昔からあたしは、よく周りの人からいつも笑顔で明るい性格だと言われていた。
そのせいか、周りの人たちも心なしか明るい人ばかり。
だから、かもしれない………
いつも無愛想なあの人が、あたしにとって珍しい人に感じてしまうのは―――
Good
relation
Taste2 『微熱と純なブルーアイ』
「それじゃミルフィー、ちゃんと寝てるのよ」
「今日はゆっくりとお休みくださいませ」
「それじゃ、お大事にね」
自動扉が閉まる音とともに、外からの声が小さくなる。
「う〜〜……」
怨嗟に近い呻き声が、あたしの部屋中に響き渡る。
頭が熱っぽく、心なしか身体がだるい。
(それは当然なんだけど……)
当たり前といえば当たり前だった。
何故なら、あたしは今、風邪をひいてしまっているからだ―――
先程、タクトさんや他のエンジェル隊のみんながお見舞いに来てくれたが、熱自体は微熱だったので大したことは無かったから、元気に振舞ったつもりだった。
でも、風邪特有の身体のだるさは抜けきらず、平常を振舞えば振舞うほど息切れをしてしまった。
おかげで誤魔化せきれなかったようで、余計みんなに心配をかけてしまったのかもしれない。
その時、ヴァニラがナノマシンでの治療を申し出てきたけど、少し体調を崩しただけで貴重なナノマシンを使用させるわけにもいかない。
今日は一日中安静にするということを、念を押されて言われ、現在に至る(あたしは反対したのだけれど、蘭花に怒鳴られてしまい渋々承諾)。
でも―――
「ひまだな〜……」
いくら軽い風邪とはいえ、一日中寝そべっているのは退屈すぎる。
(やっぱり昨日は体調が悪かったのかな……)
ピンク色を基調とした部屋の天井を眺めながら、昨日のちとせの歓迎会が原因であることを今更ながら痛感する。
(ちとせに気を使わせるわけにもいかないしね……)
歓迎会は成功したのだから、横から水を注す真似はしたくない。
そうなれば結局、今日はみんなの言うとおり安静にしていよう。
「あっ、そうだ。薬飲まなきゃ……」
ベッドから起き上がり、キッチンの近くのテーブルの上にある、プラスチックの棚に向かう。
解熱剤は三段目の引き出しの中にあるはずで、ごそごそと中を漁ると。
「あ、あった」
解熱剤と思われる黄色のビンを見つけた。
中に入っている錠剤がジャラジャラと音を奏でているのを確認すると、中身に余裕があることが判った。
「それじゃあ……あれ?」
蓋を開けようとした途端、ビンの側面に張ってあるラベルの表示に目が止まった。
そこには主成分の他に、「食後にお飲み下さい」と書かれていた………
「食後〜? あたしまだ何も食べてないのに……」
今日起きてすぐ熱があることを確認した時、あたしはブリッジに体調を崩したことを連絡した後、ずっと自分の部屋で寝ていたので朝食を取るのを忘れていた。
熱に冒され目が潤んでいることは否定しないけれど、何度見ても目の錯覚でもなんでもなく、薬は「食後」に飲むことが表示されている。
「はぁ……」
ビンをテーブルの上に置くと、忘れかけていた身体のだるさが戻ってきたように、深い溜息を吐いた。
(食欲……無いんだけどな……)
忘れていたことも確かだが、食欲が無いのも確かであり、体調が悪いと思えるのはこれが原因ではないだろうか。
これからどうするかと、熱で上手く働かない頭を動かし、やがて出た結論はあっけないほどすぐだった。
(……まあ、微熱だけだし、今日ぐらいはいいか……)
自分自身に言い聞かせるように結論付けたあたしは、再びベッドに横になった。
こんなことになるとは、あたしはおろか誰も予想して無いだろうな………
いや、一人だけ、いるかもしれない―――
銀色に光る髪、インターフェイス・アイで片方の瞳を隠された整った顔立ち、ロングコートを羽織った白の軍服を着た、あの無愛想な男の人―――
(レスターさん……怒ってるかな……)
あの時、あたしが体調を崩していることを見抜き、そして叱ってくれたのはレスターさんだった。
でも、憮然としながら、あたしの手伝いをしてくれたのは、本当に嬉しかったけど……
(結局、無理しちゃったから、怒ってるかもしれないなぁ……)
レスターさんと別れた後、そのまま皆と、はしゃいでたので、熱が上がったのかもしれない。
宴会が終了して、酔いつぶれたフォルテさんを見送った後、レスターさんの部屋までケーキを届けたんだっけ。
(あっ、そういえば―――)
レスターさんに『ミルフィー』って呼んでもらったんだった―――
今まで、そっけなく『ミルフィーユ』って呼ばれるのが嫌で、親しみのある呼び方をしてもらいたかったから、あたしからお願いしたんだった。
よく考えてみると………
あたしが今まで見てきた男の人の中で、ああいった性格の持ち主は珍しいんじゃないだろうか?
大体はあたしと気が合うような、明るくて優しい人たちだったから、いつも無愛想なあの人が珍しく感じてしまう。
けど、その無愛想の仮面の下に潜ませた優しさは、紛れも無い本質的なものだと、あたしは信じている。
そうでなければ、あの時、手伝ってくれたりはしないもんね。
(……レスターさん……)
今日もお話をしたいなと思いながら、目を瞑ろうとしていたその時、唐突にインターホンが鳴った。
「……?」
不思議に思いながらも、ベッドから起き上がる。
(誰だろ? 他にあたしに用がある人っていったら……)
軽く身なりを整えながら、ドアの前に近づくとそこには―――
/
「これでよし……」
書類整理がキリの良い所まで終わった。
後は書類を鞄の中に入れて、これを持ってブリッジに行けば良いだけだ。
「ん?」
その時、唐突にデスクの上にあった通信機から音が鳴りだした。
(なんだ? 俺は少し遅くなるという連絡は入れたはずだが……)
不思議に思いながらも、鞄に書類を詰めていた手を休め、通信に出た。
連絡はブリッジからであったが、その内容は、仕事に追われていた俺の頭の中を、いらつかせるのに充分なものであった。
ミルフィーユ・桜葉少尉が体調不良で、自室療養―――
「あの馬鹿……だから無理するなと言っただろうが……」
この事を聴いた瞬間、俺は通信を切りながら、吐き捨てるように呟いた。
ミルフィーユ……
昨日、部屋での会話をきっかけに、俺が初めて愛称で呼ぶようになった少女、ミルフィーユ・桜葉………
ムーンエンジェル隊のメンバーの中でも、ムードメーカー的存在である、花が咲いたような笑顔が印象的な明るい少女。
料理が得意で、どんな時にもポジティブな思考と、どんな人間にも優しい性格は、俺が今まで見てきた女性の中でも一番変わった奴だと思う。
どう接したらいいのか判らん彼女だが、決して悪い娘ではないと思う。
昨日のあの過剰とも言える、献身的なお人好しは、彼女がおめでたい人間と思えるほどのものだったが、決して悪い気はしなかった。
だが、やはり昨日のことで負担を掛けすぎたのだろう。
彼女は、体調を崩し、今日一日自室に閉じこもって療養ときてしまった………
(あの時、俺の言うことも聞かずに、勝手にやってたからだ……)
「ちっ……」
苛立ちを抑えられず、思わず舌打ちをしてしまう。
胸の奥がムカムカするような不快感が襲いかかり、書類を詰め込む手がやや乱暴になる。
ガサガサと音を立てて、書類の一枚一枚が、折れ曲がる勢いで鞄に詰み込まれていく。
そして、書類を詰め終わった後に残ったものは、デスクの傍に立っている俺と、耳鳴りがするような静寂に包まれた殺風景な部屋―――
「………………」
しかし、書類を詰め込み終わったと言うのに、何故か俺は部屋から動こうとはしなかった。
(どうしたというんだ、俺は?)
俺は苛立っている。だが、何に?
言うまでも無く、おめでたいまでの思考の持ち主である彼女のことに―――
しかし、ここまで苛立つのは何故だ?
無理はしないといった約束を保護にしてまで、体調を崩すようなヤツに、同情なんてする必要なんて無い―――
それは本当にそう思っているのか? そうだ、この答えに嘘偽りなど無い………
………そもそもあいつは、俺とは気の合いそうも無い奴だと言うのに………
―――大嘘つきだ、俺は………
(そうだ……)
認めたくは無いが、俺は苛立っている。
しかし、それは彼女に対してではなく、俺に対してだ。
彼女は言った、自分に出来ることならば努力は惜しみたくは無いと………
そんな彼女を変わっていると思いながら、心の何処かで微笑ましいと感じたのも事実だ。
体調を崩してしまった原因を作ってしまったのは、彼女だけではない。
止めなかった俺にも責任があるではないか―――
(そうか―――)
俺はあくまでも自分本位だった彼女に苛立っていたんじゃない………
献身的に働き続ける彼女を止められなかった、不甲斐無い自分に苛立っていたんだ………
自らが積極的に行動に出た時の、彼女のあの向日葵のような眩い笑顔―――
彼女の笑顔が思い浮かぶ度に、胸の奥に潜んでいた不快感が、徐々に取り除かれる様な気がした。
変わりに、自分でも正体不明の落ち着かない感覚が、再び俺に襲いかかる。
「……ああ、くそッ」
落ち着かない………
どうしても彼女のことが気になってしまう………
俺の今までの人生の中で、これだけ気になってしまう女性に会ったことなど一度たりとも無い。
それだけ、彼女が変わっているのか? それとも―――
俺が変わってしまったのだろうか………
「ミルフィー……」
口から零れ出た呟きが、無機質な天井へと吸い込まれる―――
昨日、部屋で彼女の名前を呼んでから、俺の中で何かが変わってしまったのかもしれない。
もやもやとしたこの気持ちを引き摺ったまま、仕事など出来はしない………
「―――ああ、もう! どうしたいんだ、俺は!?」
思わず絶叫してしまう。
このテレビもポスターの類もない殺風景な部屋の中で、俺は腕を組んでうろうろと歩き回る。
考えながら部屋を見回すと、デスクの上に置いてあった、『あるもの』が視界に映った。
(あっ―――)
それを見た瞬間、自分が何をすべきか確信できた。
ただ、今、俺の中で渦巻くこの気持ちがどんなものなのか解らないまま、“それ”に手を伸ばす。
(……本当に、俺はどうしたんだ?)
“それ”と鞄を両手で持って、しばらく立ち止まってしまうが………
「……っ!」
迷いを吹っ切るかのように扉を見据えると、そのまま部屋を後にした―――
さて、今の俺の心境は、普段の俺を知っている者ならば、仰天するに違いない混乱の淵に立たされている。
ウロウロ、ウロウロ、と、廊下を彷徨う今の自分を見たら、普段の自分ならば即座に、こう怒鳴りつけるだろう。
「廊下をウロウロするんじゃない!」
と。
……しかし、仕方が無いではないか。俺は今まで軍生活が長かったのだから、急に変えろと言われても土台無理な話だ。
「う〜ん……」
ある部屋の前で、インターホンを鳴らすか鳴らさないかで迷うこと、およそ15分。
その部屋の電光掲示板に表示されている主の名前は、『ミルフィーユ・桜葉』。
(どうするべきか……帰るか、それとも様子を見に行くべきか……)
手に持っている鞄に詰まった書類の束が、まるで重さを感じないほど気にならない。
この場に来て、こんな状態になってから、すでに三十分が経とうとしていた。
「むぅ……」
いざ、行動に起こすということが、こんなに難しいとは思わなかった。
廊下にいる間、人が来れば物陰に隠れ、また出てきてはうろつくという行動を何度繰り返してきたのか、もう数える気にもならない。
しかし、このまま時間が過ぎてしまえば、ブリッジにいる連中が不審に思うかもしれない……
(何を迷っているんだ、俺は……)
俺はただ見舞いに来ただけで、少し様子を見れば帰る……それだけの筈だ。
………それだけの筈なのに、何故俺はこんなにも迷っているんだ?
落ち着かない気持ちを抱えたまま、時間だけが無為に過ぎてゆく………
(―――ええい! 小賢しいッ!)
迷う心境に喝を入れるために頬を叩く。
(ただ様子を見れればいいのだろう! ならば覚悟を決めろ!)
そして、壁に埋め込まれた赤い色をした円状の押しボタン―――インターホンに、人指し指を突き出した。
どくん、どくん、と、心臓の鼓動音が聞こえるほど、周りの音が聴こえなくなる―――
(な、なんでこんなに緊張しなければならないんだ!?)
極限の緊張は、決めたはずの覚悟を揺さぶり、希薄にさせる。
握り締めたもう片方の手が汗ばみ、伸ばした指先が震えてくる。
あと四センチ、三センチ、二センチ………
「あっ―――」
あと一センチと思われたその時、終了のチャイムはあっけなく訪れた。
(つ……ついに押してしまった……)
/
ドアに付いているモニターから外の様子を伺うと、入り口の前に居たのは―――
(あっ―――)
うそ………
さっきまで、そうなったらいいなって思っただけなのに………
(見間違い……かな?)
一度モニターから目を離して、目を瞬かせる。
そして再びモニターに目を移すと、やはり見間違いようの無いあの人が映っていた。
「レスターさん……」
モニター特有のぼやけた映像でも、あの銀色の髪はそう見間違えることはない。
「………………」
あたしは二の句が告げられなかった。
もう一度会ってお話がしたいなって、そう思っただけなのに……
―――これって……あたしの強運のせいなのかな?
―――でも……またお話できるんだ……
もう一度廊下の様子を見る。
レスターさんは、何故か部屋の前で、直立不動のまま指を突き出していた。
(どうしたんだろう……?)
その様子を見てあたしは、不思議に思った。
お仕事のことだろうか? でもあたしは今日休むって言ったはずだから、その事じゃないと思う。
それじゃあ……お見舞いに来てくれたのかも……
僅かに、胸の奥が温かくなるような気がした。
あたしの勝手な想像かもしれないけど、否定したくない自分がここに居るのも確かだ。
(もし、そうだったら嬉しいなぁ……)
頬が緩むのを感じながら、あたしはドアロックを解除して、扉を開けた。
自動扉が横に開くと、そこにはまだ固まったままの長身の男の人が居た―――
「どうしたんですか、レスターさん?」
出来るだけ普段どおりにしながら、廊下に出ると―――
「……っ!? おわあああ!」
「わああ!?」
突然の大声に、あたしも思わずビックリしてしまう。
「ど、どうしたんですか、レスターさん!?」
「い、いや、すまん! 少し仰天してしまって……」
慌てながら謝る姿は、少し滑稽に見えたが、あたしもまだ大声に驚いているために、気を回すことが出来なかった。
「うっ……」
驚いて叫んでしまったせいか、熱を帯びた頭がくらくらしてしまう。
「お、おい大丈夫なのか?」
思わず顔を顰めてしまったあたしを、レスターさんは不安そうな表情で見つめてきた。
レスターさんに心配掛けたくない―――
「だ、大丈夫ですよ」
その表情を見たあたしは、大丈夫ということを証明するように精一杯笑いかける。
―――その時、不意に眩暈が起こり、足がもつれてしまう。
「あっ―――」
バランスを崩し、そのまま前のめりに崩れ落ちる………
(っ―――)
倒れた時の硬い衝撃を考えてしまい、あたしは反射的に目を瞑ると―――
「―――ミルフィー!」
「えっ―――」
その叫び声が聞こえてきた瞬間、
ぽふっ、という予想外に軽い音と衝撃が訪れた………
今、感じているものは、何か大きくて、温かいものに包み込まれているような感覚と。
間近で、どくん、どくんと、速いリズムで響いてくる鼓動のような音だった―――
「だ、大丈夫か!?」
慌てたような、焦った声が聴こえてくる。
驚いて目を開けると、そこに居たのは………
「レ、レスター……さん?」
「ミルフィー!? 大丈夫なのか!?」
青い右眼を不安そうに揺らす、銀髪の男の人だった。
間近に迫る整った顔立ちは、新鮮なものに感じた。
けど驚いたのはそんなことじゃない………
「レ、レスターさん……」
今、確かに―――
「今……『ミルフィー』って呼んでくれましたね」
あたしが思わずそう呟いた瞬間―――
「―――っ!!」
レスターさんはハッとしたように、顔を赤らめた―――
「……約束、守ってくれてたんですね」
彼の表情を目の当たりにすると、自然に頬が緩んでしまった。
咄嗟に出た言葉だったのかもしれない。
でも……あの時の約束を覚えていてくれただけで、あたしはとても嬉しい………
レスターさんの胸の中で抱き留められながら、あたしはそう思った―――
あれ?
胸の中?
抱き留められてるって………
「―――えっ……」
我ながら間の抜けた声が洩れ出てしまったと思う。
ゆっくりと現状を確かめると、そこには―――
「も、もういいか?」
先程よりも顔を紅潮させて尋ねてくる、レスターさんの顔が目の前にあった。
前のめりに倒れようとする、あたしを支えるように抱きしめながら………
「………………」
男の人特有の逞しい胸板、中から伝わってくる温もり、早鐘のように速度を増していく鼓動―――
「―――っ!!!」
「うおっ!?」
それがレスターさんのものだということを認識出来た瞬間、あたしは自分でも信じられない速度で身を離した―――
「ご、ごめんなさい! あ、あたしなんてこと!!」
壁際で、慌てふためきながら謝罪するあたしの頬に、血が昇ってくるのが分かる。
風邪のせいではない熱が急上昇し、レスターさんの顔がまともに見られない。
「い、いや、お前のせいではない! 俺が勝手にやっただけで!」
レスターさんも動揺しているのか、気配であたふたと手を振ってくるのが判った。
「いえ、そのあたしは大丈夫ですから! そんなに気にしないで下さい!」
「いや、本当にすまん! その、何と言えば良いのか……」
……お互い、あたふたと、支離滅裂な言葉を交わし合う。
あたしもレスターさんも、顔を真っ赤にしながら慌てる光景は、他の人から見たら滑稽なものに映ってしまうのかもしれない―――
うぅ……どうしよう……
抱き留められたまま、会話してたなんて……
もう、眩暈なんてすぐ吹き飛んじゃった……
で、でも、このままじゃ、全然会話が進まないし………
そう思ったあたしは、何とか自分から話題を切り出した。
「そ、それで、あの、レスターさん。何か御用でしたか?」
まだ顔が熱くて口が上手く回らない。
意識しすぎなのかもしれないけど、レスターさんと眼を合わすことすら難しい。
「あ、ああ、そうだったな。じ、実は俺も用があって来たんだ……」
両手をもじもじとさせていると、これもまたレスターさんが慌てた口調で答えた。
な、何なんだろう、今のあたしたちって………
そう思っていると、レスターさんは地面に下ろしていた鞄の隣にあったカゴを持つと。
「ほら、これ」
ややぶっきらぼうな、いつもの口調で、あたしの前に網状のカゴを突き出す。
でも、何だか、まだ少し顔が赤く見える―――
「えっ……これって……」
「シフォンケーキを入れてたバスケットだ。ホラ、昨日の……」
「あっ―――」
そういえば………
歓迎会の後、レスターさんの部屋にケーキを届けたんだっけ。
あの時、唯一成功したシフォンケーキを、レスターさんだけに………
「でも、どうしてあたしの所に、返しに来たんですか?」
食べ終わったら、お皿を入れたバスケットのカゴごと、自分の部屋に置いといてくれれば、あたしが取りに行ったのに―――
「何を言ってるんだ?」
けど、あたしの疑問が不思議に思ったのか、レスターさんは訝しげな表情を作る。
「借りたものを返す時、自分が持ち主の所に返しに行くのは当然のことだろう?」
腕を組んで語るその表情は、無愛想な、いつも見ているレスターさんの表情だった。
「あ、そうですよね。何言ってるんだろ、あたし」
「……ふん」
えへへ、と苦笑いをすると、レスターさんもつられたように口元を緩める。
「だがな……それだけじゃない」
でも、すぐに表情を引き締めて、こちらの目を直視するように、真剣な眼差しで口を開いた。
「昨日お前は、今日取りに行くと言ってたが、その体調で無茶は出来ないだろう」
「それは―――」
「そんな奴を見て見ぬふり出来るほど、俺は図太い神経を持っちゃいない」
「………………」
呆然とした面持ちで、目の前の銀髪の男の人を見つめる。
「それに、な……」
見られていることが落ち着かないのか、視線を背けて頬を掻く。
しかし、一度深呼吸をすると、落ち着いた表情であたしを見据えてきた―――
「……何故だか知らんが、お前はほうっておけるような奴じゃないんだ」
「………………えっ?」
たっぷり一秒ぐらい、思考が停止した。
………今、なんて―――
「か、勘違いするな! ただでさえお前は危なっかしいんだ。落ち着いて見ていられんだけだ!」
あたしが呆気に取られていたせいか、レスターさんは狼狽しながら言葉を追加した。
顔を紅潮させての、慌てたその表情と。
揺れる、純粋なまでの青色の瞳を逸らしている仕草は………
何故だかこれ以上無い照れ隠しに見えた―――
ああ、そっか………
この人の一挙一動が、あたしの心を安心感で包み込んでいく………
やっぱりこの人は、あたしの思ってた通りの人だったんだ―――
「……ありがとうございます。
やっぱり、優しいんですね……」
やっとの思いで搾り出した言葉は、たった二言。
でも、その言葉に、レスターさんは目を見開いて狼狽する。
「なっ!? 何を言ってるんだ、お前は!?」
レスターさんはまだ何か言いたそうだけど、
「だってそうじゃないですか」
口を挟ませる前に言葉を紡いだ―――
「何だかんだ言っても、レスターさんは助けに来てくれたんですから―――」
そう。
レスターさんは口では不満を洩らしていても、困っている人を見て見ぬふりをするような人なんかじゃない。
それは今までのレスターさんの言動を見ていれば、誰にでも分かることだと思う―――
あたしがそう言葉を紡ぐと、レスターさんはしばらく呆然としていたが、すぐにハッとなったかのように三度顔を赤らめてしまった。
「……っ! そんなことはどうでもいい! ほら、早く部屋に戻れ!」
慌てたように紅潮した顔を背けると、手に持っていたカゴを押し付けるように突き出してくる。
「ゎわっ……ち、ちょっと―――」
そして、あたしが慌てながらカゴを受け取った瞬間。
「じゃあ、な。 俺はこれから仕事があるから、今日はゆっくり休んでおけよ!」
「えっ―――」
レスターさんは喋らせる暇も与えない早さで、忙しなくここから立ち去ろうとした―――
(あ―――)
やや慌てたように遠ざかろうとする背中を、呆然とした眼差しで見つめる………
小さくなっていく背中とともに、胸にぽっかりと開いた穴が大きくなっていくような感じがする………
もっと、お話がしたいな―――
でも、忙しいのに、これ以上引き止めちゃうのは悪いよね―――
この感覚が“寂しさ”だということに気付いた時―――
「―――レスターさんッ!」
あたしはその名を叫ばずにはいられなかった―――
遠ざかって行こうとした、でも、すぐ近くにある、立ち止まった広い背中。
「あの―――」
お話したいのも確かだけど、そんなあたしの我儘を言うつもりは無かった。
だけど、これで、あたしたちの今の関係が、終わってしまうのは嫌だった………
もっとお互い、仲良くお話できるような関係を、作っていきたいから………
だから、あたしが言う言葉は、たった一つ………
いつものあたしらしく、その背中に向けて、明るく尋ねよう―――
「また……作ってきてもいいですか?」
やや躊躇いがちに、しかし、はっきりと放たれた言葉は―――
「……好きにしろ」
しばしの間の後、小さな、しかし、はっきりとした答えとなって返って来た―――
「はいっ! 楽しみにして下さいね!」
再び遠ざかっていく背中に向けて、あたしは精一杯の感謝の気持ちを告げた―――
/
コツ、コツ……と一定の間隔で、廊下中にブーツの足音が反響する。
「まったく、あいつは……」
ブリッジへ戻る途中、俺は歩きながらブツブツと呟く。
「本当に調子の狂う奴だ。こちらのペースが乱される……」
まったくその通りだった。
緊張しながら、彼女の部屋まで訪れたのはいい。
けど、寝間着姿で出て来られた時は、驚いて心臓が飛び出そうになってしまった……
上下ともに、レモンクリーム色のパジャマに、花のカチューシャを付けていない髪を下ろした、軍服以外初めて見た彼女の格好。
あの格好で、上目遣いで見つめてくる姿は、無防備すぎるのにも程がある………
思わず、彼女を抱きとめた時の情景が目に浮かぶ―――
(……むっ!? いかんいかん!)
煩悩に似た不謹慎な想像を振り払うように、慌てて頭を振った。
「本当にそそっかしい奴だ……」
吐き捨てるように呟いたその時。
自分の口元が緩んでいるのに気が付き、慌てて引き締めた。
だが、体調を崩していても変わらない彼女の笑顔を思い浮かべると、微笑ましい気持ちに囚われるのも確かだ。
(また、差し入れを作ってきてもいいですか? か……)
その言葉を思い返すと、苦笑してしまう。
あの無邪気な言い方をされたら、断ることの方が難しいではないか。
だが、後悔はしていない。
見舞いに行ったことにも、また約束をしたことにも………
そこまで考えると、ふと疑問が湧く。
「……あいつは、何なんだろうな……」
彼女は誰に対しても、ああなのかもしれない。
でも、彼女が原因で災難を受けたり、良い所を全部取られたりしても。
何故か放っておけない魅力が、彼女の中にあるような気がした―――
―――もしかすると、俺は………
(まさか、な……)
考えても詮無い事だ。
この胸の中が温かくなるような感覚が何なのかは、まだ解らない。
だけど、また彼女に会えば解ることであろう。
いつしかその足は、ブリッジの扉の前までに辿り着いていた。
表情を引き締め、持っていた鞄を握りなおす。
(―――よし!)
再びやってくるであろう、彼女の差し入れと、笑顔を思い浮かべながら―――
俺はブリッジの扉を潜った―――
「副司令、今日は遅かったですね。どうしたんですか?」
「ああ、ちょっとミルフィーの所に寄ってな」
「あれっ? 副司令、いつからミルフィーユさんのこと、『ミルフィー』って呼ぶようになられたんですか?」
「……あっ―――!?」
See you next again……
〜作者・後書き〜
このSS見ろっつったろ、腐れボケェ!(挨拶
てめェのことだ、O村ァァァァァァァァァァ!!(名指し
………すいません、怒りのあまり暴走してしまいました。謝罪致しますorz
リアル知人に言ったものなので、他の方々はどうかお気になさらぬよう………(汗
こんにちは。知らない方は初めまして。
先日、リアル知人に、「レスター×ミルフィーユはやっぱり合わないんじゃない?」 と言われ、このカップリングのSSを知人に見せるために、もう一度執筆致しましたペイロー姉妹でございます>くだり長すぎ
さて、今回は前作の続きの話となる、Good relationのミルフィーユ視点(大体)を執筆させてもらいました。
前作も言ったと思いますが、やっぱりレスター×ミルフィーの二人って合うと思いませんか?
思わない? そうですか……それでは逝って来ます……
って、そうじゃねーだろ!>一人ツッコミ
何故これを書いたかと申しますと、あるラブコメ漫画に影響されたために、もう一度執筆してみたのですが……
………何か無性に連載をしたくなり、続編を書いてみました!
そうなると、このストーリーは必然的にラブコメ物になり、私の力量も問われるものになってしまいますが、あえて自らラブストーリーを執筆してみて、G.A.キャラの可能性を拡げてみようと思いました。
最後にこのSSを読んで下さった読者の方々へ。
このSSは多分、執筆速度がかなり遅くなると思われますが、長い目で見守ってくだされば幸いに存じます。
『Angel wing』管理人の佐野清流様には、またお手数をお掛けしてしまい、誠に恐縮でございますが、どうかよろしく御願い致します。
それでは、作品でお会いしましょう。
作者 ペイロー姉妹
P.S 私の作品内の表現って、生々しいでしょうか?(知人談