊や乗組員に風邪をうつされては困る。
まあ、タクトは別として。
「そういうことだ。お前の気持ちはわかるが今日は無理せず休んでおけ。
お前のことは今公園にいる連中に、俺が言っといてやる。」
これで納得するだろうと思っていたのだが、ミルフィーユは慌てて首を振った。
「そ、そんなダメですよ!まだお弁当だって完成してないのに!」
自分のことよりも弁当か……
コイツの人柄か、お人よしもここまでくれば、呆れを通り越して不憫に思えてくるな……
しょうがない
「ミルフィーユ、後は何を作ればいいんだ?」
「えっ……」
何言ってるんですか?という表情だが、俺だって本当は言いたくないんだ。
仕方ないだろう。
「後は何を作れば、全部終わるんだ?」
「え、え〜っと、エビチリとおでんを作れば全部終わりです」
メモを見ながら答えるミルフィーユ。
「エビチリはわかるが、おでんを頼む奴がいたのか?」
「フォルテさんなら、別に気になりませんでしたけど……ってどこに行くんですか?」
厨房に入りながら、俺はこう答えてやった。
「厨房に入ったらやる事は1つだろう。
後は俺がやるからお前は休んでろ」
「へっ?」
今言ったことがよほど信じられなかったのか、ミルフィーユが固まってしまった。
まあどうでもいいが。
調理場にはすでに下ごしらえが済んだ食材が並んでいた。
ふむ、これだったらすぐ終わるか……
フライパンの炒める音が、厨房に響き渡る。
その音を聞いて今まで固まっていたミルフィーユがようやく今の状況に気付き始めた。
「あ、あのレスターさん、大丈夫なんですか?」
「何がだ?」
「お料理とか出来るんですか?」
「ああ、軍隊に入った時から自炊することが多くなってな。大体の料理なら出来るようになった」
あの時、昼は食堂や外食だったが、軍隊は不規則な生活が多いので、栄養バランスのことを考えると自炊は必要なことだったな。
「へぇ〜……レスターさんって意外と器用だったんですねー」
俺の手際を見ながら、感心したように呟く。
意外は余計だ。
「別に……独り身の場合このくらい普通だろ」
「そんなことないですよ。独身でもお料理が出来る男の人って滅多に見かけませんよ?」
「それはエルシオールの中だけだ。別の職場に行けば珍しいことじゃない」
「それでもスゴイですよ」
会話を交わしながら、次に取り掛かる。
おでんとは……弁当の中には入れんだろう、普通……
「レスターさん、おでんも作れるんですか?」
驚いた眼で俺を見るが、そんなに驚くのだろうか?
「酒のツマミとして合うからな」
答えになっていないだろうか、まあいい。
ミルフィーユは隣で「へぇ〜」などと呟いていた。
ん?隣?
「おい、ミルフィーユ。お前は休んでるんじゃなかったのか?」
そもそも休めと言った時から、ずいぶん会話していたような気がする……
半目で睨みつけてやるが、コイツはあっけらかんとしている。
「そう思ったんですけど、やっぱり手伝います」
「いや、俺がやる」
「え〜、あたしだって手伝いたいんですよ〜」
意外と強情な奴だ。
ならば切り札を使うか。
「ほう……、
それなら手伝ってもかまわん」
ミルフィーユは一瞬嬉しそうな表情をしたが、
「ただし、余計体調を悪化させても俺は知らん。
歓迎会に参加できなくなってもいいなら手伝ってくれ」
俺が意地悪く笑うとすぐに表情を曇らせた。
今のは病人にというより、子供に言い聞かせるような言葉だったな。
「わかったなら早く休んでおけ。出来たら呼んでやる」
「は〜い、わかりました」
少し残念そうな顔をしながら、ミルフィーユは食堂にある席に向かっていった。
その時、
「意外と意地悪なんですね、レスターさん」
と拗ねた顔で呟いていたのは聞かなかったことにしよう……
よし出来た。
おでんを重箱に詰めたのは初めての試みだったが何とかなったようだ。
さて出来たのはいいんだが……
「重い……」
三段重ねの弁当を10個、半分ずつ布袋の中に入れて、俺1人で持っているんだから当然のことだが……
しかし、少しでも重そうなそぶりでも見せたら、ミルフィーユが手伝おうとするだろうな。
彼女の性格からしてそう思った。
意地でも平然としなければ。
「おい、起きろミルフィーユ。銀河展望公園に行くぞ」
俺は(いつの間にか寝ていた)ミルフィーユの近くで声を掛けた。
ううん……と呟きながらテーブルから顔を上げる。
本当に寝ていたとは……
「身体は大丈夫なのか?」
一応確かめてみるが、ミルフィーユは元気よく笑いながら答えた。
「はい、おかげさまでバッチリです!」
「そうか。じゃあ行くぞ」
「は〜い」
元気よく頷いて俺の前を歩くミルフィーユ。
その足取りは、公園に着くまで心なしか弾んでいるようだった。
そしてまた銀河展望公園の入り口近くまでやって来てしまった。
「よし、後は他のやつに頼んで運んでもらえ」
俺は両手に持っていた荷物を降ろしながら言った。
「ええっ!?」
だが、ミルフィーユは俺の発言に驚いたのか、眼を見開いて見つめてきた。
「レスターさんも一緒に参加してくれないんですか?」
「別に驚くことはないだろう?さっきもどうせ帰るところだったんだからな」
「それはそうかもしれませんけど……」
別に俺が居なくても変わりあるまい。
「先ほど出席しただけで十分だ。ああいう雰囲気は俺の性に合わん」
俺はミルフィーユに背を向けて立ち去ろうとしたが
「あ、レスターさん」
「何だ?」
「言い忘れてたんですけど、その――」
ミルフィーユが何か言おうとした時、
「あ、ミルフィー先輩。来ていらしたんですか?」
公園のハッチから出てきたちとせによって遮られた。
「あ、ちとせ。悪いんだけどこのお弁当運ぶの手伝ってくれないかな?」
「はい、もちろんです。そのことで今ミルフィー先輩をお尋ねしようと思っていた所です。」
元気よく頷くちとせ。
……不意に思い立ったのだが、この2人は似たもの同士なのかもしれんな。
ミルフィーユと話していたちとせだが、俺が近くに居ることに気付くと視線をこちらに向けた。
「クールダラス副司令、お戻りになられたのですか?」
緊張した面持ちで俺に話しかける。そんな様子を見て俺は話しかけにくいタイプなのだろうか?と思ってしまった。
まあ、どうでもいいが。
「いや、俺はミルフィーユの手伝いでここに来ただけだ。すぐ帰る」
そう答えるとちとせが驚いた表情で俺を見た。
「どうしたちとせ?何か俺がマズいことでも言ったか?」
「い、いえ、何でもありません!多分私の勘違いですから……」
そう言いながらもちとせは、俺とミルフィーユを交互に見ていた。
何なんだ一体?
堪らず俺はちとせに尋ねようとした時、
「ミルフィー、ちとせー。まだ来ないのー?」
公園から蘭花らしき声が聞こえてきた。
このまま蘭花まで来れば収集がつかなくなるな……
「それじゃ蘭花も呼んでいることだ。俺はこれで帰らせてもらうぞ」
その時ミルフィーユは何か言いたそうな顔をしていたが、俺にはどうでもよかった。
「ふぅ……」
部屋に戻った俺は、ドサッとソファーの上に座り込んだ。
「精神的に疲れたな今日は」
今日のことを思い出しながら呟く。
が、1つだけ変わったことがあったな。
「ミルフィーユか……」
思わずその名を呟く。
アイツは思ったとおり変わったやつだった……
お人好しで、何事にも前向きで、意外と強情で……
とても俺とは気が合いそうもない。
ならば―――
「なぜ俺はアイツの手助けをしたんだ……?」
わからない……
そもそもあの時の俺自体がおかしかったような気がする。
俺が今日のことで悩んでいると―――
「あのー、レスターさん、居ますかー?」
俺を呼ぶ、間延びした声が聞こえた。
思わず周囲を確認するが、窓がないこの部屋からは向こうからしか音が聴こえない筈……
ということは―――
ドアの前まで近づくと確認を行なった。
「誰だ?」
「ミルフィーユです。ちょっと用事があって……」
部屋の前にいるのはミルフィーユのようだった。
一体何のようだ?
不思議に思いながらも、ミルフィーユを中に入れることにした。
「失礼しまーす」
片手にカゴを持ちながら部屋を見回すミルフィーユ。
人の部屋をジロジロ見られるのは、あまりいい気分ではない。
このままでは埒があかないので何の用なのか尋ねてみることにした。
「それで何の用なんだ?」
「へぇ〜、意外ときれいにしてるんですね〜、レスターさんの部屋って」
「別に大したものを置いていないだけだ………って、そうじゃない。
お前はここへ何しに来たんだ?」
「あっ、そうでした」
えへへ、と微笑む。
危なかった……いつの間にかコイツのペースに引きずり込まれるとは。
「はい。これを持って来たんです」
そう言うとミルフィーユはカゴを俺の前に突き出した。
何だろう?と思いながらそのカゴを受け取り中を開けると――
「ケーキ?」
カゴの中にはケーキが入っていた。
「はい!ぜひレスターさんにと思って」
にこやかに話すミルフィーユ。
「なぜ俺になんだ?」
「今日のお礼です」
お礼?そんなことされる覚えはないが……
「今日、お弁当作りを手伝ってくれたじゃないですか。それで是非って思って……」
「ああ、そんなことか」
別に礼をするようなことでもあるまいに。
あまりの純粋な心に思わず笑ってしまう。
「今日はありがとうございました。あたしのわがままに付き合っていただいて……」
「なに、あれは俺がやりたかったからで、お前のわがままのせいじゃない」
そう、あの時は自然に身体が動いただけだ。
決して同情心からではない。
俺がそう言うと、彼女は呆然としていたが、
「……意外とやさしいんですね、レスターさんって」
と、わずかに微笑んだ。
「なっ」
不意打ちを喰らったような気がした。
今の会話からなぜそんな言葉が出てくるんだ!
「あのなあ、ミルフィーユ……俺は別に……」
なんとか言い聞かせようとしたが、
「それじゃあ、食べ終わったら部屋の外にでも出しておいて下さい。後はあたしが取りに行きますから」
「オ、オイ!?」
最後まで聞かずに部屋を出て行こうとする。
なんてマイペースな奴だ……
だが、突然思い出したように、
「あ、そういえば」
と言って俺の方へと振り向いてきた。
「あの、レスターさん」
唐突な問いに俺は戸惑いながらも返事をしてやる。
「何だ、ミルフィーユ?」
「ミルフィー」
「はっ?」
「ミルフィーって呼んでください」
唖然とする俺を前に、彼女は笑顔で言ってきた。
「あたしだって『レスターさん』って呼んでるのに、『ミルフィーユ』じゃ不公平です。」
「それは――」
お前が勝手に、と言おうとした時、
「ミルフィーって呼んでください」
俺の言葉を遮りミルフィーユがまた同じことを言ってきた。
だがその顔は先ほどの表情とは違い、真剣そのものであり意思の強い瞳であった。
「ふう……」
何を考えているのかはわからんが、あの様子ではなかなか出て行こうとはしないだろうな。
仕方がない――
彼女を真っ直ぐ見据えながら――
ゆっくりとその名を紡いだ―――
「じゃあな………、『ミルフィー』」
彼女は一瞬驚いたように目を見開いていたが、
すぐに笑顔に変えると―――
「はい!お疲れ様でした、レスターさん!」
ミルフィーの嬉々とした声が部屋に響き渡った……
ミルフィーが帰った後、
「……ぬぅ」
俺はソファーに座って、腕を組んで今日の自分の言動に悩んでいた。
これからアイツに会う時どんな顔をすればいいんだ?
愛称で呼ぶところを知られたら、ブリッジの連中どころかエルシオール全乗組員にまで驚かれそうだ。
堅物と思われている俺が愛称で呼ぶとは……
まあ………
たまにはこんなことがあっても悪くはない………
そう思うとイヤに満ち足りた気分になった………
「えへへ」
嬉しいな。
頬が緩むのがわかっちゃう。
やっと『ミルフィー』って呼んでもらえた。
「レスターさんだけだったもん。呼んでくれなかったの」
でも、これであたしたちも仲良しになれると思う。
タクトさんだけでなく、あたしや他のみんなとも仲良くなって欲しいな………
でも――
歩く速度を落として、今来た廊下を振りかえって見る。
「誰にも見られてないよね……」
周りを見渡してみるけど、多分誰もいないと思う。
本当なら失敗して歓迎会に出せなかったケーキ――
唯一成功したシフォンケーキをレスターさんにだけ、あげたなんて知ったら、みんなどう思うかな?
でもいいよね?
せっかくの恩人なんだし、これくらいならみんな許してほしいな………
今日はあたしとレスターさんの仲を深めた大切な日だしね。
(よーし!明日も頑張るぞ!)
See you next again………
作者の戯言
どうもー、ペイロー姉妹です。
無謀でした(爆
いきなり大文字を使ってしまいました(笑
今回G.A.の短編小説を書かせていただきましたが、ほのラブに挑戦してみました。
さて何が無謀かと言いますと、私はカップリング、それも、
レスター×ミルフィーという今まで誰も挑戦したことのない(と思われる)カップリングを素面で書いたからです。
なぜ、こんなカップリングにしたかと申しますと、どこかのサイトで、G.A.のカップリングで1番合わないのは、レスター×ミルフィーユである。
………という意見がありましたので、それに疑問を感じた私が無謀にも挑戦した次第であります。
ところでどうでしょうか、この2人は?
意外とお似合いだとは思いませんか、そこのあなた(誰!?
連載中の 〜エルシオールの長い一日〜 の合間を縫って書いてみましたが、ほのラブは難しいっすね(ぉ
なるべくならラブストーリー物は係わりたくないと思ってしまいましたよ(ぇ〜
それではまた、機会があればお会いしましょう。
ペイロー姉妹でした。
この作品、もしかしたら連載物にできるかもしれない………